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スピーカー 1
名前は後から付ければいい。山本達也のUntitled、ホストの山本達也です。
この番組は、まだ言葉に仕切れないアイデアや感覚、何かが立ち上がりそうなワクワクを手掛かりに、ジャンルを軽やかに越境しながら、これからの社会の形を探っていくトークプログラムです。
本日の収録は、東京品川区の島津山スタジオからお届けします。
今日はゲスト会ということで、実はゲストに来ていただいています。早速ご紹介したいんですけども、今日のゲストは園田聡さんです。園田さんよろしくお願いします。
スピーカー 2
園田 よろしくお願いします。
スピーカー 1
いや、今なんか東京品川区の島津山スタジオって言って、要は大学の僕の研究室がスタジオっぽくなってるっていうだけなんですけど、しかし2人とも住んでいるところというか、家族と住んでいるところは松本で、この番組は一応2つのスタジオのどっちかで収録するっていう風になっていて、
オープニングトークは、今日は東京品川区の島津山スタジオからお届けしますって言ったんですけど、もう1個のバージョンは長野県松本市アルプスシティスタジオからお届けしますみたいな感じで、これ普通に言ったら松本で2人で話してそうなのに、なぜか2人とも松本に住んでいるのに、東京のスタジオでお話ししているみたいな、これはなんかちょっと面白いなと思って。
今日自分で呼んどいて何なんですけど、今日東京にいるのはどんな理由なんでしょうか。
スピーカー 2
今日はですね、この島津山スタジオのある生鮮女子大、山本先生にお絵描きいただいて、2本立てですかね、午前中は授業で、都市デザインの観点から公共政策に絡めたお話を講義形式にさせていただいて、この後ゼミがあるということで、そこでお話しさせていただくということで、かかってます。
スピーカー 1
いやー、ありがとうございます。これはあれなんですよね、松本に住んでる人で、東京に行かなきゃいけない人たちっていうのは、朝のあずさの時間っていうのがなんとなく頭の中にインプットされて、比較的早めに東京の用事があるときっていうのは、ちょっとあれ何号でしたかね、なんか8号かなんかでしたっけ。
スピーカー 2
8号ですね、8号でした。
スピーカー 1
7時10分松本発っていうのがあるんですよね。これ一歩前が実はあるんだけど、意外となんか泊まる場所がいっぱいあるのか、東京っていうか新宿までの時間が結構時間かかるんですよね。
そうなんですね、知らなかったですね。
たぶん2本目の電車が7時10分なんですけど、僕もいわゆる2限っていうのがあるときは、この7時10分っていうのに乗って新宿に来て、そこで山手線に乗り換えるみたいな。でも、ソランさんも結構いろんなところをお仕事で移動されたりとか、いろんな町とかで、でも基本的には松本にお住まいだと思うんですけど、
新宿降りたときの感じっていうんですか、後でちょっとまたお伺いしようかなと思ってますけど、もともと新宿に住んでた時期もあったりするから、新宿ってたぶん特別な感じなのかなと思うんですけど、園田さん的に松本住んでみて、新宿から松本に行って松本に降りたときと、松本から新宿に来て新宿で降りたときの心境とか感覚とか、どんな感じになったんですか。
スピーカー 2
そうですね、今僕松本に移住して、ちょうど去年の6月だったので1年ぐらいなんですけど、なんかそう思うとあれですね、まだ新宿に着いた、松本から新宿に着いたときの方が若干帰ってきた感がある気がしていて、まあ環境的には松本に、新宿から松本に行ったときの方が、まあやっぱ空が広くていいなというのはあるんですけど、
新宿駅の雑踏と、特命制っていうのが好きなんですけど、新宿駅の誰も自分を見てない感じが、東京、新宿っていう感じで、なんかちょっと懐かしさもまじり居心地の良さもまじりって感じですかね。
スピーカー 1
いやーなんかすごいよくわかる気がします。なんかあれですよね、この特命制って、松本ってこう微妙なあのギリギリ特命制が担保しにくいけど、2人とも割と街中に住んでいるので、松本って言ってもかなり広いので、もう小山の方まで松本市だから、どこに住むのかにもよりますけど、で全部合わせて24万人くらい住んではいますけど、いわゆる街の中心市街地ってなってくると、
もっともっと少ないじゃないですか、そうすると特にその街中なんていうと特命制はなかなか難しいなみたいな感じにはなりますよね。
スピーカー 2
そうですね。それがいい面で言えば、誰かに会いたいなと思えば、松本だったらこの辺りに行ったら知り合いがいるかなっていうのも持てるし、一方で、あんまり今日は一人でと思うと、あんまり会わなそうなところに行くっていう選択肢を持てる、なんかそのギリギリのラインというか、そんな密度感な気がしますね。
スピーカー 1
そうですね。なんかもうオープニングからずっと松本と新宿の話ばっかりなってしまっていて、なかなか園田さん自身がどんな方なのかっていうのをちゃんと紹介できないまんまにここまで来てしまっていますけども、園田さん今日は実は授業の中で都市デザインについてのお話を今ちょうどしていただいたところなんです。というのはお仕事がそういうお仕事だっていうことなんですけど、
スピーカー 1
なるほど。そもそも都市の話で、僕は園田さんと初めてお目にかかったのは松本で、松本の今いくつかお仕事もされていて、関わり始めた頃はまだ松本にお住まいではなかったんですよね。ところが、時から松本にお住まいになるようになって、おそらくそのくらいのタイミングで初めてお目にかかったのかなと思いますよね。
スピーカー 2
松本に関する話は後半の方でもぜひしていきたいなというふうに思ってるんですけど、なんか興味津々なのは、普通に言ったら変ですけど、生まれて小学校とか行って中学校とか行って、なんかいろんなことやられたんだと思うんですけど、なんかこう都市みたいなことに関心持つようになったとか、その辺のきっかけみたいなってなんかあるんですか。
そうですね。今思うと、大学に進むとき、なので高校生のときにどういう大学で勉強しようかなというときは建築だったんですね。建築に興味があって、ああいう形を作ることとかですね。それが世の中に残っていくっていう、そこに興味があって建築の専攻っていうところで大学を選んでいきました。
その工学院大学っていうところに行ったんですけど、そこが建築都市デザイン学科っていう学科だったので、建築に都市もついてるっていうところで、そのまま授業をやっていく中で、その学びの中で建築だけではなくて都市っていうものもデザインの対象になるんだっていう、そこで出会ったっていうのがきっかけなので、そういう意味では大学入って1年生の頃でしたね。
初めて都市っていうものに関わった。
スピーカー 1
なるほど。なんかこう文外観から見てると、建築と都市って近いような気もするし、遠いような気もするように見えるし、どういう感じの建築に入っていくのかっていうことによってもずいぶん違うし、建築の方から入って都市っていうのもあるような気もするけど、でも逆はあんまりないですかね。
都市の方から入ってでもやっぱり建築みたいな、この辺ってどうなんですか。
スピーカー 2
それでいくと、僕の周りの方とかそういう印象っていうのはありますけど、確かにおっしゃる通り建築から入って都市っていう方は結構いらっしゃるかなと。僕もそうでしたし。
で、一方で最初から都市って入る人が建築のところに行くっていうのは、なんかあんまりイメージ、いないことはないんでしょうけど少ない気がします。
で、なんでかなと思うと、都市から入ると非常に大きい助の計画論なんですよね。なのでどっちかっていうと、旧来で言えばシステムみたいなことを考えるっていう傾向が強いので、そういう意味ではやっぱり全体感の話でシステムっていうことになっていく。
一方で建築は単体だと一番小さいのは住宅ですけど、そうすると敷地の中を考える、敷地の外も考えなさいと僕らもよく言われるんですけど、そうすると周りを考える。
で、周りが気になりだすと、多分それって結構スケールがどんどん広がっていくんで、都市だとか、いわゆるパブリックスペースですね、道路とか公園とか土木の分野にもまたがりますけど、そういうところに目が向いてって、結果都市の方に関心が強くなるっていう、なんかそういうのは傾向の違いがあるのかなという気がします。
スピーカー 1
なるほど。高校くらいの時に建築入っていた背景には何か後の時代にも残るものみたいなのがあったっていうことなんですけど、もうちょっとだけ深掘っていくと、そういう後に何か残したいみたいなことが強かったのか、
もともと気がついたら建築っていうか建物みたいなものとか、それは小学校の頃の教科でいうと図工的な木工やったりとか、中学だと技術みたいなのもあったりもすると思うんですけど、粘土でも何でもいいんですけど、そういうところと近しいのか。
それともそうじゃなくても、例えばなんか後世に残すものだったら、学者とかで割と哲学の、それこそ紀元前みたいなやつが残ってますみたいなこととか、いわゆる古典的明朝みたいなものが残ったりとかっていうのもあると思うし、ビジネスモデルが残ってるみたいなことなのかもしれないし、後世に残すっていうことでもいろんなパターンがあるような気がするんですけど、その辺であえて振り返ってみると、
ソナさんってどんな感じの子供だったっていうか、何をその辺で考えたのかなと思って、ちょっと興味があるんですけど、どうですか。
スピーカー 2
そうですね。そう思うと、確かに残すことの前に作ることをやりたいっていうのがあったかもしれないですね。やっぱり、いわゆる図工とかも好きは好きでしたし、決して成績は良かったわけじゃないですけど、その時に、なんかやっぱりものを作りたい。
で、それが何かその、何だろうな、一瞬だけではなくて、形に、物理的な形になるっていうことに興味があったっていうのが大きいかなと。あと、振り返るとですけど、なんかよく僕ら言われるの、デザインとアートがどう違うかみたいな話があって、
割と高校ぐらいまでやる図工の時間って、技術は別ですけど、図工だとどっちかっていうとアートに近いような絵を描くとか、何か目標をするとかっていうことなんですけど、正直それは好きなんですけどあんまり得意じゃなかったんですよね。いわゆるアート、僕らの周りで言われてたのは、アートは自己表現であると、自分の中から出てきたものを社会に表明するみたいなことで、
スピーカー 1
1年生の必修授業で1年間かけてその101個っていうのを入れていって、それを使えるようになるっていうことをやったりしてるんですよね。で、4つの能力というかコンピテンシーと呼ばれるものがあって、1つが批判的な思考力っていうものに該当するようなコンセプト群があって、もう1つが創造的思考力のコンセプト群。
で、もう1個は人間関係の構築力に関するコンセプト群があって、最後は情報発信系の能力に関するコンセプト群っていうのがあるんですけど、その中にあるんで、よく出てくるのが、僕は割とその発想が好きなのが氷山モデルだったり、システムダイナミクスって呼ばれるようなタイプの考え方で、氷山って海の上でぷかぷか浮いているけれども、氷山の海の上で見えてる部分っていうのは、
ちょっと一部で、むしろ氷山の大半っていうのは海の下にあると。で、社会現象とかいろんな問題っていうのも、みんな目に見えて可視化されてるところっていうのに一生懸命アプローチしに行こうとするけど、しかしその出来事ができている原因っていうのは、見えない部分にあるものの考え方だったりとか、そこのいろんなことが絡まり合って出来事として出ているのであるから、
もちろん出来事に出ていることに対して応急処置的に対処していくっていうことも非常に重要なことだし、緊急性を要するものっていうのもいっぱいあるのでやるけど、でもそれだとある意味でもぐらたたき状態になっていくので、いつまでも出てもたたく。だから、より根本的に考えるには、人がその考え方そのものをマインドセットみたいなものを例えば変えていくとか、そういうものが生み出されるルールみたいなものとか、繋がり方を変えてみるとか、
いうことによって、その上に起きている出来事を、今課題として出ているのであれば、もう少し自分の見たいと思うような社会としてこういうものはいいよねっていうふうなものを自然とやる、そこを設計したりそこをどうデザインするのかみたいなことがすごく自分の中には関心があって、なのでそのシステムダイナミクスってコンセプトだったり氷山モデルっていろんなものを発想するときに、
割と自分は意識したりもするんですけど、もしかしたら園田さんもそういうところがあるのかもしれないなっていうのを今話してて思いました。
スピーカー 2
そうですね。僕、若いときは尾崎豊が好きだったんですよ。で、まあだいぶ斜めから鋭めに世の中を見る人でしたけど、なんかそう思うと今の話にも通じるのは、
やっぱ彼は何かこう世の中の仕組みみたいなものに多分、何ですかね、こう生きづらさみたいなこととか、何か不合理みたいなこと、不条理みたいなこととかを感じててっていうと、やっぱなんでこうなんだみたいなことをいっぱい歌ってるんですよね。
で、当時なんかそれに感化されて、今も多分その名残が自分の中に残ってると思うんですけど、そうすると今、僕らは都市の話を考えると、日本の都市ってすごくいろんなルールにのっとって当然できていて、みんなもそれにのっとって生活してますけど、
そもそもなんかそのルールがあるからできませんみたいなことが、僕ら仕事で関わったり、面白い人たちと会った時に、そのルールがやっぱりできない理由になるんですよね。で、そうすると普通に考えたら、まあ例えばそれが法律だったりとか条例だったりとかそういうものになったりするんで、
まあじゃあしょうがないですねっていうふうになるんですけど、そこがちょっとこうお咲きマインドが発動して、そもそもなんでそれダメなんですかっていう、そういう感じになる。
で、そうすると、そこからちゃんと話してみた時に、大義名分だとかいろんなあるべき論みたいなことを言った時に、まあ確かにそのルールって今の時代においてはなくてもいいかもねとかちょっと変えても問題なさそうだねっていうことなんだったら、やっぱそこからちゃんとやりたいっていう感覚がすごくあるのかなと思います。
で、それがやっぱり氷山の話でいけば、その一角として水面に出てる部分って多分ルールはこうですっていう条文があって、それにのっとって何か物事が動いてますっていうことですけど、多分海の中に沈んでる部分にはやっぱりそのルールにもちゃんと理由があって、当時の社会情勢とか、やっぱり日本っていう国の独自性、日本人の気質みたいなこととかがあるからルールとしてこれは共有して決めときましょうだったと思うので、
その時代背景とか、今のそのグローバルとか多様化みたいな話の中で、その価値観自体が変わってるんだったら、多分ルールは形外化してる可能性があるので、そのやっぱり氷山の浮いてるところをやるんだったらそのバックグラウンドのことを突き詰めて、で最後立ち上がってくるものは別に変わったっていいんじゃないかっていう、
スピーカー 1
そんなことを思ったりするので、今のお話聞いてるとそういうところは通停する部分があるのかなって思ったりしました。
あれでもなんかさっき高校の時とかってかなり自由だったっておっしゃってました。だからいわゆる拘束みたいなものとかない中で、たぶん耐えられないタイプの子供ですよね。拘束みたいなものが仮にあったとしたら、僕も自分の高校には拘束なかったっちゃなかったんですけど。