同じ話をする人々
今日引いたカードは、インジャと運命の輪。 インジャっていうのは、ハーミッド、ザ・ハーミッドでいいのかな?ザ・ハーミッドとウィール・オブ・ウォーチュンということで、インジャと運命の輪のカードを引いてます。
これがまた何を意味するかは、最後に共有したいと思うんですけれども、あの、話したことを忘れる人っていますよね。
まあ結構いると思うんですけど、同じ話を繰り返しする人っていうのがいると思うんですけれども、
自分の中ではすごい印象的なのが、大学院の時の指導教官ですね。
一応最初にお断りしておきますが、バカにしているわけでは当然なくですね。
その大学の指導教官も、後に大学の副学部長にまでなられた方なので、すごく立派な方で、もちろん知的能力も極めて高い方で、尊敬している、もちろん尊敬している人なんです。
大学院時代の時に、すごいこう、いつもおーっと思って聞いてたのは、ご自身が話したことを覚えていらっしゃらないんですよね。
ある日、何かの話をバーっとされて、あーそうかそうかと思って聞いて、
翌日ですね、また同じ話を初めて話すかのようにまた話をされるということが、
2日ぐらいだといいんですけども、2日でとどまらず、2,3日もしかしたらまた翌週にもみたいな感じで、
同じ話を何度も何度もされるという、しかも毎回すごい新鮮な感じで、ほぼほぼリピートされるということがあって、
これはどういうことなのかなと思って、年齢的なものなのか性格的なものなのかどういうものなのかなと常々不思議に思っていたんですけれども、
まあ、そういう人は、そこまでの人は身近にずっと横でずっと話を聞いてた人がそんなにいないということはあるかもしれませんが、
そこまでの人はなかなかその後も出会わなかった気はするんですけれども、
同じ話をするという人はいるし、自分自身もあんたその話前もしてたでって言われることが結構あるような気がします。
で、それはなんでそんなこと起きるのかなと考えるわけですけれども、
最近自分で録音して配信してるポッドキャストを車で流したりして聞いてることがちょくちょくあるんですけれども、
いつもではないですけれどもね、たまに聞いてることがあるんですけど、
なんかちょっと前も話した気がしますけど、
自分の声を自分で聞くっていうのは整うということなので、
整う整うと思いながらたまに聞いたりしてるんですけど、
この間自分の話を聞いててびっくりしたんですけど、
最初の2,3分聞いてて、イントロというか最初の枕的な小ネタを話してるのを聞いてて、
その後何の話になるのか全然想像がつかなくて、
すごい新鮮に聞けたんですよね。
ずーっと聞きながら、この話、こういうふうなネタ振ってるけど、
この話、あと何の話すんのやったかなーっていうことをずーっと考えながら聞いてたんですけど、
結局全然思い出せなくて、聞きながら、
おお、そういうことだったかと非常に新鮮な気持ちで聞けたという、
すごい自分でもびっくりするようなことがありました。
で、なんか同じ話をするというのと、
自分が話したことを思い出せないという、
自分が話したことを思い出せないから、同じ話をまたどっかでしてしまうんということなんだと思うんですけれども、
なんでそんなことが起きるのかっていうことを、
ポッドキャストの体験
常々不思議に思っていて、考えていたわけです。
今のところ、それであっているのかどうかわからんっちゃわからんのですけど、
たぶん、実際に口にして話す前に、いっぱい頭の中で考えているときにそういうことが多いのかなという気がしました。
ああいうふうに話してみようかなとか、こういう話をしようかなとか、
すごい脳内シュミレーションを、例えば10回やったとして、
それで実際にしゃべるのが1回やとすると、
たぶん脳みそ的には、頭の中で考えていたことなのか、実際にしゃべっていたことなのか、わからなくなっちゃって、
たぶんこれはまだ使っていないネタだから披露しちゃおうみたいな感じで、
またしゃべることになっちゃうんじゃないかなというふうに睨んでおりますが、
みなさんどう思われますでしょうか?
どう思われますでしょうかって言われても困ると思うんですけど、本当なんでなんでしょうかね?
逆に言うと、これ書き物としゃべる言葉は一緒なのかな?違うなのかな?
中島占さんの昔のエッセイとかを読んでいると、よく同じネタをまた書いてしまったって、
あの人は割と自覚的に書いてしまったということもあるし、
知らずに書いてしまって被ったのを見つけたみたいなのもありますけど、
逆に言うと、ほとんどネタを被らずに使う、
同じ話は繰り返さずに書く、
あるいは繰り返して書く時も意図的に書くということをされていたんだと思うんですよね。
そう思うとあの人は本当に頭のいいというか、記憶力のいいというか、
だいぶ切れ者だったんだろうなと今でも感心して思い返すことがあります。
それで無意識のうちに意図せず、
あるいは脳みそが混乱して同じことを繰り返してしまうみたいなことに近いと言えば、
テキストエディターというのがあると思うんですけれども、
自分にとってはテキストエディターというのがそういうのになるかと思います。
テキストエディターと何でこんなの繰り返しているのだろうと思いながら繰り返すというと、
エミュレーターですかね。
エミュレーターとテキストエディターに関しては繰り返し扱うことが多いような気がします。
先ほど言った忍者とザハーミットと運命の輪、
オイルオブフォーチュンの忍者の方は、
今日忍者が示しているテーマはテキストエディターということで、
テキストエディターの魅力
運命の輪の方の問いですね。
こういうふうな問いに答えるように喋ってみてねという指示はあなたが繰り返していることなんですけれども、
いつもなんですけど、カードを引いて話すことを自分でそういうふうにしているものの、
これうまいこと喋れるのかなと思いながら今喋っているところです。
まずテキストエディターというのがそもそも何かということなんですけれども、
テキストエディターというのは主にパソコンで使うソフトウェアアプリケーションですね。
テキストエディターと言われるものは、主にテキストを文字を書くことを目的とした、
文字を書くこと、文字を入力することに特化したソフトウェアです。
よく目にするようなソフトでいくと、近いものでいくと、Windowsに入っているのであればメモ帳とか、
Mac OSに入っているやつもメモ帳という名前だっけ、ノートという名前でしたっけ、
いわゆるメモ帳的なアプリがあると思います。
あとは微妙に違うやつでワードパッドとかいうソフトが入っていたりすると思います。
一般的にテキストエディターとかエディターというときには基本的には装飾機能がないもの、
太字にするとか文字を大きくするとか、一部だけ文字を大きくするとか、
文字に色をつけるとかということをしないで、本当にプレーンテキストって言ったりしますけれども、
本当にベタベタ平打ちの文字を打ち込むことに特化したソフトウェアというのが、
テキストエディターと呼ばれるジャンルのソフトアプリケーションになります。
このテキストエディターと呼ばれるジャンルのソフトウェアが本当に好きですね。
今はObsidianというマークダウン形式のテキストファイルを編集するということを
主目的にしたアプリケーションを一番使っていますけれども、
他にもいろいろ併用していて、併用しているのでよく使っているのはコットエディターですかね。
Mac OS専用だと思うんですけど、コットエディターというのを愛用している。
他に併用している、特殊な目的によって使い分けているのでよく使っているのがVSコードですね。
職業柄というか、そんなに極めていく方向では今ないので、
いつでも使えるようにはしているけど、そんなに使っていないという意味でいくと、
ビム系のビムと呼ばれるエディターがあるんですけれども、ビムも一応用意していますし、
あとはEmacs系のやつも一通りというか、Emacs系を使えるようにしています。
この辺り、名前を聞いたことがある人はふんふんそうそうとなると思いますし、
名前を聞いたこともないという人にとってはなのこっちゃという世界だと思うんですけれども、
なんでこれを、これというのはテキストエディターというのにすごく愛好しているかというと、
一言で言うと、やっぱり人類の英知の行き着く先というのを実際に体験してみることができるという意味で、
一番最先端を行っているものだと思うんですよね。
これはうまく説明できるのかしら。
ちょっと自分の個人的な体験みたいなところに戻って言うと、
一番最初にエディターに出会っているのは、大学生ぐらいか中高生ぐらいのときかな。
そのときはMS-DOSを使っていて、マイフェースとかいくつかエディターというソフトがあって、
なんでこんなの使うのかなというのを素朴に思っていたのが高校生時代ぐらいですかね。
中学生高校生ぐらいですかね。
大学でのEmacsとの出会い
大学になると、うちの大学はその頃はまだWindows 95が登場する直前ぐらいだったんですけど、
大学院に入るとメールが使える、eメールが使える状態を用意してくださっていたんですけれども、
そのeメールを使おうと思うと、当時E-MAX系のミューと呼ばれていたエディターを使ってメールを書かないといけないという、
今思うと結構ハードなというか、ハードコアな何だと言えばいいですかね。
車に乗ってみたい、買い物か何かに行きたいから車に乗りたいって言ってるのに、
外装とか何もないベアボーンのF1カーを急に渡されるみたいな感じですかね。
あるいは初めて料理をする人に、やっぱり基礎ができてないとお前には料理は教えられんって言って大根のかつら剥きをやらせるみたいな感じですかね。
今思うとすごいシビアな設定やり口だったと思うんですけれども、
多分人生の中で大体大学だけじゃなくて学校教育が何かうまく教育してくれたと自分ではあまり思ってない方なんですけれども、
教育ってそんなにうまいことやってないよねって思ってる方なんですけれども、
特に大学の中で一つだけ教育効果として人生に影響を与える非常に素晴らしい教育をしてくれたなと思うのは、
MUを使ったEmacs系のエディターを使ってメールをかけっていう縛りプレイですね。
無茶振りっていうのは人生で受けた教育の中で一番良かったんじゃないかなと思うくらい感謝してます。
Emacsの可能性と学習曲線
そのEmacs系のテキストエディターを使ってメールを書くということで、
メールを使ってみたいもので当時まだインターネットを使えるのは大学に行ったらタダで何本でも使えましたけど、
家からインターネットを使うっていうのはお金もかかるし遅いしあまり良いことなかったので、
大学でやれる良いことの一つはインターネットを自由に使うっていうこと、そういう時代だったと思うんですけれども、
インターネットを使いたさでEmacsの使い方とか覚え、
使いにくいというかすごい作法がいっぱいあって、使えるようになるまでにものすごい学習が要るんですよね。
ただ当時何をやりたいかまではわかってなかったんですかね。
どういう風に使えばいいっていうことぐらいまではわかるようになるといろんなことができるようにいくし、
Emacsが何をしたいのかっていうことを理解していくと本当に何でもできるようになっていって、
ちょっと当時の話なんかをすると単なる開講話になっていきそうな気もしますけれども、
およそコンピューターでできることというのはEmacsがあれば全部できるみたいな、
それぐらい何でもできるソフトウェア、アプリケーションがEmacsですよね。
Emacsの話からスタートしたのでEmacsの話で続けますけれども、
Emacsを作ったのはリチャード・ストールマンという超天才プログラマー、超天才ハッカーで、
その人がコンピューターを、自分自身がコンピューターをうまく使えるようにするための手足として
Emacsを開発する、作るっていうところからスタートしているので、
まあ何でもできるんですよね。
その何でもできる加減があまりにも広すぎて、
戸惑いとか学ぶべきこと、ラーニングカーブが急だって言ったりしますけれども、
学習することがすごく多いんですけれども、
一旦そのアプリケーションがやろうとしていること、あるいはリチャード・ストールマンがやろうとしていることということを理解すると、
その意図通りに使うことができるようにだんだんなっていく、
そういう感じのアプリケーションだったんですよね、Emacsっていうのは。
今でも使っている人たくさんいて、今でもそうだと思うんですけれども、
エディターの進化と日常利用
そういうタイプのソフトウェアなんですよね。
ソフトウェアというものの一番すごいところっていうか、
人類にとって初めての体験だと思うんですけれども、
そのすごいところって、誰かが一人できるようになると、
基本的には全人類できるようになるっていうところがソフトウェアの面白いところだと思うんですよね。
リチャード・ストールマンが、あるいはそのコミュニティ、すごくコンピューターをうまく使える人々のコミュニティにいる人たちが、
こういうことをしたいと思ったら、
こういうことをしたいなと思って、それができるようにしてくれたら、
それは極論を言うと、全人類がそのことができるようになるっていうことなんですよね。
そこにたどり着くまでの山が険しいというか、崖が深いというのかわからないですけど、
なかなかそこにたどり着く、誰でもたどり着けるわけではないので、
たどり着ける人だけが使えるという状態にはなっているんですけれども、
実際にはそうなっているんですけれども、
原理的には全人類がその恩恵に預かれるというのが、
テキスト、すごい人が作ったソフトウェアの特徴と言っていいと思います。
そういうすご腕のハッカーとかすごい人たちが、
自分の道具として磨き上げている道具っていうのがテキストエディターと言われるジャンルなんですね。
料理人、日本食の料理人が自分の手の馴染むように包丁を育て上げるみたいな世界だと思います。
なのでスーパーハッカー、すごい優秀なエンジニアとかハッカーは、
エディターを使いこなして、さらにすごいエンジニアとかは、
自分の手に馴染むようにエディターを育て上げて、
人によってはエディター自体を作って、
そういう世界がテキストエディターの世界にあるので、
テキストエディターのところをマスターすると、
本当に世界の中でも上積みの上積みの優秀な人が、
心血注いで作り上げた、
こんなことできるといいよねっていうのができるようになっている世界っていうのにアクセスすることができる、
そういうソフトウェアがテキストエディターと言えると思っています。
私がE-MAXを使っていたのって、もう20年、30年くらい前になるので、
その後、いろいろ右右曲折というか、人気の流行りスタリーなんかがあって、
今はVI系の発展系のビムとか、
ビムのもう少し使いやすくしたネオビムとか、
ビムの派生系が使われることが多いと思うんですけれども、
E-MAXにしろビムにしろVSコードにしろ、
そういうすごい人たちがすごいことを簡単にできるようにするために、
ノウハウを注ぎ込んだシリーズのエディターというのがいくつか種類があって、
その辺りをちょこちょこいじってみるというのは、
なかなか趣味として、あるいは趣味と実益を兼ねてやめられない面白い世界ですね。
ただ、これはビムでもE-MAXでもいいんですけど、
これを使えるようにするというには、
波大抵の努力だけじゃないと思うんですけど、
時間投入、学習コースであるとか、
あるいはそこまで学習したときに、
そんなにコンピューターを触るのかという問題がこれあり、
例えばプログラマーを書く人、プログラマーなんかはエディターに対して、
学習なり時間を投資して、絶対リターンの方が大きいと思うんですけれども、
そこまでシビアに入力しない環境であれば、
ビムとかE-MAXをマスターする学習コストと得られるリターンで考えると、
若干微妙なところがあるので、
どちらかというと趣味領域になっていくと思うんですけれども、
それでも、
世の中というかコンピューターというのは、
こういう方向に向かっていくんだなとか、
こういう風に使っていくっていうのを、
すごい人たちは考えているんだなということを感じるためだけにでも、
たまに集中的に勉強したり、本を読んだりして、
それだけでも結構楽しいというところがあります。
日常使いとしては、
ちょっと自分にとって本当にすごい良いエディター、
E-MAXかビム感になると思うんですけれども、
あるいはVSコードまで入れてもいいかもしれませんけれども、
そのあたりを普段使いするには、
ちょっと自分には過剰かなと思っているので、
メインは今Obsidianというエディター、
エディター機能はちょっと弱いので、若干の不満がなくはないんですけれども、
色んなバランスがいいという意味でObsidianをメインにしつつ、
エディターとして不足部分を感じるところに関しては、
コットエディターというエディターで補っているというような使い方になっています。
エディターというソフトを本当に結構好きなんですけれども、
好きでついつい色々探したり、
別のものを使ってみたりということを繰り返しているんですけれども、
これをなんでというところを上手く言葉にするというのは、
思ったより難しいものですね。
テキストエディター、もしくはテキストという形というのは、
また改めて注目されているなと思っています。
テキストエディターの再評価
というのは、最近のAI、LLMの発展・推進がありまして、
今LLMをものすごくいい感じにバリバリと使おうと思うと、
テキスト形式でプレーンテキストでやるのが一番LLMとの相性が良くて、
そういう観点でもテキストファイル、プレーンテキストなデータというのが
もう一回注目されているのかなという気はしていて、
ちょっと5年ぐらい前の感じだと、
テキスト主義みたいなことは本当にいいのかということを言う人がいて、
確かにそうだなと思わされることもあったんですけれども、
LLMが登場して、LLMにうまいこと動いてもらった方が、
働いてもらった方がいろんなことがうまくいくなとなったときに、
LLMとコミュニケーションするためには、
プレーンなテキストでコミュニケーションする方が人間は有利だなという風になって、
プレーンテキスト自体も再評価されているような印象を持っていますし、
プレーンテキストをバリバリ扱っていこうと思うと、
やっぱりテキストエディターというののお世話になるとすごく楽になるということで、
テキストエディター自体も再評価されているんじゃないかなという気がしますが、
これも自分の周りにはそういう人が多いので、
そう感じているだけで、
世の中全体の流れはそうじゃないのかもしれませんけれども、
わりとオブシディアン周り界隈だとオブシディアンからビムに行ったりとかですね、
わりとプレーンテキストを扱うためのエディターというものに注目度が、
以前から界隈というかプログラマー周りでは当然だったと思うんですけれども、
セミプログラマーというか専門のプログラマーでない人も
注目するというケースが増えているんじゃないかなという気がしています。
一つ肝心なことを言い忘れていましたけれども、
今まで言っていたような著名なテキストエディターというのは
基本的には無料で使えるものが多いです。
EmacsとかビムとかVS Codeとかコトエディターとか、
大体オープンソースであったりいう形で無料で使えるものが多くて、
そういう意味でいくと本当に無料でアクセスできて、
人類のテクノロジーなのか知恵なのか最先端、
すごい先までいくとどういうことになっているのかということを
手軽ではないかもしれないですけど、
あまりリスクなく買いまみれるという意味でいくとすごく面白い世界だと思います。
無料で奥の深さはほぼほぼ無限に深い、
多分一生かかっても追求できないであろうぐらいの深さがありますね。
この界隈ではビム盆栽とかEmacs盆栽とか盆栽に例えられたりすることがありますけれども、
手を入れ始めると無限に手を入れるところがあって、
これは延々にやることがあると。
ちょっと諸説というかいろんな条件付きで話をするので話を単純化しすぎてますけれども、
ソフトウェアエンジニア、プログラマーとしての腕のレベル、腕前を見る一つの目安としては、
どんなテキストエディターをどんなふうに使ってるかっていうのを見るとか聞くということで、
ある程度推測できる、結構推測できるところがあるんじゃないかなと思います。
一方でこれは絶対そう言えるという強い法則ではなくて、
例えばRebuild.fmによくゲストとして出られている広島さん、
テキストエディターの奥深さ
E-MAX派の人ですけれども、広島さんなんかは全然カスタマイズしないと、
全然手入れせずそのまま生のままでE-MAXを使うと言っておられて、
あの人はカスタマイズしない派であるんですけれども、
そういう人もいますけれども、それはそれで考えがあって、
哲学なり信念があってやってることなので、結構例外に近いのかな、例外でもないのかな、
カスタマイズしない派という人も一定数いるので何とも言えないところではありますけれども、
何が言いたかったかというと、無料で非常に奥深い、
無限に奥の深い世界を垣間見れるという意味では、
非常にスリリングなものがテキストエディターだというふうに私は観察をしています。
自分は全然本当に入り口どころか、
登山道に入るか入らないかぐらいのところで、
大山高いなと思って見てるぐらいのものなんですけれども、
それでもなかなか楽しい世界がここにはあると思います。
今日のカードは、ハーミートインジャーとウィールオブフォンチュン、運命の輪というカードで、
テキストエディターに関してあなたが繰り返していることって何ですか?
というテーマで話をさせていただきました。
想像以上に難しかったです。
でもちょっと面白かったです。
ショーノートなどなどは、
listen.style.p.tradio にあります。
過去のエピソードのリストと、それぞれのエピソードへのショーノート。
リンクとか貼ってありますので、ご利用ください。
それから、リスンが本体ではあるんですけれども、
そこからSpotifyとApple Podcastにも配信を始めまして、
SpotifyやAppleのPodcastでも聞けるようになっていますので、
使いやすいアプリとか、
すでに登録してアカウントを作っているアプリでお聞きいただければと思います。
入り口、玄関ページもショーノートに貼っておきますので、
ご利用いただければと思います。
それでは今日もありがとうございました。