鬱っぽい人の憂鬱な日常|ままならジオ(ままなラジオ)#5
「ままならジオ」は、人生の「ままならなさ」を、『弱さ考』著者であり、オンライン読書プログラムの「問い読」主催者でもある井上慎平が、みなさんと一緒に、もたもた、まったり考える番組です。
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「鬱」の人っていったい毎日どんな感じなん?今日はそんなお話です。ままなラジオ。『弱さ考』著者の井上慎平が、人生の“ままならなさ”を、焚き火を囲むように、一緒に考える番組です。もたもたと、割り切れないまま。割り切らないまま。はい。僕は、『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』という本を書きました。鬱になったーって聞くともう治ったかのように聞こえるかもしれませんが、全然治ってへんのですよね。よく、自己紹介のときに「まだうっすら鬱としっかり鬱のあいだを行ったり来たりしています」と僕は話します。でも、たぶんどんな感じかようわからんと思うんですよね、鬱って。今日は僕がどんな毎日を過ごしてるんか、それは発症前とどう違うんか、つれづれとお話ししてみたいと思います。なんでこんなことを話そうと思ったんか。昨日たまたまね、元プロ野球選手の清原さんがYouTubeをやっていることを知ったんですよ。いつもは、清原さんが野球関係のことを話してるんやけど、一回だけ「鬱のことを全部話す」っていう全然テイストの違う回があって。清原さんももう5年くらい鬱に苦しんでるらしいです。それをみたら、自分も「ああ〜」って、なって。そうなんよ、そうなんよなあ。っていろいろ響く部分があって。自分も語ってみよかってなったっちゅうわけです。まず、大前提として、鬱は治るもんです。でも、人によってはかなり長い時間がかかったりします。僕はまだ治ってへんし、はっきり言って5年経ってもほぼよくなってへんなと思います。人によっては症状と何十年、あるいはずっと付き合っていくパターンもあるみたいです。僕も正直、いつか治る、前の自分に戻るっちゅうことはイメージできへんところがありますね。というのも、明らかに脳の回路が書き換わってんなーと感じるんで。鬱の症状は人それぞれです。でもだいたい共通するんが、調子が悪いときは脳のあらゆる部分がボイコットを起こして、どんな好きなことであっても「何かをしたい」という意欲そのものが消え失せてしまうところ。僕で言うと、元気な時は本を読んだり人と話すのが好きなことですが、鬱のときは「したい」っていう感覚が消滅しますね。何に関しても。あれ、いつものみたいコーヒーが飲みたくない、とかそういうところから、ああ、今日はしっかりめの鬱なんやなって逆に気づくくらいで。体温計みたいにわかりやすく状態がわかったらええねんけど、脳には触覚も痛覚もないからわからんのよなー。鬱の時は、「ただ何もできへん」という時間が大量にある。でも暇つぶしする体力も意欲もあらへん。時計が進まん。この強制的に何もできへん状態に追い込まれるっちゅうんは地獄です。つらつらと語っていくと、次に辛いのは眠る力が落ちることですね。鬱のなかでもたまにずっと眠たい過眠タイプの人もいますが、多くの場合は眠れへんくなりますね。僕は毎日睡眠薬を飲んでて、眠りに入るのはそんなに困らへんけど、夜中や朝方しょっちゅう目が覚めますね。だいたい平均で4回くらいは覚めます。その浅ーい眠りの中で何回も悪夢をみます。どんな悪夢か、起きたらだいたい思い出せへんのですけど。ぐったりしたなかで朝が始まって、ええなあ、すっきりした始まりの朝がきてほしいなあって思うけど、もう最後がいつやったかは思い出せへんね。で、しっかり鬱の日は人と話すんが億劫になります。んー、「会話する」っていうのはめっちゃ高度な脳の働きの応酬なんですよね。まず、相手の言っていることを言葉として理解する。これももう疲れます。自分の頭で次何を言うか考えて、相手に返す。相手がまた言葉を発する。それを必死になって聞く。その繰り返し。うっすら鬱としっかり鬱のあいだにいるっていうのは、僕の感覚で言えば1日どのくらい会話できるかに波があるんです。うっすら鬱の日でも、シラフやと休憩を挟んで4時間が限界。しっかり鬱の日はほぼゼロです。いや、逆に感動しますよ。脳ってすごいことしてたんやなって。ただの音の羅列を日本語として理解する。「今までこれをなんなくこなしてたんか!」ってもはや感動します。誤解されがちなとこでいうと、鬱って、心の病じゃなくて脳の機能不全なんよな。やから、僕でいえばまず聴覚が変わった。今までは音が鳴っとるってことにとくに困らず生きてたんやけど、今はうるさい環境、二重三重に音が鳴ってる環境やとめっちゃ疲れます。カフェとか。駅の構内とか。選挙演説とかはマジでミュートしたいですね。今までは必要な情報とそうじゃない情報を脳がフィルタリングしてくれてたんやけど、今は全部の音の羅列がだーっと雪崩れ込んでくる。やからけっこう疲れます。視覚で言うと、何かが目に入ること自体がしんどい。とくに広告なんかつらいね。めっちゃ情報量多いし、その情報の束がフィルタリングされずに全部一気に雪崩れ込んでくるから。あとおもろいんが、人の顔が見れんくなったんですよ。顔ってめちゃくちゃ多くの情報を含んでますよね。無限の情報を人は表情に詰め込むことができますから。でも、僕はもうそれを受け取れへんから、人の顔を見て会話ができへんですね。1,2秒が限界。目を合わせるっていうのは最難関で、もう脳が反射的に拒否します。目線もまた情報量が多いんでしょうね。こんな状態やから、東京にたまにいくと、耳栓して、ずっと下向いて歩いてます。やからめっちゃ肩ぶつかります笑。すんません、すんません、みたいな。「いや、井上はいろいろメディアに出てあれこれ語っとるやんか」と思われるかもなんですけど、まず、前提、めっちゃ休憩入れてもらってます。物理的に縦になって立ってるだけで疲れるから、床に横にならせてもろてます。今話してて思ったけどとにかく疲れるんですね。これは、「易疲労」って言って、易って、あの容易くのやすくの部分の字ね。鬱だけじゃなくて脳の機能障害を患った人にけっこう共通する症状がこの易疲労。これ豆な。豆知識。で、なぜふつうに話せているように見えるか。それは、一時的にならふつうっぽく話せるってことなんですよね。1日何時間かだけなら人と話せる。それをイベントや取材に集中させればなんとかやってけるという感じ。いや、イヤイヤ話してへんから、これ聞いた人も「井上さんと話すのはかわいそうやからやめよう」とか思わんといてほしいんですけど。生きがいやからね。もう一個のふつうっぽく話せてる理由は、「鬱なりのペースでゆっくり話す」っていう選択肢が実質的にないからなんですね。会話って相手があってのことなんで、僕だけがゆっくり話して相手は早口でーーゆうても僕にとって早口なだけでその人からしたらそんな早くないふつうのペースでーー話すって、成立しないんよ。何回か試してみたけど。それを貫いたらめちゃくちゃ気を遣われてしまうし。やから、「周りからみてふつうっぽい感じで話す」か、そうじゃなかったら「休憩する、つまり一切話さへん」かどっちかなんですね。だから取材とかイベントの後とかはだいたいしんでますね。道路のど真ん中でいきなり寝転がりたいくらい。やから、「元気そうやん」って言われるとちょっとしょげる笑。厳密には急激に減っていく「元気ゲージ」をそのとき使ってるだけなんよね。清原さんも、「YouTubeみたら元気そうやんか!って言われるけど元気じゃない」って言ってました笑。わかるーってなった。そうなんですよね。元気な日など発症以来あったことは一度もない。これがまあ、僕のままならなさですかね。たまに、井上さんよく1人語りの番組できますね、って言われるんですよ。やってみたらわかるんですが、1人語りやとすぐネタが尽きて、だいたい続かないんよね。でも、僕にとっては会話というのが最も疲れるもんなんで、むしろ1人語りやないと続かんのです笑。それでも、話したい。話すことで世界とつながっていたい。そんな気持ちでやってます。それでは、今日のままならジオはここまで。この番組は一緒に考える、をやりたいんで、質問・感想もフォームから募集してます。僕が主催している、「ちょいムズ本を、仲間と読み切る」オンライン読書プログラム「問い読」と一緒に、詳細を概要欄に置いときますね。井上慎平でした。ほんじゃあ、また。
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