1. 近藤淳也のアンノウンラジオ
  2. #29 日本一のプロトレイルラン..

今日のゲストは、プロトレイルランナーの宮崎喜美乃さんです。

こちらから書き起こし・概要が読めます: ⁠⁠LISTENで書き起こしを読む⁠


【ホスト】

近藤淳也

株式会社OND代表取締役社長、株式会社はてな取締役、UNKNOWN KYOTO支配人、NPO法人滋賀一周トレイル代表理事。トレイルランナー。ときどきカメラマン。

2001年に「はてなブログ」「はてなブックマーク」などを運営する株式会社はてなを創業、2011年にマザーズにて上場。その後2017年に株式会社ONDを設立し、現在もITの第一線で働く。

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【UNKNOWN KYOTOについて】

築100年を超える元遊郭建築を改装し、仕事もできて暮らせる宿に。コワーキングやオフィスを併設することで、宿泊として来られる方と京都を拠点に働く方が交わる場所になっています。

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Summary

トレイルランナーの宮崎さんを通じて、トレイルランニングの世界やライバルとの関係性について学ぶことができます。日本一のプロトレイルランナーは、データ分析にこだわっていることや他のプロランナーとの関係性について話が展開されています。宮崎さんは、データ分析にこだわりながらプロトレイルランナーとして活躍しています。彼女は感情の浮き沈みを抑え、持ち前の体力とペース感でレースに挑戦しています。宮崎さんは写真撮影や自己対話の中で走ることにこだわり、感情をコントロールする方法を見つけました。彼女は常に納得するまで撮影し、自分の感情をイメージ化して上手に扱います。これらの方法は彼女のランニングパフォーマンスにも活かされており、日常生活でも応用することができます。宮崎さんは、大学で陸上部の経験を持ちながらも山の研究に興味を持ち、大学院で山の研究をすることを決意しました。彼女は勉強熱心で、先生たちからも評価されるほどでした。その後、低酸素トレーニングのスタッフとして働き、データの収集や論文の発表も行いました。今回のアカデミーでは、彼女の学生時代から現在までの経歴や研究について語られています。宮崎さんはデータ分析にこだわり、自身の研究成果を活かしてトレーニングアカデミーを開設しています。彼女は自分のパフォーマンスを最大限に引き出すために研究とトレーニングを組み合わせています。そして彼女は今後もさらなる目標に向かって取り組む意欲を持ちながら、データを集めながらトレーニングを続けています。宮崎さんは低酸素質の特殊な環境でのランニングをトレーニングし、自身の体力の限界に挑戦しています。彼女の目標は、ハードロックでのトップ3入りやUTMBでの優勝などの結果を出すことであり、プロとしてのキャリアを重ねる一方で、トレーニングのサポートや若手ランナーの育成にも取り組んでいます。

トレイルランナーの宮崎喜美乃さんの紹介
近藤淳也
近藤淳也のアンノウンラジオ。
こんにちは。こんにちは。こんにちは。アンノウンラジオです。
今日のゲストはプロトレイルランナーの宮崎喜美乃さんです。
ようこそ。宮崎喜美乃です。よろしくお願いします。どうも。お願いします。
はい。トレイルランナーの回っていうのがたまにやってきますけれども、
近藤淳也
以前に丹羽薫さんが出ていただきましたけど、それに続いて
国内を代表する。そうですね。自分で言いましたね。
トレイルランナーの宮崎喜美乃さん。わざわざ関東からありがとうございます。
いえいえ、楽しみにしてました。はい。アンノウンも今回初めて宿泊
はい、そうです。してもらって、ちょっと京都を走りにっていう感じですか。はい。
宮崎喜美乃
はい。よろしくお願いします。お願いします。はい。
近藤淳也
そしてアシスタントは、IBUKIも担当してるので、
トレラン、IBUKI、OND社のトレラン担当ということで
桑原佑輔
桑原君。はい、桑原です。よろしくお願いします。お願いします。お願いします。
近藤淳也
はい、じゃあ始めていきたいんですけれども、何からいきましょう。何から。
大会でのプレッシャーとライバルとの関係
近藤淳也
あの、まあ、僕はとりあえず最初聞きたかったのは、なんか最近大活躍じゃないですか。
宮崎喜美乃
いや、そうでもないですよ。コロナあけて、はい。
めっちゃくちゃ黙りましたけど、今。コロナあけて。
大会が増えたっていうのと、増えたっていうか戻ってきて、
あと、自分が世界をちゃんと目指すっていう目的を決めたっていうのもあって、大会に出てますけど。
そうなんですか。僕の印象は、あの、やっぱUTMFで優勝っていうのが、はい、はい。
近藤淳也
まあ、ちょっとびっくりというか、まあまあ、お実力通りなのかもしれないですけど、やっぱり
うわ、そこまでいったか、みたいな。
はい。
宮崎喜美乃
そうですよね。なんか、100マイルって160キロを山を走るのは、私はすごく不得意で、
で、今までもいろいろチャレンジしてきたけど、失敗続きだったのが、
まあ、なんか、まあ、ちょうど自分との向き合う時間が、コロナで誰も長かったと思うんですけど、
その中でいろいろな葛藤しながら自分を見つめ直したときに、
富士山一周のそのレースって、何回も出てるは出てるんで、
一応コースのイメージはついてて、あとはプレッシャーにどれだけ負けないか。
で、
なんか、スタート前は一番一番って思ってたんですけど、それが、
あの、スタートの直前、30分前にサポーターに、
なんか、女子一位は当たり前だから、
男女で10番以内目指そうよって言われたときに、
プレッシャーがなくなって、
なんか、面白そうだなと。
近藤淳也
ああ、その女子で勝たなきゃみたいなことから、
宮崎喜美乃
そうそう。
近藤淳也
男女10位みたいな方に気持ちがいったら楽になったってことですか。
宮崎喜美乃
はい。
近藤淳也
へえ。
宮崎喜美乃
そうなんです。それで、まあ、そしたら、なんか、後ろ向きにしないし、
楽しく走れてっていう感じだったんで、
まあ、いつもね、ライバルの庭香里さんはいなかったんで、
あの、自分で日本一ってもう言いまくってるんですけど、
近藤淳也
ああ、言ってるんだ。
宮崎喜美乃
はい。
ところどころで、でも庭香里さん出てもなかったですよねって言われるときがありますね。
近藤淳也
そこはどうですか?実際いたら、意見を。
宮崎喜美乃
いや、まあ、あのときのモチベーションだったら、全然大丈夫だったと思いますよ。
でも、それからも勝ったり負けたりしてて、今。
今は負けで終わってるんで。
近藤淳也
え?最近だと?あ、タイか。
宮崎喜美乃
タイですね。
近藤淳也
ああ、そっかそっか。
宮崎喜美乃
タイでまた負けてるんで、はい。
近藤淳也
うーん、なかなかね、年代的には。
宮崎喜美乃
そうなんですよ。10年、一回り以上上なんですけど。
近藤淳也
そこはなかなかあれですね、いいライバルというか。
宮崎喜美乃
いや、なんかライバルって香里さんからも言ってもらえてちょっと嬉しい気持ちと。
なんか毎回負けたり勝ったり、で走りながら、
いや、君野ちゃんはこうした方がいいよっていう説教されたりとか。
近藤淳也
そんなことあるんですか?
宮崎喜美乃
なんかトレーナーのレースの中でも100マイルって24時間とか、長いレースは50時間ぐらいかからんで、
そんなに焦ってないんですよね、最初っから、要を挑んで。
で、バチバチな感じは私だけなんですけど、で、一緒に走ってる時間が、やっぱりペースが一緒なこと多くて。
そうするとなんか、それこそ今日のこの話だったりだとか、
あの、なんか今までの大会の走り出しだったり、いろいろするんですよ。
桑原佑輔
その中で。
近藤淳也
レース中にってこと?
桑原佑輔
レース中に。
近藤淳也
そうなんですね。
宮崎喜美乃
で、なんか、この前こうで失敗したんですよねっていう話をして、
そしたら、いや、それはね、そういう考えがダメなんだよとか普通に言われたりして。
近藤淳也
レース中に。
宮崎喜美乃
もうめちゃくちゃ学びの時間になってるんですけど。
近藤淳也
レース中が。
宮崎喜美乃
レース中に。
近藤淳也
あ、でも結構しゃべるんですね。
トレイルランニングとアンノウンラジオ
近藤淳也
なんか、ね、その、U-TEAMの。
前回のその、かおりさんのラジオの中で、
えーと、宮崎美乃さんとU-TEAMBの途中で一緒になって。
宮崎喜美乃
はい。
近藤淳也
で、全然しゃべってくれなくて、もっとしゃべればいいのにみたいな話がありましたが。
宮崎喜美乃
そうなんですよね。
桑原佑輔
これ、アンノンラジオの最初のほうの回ですよね。
宮崎喜美乃
で、あの、かおりさんのU-TEAMB、去年のU-TEAMBで、
あの、モンブラン、フランスのモンブランを1周、160キロ走るレースで、
えー、私が、もうすごいその大会に賭けてたのもあって。
まあ、あの、周りのなんか、こう、声とかを聞かずに黙々と走ってて。
桑原佑輔
で、かおりさんを抜くタイミングの時も、そろうと。
宮崎喜美乃
夜だったんで、その時間は。
あの、一番端っこからそろうと。
近藤淳也
へー。
桑原佑輔
抜いたりとかしつつ、でも結局。
近藤淳也
それ何なの?追いかけられないようにってこと?
宮崎喜美乃
いや、なんか、意識したくないのが自分の中でもあるので。
で、かおりさんはかおりさんで、試合に、その試合に賭けてたことも知ってたんで。
なんかその、なんか、自分はそういう相手との距離感が分かると焦っちゃうから。
近藤淳也
うーん。
宮崎喜美乃
だから何も気にしないで、あの、かおりさんの、なんですか。
表情だったり気遣いで、また自分が左右されないようにちょっと遠くで。
近藤淳也
あ、そういう感じなんだ。
宮崎喜美乃
っていう、はい。
近藤淳也
へー。
宮崎喜美乃
もう誰もが気にしすぎって言われるんですけど。
近藤淳也
で、なんかそのラジオを聞いて、どうやったんですか?
宮崎喜美乃
で、その時に大負けして、で、その時の様子をかおりさんが前回話されたんですよね。
で、なんかもう長いレースなんだから、もっとしゃべればいいのにって言われて。
それがちょっとなんか、で、しかもそれをこんどうさんにこのラジオ、あの、きみのさんも話出てるから聞いてよって言われて、
聞いたタイミングが、あの、9月にブルガリアの大会出てる時で、
桑原佑輔
なんか眠気がきて、ちょっとつらい時に、あ、そう言えばと思って。
近藤淳也
レース中に聞いたの?
桑原佑輔
そうなんですよ。
近藤淳也
そうだったんですか?
すごい、そういう活用の仕方してくれてるんですよ。
宮崎喜美乃
そう、ダウンロードしといたので、山奥でなんか聞くもんはないからと思って。
桑原佑輔
で、聞いてた時にその話だったんですよ。
くそー、しゃべる相手が今もいたらと思って。
宮崎喜美乃
もう日本人いないので、しゃべる相手はいないし、私も英語がしゃべれないので、で、どんどんどんどんみんなしゃべりながら走ってる人ばっかで、
桑原佑輔
で、助け合ってたんですけど、私一人だけもうしゃべる相手いないんで。
宮崎喜美乃
それで、しゃべる相手がいたらしゃべるよと思って、次の大会が3か月後にタイであって、で、その時にかおりさんと一緒になったんで、
で、私は学んでますよと、ちゃんと、みたいな。
近藤淳也
で、その時はしゃべった。
試したらどうなのかなっていうのを、まあ試しにやってみようっていうのがその回でした。
なんかあのかおりさんのクラウドファンディングのレポート、クラウドファンディングちょっとさせてもらってるんで、レポートが来るんですけど、
そこで、今回はきみのちゃんがしゃべってくれましたって、タイのレポートに書いてあって、
桑原佑輔
そうなんだ。
宮崎喜美乃
しゃべってくれたんですって、その後すぐメッセージしましたからね。
桑原佑輔
あの時はもうめちゃくちゃずっとしゃべってましたね。
近藤淳也
そうですか。
宮崎喜美乃
昼スタートで夜暗くなってもずっと同じペースだったんで。
近藤淳也
どうでした?実際どっちがよかったですか?
宮崎喜美乃
まあなんか自分にもその大会はなんか1位になるぞっていうようなプレッシャーはない大会だったのもあって、
しゃべってたらどれだけこうなんか相手にまどわされるかと思ってたんですけど、
もうなんか学びの姿勢で行ってたんで、余計になんかリラックスして、あっという間に時間は過ぎましたね。
そうなんですね。
しゃべればいいってことですね。
近藤淳也
じゃあ変わったんですかその辺は?
桑原佑輔
そうですね、しゃべれるようにはなったんですけど、それまた今海外レース転選してて、
宮崎喜美乃
英語がしゃべれないので、片言でしゃべりかけても、What?って言われて。
続かないって。
近藤淳也
続かない。
桑原佑輔
なるほど、なるほど。
近藤淳也
でもそのかおりさんの影響でちょっと変わる、そういうレース中のやり方が変わってきてるってことですか?
はい。
それはなかなか面白いし、そこにアンノウンラジオが噛んでるっていうのがちょっと嬉しいです。
なんかまさかね、まずそのレース中にこれを聞こうと思ってくれたのも嬉しいしね、わざと海外行ってブルガリアで聞きながらレースしてくれたってことですよね。
宮崎喜美乃
このラジオがいろんな、もうなんか関係なくいろんな人が、いろんな業種の人がしゃべりに来るじゃないですか、
でもなんか何かに特化してる人たちがしゃべるから、なんかつながってる点が面白かったりして、
なんかトレイルランニングという世界じゃない世界って普段なんかないじゃないですか、
だからそれを聞くのも面白いし、
はい、逆になんか私の話が誰かにヒットしたなと思う気持ちで、
泊まりに来るならラジオさせてくださいっていう。
桑原佑輔
来るならどうかしいけど。
近藤淳也
立候補でしたもんね。
あ、そうだったんですか。
え、もうラジオ、行ったらラジオ撮ってくれますかみたいな。
宮崎喜美乃
そうそう。
近藤淳也
いや、もちろんですみたいな。
セットですよねみたいな。
宮崎喜美乃
すごい。
泊まってる人しかしゃべれないんですよねっていう感じで。
近藤淳也
え、すごいな。
はい。
なんかかおりさんに言いたいことありますか。
宮崎喜美乃
かおりさんに。
はい。
桑原佑輔
そうですね、今年レースかぶらないんですよね。
近藤淳也
あ、そうか。
はい。
宮崎喜美乃
UTMBも出ないですもんね。
そうなんです。
なので、今年1年間はもう修行の年で、来年どうかでまた対決できたらなとは思ってます。
近藤淳也
なるほどね。
まあ、お寺、やっぱり僕とかおりさんは同い年なんですけど、もう50近いんでね。
一応言っときますけど。
桑原佑輔
で、今もつい最近、彼のレース優勝してるし、まだまだ。
近藤淳也
確かに。
宮崎喜美乃
なので、追い越せ追いつけて、追いつけ追い越せか。
近藤淳也
でも結構じゃあ、そこはかおりさんっていう存在は君のさんの中でもずっと大きい感じなんですかね。
桑原佑輔
大きいですね。
宮崎喜美乃
もう最初の頃から、100マイル始める前からトレーニング一緒にさせてもらったりとか、
100マイルうまくいかなかった時にも、こうしたらいいよ、あしたらいいよってすごい教えてくれて、
なんか普通ライバルだったら手の内さらすことないけど、なんかもうどんどん試してみてっていう感じで、
桑原佑輔
で、この前もかおりさんの報告会を聞いてた話で、
宮崎喜美乃
食べるものがずっと食べ続けれないので、私はバテちゃうんですけど、
そのどうやって食べるかっていう時に、高カロリーの食べ物が、ジェルがあるんですよね、トレーナーの時って。
で、それを高カロリーだし、血糖値がガンと上がっちゃうから気分悪かったりするんで、
ずっとは食べれないんですよね、私が。
そしたら、かおりさんはもうエネルギーが必要なんだから、薬と思って食べたほうがいいって言って、
そっか、薬かと思って、そしたら食べれるようになったし。
あ、なった。
近藤淳也
おいしくないとかって考えないほうがいいってことですか。
宮崎喜美乃
そうそう、もうこれは必要な食べ物っていう、早く走るんだったらっていうので、
で、それをかおりさんに実践しました、ありがとうございますって言ったら、
もう盗めるものは盗んでてって言われて、
はーっと思って、まだまだ私は未熟だなと思ってた。
一個一個に切れちゃって。
近藤淳也
切れてんの?
宮崎喜美乃
喋ったほうがいいのにって言われて、
ああ、そっかそっか。
なんだよと思ってる自分がちょっと小さいなっていうのを、もうその時に気づきました。
大人にさしてくれてます、かおりさんは。
近藤淳也
さすが、うつらが大きいのかな。
宮崎喜美乃
うつらが広いですね、はい。
プロトレイルランナーとの関係性
近藤淳也
なんかね、僕も印象的だったのは、たまに春にかおりさん合宿みたいなのを、
やっぱ新州とかでされるときも、
けっこうきみのさんとか、ほしのさんとかに声かけて、
みんなでやろうよみたいな感じで、一緒に集まって声かけられたりするじゃないですか。
ああいうのとかも、たぶん本当にライバルっていうか、
手の内見せないみたいなのもあるのかなと思ったんですけど、
全然そういう雰囲気じゃなくて、一緒に合宿するんだみたいな感じで思っていて、
なんかかおりさんってそういう、やっぱりあれですかね、
女性ランナーの中でも、みんなに声かけてみたいな気持ちですかね。
桑原佑輔
そうですね、みんなといっても、選んでるんでしょうけど、
宮崎喜美乃
私はそれこそ立候補していきたいですっていう。
はいはいはい。
桑原佑輔
っていうのを、自分からどんどん言ったりしてるし、
かおりさんもかおりさんで、やっぱ長いトレーニングが必要なんで、
宮崎喜美乃
一人じゃ追い込めないのもあって、
人と一緒にそういうので、交わりながらっていうのを、
まあその方が楽しいし、力になるしって思ってるんでしょうけど、
その考えがまあ、私もともと陸上部で、なんかタコとは話すなみたいな学校で育ってるから、
桑原佑輔
なんかすごく新鮮で、
近藤淳也
はいはいはい。
桑原佑輔
それを、それだからなんか面白みもあるなっていうので、
宮崎喜美乃
今は走る中でも山の方楽しんでるんですけど。
近藤淳也
なるほどね。
まあちょっとかおりさん関係の話が続いちゃいますけど、
以前にね、雑誌の記事を一緒に、
宮崎喜美乃
ああ、はい、懐かしい。
近藤淳也
作らせてもらったことがあってっていうか、
ね、あれは何年かな、
まあ、ランプラストレールでしたよね。
宮崎喜美乃
そうですそうです。
近藤淳也
の、トレラン雑誌で、
宮崎喜美乃
2018年ぐらいですね。
近藤淳也
2018かな。
君野さんとかおりさんの対談記事っていう企画を、
ブログ記事の制作とハテナブログ
近藤淳也
なんか結局2人でランプラストレールに提案した感じかな。
桑原佑輔
そうです、近藤さんと私が。
近藤淳也
そうなんですか。
雑誌の記事を編集部にちょっと、
まあ君野さんがかおりさんと話してみたいみたいな話があったんで、
企画を持ち込んで、
じゃあちょっとやってみましょうってことになって、
で、僕がなぜかカメラマンをさせてもらって、
横で2人の写真を撮り、
2人が喋って記事になったっていうことがあって。
そんなことがあったんですか。
はいはい。
なんかその頃からね、割とこう、
僕もご一緒させていただいてますけども。
宮崎喜美乃
そうですね。
桑原佑輔
あ、でももう近藤さんとの最初はもう私インパクト大きすぎて。
近藤淳也
ど、どんなんですか。
桑原佑輔
2017年ですかね。
宮崎喜美乃
私が初めて、
海外のアンドラっていう国にレース行った時に、
一緒のツアーで行かれてて、近藤さんが。
桑原佑輔
で、その時に、
宮崎喜美乃
私ブログ書きたいんですよねって言ってたら、
桑原佑輔
まさかブログ運営してる方と思わず。
近藤淳也
確かに。
桑原佑輔
なんかFacebookとかインスタだと流れてっちゃうから、
ちゃんとなんか書いてる記事は残したいんですよねって話をしたら、
宮崎喜美乃
書きなよここでって言われて、
桑原佑輔
やってる人ですかみたいな、
つながりで最初出会って、
宮崎喜美乃
そっからなんかいろいろそっちのなんか、
もっとこうやって見せたいんですけどとかズーズーしく話すようになって。
近藤淳也
一応解説すると、
僕が前やってたハテナっていう会社があって、
そこでハテナブログっていうブログサービスがあるので、
僕ハテナっていう、
ハテナブログっていうのやってたというかやってるんですっていうのを言って、
使ってもらってっていう。
ちょっとなんかブログ作る時とか一緒にやりてましたもんね。
そうなんです。
手伝ってて僕もそうだったんですか。
宮崎喜美乃
なんかどんどんこだわり出しちゃうときがあって、
見せ方も写真1枚と連投、
桑原佑輔
なんか1枚だけじゃなくて2,3枚一緒に出したいって時に、
宮崎喜美乃
大きい画面じゃなくて、
近藤淳也
なんかちっちゃくていいんですけどっていう。
2個の横に並べて、
写真出したいみたいな、
どうしたらいいのみたいなのあって、
あれでもハテナブログの機能になったもんね、その後。
そっから
そう、きみのさんがとりあえずこうしたいって言ってて、
その時はハテナの公式の機能ではそれができなくて、
一旦手で組んでやったけど、
こういう要望があるよってフィードバックしてたら、
ハテナでそれが追加され、
なんか並べて表示できるようになって、
きみのさん初なんです。
すごいフィードバックが実際に実装されて。
桑原佑輔
なので、次もどんどんどんどん依頼していったけど、
宮崎喜美乃
それだけでしたね。
桑原佑輔
わがまますぎましたね。
近藤淳也
いやいや、そんなことない。
だって日本ブログ村のトレールランカテゴリーとかで1位になってたりしたから。
桑原佑輔
そうですね。
宮崎喜美乃
あの時はもうすごい毎日更新して、
もっと更新してくれ、更新してくれって言って。
近藤淳也
結構ブロガーとしても優秀で、
やりだすと決まって人気ブロガーになったりとかして。
宮崎喜美乃
なんかこだわりが強いタイプで。
近藤淳也
なんでもできるなって感じですけど。
初めてのレースと変化
近藤淳也
今はね、きみのさん公式のサイトでブログになってます。
宮崎喜美乃
そうなんです。
近藤淳也
あれは自分で作ってるんですか?
宮崎喜美乃
作りました。
近藤淳也
そうなんだ。
桑原佑輔
よくわかんないけど、
リザルトとかも一気に見せるようにしたいなとか、
最初もうずっとホームページはいらないよ、
宮崎喜美乃
ブログでいいよって言われてたんですけど。
桑原佑輔
ブログの機能を使えば十分だと思いつつ、
宮崎喜美乃
自分で全部作りたいみたいな見せ方を。
桑原佑輔
自分で作ってみたものの、
結局難しくて放置しちゃってるんですけど。
宮崎喜美乃
そうなんですか?
近藤淳也
ちゃんと新しいリザルトも載ってるじゃないですか。
桑原佑輔
それはマネージャーにリザルト更新しろって言われたんで。
宮崎喜美乃
そこだけやりました。
近藤淳也
ちょっとだけ自慢をすると、
アンドラの時には僕の方が先にゴールを致しまして、
もうあの時だけしかできなかった。
僕の自慢。
なんかね、雷が鳴り始めて、
桑原佑輔
雷が怖すぎるとか言い始めて、ギミノさんが。
近藤淳也
いや、そんな可愛らしい話じゃないんですよ。
目の前に落ちてるんですよ。
そうなんですか?
桑原佑輔
ちょうど雷鳴った時はゴルフ場で、
だだっぴろくて目の前に落ちてるの見えてて、
みんな避難小屋に入って、
で、私もビビるから避難小屋入って待ってたけど、
あの、待ってて、
宮崎喜美乃
雷が止んだなみたいな感じでみんな出てったんですけど、
桑原佑輔
目の前バンバン落ちてるんですよ。
全然落ちてないやんと思って。
で、一人になっちゃうし寂しいしね。
泣いてるところにまた別の日本人の、それこそ庭香里さんの旦那さんも走ってて、
宮崎喜美乃
のりさん。
桑原佑輔
はい。
に連れてってもらった。
宮崎喜美乃
で、もうやめますって言って、
近藤淳也
30分ぐらい寝て、
桑原佑輔
まあ、もうちょっと走るかって気分変わって、
ゴールはしたんですけど、
もう相当前に先にゴール、
近藤さんはゴールしちゃって。
ああ、そうやったんですね。
で、ゴール後、あの、
宮崎喜美乃
その後でも飲んでたでしょ?
一緒に飲めましたね。
近藤淳也
一緒に飲みましたね。
桑原佑輔
はい、一緒に飲みました。
そうそう。
だから、それがね、最初の出会いっていうか、
宮崎喜美乃
そうですね。
君のさんとちゃんと会って喋ってっていうのが初めてだったんですけど。
そうですね。
桑原佑輔
はい。
長いですね、もう。
でも、
宮崎喜美乃
でも、
でも、
近藤淳也
でも、
でも、
でも、
桑原佑輔
でも、
近藤淳也
でも、
で、
で、
で、
で、
宮崎喜美乃
でも、
でも、
うん。
近藤淳也
いや、でもそっから、
3 金の活躍ぶりが、
印象的なんですよ、僕は。
宮崎喜美乃
確かに、そっから考えたら。
近藤淳也
そこだけに、
雷見て泣いてたから、
泣いてもやめるって sway と。
宮崎喜美乃
最初の印象だそうで。
近藤淳也
最初の印象だそうだよね。
もちろんね、
もちろんね、
ger とかもっと前から知ってたんで、
僕は、もう選手としては、
僕は、もう Salesforce 等は すごい選手だって言うのはもう、
元々想てたし、
うん、確かに。
はい、トップ選手っていう気持ちでしたけど、
宮崎喜美乃
出会いが。
近藤淳也
その、はい、最初のレースが110キロのね、ミティックって、
まあ、100マイルないレースだったし、
はい、そこで、まあ、そういう感じだったんで、
まあ、まだ、そういう短いほうで、こう活躍されてくのかなと思ったら、
まあ、結構最近、その100マイルのほうに移って、
で、しかもまあ、結構活躍が本当に著しいって感じがしますけど、
ありがとうございます。
はい、何が、何が、どういう変化が。
宮崎喜美乃
うーん、何が、まあ、でも、すごい時間かかってはいて、
2018年から100マイルは始めたけど、
近藤淳也
やっとっていうぐらいの、結構、
宮崎喜美乃
時間はかかってるなと自分では思ってるんですけど、
まあ、2019年にオマーンっていう国のレースで、
あの、100マイルレース、海外初挑戦したときに、
もうまた大崩れして、大泣きして、みたいな。
はい、泣き虫っ子なんですけど。
近藤淳也
すごい、なんか崖のね、危ない場所もある。
宮崎喜美乃
途中でクライミングゾーンもあって、
珍しく、あの、ヘルメットかぶってハーネスつけて登る場所っていうのが、
もうアドベンチャーレース的な100マイルレースで、面白かったんですね。
で、それがなんか、あの、53時間かかったんですけど。
近藤淳也
53。
宮崎喜美乃
はい。
近藤淳也
53すごいですよね。
宮崎喜美乃
そう。
近藤淳也
確かに、なんかドキュメンタリーありましたけど、
なんかもう、やめるのかな?ぐらいの感じで、途中で映ってましたもんね。
桑原佑輔
いや、そうなんですよ。
もう結構、自分の中で、あの、自問自答めちゃくちゃして、
宮崎喜美乃
もう、あの、その前に日本のレースでも失敗してるのもあって、
あの、これでもうダメだったら、終わりだなと、私の人生、トレーラーニングの人生は、と思って。
桑原佑輔
で、しかも、あの、映像カメラマンとかつけて、
宮崎喜美乃
ドキュメンタリー映像作ろうとしてるのに、途中でもう無理になっちゃったから、
もう山の世界には入れないなと。
近藤淳也
ほう。
宮崎喜美乃
で、仕事も、当時の会社の仕事は、もろもろ山の仕事してたから、
この業界入れないなと。
近藤淳也
へえ。
宮崎喜美乃
もう実家に帰るか、と。
近藤淳也
レース中に?
桑原佑輔
レース中に。
近藤淳也
おお。
桑原佑輔
いろいろ考えつつ。
近藤淳也
うんうん。
宮崎喜美乃
はい。
桑原佑輔
で、もう、どん底に落ちたときに、
宮崎喜美乃
あの、ライトの充電がなくなっちゃって。
近藤淳也
ほう。
宮崎喜美乃
で、充電器がそのときなかったんですよ。
近藤淳也
ほうほう。
宮崎喜美乃
それで、もう携帯のライトで山道照らしてたけど、
それはもうダメで、山小屋で入って。
で、もう寝るしかないつって。
で、寝てたら、なんかずっと寝てたら、
失格にするよ、みたいな電話かかってきちゃって。
うんうん。
それで、まずいなと思って、外出て。
近藤淳也
寝すぎで失格になるかも。
そう、なんか朝まで、結構早いペースだったから、朝まで寝て、明るくなったら出ようと思ってたら、
宮崎喜美乃
なんか、よくわかんないけど、英語が。
近藤淳也
うんうん。
宮崎喜美乃
なんか、それはどうなんだ、みたいなことを、たぶん言うんじゃって。
近藤淳也
ここはホテルじゃないぞ、みたいな話。
宮崎喜美乃
そうそうそう、もう危ないんだったら降りろ、みたいな。
近藤淳也
あー、はいはいはい。
宮崎喜美乃
で、しかも、そこの場所が、サポート入れなくて、
桑原佑輔
あの、現地の軍人さんしか入れないゾーンだったのもあって、
宮崎喜美乃
それだったらもう、ヘリを飛ばすかとか、なんかすごい騒動になるから、大丈夫なのかって。
でも、私はスリーピングだつって。
近藤淳也
ただ寝てるだけよって。
宮崎喜美乃
で、まあ、それで、なんとか、いろんな人の助けをもらって、ゴールしたんですけど、
その時に、もうなんか、純粋に走ること楽しいなって思えたのと、
近藤淳也
あ、思えたんだ、最後は。
桑原佑輔
最後。
近藤淳也
へー。
宮崎喜美乃
なんか、最後、走りに来たのに走れないのが、すごい悔しかったんだけど、
1回なんか、そのゾーン越えて、また、もうその時の太陽がすごくあったかくて、
桑原佑輔
それでまた走り出すと、自分の体が面白いなってなって、
あ、100マイルって面白い、っていうので、
感情の浮き沈みを抑える戦い
宮崎喜美乃
なんとかこう、めちゃくちゃ、それからも失敗してたんですけど、
近藤淳也
へー。
宮崎喜美乃
っていうのが、この4、5年ですかね、はい。
近藤淳也
何が一番違うんですか?
その、最後まで持たなかった自分と、今みたいにその上位を、結構狙えるようになってきてる。
桑原佑輔
それは、かおりさんに言われたんですけど、気分の浮き沈みが激しいと。
気持ち?
宮崎喜美乃
はい。
近藤淳也
うんうんうん。
宮崎喜美乃
なんで、あたしはもう、楽しかったら走っちゃうし、ダメだったらほとんどダメみたいな。
近藤淳也
うんうんうん。
桑原佑輔
で、それを、そのデコボコを減らすっていう作業をどうしたらいいかっていうのは、
宮崎喜美乃
もうやっぱり経験値だから、その分、やっぱトレーニングで年齢が年上の人も、勝てる人多くて、
桑原佑輔
だから、若いうちは難しいんだけど、
宮崎喜美乃
でも、20代の子もできてるんだから、きみのちゃんにもできるんじゃない?って言ってくれて、
それで、なんかその気持ちの上下をなくすにはどうしたらいいんだっていう戦いですね、ずっと。
だから、それが、かおりさんを気にしすぎてダメだったのもいっぱいあるし。
近藤淳也
はいはいはい。なるほど。
桑原佑輔
まあでも、そんだけ存在大きかったら、気にしますよね。
気にしますよね。
近藤淳也
今の話聞いてたら、ねえ、なんかいろいろ教えてもらった、まあ、師匠的な存在でもあるのかなって思ったし、
そんな人が一緒に横に走ってたら、まあ、気にするなっていうほうが難しいかもしれないね。
宮崎喜美乃
そう、なので、最初は、まず、その100マイルって長いレースは、
桑原佑輔
最初から最後までを、まあ、イーブンじゃないけど、その浮き沈みなくすには、
宮崎喜美乃
絶対的に後半潰れないように、前半の走りすぎをなくしたほうがいいっていうのが、まあ、セオリティ的なのあって、
桑原佑輔
かおりさんもずっとその話をしてて、で、それどうしたらいいんだっていう話の中で、
宮崎喜美乃
私は運動生理学をずっと勉強してたから、心拍数がどうだこうだとか、スピードがこうなったらだとかいうのを、
まあ、自分で計測しながらやってて、でも、あの、あ、それで、
あの、だから、かおりさんは後半が経ってみんなよく言うけど、
結局、かおりさん潰れてなくて、みんな落ちてるだけだって話を、もうずっと前からしてるんですよね。
近藤淳也
そうですね、それは一貫して言ってますね。
宮崎喜美乃
だから、かおりさんより早いと潰れるって思っちゃうんですよ。
だから、かおりさんより出ないようにって思っちゃうと、やっぱり意識しちゃって。
近藤淳也
ああ、なるほど。
宮崎喜美乃
それが、おととしぐらいまでですね。
桑原佑輔
そっから、
近藤淳也
あ、おととしまでは対かおりさんでペースを作ってたんですか。
そうそう、そうそう。
めっちゃ面白いね。
桑原佑輔
で、自分の中でも、ちゃんとペースは作ってるんだけど、
宮崎喜美乃
やっぱ、あの、トレランって1区間が長くて、20キロ、30キロ。
早くても、2、3時間後に、自分の予測タイムからどうかっていうのはわかるから、
近藤淳也
その間のペース感っていうのを、
宮崎喜美乃
まあ、自分で把握しながらやってんだけど、それでも、やっぱ勝ちたいから、
スピード上げて心拍も上がるって、これはダメなんだろうけど、
でも、なんか、今出とかないといけないんじゃないかみたいなのを、
いや、でも、かおりさん出てないなみたいな、っていう情報いっぱい持ってて。
あったから、余計に情報量多くてダメだったんですけど。
それが、なんか、自分の中でコントロールできるようになってきて、最後まで走れるようになったのが、
近藤淳也
レイクビアですね、2020年、2021年から。
宮崎喜美乃
で、最後、初めてかおりさんに勝ったよ。
桑原佑輔
最後、抱き合うっていう。
宮崎喜美乃
っていうのがあって。
近藤淳也
かおりさんが作った大会でね、しかも。
桑原佑輔
そうなんですよね。
近藤淳也
あれば、いいシーンでしたね。
でも、優勝じゃなかったけど。
宮崎喜美乃
そうですよね。
優勝を目指す挑戦
宮崎喜美乃
そう、それで、その次の大会も、2番だったんですよね。
2021年のタイで。
で、優勝するには、この作戦は、上位はいけるけど、優勝はできないんだなっていうのに気づいて、
そっから、優勝したいって気持ちはどんどん強くなったんで、
桑原佑輔
じゃあ、もう最初、どんどん飛ばさないといけないなっていうのが、どんどん始まって、
宮崎喜美乃
UTMFって去年、一昨年か、去年か、の日本の大きな大会でも、最初から飛ばすのを試してみようとか。
で、この前、4月にあったクルワチェラのレースも、世界のレベルでスタートをついていかないといけないっていうので、最初から攻めてっていう。
近藤淳也
でも、どっちも結果的に最後潰れてるから、優勝はどっちもしたけど、あまりいいレースではない。
そうなんですか。
宮崎喜美乃
後半の潰れが今の課題で、それをどうしたら世界と戦えるかっていうのを今、考えてますね。
なるほど、なるほど。
近藤淳也
でも、なんかじゃあ、その最後まで持つっていうのは、体力的なというか、そのペースのことよりも、まずはやっぱ気持ちなんですね。
その、あんまりこう、なんていうのかな、浮き沈みしない心みたいなことがまずあって、その後でペースどうするかって話があるっていう。
宮崎喜美乃
そうですね。
なんか、もう今、いっぱい走ってたのもあって、160キロ走れる体はもうできてると。
それに対してのペース作りは、もうコントロール次第なんで、それは160キロ走れる人が、30キロを速く走れるだろうし、でもそのペースでいけないのっていうのを、自分になんかどう、なんか言い聞かせるかみたいな感じかなと思ってます。
近藤淳也
なるほどね。
宮崎喜美乃
はい、語ってますね、私が。
近藤淳也
いよいよいよいよいよ。
語る回なんで、全然語っていただきたいし、面白いんですけど。
もともと陸上部では、何キロぐらいが得意っていうのは?
宮崎喜美乃
高校は3000なんです、3キロですね。
近藤淳也
長距離。
宮崎喜美乃
はい、長距離。
で、大学が一応5キロとか10キロやってたんですけど、大学はそんなもうずっと怪我したりとか、モチベンションなくて全然できてないです。
近藤淳也
じゃあ、まあ、そのすごい陸上ランナーとしてやってたのは、その高校の3キロとか。
宮崎喜美乃
そうですね、はい。
近藤淳也
が、まあ、で活躍してたっていうことですね。
じゃあ、まあ、その距離とは全然違う距離なんですよね。
うーん、そうか、でもまあ、そういういろいろやっぱり進化して、まあ、体もでも慣れてきたみたいなのもあるんですかね、その高校の数年間の。
宮崎喜美乃
そうですね、なんか、面白いなと思ったのが、なんか、
トップの選手たちって、どんどんレースを入れてる人たちもいたり、まあ、頂上合わせる選手もいるんですけど、そんなに走れるのっていうレースの数をしてる選手もいっぱいいて、
それ何が違うんだろうってずっと思ってたんですけど、やっぱり人間慣れるもんだなっていう。
桑原佑輔
あ、そうね、何回も出るなんてよくやるなって思ってたけど、
あ、そうです、はい。
近藤淳也
慣れてきたらできちゃってるみたいな感じですか。
できるもんだなっていう、はい。
宮崎喜美乃
なんで、去年も4本100マイルレース走ってて、で、最初、そのスケジュール出したら、ほとんどの人から、いや、そんな、なんか、出過ぎだろうとか、なんか、結果出したいって言ってるのに矛盾してないかってすごい言われてたんですけど、
近藤淳也
あ、そういうのもあったの。
はい。でもなんか、出ちゃったよなみたいな。
宮崎喜美乃
日本一になったし、つって。
近藤淳也
ねえ、そうですよね。
で、調子乗ってたら、フランスの世界一の大会で、負けちゃったんですけど。
桑原佑輔
どっちにしよう、調子乗りの性格は変わってないですね。
近藤淳也
変わってない。
宮崎喜美乃
はい、まだ。
近藤淳也
まあ、面白いですけどね。
まあ、ねえ、若いですもんね。
桑原佑輔
いや、でも、もう35ですよ。
近藤淳也
35。
宮崎喜美乃
はい。
近藤淳也
いいぐらいじゃないんですか、100マイルレースランドとしては。
宮崎喜美乃
そうですね、その、はい、距離を戦うにしては、まあ、でも、どんどん今、高速か、スピード速くなってきてるんで、20代の選手も出てきてるし、で、去年のフランスの大会でも、黒人の選手がすごい活躍してて、フルマラソンとかロードはもう強いじゃないですか、なんか、トレーラーにも入ってきてるから、いや、これはまずいぞ、みたいな感じですね。
近藤淳也
ガチのっていうか、本当の陸上でも流行りの人たちが、コロナにも来てるってことですか。
宮崎喜美乃
はい。
近藤淳也
へえ、すごいな。
で、もうちょっと最近の大会、ちょっと振り返りたいんですけど、どうですか、あの、印象的なのとかあります?
宮崎喜美乃
印象的なのは、そうですね、去年の2021年のブルガリアが、
まあ、この大会はずっとコロナの前から出たかった。
22年かな。
あ、22年の、はい。
コロナの前に。
近藤淳也
フィリム・ウルトラですね。
宮崎喜美乃
はい。
ずっと出たかったレースで、なんで3年越しですね、に出たかったんですけど、まあ、出るんだったらやっぱり記録を取りたいっていうので、あの、まあ、映像を作りたいっていうのもあって、クラウドファンディングをして臨んだんですけど、
あの、自分の中でそんなにプレッシャーを感じないように、なんか、あの、気の知れた仲間で行くようにしたりとか、いろいろこうしてたし、もう負けるはずないっていう気持ちでずっといてたんで、そんなにプレッシャーを感じてないんだろうと思ってたんですけど、もうレースの2日前からサポーターとケンカ?
桑原佑輔
なんで?
大ケンカ。
宮崎喜美乃
なんで?
言い合いっていう。なんか、まあ、後から考えたら私のただのわがままなんですけど、もう選手の気持ちいいようにさせてくれと。今はその撮影隊がどうこうあるだろうけど、でも、レース前は私の言うことを聞いてくれみたいな、わがまま体質がもう爆発しちゃって、っていうのがあって、あの、すごいピリピリしちゃったんです、レースの前。
で、実際にレース出てからも、そんな簡単に優勝できる感じじゃなく、浮き沈みもあるし、夜にはかおりさんのラジオを聞いて、また心の浮き沈みがありーのね、いろんな葛藤があった中で、初めて海外のレースで優勝して。
近藤淳也
あ、その時がでもやっぱ初めての優勝だったんですね。
桑原佑輔
そうなんです、そうなんです。
宮崎喜美乃
で、それを全部映像に残ってるから余計になんですけど、自分の中で陸上部出身っていうのもあるから、あんまりこう山岳、山の技術が必要じゃなくて、走れるパートが得意なんでしょってずっと言われてて、それを覆したくて、すごい山の中のレース、一回入ったら出てくるの大変、超大変な、山奥を160キロ全部走れるんですよね。
日本だとやっぱり里山が多かったりとか、やっぱ住宅が結構チャーハンしてるし、一回山登ってもすぐ町に出てくるんですけど、このピリンの大会はもうピリン国立公園の中めちゃくちゃ広くて、私が走ったコース以外でももっと広がってあって、で、その中を走った時に、もうそれこそ自分の対話ばっかで、
それがなんかすごく印象が強くて、で、オマーンに2019年行った時も、やっぱり山奥のレースで、すごい自分との会話が多かったんですけど、そのなんか、自分のなんか成長もちょっと感じれたり、あの時はもうただ単にもうマイナスになってってっていう、っていうのを、ブルガリアの時はとにかくこう、もう、なんですかね、優勝したい、どうしたらいいんだっていう葛藤を、
近藤淳也
もうずっとしながら、まあ前向きながらトラブルいっぱいみたいな。
まあね、結構あのドキュメンタリーが丁寧に作られていて、まあ毎回おしゃれっていうか、かっこいいですよね。
ビジュアルの重要性
宮崎喜美乃
ほんとですか、嬉しい。
近藤淳也
いや、きみのさんの、まあ写真も綺麗だし、なんか映像もいつも綺麗だし、なんか常になんていうか、きみのさん周りのこの映像のクオリティの高さは、なんかきみのさんのセンスなのか、なんなのか知らないですけど。
宮崎喜美乃
いやいや、あたしのセンスではないんですけど、なんかまあ一番、まあ、なんですかね、どうせやるんだったらっていう気持ちがもともと強くて、トレラー始めた時も、どうせ作る、どうせ走るんだったら、あの生理学のデータを取ろうとか。
で、インスタグラムがどんどんこう流行ってきて、自分を主張できる場が増えた時に、どうせやるんだったら、じゃあちゃんとブランディングしてみたいな。
で、トレラーも、なんかよくわかんないじゃないですか、今はまあいっぱい情報あるけど、山走るってすごくないみたいな、怖くないっていうのもちょっとハードル下げたいから、じゃあドキュメンタリー映像として作ろうよって話もらった時に、ぜひっていう話で進んで、で、今回のブルガリアは私も制作の方にも関わって、なんかこうした方が伝わりやすいんじゃないかとか。
で、字幕もなんか、日本語と英語も混ぜたいとか、なんかフォントがどうとか。
近藤淳也
さっきのブログみたいな話。
桑原佑輔
そうそうそう。
近藤淳也
いや、でも、きみのさんは多分ね、ビジュアルのセンスがあるんだと思うんですよ。
普段からオシャレだし、
宮崎喜美乃
褒めてくれる?
近藤淳也
いやいやいや、なんかそのブログもやっぱりその写真はこういうふうにレイアウトしたいって、やっぱはっきりとそのビジュアルのイメージがある人だなって感じたし、
写真撮影と感情コントロール
宮崎喜美乃
僕が印象的だったのは、その一緒にアンドラに行った時に、バルセロナで観光みたいな日があったじゃないですか。
近藤淳也
で、その時に、なんか観光してる時に写真を撮ってって言われたんですよ、スマホで。
桑原佑輔
うん、私の写真を。
近藤淳也
で、なんかこう走っていくところを撮ってって言われて、で、分かりましたって言って、パシャパシャパシャって撮って入ってましたら、ちょっとアンドラがよくないからね、もう一回って言われて。
この人、本当に決まるまで撮るんだなっていう。だから、いつもなんかインスタの写真とか綺麗じゃないですか、めっちゃ撮ってるんやろなって思って。
桑原佑輔
やだやだ、そんな背景を感じる。
近藤淳也
だいぶこだわってるでしょ、そこは。納得するまで撮ってるでしょ。
宮崎喜美乃
今はもう自撮りやめてるんで、そっか、その日も近藤さんに撮ってもらってるけど、いつもサポートしてくれる人一緒にしてるんで、もうこういうのがいいっていうのを最初から伝えてるし、だんだん口が多くなってきてますけど。
近藤淳也
やっぱり撮り直しってあるんですか?
宮崎喜美乃
もちろんもちろんありますけど、そんなになんかサポートしてもらってるカメラの人も、もういいでしょって言われる人だから、1回2回ぐらいしか撮ってないですよ、ちゃんと。
近藤淳也
でもやっぱり1回2回あるんだ、こうじゃねえ、こうじゃねえよっていう。
普通ね、もういいですってなるじゃん、これでいいです確認してくださいって言ったら、一応いるけど、もういいですってなるじゃん、全然ならんから、ここもうちょっとこうしてもらえますかって言われて。
桑原佑輔
足のね、上がり方とか。
近藤淳也
なるほど、そういうところが。
宮崎喜美乃
向きで足が長く見えるとか、いろいろあるんですよ。
桑原佑輔
で、女性ランナーで足が設置したときに重力下がるから、ほっぺたが落ちるんですよ。
だからちょっと着地する寸前がかっこよかったりするんですよ。
近藤淳也
すごい、あそこまで分析してるんだ。
宮崎喜美乃
それはでもカメラマンと話してて、やっぱ男性っぽい写真だと、女性ランナーとしての魅力が減るじゃないですか。
近藤淳也
なるほど。
宮崎喜美乃
女性っぽいくて、走りたくなる人が増えるようにってなったときに、ゴリゴリな筋肉を向き手するよりは、綺麗っぽい走りのほうがいいんじゃないかっていう話をしてて。
近藤淳也
すごいな、そこまでやっぱり気にしてるんですね。
でも、あのインスタ見てて、やっぱりこういうのやってみたいっていう人多いと思うから、実際意味あると思いますよ。
綺麗やもん、なんか。
桑原佑輔
嬉しいです。
宮崎喜美乃
見てて、こんな綺麗なとこで、こんな気持ちよさそうに走るスポーツがあるんだっていうのを発信してると思うから、それはまあ意味のあることだと思います。
近藤淳也
僕は何回でもシャッター押しますんで。
宮崎喜美乃
そうなんですよね、なんで、めんどくさがられるってちょっと大変だし、でももうあの、街よりも山のほうが、人がね、あんまりいないから、海水平っていいんですけどね。
いろんな人が入っちゃうと、今って言わないといけなかったり。
近藤淳也
確かに。
宮崎喜美乃
なんかもう、そんだけ撮ってってこだわってるくせに、ちょっと人に見られると気にするから、もういいですって。場所変えましょう。
近藤淳也
そうか、山ならでも何回でも。
宮崎喜美乃
そうなんです、チャレンジできるんで。
近藤淳也
何の話だったっけ、あ、そう、だからピリンの映像の話。
桑原佑輔
映像ね、はい。
近藤淳也
そう、だからピリンの映像、まあドキュメンタリーがね、結構、ね、面白かった、まあだからとにかくかっこいいっていうのと、まあ結構内面に迫るっていうか、まあ苦しんでる感じっていうかも出てたし、まあさっきのね、なんか、なんて言ったら、なんかその葛藤っていうか、なんかもうちょっと感じたんですけど、何なんですか、その自分との対話って、何してるんですか、一人で。
宮崎喜美乃
一人で、そうですね、何ですかね、なんか、あのよく気が何とかっていう話が、なんだろう、瞑想ですかね、よく、なんか体見てもらってても、どうしても自分の体の気が、あの上に上がってるってすごい言われてて。
近藤淳也
ほう、自分の体の気が上に上がってる。
宮崎喜美乃
はい、なんだっけ、この、東洋の話ですかね、で、その気を下げるっていう、薬膳とかそっち系の話で、気が上がってるものを下げると、地面にしっかり足がついてる感覚がするってよく言われてて。
近藤淳也
へえ。
宮崎喜美乃
あれ、中途半端な情報、これ。
近藤淳也
いやいや、体から出てるってこと?今、あのジェスチャー的には頭の上ぐらいに気が上がってるっていうジェスチャーですけど。
いかってたら肩上がるじゃないですか、そんな感じで、自分のその感情が上に上がりやすいから、落ち着いてる人ってストンって落ちてるイメージ、肩がなでがた、なでがたじゃなくてもいいけど、落ちてるイメージ、で、それはもうレースになると、極端に私は気が上がっちゃうんで、それを抑え込みなさいと。
桑原佑輔
で、それこそ、あの、UTMB去年負けたときに、かおりさんに紹介してもらった治療科に見てもらったら、足、触ってほしいのに疲れてるから、触ってほしいのに全く触られなくて、あなたはね、気持ちの問題って言われて、全然疲れてないからって言われて。
近藤淳也
へえ。
宮崎喜美乃
で、この気持ちはもう自分の、自分で苦しめてるものだから、それを解く、練習をしなさいってすごい言われて。
自己対話と感情の処理
近藤淳也
へえ。
宮崎喜美乃
で、気持ちによって、やっぱ内臓もギュッて固まっちゃうし、まあ、簡単に言うと猫背、巻き方になっちゃって、内臓が押しつぶされて、食べるもの食べれなくなっちゃってるから、もうちょっと気楽になれるようなものをちゃんと、そういう状態で作り出して走ったほうがいいって言われて、で、そこから、その、まあ気が上がってるのをどうしたら下げれるかとか、いう形をよくやってます。
近藤淳也
へえ。それは日常的にってことですか。
宮崎喜美乃
そうですね。なんか、私の場合は肋骨が上に傾いて広がりやすいんですよね。
近藤淳也
はいはい。
宮崎喜美乃
そうすると、やっぱり心臓が上に向いちゃって、あの、押しつぶされるようなイメージになっちゃって、内臓がうまく働かないから下げるっていうトレーニングを普段から見てもらってやったりだとか。
近藤淳也
はいはい。
宮崎喜美乃
それこそ、あの、家の近くが夕日が沈むのが綺麗なんで、瞑想で夕日見ながらやったりだとか、で、自分の、まあ、なんか、そうですね、最近学んだのは、ラベリングってどこの世界であるかわからないですけど、
あの、苦しいっていう感情に対して、自分の中で勝手に苦しいイコール辛いみたいな、苦しいイコール不安だとか、そういうイコールをいっぱい作っちゃってて、でもその苦しいっていうものは、ただ苦しいだけだっていう、そのちゃんと、あの、自分の感覚と意識を一致させる作業をしていくと、なんか、あの、息遣いも全然変わってくるっていうのをダイビングの世界で習って、
で、それをすると、ほんとに潜れるようになったりするんですよね、そういうのの作業をしていったりだとか、あとはレース中、その4月のクルアチェラのレースは、最後2番と2時間差ついてて、完全に優勝できると、でももう、あの、食べれるもの食べれなくなっちゃって、もうヨボヨボで走ってるんです。
1位なのに、かっこよくないみたいな話ずっとしてて、で、しかも3時間ぐらいずっと、ビデオ、あの、大会のライブ中継されるっていう、
近藤淳也
結構長いですね。
宮崎喜美乃
ほんとに長くて、で、そういう状況のときに、どうしたら走れるんだってなったときは、逆にもう落ち込んでるから気が下がっちゃってるんで、かえって逆にあげて、自分の中の苦しいっていう感情を上にあげて、別の人にこいつ対処してもらって、
近藤淳也
え?どういうこと?
桑原佑輔
もう、あの、なんかぼーっとしてるだけなんですけど、ぼーっとしてるときに、上に苦しさを置くんですよ。
近藤淳也
ほうほう。
宮崎喜美乃
で、自分ではブラックキミノとホワイトキミノちゃんって名付けてるんですけど、
まあ、よくあるあれですよね、ブラックちゃんが、もうやめちゃえよ、とか。
あー、漫画とかでよくある。
よくあるやつ。で、ブラックちゃんはすごく、なんかあの、やりもって、つついてくるんですよ。
でも、ホワイトちゃんがすっごい天使で、もうすぐ1位になれるよって言ってくれるんですよ。
それは頭の上でやるんです。
そうすると、苦しさに対決してくれるから、自分はもう、もうただ走ってるだけの、なんか、あの、言い方悪いけど、機械みたいな動きをすれば走れるんで、
走れないことはない。走るだけのこの、こう、人間ってピュッて押したら本当は走れる構造になってるんですよね。
近藤淳也
なるほど。
で、それをどうやって押すかっていうのを、なんか、その辺でやってます。
えー、じゃあ、その、あの、
宮崎喜美乃
感覚さ、運動生理学学んでるって言ってるのに感覚が。
近藤淳也
しかも漫画やし、ブラック気味野ちゃんやから。
えー、でもその、じゃあ、お前の時は、要は、その、落ちるだけだったのが成長を感じたっていうのは、
そういうふうに、その、ブラック気味野ちゃんが登場して、
そいつに、こう、対決させておいて、
自分から話せるようになったとか、そういうことなんですか?
そうですね。
落ちすぎないように止めれるようになったってこと?
宮崎喜美乃
はい。
近藤淳也
へー。
宮崎喜美乃
走りながらリセットできるようになったっていうか。
近藤淳也
あー、なるほど、なるほど。
宮崎喜美乃
前はもう、それこそお前の時は、1時間、2時間ぐらい寝たのかな?
近藤淳也
うんうん。
宮崎喜美乃
じゃないと、あれ、ダメだったし、それこそアンドラは30分寝たしっていう、
そういうもう目つぶって何とかしなきゃっていう状況が多かったんですけど、
日常生活での応用
宮崎喜美乃
今はもう走りながら、
近藤淳也
へー。
宮崎喜美乃
ちょっとやっといてっつって。
近藤淳也
へー。
宮崎喜美乃
っていうのができるようになりました。
近藤淳也
そのコツつかんだの大きそうですね。
宮崎喜美乃
うん、そうですね、はいはい。
近藤淳也
それはいつも、ブラック気味野ちゃんとホワイト気味野ちゃんによって処理するんですか?
宮崎喜美乃
そうですそうです、はい。
近藤淳也
あ、いつもそれなんですか?
桑原佑輔
いつも。
近藤淳也
なんなら、それもビジュアルありそうですね。
桑原佑輔
いやもう、自分の中ではあるんですけど。
近藤淳也
ブラック気味野ちゃんの絵とか描けそうですよね。
桑原佑輔
いやそうなんですよ、だからイラストレーター探してるんですよ、最近。
近藤淳也
あ、ほんとに?
実際に。
宮崎喜美乃
それをちゃんと具現化してくれる。
桑原佑輔
そうなんです、そうなんです。
近藤淳也
え、だって、え、ラインスタンプかなんか作ってませんでした?
桑原佑輔
あれは友達に作ってもらったんですよ。
近藤淳也
ですよね、気味野ちゃんスタンプみたいなのありますよね。
そもそもビジュアル化すでにされてるものが。
桑原佑輔
ホワイト気味野はいるんですけど。
近藤淳也
あ、ホワイト気味野はあるんですか?
桑原佑輔
はい、ブラック気味野がいないんですよ。
近藤淳也
あ、いないの。
で、それ作ろうとしてる?
宮崎喜美乃
作ってもらおうとしてる?
いや、作ろうとしてはないんですけど、なんか作れたら面白いのになっていう。
近藤淳也
確かに、イメージがあったら余計ね、ちょっとあいつに対応させとこうかみたいな感じするのかな。
宮崎喜美乃
人間ってやっぱイメージできないものに不安があるってよく言われるんで、
それをイメージ化するときに、アニメで見て、ツイッツってしてる悪魔をブラック気味野って呼んでて、
そういう天使と悪魔の戦いってイメージしやすいから、そういうものを作り出してはいますね。
近藤淳也
なるほど、これでも結構日常にも活かせそうじゃないですか?
宮崎喜美乃
どうですか?
近藤淳也
でもそうですね、なんか自分のやってることとその感情っていうのは結構切り離してみたいなことで使えそうな気はしました。
宮崎喜美乃
なんか切り離さない、やらないといけないことはあって、でも感情がセーブしてるっていうことは結構あるときに、
まあ、なんで、それを習ったのも全然トレラントが走るスポーツ系じゃなくて、
なんだったっけな、あの、なんだっけ、まあそういう、まあ瞑想関係の人がやってる話を教えてもらったりとか、
近藤淳也
その瞑想してる人も別に全然走ったりとかしてる人じゃないし、
で、その人がどうやって使うかとかいう話の人を話し聞きに行ったりとかして、
面白いな、まあなんかね、だってその、例えば気持ちがどんどん落ち込んでいってつらくなっていくとかっていうのも、
たぶんそのおまんのときみたいな状態を、まあ日常的にちょっとそういうふうな状況になってしまって、
なかなかこう上げていけないみたいな場合に、こうやっぱり気持ちがだんだんこう落ちていくみたいなのに悩む人とかも多いと思うんで、
なんかそういう意味では別にそのレース中じゃなくても、そんなにこう変わらない話なのかなと思ったし、
なんか今の話って結構そういうときに応用できるというか、日常でも使える話なのかなと思ったんですけど。
宮崎喜美乃
庵野ラジオでも、カウンセリングの方?
近藤淳也
はいはい、シマさんかな。
宮崎喜美乃
かな、はいはい。お腹に自分がいる感じがするみたいな。
私お腹にちょっといる感じがしなくて。
近藤淳也
お腹って言ったのはたぶん僕です。
桑原佑輔
ああ、こんどんさんか。
近藤淳也
シマさんは鏡みたいに、こう瞑想して目の前にもう一人の自分がいるみたいなイメージだっていう話をされていて、
大学での陸上部経験と山の研究への興味
近藤淳也
で、僕はなんかそれが前にいるイメージじゃなかったんで、いろいろ探したらお腹にいたみたいな感じなんだけど。
宮崎喜美乃
それと同じだなってすごい思いながら聞いてて、そういうのもなんか自分でやってることが、なんか他のことで言葉にされてて、ちゃんと自分の中で消化できるというか。
あ、それって瞑想だったんだなみたいなっていうのもあるし、なんかそういう、
あ、何だろう、自分探しどこにいるんだっていうのの面白さを感じたりとかでいうのもおかげさまで。
へえ、すごいな。
近藤淳也
で、きみなさん的には自分の心みたいなどこにある?
桑原佑輔
上ですね。
近藤淳也
あ、上なんだ。
桑原佑輔
たぶん気が上がってるからこの辺にいるんだろうなと思ってる。
近藤淳也
もう体より上にいるんだ。
宮崎喜美乃
いると思う、離れてると思う。
上がってるね、やっぱり。
近藤淳也
もともと上がってるんだね。
宮崎喜美乃
上がってる。
へえ。
それこそアンドラの時に近藤さんに、きみのちゃんは心と体が素直だねってなんか言われたことがあったんですよ。
近藤淳也
これがなんかすごいしっくりきて、だからダメなんだと思って。
どういうこと?
宮崎喜美乃
なんか心と体がバランス取れてなくてみんな困ってると。
頑張りたいのに心沈んでるとか。
なんだけど、いつも心と体が一緒に動いてるから素直でわかりやすいみたいな、簡単に言うと話なんだと思うんですけど、だから受け沈みするんだなと思ったんですよ。
このバランス、なんか上がったり下がったりどっちかがっていうのじゃなくて、一緒に動いてる。
近藤淳也
なるほどね、心が上がってるときはいいけど、心が下がっちゃうと体も一緒になって止まっちゃうっていう風になってたってことですね。
なるほどね。
桑原佑輔
それを、体は基本的にもう大丈夫な丈夫な体なんだなっていうのが、この数年で。
近藤淳也
なるほど、そうか、だんだん言ってることがわかってきた。
宮崎喜美乃
要するに心が落ちてるときも、心を離して体だけ動かすっていう術、術を身につき始めたってことなんですね。
近藤淳也
それ面白いな、面白いけど、それあまりやると鬱になりますよね。
いや、わかんないけど、会社の仕事とかで鬱になる人ってそうじゃないですか。
宮崎喜美乃
仕事の人間関係とかがしんどすぎて、もう会社に行きたくないのに、無理やり頭をだまして、自分の心をだまして、無理やり会社に毎日行き続けることによって、心がもう死んでしまうっていうか病気になってしまうみたいな場合もあるじゃないですか。
近藤淳也
だから、たぶん心を無視して体を動かすのも、100マイルの間はOKだけど、あんまり長いことやると良くないと思いますけどね。
宮崎喜美乃
そういう意味では、私運動整理学が好きって言ったじゃないですか、レース出てる時にデータ取れるのが楽しみなんですよ。
桑原佑輔
今も100マイル中の心拍数って時計変えないでも取れて、しかも精度良くて、しかもそれ以外もいっぱい取れてみたいになってて、そのデータをレースが終わったらずーっとにらめっこして、ずーっとパソコンの前にいるんです。
宮崎喜美乃
だから、すごいオンオフが激しくて、レースゾーンに入ったら、もうとにかく走りまくるけど、だから体を動かしてるけど、もうレース終わった途端に、もう体オフで、頭使いまくってるから、たぶんそのバランスができてるんだと思います。
桑原佑輔
でも逆に、私はこの頭使うゾーンが長すぎて、走り出すの遅いんですよ。
近藤淳也
どういうこと?
宮崎喜美乃
なんで、一昨年ぐらいまではレース2本って決めてて、体的にも無理なんじゃないかと思って、だから半年に1回のスケジュールで自分の体を作っていこうと。
1回のダメージも大きいし、でしたらレース終わって、大体3ヶ月ぐらい結局休むんですよ。ずーっと分析してるから。
で、ああだこうだ、いくらでも分析って終わんないから、こうやって見せたら面白いんじゃないかつって。
近藤淳也
3ヶ月も分析してたんですか?
宮崎喜美乃
いやもう、それこそ2015年のSTYでトレラン始めて、そのデータを今でも見返して、いくらでもできるんですよ。
近藤淳也
すごい。
桑原佑輔
だから走り始めるのが全然、なかなか指導しなくて。
近藤淳也
パソコン使うのいいから、もうちょっと走ろうよみたいになったから。
宮崎喜美乃
そうなんです、そうなんです。で、結局走る時間は、まだレースの2、3ヶ月前に、走んなきゃみたいになる。
だから、6ヶ月タイムじゃなくてもいいんじゃないっていうのがあって、2年前から、今年は特に2、3ヶ月に1回のスパンしてたら、体ずっと動かしてるから、走れるんだなっていう、そういうのもあって。
でも私的にはもうめちゃくちゃ分析したくて、どんどんデータ溜まるし、出すところないし、みたいな。
なんで、アンノンラジオ明日ちょっと予定空いちゃったんだから、こもってデータしようかなって思って。
近藤淳也
もともとね、大学院で研究してたんですよね。
宮崎喜美乃
そうなんですよね。山の運動生理学って、簡単に言うと、山登ってるときの心拍数測って、これ以上上げたら、やっぱり脱水になっちゃったり、最後まで持たないから、このぐらい歩いてたら、怪我しないですよって。
結局みんな山の事故って、体力、そう、ん?そう、体、自分の体力以上のパフォーマンス出しちゃって、で、あの、力尽きちゃって、足元ふらついて転倒したりっていうのが多いから、そういうのをなくそうっていう研究をしてて。
宮崎喜美乃
で、やってることはすごい簡単なことなんですけど、より現場の研究っていうのを、大学の指導教官が大事にしてて、で、それをトレーラー会って、あんまり研究データなかったんで、自分でもやろうっていうのが最初の、トレーラーやるならっていうところでした。
近藤淳也
うーん、じゃあ最初から研究しようっていう気持ちがあったんですか。
宮崎喜美乃
そうです、はい。
あったんですか。
近藤淳也
へー、なんかどんどんさかのぼりますけど、もともとだから陸上部で走っていて、どこからそんな研究者みたいになったんですか。
宮崎喜美乃
大学までは推薦でずっと陸上やってたんです、駅伝部で。で、あの、大学の駅伝のときに、もうさっき言ったように全然結果は出せなくて、でも、あの、卒業はしないといけないじゃないですか。
で、みんなだいたい自分の部活動でゼミに入って、研究論文を発表して終わるんですけど、私はもう陸上は嫌だと思って、自分何かできないかなと思ったときに、山のぶりの研究が面白そうだっていうので、そこで出会って。
そしたら、ちょうど大学3年の頃に、あの、富士山の研究を先輩たちがやってて、1人欠員が出たから一緒に行かないかって言われて。
で、そのときもうバリバリ、もうみんな全国駅伝に向けて頑張ってるけど、1人怪我してたから、大会走るトレーニングもできないから、私はそっち行っていいですかって交渉して。
当時はもうそんな雰囲気出したらもう怒られるような、チーム戦だし、で、高校時代はもう駅伝校で入ってるから、チームのは乱したらって思ってたんだけど、もうこのチャンス逃したら終わりだと思って、そっちに行ったらもうめちゃくちゃ楽しくて。
近藤淳也
もともと山は好きだったんですか?
宮崎喜美乃
山登り自体はまあ、鹿児島の大学行ったんで、もうすぐ山だったから、山練習も陸上部でやってたし。
でもその山登り、山の中は山登りだけ、駅伝の練習もその山の入り口まで走ってるだけで、山は近いけどなんか、なんですかね、自分が趣味にしていっぱいしてるってことではなく。
でもなんか、そんな山登り行こうって言われたら行きますって、全然普通に、自分の中で壁はなくて。
大学院での研究と勉強の熱心さ
宮崎喜美乃
だから、走りたくなくなった時に、言葉悪いけど、歩くならできるかなっていう、ほんと言葉悪いけど。
近藤淳也
いやいやいやいや。
宮崎喜美乃
まあ、できることを探した時に、山登りならできるなって思ったんですよね。
近藤淳也
でもなんかその、陸上速い人なら全員トレーラーが速いかっていうと、そうでもないんじゃないですか?
たぶんね、その山はまたちょっと違う、ずっとそこに行けるかどうかっていうのもあると思いますよ、その精神的に。
なんか、と思うんですけど、そうでもないですかね。
宮崎喜美乃
いや、絶対そうだと思うし、それが面白さだと思って、なんかまあ50キロぐらいのトレイルレースでも、フルマラソン、自分より速い人よりも余裕で勝てたりするし、
近藤淳也
で、それって山の技術が必要だったり、知識で、まあ天候によって上が来たりとか、どういうギアを使ったらいいかっていうのの楽しみが、まあ走るだけじゃない楽しみが増えたのも、ひとつハマった理由ですね。
で、まあじゃあその、富士山行って、で、面白すぎて。
桑原佑輔
で、研究に。
宮崎喜美乃
面白すぎて、大学園行こうと。
近藤淳也
はいはいはい。
それ結構天気だったんですね、じゃあ。
宮崎喜美乃
ああ、もう本当に。でも、ずっと推薦に入ってきたもんだから、大学院試験に落ちるんですよ。
近藤淳也
そうなんですか。
宮崎喜美乃
だから英語の試験が1個もできなくて。
桑原佑輔
100点中、30点取れればいいのに、20点だったんですよ。
30、あ、50点中か。
それさすがに合格点低すぎるな。
宮崎喜美乃
で、20、まあ合格ラインに達してなくて落ちて。
でも、そこで負けず嫌いが発生して。
で、落ちてるのに決意募集のあって。
そう、私はね、基準で達してないから、勝手に落ちてて。
でも、まだ合格者が足りてないので、っていうので、みんなが卒業旅行行ってる中、一生懸命勉強して受けたんですよ。
また落ちちゃって。
近藤淳也
あ、そうなんだ。
そう、それで落ちて、今度は日本語の論文がダメだったんです。
英語の次は。
宮崎喜美乃
英語がんばりすぎて、日本語がおろそかになっちゃったっていう。
桑原佑輔
で、そうなった時に、まあ親も大学まで行って、しかも高校から私家出てるから、お金かかってるのもあって、もう大学にはいいんじゃないかみたいな、なったんだけど、
宮崎喜美乃
なんかその時に、すごくもうそれが、まあどうしてもクリアしたいというか、行きたいっていう気持ちが強すぎて、もう親と親に泣きながら交渉して。
近藤淳也
まあ、お金出してくれって言って。
宮崎喜美乃
人の3倍受験料払って。
近藤淳也
3回やってるからね。
宮崎喜美乃
受験して、で、その時はもう久しぶりに高校が出てるのに、久しぶりに家帰ってずっと勉強してて、で、やっと受かったんですけど。
近藤淳也
じゃあ、それ次の年ってこと?
宮崎喜美乃
翌年の、今度は、週期入学っていうの当時あって、9月に。
半年後とかってことですね。
ラッキーだったんですよね。1年じゃなくて半年後に入れて。
で、その思いで入ってるから、もうあのド根性、魂が強すぎるんですよ。
で、大学院の先生たちも、宮崎わかるかって言われるんですよ。
お前のレベルでわかるかって言う。この説明でわかるかっていうのが、すっごく勉強しやすくて。
わかりませんって。
キラキラって。
桑原佑輔
先生それじゃわかりませんって言って、で、その先生たちもだよなみたいな感じだし。
宮崎喜美乃
だよな。
桑原佑輔
わからんかみたいな。
宮崎喜美乃
で、先生たちも面白がって、これならわかるかみたいな感じで教えてくれるし、ちょうど私が週期入学で、2人しかいなかったんです。
だから、同級生2人の中でやってるから、必ず質問しろっていう大学の授業ばっかだったんで、そこでも何か先生の話聞きながら、質問考える状態がそこで身について。
低酸素トレーニングの仕事とデータの取得
宮崎喜美乃
で、それでも常にこれはどうなんですかっていうのの癖がついてったから、それは結局取れらんでもダメだったときに、じゃあなんでだっていう話とかを、とか、なんかいろんな情報入ったときに自分に転換するならって、その考えになったんじゃないかなとは思ってます。
近藤淳也
へー、なるほど。
宮崎喜美乃
で、そこの大学院が劣等生で入ってるから、見返しやろうっていうのはすごくて、で、山の研究だったら私に聞いてくれっていうぐらいそこで勉強して、朝から晩まで研究室行ってこもってやってたんで、特待生になって。
近藤淳也
え、朝以降?
はい。
桑原佑輔
すごい。
近藤淳也
奨学金返さなくてよくて。
桑原佑輔
すごいじゃないですか。
宮崎喜美乃
っていうぐらいまで頑張ったんですよ。
近藤淳也
さすがですね。
えっと、何その、じゃあ、大学のその駅伝部?駅伝はもう辞めちゃったって。
宮崎喜美乃
あ、辞めて、で、そっから大学院で山の勉強して、で、その山の勉強をしてる最中に、今も働いてるんですけど、三浦ドルフィンズって80歳でベルストの方って三浦祐一郎に出会って、
で、ちょうどそこでやってる会社の低酸素トレーニングのスタッフが足りないから一緒にやらないかって。
ちょっと微談風に言いましたけど、やらせてくださいって言ったんですけど、空いてませんかっつって。
これも基本的に自分からやりたいですって言って、で、今に至るって感じですね。
近藤淳也
じゃあその時はもう一回走るのやめてるってことですよね。
宮崎喜美乃
あ、そうですね。大学4年でもう蹴りつけて、持ってた上全部捨てて。
近藤淳也
ってことですよね。
で、研究にぼっとしていて、独体制になって、で、修士終わったら就職。
宮崎喜美乃
で、上京して東京にやってきて、で、その東京の仕事もお客さんの低酸素トレーニングを見るものだったけど、見るだけじゃつまんないから、データを取らせてもらって、で、それ論文出して、それも学会書を取って。
近藤淳也
あ、そうなんですね。すごい。
すごいことをちゃんと言っとかないとなと思って。最近その話してないから。
いやでもなんか、アカデミーとか言って。
桑原佑輔
今ね。
近藤淳也
使ってるじゃないですか、アカデミー。
はい。
これはなんですか。
トレーニングアカデミーの開設
宮崎喜美乃
それはあの、大学院の先生が本当にいい先生で、なんかまあ私でも分かるようにやってくれたんですけど、その先生がもうとにかく現場に行かせる研究じゃないと意味ないって。
で、その先生も山が好きだし、自分が身になるためのことをやろうと。で、何か実験案が浮かんだ時には必ず自分で研究をして、実験プロトコルを自分で体験してから人を集めてやってくださいって。
55歳ぐらいの当時先生、年齢だったけど、全部自分で50キロの荷物持って坂道歩いたらどんぐらいの心拍数なのかとか、そういうのも全部やってて。
で、それ見てたから、私もトレランで自分でデータを取り始めて、で、それ世の中に出して、面白がってもらえればいいなと思ってたんだけど、結局山の研究も一緒で、研究会で終わっちゃって、現場に行かせれてないんですね。
近藤淳也
現場に行かす研究をしてても、山をやってる人たちに届いてない。すごくいい研究してるのに。っていうのがすごい感じてて。で、山本先生って言うんですけど、その教授の研究が生かされたのが15年後ぐらいだったんです。
宮崎喜美乃
山計算で登山の雑誌に山本プロトコールつって、これやれば山の体力がわかりますとか、よくランキングが今あって。
近藤淳也
グレードですね、コースとか。
桑原佑輔
そうですそうです。あれもその先生の研究データだったり、私がやった研究の一部使われてたりしてるんです。それが15年かかったんですよ。長すぎだろと。
で、それもあって、どうやったらその研究を世の中に伝えられるのかなっていうので、報告会とか、自分が目立った方が気にしてくれる人増えるだろうと思ったんですけど、結局論文もトレーランニ