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【暮らしの研究室】暮らし方の優先順位を見直した話
2026-04-10 22:16

【暮らしの研究室】暮らし方の優先順位を見直した話

久々の独り言です☺️


#暮らし #ゆるく生きる #ワーママ #育児 #双子育児
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こんにちは、きなこです。 今日はですね、暮らしの研究室になるのか、ちょっと子育てのことについてゆるくお話ししていこうと思います。
最近、子どもとの時間をもっと大事にしたいなあという気持ちが強く芽生えてきてですね、
自分自身のライフっていうものをさらに暮らし中心にしていくっていうことにシフトをしていってるんですね。
少し前まではね、一生懸命ビジネスやりたいオーラみたいな、やりたいテンションみたいな、もっともっとたくさんの人に自分の考えてることもしてもらいたいしっていうのを
今も思ってるんですけどね、思ってるんだけど、でもその上で時間をどうマネジメントするかっていうところになったときに、この春からですね、春というかもう少し前からでもあるんですけど
特にさらにやっぱりハードモードのお仕事になってて、それがずっと続くっていうことも改めてわかったので、それを考えたときにですね
お仕事にエネルギーを全振りして、エネルギーが枯渇した状態でね、子どもと接するときにちょっと余白がないとね、やっぱり双子に対してちょっと許容が少なくなるというか、
イタズラとかね、すごいよね、やっぱ双子だけじゃないと思うけど、共鳴し合うんですね。1人だけでも子どもってエネルギーすごいと思うんですけど、
波と波が重なり合って、さらに倍々ゲームになるみたいな現象が起きるんですね。
特にまだ3歳やしね、手もかかるっていうところもあって、イタズラ、子どもからしたらそれは創作でありクリエイティブなことなんですけど、
それがね、どうしても後片付けが大変だったりだとかいうところを見ると、やっぱり余白の量が多ければ、それをクリエイティブなものとして見ることができるんですね。
なるほど、そういう考えを持ってるんだねとか、面白いものを作ったね、ただここまでにしておこうかとか言えるんですけど、
もうそこの余白っていう遊びがなくなると、もういかにしなさいとかね、早く片付けなさいとか、そういうところに繋がりが出ないというか、
そういう傾向がちょっと大きくなってきたなっていうのが、今じゃないんだけどね、少し前にあったんですね。
ここをやっぱりちょっと是正していきたいな、でも私仕事も好きなんで、どうしたものかと考えたときに、
とはいえね、じゃあどうしたらいいっていうふうに自分にセルフコーチングをしたときに、何がまず嫌かっていう、その因から要を見つけてみようと思ったときに、
やっぱりこの子どもに対して余白がない感情、これはやはり手放したいなと思ってて、
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今の自分よりももっとゴールに近づいてる自分だったらきっとこの感情っていうものは丈夫に処理してるだろうな、
じゃあそれが処理できてる自分ってどうなのかなと思ったときに、やっぱり暮らし大事にしてるよなって思ったんですね。
そこで自分の暮らし、最近できてなかったこと、これもできてなかったな、あれもできてなかったな、やりたいなっていう感じになってきて、
野菜を丁寧に切ってみたりとか、そんなね、私器用じゃないんで切るときも別に何ミリかとかそういう感じじゃないんですけど、
竹のまな板使ってるんですね、包丁が竹のまな板に当たるときってね、カンカンカンじゃないな、金属音じゃない、竹独特のタンタンっていう感じの音のリズムがすごく好きでね、
音を聴く感覚を味わいながらまな板を動かすのがすごく好きなんですけど、無理、仕事に前振りすると、それをしてる間も、
例えばマーケティングのことを勉強してみようと思ってそっちの動画を見るとかばっかりとかになってくると、
自分の中で有益な情報ばかり入れる自分じゃないけど、お腹いっぱいになるっていうのもちょっと違うなと思うようになってきて、
私の好きなコーチのドクターヒロさんとか、よく有益病って動画でおっしゃってましたけど、正しくちょっとそっちに偏りかけてたなーって思って、
まずこのまな板が奏でる音楽聴いてみようみたいな、トントンとかね、肩から肘を動かす感覚をちょっと味わってみようとか、
ピアノやってるんで、やっぱり肩から弾くのが大事らしいんですね、ピアノって。
そう、だから日常を大切に噛みしめて、これも面白い、あれも面白いって発見になってくると、余白が生まれるなっていうふうに気づいて、
あ、そうか、私最近ちょっと生活の方にエネルギーあまりやれてなかったなーっていうのをその時気づいて、
さらに生活にエネルギーを注ごうって思ったんですね。
それでどうやって自分の価値を見つけ出していくかっていうところについに思考が偏りがちになるんですけど、
そうなってくると全てのものをコンテンツにしなければいけないっていうふうになるとちょっとハフツーになるじゃないですか。
そうなるとねばならない、ちょっとどっかでエネルギーがスタックしちゃうんですよね。
あんまり自分的にはそういう感覚は好きではなくて、もちろん全てを発信につなげて、
ありとあらゆるものを発信にして全てコンテンツ化してそれで食べていくっていうのも一ついいんですけど、
出したければ出したらいいし、出したくなければそういう部分は出さなくてもいいしっていう、
自分がその発信に対する納得感があることが結構大事かなって思うようになってきて、
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で、なるとまだちょっと発信のフェーズも変わってくるなって、
自分がまずはその暮らしっていうものをアップデートして生活をもっと中心に据えて、
結果として生まれたその生活を垂れ流して、
それを試算にすればいいんじゃないかっていう風な考え方になったんですね。
そうなるとやっぱり自分自身も楽しいわけなんですね。
暮らしとかね日常のものってこう本当に試行錯誤というか壮大な実験上なんですよね。
ちゃくちゃ楽しいんですね。
だからそういうのに夢中になってやってると、
やっぱり自分の中でもエネルギーがすごく循環している感覚がありまして。
で、衣食重だから。
で、やっぱり最近は着るものっていうのもね、
ちょっとまたアップデートしようかなと思ってるんですけど、
まずは食ですね。
この食っていうものも子どもたちといただきますって言って、
ご飯を食べて、農家さんとかスーパーとかでいろんな人が、
マーケットとか、生貨市場とか卸売市場とかもあると思うんですけど、
私全職で野菜の仕入れとか同行させてもらったことあるんですよ。
お弁当屋さんの監修の薬剤師。
お弁当屋さんに配属する薬剤師として勤務してたことがあったんで、
その時社長に連れてもらってね、京都の卸売市場とかに朝一でね、
どうやってスーパーとかに食材を並ぶか、
どうやって食べ物屋さんが一番最初に食材を入れるかっていうところとか、
現場を見せていただいたことがあったからね。
やっぱりこういうルートがあって、私たちの食卓に届くんやなっていうのを、
流れでね、その時体験させていただいたことをある時思い出して、
やっぱりスーパーとかもパートナーの方とか社員の方とかが並べてくださってるわけじゃないですか。
道の駅とかやったらね、農家さんが直接やと思うんですけど、
誰かの手を、人の手を返して、私たちは食卓にありつけてるっていうこのありがたみとか、
最近それ感じてなかったかなとか思ってね、なんかすごい心にゆとりが生まれて、
結果として子どもたちのいろんな遊びとかに本気で付き合えるようになったりとか、
なんかもう疲れ切ってる時とかは、もうええやんみたいな感じで、
結構雑に扱う時とかも多かったんですね。
疲れてる時はそれでいいと思うんですけど、常にそれやとまだちょっとバランス変わってくるよなって思って、
で、やっぱりこの生活中心の循環に切り替えてからは、
やっぱりこの子どものやることなすこと一つ一つに、もっと丁寧に向き合えるようになってきて、
このきなこ家における母親の役割、そして教育事業がちょっと質が上がったような気がしております。
別に数値で測れるもんじゃないしね、どこをKPIにするのかって言われたらちょっとわかんないんですけど、
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でも体感値として、少なくともおかんの切れる回数は減ったっていうのがありますね。
お前たちいいわけでしょ!っていうのはちょっと減りましたね。
で、その余白に気づいた時に、やっぱりここを私今大事にしたいなって、
そのお金をいくら積んでもこの感覚っていうのは手に入らへん。むしろお金じゃ買えないわって気づいて、
で、最近子どもとの向き合い方、序盤の放送内容に戻るんですけど、
子どもと向き合う生活にしたときに、
二子なんで、兄弟喧嘩するときに喧嘩もなんですけど、感触を起こすんですね。
3歳やし、成り立てやしね、まだまだ2歳児の毛が残ってるんで、
やっぱりまだまだ自分の感情をコントロールする前党、前党前やんかな、
おそらく発達してない、なんかの本で読みましたけど、
だからやっぱり何かあった時に、すぐ瞬間違和化式になっちゃうんですよね。
構造として、人間として未熟っていうよりもその構造なんですよね。
で、そうなった時に、でも沸騰した後に沸騰してしまったっていうのは、
分かるようになってきたんですね。
で、最近は、自分にゆとりがちょっとね、しんどい時とか、なかった時とかは、
何をも喧嘩ばっかりしてみたいな、言っちゃうじゃないですか。
しかも、双子の喧嘩ってね、結構子によるかもしれへんけど、
うちの双子の喧嘩、むっちゃ激しいんですよ。
なんか、もう負けてないでお互いみたいな感じで、
なんかもう、ストリートファイターですかみたいな感じの、
バイオレンスな喧嘩にすぐ発展するんで、
まあね、血の気さかんやし春やなって思うんですけど、
ある程度は放ってるんですけど、やっぱりそれ以上行くと、
命の危険までは行かんけど、けがとかのレベルまで行くと、
ちょいちょいちょいちょいって止めるじゃないですか。
お前までは止めて、ほら喧嘩わかんね、ちゃんとシェアしなさいとか、
順番でしょとか、そういう一般的な関わりぐらいで、
それも悪くないんだけど、
最近はもうちょっと一歩踏み込むゆとりが出てきて、
例えばどっちかが泣いてたら、
まずその状況を確認するゆとりが自分の中にもできてて、
そうそう、この時に余白が出てきた時にね、
リングっていう子ども向けの番組があって、
イギリスのBBCが作ってるテレビ番組があるんですけど、
子ども向けの、それの親役のフロップっていう人が、
なんかトラブルが起きた時に、
まず最初にコラとかは絶対言わないんですよね。
どうしたの?って聞くんですね。
何があったの?とかどうしたの?って聞いて、
こうこうこうで何々ちゃんがこうした、何々くんがこうしたって言った時に、
フロップは絶対その時のお互いの気持ちっていうのを確認するんですね。
12:01
よくね、コーチング界隈とか発達心理学界隈でも言われてるけど、
その時の子どもたちの中で、
痛いの知らないぐるぐる渦巻いた感情に名前をつける、
練習を一緒にさせてあげてるんですね。
この感情に名前をつけるって結構大人の私たちでも、
もやもやするが、もやもやするで終わってる方とか、
私もそういう時あるけどね、結構多いじゃないですか。
なんかもやもやする、すっきりしないとか、
でもそれって必ずもやもやの奥に、もうちょっと解像度を上げた。
こう思ってたんやなとか、こういう気持ちなんやなっていう、
その気持ちに対する感情か感情に対する解像度って、
高ければ高いほど自分のことをまた認知しやすくなるんですよね。
それを考えた時に、今のうちからなぜ自分は怒っちゃったのか、
なぜ自分は沸騰しちゃったのか、何が嫌だったのかとか、
そういうのを一緒に俯瞰して、私自身もトレーニングになるんですよ。
感情に名前をつけるって、これも仕事やなと思ってね。
一応コーチやってますし。
っていうので、この感情っていうのはあったから、
例えばハヤちゃんがユズちゃんとおもちゃの取り合いの喧嘩をして、
よくよく話を聞いたら、最初はユズちゃんが、
ハヤちゃんがいきなり殴ってきたっていうんですね。
で、そこだけ聞いとったら、ハヤちゃんたたたかんやんになるんですけど、
もしかしたらそこに何か背景があったのかもしれないということで、
ハヤちゃんに何があったの?って聞いたら、
そこにぐちゃぐちゃにされてたトミカがあったんですね。
で、ハヤちゃんはそのトミカを一列に並べることにめちゃくちゃ命をかけてるんですね。
これもなんか、2歳児3歳児の発達の過程でよく見られる現象って言いますけど、
仮なりに、おそらくそれは私が1週間くらいかけて一生懸命完成させた
YouTube動画と同じくらい大事なものだったと思うんですね。
で、ユズちゃんは自分もトミカを一緒にやりたくて、
ハヤちゃんにそのトミカ貸してって言ったんですね、一応。
言ったけど、ハヤちゃんからしたら大事な作品やから、
もう一つたりとも欠けさせたくないと。
だからこれじゃなくて、あっちにしてとか、
ちゃんと提案してるんですね。
それは話聞いて偉いなと思ったんですけど、
だけどユズちゃんはこの救急車が欲しいと。
この一列の列を成してる部分、一部が欲しいと。
だから大人の私で例えたら、サムネイルを勝手に返させて欲しいみたいなね。
ちょっとそれは待ってくださいよっていう話になりますよね。
で、ハヤちゃんが嫌やって言ったら、
ユズちゃんがそこで強行突破をしてしまったと。
で、ハヤちゃんは自分が一生懸命作った建造物が壊されて、
大変にショックを受けて、やめてよって言ったけど、
貸してよ、一つくらい貸してくれたっていいじゃないの喧嘩になっちゃったんですね。
で、もうそんなことしないでって言ってやめてってドンって押して、
で、ハヤちゃんが押したってなっちゃったと。
で、これだけ聞くとやっぱりこう、経緯も分かるし。
で、ハヤちゃんに、ハヤちゃんもすごい殴ってるんですね。
自分のおもちゃが壊されたっていうのでね。
で、ハヤちゃんは今、どう?どんな気持ち?って言ったら、
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なんか、ハヤちゃん嫌やって言うんですね。
あ、嫌やったんかって。そっか、何が嫌やったって聞いたら、
おもちゃトミカ取られたの嫌やった。
そうやな、一生懸命並べて貼ったのに取られたら嫌やなって、嫌や。
だからそれぐらいハヤちゃんはそのおもちゃが大事やったから、
トミカが取られて今悲しいんやねって言ったら、
そっか、ハヤちゃんは悲しいって言ったんですね。
あ、彼は今この感情は悲しいから泣いてるんだっていうのに
ラベルを付けるようになったりとか。
で、逆のパターンもあるんですね。
ゆうどちゃんが一生懸命塗り絵をしてる時に、
ハヤちゃんがね、ゆうちゃちゃを入れてきて邪魔されたってこともよくあるんですけど、
そのぐらいそれが大事だったんですね。
これが大好きだったから、それが壊されて悲しかったっていうのを言うようにしたら、
ある日、ゆうどちゃんとかハヤちゃんも何か嫌なことがあって、
泣く時にただギャーって泣くんじゃなくて、
ちょっと落ち着いてから、沸騰してる時はさすがにまだ何も言えないんですけど、
とりあえず、よしよしと、とりあえずどうどうと、まあまあまあと落ち着かせたら、
その時に、ゆうちゃん、ハヤちゃんが、ゆうどちゃん悲しかったとか、
ハヤちゃん悲しかった、これが嫌だった、こうなったのが嫌だったって、
ちゃんと自分で説明できるようになってね、
あ、3歳2ヶ月でもこれだけ言語化できるんやな、すげえなこの人たちって思って、
やっぱこの感情に名前を付けるお手伝いができると、
自分はね、その感情に名前が付けられなくて、やっぱりちょっと自分をね、
だから自分を責める方向の方にしか使えなくてね、その力っていうのを、
結構こじらせてた時期があったし、それはすごい辛かったからこそ、
子どもたちにはね、そういうのはしてほしくないなって、
自分のありがたいことにね、私もそういう委員の経験があった頃こそ、
それを世に転換できるこのコーチングっていうものに出会ったのもね、
自分がそれに悩み苦しんでた過去があるからこそ、
子どもたちとの関わり、感情に名前を付けるお手伝いをするっていう関わりも、
親としての立派な事業の一つなんじゃないかな、せっかくね、
コーチングっていう仕事をして、もやもやに感情を付けて、
幸せな人生を送っていただくっていうのを、
自分の家族以外の方に仕事としてやってる、
やからこそ一番身近な家族っていうものに、
これを無償の愛を持って提供していくっていうのは、
すごく大事な循環だよなって思って、
最近はそれができるためにも、やっぱり大人同士のコーチングをね、
エネルギー使いますよ、エネルギー使うんだけど、
やっぱり言語化能力が長けている大人同士の喋り方をするからね、
セッション自体はものすごく楽しいんですよ、私からしたら。
やっぱり子どもの感触を起こしたときの関わりっていうのはね、
一回発散したエネルギーを逃がすっていう、
余白が私たちにもないと、電気ショックを吸収できる、
余白がないとやっぱりダメだから、
やっぱりその暮らしの在り方をさらに生活にしておいて、
18:01
最近は良かったなと、そのような出来事がございました。
ということで、今日は何の脈絡もない一人語りでございましたが、
これを聞いてくださっている方の中には、きっと子育て中の方、
赤ちゃん、幼児、入児、小学生、中学生、
いろんなお子さんを抱えていらっしゃる方もいらっしゃると思います。
なので、特に対話で支援をされている方っていうのは、
自分の家族以外の方の支援を普段はされていると思うんですけど、
足元を見たときに、自分自身にとって一番大切なもの、
守りたいものの感情をケアするところも一つ、
ライフワークの一つとしてあるのもアリなんじゃないかなっていう話でございました。
ということで、今日はこの辺で終わりにしたいと思います。
それでは最後、おまけトークだ。
ポケモンの曲の練習をしているんですよ、ピアノで。
めっちゃ楽しくて、
昨日ちょうど、瀬戸さんとのレッスンが終わったんですけど、
どんどんできることが増えている中で、
一回基礎に立ち返るっていうのをこの間はさせてもらって、
やっぱり基本って大事だなって思いましたね。
そもそもピアノとはっていうこととか、演奏とは何かっていうこととか、
っていうのを教えていただいて、
それを分かった上で弾くのと、分からずにガムシャラにやるっていうのでは、
やっぱりアウトプットされる音が全然違うんですよね。
だからピアノっていうアコースティックの楽器って、
弾けば全員同じ音が出るものではなくて、
やっぱりどういう弾き方をするかで、
全然色が変わるから、狙った音が出せるように。
そして私の欲しい音って何なんだろうっていうところ、
どういう音楽を作りたいんだろうっていう気持ちで、
この楽器っていうものに向き合うと、不思議なものでピアノって答えてくれるんですよね。
グランドピアノになってさらにそれが分かるようになりましたね。
だから瀬戸さんがグランドピアノを買うかどうか迷ってるってなったときに、
結構やっぱ道具って大事ですよっていう話をしてくださった意味が一つちょっと分かった気がします。
明日ちょっとご縁があって、京都の市内の方にピアノを弾きに行く機会をいただけたんですけど、
また私のようなレベルが弾いてええのかっていうぐらい、
めちゃくちゃ高級なプロの方が、
それこそ瀬戸さんとかに話したらおーって言ってたようなピアノですね。
2つあって、ベヒシュタインっていうドイツのピアノメーカーとニューヨークのスタインウェイですね。
この2つが弾ける、しかもスタインウェイはフルコンだからめっちゃ長いやつね。
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ベヒシュタインの方は木目ですね。
木目のピアノが最終的にはゴールでは欲しいなって思ってるんですけど、
ベヒシュタインっていうのはもう本当に私の大好きな瀬戸さんが所有されているピアノのメーカーさんなので、
この音の立ち上がりの速さとかよく言われてるし、
どんな繊細なタッチにもキャッチするからこそ、たぶんアラが目立ちやすいんですよね。
だからこそ表現の幅がそれだけ無限にあるっていうものの凄さ、偉いさっていうのをちょっと明日は感じてこようかなと思います。
何もかくにもね、まずは未来のゴールの自分がちょっとでも触れているであろう世界を
かじり?ちょっとつまみ食いしに行くのもね、なかなか面白いですよね。
ということで、明日はいよいよ高級ピアノに触れてまいります。
あ、焼けた焼けた。大根ステーキが塩塩で乗ってました。
お、いい感じやん、重いのほか。
ということで、今日はこの辺で終わりにしたいと思います。ほな、またねー。
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