達也と忘れ物の手袋
忘れ物の手袋
達也が働く図書館は、町の喧騒から少し離れた、静かな丘の上に立っていました。
大きな窓からは、四季折々の景色が見渡せ、訪れる人々は、まるで時がゆっくりと流れるかのように、思い思いの時間を過ごしていました。
達也はそんな空間の静かな管理人として、日々本と向き合っています。
彼の日常にささやかな変化が訪れたのは、秋の終わりが近づいた頃のことでした。
忘れ物のコーナーの古びた棟のバスケットの中に、それはひっそりと置かれていたのです。
片方だけになった古い毛糸の手袋でした。
何度も洗濯されたのでしょう。少し毛羽立ち、色も汗ていました。
しかし、親指の付け根には丁寧につくろった跡があり、手のひらの部分も小さなほつれが丹念になおされていました。
そこから、持ち主がどれほど大切にしていたかが伝わってきます。
達也はこの手袋をどうしても持ち主に返してあげたいと思いました。
彼は図書館の掲示板に手袋の写真を添えた小さな張り紙をしました。
片方の手袋を心当たりの方はお申してください。
張り紙は訪れる人々の目にとまり、時折早く見つかるといいねと声をかけられました。
しかし数週間たっても持ち主は現れませんでした。
ある日の午後、達也が休憩のために図書館の外に出ると建物の脇にあるベンチに一人の年配の女性が座っていました。
彼女は図書館の常連で読書の合間にそのベンチに座り編み物をしている方です。
達也を見つけると彼女は声をかけてきました。
掲示板に出ていた手袋、まだ持ち主が見つからないの?
あんなに大切にされていたのだからきっと持ち主も探しているわよね。
はい、でもなかなか見つからなくて、と達也は答えました。
そうと彼女は言うと手にしていた編みかけの毛糸玉をそっと達也の手にのせました。
編み物はね、一目一目思いを込めるものなの。
誰かを思いながら編むとその温かさが編み目一つ一つに宿るような気がするのよ。
その言葉に達也ははっとしました。
あの手袋の温かさは単なる毛糸の温かさだけではないのかもしれません。
持ち主との再会
大切な誰かを思う気持ちがあの手袋には込められている気がしたのでした。
それからさらに数週間がたち、外はすっかり冬の気配に包まれました。
手袋の持ち主は現れず、そろそろ忘れ物として処理した方がいいだろうかとあきらめかけていました。
ある日、図書館に大きなリュックを背負った高校生ぐらいの少女が訪れました。
彼女はまっすぐカウンターに向かってくると達也に一通の手紙を差し出しました。
これ、おばあちゃんから預かってきたんです。
どうもこの手袋の片方をここでなくしてしまったみたいで、
手紙は丁寧に封筒に入っていて、中には見慣れた手袋の写真が一枚同封されていました。
達也が手紙を開くと、たっぴつな字で手袋のことが書かれていました。
もしこの手袋が落し物としてあるようでしたら、孫娘に渡してください。
この手袋はその子が中学生の頃に不器用ながらも一生懸命に編んでくれた私の宝物です。
達也があの手袋を差し出すと、彼女はそれを両手で大事そうに抱きしめました。
おばあちゃん、いつもこれを自慢していて、寒い冬もこれがあるから大丈夫だって言ってくれるんです。
達也はこの手袋の温かさが、編んでくれた孫娘の思いとそれを受け取った祖母の愛で大事に使われていたものだったと改めて実感しました。
手袋が持ち主のもとに戻ったあとも、達也とその少女、そして彼女のおばあちゃんとの不思議な縁は続きました。
その後、少女は図書館にたまに立ち寄るようになり、おばあちゃんの話を楽しそうにしてくれました。
達也は窓の外に広がる雪景色を眺めながら、編物の年配女性の言葉を思い出していました。
なぜか思いながら編むと、その温かさが編み目ひとつひとつに宿るような気がするのよ。
あの手袋はただの落し物ではなかったのかもしれません。
達也は今も自分の手に残るわずかな毛糸の温かさを思い出すと、なぜかいつもよりほんの少しだけ心が温かくなるような気がしたのでした。