まあ置かれた環境によりけりですよね。
環境によりけりといえばね、やっぱりね親御さんたち、
お父さんお母さんおじいちゃんおばあちゃんから言われたとしたらば、
それってあんまり否定できなくて、何でかっていうと、
ご家族はさ、子供たち思ってこそ言ってるわけで、悪気はないんですよね。
むしろ子供の幸せのためにアドバイスしているわけで。
こういったバリアーって私より強く感じたのが、
仙台に就職して住むようになってからなんですよ。
ちょっと私のことを語りますと、
生ぬるい環境で幸せに育ったんですねって言われそうなんですけど、
小学校1年生から私立で女子校出身なんですよ。
なので小1から大学卒業までですね、ずっと女子校女子大だったから、
こんなにもバリアーが世の中にあるとは知らなかったんです。
まあ痴漢に合うぐらいかな、バリアーというか、まあ犯罪だけどね痴漢ってね。
話戻すと、私の通ってた学校というのが、
信念徹底、自発創生、共同奉仕という理念がありましたので、
要は自分から自ら動いて、勉強でもスポーツでも芸術でも何でもいいから信念徹底、
つまり一度決めたことは頑張ろうみたいな教育方針だったんですよ。
だからね、めちゃくちゃメンタルの強い行動力あって当たり前女子が多かったんですね。
簡単に言うと元気いっぱいな女子たちに囲まれて生まれ育ちました。
そういった環境で育ちましたので、
いい意味で女だからこうしなさい、ああしなさいっていうのがほぼなかったですね。
特に学校の先生や友人たちからはなかったですね。
実家の方がちょっとだけあったかな。
特におじいちゃんおばあちゃんからしたら女の幸せというのは、
結婚して子供が生まれて、専業主婦として平和に楽しく暮らすみたいな。
それが一番の女性の幸せ。
でもそれはまたしょうがないと思っていて、
おじいちゃん大正生まれだし、おばあちゃんは昭和2年生まれかな。
ちょっとおばあちゃん若いんですけど。
でもそんな祖母はいい名付けで祖父と結婚しているので、
もう恋愛なんて知らないし、高校には通わせてもらったけれども、
いい名付けがいるからっていう理由で修学旅行を行かせてくれなかったんですって。
その父方の祖父母と2世帯同居の実家だったので、
母も学校の先生だったんですけれど、
結婚と同時に父に仕事を辞めてくれって、専業主婦になってくれって頼み込まれたから、
辞めちゃった人なんですよ。
ただ、綾坂さんは自分で望んでそういう男社会である、
しかも女子アナというちょっと特殊な職業を選んだんでしょって言われてしまえば、
はいそうです、なんですよ。
でテレビ興味ない人とか、今の若い方はご存じないでしょうから説明すると、
当時ね、20年くらい前、女子アナブーム真っ只中だったんですよ。
フジテレビで言ったら高島彩さんとか中野美奈子さんとか、
もう大人気アイドルとか同等ぐらいの知名度の高さとか扱いでね、
もう週刊誌とか雑誌でね、好きなアナウンサーランキングとか、
バンバン企画が組まれるようなそんな時代だったんですよ。
SNSとかないからね、当時ね。
ちなみに女性向けのファッション雑誌とかで女子アナ特集組むと、
つまらなかった記事に大体ワースト1になるぐらい、
同性には嫌われてたっていうのが20年前なんですよ。
だから今のね、田中美奈美さんとか森霞さんが、
同性からの支持があるっていうのはね、
私たち世代からすると、あー時代が変わったなーって思いますね。
そう、同性から嫌われる職業っていうのは、
当事者本人たちも知ってましたよ、分かってました。
分かってても目指したんだね、人気職業だったから。
で、一部のそういう激烈に人気のある知名度の高いアナウンサーを除いては、
女子アナ30歳定年説っていうのが当時、
まあまことしやかに広まっていたわけですよ。
で、これはね、私はね、感じましたよ。
若さこそ価値がある、みたいなのは実感しましたね。
自分が20代だったからまださ、なんていうの、いい思いっていうかおいしい思い、
簡単に言うとチヤホヤされるとかさ、ありましたよ。
結構ね、あからさまだったと思います。
で、そんな20代の私も、永遠じゃないなっていうのをさすがに気づくんですよ。
25、6で。で、一番チヤホヤされている時期だけれども、
ちょっと上のね、30とか30超えたぐらいの多極の先輩とか、
私は仙台にいましたけど、全然東北ではない他の地域の30超えた先輩、女性アナウンサーとかが、
もうこの先どうしよう、みたいな感じで身の振り方を考えてるんですよ。
それが契約が切れるからとか、そういう人ももちろんいらっしゃったけど、
正社員でもだったんですよ。正社員でももう30超えたらあんまり仕事なくなっちゃうし、
仕事なくなるっていうのはあれね、番組を外されるってやつね。
辞めようかなとか、フリーになって東京帰ってセントフォースのオーディション受けようかな、みたいなのが流行ってたんですよ。
そうで今喋ってて思い出したんですけど、なんで女子アナ30歳定年説が生まれ出したのかっていうと、
つまりそのお二人はパイオニアとなってくださったわけなんです。
そういうね、女子アナ30歳定年説が広がっているあの時期に、よくぞ辞めないという選択をしてくださったなと思いますよ。
やっぱり何だって先駆けの人って大変じゃないですか。おそらくね、裏でいろいろ言う人はいたと思いますよ。
でもね、本当にこのお二人のおかげで仙台放送って、今や既婚者でアナウンス部にいるっていう人、珍しくないんですよ。
それは他局もそうね。もちろん時代の流れもあるけれども、どの局にもそういうね、先駆者となってくださる先輩たちがいらっしゃったんですよ。
前例のない生き方をする人って本当に大変だったと思う。
多分これはアナウンサーとか放送局だけじゃなくて、いろんな業界、いろんな職種で起きてたんじゃないかな、この20年の間で。
もう時効だろうから、15年ぐらい経ってるから言っちゃうんですけどね、その2人パイオニアとなってくださった先輩アナウンサーがいるって言ったじゃないですか。
そのうちの1人が2人目お子さん妊娠された時があったんですよ。
おめでとうございますと公に発表になって、つきましては2度目となりますが、もう1回産休と育休を取らせていただきますみたいなのが、
部会かなんかで発表され、そして社内中に司令渡る時があったんですよ。
私ね忘れられない悪口があってね、その頃夜勤でねパソコンに向かってなんかこう言語を書いててパチパチ打ってたんですよ。
そしたらね、男性社員が来て、ちなみにこの男性社員はアナウンサーではない人です。
その男性がね、すっと私の横に座って、
早坂どう思う?2人目はないよなーって言ったんですよ。
は?って言いましたよ先輩に向かって。
は?って言うしかないでしょ。
明らかに悪意のある言い方で2人目はないよなーって。
もう何言ってんだこの人ってなったんですけど、さすがにちょっと先輩だったので、
今だったらね、もうちょっとね、何言ってんですか?から始まって論破できるんですけど、
いやいやそこおめでとうでしょって思いながら、
え?なんでですか?って聞いたら、
いやアナウンス分もさ、1人かけたらシフト組むの大変じゃない?いい迷惑でしょ?って言われて、
いやいやいやいや、おめでたいことですよ。全然迷惑じゃないんですけど、
くらいの抵抗はしました。
そしたらニヤニヤって笑って去ってったんですけどね。
でもその人、嫌味というか悪口を結構ストレートに言う人で有名なので、
その行為もいろんな人にやってたらしくすぐ広まってました。
今だったらね、令和8年の今そんな2人目はないよなーなんて言ったら、
もう速攻で人事とか総務部に緊急連絡ですよね。
10年以上前の話ですからね。令和の現在はだいぶ改善されているはずです。
ただ私自身のことではないけれど、女だからこんな風に言われるんだなっていうバリアエピソードの一つですね。
この話私ね、公にするのは初めてなんです。
なぜならフル相悪く言うってあんまり良いことじゃないでしょ?
だけどね、やっぱりちょっと許せないことだから言っちゃった。
せっかくこのバリアというテーマをね、ひよけんさんが勇気を持って掲げてくださったので、
ちょっと勇気を持って体験談を披露しました。
ここまで女性だからのバリアのエピソードをご紹介をしてきましたが、
まあどうしてもね、私自身が女なので、女性なのでそうはなるんですけど、
一つだけ男性に関するバリア思い出したんですよ。
これもね、先代放送時代の話ね。
男性アナウンサーのお一人が育休を取得したいっていう風に名乗り出たらしく、
まあ決定しましたっていうことで、我々後輩たちにも知らされたんですよ。
その時に私も含め、え?なんで?って社内中驚いてました。
そう、このなんでってこういうことです。
男なのに?男性なのになんで育休取るの?ってことです。
当時ね、まだまだ世の中に男性の育休取得って広まっていない頃なんですよ。
テレビとかでもまだそういった特集とか、あんまりっていうかほぼ見かけなかったかな。
今でこそ男性の育休取得がなかなか上がらないとか、これだけ上がったみたいな特集コーナーとかね、
テレビだったりYouTubeだったりSNSだったりでピックアップされるかもしれないですけど、
全然男性の育休というワードが世の中に回ってない頃の話なんですよ。
これって完全にバリアを作ってしまう側になってたんですよね。
そうでしょ。男なのに育休を取るのっておかしくない?ってみんな口にはしなかったのに、
え、男性なのに取るんだ。へー珍しいね、みたいなものの言い方をしてたんです。
で、その男性アナウンサーってものすごいこうみんなからね、信頼されて頼りにされている人だからこそ、
え、あの人いなくなったら大丈夫かな?みたいな不安もあったんですよね。
だから、え、1年いなくなっちゃうんだ。どうするんだろうね。大丈夫かな?ハラハラっていう意味もあって、