みなさんこんばんは、下道でいこうのいっしんです。 この番組は、自然体で話せる友達2人が、旅の帰り道でするような、たわいもない話を、
ギルッとお届けする番組です。 ということで、みなさんお気づきかと思いますが、今回なんと、ともきくんが欠席ということで、
一心一人回となります。 ともきくんを楽しみにしていた方は、申し訳ございません。
今回はここまでということで、 飛ばしていただいても構いません。
ぜひ、僕一人回になるんですけれども、 聞いていただける方は最後まで聞いてくれたら嬉しいなと思います。
なんで一人回になってしまったかというと、 今回本当急遽一人で撮ることになりました。
一応、この2年半ぐらいShitamichiDeIkouをやってるんですけども、 過去に1回だけ僕が一人でエピソードを撮ってる回はあるんですが、
あの回はともきくんがバンクーバーに行く前に、 僕からメッセージとしてエピソードを撮った回がありまして、
それはね、事前に考えていて、台本じゃないんですけど、 準備した上で撮ってたので、ある程度エピソードとしては仕上がってるかなぁとは思うんですけど、
今回急遽一人で撮ることになりました。 なんでかというと、僕もあんまり詳しくを知らないんですけど、
あのちょっとともきくんがここ数日体調が悪いということで、 何日か収録日調整はしてたんですけど、
どうしても調子が悪い日が続いて、 声が出ないということで収録ができないそうです。
なんか僕もねLINEでしかやり取りしてないので、 声が出ないのでLINEでしかやり取りしてないんですけど、
今さっき病院で処置してもらって、多分大丈夫なんだけど声が出ないから、 ちょっと今週の収録は難しいということでした。
まあ多分大丈夫だと思うんですけど、 そんな感じで僕が一人で撮っております。
一応ね僕も一人で別番組として、僕の旅そして世界各国の学校教育について発信しているポッドキャストがあるんですけど、
そこでね一人で話してはいるんですけど、そっちはがっつり台本作ってるんですね。 やっぱりあの正しい教育の情報を伝えたいなぁとは思って、
インプットでありアウトプットだと思っているので、 事前に1時間2時間ぐらいその調べて台本作って、その上で話してるんですけど、
この下道以降はですね、冒頭で話したように僕ら友達2人が気軽に明日忘れるような会話をするっていう番組なので、
今回もですねノーダイフォンでお送りしようかなぁと思ってるんですが、 ちょっと厳しいかもしれないですね。
今めちゃくちゃ喋りながらすごい頭を回転させて喋って、何喋ろうかなって考えてます。
ということで今回は今までと違ってなかなか面白くない回になるかもしれないんですけれども、 最後までね聞いてくれたら嬉しいです。
下道で行こう。
全部下道で行きたい。ケチ臭い。4コマぐらいのあのほっこりか。細く長く。
ということで今回は僕一人でお送りするんですけれども、何話そうかなーっていろいろ考えた結果、
このエピソードが放送される日が10月25日なんですけど、前日の10月24日はなんと僕の誕生日なんですね。
ということでこのエピソードが放送される時には僕も28歳になっております。
はいおめでとうと言ってくれた方ありがとうございます。
この28歳の記念の放送会がまさか一人会になるとは思ってなかったんですけれども、
はい僕もついに28歳になりました。なんか28って聞くとやっぱり前トムキも話してましたけど、だいぶダメージが大きいですね。
なんか28って結構重たい数字ですね。
いわゆるおじさんって言われても、まあそうだよねってなる年齢かなーって勝手に思っちゃいますね。
まあもちろんね多分もっと上の人からしたら何言っとんねん、まだまだ若いやんけって言われると思うんですけど、
でもやっぱりこう中学生高校生ぐらいの時に28歳って聞いたら、まあだいぶお兄さんだなぁというか、
まあだいぶ大人だなーっていうふうに思いましたよね。
だから結構もうちゃんと大人なんだ、おじさんなんだっていうふうに自覚する年だなって思います。
だからやっぱちょっとダメージ食らいますね。ちょっと嬉しいけどあんまり誕生日祝わなくていいかもってそろそろなり始めるんですかね。
僕はですね結構誕生日は大切にしてまして、やっぱりこの人間としての区切りっていうのもあるので、
毎年ですね誕生日迎えるたびにこの1年どうだったかっていう振り返りと、次の年どうしていきたいかっていうことを考えて目標を書くようにしてます。
去年も27歳になったタイミングでどうだったかっていうのと、27歳こういう年にしたいなーっていうふうに書いてあって、
ちょっと今回見直したんですけれども、27歳の目標は数年後を見据えて投資を燃やし続けながら知識経験繋がりを増やしたいっていうふうに書いてありました。
まぁちょっとなんか抽象的で大きい目標だなと思うんですけども、今まではね、なんか1年後とか数ヶ月後とかのなんかこうわかりやすい目標があったんですよね。
けどまあ今後はより将来数年後、数十年後っていうのを見据えた目標、将来像みたいなものが見えてきたらいいなーっていうのが27歳の時に思ってたことですね。
いわゆる将来やりたいこと、人生でやりたいことを見つけていきたいなっていうのが結構27歳の目標でしたし、ここに書いてあるように投資を燃やし続けたいっていうのがやっぱあったんですよね。
のんびりゆったりしたいなーというかリラックスしたいなっていうよりかは、自分のやりたいことに熱量を持ち続けたいというか燃料を燃やし続けてたいなーっていうのが27歳になった時に思ってました。
結構モチベーション高かったというか、頑張ろうってなってたんですよね多分。
でまぁそのためにちゃんと勉強したいし、ちゃんといろんな経験したいし、いろんな人と会いたいな、繋がり増やしたいなっていうことを考えていたんだと思います。
あとまあ、自分のためにもなりますしね、本当にこういう会話。僕もよく自分の目標とか、自分の振り返り、話してる会話よく聞き直してます。ああ、こういうこと思ってたんだなっていう確認のために聞いてます。
で、そうですね。まず簡単にざっくりですけど、27歳の振り返りをすると、27歳になったタイミング、僕デンマークで留学してまして、フォルケホイス高齢っていう寄宿学校で勉強をしてました。
そう考えるとこの27歳結構、自分の人生の方向性定まったなというか、変えてくれたなっていうような年だと思います。
27歳のタイミングで将来どういうことをしていきたいっていうのを具体的に決めたいなーっていうのもあったんですけど、27歳この1年間で自分が将来どういうことをやりたいかっていう人生の目標みたいなのが決ま
ったなーっていう年だったなと思ってます。
具体的に言うと、ずっと旅しながら会った人に話してるんですけど、将来的にやっぱり僕は学校を作りたいっていう風に口にできるようになりました。
1年前までは自分で自分のコミュニティを持ちたいなーみたいなざっくりとしたものはあったんですけど、それは自分の経験からシェアハウスとか、人が集まって一緒にご飯食べて一緒に会話をしてみたいな、そういう
場所を作りたいなーっていうのはなんとなく思いがあって、それは自分の一つの目標でもあるんですけど、
それでもこの1年で僕は世界の各国の学校を巡りながら教育の勉強をするっていう風に決めて旅を今してますけど、ここまで教育に振り切れたのはこの1年間の出会いと学びがあったからだなっていう風に思ってて、
一番大きな出来事としては、デンマークの小学校で働いてらっしゃる日本人の方と出会えたことが一番大きかったなっていう風に思ってます。すごいとても尊敬してる方で、とても可愛がってもらったんですけども、
その人が本当に日本のことも教育のことも本当に真剣に考えてる方で、すごい僕が大好きな人なんですけど、
その人にね、一緒にお酒飲んでるタイミングで、僕が教育に興味があって、デンマークで勉強してるんです、デンマークまで来たんですっていう話をいろいろしてた時に、一言ね、学校作ろうやって言ってくれたんですよ。
その言葉がね、やっぱ僕は単純なんですけど、すっごい嬉しくて、その時お酒回ってたっていうのもあるかもしれないんですけど、めちゃくちゃ痺れて鳥肌立って、
なんかその時に、自分ってやっぱ学校作りたいんだっていう風にバーって思ったんですよね。これちょっと前に話したかどうかわかんないんですけど、僕ね、今2年ちょっと海外生活をしてます。
2年前くらいに働いていた私立学校を辞めて、オーストラリアで英語の語学留学、そしてデンマークで教育を勉強するために留学をしてたんですけども、仕事辞めるタイミングで僕は、もともとね、なんか自分で何か作り
たいな、何かやりたいなっていうことがあって、
で、対子供への教育で自分でビジネスすること、自分で何か始めること、すごい難しいなーっていうので、ちょっと諦めてたんですよ。諦めたというか、別の方法ないかなっていう風に考えてたんですね。やっぱり子供
への教育でお金を稼ぐことってすっごい難しいんですよね。
あとやっぱり自分の理想とかを追い求めちゃうと、お金を稼ぐっていうことを考えるとすごい難しくて。で、デンマークのフォルケホイスコーレっていう学校に行ったんですけど、そこは成人教育なんですね。対大人への教
育なので、自分としては日本に帰ったら、デンマークのフォルケホイスコーレみたいな対大人、成人への教育で何かできることないかなっていうのをちょっと考えてたんですよ。
それも本当に面白いなと今でも思ってるんですけど、でもやっぱデンマークで学校現場に行って、子供たちと話して、子供たちと遊んで、先生たちと教育について話す。そういった時間過ごすと、やっぱ自分って子供好き
なんだなって気づいたし、やっぱり子供の教育を考えることってこんなに面白いんだなっていう風に思って。
で、その上でデンマークのその僕の恩師に出会って、学校作ろうやって言ってくれた時にめちゃくちゃ痺れて、うわ、学校作りたいってなったんですよね。やっぱこのイベントがこの27歳で一番大きなイベントだったな
っていう風に思います。
でもこの学校作ろうやって言ってくれたタイミングで僕すぐに返事ができなかったんですよ。やっぱりその時は自分にすごい迷いがあったからなんですね。いやいやいや、日本で学校作るなんてすごい難しいし、自分なんか
教育現場での経験も全然ないし、公立学校で働いたこともないし、全然知識もスキルもないし、本当に子供への教育がしたいかわかんない。
って思ってなんかすぐに返事ができなくて、それもまたなんかちょっと悔しくて。だからこそ実際に自分でデンマークの教育現場で働いてみたいなと思って働かせてもらったり、他の国の教育現場を見に行ってどんな教育が
あるかを知りたいし、その現場で働いている先生たちと教育について会話がしたいなっていう風に思って自分の足で教育現場に行くことを決めたんですね。
やっぱりいろんな国のいろんな学校に行って、いろんな子供たちと出会って、いろんな先生たちと話をする中で、やっぱり教育って面白いなって思ったし、海外には日本と比べて学校が作りやすい国だったり、いろんなス
タイルの教育現場、いろんなスタイルの学校があって、
もしかしたら自分でも学校を作れるのかもしれないっていう風に思えるようになったんですよね。いわゆる成功例みたいなものをたくさん集めることができた。
そういった経験として、この前9月にデンマーク帰ったタイミングでまたその恩師の方にお会いしていろいろ話をさせてもらったんですけど、その時に胸張ってというか、やっぱり僕学校を作りたいですという風に自分の口
で伝えることができました。
ということで、僕の27歳振り返ると結構大きい決断をしたというか、自分の中で決意が固まった年だなっていう感じです。なので今旅に出て自分で自分の決意を固めるために発信をしてましたし、
これからこういった発信を通していろんな同じ志を持った人たちとつながって自分のやりたい教育を作っていきたいなっていう風に思ってます。この言葉を自分の口で誰かに話す、そしてこうやって発信できるっていう
ところまで慣れたのがこの1年の一番大きな成長かなっていう風に自分の中で思ってます。