本の紹介とアドラーの影響
おはようございます。今日は1月23日金曜日、未来を編むホームルーム学びのウィーバーえみこです。
ウィーバーとは、糸を紡ぎ編む人のこと。そんな思いを重ねて名乗っております。
このチャンネルでは、ママ・子ども・学校・地域をつなぐという視点から、日々の気づきや学びを緩やかにお届けしていきます。
ママの笑顔は子どもの笑顔。全国のママたちへ、今日もパワーを送ります。
はい、ということで今日もですね、東京はすごく寒いですね。
しんしんと太陽は出てるんですけど、なんかもう寒いなーっていう、はい、冬空です。
はい、皆さんの地域はいかがでしょうか。なんかテレビを見るとね、すごい雪が降っている地域もあったりとかね、
もう本当に冬が深まっているなっていうふうに感じます。
はい、そうですね。今日は昨日お伝えしたかった、
あの、今読んでいる、
嫌われる勇気っていう本についてちょっとお伝えしたいなと思っております。
はい、皆さん、嫌われる勇気、あの青い表紙のね、本なんですけど、読んだことありますかね。
私が初めてこの本に出会ったのは、あの大学生、だからもう10年以上前になる、
なりますよね、もうなるんですね。なんか結構大ヒット、あ、今帯見たら、2014年年間第1位って書いてあるのに、もう10年以上、12年前、
になるってことですよね。私の大学生の時買った2014年っていうのがね、書いてありますね。
はい、アドラーの教えっていうところで、当時あの、
20、何歳、大学生ですからね、あの教育学部に通ってた時に、あの読みました。はい。
で、あのアドラーって結構教育学部の中でも学んでいたりとか、やっぱり自己肯定感について結構こう、
あの、世の中もこうなんかそういうワードが飛び交っていたなって、今結構当たり前になってるんですけれども、
なんか自己肯定感という言葉が初めて聞かれて、あの本がね、大ヒットした頃に初めて読みました。で、それからもう10年の中でなんかもう、
ちょくちょくですね、あの読み直すことが多い本の1冊です。何度も読む本って、皆さんもきっとそうだと思うんですけど、
なんか限られてるのかなと思うんですよね。なんかこう、何回ももう1回読もうっていう本と、もう読まないなっていう本あると思うんですけど、
あの私の中で嫌われる勇気っていうのは何度か目に、もう1回読んでみようって思う本の1冊になっています。
ちょっとね、ここアドラーとユングとフロイトの話もちょっと加えておきたいなと思うんですけど、私あの16タイプ診断、16タイプトレーナーの資格も持っているんですが、認定トレーナーとしてね、あの診断させていただくというサービスも提供してるんですけれども、
心理学者たちの関係
アドラーさんとユングさんと、あともう1人フロイトっていう、その3人がですね、近代の世界3大心理学者というふうに言われています。で、ここでちょっとフロイト、アドラー、ユング、誰やそれっていうね、人もいらっしゃると思うので、ちょっと軽く触れておくと、
まずフロイトが精神分析の父っていうふうに言われていて、あの無意識とかね、トラウマとかを見つけた人といいますか、それで唱えて、フロイト派の心理学っていうのは深められて、今に結構つながっています。
アドラーとユングも、一見浅い部分ではフロイト派の無意識を研究する中の1人っていうふうに、弟子みたいに言われることもあるんですが、一説によると、あと嫌われる勇気の本の中でもですね、アドラーとユングとフロイトの関係性についても少し触れていまして、アドラーとフロイトはもう年も近かったので、
弟子師匠の関係ではなく、同士みたいな、同じ時代を生きてともに心理学を学ぶ研究者同士、心理学者同士。ユングとフロイトは、ユングはもともとフロイトのことをすごく慕っていたけど、その後ちょっと考え方の違いによって、別の道を歩んでいくっていう流れで、そういった関係性になっているようです、どうやらね。
いろんな方によっては言い方が違ったりするんですけれども、結局3人とも人の心理について学んでいったけど、3人とも違う考え方で、自分の思う哲学を追求していった心理学者なのかなというふうに思います。
アドラーといえば嫌われる勇気、勇気のことですよね。あと目的論、あと課題の分離とか共同体感覚っていった言葉が有名です。特に自己肯定感なんかはもうアドラーの代名詞みたいになっているのかなと思います。
今Z世代でも流行しているMBTIの大元になっているタイプ論、16タイプの土台になっているものはユングの性格分析とかね、あとは自己実現とか分析心理学とかね、
あと一人一人の個性みたいな生まれ持った気質とかね、そういったところを深掘りしていたのがユングの分析心理学というふうに言われています。
その大元になっているのがフロイトさんで精神分析の土って言われていて、原因論とかね、あとトラウマについてとかでカウンセリングとかそういった流れ、大きなトラウマ、
人間トラウマあるよねとか、原因に基づいてトラウマがあってこれができない、そういった考え方をフロイトの考え方っていうふうに言ったりしますね。
私はカウンセリングというよりはキャリア心理学の方面から学ぶ切り口で学んでいったので、またその専門家からするとまた違った角度でいろいろあるかと思うんですけれども、
今回はその嫌われる勇気、青い表紙のね、嫌われる勇気というところから学んだこととか、今まだ読み終わってないんですけど、5回6回目ぐらいかな。
今私が思って感じていることをちょっとアウトプットしておきたいなと思います。
この本ではアドラはフロイトと逆の立場を取っている。
フロイトは原因論に基づいているんですよね。
トラウマがあって外に行けないとか、対人恐怖症になっているとか、やっぱりトラウマって人間にあるよねって言ったところにフロイトはいるんですけど、
それをもう断固として否定している立場にいるのがアドラだよっていうのを説いている本ですね。
哲学者と一人の青年がずっと対話しているような文章なので、その対話っていうところ、ディベートのようなね、逆の立場、立場の違う意見の違う2人がしっかりと向き合って話し合っている本なので、そういった文言も耳で今聞いているんですけれども、
そういった角度から学ぶことっていうのも多いなって思っております。
昨日まで聞いてて思ったのが、やっぱりフロイトの言うね、この原因論、なんでこうなっちゃったんだろうとか、
こうなったのなぜっていうその過去、過去というか原因に基づいて、今を分析するっていう考え方もすごく大事な一面なんじゃないかなって思うんですよね。
なんでこの人に嫌われたくないんだろうとかもそうですし、なんかね、あの、
なんでなんだろうって、それでね、あの、疑問を抱くってすごくいいなって思うんですよね。
で、あの、フロイトの言うその原因論っていうこともね、すごく大事な考え方だなって思うんですが、
なんかこの本のすごいところは、なんかそれを結構全否定ばっさり切ってるみたいなところかなって思うんですよ。
こっちの青年の言うことも本当一理あるなって思うんだけど、それをね哲学者がね、こう
それをこうから僕は否定しますみたいな感じで、否定というかなんだろう、違う立場で意見を唱えるみたいな感じなんですけど、否定って言うとね、あれなんですけど、
お対話ってね、お立場の意見の違う2人がこう、でも理解しようとこうずっと会話をしていくっていう、その忍耐力みたいなところもすごいなと思うんですけど。
一例を挙げると、例えば、赤面症になる女性の話が一例として出てくるんですよね。
好きな人がいるけど告白ができない、赤面症があるから告白できないって言って、赤面症だから告白できない、その告白できない理由を自分の赤面症だっていうところに原因を
紐づけてね、やってるんですけど、その哲学者はね、違いますと、告白をして振られる自分が怖い。だから
そういう自分になりたくないって、まず目的があって、その赤面症っていう理由を見つけて引っ張り出してるっていう風に
アドラーは唱えるだよって言ってね、哲学者が悟していくんですよね。
で、こう、青年が怒ったり、苛立ったり、そんなことあるわけないじゃないですか、みたいな怒ってるんですけど、
ああ、なるほどなって、私は思いまして、なんかこう、あとね、自分の感情とかも、よく感情と思考を切り離して考えるってすごく大事なことって言われて、確かになと思うんですが、
感情さえも引き出し、出したりしまったりっていうのは自由だよっていう風にその哲学者は言ってるんですよね。
よくお母さんが子供を怒っている時に電話かかってきたら、電話越しには、はいもしもしみたいなね、綺麗なね、声に変わる。
感情と目的論の理解
だけどまた電話を切ったらまた子供を怒れるみたいなね、そういった例も出しながら、感情の怒りの感情とかもね、出したりしまったりが、
感情とは自分で出したりしまったりできるものだっていう風に言っているんですよね。だからこう、感情をぶつけることとか怒りとかも自分でやってるんだって、その
例えば相手を攻撃したいっていう目的のためにとかね、自分を守るためにとか、その目的があって感情を出し引きしてるんだっていうことを言っていて、
刺さるんですよね。私は感情タイプですので、重力タイプで言うと、Eの外交型でFの感情型ですので、感情を出しがちなんですが、
なんか目的があって自分の感情を出してるんだな、自分がっていうふうに思うと、まだなんか客観的な第三者の目というか、自分の見るもう一個の目が得られるなっていうふうに思います。
はい。
で、その後ね、共同体感覚とかいろんな話を深掘っている本なんですが、何言ってるかわかんないなって大学生の時思ったページとかもですね、今読んで聞いているとまた違う
あ、この哲学者こんなこと言ってんだ、深いなっていうところに改めて再発見することが多くてですね、
心理を学ぶなんて当時の教育学部に通ってた私は思ってなかったんですが、今ね、再度5度目何度かこうそうなるのか聞いて、また
さらにあの学びを深められているなっていう、そういったねすごい良い本だなっていうふうに思っております。
はい。 皆さん嫌われる勇気
どのくらい持っているでしょうか。 自分の価値観とかね信念とか正義とかが
譲れないものがある時とかね、 まあ1個嫌われる勇気っていうのを持っておくと本当に
嫌われてもいいからやろうっていうのがあるとね、1個また覚悟がぐぐっと深まるな、覚悟が磨かれていくなっていうふうに思います。
人間、私もね、哲学者も言ってるんですけど、それは嫌われたくないけどね、嫌われたくないけど、
あと誰かに好かれたいとかね、この人に好かれたいって思いって人間誰しもあると思うんですけど、
だからそういった考え方、アドラーの心理学の考え方を取り入れると、感情を1個引き出しの中に
一旦しまって冷静に考えたりとかすることができるなっていうふうに思います。
課題の分類についてはね、またちょっと別の機会にお伝えしようかなと思うんですけれども、
今日は嫌われる勇気から原因論と目的論ですね、 フロイトの原因論と
アドラーの目的論についてちょっとお伝えさせていただきました。
何事も目的があってその行動を自分はしてるし、その感情を自分が自分で取り出してるんだよっていう
アドラーの考え方ってすごく自己責任に基づいていて、逆に言うと他責にはできないし、
良いことも悪いことも自分が選択してるんだよっていうところに立ち戻るというか、結構可能性があふれている。
だから、1個嫌われる勇気を持っておくと前に進む勇気になるなっていうふうに思います。
嫌われる勇気の重要性
今日はね、1個問いを置いておくとですね、
今、もし皆さんが勇気を出すならどんな一歩を踏み出したいですかっていう問いをちょっとね、今日は置いておきたいなと思います。
勇気を出してやりたいことがもしあるなら、
ぜひね、それを背中を押す一押しをね、私もしていきたいなと思いますし、 1個嫌われてもいいからやろうっていうことがあるって
結構かっこいいことだと思うんですよね。
反対押し切ってもやりたいことみたいなのって、これをやるんだぞって1個腹をくくるってかっこいい生き方だなって思います。
かっこいい大人の背中を子供に見せたいっていう思いが私にはあるので、そういったところも勇気づけられるなっていうふうに思っております。
いかがだったでしょうか。
今後の配信でもですね、こちら今月のテーマは企業とキャリア、全然テーマに沿っているのかといったあれなんですけど、
企業するとかねキャリアについて考えるとか、1個このアドラー心理学を取り入れる、自分が自分であることをまず自分が肯定してあげる、その自己肯定感の捉え方っていうのは
1個大きな勇気一押しになるんじゃないかなというふうに思っております。 もしこういうことについても話してみたいよっていうことがあればご連絡いただけたらなと思いますし、
体験コーチング等の中でもね、こういった話もちょいちょい小出しにしながらセッションしておりたいと
セッションしておりますので、今はちょっと脱光スタイルOKですよっていう方のみのクライアントさん受付中なんですけれども、4月以降もね、そういったことをシェアできるような場をたくさん作っていけたらなというふうに思っています。
今日は主にアドラー心理学の嫌われる勇気からお伝えさせていただきました。
では、今日もですね、私の会いたかった人に会える日となっておりますので、ワクワク楽しみにしております。
はい、みなさんも今日も元気にいってらっしゃーい!