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060 大切な家族の死とどう向き合うか
2026-04-17 19:55

060 大切な家族の死とどう向き合うか

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●Wakanaプロフィール
幼い頃から大人の相談に数多くのり、人の心の動きに興味を持ち、カウンセリングや心理学などを人が生きるということについて独学で学ぶ。
外見、内面は深く関わり合い、人を取り巻くエネルギー全てが、つながっているのだということを体感し、自分の中にある叡智を引き出す「ホリスティックファッションメソッド」を開発。
南フランスのエズ村で出会ったアーティストと共に「ライフツリーカード」とオリジナルカードセッションを生み出す。
ライフツリーカードは世界中で使われ、オンラインではYahoo占い、LINE占いで1位となる。
現在は、世界各国に滞在しながら、世界各地で夫婦で人生の悩みについての対話会を開催。
Podcastラジオ「Waka no Oto」はランキング1位となる。
自分を大切にして生きることを自分自身と約束し、一人ひとりと心から向き合い、真の調和と光明化へと導くことを使命とし、活動を続けている。
著書に『信じる力』(きずな出版)、『Waka no Oto』がある。
#wakanooto
#わかのおと

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サマリー

今回のエピソードでは、大切な家族や愛犬を亡くした際の深い悲しみや後悔の念との向き合い方について語られています。Wakanaさんは自身の経験を交えながら、亡くなった方への敬意と愛は、後悔や罪悪感ではなく、感謝の気持ちでつながり続けることにあると説きます。罪悪感や後悔といった低い波動では、亡くなった魂とのつながりが妨げられるため、愛と感謝の波動で接することの重要性を強調しています。これにより、故人との新たな関係性を築き、残された人生を歩むためのヒントが示唆されています。

00:06
Waka no Oto、このラジオは、子供の頃から生き方についてずっと探求してきたWakanaが、皆さんのご相談に対してメッセージを伝えする番組です。
皆さんにとっての、調和と安心につながる道の一つになりますように。
こんにちは。
フランスのスイーツ文化とデザートの役割
パリにはですね、たくさんのおいしい素敵なチョコレート屋さんとかケーキ屋さんがたくさんあるんですけども、これだけデザート文化というかね、スイーツ文化が進んでいるのはなぜかということがですね、昨日わかったんですね。
ちょうど昨日、ご縁であるシェフの方とご一緒させていただいていたんですね。その方がお話ししてくださったんですけど、フランス料理、フレンチってありますよね。
それって、日本料理と違って甘みよりも酸ですね。酸っぱい酸。これをね、たくさん使うんですって。
で、料理に甘みというものは基本的には使わないわけですね。日本料理はお砂糖とかみりんとか甘くて優しいね、柔らかい、ほっとするような味というのが多いと思うんですけども、こちらはそういう料理が多い。
そうするとですね、コースとかでそういった料理を食べていると、どうしても脳が疲労するんですって。食べるという行為で脳って疲労するんだって初めて知ったんですけど、でもなんかとてもよくわかるような気がしていて、
特に料理的にも甘みを使わない料理が多いので、デザートでしっかり甘みをとりたくなる。そうすることで全体的に落ち着いて最後にほっとするみたいなバランスでデザートっていうものがすごく大切にされてきたっていう話を聞いて、なるほどなーって思いました。
基本的にどこにいてもですね、私は本当に甘いものとかお菓子とかが大好きで、子供の頃は食事があんまりそんなに興味がなかったというか、あまりたくさん食べれない子だったんですよね。
今の私を知っている方はね、相当な食いしん坊で有名なのでびっくりすると思うんですけど、でもその中でもうちのおばあがね、お菓子屋さんをやっていて、なので常にお菓子はいっぱいいただけたんですよね。お菓子はすごく心がときめくので楽しくなるので、お菓子で生きてたぐらいの子供時代があったので、
今でもパリにいるとですね、1日2回とかはデザートを食べますね。ケーキもチョコレートもいただくんですけど、本当に毎日幸せ。食べようとしている時と食べた後の時間がとても幸せです。ということで今日もご相談にお話しさせていただきたいと思います。
愛犬の死と向き合う相談者の悩み
今日は浜さんから来ています。ありがとうございます。質問は大切な家族の死についてということです。背景をお話ししますと、去年の暮れに16年間一緒にいた愛犬が亡くなりました。もっと早く病気に気づいてあげられていたらと後悔の念ばかり募ってしまいます。
なかなか気持ちが前向きになれません。どのように愛犬の死を受け止めていったらよいのでしょうかというご相談でした。
今日も私が感じること、受け取ったこと、そういったことを言葉にさせていただきたいと思います。
Wakanaさんの実体験:父との別れと後悔
この愛犬ご家族の死に対しての後悔の念って、もうどうしようもないような気持ちになりますよね。
私の話をさせていただけたらと思うんですが、私は両親が、どちらも義理の両親、両親として入ったので義理の両親だったんですね。
年代が私の同年代の人たちの、例えばおじいちゃん、おばあちゃんぐらいの年代の両親だったんですね。
だから同年代の子よりも一足早く介護であったりとか、両親の死に向き合うという機会をいただきました。
その時に先に母が亡くなったんですけど、父が最後は家で一人で死の方たちやおばたちの助けをいただきながらお家にいたいということで、お家で過ごしていたんですね。
最後、父が亡くなる日の前日まで、たまたま私もその時から海外行き来していたような生活だったんですけど、父と一緒に自宅で過ごしていたんですね。
でも次の日には北海道に仕事で行かなきゃいけないということで、北海道に行く前に父の部屋にテレビを少し置いてあげようかなと思って、
リビングもあったけど、リビングまで歩くのも大変になっていた時だったので、寝室にテレビを設置するために電気屋さんに予約をしたんですね。
明日の朝の9時にお願いしますと来てくださいと。
私は旅立ったわけなんですけど、北海道に朝早く。
そしたらその日のお昼前ぐらいに、おばから連絡が入って、父がほぼ天に行っていたというか、体から魂が離れている状態で病院に運ばれたということを聞いて、すぐ北海道から向かったわけなんですけど、
帰りの電車も飛行機も後悔というか悲しみでいっぱいですよね。
あと一日一緒にいれたらとか、すごくいろいろ考えたんですね。
でもなぜ父がその朝に救急車に乗れたかという話をおばから聞いたんです。
そしたらですね、おそらく父は朝は普通に起きて、例えばお手洗いとかに行ったと思うんですよね。
多分その途中で倒れてしまったっていう、玄関の前で倒れてたんです。
そしたらちょうどその9時に私が予約していた電気屋さんがちょうど来たんですね。
ピンポンを押しても出てこないから、ちょっと心配になって扉を失礼しますと開けてくださったらしいんです。
そしたら父が目の前に倒れていたので、すぐ救急車を呼んでくださったんです。
同時にですね、市の職員の方、いろいろ助けていただいてた方も、最近の父の様子がちょっと心配だったので、
ちょうどその9時にですね、いらしてくださって、
なんとおばもですね、おばは結構直感が鋭かったので、ちょっと胸騒ぎがしてって言って、
同じみんなタイミングで実家に来たんですよね。
だからもう父が倒れてすぐ救急車に乗ることができて、おばもすぐ付き添うことができたので、
結局は父は一人ではなかったんですけど、ただ本当にそのことにありがたさと感謝はもちろんあったんだけど、
結構その後も自分を責めるっていうかね、後悔のね、これはちょっとふと気が緩むとあるっていうことがあったので、
本当にお気持ちは共感できるなというふうに思うんですね。
父の死から学んだ敬意と愛の形
ただですね、この父に対して私がそういうふうに思ったときに、ふと感じたことがあって、
父は自分のこの地球とのお別れの仕方をちゃんと選んできていて、
それを尊重することこそが父への敬意であり愛だなって思ったんですよ。
病院でずっと入院してたら、必ずお医者さんとか看護師さんが来てくださるから、
絶対一人にはならないんだけど、でも大好きなお家で誰にも気兼ねせず好きなように過ごしたい。
でもおそらくですね、これも私が受け取った感じたことなんですけど、
最後は一番ね、私が悲しむから娘にね、この姿を見せたくないっていう、
この命が離れる瞬間っていうのは娘には見せたくないっていう思いとか、
あとけれども、やっぱり私も心配するから、このおばたちがなるべくそばにいている状態で生きたいみたいな、
なんかね、父の思いが一つ一つ感じられてきた瞬間があったんですよね。
その時に、後悔するのは私の勝手なんだけど、でも何のために後悔して、自責してるかって考えたら、
父への愛情なんですよね。
じゃあ父への愛情、愛するってどういうことって、自分に問うた時に、
やっぱり父の全てを、選択や状態やその全てをですね、
自分の良い悪いで判断せずに、本当に自分でしっかり選んでね、決めておられた。
最後いろんな配慮を、心の配慮をしながら旅立ったっていう、この何か愛に気づいて、そこに感謝していく。
そしてこれまでの愛に対して感謝し、恩返しをするつもりで、残りの人生を生きていく。
これが私にできること、なすべきことだなというふうに感じました。
そこからはね、本当に父や母のことを思う時は、罪悪感とかは一切なくですね、
それで思うっていうことだと、なかなかつながれなかったんですけど、
でも本当にただただ感謝と愛だけで、2人思うとですね、
今まで以上にというか、すごく身近に、いつも思うとすぐポンとくるみたいな、この身近な感じになったんですね。
なので、この話もね、ちょっと何かしら、少し心が癒される、1ミリでも癒される話になったらいいかなと思ってさせていただきました。
愛する存在とのつながりを保つ方法
で、どうしたらいいかっていう話をもうちょっとするとですね、
大切な天に戻った、帰った存在を思う時もそうだし、
例えばちょっと離れて暮らす家族とか大切な人とか存在を思う時っていうのは、
やはりね、後悔や罪悪感ではなく、愛とありがとうという純粋なね、本当にそのままの思いですよね。
その人を思うっていう、その人の幸せや豊かさを思い、
どんな状態だろうとね、その人がそこに存在しているっていうことを、
地球に残ってなくても存在しているっていうことは変わりませんので、
そういったことに対してですね、感謝を込めて思う、
こっちの方で思うことがやっぱり大切なんだなって思うんですね。
罪悪感とつながりのエネルギー
ちょっと今日長くなって申し訳ないんだけど、なぜそうなのかっていう話ももうちょっとしたくて、
じゃないとね、なかなかそれは分かってるけどできないよねっていう話になるから。
で、この罪悪感の繋がりっていうので一つ、これも体験談を話した方が分かりやすいかなと思うんだけど、
さっき私養子だって言ったと思うんですけど、
産みの母もいるわけですね。
私の場合は、生まれてすぐそれぞれの道を行ったので、
産みの母の存在は最初はもちろん知らなくて、
ほんと大人になってから知ってみたいな状態だったんですね。
ただ、会ったことももちろんないし、誰かも分からないし、
コンタクトしたこともないんだけど、思われている感覚がすごく伝わってくるわけですよ。
もちろんそれは、産んでくださった母の私への愛っていう形もあるんだけど、
なんかそれよりも強くこの罪悪感みたいな、
いろんな原因や理由があって、
多分私自身も産みの母と育ての親は別で生きていくっていうのを決めてこの世に来ているから、
全然そこに対しての批判とか悲しみとかは本当にないんですけど、
でもそれでもやっぱり産みの母からしたら、
ちょっと手放してしまって本当に申し訳なかったっていうのもあるかもしれないし、
手放してしまうっていうことがなかなか受け入れまだられないっていう、
そりゃそうですよね、自分の子供だから。
そういう状態があるわけですね。
そういう罪悪感みたいなのがやっぱりすごい伝わってくるんですよね。
こういう感じで罪悪感っていうか、誰かが誰かを思うっていうエネルギーが
つながって伝わってくるんだっていうのをすごく感じたことがあったんですね。
ただ私としては、やっぱりその罪悪感っていうもので、
夜行会っていうもの、あとは心配とかそういうのだけでつながると、
自分自身も誰かに対してそういう思いでつながろうとすると、
その存在とうまくつながることができないみたいな感覚になったんですね。
共感するっていうのが私は結構得意というか、
そういう体質もあるかもしれないんですけど、
そういうつながるっていう、実際にいない存在とつながって
その人が何を感じているのかとか、その人を思うみたいなのが
結構自分の中で日常的にすごくあったので、
どちらかというとそういうのが得意で自然にできる方なんだけど、
でも自分自身が罪悪感を持っていたり、相手が何かしらの心配とかね、
そういう自分の思いを持っていると、
ラジオがジリジリジリってなるみたいに、うまくつながれないみたいな状態ができたんですね。
とした時に、これは本当に亡くなった両親に対してもそうだったので、
他のことに対してもそうだったので、
人が誰かを思う時に、愛で思う時に、そこに罪悪感とか後悔とか、
自分の思いが強すぎるとつながれないということがあるんだということが分かったんですね。
今回、愛犬のワンちゃんが地球上の生物ではなくて、
愛する存在と再びつながるために
魂の存在というふうになったわけですね。
愛になったわけです。
でも、地球上に残された私たち人間は、
人間の思いとして、罪悪感、後悔というのを持っていると、
愛の世界というのは、そういうのがないわけなので、
そういう波動もないわけなので、
その波動を持っていると、つながりたくてもつながれないんですよね。
そばにいるし、「大丈夫だよ。そんなに悲しまないで。」と
そばにいているのに、それが伝わってこない、つながらないという状態が起きるんですね。
なので、もちろん後悔の念が残るというのも分かるし、
その思いは無理やり消すということはしなくていいと思うんですね。
ただ、本当に愛する存在と、愛になった愛する存在と、
またつながり合って、それぞれの新しい道を、命を生きるということを決めたのであれば、
なおさら、愛でつながり合っていくために、
そういった後悔の念から、自分を切り離していくということは大切だなというふうに感じました。
ということで、今日は私の話もさせていただいたので長くなってしまったんですけど、
少しでも癒されたら嬉しいなと思います。
今日もありがとうございました。
今日のメッセージはいかがでしたか?
皆さんの相談もお待ちしています。
今日も皆さんにとって最善の素晴らしい一日になりますように。
和歌の音。
19:55

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