「ままならジオ」は、人生の「ままならなさ」を、『弱さ考』著者であり、オンライン読書プログラムの「問い読」主催者でもある井上慎平が、みなさんと一緒に、もたもた、まったり考える番組です。
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人生、ごきげんがいちばん。でも、ごきげんでいるっちゅうんは、意外と難しいんよなー。今日はそんなお話しです。
ままならジオ。
『弱さ考』著者の井上慎平が、人生の“ままならなさ”を、焚き火を囲むように、一緒に考える番組です。
もたもたと、割り切れないまま。割り切らないまま。
今日は「ごきげん」について話したいと思います。
僕、『弱さ考』に「これからは強くて優秀じゃなくて弱くてごきげんだ!」って書いたらめっちゃ反響が大きかったんですよ。「井上さんめっちゃいいですね!」みたいな
でも、実はちょっと申し訳なかった。あんまりごきげんについて深く考えてなかったから笑。なんかごめん、と。せやから、考えたで!待たせたな!って感じです。
まず、僕がなんで「ごきげん」なんが大事かと思ったかというと、これは恩師の教えなんですよね。僕が新卒で入社した会社の会長が、もうものすごくいつもごきげん、ごきげんっていうのよ。
まあ、でも20代前半のおれは思ってたよね。「この人は何を言っとるんや」と。まったくわかってなかった。きげんなんてどうでもええやろ、と。
その会長はね、「みんな不機嫌であることによって、何かをゲットしてるんだ」っていうふうに言うんですよ。
たとえば「自分はすごく賢いんだ」って見せつけるために、もったいつけて気難しくふきげんそうな顔をしてるってね。
でも、たしかに、あるよね。そういうの。不機嫌で人を動かす人っているやん?どんな職場にも。
周りの人が、「あの人の機嫌がいいかどうか?」を常に気にしなくちゃいけなくて、「この人の機嫌が悪くならないように振る舞おう」みたいなことを思っちゃう人。その時点でその人は自分の不機嫌によって他人の配慮を引き出して、ゲットしてるわけで、不機嫌を 1つの戦略にしとるわけですよ。
まあ赤ちゃんはね?しょうがないよ。不機嫌になったらすぐ泣いて、周りの大人は、あわわわーって振り回される。
まあ、でも大人になったらさ、自分の機嫌ぐらい自分で取ろうぜと思いますね。
今振り返れば、当時はその恩師の言うことも「なるほどねー」くらいにしか思ってなかった。20代前半やったからね。でもその後ちょっとずつ社会人経験を積んでいくにつれて、あ、やっぱご機嫌って大事なんやって感じることが増えてきたわけよ。
僕、ビジネス書の編集を長くやってきたんですけど、だいたいどの本にも書いてある警告みたいなんがあるんよ。
「それはスキルで人をとるな」っていうやつ。「即戦力だ!」っていう理由で採用すると痛い目見るぞって。組織が崩壊するぞって。
僕なりの言葉でいうとね、それは、その人が何をできるか、だけじゃなくて、その人が周囲の人にどういう影響を与えるかをみろってことやと思うんですよ。
僕はそれを触媒的能力って呼んでるんですけど。
触媒って、あのーあれ、科学かなんかの授業でならいませんでした?
自分自身は変化しないが周りを変化させる物質のこと。たとえば、小麦粉だけではパンにならないでしょ?小麦粉にイースト菌が加わると、ぷくーって膨らんでパンになるんよ。でも、イースト菌自体はただそこにいるだけなんよ。触媒ってそういう、ただそこにあるだけで周りに変化を起こさせる物質のことね。
人でもいるやん? 自分が高い成果を残すためには人をとことん利用してやろう、っていう人。利用価値がある人にはちゃんとするけど、利用価値がないと判断した人にはめっちゃ冷たい人。あと他人の手柄を平気で横取りするとか。こういう人がいるとチームが崩壊するやんね。
逆に、仕事がすげえ優秀っていうわけちゃうねんけど、あの人がいるとなんかいいよね!って人もいるやん?なんか雰囲気が明るくなるよね、とか。それがつまりごきげんやと思うんですけど。
そういう人こそ組織にとってすごく大事やっていうのは、10 年ぐらい働いたらなんとなくわかってくる。
でもその恩師は言ってたのよ。ごきげんでいることの難しさも。
っていうのも、ごきげんでいたら、人間ってアホっぽく見えんのよ!
「あの人ってさ、悩みなさそうだね〜」みたいな。逆に不機嫌でいたら最初に言ったみたいに少し賢そうに見えたりするのよね。
ごきげんでいるには、勇気がいる。
でも、勇気を発揮してごきげんでいることができれば、不機嫌で人を動かすんじゃなくて、ごきげんで人を活かす人、活性化させる人になれる。
恩師にね、謝りたいですね〜。「あんときなんもわかってなくてごめんなさい」って。でもね、最近僕もちょっとずつごきげんになれてる気がするんよ!
それは、実は鬱の体験からきてましてね。
人間って全然立派な生き物やないんやなって自覚できたことで、僕はごきげんな人間にちょっとなれたんですよ!
どういうことか。説明しよう!ちょっとごきげんに言ってみました。ネタが古いな。
僕、鬱んときはとにかくエネルギーが枯れてたの。ほんで、タイミングが悪いことにそんとき子どもがイヤイヤ期やったわけよ。
3歳くらいやったかな?とにかく理不尽なまでに泣くわけ。こっちが泣きたいわってくらいに。
世の中のお父さんお母さんは立派やから、それでも淡々と育児をこなすわけやけど、僕はもうあまりにエネルギーが枯渇しすぎてて、キレたんよね。3歳の子どもに。
だぁまれ〜〜〜〜〜!!!!!うるさーーーーーーい!!!みたいに。エネルギーが枯れてたらキレられへんやろって思うかもやけど、そうやなくて、エネルギーが枯れてると、理性によるブレーキみたいなんがぶっ壊れんのよね。
いやあ、ほんまもうクソみたいな人間やったね。あんときに自分の「立派な人間でいたい」みたいな思い上がりが一個ガラガラで音を立てて崩れたんですよ。
ほんで二つ目。これも鬱のどん底のとき、僕は自分のことを惨めやって思ったんですよね。あまりにもできることがなくて。
で、「惨め」やと思ったっていうのが実はすごく大事で。
これ、惨めじゃなくて「苦しい」とか「悲しい」でも良かったはずなんよ。でも僕はまぎれもなく惨めって感じたんよね。
惨めっていうのはすごく人と比べる言葉やなあと思うんよね。周りの人はあんなに頑張って活躍してるのに、とか。当時もめっちゃ人と比べてた。逆に誰もいない無人島で惨めになるのってまあ難しいと思うのね。
惨めっていうのは、なんちゅうか、基準となる点があって、そこからの比較で生まれてくる感情な気がすんのよ。
で、そんとき自分を惨めにさせてたのは、過去の自分やったんよね。
過去のバリバリ仕事してた頃の自分が、見下してきおんのよ、俺のこと。
お前は何もできねえやつになったなあ、みたいに罵ってくるわけ。
ほんで気づいたんよね。おれはめちゃくちゃ人のことを能力でジャッジしてるなって。能力=人の価値くらいに思ってるやんって。
それがもうショックで。自分はもうちょっとましな人間やと思ってたぞと。
この2つで決定的にわかったんよね。自分がいかに立派な人間でないか。これからも立派な人間になれる日なんてこんということが。
もう一個思ったんが、これ、おれだけやなくて余裕がなくなったらどんな人もたいがい愚かな人間になってまうんちゃうのってこと。
それから、いままでの自分やったら「なんて愚かな人や」って思うようなシーンに立ち会っても「ああ、あの人はいま余裕がないんやなあ」と思うようになった。
自分の底の浅さ、醜さみたいなのと直面したのがすごいよかったんよね。あれ、おれ、ダサすぎひん?っていう。もう笑ってまうしかないなと。
そっからね。ごきげんになったのよ。いや、もう半分ごきげんっていうテーマ忘れかけてたけど。戻ってきました。
なんでかと言うと、「自分は立派な人間になれるんだ」って思ってたら、そこに到達できひんかったとき、自分を責めてまうやん? 到達できひん人をみたら見下すような人間になってまうわけやん?それはごきげんではないよね。
でも今の自分は、余裕を失ったらみんな愚かやで、化けの皮一枚やでって思うわけ。
もはや立派になろうともしてないっちゅうか。
そうなると自分で自分を責めることもないし、相手にアホやって思われても人間追い詰められたらみんなアホになんねんでって思ってればきげんよくいられんのよな。
回りの人にもごきげんにやさしくいられる。ああ、あなたは今余裕がないだけなんよね、って思ってられる。ふきげんな人にも振り回されんくなる。
自分も周りもみんな一皮剥いたらアホやねんって思ってたら、だいたいのことがどうでもよくなんねんな。ふきげんな人がいたら距離をおいて、きげんのいい人と一緒にいようって思う。
恩師がよく言ってたんよ。「ごきげんでいることがいちばんの貢献だ」って。自分なりの言葉でいうと、「触媒的能力」が高い
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