-
-
Kanta
いろいろやってきたなとは思ってますね。
ひとし
確かにね、なんか、多分僕がこのティーチャーティーチャーの活動とか、ティーチャーティーチャーのコミュニティに関わり始めたのが、
去年の春ぐらいですよね、多分。
Kanta
あ、去年ですね、そうですね。
1年半前のってことですね。
ひとし
そうです。
で、去年は割と1年生き残れるのかみたいなのがけっこう大きなテーマで、一緒に話してる時によくあったなって思ってたんですけど、
で、今年、なんか多分、余裕がある状態ではないんだろうなっていうのが横で見ててもすごく思うけど、
なんか、存続できるかできないかみたいなものが主要なテーマというよりは、どう、なんていうのかな、発展させていくのかみたいな話を、
はるかさん、ひとしさんがよくしてたなーみたいな印象はありますね。
なるほど。
だから今、なんとか生き残れましたっていうのを聞いて、あ、確かにそうだよなーって。
全然そんな感じではありました。ギリギリなんとか生き残るぞっていう感じの頑張りをずっとしてはいました。
どうですか?なんか僕、自分の経験でいくと、会社始めた時、起業したての時って本当に毎年毎年、
なんか生き残れたなーって感じだったんですけど、で、それ今でも変わってないっちゃ変わってないんだけど、
まあなんか死なんだろうみたいな感覚に、やっぱ2年目3年目徐々になってきたっていうのは正直あって、
で、まあカツカツだしギリギリだし先読めないけど、まあなんとかなるだろうみたいな楽観的な見通しを持てるようにだんだんなってきたんですけど、
ひとしさんどうですか?ティーチャーティーチャー2年目?3年目?2年目なんですかね?まだ。
Kanta
そうですね、この次の3月から3年目ですね。
ひとし
振り返ってみてはティーチャーティーチャーの2年目はどうでしたか?
Kanta
2年目は、
けっこうちゃんと営利活動好きになったっていうのがあります。
ひとし
それは大きいんじゃないですか?
Kanta
まあそうですね、ちょうど年末ぐらいの特別編を今日撮ったんですけど、あるかと。
もうすぐ出すやつを。
そこでもちょっと話したんですけど、なんか、
ひとし
今までやっぱ締め切りけっこう大嫌いだったんですけど、仕事でもなんでも。
Kanta
でも締め切りあるって幸せだなって最近思い始めて。
ひとし
どういうこと?
Kanta
いや、そんだけちゃんと納品物を求められる環境にあるって。
ひとし
あー、なるほどね。
めっちゃいいなって。
求められてるってこと?
はい。
Kanta
なんかちゃんと価値を出して対価をもらうっていうところも、最近はけっこうやってるんですよね、ちゃんと。
ひとし
ちょっと僕もなんか全部の活動にキャッチアップできてないんで、
まずなんかどんなことやってるのかを一回整理したいんですけど、
ティーチャーティーチャーの本編とは別に、あれですよね、
広告費みたいな形でお金をもらってポッドキャスト制作を一緒にやるとかプロデュースするみたいなことを
ティーチャーティーチャーとして受けてやってるんですよね、最近。
Kanta
そうです、ただそれはかなり単発のプロジェクトみたいな感じで、というよりは毎月ちゃんと頂きながら関わるっていう関わり方を色々してて。
ひとし
なるほどなるほど。
Kanta
そうです、ポッドキャスト制作のフービーでもそうだし、もともと新卒で入ってた会社とかもちょっと関わってたり。
あと、とある方のビデオポッドキャストの制作の割と裏側全部みたいなところをやったり、
ひとし
なんかそういうのをやってますね、最近。
ティーチャーティーチャーのコラボ番組みたいなのっていくつかあったじゃないですか、今年やってたのは。
そういうものだけじゃなくて、本当に純粋なポッドキャスト制作業務みたいなものを受け負ってやってるみたいなのも裏でやってたりするってことですよね。
Kanta
そうですね、そういうのは、そういうのがしっかり価値出せて楽しいなって瞬間が起こる。
ひとし
なるほどね。
Kanta
ってやつです。
ひとし
なんかそれって変化としては、今まではそういう仕事に対してどういう気持ちだったんですか?
Kanta
うーん、確かにな。確かにな。
なんかもうちょっと、そうか、資本主義に馴染んできたっていう感じかもしれないですね。
今までパフォーマンスを求められるとかに慣れてない状態だったんで。
なんか、ティーチャーティーチャーのポッドキャスト自分たちで勝手にやったみたいに、めっちゃ好きなことでエネルギー注げること本気でやるから価値が出せるみたいな生き方しかしてなかったっていう感じなんですよ。今まで。
ひとし
今までは、だからそういう資本主義にのっとったビジネスとか仕事みたいなものっていうのは、なんだろう、プレッシャーだけ感じて喜びとか楽しさみたいなものがあんまり感じられないみたいな状態だったんですか?
Kanta
そうですね。そうかもしれないです。
それが、たぶん明確に自分がスキルを手に入れたっていうのもあり、この組織に対しては自分がこういう価値出したらさすがにそのいただくお金ぐらいのリターンは出せるみたいな感覚もわかってきたりしたって。
そこが大きいのかな。求められる基準を自分で理解できるようになってきたっていうのがあるかもしれないし、そこを超えれるって自信がある。
ひとし
なるほど。
Kanta
たぶんもともとはそんな超えれる自信もない、なかったんで、お金だけもらって頑張るけど結果出せなくて大変っていう状態だったんですよ。
ひとし
それはなんだ、申し訳ないみたいな気持ちになるんですか?お金もらうことに。
Kanta
そうですね。
ひとし
それが。
ちょっとこう、なんていうのかな。乱暴な言い方をすると、まあこんだけやったんだからこんだけもらって当然、当然というかこんだけもらってんだからこんだけもらうっしょみたいなのに対して腹落ちし始めたみたいな感じ。
Kanta
そうですね。逆もですね。こんだけもらうんだからこのぐらいのものを求められてるのはそれを超えようっていう。
ひとし
なるほどね。
Kanta
なんか確かにあんまりこんだけやったんだからこんだけくれよっていうよりはそっちかもしれないです。
相手の基準がなんとなくわかるんで、それは超えれるわって自信が持てるっていう感じかもしれないです。
ひとし
なるほどなるほど。
Kanta
じゃあ、ビジネスとか資本主義っていうよりは誰かの期待に応えるということに対してなんか自信がついてきたみたいな。
無意味されてますねどんどん。
意味というか言語化か。
言語化。
分析。
そうかもしれないです。
ひとし
で、その時の期待に応える時の対価としてお金っていうのがわかりやすい指標ではあるじゃないですか。
Kanta
はい。
ひとし
そこがすごくこう、なんていうのかな、調整できてきたみたいなことなんですかね。その感覚の。
価値みたいなものと対価みたいなものが釣り合っている感覚みたいなのが自分のなんか身体知的に獲得できてきたみたいなこと。
Kanta
そうっすね。いや、でも釣り合って、そこが釣り合っているとは感覚はないかもしれないですね。
ひとし
なるほどね。
Kanta
自分たちの今の活動にとって自分がこのぐらいしっかりお金いただくの大事って思ってるっていうところで、その数案件でいくらちゃんと自分が動いて生み出せてるっていう、なんかそこにある程度ティーチャーティーチャーの責任みたいなのを感じてそこの金額を定義してる感覚はあるんで、あんまお客さんとの対価、コスト感覚とかじゃないかもしれないです。
ひとし
なるほどね。
経営者になってきた感じですかね。
Kanta
いや、そうかもしれない。それによってなんか面白くない人間になってきたなみたいな感覚もあるんです。
ひとし
なるほどね。確かに自分もね、なんだろう、サラリーマンの時と、創業して1、2年目みたいな時と、従業員がいるとかの状態で、なんていうのかな、給料を払うみたいなことを前提とするみたいな状況、フェーズになった時で、
なんかそこの仕事を取るとか、仕事を継続的に作るみたいなことに対する感覚はけっこう変わってきたのは確かに今言われてみて思い出していて、やっぱりサラリーマンの時は仕事してる感覚あんまりなくって、
ひとし
自分がやるべきだと思う、やりたいと思うみたいなことと、会社がそれに対して会社の上司だったりを説得してやるみたいな、割とそのプレイフィールドとして会社を使っているみたいな感覚、仕事っていうのがその中でやることっていう感覚だったんですよね。
で、創業した1年目とかは従業員に雇わずに自分と共同創業者だけでやってたから、なんか自分らの食いぶち稼ぐみたいな、フリーランス的な感覚の延長線上で一応法人でやってますって感じだったんですけど、
何年目か忘れたけど、やっぱ従業員に雇ってちゃんと給料を安定的に払うみたいなことにコミットするってなったフェーズぐらいからは、なんか会社に仕事を持ってくる作るみたいなことに対する感覚は明確に変わったフェーズあったなって今振り返ると思ってて、
人々の話聞いててそれを思い出した。どう変わったか、なんだろうな。でもやっぱそれが責任感なんだと思いますね。
なんか自分を食わせりゃいいっていう時は、なんかダメならまたどっか就職すりゃいいやみたいな感覚とか。
Kanta
まあなんか食っていけないなら何とかなるっしょみたいな感覚やっぱあったけど、人に給料払うとかだと絶対稼がなきゃいけないラインみたいなのが出てくるじゃないですか。
ひとし
なんかそこに対してすごく、なんていうのかな、なんか責任をちゃんと感じられるようになったみたいなのはけっこう大きな変化だったなって振り返って思って。
Kanta
なるほど。あと家庭側へのその金銭的な責任もやっぱ大きくなるので、子供がいて妻が育休とってみたいな状態で、
本当金銭的な多分そこの、ちゃんとやろうっていう感じになってくるっていうことですね。
だし、そうですね、まあそんな感じかな。ちょっとなんかめちゃくちゃ資本主義やろうみたいな感じですけど、あのぜひ特別編もセットで聞いてください。そっちは。
そっちでいろいろ話してるんで、どっちもこのバランスが大事っていう話をめっちゃしてるので、その裏面と思って聞いてください。
ひとし
B面としてね。
でもまあ、どっちも大事だけど、それはそれで大事なことだと思うんですよね。やっぱり、なんていうのかな、やっぱりビジネスに限らず仕事をするって、
誰かと約束して、その約束を守るみたいなことを積み重ねでしか、信頼とかお金って発生しないじゃないですか。
でも、どうしても自分の趣味的な活動の延長線上みたいな感覚があったりとか、フリーランスで自分一人食わせればいいみたいな時には、
なんかその稼ぐみたいなことに対して、そんなにこう責任感を持てなかったりとか、なんかその、
稼ぐということを約束するみたいなものっていうのが、なんかこう一人だとなかなか、一人だったり、
Kanta
例えば結婚していてもパートナー側が別に自分は自分、自分のことは自分で食わせられるみたいな状況だと、
芽生えなかったなぁと思ってて。
ひとし
そうですね、その辺はだいぶ変化した気がします。
Kanta
どうですか?その変化は自分にとって心地いいものなのか、ちょっとなんかネガティブに捉えてる面もあったりするのかみたいなのって。
そうですね、でもそういう外圧っていうんですかね、外部からの責任感みたいなものによって、
ひとし
めっちゃスキルが高くなったりするので、
ひとし
めっちゃ仕事とか遠いところだと、週1配信続けるとかも多分その責任感で、やってたら発信うまくなるみたいなのがあると思うんですけど、
Kanta
それと近くて、どんどん仕事のクオリティやっぱ上がっていくなーって感じてて、
それは嬉しいというか、将来に対する安心感は芽生えるって感覚で。
ただ、やっぱその仕事モードになった時のひよったい効果を考えて、それに似合ってない時とかに、
やっぱネガティブな感情が発生してしまう。絶対にその場は楽しいのに、
自分のこの、自分がここに来てしまっているコストを考えたら、楽しんでいいのだろうかって思っちゃうみたいな、
人生としてはちょっと、不の感情が起きる場面がある。
ひとし
でも今話してて、やっぱ責任感はもともとあったんだけど、責任を負うっていうことに慣れてきたとかいうか、
受け入れられるようになってきたっていう方がしっくりくるかもしれないですね。
責任感って一人でも持てるじゃないですか。
例えば週一更新するとかって、別に誰とも約束しなくても自分との約束として持てるけど、
例えばお金をもらって週一更新しますってなると、責任がちゃんと生じるから、
責任感だけでやってないことになりますよね。
Kanta
確かに。全然、全然あれですよ。全てをやれてるわけじゃないんで、あれですけど。
だいぶ社会人には近づいてきたなっていう感じです。
ひとし
そういう責任を抱えるとか責任を取りに行くみたいな、
取りっていうのはその責任が発生するものを取りに行くみたいなことに対して、
少し前向きに捉えられるようになったみたいな話なのかなと思って今の話を聞いてます。
Kanta
そうですね。だいぶ前向きかもしれないです。
かつ、ちょっとトピック変わるんですけど、
なんか言語でプライベートでコミュニケーション取るのむずいなって最近思い始めて。
ひとし
どういうことですか?
Kanta
雑談とか難しいなって思って、人と仲良くなるのが難しい。
どんどん目的的なコミュニケーションばっかになっちゃって、
あれどうやって何も目的ないとき人と話してたっけってなるんですよね。
ひとし
なるほどね。
Kanta
で、今何の話をしようと思ったかっていうと、
それが仕事で一緒にマンモス狩り行くっていうのは仲良くなれるなっていうのは一個あると、
うまくマッチすればですね。
もう一個が非言語のボードゲームとか釣り行くとか、
食事でもバーベキューするとか、
なんかちょっと非言語で協通の体験して仲良くなれるみたいなものがある気がして、
そういうの好きだなって思ったんですけど、
今なんかの文脈でこの話をしようと思ったんですけど、
何でしたっけ?
ひとし
何の話でしたっけ?
Kanta
責任。
ひとし
責任を負うみたいなことに対してちょっと前向きになったみたいな話をしてましたよね。
Kanta
はい。前向きになりました。
あれそうだし、で、
かつ何で仕事楽しいかっていうと、
そういう人と仲良くなる機会って意外と少ないんだなって思ってる方。
ひとし
なるほどね。
Kanta
それが非言語の遊び体験か、
一緒にマンモスカリ行くかが一番僕最近マッチしてるなって思って。
うん。
分かる。
ひとし
分かるね。
僕もなんか、
ノーアジェンダでとにかくおしゃべりして仲良くなるとか超苦手だから。
なんかこう、
なんていうのかな、向き合う、対峙するコミュニケーションみたいなのって、
やっぱり、
すごいハードルというか難易度高いですよね。
Kanta
うん。
ひとし
でもプロジェクトがあると、
一緒にそっちの方を見てるから、なんか2人がこう正面から向き合うっていうよりは、
マンモスの方を一緒に見てるみたいな、横に並ぶ感じになるじゃないですか。
Kanta
そう、てかボードゲームとかも同じかもしれないですね。
うん。
そういうのもあって。
ひとし
あと話題が向こうから来るみたいになるじゃないですか、外側から来るというか、
2人の外側から話題が来てくれるから、
はい。
話すことができるみたいなのありますよね。
はい。
Kanta
というか、長くなったんですけど、
ひとし
もちろん価値はあると思うんですけど、
ひとしさん見てて思うのは、そこに喜びを生み出してるんだろうな、
Kanta
みたいなのがあると思うんですけど、どうですかね。
何が喜びなんだろう。
ひとし
なんか、新しいことを生み出すことを
プロデュースするみたいなことって、
ともすれば、
自分が何かを生み出しているというよりは、
人の熱量に乗っかっちゃってるみたいな、
大悪感を持ちがちかなと思うんですよね。
自分が生み出したいというよりは、
人が生み出したいものっていうのがコアにあって、
それがないと自分が機能しないみたいなことって、
例えばあったとしたら、
それってけっこう多い目に感じやすいシチュエーションだったりするのかなって、
自分だったら思ったりするんですけど、
そういうことじゃないんだなみたいなのは、
僕もけっこう似たところがあって、
例えば今やってる会社とか仕事とかも、
ぶっちゃけ中身何でもいいっちゃ何でもいいんですよ。
何でもいいっていうのは、本当に自分が価値を感じられなかったら、
もちろんモチベーションが湧かないんだけど、
どんな仕事でも誰かが一生懸命やってることって、
思いだったりビジョンだったりとか、世の中を良くしたいっていう気持ちがあるわけじゃないですか。
そこに共感をするところまで自分を持っていければ、
何にでも割と、
じゃあそれをどうやったら一番効率よくできるかなとか、
合意的にできるかなみたいなことをけっこう楽しんでやれるから、
中身別に何でもいいっちゃ何でもよくって、
何ていうのかな、一定度のラインを越えていれば、
何でも楽しめるみたいなのがあるんですよね。
わかる気がします。
何でも楽しめるし何でも面白がれる感覚はすごいあるから、
逆に自分の中から湧き起こる何かがあるかって別になくて、
それがすごく空虚な感覚も感じることはあるけど、
でも、
そういう生き方は、
それはそれであってもいいんじゃないっていうのも思っていて、
Kanta
なるほどな。
確かに僕もめちゃくちゃ、
最近特にそうだなと思います。
意味を理解して共感するっていうのは確かにできる。
確かに何でもいいんだろうなって思うんですよ。
同じ方向を見てワイワイするのが楽しいっていう感じなのかもしれないですね。
ひとし
数学でもそうです。
ただ、なぜそのマンモスを狩るのかに
自分が納得いってないと全然楽しめないけど、
そこに腹落ちしてたら、
Kanta
普通にマンモスじゃなくてもいいわけですよね。
そうですね。ただ、絶対に狩った方がいいマンモスがいるのに、
別の狩るとかちょっと難しいかもなとは思うんですけど、
多分ある程度どんなマンモスでも狩れて、
一緒にやる人たちと楽しくやれてればいいかもしれないです。
それはすごいわかる。
だからそこのマンモスを
できるだけ自分が社会にとっていいと思えることにしようと
しているっていう感覚です。
ひとし
わかる。多分けっこう僕はそこにすごい共感をするんですけど、
ティーチャーの活動ってやっぱり
社会禅みたいなところがベースにあるから、
自分の内発的動機、
自分の熱意としてその課題に
自分のオリジナルなものとしてその課題に取り組まないと、
取り組んでいるとみんなやっぱり思うじゃないですか。
はい。
でも、何か
必ずしもそうじゃなくて、
例えばハルカさんがそこにすごいパッションが持っていて、
それに自分も共感していて、
そのハルカさんがそれを実現していくことに自分の力を
加えるとすごいドライブするみたいなこととか、
それを一緒にやっていることがめちゃくちゃ楽しいみたいなことで
やっているみたいなことっていうのが、
僕はいいなと思うんですよね。
いい組み合わせなんだろうなと思うんですよね。
逆に会社とかでも、
ビジョンみたいな話をしたときに、
共同創業者が2人いて、2人ともそのビジョンを自分の
オリジナルなものとして持っていたりすると、
大きな方向は一緒なんだけど、細かいディテールが違ったりしたときに、
やっぱり喧嘩になるんですよね。
でも、誰かが持っているすごいクリアなビジョンに
一緒に乗っかって、一緒にそこを目指すみたいな
関係性だと、割とそこってあんまりコンフリクトしないというか、
語っていることと向かっていることと今やっていることみたいなのが
全部一致さえしていれば、けっこうずっと
うまく一緒にやれるみたいな感覚は
あって、そういう意味ではすごくいい組み合わせなんだろうな
というのを今話していて改めて思いました。
Kanta
なるほど。確かに。
僕、無理やり身づけしているのかもしれないですけど、
こういうすぐに利益が出ないソーシャル活動みたいなものを、
そこがしっかり利益が生まれていくような
コミュニケーションの中で、
そこがしっかり利益が生まれていくようになるっていう
このプロセスを探求したいみたいなモチベーションもあるので、
なんかけっこう、
確かにちょっと抽象的なもので、
僕はすごいワクワクしているかもしれないです。
ひとし
僕、自分の感覚は今やっている仕事とかもそうなんですけど、
やっぱりそれぞれそういうのがあるんですよ。
こういうことを達成したりとか、
こういうことができたらすごい良いと思うからやりたいみたいな。
やりたいことはけっこうその中ではあるんですけど、
それじゃないとダメなのかっていうと別にそんなこともなくて、
今この会社でこの仕事をしているから、
その中の自分が一番良いと思うことがこれで、
それには割とちゃんとパッションを持って取り組めているみたいな感覚があって、
仕事はどんなにどうなろうが、
それをずっと一生やり続けるんだみたいなことは全く思っていなくて、
そういう意味で別にやりたいことがないって言ってるんですね。
でも別にやってることはそれなりに楽しんでやってるし、
あれもやりたいな、これもやりたいなっていうディテールとしてたくさんあるみたいな感じなんですけど、