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2024-12-25 07:35

#9 辻邦生『背教者ユリアヌス』

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クリスマスの夜に、辻邦生『背教者ユリアヌス』について語りました。

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手元にある中公文庫は上中下巻ですが、最近は四巻本になっているみたいですね。多分文字も大きくなって読みやすくなっているはず。

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はい、tantotの時々読書第9回。今日はですね、辻邦生の背教者ユリアヌス、文庫で上中下巻の話をします。
あんまり、最近だと知っている人多くないのかもしれないですけども、辻邦生の背教者ユリアヌス。
今日はクリスマスということもあって、クリスマスにあえて背教者の話をするというね、そんな感じです。
背教者ユリアヌスは、文庫の初版が、中古文庫なんですけど、文庫の初版が1974年。すごいです。50年前ぐらい。
僕の持っているやつは2010年11月31日、25ズリの形で、すごく昔の本です。
辻邦生の本って、そんなにいっぱい読んでいるわけじゃないんですけど、背教者ユリアヌスは、昔、本当に子供の時、実家にまだいた時に、父親の本棚にあって、何とも言えない魅力を放っていて、ある時読んだのが最初のきっかけかなと。
ずっとその後、特に忘れていたんですけど、たまたま、買ったのは2010年だからもう10年ぐらい前だと思うんですけど、たまたまもう一度読んでみたいなと思って、買って改めて買い直して読んだという感じです。
辻邦生の本はですね、何と言うか、とにかくですね、
風景というか情景の描写と人物の心理描写が美しい、美的、ちょっと端美的な雰囲気も、端美的というか乾いた感じではあるんですけど、
これでもかっていうぐらいかっこいい感じなんですよね。
というのがすごい魅力です。文庫で上中下あって、1個あたり400ページぐらいあるんですけど、その上、字も小さいっていう、読みにくいことこの上ない本です。
廃墟者ユリアヌスっていうのは、ユリアヌスってローマ皇帝ですね。
ローマ皇帝でキリスト教が国境化された前後のそのあたりの皇帝なんですけど、キリスト教がローマの中で広まってきて国境になって、
ただこのユリアヌスっていうのは、それに対してもう一度ローマの元の信仰、ローマの元の信仰、多神教の神々がいる信仰に戻そうとしたっていう、
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それはキリスト教の影響、キリスト教世界の影響をなんとか食い止めて、もう一度ローマを再び昔の栄光にみたいな話も含めて戻そうとしたっていう、
それにそういう時代の流れに抗うような、そんな感じの行程で、最終的にはユリアヌスの努力も虚しく、
結果的に虚しくというか、ローマの中でキリスト教が国境になり、どんどんキリスト教が広まり、キリスト教世界になっていくっていう、
そういう大きな時代の流れの中で、一回こう時代に抗うような、そんな行程だったという話ですね。
その辺の背景はともかくかっこいいんですよ、文章が。
最初の一文を読みましょうか。
序章、若いバシリナ。
濃い霧は海から這い上がっていった。
もちろん海も見えなければ陸も見えなかった。
ただ、夜明け前の風に送られて足早に動いている白い段階が、どことはっきり定めがたい空間をひたすら眺め続けている感じがあるだけだった。
時折そうした白い流れが薄れて、思わぬ近さに奇妙に黒ずんだ銭湯や峡壁を貫いた建物の一部が浮かび上がることもあったが、
それさえ瞬時にかき消されて、また、ぼうぼうと白い霧の流れが辺りを濃く包んでいった。
もちろん霧の流れは音を立てることはなかったが、気のせいか耳を澄ますと木々の枝をかすめている素早い気流の音が聞こえるような気がした。
むろん波の音は絶えず霧の下の方で聞こえていた。
そして夜明けが近づいて、霧に包まれたまま辺りが明るみ始めるにつれて、時折岩の上に鳴き交わしているらしいカモメの声が聞こえた。
霧の流れも前より一層早くなっていった。
ずっとこの調子で行くんですよね。
あと、ユリアヌスのすごく苦悩する様子とか、ユリアヌスに限らず、登場人物が苦悩する様子とか、すごくいろいろ考える様子、
その心理描写もしつこいくらいネチネチネチっこく描いていくという。
なかなかこういう骨太な小説って最近あんまり流行らないだろうなとは思うんですけど、
1970年代前後ってこの時代の空気感、こういう小説が生まれる時代の空気感というところにも、なんとなく思い馳せられるような、そんな読書体験かなと思います。
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結構、辻国雄の本、これがすごく気を組んできっかけになって、
カイロウニペとか読んでみたりとか、アズチオウカンキとか、そういったちょっと他の作品にも手を伸ばした、そんなきっかけになるはずでした。
たまにはこういうね、もう全然流行りとか関係ないとはいえ、
一方でめちゃくちゃ誰もが読んでいる古典でもない、そんな作品を組んでみるのもいいのかなというふうに思いました。
最後に一つだけ小ネタを言うと、6歳買い直して読んだ時に、実は上巻を買った後に下巻を買って読んで、
読み終わっちゃって、なんかおかしいな、なんか最初は普通に読んだんですけど、なんかおかしいなと思ったら、実は間に中間があって話が飛んでたっていうね。
なんかこう話が難しすぎて、ちょっと難しいところもあって、間飛んでるのも絶対気づかないぐらい、なかなか骨太な本でした。
でもやっぱりちゃんと上中下と続けて読んだほうがいいと思います。
はい、そんな感じで今日は拝教者ユリアヌス辻邦をお手について話してみました。
では、メリークリスマス!
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