人生は「したくもないゲーム」でできている|ままならジオ(ままなラジオ)#13
2026-05-27 09:47

人生は「したくもないゲーム」でできている|ままならジオ(ままなラジオ)#13

「ままならジオ」は、人生の「ままならなさ」を、『弱さ考』著者であり、オンライン読書プログラムの「問い読」主催者でもある井上慎平が、みなさんと一緒に、もたもた、まったり考える番組です。

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人生がままならないのは、したくもないゲームをプレーさせられ続けとるからや。今日はそんなお話です。

ままならジオ。『弱さ考』著者の井上慎平が、人生の"ままならなさ"を、焚き火を囲むように、一緒に考える番組です。もたもたと、割り切れないまま。割り切らないまま。

はい。今日は、人生を「ゲーム」という言葉で捉えると少し見え方がおもろくなるでって話をします。今考えたら、この「ゲーム」の話って、弱さ考関連のイベントでいちばんよく喋ってるかもしれん。やから、ほんまは本のなかにちゃんと書いておいたほうがよかったんやろなあって思った。なんで今日、話します。

まず、ゲームって、それぞれにルールがあって、どういうプレーをすると反則かっていうのが決まってるんですよね。どういうプレーをすると高得点か、を人はいつも意識して行動しとる。

ほんで、人生はいろんなゲームでできてると思うんですよね。たとえば、1人の人間としてこの命を生きるということ自体が、世界をフィールドとした一つのゲームやし、子どもの時は学校というフィールドでゲームをしてました。社会に出たら、職場というフィールドでビジネスパーソンというプレーヤーになってゲームをせんとあきませんよね、多くの場合。

ゲームという言葉にこめた意味は大きく2つあって、1つは先ほどの「ルールがある」「いいプレーと悪いプレーがあって人間は無意識にそのゲームのなかでいいポイントをゲットしようとして動いてしまう」という話。このルールというのが、ゲームごとに違うのがやっかいなんですよね。

たとえば、大体どの小学校にも「冬半袖半ズボンで過ごすプレー」をしている男の子が1人はいるんですが、あれは「男の子ゲーム」のなかではいいプレーなんですよね。いや、価値観によりますけど笑。女の子が張り合って「じゃあ私も半袖で」ってならないのがミソなんですよ。つまり、何が言いたいかっていうと、「女の子のゲーム」では半袖半ズボンは「いいプレー」とはみなされないんですね。女の子のゲームには、また違ったファインプレーがある。この「男らしさのゲーム」と「女らしさのゲーム」は根が深くて、語りたいことが1時間以上あるんでまたどっかで言います。

ゲームという言葉にこめたもう1つの意味は、「望んでもないのに投げ込まれる」っちゅう、その受け身さです。まず、いちばん根本的なゲームである「生きる」についても、僕たちは「生まれたい」なんて選んでないですよね。僕は生物学的に男性ですけど、「男性がいい」なんて選んでないんですよ。あと、大人になったら就活をしたり、資本主義社会のなかで仕事ができる人を目指すっていうゲームも、そんなにみんな選んでないんですよ。僕たちは気づいたらいろんなゲームにプレーヤーとしてほりこまれてしまっとる。

ゲームはいつも勝手に始まって、それでいて、そこから抜け出すのはめっちゃ難しい。しかも、悲しいことに一回ゲームが始まると人は「なんでこんなルールに従わなきゃいけないんだっけ?」みたいなことを考えんのを忘れて、ゲームに没頭してしまう習性があるんです。

鬱になるまでばりばりハードに働いていた僕なんかまさにそうですね。

まとめてみましょっか。ゲームには2つの性質があって、ひとつはゲームごとに違うルールがあって、どんなプレーがよしとされるのかも違うよっちゅうこと。もう1つは、ゲームには「望んでもないのに投げ込まれる」ということ。そして一度投げ込まれると、いいプレーをしようとがんばってしまうこと。なんでこんなルールがあるんだっけ?という問い直しができなくなってしまう。

僕は『弱さ考』という本を書いたんやけど、男性より女性の方からの反響のほうが大きかったのよね。それは、「女性のゲーム」と「ビジネスのゲーム」のルールが全然違うからだと感じました。反対に「男性のゲーム」は「ビジネスのゲーム」とルールが近い。ざっくりいうとどっちも競争的やからあまりギャップを感じずにすむんかなと。いや、当然やけど、個人差は大きくありますよ?

あなたはどんなゲームに投げ込まれてますか?どんなプレーをいいプレー、どんなプレーを反則だと考えてますか?どんなルールを、「そのルールっておかしくない」って言えずにいますか?それらの総体が、複雑さが、現代の「ままならなさ」に強くつながっている気がします。

ちなみにこのゲームごとにルールが違うっていう考えは、哲学者のウィトゲンシュタインが言い出した「言語ゲーム」っていう言葉からインスピレーションを得ています。ゲームは気づいたら投げ込まれているものだ、っていうのは哲学者のハイデガーって人が考えていたことでもあります。いや、知識をひけらかしたいわけではないんやけど、先人の知恵を自分のもんみたいに言うのもちょっといややねんな。「ままならジオ」でもし僕が人々に「へえ、そんな視点もあるんか!」と思ってもらえていたとしたら、それはだいたい先人の知恵のたまものですね。

それでは、今日のままならジオはここまで。この番組は一緒に考える、をやりたいんで、質問・感想もフォームから募集してます。あなたはどんなゲームに投げ込まれてますか?どんなプレーをいいプレー、どんなプレーを反則だと考えてますか?についての自分なりの答え、投げ込んでみてほしいですね。

僕が主催している、「ちょいムズ本を、仲間と読み切る」オンライン読書プログラム「問い読」と一緒に、詳細を概要欄に置いておきます。井上慎平でした。ほんじゃあ、また。

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