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2026-02-26 29:10

2026/01/28 アートカフェ・ブルーテラス

狩野永徳の作品

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ここは、八ヶ岳三陸のアートカフェ・ブルーテラス。
今日も、マスター夫婦とゲストの皆さんが、アートと音楽に包まれ、何やらワイワイ楽しそうに盛り上がっていますよ。
この番組は、大きな暮らしができる小さな家。
小沢スタンダード株式会社小沢建築工房の提供でお送りします。
皆さん、こんにちは。ブルーテラスマスターの伊藤です。
いかがお過ごしですか?
今週も、美術の話で一時を共にお過ごしください。
こんにちは、フローラさん。
こんにちは。
今日はですね、2人でですね、話を進めていきたいと思います。
さあ、華濃英徳が書いた、楽中楽外図、描文、植えすき本というのがあるんですけど、フローラさんご存知ですか?
いや、知らないです。
楽中楽外という言葉は、聞いたことがあるかと思いますか?
はい、わかりますね。京都の中と外ですよね。
戦国の武将が城楽するとか、その意味に楽って出てきますね、京都です。
それをですね、描いたものがですね、楽中楽外図というのがあるんですけど、多くはですね、両部になっています。
はい。
さあ、その中で代表的なものがですね、国宝にもなっています、華濃派の4代目党領のですね、華濃英徳が描いた作品があります。
今日はですね、その作品を見ていきたいと思います。
はい。
この英徳の書いたもの、植えすき本というふうに言われておりまして、山形のですね、植えすき博物館に肖像されているというものなんです。
綺麗ですね。
本当に豪華、絢爛というか、金をたくさん使ってね、たっぷり使って描かれてますけども、とてもですね、大きな作品です。
えっとですね、左右2つですね、2層ありまして、合わせると7.2メートル。
1つが3メートル60という両部、これが2枚あると、2層ってことですね。
非常に圧倒されてですね、カフェの中でですね、一度に見ることができないという。
二部に渡ってってことですね。
そうなんです。
ですからちょっと分けてですね、カフェの中でもわーっという中でですね、見てもらいたいと思います。
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また細かく描いてありますね。
そうですね。本当に細かく細部に描かれていて、
ちょうどですね、金色のね、なんかあの、これは雲のようなものがずっとあって、金雲のようなものがあって、そこでいろいろな場面に分かれているという。
雲、空からこう、俯瞰して見ている。
で、その間に、雲の間に見える今日の景色というか、様子を描いたという。
そういうことなんですね。
ですから、あの、今日のですね、中と外を描いて、そこに住んでいる人たちの生活の様子、それが描かれているわけですね。
今日ですから、一番上にいるのは。
そうですね、天皇陛ですね。
天皇陛ですね。
5章が書いてあるってことですよね。
そうですね、5章がですね、書いてありますね。
そして、その5章の中でいろいろなことが行われてます。
いろんな人物が描き込まれてますよね。
そうですよね。奥義さんですよね、結局は。
そしてその中では、何か祭事とかがされてますね。
そしてその外には、何かそれを見ている人というか、聞いている人。
そしてそれ以外の町にずっとですね、いろいろな人たちが描かれているという。
すごいですね、ちゃんと5章の中にも桜の木とみかんの木が書いてあって。
ですから、やはり5章がこういうものだということをしっかりとここに描いて示して。
そう考えると、本当にもうこの当時からの姿を今もとどめているんだなって。
そうですよね。
これをですね、描いた時代は、実際にはね、まだ戦乱の時代。
安土桃山ですから、室町のところからですね、会って安土桃山になって、非常に不安定でしたよね。
ですから、京都そのものは実際にこの絵のように整っていなかったそうです。
生活も非常に不安定な要素があったようですね。
じゃあ、栄徳はどうしてこういうものを描いたかというと、
今日の街がこのように平和にみんなが落ち着いて暮らせるようにという。
語尾も書いてあったんですね。
暮らしていける、これが理想だということを示す。
そういうことで描かれたということなんですね。
ですから、本当にそこに住む人たちですよね。
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天皇、それからクゲの存在があって、それからお寺、それから神社ですね。
それぞれの勢力があって、そして街のにぎわいですね。
結局お店があって、そこには商品があり、それを求める人たちがいて、それからお祭りですね。
本当に日常生活をそれぞれ描いているという感じですよね。
ですからこれを見ると、この時代の庶民も含めた全ての人たちが生活はこんな風にしていましたよという。
よく残ってましたね、これ。
そんな作品です。
ですから非常に視点を変えれば変えるところで、その生活、あるいはそこに暮らす人たちの様々なストーリーがその中に垣間見ることができるんじゃないかなという。
馬に乗っている人がいたり、お店屋さんの軒先で物を見ている人がいたり、
奥義さんのお家が映っていて、中の庭先にお姫様みたいな方がいたりとか。
そうそう。だからちょうど雲の上から見て、覗き込むようなね。そんなような絵なんです。
これを見るときっと、これはどこのお寺だとか、どちらの神社なんだとか、きっと分かるんでしょうね。
そうですよね。
ですからこの時代の中で、でもそういう生活があるんだけど、非常に実際には戦乱のようで不安定で、
でも、いつかこうなってほしいという思いですよね。
ですから政治も宗教も経済も文化も一体になって秩序ある都というもの、その理想がここに描かれているということなんですけども。
で、いろいろなところに目を向けてみると、例えばですね、このお寺とかですね、こういうお祭りをやっているという、出しがありますよね。
ああ、そうですよね。
祇園祭りですか。
そうですね。
そうですよね。ほら、いろんな方法が出ていて。
じっくりとね、一つ一つ見ていくと、お寺の前の首都高居とかですね、それから、あと川があってね、そこでね、魚を捕っているのかもね、そんなようなね。
そうですね。あそこで踏んどし姿の男の人たちが。
まあ、いますね。これね、こんな風にね、そうすると橋が。
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そうするときっと橋はどこの橋ってわかるんでしょうね。
そうですね。ここのところはね、ちょっとじっくりね、見ていかなくちゃいけないかな、調べなくちゃいけないかなと思うんですけどね。
でも本当にこれだけものが残っていると、この時代の生活様式とか、庶民の暮らしとか、何がどこにあったっていうのが、本当にこれ、記録としてもすごい素晴らしいものですよね。
そうですね。ですからちょうど今、大河ドラマでね、鳥取兄弟が始まりました。
この今月の初めにですね、何を見たいかっていうね、ことがちょっと話題にしましたけど、私は大河ドラマのカノーハの絵をなんて言ったんで、早速ここで引っ張り出してきたんですよ。
そういうことだったんですね。
そういうことです。でもそのカノーハの中で、非常にカノーハの大きな名をですね、広げ、知らしめたという存在の絵とかの作品なんですけども。
でもこれは私たちは映像で見てるんですけど、これ本当に本物は素晴らしいでしょうね。
そうですよね。先ほどちょっと触れましたが、植杉博物館、山形県の米沢にあります。植杉というとね、新潟ってイメージがありますけど、植杉がこの米沢に移って、
そこの生活をしながら、いろいろなですね、そこの文化を高めていったということがあるんですけども、ですから越後から米沢へということで。
そしてそこにある植杉博物館です。これはぜひね、やっぱりここでもまた毎回のことですけど、行って本物を見たいなと。
そうですね。こんな立派なものが残ってたっていうのも素晴らしいし。
そうですね。
この時代に1574年ですか。すごいこの時代にこれだけのものを描ききってるっていうのが細かく。
これがですね、結局描きたくても依頼者がいないと描けないんですよ。
これだけのものだからそうですよね。
いろいろなその時の背景の中で、やはり権力者によって依頼を受けたということなんですが、その作品が非常に権威の象徴なんですよ。
これだけの絵を、描くのは画家なんだけども作家なんだけども、それを描かせることができる財力と権力を持っているという。
そうですね。
ですから、そのような意味で、本当にこの豪華絢爛というか、作品があって、そしてこれを描くことができる、描くことを支持できるということが権力の象徴なんだという。
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それがなぜか上杉家に行ったということなんですね。
簡単に上杉家に行ったから、ここまで残ってたってこともありますよね。
そうですね。
これが例えば大阪城とか、安土桃山城にあったらば焼けちゃってなる。
これは本当に様々なものなんだけども、やっぱりここまで作品が残っているというのは、そういうところに行って守られていたという。
しかもかなり修復はされていると思うんですけど、完全な状態で残っているじゃないですか。
そうですね。
本当に美術的価値と歴史的背景を知るための情報量の多さ。
すごいですね。
これは文章として残っているというよりも、こういう絵として残っているということは、非常に記録としても、いろいろな解釈があるんだろうけど、その形として残っている、色として残っているというのは、すごい貴重な情報だなと思うんですよ。
でも本当にこの時代背景がよくわかるっていうのが、すごいこの時代の庶民の方たちの衣服とか、本当に奥義さんから代理まで書いてあるということが、すごい広範囲にわたっての情報量ですよね。
むしろ見ることで、いろいろな今との違いとか共通性とか、それでこんな姿があるということでいきますが、これを手がかりにしてまたいろんなことを調べることができますから。
これは本当に見てみたいです。
そうですね。いかにこの視覚的な情報としての価値があるか、それを強く感じるところです。
それではフロアさん、今日の音楽をお願いいたします。
はい、本日の曲はミシナサチさんの道国です。
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この曲はミシナサチさんの道国でした。
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前半はですね、この作品の大きさとかね、細かな部分とかいろいろ見てきて、すごいですねって思ってきたんですけども、
さあ、この加納衛徳が描いた作品、これは実は贈答用の品物だったという。
すごいですね。
贈答用。
どなたに贈ったんでしょう、どなたがどなたに。
そうなんですね。贈る主はですね、織田信長。
今ですね、タイ画で時の人ですね。
本当にそうですね。
その織田信長がですね、一般的には織田信長が加納衛徳にこういう絵を描いてくれと注文したと言われています。
ただ諸説いろいろあります。
定かではないけれど。
一番一般的なのは織田信長が描いた。それがですね、植杉本ということで植杉博物館にあるということなんです。
どんどんいろいろ研究がされているようです。
今それで受け手は誰かというと当然植杉博物館にあるわけですから、植杉謙信がもらったということなんです。
でもどうして植杉謙信に送ったんですかね。そこが不思議なんですよね。
そうですね。織田信長と植杉謙信の間にいる武将というと。
武田信明。
そうなんですね。そこなんですよ。
どうもですね、これだけの文化的なもの、将来今乱れている世が落ち着いて、こんな今日の街になるといいなという思いをメッセージとしてその絵にしたためて送ったわけですから。
ですから、そういう意味での2人で。
妥当だからですか。
力を合わせてこういう世の中を作りましょうと。そういうメッセージ、非常に外交的なメッセージがね、あったというふうに。
そうするとすごくこう、なんていうんですか、ただ単に手紙をしたためて、こうしたいからこうしていこうとか、口約束ごとだけではなく、もうこの要は上等品というか、送るもののそのレベルの高さというか、思いを本当に強く持って。
そしてかつ、この文化的な意味を理解できる相手として送っているわけですよ。
そうですよね。価値が分からないと。
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金銀を送ったほうが分かりやすいわけですよ。経済的にはね。あるいはその様々な今生活の中での豪華なもの、お宝を送るということはあるんだけど、こういうですね、作品というか、思いを込めた作品を送るっていうのは、それが分かる相手だ。
そうなると、織田信長のその教養とか、物事の考え方とか、相手に対するその尊敬、リスペクトしていますよっていう思いを伝える手段というか術として送ったって考えると、すごく知識人ですよね。
非常に短期で、常に行動して戦ってというイメージがあるんだけど。
歌舞伎ものって言われてたんですけど。
それが実はそういうものではなくて。
そういう面もあったかもしれないけども、それ以上にこういうものを作らせて、相手に送って自分の意思を伝えるという。
そしてその相手として上杉謙信。
上杉謙信に対してはね、大変ですね、そういう意味では敵に回したくない。
そしてもう武士としてはもう別格として非常にリスペクトしているという存在だったようです。
ですから、こういう作品。
その中にはね、宮古はすでに私の中にあります。
私は朝廷と宮古を守る存在なんですよ。
そしてあなたを敵とせず、秩序の外に置かなくて一緒にこの秩序を作っていきましょう。
というね、そういう思いがあるんではないかという。
またそういう視点で見ると、この屏風もすごく違って見えますね。
ただ豪華絢爛だけではなく、でも信長の描いた夢ですよね。
ですから武力ではなくてね、文化と秩序、法ですよね。
法の下で落ち着いた平和な宮古を一緒に作って。
そして文化の面に関してはあなたに任せたいというような。
そういう思いがね、この作品の中には込められているんではないかという。
これを改めて見ると、非常に意味のある。
また違った視点ですごく面白く見えますね。
そしてこの信長が描いたその今日の宮古の姿が、いずれ徳川家康によって具現化されるということですよね。
結局信長があって、秀吉がいて、そして家康があって、そして江戸時代が続くわけですから。
確かに争いのない時代が。
そうですよね。300年続いたっていう。
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そういう思いを信長が天下統一の先にはこういう生活、こういう暮らしがあることを理想として戦っていた。
でも本当に平穏な暮らしがあったからこそ、この日本の文化が花開いて、前にマスターが言った、日本がっていう国になったとは言っても、浮世絵とか町民文化、歌舞伎、そういうものが本当に一気に花が開いたっていう。
そうなんですよ。でもそれもそういう花が咲くためのもっと大きなものをここに示してあるからっていう。
そうですね。あの世があるからこそ文化が発展する、芸術が発展するってことですね。
そうなんですよね。だからやっぱり戦乱の世が決して良いものではない。ただ単に武士が権力闘争をして、自分だけの力を、自分の富を持っていなくて、そこに住む全ての人が幸せに暮らす。
そういう世を作りたいというところがあって、それを示したのがこの絵だというふうに捉えますよね。
そうするとなかなかこれはね、本当に信長という存在があって、それを受け継いだ家康まで流れ、そして家康以降の、そういうものにつながっていく。
そうですね。すごく面白いのが、その時代を生きた人たちが、本当にいろんな歴史のお話の中でそれぞれ登場人物として、どれだけスポットを当てても主人公になり得る時代を生きているっていう。
そうなんです。
すごく面白いなって。
そういう点ではね、ついつい大河の話ができますが、富々兄弟ながら、この絵を常に思い浮かべて、こういう時代をね、それぞれのところでその時その時のいろいろな権力だとか、特に欲望だとかいろんなものがあるにしても、全てはこちらに向かっているんだなっていうね。
でも見えない大きな力ですよね。それを野村が描いていたっていうのがすごい。
そうなんですよ。そういう意味ではね。
でも結局そう言っても、野村がもうその大使を抱きながらも、短命で終わってしまったっていう。でもその短命で終わったがゆえに次が出てこれたっていうのもあるから。
そういうことなんですよね。結局バトンはちゃんと渡されていくと。そのバトンを渡していく大きな構想図としてね、この作品っていうのがね、存在するんだなっていうのをね、感じるのね。
話をですね、カノー英徳にですね、京都の街をそのまま書くんではなくてね、京都にある様々なものを象徴的に組み合わせて、そして俯瞰できるように描いて。
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そしてまさしく語り合うというよりも、天下とは何かとか秩序って何かっていうものをそこに描かせたっていうことですよね。
またそれを描いたことができるカノー英徳という絵師の画力がね、すごいなと思う。
なんかもうちょっとこの、これを世界に目を向けて。
そう、まさしくね。
ちょっと考えていただきたい、アメリカの大統領とか、ロシアの方とか。
いやまさしくね、今に繋がることだと思うんですよね。
これを京の都ではなくて、世界、地球というふうに考えれば、この絵はね、特に今、ますます生きてくる、光ってくる作品になるのかなっていうね。
意味合いがね、深いですよね。
そうですよね。
ですから、戦国時代にね、かわされた最も美しい外交の一つというふうに言われてる。
非常に文化的な共有の高さの中でかわされた。
ただ言葉で伝えるよりも、本当に目で見て感じて、美しさに感動する中で。
こういう類似したものが100点ぐらいあるそうですけども。
そうなんですか。
と言っても、ぜひこの植杉盆といわれる落中、落外、図、屏風、ぜひ本物を見たいなと、そんなふうに思っております。
美は見る人の心の中にある。マスターの伊藤でした。
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