5月と聖母月
とまぴーのポッドキャスト
こんにちは、とまぴーです。
この番組は、修道院の暮らしや教会のこと、そして日々思っていることを、修道士のとまぴーがお話しするポッドキャストです。
5月になりました。
カトリック教会では、5月は聖母月と呼ばれていますね。
マリア様の月です。
教会によっては、マリア像の前に花が飾られたり、マリア祭が行われたり、なんとなく教会全体の空気も柔らかになる季節です。
実はですね、前回のポッドキャストで、うちの聖パウロ修道会にも是非、なんて半分冗談みたいに話していたんですが、その後、なんと新しく2人の日本人の志願者が入会しました。
もちろん、このポッドキャストの影響かどうかは、まるでわからないんですが、
でも久しぶりの日本人志願者ということで、素直に嬉しいなぁと思っています。
多分これから思っていたのと違った、みたいなことも多分いろいろとあると思うんですよね。
修道生活に限らず、学校でも仕事でも、だいたい最初のイメージ通りには行かないので、
でもそういう時期も含めて、少しずつ自分の歩き方を見つけていけたらいいなぁと、かげながら応援しています。
さて、そんな5月なんですが、カトリック教会では、聖母月と呼ばれる特別な季節を過ごしています。
でもこれ、カトリックの人には、なんだか当たり前すぎて、逆に説明したことがないかもしれません。
そもそも、なぜ5月が聖母月なのか。
実は聖書に5月は聖母月と書いてあるわけではないんです。
紀元は、中世ヨーロッパくらいまで遡ると言われています。
5月って、花が咲いて、自然が一番美しくなる季節なんですよね。
なので、この美しい季節をマリア様に捧げようというような信心が、少しずつ広がっていったそうです。
だからある意味、季節の感覚なんですよね。
日本でも桜を見ると、春が来たなぁと思いますよね。
それに近い感じで、5月になると教会では、ああ、聖母月だなという空気になります。
あとこれも面白いんですが、世界のマリア様って、実は結構顔が違うんです。
例えば、メキシコのガダルーペの聖母は褐色の肌、ベトナムだと青ざい姿のマリア様もあります。
アフリカでは黒人の聖母像もあります。
つまり、その土地の人たちに寄り添う姿に自然となっていったんですね。
だからマリア様って、遠い理想の存在というより、あなたのそばにいる人として大切にされてきたのかもしれません。
教会で傷ついた経験
ただ、これは正直に言うと、マリア様が苦手という人もいます。
優しすぎて苦しくなるとか、完璧すぎて近寄りがたいとか、
あるいは、教会の中で傷ついた記憶と結びついてしまった人もいます。
実は今回そんなお便りをいただきました。
トマピーさん、こんにちは。いつも拝聴しています。
私は10年ほど前のクリスマス、教会でつらい経験をして以来、教会へ行くこともお祈りすることもやめてしまいました。
当時、若い人たちに報酬を譲るべきと、年上の神徒の方から強く言われました。
主任司祭にも相談しましたが、助けてもらえたとは感じられず、とても悲しい思い出になっています。
今でも怖くて、教会へ行くことができません。
お便りありがとうございます。
これは辛かったですね。
しかも、クリスマスの記憶と結びついているというのが、なおさら苦しいだろうなと思います。
教会って、本来は安心できる場所であってほしいんですが、残念ながら人が集まる場所なので、時々人によって傷つくことがあります。
しかも、相談しても助けてもらえなかったというのは、かなり孤独だったと思います。
なので、怖くて行けないという感覚は、無理もないことだと思います。
教会の中では、報酬とか善意とか熱心さとか、そういうものが時々人を追い込んでしまうことがあるように思います。
でもイエスは本来、傷ついた人や疲れた人を追い出す方ではなかったと思います。
だから、もし今、教会に戻れなくても、祈れなくても、神様まであなたから離れてしまったわけではないと私は思います。
今は無理に何かを頑張ろうとしなくていいと思います。
まずは、安心できる時間や、心が少し休まる瞬間を大切にしてください。
修道士としての思い
そして今回はもう一つご紹介します。
トマピーさんへ
トマピーさんを見ていると、まるで自分自身を見ているように感じます。
楽しい時も、つらい時も、いろいろな経験を通して自分探しをしてきました。
現在修道士として生きているトマピーさんを見ていると、どこか羨ましく感じることがあります。
セイパール修道会の皆さんの動画を見ていると心が和みます。
自分もその中の一人だったら、どんな人生だっただろう、そんなことを思う時があります。
トマピーさん、いつもありがとうございます。
というメッセージをいただきました。ありがとうございます。
あんたか照りくさいです。
ただ、以前のポトキャストでもお話ししたように、修道生活も思っていたのと違うことの連続だったりします。
人間関係もありますし、地味な作業もありますし、もちろん日々悩むこともあります。
でも、だからこそ完璧な人たちの世界ではないんです。
むしろ、不器用な人たちがなんとか一緒に生きている場所という感じかもしれません。
だから、もし動画を通して少しでも心が落ち着いたり、ほっとした気持ちになっていただけているなら、本当に嬉しいです。
教会って時々人を傷つけてしまう場所にもなったりします。
でも同時に、誰かの心を静かに支えている場所でもあります。
今回のおたりを読んでいて、その両方を感じました。
聖母月って、完璧な人になる月というより、傷ついた人や迷っている人をそっと包み込む月なのかもしれませんね。
最近、ポッドキャストのサムネイル画像がちょっと変わりました。
AI生成イラストと番組告知
ついに顔出しですか、みたいなコメントもいただいたんですが、実はあれはAIで作ったイラストです。
自分の実物写真を一応アップして、ポッドキャストをしている感じのイラストにしてくださいってお願いしたら、あの姿になりました。
なので、トナピー顔出ししたんだと思われた方、ごめんなさい。
はい、限りなく本人には近いんですが、ちょっとAI補正が入っています。
でも最近のAIってなんかすごいですよね。
自分っぽさは残っているのに、ちょっと理想よりちょっといい感じになるというか、
もしかしたら、ものすごーく調子がいい日には、あの顔になるかもしれません。
最後にお知らせです。
このポッドキャストはApple、Amazon、Spotifyなどでも配信しています。
良ければ番組のフォローや感想をお待ちしています。
そしてお便りはマシュマロから受け付けています。
ただ全てのお便りにお返事ができるわけではないこと、また個別にメールなどで返信をお送りすることは基本的には行っていません。
いただいたお便りは全て読ませていただいております。
今後の配信の中で大切に扱わせていただきます。
ということで、今回は聖母月にまつわるお話といただいたメッセージをご紹介してみました。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。
ではまたね。