【今月のゲスト】
榎本ハンバーグ研究所代表 榎本稔さん
【今回のトークテーマ】
・榎本さんが愛するハンバーグとの出会いは?
・ファミレスに就職し、まかないのハンバーグをアレンジする日々
東京商工会議所北支部会⻑である越野充博が
王子飛鳥山の邸宅の談話室で、北区内外の多彩な起業家、経営者の方々をお招きます。
情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。
グラスを傾けながら、北区の未来を語り合います。
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TOKYO NORTH MOVEMENT-飛鳥山の窓から
東京都北区飛鳥山。暖炉のある小篠三宏さんの部屋には、未来を思うさまざまな人たちが遊びに来ます。情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。さあ、今夜はどんな話が飛び出すんでしょうか。
TOKYO NORTH MOVEMENT-飛鳥山の窓から。パーソナリティを務めます小篠三宏です。
今、私がいる場所は、王子飛鳥山にある邸宅の暖和室。
こちらに北区内外の多彩な企業家、経営者をお招きして、グラスを傾けながらじっくり楽しくお話しする。そんな雰囲気でお送りしたいと思います。
今月のゲストは、榎本ハンバーグ研究所代表、榎本実さんをお迎えしております。榎本さん、よろしくお願いいたします。
榎本実と申します。よろしくお願いします。
はい。榎本さんは、もう十数年にわたって北区西側で、そして最近は、春日の高楽園にも店舗を出されるハンバーグ専門店ということで、
榎本ハンバーグ研究所、これもお名前の由来も後で伺いたいと思いますが、こちらの代表を務めてございます。
榎本さんには、もうずいぶん前になっちゃいましたけど、2010年に、私が代表を務めます東京商工会所北支部で、
帰宅時間という地域の紹介の冊子を出したときに、私、榎本さんのハンバーグを食べていて、すごくおいしくて。
ありがとうございます。
ぜひ出ていただきたいということで、お願いにあがって、それがきっかけでしたね。
結構前ですよね。何年前ぐらいですか?
2014年、13年、14年。取材も含めると15年前ぐらいかな。
そうですね。
もちろん出ていただいて、反響もあったんだけど、榎本さんがすぐに冊子が出たら、それをSNSで発信してくださってね。
こんなのに載せていただきました。僕の方が載っていただいたんだけど、そういう感じで発信していただいてね。
その後、地域の冊子は非常に帰宅というところが注目されるひとつのきっかけにもなったんですが、それを盛り上げていただいて、今でも感謝しています。
私もですね、そういう取材とか、あの頃はあまりなかったので。
そういうのが、なんか取材が来たって言って、とてもうれしかった。覚えています。
あの雑誌って、メディアにも配ったんで、メディアがあの中から面白そうだなとか、おいしそうだなとかっていうようなお店をピックアップして取材に行ってくれたっていうことがあって。
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多分、榎本さんのお店もそういう中で、メディアのプロデューサーとかディレクターの目に止まったっていうことも、もしかしたらあったかもしれないと思いますよね。
そうだったんですよね。
さてですね、とにかく榎本さんといえば、今そういうことでメディアにもたくさんお出になられて、なんかハンバーグ系の話があると。
新聞のね、ラテ欄にこう見て、ハンバーグって言うと、出てるかなと思ってみると大体出てるっていうね、そんな感じなんですけれども。
ご自身のハンバーグとの出会いっていうのはどんな感じだったんですか。
えーとですね、一番最初はやっぱり家庭に出て、夕飯に出てくるハンバーグ。
お母さんの作るハンバーグみたいな。
そうですね。子供の頃は結構食べ物の好き嫌いが多かったんですね。肉も嫌いだし、野菜も嫌いだし、何を食べて育ったんだろうっていうぐらい食べ物が嫌いだったんですよ。
で、見た目もですね、今と違って結構ガリガリに痩せている子供でして、ただハンバーグだけは好きだったんですよ。
それで夕飯にやっぱりハンバーグが出てくるととても嬉しくて、ハンバーグと言ってもその頃なので、ちょっとキャベツの千切りのキャベツが添えてあって、ハンバーグに醤油をかけて食べるような。
ハンバーグのさ、ハンバーグそのものはお肉だけだった?
あ、野菜も入ってました。
そうだよね。あれさ、だいたいさ、母親が野菜嫌いの子供にさ、ちっちゃく刻んで。
だからうちのお袋もね、お袋から食べさせられたハンバーグって、味が時々違うんだよね。
そうするとね、いつもは玉ねぎとお肉みたいなのが、人参が細かく切って入ってたりとか。
同じですよ。
会長のところもそうだったんですね。
だからね、僕はね、ハンバーグが好きな時と嫌いな時があったみたいなね。
今日なんか違うの入ってるよみたいなね。
嫌いなものってやっぱり気づきますよね。いくらみじん切りになってても。
なんか茶色いのがあるなと思って引っ張り出してみたら、椎茸だった。
そうそう、椎茸があったね。
ありましたね。
でも相対的にそういうこともあっても、ハンバーグを好きだった。
そういう幼少の時の体験談はあるわけですね。
そして家庭科の調理実習でもハンバーグを作ったんですね。
その頃から食べるのはあまり興味がなかったので、家で作ったりすることはなかったんですけども、
小学校3年生くらいになると家庭科の調理実習っていうのがありますね。
ありますね。
そうすると、いろいろ嫌いなものを作って食べなければいけないと。
野菜炒めの調理実習とかって、キャベツとか入ってピーマン入って玉ねぎ入って、
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嫌いなものばっかり入ってるんですけども、実際みんなでワイワイ作りながら、
みんなで食べてみると、なんかおいしいんですよね。
嫌いなはずのものがおいしいんですよ。
そういったのがきっかけで、料理を作るのに興味が出始めてきて。
それで家に帰ってきて、学校で習った野菜炒めを作ってきて、家族に食べさせてみたりとかっていうのをやったりしてましたね。
そうするとやっぱり家族がおいしいとか言ってくれるもんね。
そうなんですよね。その頃も結構褒められるとすぐ調子に乗ってしまうんでね。
私も同じタイプ。
またちょっと違うのを作ってみようかなっていう。
それが今に至る根本のところにあるのかなと思って。
なるほどね。
そして成長していって、学校卒業されて就職っていった時にも、やっぱりそういう飲食系を選ばれたということなんですね。
学生時代も結構アルバイトで、飲食のアルバイトをいろいろやってまして。
居酒屋だったり、お蕎麦屋さんだったり、カラオケ屋さんの厨房でやったりとかしてまして。
それでやっぱり飲食業って楽しいなっていうのがありました。
それで就職はですね、スカイラックグループのジョナさんというファミリーレストランに就職しました。
なるほど。
ジョナさんの場合には結構、専門用語が分からないけど、セントラルキッチン的に作られてきたものがお店に来て、
それをお客様に出せる形にまで温めたりしてっていうことだと思うんですけど、あまりご自身で調理するって感じではなかったですかね。
そうですね。やっぱりファミリーレストランというと全国にあるお店で、どこのお店に行っても同じ品質のものが食べられるよっていうのがファミレスの売りなので。
なのでセントラルキッチンである程度調理して整形されたハンバーグが届いて、ソースもできているものが届いて、
それを店舗で温めて焼いてかけて食べる、出すという。そういったものだったので、やっているうちにだんだん物足りなさが出てきたというか。
第一、あまり褒めてもらえないよね。
そうですね。
いわゆるオペレーションとか管理なんかのことで褒めてもらうことあるかもしれないけど、でも料理そのもののことで褒めてもらうっていうのはあり得ないよね。
ないですね。それはもう工場でもできているものなので。
なるほど。そうするとちょっとそこで欲求不満じゃないかもしれないけど、ちょっと物足りなさを感じるようになってきたってことですかね。
もう少しこうしたらもうちょっとおいしくなるのになとかっていうのがあって。
自分でワカナイを食べたりするときに勝手にちょっと味付け変えたりとか、ハンバーグもちょっとこね直して形を変えてみたりとかっていうのを本当にやっちゃいけないんですけど。
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自分が食べるんだからね。
今だから言っても大丈夫かなと思うんですけど。それを今度他のスタッフにやって食べさせたりして、そんなことを勝手にやってましたね。
なるほど。そうした経緯を経て今度は江ノ本さんご実家に戻られるということで。ご実家が喫茶店コーヒー江ノ本という名前のね、喫茶店を経営されていたという。
はい。
そちらに入られたんですね。
そうですね。ファミリーレストランでやってる頃に、いずれは自分で作った自分で考えた料理メニューをちょっとやりたいなというのはなんとなくは思ってたんですね。
それを考えているうちに、そういえば私の両親喫茶店飲食店やってるなと。そこでちょっとやらせてもらったいなとちょっと思い始めて。
そうなんですか。ご両親はどういう反応だったんですか。
いや最初は何を言ってんだろうと。こんな西ヶ原の小さい喫茶店に来て、うまくいくわけじゃないじゃないかと。っていうふうに多分思ってたと思います。
せっかく大きい会社に入ったのにみたいな。
そうですよね。ただ何回か言って説得して、いや絶対うまくいくと思うんだよねと。なんか不思議な自信みたいな根拠のない自信みたいなのがありましたね。
その時はおいくつぐらいなんですか。
おいくつぐらいの時は30歳ぐらいですね。
怖いものでしたね。それで入られて、今まではどっちかというとサンドイッチとかそれぐらいしか出してなかったのにいよいよハンバーグを出し始めたりということなんですけども。
最初はハンバーグだけじゃなくてオムライスだとかそういうものも出されてたって聞いてますけども。
そうですね。ハンバーグはメニュー的には2種類ぐらいしかなかったですね。和風ハンバーグとデミグラスハンバーグぐらいで。あとはオムライス、パスタとかいろいろやってました。
なるほど。でもその中でやっぱりハンバーグが一番人気っていう感じだった?
そうですね。やっぱりハンバーグおいしいと言ってくださる方が結構多かったんですね。
なるほど。そしていよいよ今の榎本ハンバーグ研究所に至るそのプロセスがスタートするわけなんですけれども。
このハンバーグに絞り込んだっていうのは自分の中でどういう思いでいらっしゃったんでしょうか?
やはりおいしいって言われたものを、じゃあもっとおいしくしようというふうに考えてた時に、ハンバーグがおいしいって言われることが多かったので。
じゃあもうちょっとハンバーグのメニューを増やしてみようかなと言って、だんだんハンバーグの種類が増えていったんですね。
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ハンバーグというと大体4,5種類ぐらいしか思い浮かばないじゃないですか。デミグラスとか和風とかガーリッククリームとかそんなもんですよね。
だけどもっといろいろ、例えばデリバリーのピザのチラシとかを見るといろんな種類があるじゃないですか。
あとスパゲティの専門店とかに行くといろんなスパゲティ、和風スパゲティにしても、例えば和風きのこ、和風のたらこスパゲティとか和風のクリームとかいろいろあるじゃないですか。
それと同じようにハンバーグももっともっと種類を増やしていけるんじゃないかなと。
なるほどね。いわゆるスパゲティ、パスタ屋さんのメニューがあそこまで増えたのって、我々がやっぱり大学生ぐらいの頃からなんだよね。
ある渋谷で開いたお店がものすごくレシピを増やしていってみたいな、それがきっかけだよ。
我々やっぱりもっと中学生とかそのぐらいの頃は、せいぜいミートソースとかトリュフとか数種類だったのが、それをハンバーグでやろうみたいな感じで採用されたってことなんですね。
そうですね。
そうすると、例えば家族でハンバーグをお店に食べに来たときに、みんなハンバーグが好きだとしてもやっぱりおじいちゃんおばあちゃんとお父さんお母さんとあと孫とみんなやっぱり好みが違うと思うんですよね。
お父さんはガーリック、子供はデミグラスとか、そうやって選ぶ楽しみがあったらもっとお店に来る楽しみも増えるんじゃないかなと。
毎回毎回来るたびに新しいメニューが出てたりすると、それもまた楽しいんじゃないかなと思い始めまして、それでだんだんメニューを増やしていきました。
本当。私も時々90歳のおばあちゃんから30歳前の女性までという5人家族で行くんですけれども、本当にさっぱりしたものも選びたいと思えばあるし、ちょっとこってりしたチーズも乗っかってクリーム系のソースがかかってみたいなものも選べるしみたいな。
本当にみんなが楽しくメニューを選べるっていう、そういうお店ですよね。
ありがとうございます。
それではですね、そろそろ時間になってまいりましたので、次回はその辺のたくさんあるメニューについて深掘りをしていきたいと思います。
今週、榎本隆さんでございました。どうもありがとうございました。
ありがとうございました。
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