00:04
3月も半分過ぎました。
早い!早いとは聞いていたけど、1月、2月、3月、早かったです。
早かったのかな?早いかな?早いですね。
3月は早いなって感じがしています。
すっかり暖かくなってきました。
お風呂で追い立ちをしなくてよくなった。
私はだいたいいつも最後に入るんですけど、家庭の家族の中で。
追い立ちをしなくてもまあ、暖かめなお風呂に入れるようになりました。
部屋の暖房を事前にかけておかなくても、眠れる暖かさになりました。夜。
あと、寝るときの布団が文房布団だけになりました。
毛布を外しても大丈夫になった。
こたつのスイッチを入れなくても昼間よくなった。
こたつって今うちにある古いスイッチはジャックから1234567強まであるんですけど、
冬場も、冬でもジャックから12ぐらいまでしか使わないんですよね。
強とかにしたらもう訳がわからないぐらい暑いですよ。
喉がカラカラになって肌がパリパリになって大変だと思うんだよな。
だからもうちょっとジャックから2ぐらいのところでバリエーションを持たせて欲しかったな。
でも一般的な、今あるものが一般的な温度設定なのかわからないから何とも言えないですか。
古いやつですしね。
なんかこたつの中にネジみたいなのがあって回すタイプ、温度調節するタイプもあるじゃないですか。
小っちゃいこたつとかだったら手元のスイッチではなくて、
こたつの天板の下にある温かくなるところのすぐ横に、
ジャックから強みたいなクルンって回すやつがあって、
03:04
あれって大体ジャックにしてても気づいたら勝手に強くなってたりするなって。
あと顔を突っ込んで、どっちがジャックでどっちが強だったっけってなってわからなくなるので、
顔を突っ込んでこたつの中を見ながらやってたりしたなって。
子供の頃はそんなことがあったと思います。
強度のバリエーションといえば、私ウォシュレットってまず使うことがないんですけど、
なぜかというと、ウォシュレットってすごい日本の超ハッピー文化みたいな素晴らしい、スマート、ヒューみたいな、
世界に誇るなんとかみたいな、そういうバラエティ番組とかでも取り上げられ方すると思うんですけど、
強すぎじゃないですか、普通に。
でもね、どうなんでしょうね。ウォシュレット使っている人の感覚、
使っている強さとか聞いてみたいですね。
ウォシュレット、お尻を最もノーマルな設定のほかに、
あれ?なんか柔らかみたいなパターン?
ちょっと柔らかいシャワーですみたいなやつある。あるやつあると思うんですけど、
それにしても、それで最弱のモードにしても、
強すぎて怖と思って、もう怖くて使えないですね。
でもあれ、必要な人いますからね、どうしてもね。
あらゆるトイレについててほしいんだけど、
もう一クラス欲しいですね。もう一クラスあったら使ってみたいけど、
柔らか、スーパーマイルドみたいな、
日本語で何なんだろう、触れるか触れないかみたいな感じのが欲しいですね。
優しいウォシュレット、あれは使えている人の方が多いんでしょうかね。
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別にどうでもいいけど、ちょっと気になる。そんな感じですね。
この前の土日に、今今日火曜日なんですけど、
土日にちょっと久しぶりに汽車に乗って、
駅に車を停めて、汽車に乗って外出してたんですよ。
ものすごく久しぶりに駅に車を停めるということをやったんですよね。
駅の近くの駐車場に。
前は24時間500円だったのが24時間300円になっていて、
安いと。2日間停めてたんですけど、
日曜日の夜に車を、駅にまた戻ってきて、
辺りは真っ暗で、駅と言ってもそんなに、
ここらでは一番大きな駅ですけど、
まだ自動改札もないような、
多分永遠につける気ないんじゃないかな。
だからそこで降りる予定のときは絶対に、
スイカを導入した私もちゃんと気をつけて、
チップを買って乗り込みましたけど、電車、汽車。
それはよくて。
車のほうに、車を取りに行こうと思ったときに、
そういえばチップ買うのにさっき小銭使っちゃったなと思って。
小銭があんまり多いと、
閉まらない小さな財布を使っているので、
小銭はあんまり欲しくないので、
チップ買うときに、
たまたま増えてしまっていた小銭を、
なるべく多く使って、
100円玉とかもなくなってたんですよね。
車を取りに行こうと思ったときに、
もしかして、お金がいるんじゃない?と思って。
09:04
お金はいるんですけど、600円いるなって。
1000円札あるかなって、
財布見たら、なかったんですよ。
5000円札しか持っていなくて、お札は。
小銭も10円玉とかしかないというので、
たぶん現金だけだなって、駐車場を持って。
でも5000円札が使えるかもしれない。
もしくは両替手が一緒に設置されているかもしれない。
そこに行くまでに別の駐車場もあるし、
両替手があるところがあるかもしれないと思って。
とりあえず反対方向に歩いたらコンビニがあるんですけど、
行ってみるかと思って駐車場の方に行って、
途中のもうちょっと高い駐車場に立ち寄りながら、
両替手ないなと。
自販機見ながら、1000円札までしか入らないなとか。
新500円玉は使えませんみたいな表記をよく見かけますけど。
新500円玉見たことない。
というか、その1個前の9の9の500円玉、
ちょっとそれちゃった。
前回の新500円玉がまだ新500円玉のイメージなんですよ。
なんとなく、ただの500円玉ではなくて。
今、2022年に9500円玉である、
前回の新500円玉がまだ私の中では新500円玉で、
そこから、私で古い人間だなと思いながら。
でも、キャッシュレスの若い世代はキャッシュレス生活の人が割合としては多いと思うんですけど。
だから、新500円玉が日本国内で生活する人に馴染む時っていうのが来るのかな、果たして。
どうでもいいことを考えながら、1000円札までしか使えないわ、ここも。
とりあえず行ってみると、車を停めたり駐車場まで行ってみて、
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料金入れるところの機械を見に行ったら、やっぱり1000円札までしか使えなくて、
新500円玉も使えなくて、それは関係ないんですけど、1000円札までだったんで、
これは困ったなと思って、とりあえず車に荷物を置いて。
その料金入れ機、支払機の後ろに木でできた掲示板みたいな、お知らせボードみたいなのがあって、
小さい時の電車の時刻表とか、美容院のチラシとか貼ってあって、すごい古い感じのやつでした。
いつのやつなんだろうなって。
車でその料金支払って駐車場から出るところに貼ってて、誰か見るのかなって思って、
コンビニまで歩くかって。
コンビニ行って、チェンチンを作って戻ってきたんですけど、
戻ってきた時に、駐車場の入口に看板が設置してあるのに気づいて、
駐車場がリニューアルオープンするので、いついつからいついつまで工事期間です。
3月の基準から31日末まで工事期間で4月の1日にリニューアルオープンしますよっていうお知らせ看板があったんですよ。
そうなんだと思って、この期間使えないんだなと思って、
工事のお知らせとか、タイヤ変更のお知らせとか、あんまり自分に関係があるかないかわからなくても、
とりあえず写真に撮っておくみたいなところがあって、
必要なれば見直せるから、この期間ここ止めれないし、
メモメモって思って、スマートフォン取り出して、ブレブレですけどパシャッと一枚撮ったんですよね。
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でも撮った後、4月1日リニューアルオープンってなってるけど、
4月もうこっちにいないんだなって思って、
3月の末にその駅を車を止めて利用するってことはもう私ないんですよ、どう考えても。
引っ越しの日に最後私は新幹線で行くんですけど、引っ越し先へ、自分の体は。
その時に汽車を先に使うので、その時この駅からは乗って行くんですけど、
車をそこには置いてはいかないから、戻ってこないから、
家族に駅まで送ってもらうっていう予定にしてるんですけどね。
だから絶対使わないし、少なくともこの直近の、
というか当面関係ないし、
車は私のじゃなくなるんだなと思って、
習慣的にそういうお知らせを見かけたらついつい写真を撮ってしまうんですけど、
撮った後にはこれ関係ないわと思って、
別に寂しいとかそういう感傷に浸るあれじゃないんですけど、
不思議な感じがしますよね。
私は今年、去年、去年いろいろ近い将来の話を決めるときに、
近い将来っていうのが数ヶ月先とか1年先とかそういうことなんですけど、
いろいろ考えて岡山県を出ることにしたんですけど、
それまでやっぱ岡山から出るっていうことはあんまり現実的に考えてなかったので、
少なくとも働き出していろいろあって、
20代後半とかに出るっていうのは考えてなかったというか、
18:02
選択可能な範囲に入ってないと思っていたので、
でも理由はないんですよ、特に。
実家の近くで暮らしたいっていう気持ちも別にないし、
特別この地域に友達が多いというわけでもないし、
もちろん大事な友達は何人かいますけど、
思い出があるわけじゃない土地に、地元のことをそんなに好きなわけでもないし、
いいところはいいところであると思うし、
でも理解できないところとか嫌いなところとかもたくさんあるので、
それでも理由はないのに選べる範囲に入ってないと思ってたんですよね。
出るとしても県内のもうちょっと街の方だわとか、
そういうふうにしか思ってなかったので。
でもいろいろインターネット…
鼻がゴロゴロ言ってる。
インターネットでそれこそ10年ぶりぐらいに
インターネット上にいる、SNS上にいる人とか見える範囲を増やしたというか、
すごく閉じた生活をしていたので、
疲れてたし多分何年か前まですごく疲れてたので、
諦めも入っていたと思うんですけど。
自分の良くないところも見えすぎていたから、
見られたくないっていうのもあって、
人のことを知りたいとか関わりたい以前に自分のことも知られたくないみたいな、
そういうこともあったりしてすごく閉じた生活をしていたので、
それを少しだけ広げてみたりするとですね、
21:10
もっと自由で良かった、良いんだっていうが、
めちゃくちゃ当たり前のことではあるんですけど、
もっと自由だなっていうところに行き着いたわけなんですよね。
自由で良いんですよって思うわけなんですよ。
私の家族、育った家では別に読書習慣がある人とかいなかったんですよね。
最近私が図書館でたんまり借りてきたり、
通販で本ぽちぽちやって読めてない本が積まれていったりしているのを見て、
もっと小さい頃から本とか読む生活をしとったらもっと賢かったのかもしれない、
賢くなってたかもしれないみたいなことを家族に最近言われて、え?って思っちゃって。
いやーなんかね、別にいいんですけど、そういうことじゃないんだけど、
そういうことではあるよ、そういうことではあるけどそういうことじゃないっていうか、
思った。何を言ってるのか分からない。
いつもにまして?いつも通り?分からないんだけど。
いまだに言われるのは、今は資格が欲しいなと思って、
そういう勉強もしようと、一応目的の一つとして行動してはいるんですけど、
いまだに邪見薬学部薬剤師になればよかったのにって親に言われるんですよ。
あのー、特別薬学に特別な興味があったとか言うわけではないんですよ、全然。
ただですね、高校生、中高生の段階で親から言われてきたことって、
24:04
親とか親族から、私、公務員または薬剤師かな、
そういう勧めの、ラフな勧めですけど、軽口を言うみたいなことですけど、
がいいんじゃないっていう勧めの中で生きてきたんですよ。
だからなんかね、学問とかいうことを大学を選ぶときに考えたことがなかって、
今もまだ分かってないんですけど、あんまり。
まずなんで薬剤師を勧められてるかって言ったら、やっぱりその安定感だと思うんですよ。
あと、高収入で家賃が基本はなくとかっていうね。
我が家はそんな裕福な家庭ではないので、私立の薬学部に6年間行くようなお金はもちろんないし、
国公立の薬学部に行ける頭はなかった。そんな賢くなかったので、残念ながら。
で、もう数学がとにかくできないっていう。
もう致命的なあれもあって、できないっていうか分かろうとしてなかったっていう感じですけど。
なんかね、田舎でも親がそういうふうに言ってくる意味もちょっとは分かって、
ただ、うちの両親は高卒と短大卒なんですよ。
27:03
そもそも女が4年生の大学に行くっていうのとか、
あと大学院っていう選択肢も、
多分それは直接的に言われたわけではないけども、
自分の中でなくしていたので、兄にはあった大学院までの進学っていうことが、
自分には最初からないっていう、考えることもないっていうぐらいのことで認識していた。
かつ、大学に進むっていうのは、私の中では学問ではなくて職場訓練校という考えしかなくて、
本当に浅はかだったなと思うんですけど、
大学を出て地元に仮に戻ってきてできる職場というか戻ってきている人、実際に、
同じ高校を出て大学に進学してどこかに行って戻ってきた人って、
病院で働いている人と学校で働いている人と公務員、
学校というか保育園とかそういうことまで含めて、
医療関係、教育関係、公務員、ほぼ三択ですね。
他に本当に、あと人工、金融しかない、大卒の求人ない、そういうのしかないっていうのだから、
そういうふうに進めてくるのはめっちゃ分かるんですよね。
本当に考えなしにそういうふうに言ってくるのも分かるんだよな。
だって、生きていくためにこの辺りの環境で創造できるもの、
たくましく生きていけそうなもの、経済的に自立していけそうなものっていうのが限られているから、
分かるわ、それはって思って。
30分経ったら給料出るの忘れてました。
30:07
すぐ気づいてよかったけど。
どこまで話したんでしょうね。
今仕切り直してるんですけど。
そうそう、要は、
自分で本来ある自由、自分の自由を奪っていたとこがすごいあると思う。
もしかしたらめちゃくちゃ飛躍しています?
この育った環境の中で生きていくために、
それが最適かどうか分からない、幸福かどうか分からないけど、
たぶん最も楽な思考であると思っていたと思います。
それはうまくいかなかったっていう話。
私は経営学部という学部に進学したんですよ、学部の時。
でも積極的な選択ではなくて、
経営学部を通じて、
私は経営学部という学部に進学したんですよ、学部の時。
でも積極的な選択ではなくて、全然。
何を学ぶか、どういう学問の詞に進むのかっていうことをベースに、
高校生の時に人と会話をしたことがほとんどなかったと思うし、
先生たちともそんな話は全然していない。
というか、先生は忙しいから、
一人一人の生徒の興味関心を育むところは自分でやらないといけない、当然。
自分でとか家庭でとかやらないといけない。
今はすごく情報が溢れていると思いますけど、
33:08
そういうことはできていなかったので、私は。
みんながどういうふうに選んでたのかわからないけど、
でも大学によっていろんな取り組みをしているとか、
ここではこういう取り組みをしているとか、
こういう先生がいてこういう研究室があるとか、
そういうこととかはもちろん考えたことがなかったです。
偏差値と学費と場所。
場所っていうのも大きかったし、
何の話だっけ。何が言いたかったんだ。
今これぐらいの点数だから、もしとか受けて、
今このままいけばこのくらいの学校でしょうっていうやり取りをして、
ただもうちょっと頑張ったらこれぐらいまでいけるよとか。
完全に偏差値ベースでね。
滑り止めというか第2候補、第3候補みたいな。
まあまあこの辺にしとけばいいんじゃないかみたいな。
そういう感じでね。
で、学部はどうするみたいな。
文系の学部でここだったらこういうのがあるけどみたいな。
そんな感じだったんですよね。
私の中で多分さっき録音できてたかわからないですけど、
大学への認識が食料訓練校だったんですよ、本当に。
だから食料につながるものでないといけないと思っていて。
少し興味がある学部があったんですよね。
高校生の時。心理学部なんですけど。
ただそれを食料につなげようと思ったら、
どうやら大学院まではほぼほぼいるみたいな。
36:04
その私調べ、当時の私調べで。
あ、じゃあないわって思って。
私のあれには資格がないわと思って。
必ずしもその食料につながらなくてはいけないみたいな。
もちろん今は思ってないですよ。
思ってない。
けど当時はそう思っていたから。
理系の2年生の段階でも文系という振り分けになっていたから、
理系の学部は当然選べないし、受験の都合もありますし。
賢くもなんせ賢くもなかったので。
その成績的に。
経済学部は経営学部は小学部しか、
っていう感じのやつしか私は選べない。
選択の余地がないというか。
名のある食料につける人間だと思っていなかったというか。
本当にこんなことは言いたくないですけど。
金融関係で総合職でバリバリっていうパターンの子とか、
いわゆる総合職一般職の分かれ方をしている就職先で、
総合職で頑張っている大学の仲間とかっていうのはもちろんたくさんいるんですけど、
そのたくましいさというか大変そうなものに
適応できるという自信が全くなかったので、
それは選べないと思っていて。
そうなると、だから私がその食料選択としてできることって、
公務員もしくは一般企業の一般職、事務職。
特に名前のない仕事を、
それがダメということはないんですよ、もちろん。
やりがいはありましたしね、実際に。
そういうことをずっとしてきたわけなんですけど。
事務職って私すごく好きで、それはそれでいいんですけど、
ただそれしかないと思っていたので。
そうなると、なんか募金とかやるよなって。
39:05
めちゃくちゃ鼻開いて勉強大好きになって、
公認会計士とか、マックスそんな感じ。
経済系、経営系、その違いもわからないし、
勉強するっていう意識はほとんどなかった。
大学まで行っておいてなんですけど。
ただ流れに身を任せた結果、
兄と兄がいたっていうのも大きかったかもしれないですけど、
そういう区別を持って語られる、育てられ方っていうのは、
育てられ方っていうのは直接的に、
親に限ってという話ではないですけど、
社会というか育った環境の中で、
そういうふうになっていたし、
それが自分でもきっと一番楽な道だと思って、
自覚的なところももちろんあって、
その上でなんとなくやってきたって感じなんですよね。
だから自分の学力で、当時の学力でいけるくらいの、
なるべく偏差値が高いところを目指して、
経済経営小学部があるところに絞って、
っていうことをやったんですよね。
どういうふうにこうなってきたのかわからないんですけど、
さっき撮れてるかわからないですけど、
もっと読んどけばみたいなことを家族に言われたときに、
最近、今は無職生活の中で、
1日の中心は本読んだりすること、
飲み物飲んだり、本読んだり、
パソコン触ったりっていうのが中心なんですけど、
42:02
借りてくる本とか買う本のジャンルというか、
選んで手に取る本って、これから学ぼうとしているところに、
関係がないものの半分ぐらいはあるが、
ちょっとそのベースになるような、
ものっていうのが半分以上ぐらいかあって、
それってもちろん興味があって読みたいから手に取って読んでるんですけど、
それでやっぱり面白いなと思って、
そこからまた広がっていったりするわけじゃないですか。
ただ、なんかそういうふうに声をかけられたときに、
その声をかけられたときに、
私またちゃんとしようとしているというか、
勉強のためにこういう生活をしているのかと思って、
ちょっと悲しくなっちゃったんですよ。
なんか意味がわからないけど。
いや、そう、なんかまたそのレールに乗っかろうとしてるんだわと思って、
それで乗っかった上で準備をしているんだわ。
なるべくなんか世間の言うところのうまくいくようにしちゃってるんだわと思って、
ちょっとだけ悲しくなったんですよ。
でも悲しくなってすぐ後に、
いや、待てよみたいな。待てよ。
なんか今、当たり前ですけど読みたい本を手に取って読んでるんですよ。
だからまあ、じゃあ芸選びみたいなのもありますけど、
基本的には読みたいテーマの本とか、
そういう研究をしている人の、
興味がある研究をしている人が書いた本とか、
信頼している人が勧めている本とか、
そういうものを読んで、面白かったり、
45:01
たまにここはちょっとみたいなのとかがあったり、
いろいろするわけなんですけど、
だからちょっと待ってよってなって、
それでいいんじゃんってなったんですよ。
意味がわからないけど、ちょっとわからないと思うんですけど、
自分に興味関心っていうものがあるっていうことすら、
認めてあげれてないというか、
そういう次元の状態だったんですよ、たぶん。
だから、なんだろうな、
もちろん学ぶことに対しての準備みたいな側面はあるけど、
興味関心があるから、そういう状況になっているわけで、
ねえ、何?これは。
えっとね、そんな次元なんて思われると思うんですけど、
興味があるから読んでるんだっていう。
ああ、そうか、みたいな。
選んでいいんだっていうか、選べてるわみたいな。
選べて楽しめてるわっていう。
面白がれてるわっていう、
そういうことを少し悲しんだとすぐに思って、
なんか力抜けちゃいました。
全く悲しむ必要はなかったんですけど。
過去を嘆くことはあるけども。
これなんか話つながってますかね、いろいろ。
いっかつながってなくても。
なんか面白く感じたり、これを読みたいとか、
もっとこのことを強い衝動じゃなくても、
48:02
これってこれにも通ずるわとか、
このことについてもうちょっと分かりたいなとか、
そういうことが興味とか関心なんだと思って。
結構衝撃だったんですよ。
現状に対しての衝撃じゃなくて、
どっちかっていうと過去に対しての衝撃ですよね。
めちゃくちゃ自分で縛り上げてきたっていう感じが
すごい分かってしまってびっくりしちゃいました。
もう30代になってしまったが。
あんまり強い興味とか、ものすごく大きな感動とかが
人に話せるほどのものがある感じじゃないんですよね。
と自分では思っているんですよね。
だからいろいろそういう感情性も低くというか、
性格もドライなところが結構強いなと思うし、
だから大きく心が揺れ動くような人とか、
そういう話とか体験とかを見聞きすると
羨ましいなという気持ちになるんですけど。
でもそこもグラデーションであって、
バリエーションがあるから、
今ちょっと言葉を適当に使っていますけど、
適切かどうかは分からないんですけど、
あるからいろいろ社会が成り立って、
生活もいろいろできて人と動画を知り合えたりする
っていうことがあるから。
また変な話になっちゃってますけど、
薄くてもいいし、小さくてもいいし、
51:06
何を選んだっていいし、
っていうことをやっと思えるようになってきたというか、
いろいろ自分で選んでいいし、
多分なんとかなるし、なんとかならなくてもなんとかなる
社会であるようにということを考えたいっていう話でした。
1時から職先期の修理業者さんくらいだけど、
そろそろ終わらないといけない。
そろそろ終わらないといけないというか、長いんですよね。
2回目の録音やってますもんね。
そう、なんかそんな感じでね。
なんか昔から言うじゃないですか。
興味があることとか、どうのこうのとか、
なんか言葉では聞いてたけど、
そういうのについていろいろ考えてしまった。
そういうこの長いようで短い家で過ごす期間に
思ったんです。
なんか大学生になってから、私もそうですけど、
比較的町の方に進学した人たちが、
その町で生まれ育った人と学校生活を共にして、
すごく文化のギャップを感じて、
すごく辛くなっていった人ってすごく多い。
少ないこういう関係の中でも多く見えていて、
高校のときはすごく派手で元気な
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グループの人たちだなっていう人も、
やはり同じようにその違いに
なんか打ちのめされていた側面もあったようなので、
そういうことが、またなんか別の話になっちゃってますけど、
いろいろ考えちゃいますね。
もう戻って、この辺に戻ってくることは私はもう出た後、
今のところもうないだろうなと思ってますけど、
何かこの今のような情報がすごく、
小さい頃からインターネットにも触れまくって、
いろんな情報、出社選択が大変という、
むしろそっち側に行っている世代だと思うんですけど、
いつかこういう、すぐこういう風に、
地域差とか文化の格差みたいな、教育格差とか、
いろいろそういうことを考えてしまう。
たまたまそういう属性を持った風に生まれて育ったので、
何か還元できる場所というか、機会というか、
何かあればいいな、作れればいいなと、そういうのは思います。
食洗機壊れてましてね、もう1ヶ月以上になると思うんですけど、
食洗機で食器をそれまで洗っていたから、
ずっとこの最近は手洗いをしているわけなんですけど、
実家でご飯を食べた後に食器を洗っていると、
今の生活での私の家での役割って少ないので、
自分のと親の食器とかを洗っていたりすると、
生活切符をもらっているみたいな、そういう気分になれて、
あくまで、自分にとっても実家ですけど、あくまでここは親の家であるから、
生活切符、食器を洗うことによって得ている気分になって、
それはそれでよかったなと思います。
実家生活、朝、というか夜更かしをして朝になってしまって、
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ちょっとお水を飲みに台所とかに来たりすると、
朝5時半とかですかね、6時ぐらいにご飯が炊き上がるようにセットしてあるので、
5時半とかぐらいね、台所がすごい炊きたてのご飯の匂いがして、
その炊きたてのご飯を食べることなく、私はそこから眠るわけなんですけど、
いい匂いだなと思います。
実家ってすごく食べ物の匂いがしている、常になって思う。
そうですね、そんな感じ。
最近、ツイッターで声をかけてくださった方がいて、
このポッドキャストって、その方はですね、
時間が大丈夫かな、これから学び直しというか、
私と同じように、多分この方は働きながらとかなのか分からないんですけど、
学校に進学、いろいろ言わないほうがいいか、
学ぶ機会を作るということを言われていて、
進学するというか、そういう選択をするきっかけとして、
このポッドキャストを聞いて、いろいろ受験のこととかを話したので、
そういうときのことを聞いて、それもきっかけとして、
あなたですということを教えてくださった方がいて、すごく嬉しかったんですよね。
だから、人からきっかけをもらったり、
それは友達であったり、一生関わることのないである若い他人だったりするわけなんですけど、
そういうふうにつながっていくことがとても嬉しいと思います。
時間が来ました。
では、しおり教授さんをお待ちしたいと思います。
長々と聞いてくれてありがとう。