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今回は1枚の絵画の世界にじっくりと深く入っていきたいと思います。
共有してもらった資料、これ17世紀オランダの巨匠ヤーコブ・ファン・ロイスダールの
「ワイク・バイ・ドゥールステーデの風車」の解説文ですね。いやーこれすごく面白いです。
ええ、素晴らしいテーマを選んでいただきましたね。
オランダ絵画のあの黄金時代を代表するまさに司法の一枚です。
そうなんですね。
アムステルダム国立美術館の、まあ言ってみれば顔とも言える作品ですよ。
正直この絵をパッと見た大印象って、うーん、なんだか曇り空で少し寂しげな風景画だな、くらいの感じだったんです。
はいはい、わかります。
でもこの解説文を読んでいくと、どうもそんな単純な話じゃないらしいなと。
まるでこの一枚の絵に、当時のオランダっていう国の自信とか核心、あとは自然への威敬の念みたいなものが暗号のように隠されてるんじゃないかって。
暗号ですか。ああ、いい表現ですね。まさにその通りです。
やっぱり。
この絵はただの風景画じゃない、ロイス・ダールが仕掛けた壮大な物語を読み解くための、まあ一種の招待状なんです。
招待状?
ええ、一見静かに見えるこの風景の中にどれだけのドラムが渦巻いているか、今日はその暗号を一つずつ解き放していきましょうか。
ぜひお願いします。では早速その暗号を解読していきたいんですが、まずこの絵について調べていて、最初にえっと思ったのが画面のほとんどが空で埋め尽くされてるってことなんです。
はい。
主役のはずの風車とか街よりも空の方がずっと大きい。画面の3分の2で空って、これすごく大胆な構図じゃないですか。
いや、面白いところに気づきましたね。今の僕らの感覚だと、例えばインスタグラムに写真を上げるなら、もっと風車によってぐっと大きく撮りたくなりますよね。
なりますなります。絶対にそう撮りますね。
でもロイス・ダールはそうしなかった。なぜかというと、この広大な空こそがこの絵の本当の主役の一人だからです。
主役がもう一人いると。
ええ。しかも、ただの青空じゃない。資料にもある通り、重厚で今にも動き出しそうな雲が渦巻く非常にドラマチックな空なんです。
確かに。
これは単なる背景じゃないんですよ。当時のオランダの人々が常に向き合っていた、雄大で時に脅威ですらある自然の力そのものを象徴する巨大な舞台装置なんですね。
ああ、なるほど。
国土の多くが海面より低いオランダにとって、天気とか自然というのは常に生活と死を分けるそういう存在でしたから。
ただの曇り空じゃなくて、自分たちの力ではどうにもならない巨大な存在のメタファーなんですね。
そういうことです。
で、その巨大な空と対峙するように画面の真ん中にどっしりと立っているのがこの風車。
周りの家とか木と比べてももう圧倒的に大きい、なんだか映画のヒーローみたいに見えてきませんか?
巨大な敵にたった一人で立ち向かう孤高のヒーローみたいな。
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ヒーローですか。
はっ、それは面白い見方ですね。
確かにこの風車にはそういう記念碑的な遺言があります。
ありますよね。
モニュメントというと普通、戦争の勝利とか偉大な王様を象徴するために建てられますよね。
でもここで英雄として描かれているのは日々の労働を支える機械なんです。
ああ、そうか。
ここがまさに貴族や教会ではなく、市民が社会の主役になったオランダ黄金時代らしい価値観の現れなんですよ。
王様じゃなくて俺たちの暮らしを支えるこの風車こそが誇りなんだと。
いやー面白いなあ。構図だけでもそんな物語が始まってるんですね。
ええ。
自然という巨大な存在とそれに立ち向かう人間の知恵の象徴である風車。
その2つの緊張関係がこの絵の骨格になってるわけだ。
おっしゃるとおりです。
水平に広がる大地と川、そして垂直にそびえ立つ風車。
このシンプルな対比が静かな画面の中にものすごいダイナミズムを生み出してるんです。
その構図が作り出すドラマをさらに盛り上げてるのがやっぱりこの独特の色使いだと思うんです。
資料の表現がまた素敵で灰色がかった白色の空とか、灰色がかった青色の川とか。
ええ。
正直言葉だけ聞くとすごく地味で、ちょっとうつうつな感じさえしますよね。
しますね。
もし鮮やかな原色がたくさん使われていたら、全く違うもっとのどかな絵になっていたでしょうね。
はい。
でもロイス・ダールはあえて色を絞った。
これなぜだと思いますか?
うーん、リアルさを追求したとかでしょうか。
オランダの天気って実際にこんな感じなのかなと。
それも1人ありますが、もっと深い意図があるんです。
これはトーナルペインティング、つまり一色画法と呼ばれる技法なんですが。
トーナルペインティング。
ええ。
映画で例えるなら、最新のCGを駆使したフルカラーの超大作じゃなくて、あえてモノクロで撮ったアートフィルムみたいなものなんです。
モノクロ映画ですか?
ええ。
色っていう情報をあえて制限することで、見る人は何に集中するでしょう。
ああ、光と影の繊細な動きとか、登場人物の表情の機微とか。
そう、画面全体の空気感とか。
ロイス・ダールがやったのもそれと全く同じことなんです。
なるほど。
派手な色を取り払うことで、我々はもっと別のものに気づかされる。
雲の隙間から差し込む光の筋の神々しさとか、水面のリアルな揺らぎとか。
そして何より、この風景に満ちている大気の質感。
大気の質感。
ええ、つまり少ししみり気を帯びた重い空気の存在感です。
なるほど。
色を減らすことで、逆に情報量が増えるというか、視覚以外の互換に訴えかけてくる感じですね。
まさに。言われてみれば、この絵をじっと見ていると、なんだか風の音とか、湿った土の匂いまでしてくるような気がします。
素晴らしい。
色彩を抑えることで、かえって世界が豊かになるなんて、逆説的で面白いなあ。
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これは、見たままを映すのとは全く違うアプローチです。
画家の内面にある風景、心象風景を描いているともいえますね。
はあ。
そして、この抑制の効いた美意識は、当時オランダで主流だったプロテスタント、特にカルバン派の執述豪献を重んじる気風とも深く結びついていました。
ああ、宗教とも。
ええ。南のイタリアやスペインのカトリック美術のような豪華絢爛さとは対極にある美学ですね。
なるほど。芸術のスタイルがその土地の宗教とか人々の価値観としっかりリンクしてるんですね。
はい。
その価値観が生まれたのが資料にあるオランダ黄金時代、17世紀のことですよね。海上貿易で世界をリードしていたと。
ええ。アムステルダムが世界の金融センターとなり、東インド会社がアジアとの貿易を独占し、莫大な富がこの小さな国に流れ込みました。
うーん。
その結果、豊かになった市民階級が新しい芸術の担い手、つまりパトロンになったんです。
そこで素朴な疑問なんですが、その黄金時代の富の象徴って他にもいろいろありそうじゃないですか。
ほう。
例えば、スパイスを満載した巨大な貿易船とか、商人たちの豪華な邸宅とか、なのになぜロイス・ダールは主役にカゼミルを選んだんでしょう。
いい質問ですね。
僕らの感覚だと、カゼミルってどこかのどかで牧歌的なイメージがあるんですけど、当時の人たちにとっては全く違うものに見えていたんですかね。
そこなんです。それこそが、現代の我々と17世紀のオランダ人の最大のギャップかもしれません。
ギャップ。
我々が抱く牧歌的なイメージとは真逆で、当時の人々にとってこのカゼミルは最先端のハイテクノロジーの塊だったんです。
ハイテクですか?あのカゼミルが?
ええ。例えるなら、現代の我々にとっての発電所や、あるいは、そうですね、シリコンバレーの巨大なサーバーファームのような存在です。
サーバーファーム。それはまたすごいジャンプですね。
でも、大げさじゃないんですよ。まず、オランダという国がどうやって成り立っているかを考える必要があります。
国土の4分の1が、海を堤防で区切って水を抜き、陸地にしたポルダーと呼ばれる間宅地なんです。
ああ、はいはい。
その土地から絶えず水を汲み出し続けないと、国が沈んでしまう。その排水作業を一手に担っていたのが、風の力を動力にするこの風車だったんです。
ああ、なるほど。国を守るための巨大なインフラそのものだったわけですね。生命線だ。
それだけじゃありません。小麦をかいてパンにする精粉、世界中に船を送り出すための木材を加工する製材、さらには油を割いたり、紙を作ったり。
ありとあらゆる産業がこの風車の力で動いていました。つまり、風車はオランダの繁栄を文字通り支えるエンジンであり、自然の脅威である水を克服し、その力を利用する人間の知恵と力の象徴だったんです。
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うわあ、その背景を知ると、この絵の風車の見え方が180度変わりますね。
でしょ?
ただの風景の一部じゃない。これは国家の誇りであり、オランダ人のアイデンティティそのものが、あの力強い姿に込められているんだ。
そういうことです。ロイス・ダールがこの風車を、まるで英雄の肖像画のように威厳を持って描いたのは、当時のオランダ人が抱いていた自負や力強さを表現するためだったと考えられます。
自然の力と対峙し、それを利用して国を築き上げたんだというプライドが、この一枚に凝縮されている。だから、豪華な船や邸宅よりも、この国の魂をより深く象徴するモチーフだったんですね。
最初に感じた、あの大きな空と風車の対峙する構図の意味が、ここで完全にふのききました。
おお。
あれは、オランダという国の成り立ちそのものを描いた壮大な序辞詩だったんですね。
ええ。そして重要なのは、ロイス・ダールは単なるドキュメンタリー作家ではないということです。彼は現実の風景を元にしながらも、要素を凸処選択し、再構成して、自身の内なる理想の風景を作り上げている。
まさに、さっきのモノクロ映画の監督の話ですね。ただ、目の前の現実を記録するんじゃなくて、光と影を操り、構図を決め、見る人の感情に訴えかける。
その通りです。
資料にも、見る人の心に響く風景画を製作したとありますが、まさに現実を描きながら、現実を超えた何かを表現しようとしている。
その通りです。だからこそ、この作品は単なる記録画ではなく、オランダ風景画を代表する傑作として、今もなお高く評価されているんです。
写実的でありながら、同時に非常に史上的。
史上的か。
ええ。現実のワイクバイドゥールステイでという場所を超えた、普遍的な美しさと感動がここにはあります。
史上的という言葉が本当にしっくりきますね。重たい雲、力強く立つ風車、静かな川面、その一つ一つが何か壮大な物語を語りかけてくるようです。
面白いのは、これだけ人間の意図書きや誇りを描きながら、絵の中にはほとんど人の姿が見えないことなんです。
あ、そういえば。
よく見ると、手前の岸辺に数人、天のように小さく描かれているだけ。主役はあくまで風景そのもの。
でも、人間が作り上げた風車や街並み、彼らが乗りこなす与党を描くことで、人間の存在を強く暗示しているんです。
この抑制の効いた表現が、かえって深い要因を生んでいるんですね。
なるほど。あえて人を描かないことで、逆に見る人がその風景の中に入り込んで、そこに暮らす人々の息遣いを想像する余地が生まれるわけですね。
いや、すごい計算だ。
ええ。見る人にただ物語を受け取らせるんじゃなく、物語の想像に参加させているとも言えるかもしれません。
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壮大な空に立つハイテクの象徴としての風車、色を抑えることで逆に豊かさを表現した光と大気、そしてオランダ黄金時代の埃が凝縮された一枚の映画。
いや、言葉を辿るだけでこの絵の持つ重層的な力がビシビシ伝わってきます。
最初に感じた寂しげな風景画という印象はもうどこかへ吹き飛んでしまいました。
言葉だけでここまで解像度高く一枚の絵を再構築できるというのは、我々にとっても素晴らしい体験ですね。
そして資料の最後に本当に驚くべき情報があったんです。これにはちょっと感動しました。
ほう。
なんと、この絵に描かれた空車は今も同じ場所に立っているそうじゃないですか?
そうなんです。もちろん400年近い年月の間に何度も修復はされていますが、モデルとなった空車は現存しています。
へー。
アムステルダム国立美術館でこの本物の絵画を見た後にユトレヒト近郊のワイクバイ・ドゥールス定例を訪れて、実際の空車と風景を見比べることもできる。
これは芸術鑑賞の最高の贅沢の一つですよね。
絵画の中の風景と現実の風景が400年の時を超えて繋がっている。歴史の連続性を肌で感じられるようで本当にロマンがありますね。
さて、ここまでこの絵に隠された多くの物語を解き明かしてきました。
自然の力とそれに向き合う人間の営み。その史上豊かな表現。しかし先ほども触れたようにその風景の中には人間の姿はほとんど見えません。
ええ。あくまで主役は風景そのものでしたね。
そこで最後に少し想像を巡らせてみてください。この絵は人間の知恵と労働の記念日を描いていると話しました。
はい。
では、その記念日の中で実際に働いている人物、つまり粉引き職人は今どこにいるんでしょうか。
粉引き職人。ああ、考えたこともなかったですね。
彼は今、空車の内部でゴーンを立てて回る巨大な歯車の音を聞きながら黙々と小麦を袋に詰めているでしょうか。
うーん。
それとも仕事の合間に外に出て、あなたと同じようにこの空を見上げ風向きを読んで、よし今日もいい風だと満足しているでしょうか。
ああ、それもいいな。
あるいは、この巨大な自然と自分が動かす巨大な機械との間で自分の存在の小ささを感じているかもしれません。
もしあなたがこの絵の中にその粉引き職人を描き加えるとしたら、どこにどんな姿で描きますか。
なるほど。
この絵が語る物語の続きを、ぜひあなた自身で紡いでみてください。