希望は絶望を救えない|ままならジオ(ままなラジオ)#8
「ままならジオ」は、人生の「ままならなさ」を、『弱さ考』著者であり、オンライン読書プログラムの「問い読」主催者でもある井上慎平が、みなさんと一緒に、もたもた、まったり考える番組です。
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絶望を救ってくれるのは、希望ではない。今日はそんなお話です。ままならジオ。『弱さ考』著者の井上慎平が、人生の“ままならなさ”を、焚き火を囲むように、一緒に考える番組です。もたもたと、割り切れないまま。割り切らないまま。絶望。まあ、そんな日常使いの言葉とちゃいますよね。僕の短い人生経験で言えば、本当に絶望と呼べるのは鬱の深いところにいた数ヶ月くらいやったんちゃうかなあ、と思います。いや、不幸自慢をしたいわけやなくてね。逆に、それまではずいぶんラッキーにものんびりとした人生を送ってきたと思うんです、ありがたいことに。僕の絶望期はどんな感じやったかというと、鬱なんで、ほんまになんもできないんですよね。テレビも見れへん、音楽もきけへん。もちろん文字を読むなんてとんでもない。時間だけが大量にあって、「ああ、なんて自分は時間を無駄に過ごしとるんや」って自分を責めてました。いつか読みたかった積読本をみても、まったく心が動かん自分に気づいてさみしぃなってました。何もできへん。でも時間だけは大量にある。1分が無限に長く感じる。これは、端的に言って地獄でしたね。しかも、そんときは「この地獄が永遠に続くんや」って思い込んでましたから。脳が乗っ取られた感じで、そうとしか思えないんですよ。まあ、でも何ヶ月かすると少しよくなってきて、読んでは休み、読んでは休みやけど本も読めるようになりました。これ、鬱経験者はみんな言う不思議な話なんですけど、最初に読めるようになるのは「鬱の話」なんですわ。めっちゃ自分ごとやからでしょうね。僕も人の体験記をやたらと読みました。そこから、いろんな本を読んでいくんですけど、今振り返って一つ気づいたのは「私はこうやって鬱を乗り越えた」っていう克服系の本はぜんぜん心に響かんかった。響いたのは、鬱とは全然種類がちゃうけども、同じ絶望のなかにい続ける人の話でしたね。哲学者・宮野真生子さんが自分のガンの末期をつづる『急に具合が悪くなる』とか、10歳から30年近く「死にたい」という気持ちが発作的に起こり続ける土門蘭さんの『死ぬまで生きる日記』とか。絶望は、それぞれ孤独なんですよね。「この苦しみは絶対に他者にはわかられはしない」という確信がある。別に病気やなくても、これを聞いてるみなさんにも「絶対に他人にはわかられない」と確信できるしんどさがあると思うんです。多かれ少なかれ、絶望はみんなにある。で、僕にとって絶望は、このとき孤独の問題にもなったんです。誰にも絶対に理解されないということは徹底的に孤独だということですから。うん。鬱のとき、頭の中で何回もくり返すイメージがあったんですよ。そのイメージのなかで僕は一定のペースで海に沈んで行くんです。上を見ると、ギリギリ海面が見えていて、みんな楽しそうに遊んどる。僕もあそこで遊べてたはずやのにな、とさみしそうに見上げるけど、僕が沈んで行くことには、海面で遊んでいる人は誰も気が付かんのです。でも、海を潜っていると、なんかおる。もうほとんど視野もないくらい光も少なくて、おぼろげながら形が見えるか見えへんかくらいの感じなんやけど、なんかがおる。しかもめっちゃおる。それは、今思えば「絶望を抱えた同志たち」の姿やったんですね。海の底で、暗くて、顔も見えへんねやけど。お互いに、「自分の絶望は誰にも理解されることはない」ということを、理解しあっている人たち。気軽にわかったような言葉をかけないという信頼感を、無言で共有しあっている人たち。かなしみの海の底にいるとは、自分の孤独と、相手の孤独がいっぺんにわかるようになることです。そういう孤独な悲しみを抱えた人たちの存在に、そういう人が書いたものに、僕は救われてきました。ちょっと話が逸れんねんけど、「本を読んで役にたつか」という問いをよくみます。僕は基本的には役には立たへんと思ってます。でも救ってくれることはある。本は役に立たんけどときに人を救う。なんの話やったかね。その深い海の底から戻ってきた話をしましょか。ゆうても症状は治ってないんで、海底から少し明るいところに浮上してきた、くらいなんで、海の中におるんは変わってへんのやけど。『弱さ考』を書いて僕に起こったいちばんの変化は、他人の絶望に敏感になったことやと思います。絶望というと大げさやけど、自分の心に開いた穴というか、ままならなさというか。「ああ、この人はいま『自分には他人に理解されへん心の穴がある』と感じてるな」という人は、なんでか、明るく振る舞っててもわかるようになりました。それから一年、僕はいろんな人とお互いに「絶対に理解されないしんどさ」について話してきた気がします。もちろん理解しあえないまま終わるけど。今この瞬間も、自分とは種類はまったく違うけど、世界に打ちひしがれとる人がおるって知っとくだけで、意外と人間は生きていける。そんなもんです。絶望のなかにいるとき、人は希望の物語に反応できないんです。絶望を救うのは、他の絶望しかない。それでは、今日のままならジオはここまで。この番組は一緒に考える、をやりたいんで、質問・感想もフォームから募集してます。僕が主催している、「ちょいムズ本を、仲間と読み切る」オンライン読書プログラム「問い読」と一緒に、詳細を概要欄に置いておきます。井上慎平でした。ほんじゃあ、また。
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