オープニングトークと愛と感謝の気づき
みなさんこんにちは。結婚相談所 ヒロイン婚活塾 ナコードで心理カウンセラーの渡辺大輝です。
このチャンネルでは、自分を満たして自分らしく生きるをテーマに、心が安らぐメッセージをゆるりとお届けしていきます。
はい、今日もね、前半は僕自身の今週の気づきだったり、自分らしく生きるとね、いうところに関する学びのね、シェアをさせていただきながら、
みなさんからいただいたレターにもね、お答えしていければと思います。ぜひ最後までお付き合いください。
ちなみにね、ちょっとなんか、声というか、ザワザワ音がもしかしたら入っているかもしれないです。
あの天気がね、すごくカラッと晴れて、今日はね、いい天気で外で遊んでいる子供たちのね、声が、
家の中まで入ってきてるんですけど、ほんまはね、収録するときに窓を閉めてね、そういう騒音、あえて言うと騒音が、
配信に乗らないようにね、すべきなんでしょうけど、まあ風も気持ちいいし、まあ多少入ってもいいかと思って窓を開けたまんま、
収録しております。はい、なんかね、あの気温はぼちぼち高く上がってきてるんですけど、
湿度がね、そんなに高くないから、過ごしやすいですよね。これぐらい、夏とかね、これぐらいやったら嬉しいのになーっていう、
思うんですけど、確か日本の夏はもうちょっと暑かったはず。
このエアコンなしでね、ギリギリ過ごせそうな今がね、一番ちょうどいいんですけど、
まあそんなね、ちょうど良さも味わいたいので窓を開けてね、多少子供たちの声が聞こえているかもしれないですが、このままね、続けて
きたらと思います。 はい、で、僕自身はですね、まあ今週も
まああの研修というか、その心理学やらいろいろね、学んだりしている方でも、あのまあ引き続き頑張ってて、それがね、ちょっと一段落ついたかなーという
ところもあって、自分的にはね、またいろいろ学ばせてもらってね、 ありがたい環境にいさせてもらいました。
で、それとはね、あんま関係ないっちゃないけど、あるっちゃあるというか、ないっちゃないんですけど、あの今月
意識したいこと、今月というか6月末ぐらいまで、 個人的にちょっと意識してみようと思っているのが感謝なんですよね。
感謝。 はい、ありがとう
ですよね、感謝。感謝の気持ち。 これを感謝することと、
感謝されること、感謝という気持ちを受け取ることっていうこの2つ、自分が感謝する方と感謝される方ってありますよね、感謝って。
この2つを意識して過ごしてみようっていうのでやってて、で、
あるね、そこで一緒に学んでいる仲間のシェアが、なんかすごく印象的というか、え、あ、そうかーってなんか衝撃やったんですけど、衝撃やったから是非話したくて。
内容はね、ちょっとぼかしながら言うんですけど、 その赤ちゃん、
赤ちゃんって、 なんつーかな、
かわいいじゃないですか、かわいいじゃないですかというか、まあ、特に自分の我が子やったら、かわいかったり愛しかったり、
まあいろんなね気持ちがあると思うんですが、ね、赤ちゃんってその、
大人なしにはっていうの、お母さんなしには、 育てのね、親がいないと生きていけないぐらいの存在ですよね。
ご飯も一人で食べられへん、うんちも一人でできひん、 まあできるけどそのね交換したりとかね、清潔に保てないとかね、
手がねかかる存在ですよ。なので赤ちゃんと、まあここでお母さんとしましょうか、お母さん、お母さんと赤ちゃんの関係って、
お母さんが赤ちゃんを愛する、お母ちゃん、お母ちゃんで、
お母さんと赤ちゃんが混ざってお母ちゃんになって思ったんですけど、お母ちゃんが、お母さんが、
赤ちゃんを愛する、お母さんが赤ちゃんのお世話をするっていう、
なんか、そういう、まあ一方通行は言い過ぎですけど、お母さんが赤ちゃんに与えるみたいな関係のように
見えてたんですけど、 そう、そうだと思ってたんですけど、その子育てもまさにしている人のシェアで、
赤ちゃんに愛されているのを感じるっていうことを教えてくれたんですよ。 その方お母さんで赤ちゃんを愛しているのはもちろんそうなんだけど、実は赤ちゃんからお母さんは
愛されてるっていうのを聞いて、 えー、そっかーと思って、
確かに、なんか、 よく考えたらそうというか、
なんとなく赤ちゃんを愛する、赤ちゃんに与えるって思ってたけど、赤ちゃんが与えてくれてるんや、赤ちゃんが愛してくれてるんやって、
思うとちょっと新鮮で、なんかびっくりだったんですよね。 だって赤ちゃんって、
まあ、何もしてくれないですよ。 言ってしまえば、あの自分で、さっきも言ったけど自分でね、ミルクも飲まれへん、
おむつも変えられへん、服も着替えられへんし、 寝ることすらね、自分でできんかったり、もうなんか、何して、あれしてほしい、これしてほしい、もうわからんから泣くしかできんし、
何か赤ちゃんが自分でしてくれるとかね、 お母さんいつもありがとうとか言ってくれるわけでもないし、
あの今日は疲れてると思うから早寝ときますねとかね、そういう配慮してくれるわけでもないけど、
愛してくれてるんやって、お母さんのことをね。 この考え方素敵やなぁと思って、
何でかっていうと、愛するだけじゃなくて、愛することによって愛されてるんだっていう気づき、
何か報われるというか満たされるというか、良かったねって思うんですよね。 そう考えると、
何か、取りこぼしてた愛情とか、人の思いとか、ありそうだなぁって僕自身も振り返って思ったんですよね。
僕も誰かを愛するとか、誰かに、何て言うかな、誰かの役に、役に立つって言ったらちょっとちゃうか、
誰かの力になったりすることで、自分も力をもらってるんだとか、自分も愛情をもらってるんだって思えると、
そっちの世界の方が、何かいいなぁって思ったんですよ。 その愛が循環している世界っていうの。
その方が、何かより幸せそうって感じだ。 でも本当そうなんですよね。赤ちゃんを愛することができるってことは、
愛させてくれる赤ちゃんがいるわけで、応えてくれる赤ちゃんがいるわけで、 応えてくれてるっていうのは、つまり赤ちゃんも
お母さんやお父さんのことを愛してくれてるっていう、 必要としてくれてるし、愛してくれてる、大切にしてくれてるっていう
ことなんやなーって思ったんですよね。 っていうかまあ、愛するってその何か一方的ではないのかもしれないですね。
愛する、愛される、愛されるがあるから愛することができるっていうの。 ちょっと恐怖かい話。
あの哲学っぽい話してるかもしれないですけど。 与える人とか受け取る人っていう、何か明確な区切りがなくて、与えるとは受け取る、
愛すると愛されるであり、愛されると愛するであるみたいな、 この双方向で循環している境界がない感じっていうのかな。
なんか、実は愛とはそうなのではないかとかね、思ったり。 まあ我が家でもね、あの子供はいないですけど多数はいまして、猫ちゃんですけど。
猫も、うーん、僕ら猫のことをお世話したりもしてますし、 愛していると思ってたんですけど、猫ちゃんも
うちらのこと愛してくれてるの?って思うだけで、てかその意識でいるだけで、
なんつーかな、より幸せが増す?なんか、 あ、今もこうやって愛してくれてるのねとか思えるわけですよ。
ていうね、まあそんな気づきというか学びがあり、 でまぁ感謝するをね意識して。感謝するも結構愛するとなんか近いニュアンスなのかなぁと思って、
感謝…なんていうの?見逃してる感謝? 伝えてない感謝とかもいっぱいありそうだなーっていうのと、感謝してもらうこと、感謝されることっていうのも、
結構受け取れてなかったり見逃したりしてそうだなーみたいなのも感じて、 自分が1日過ごす中でどれぐらい感謝、感謝することと感謝されることがあるんだろうっていうのをちょっと意識してやってます。
前ね、ちょっとルーティーンでご紹介したかな?なんか感謝日記、 今日の感謝を書いていくみたいな、なんか本もあって、友達に紹介してもらって、
読んだりもしたんですけど、まぁいいなと思って、 その1日で感じた感謝っていうのをこうちょっと味わいながらノートワークしていくみたいなもちょっとまたね、
この意識で1ヶ月やってみてるので、 またねどんな感じやったかはお話ししてみようと思います。みんなもね、よかったら
今日感じた感謝っていうのをね、 ノートに書き留めていくっていうのを1日の振り返りとかでね、やってみて、その感謝。
感謝で溢れてる人ってなんか良さそうですよね。 良さそうって何がいいのかって感じですけど、この
幸せそうだったり、なんか素敵そうじゃないですか。 感謝に溢れて生きている人って。
だからなんか自分の中のその領域をね、目覚めさせてというか、大事にしながらね、 生きていけるその意識づけのためにも感謝をね、ちょっと意識して過ごしてみましょうというね、
お話でした。はい、聞いていただいてね、ありがとうございます。 というわけで、レターですね。
レター返信:後悔の癖と自由について
リスナーの皆さん、鍋友の皆さんからいただいた レターをご紹介して、後半も進めていきたいと思います。
はい、レターですね。大木さゆみさん、こんにちは。 第690回で取り上げていただいたももです。すみません知り合いのももさんではないです。
あーそうですね、この前レター紹介していただいてももさんで、レターの内容も知り合いの方かなと思ってちょっと問いかけたんですけど、知り合いの方ではなかったです。
答えていただいてありがとうございます。
マイホームでしたよね。
ご出産したばかりなんですけど、お家をね、急いで決めてしまって、後悔というか、良かったのかなというところで悩んでいるということで、ご相談いただいていました。
えーっと、レターに戻りまして、大木さんに土地を決められたことが素敵、後悔してもいいと言ってもらえて、なんか心が軽くなりました。ありがとうございました。
よかったです。
あと、普段から決めたことに対して後悔しちゃう思考の癖があるかもと言われてハッとしました。
思い返してみるとまさにそうかもしれません。
ついこの間も目的地に向かうとき、ナビ通りに向かったら思ったより道が混んでいて、集合時間ギリギリになってしまいました。
その時私は自分の記憶を信じて知っている別の道から行けばよかったと口に出しました。
口に出してました。
一人ごとで、よかった、別の道から行けばよかった、って口に出したんですかね。
小さいことだけどそういう思考の癖があるみたいです。
大木さんに教えてもらえてよかった、言ってもらわなかったらずっと気づかずに過ごしていたと思います。
少し気にして過ごしてみます。
なるべく思っても口にしない方がいいのかなと思ってしまうこともよくないんですかね。
また意見もらえたら嬉しいです。
最後に正直不動産私も大好きです。面白いですよね。
ヤマピもかっこいいし、映画も上映中らしいのでぜひ。
ありがとうございます、ももさん。
まずこうしてね、レターいただいて、そして僕の配信を受けて、
まずね、その思いとか届けた言葉を受け取っていただいてありがとうございます。すごく嬉しいです。
で、思考の癖ね、後悔しちゃう癖があるかも。
もしかしたらこれも、っていう気づきも書いていただいてありがとうございます。すごくよく伝わってきます。
そうですね、後悔ありますよね。僕もありますしね、言うて。全然ありますよ。
こういうことを言いながら、あの時こうやったらこうやったらどうなってたんやろうとかね。
あの時こっちにしといたらよかったとかね、ありますよね。
やっぱ何かを選ぶということは何かを選ばないということなんでね。
その選んだ責任というかその選んだ結果は自分が引き受けないといけないんでね。
やっぱり迷う、大事な決断ほど迷うこともあるし、
あの時こうやったらとかね、思ったりもします。
でも、やっぱり選んだ道が正解なんでしょうね。
いや本当にね、タイムマシンとかがあって、
あの時こっちやったらどうなったんやろうとか、見に行けるもんだら見に行ってみたいですけどね。
見に行ってみたいけどそれが叶わないからもう分かんないですよね。
分かんないからもう今が最善と思うしかないですよね、結局。
まあそれこそこの前からいろいろ生き方向き合っていろんなこと喋りましたけど、
僕が大事にしている言葉の西洋ガウマっていうね、
中国の古事由来の言葉がありますけど、
西洋ガウマ。
これいつもなんかどういう発音したらいいのかあんま分かってないですけど、
西洋ガウマ。西洋ガウマ。
馬の話ですよ。
ももさんもね、
ナビ通りに向かったら思ったより道が混んでいて集合時間ギリギリになってしまいました。
なんですけど、そもそも間に合ってるのすごいですよね。
間に合ってよかったですねとは思うんですけど、
知ってる別の道から行ったその先で何が起こるか分かんないですしね。
あるいはナビ通りに行ってギリギリになったっていうこのエピソードがあったからこそ、
僕の放送を受けて、あ、そういやこの前もこんなことあったって繋がれたかもしれないですしね。
この出来事がなかったら、ん?私そんなところあったっけな?
で終わってたかもしれないし。
って考えるとこのギリギリエピソードはありがとうございますなのかもしれないとかね。
もうなんかいろいろ思うとどれが正解不正解は分かんないですよね。
もう人生そういうもんというかね。
なんかまあ面白いですよね。今が本当に最善なんやなーっていうのはね。
思いますね。
だからまあ僕のアンサーとしてはそう思うようにはしてるかな。
もちろんねしんどい時はしんどいとかね何かを恨みたくなったら恨んでいいし後悔したくなったらしていいんですよ。
していいというかもうそれが出てきてる以上もうするしかないというかね。
その後悔いやでもこれ後悔すべきじゃないとかね。
いろいろ思ってることを抑えつけるのもしんどいんで感じたことはそのままで ok なんですけど。
意識としてはもう今が最善っていう意識あったり。
あとこれも前の放送でもお話したんですけどその自由とは何かっていうので選べる自由だと。
この人生の意味を自分で自分で意味付けできる自由だみたいなね話もしたと思うんですけど。
それと同じく今このナビ通りに行った行ってギリギリになったっていうこの出来事を自分がどう引き受けるかっていうのは自分次第なんですよね。
起きた出来事としてはナビ通りで目的地に向かったそしてギリギリになったっていうのが事実なんですけど。
それをどう受け取るかどう捉えるかそこからどうしていくかこれからどうするかっていうのは自分で決めれるので自分で決める自由があるんでね。
それをどう引き受けるかっていうところを大事にしているみたいな。
ちょっと難しい方かもしれないですけど僕の思いとしてはそういう感じですかね。
だから一言で言うと良かったことにしていくみたいなところかもしれないですね。
後からね良かったこと選んだ選択を選んだ道を良かったことにする正解にしていく自分なりの自分だけの正解にしていくっていう。
出来事はこれも何かもう説明すると難しいんですけど過去があるんじゃなくて過去を思った今があるっていうのを
あの時こうやったなーって思う時ってあの時こうやったらこうやのになーって思ってる今があるわけなんで
今を変えれば過去も変わるわけですよ。
だからその何やろ集合時間ギリギリになって迷惑かけちゃったとか
あの時自分の決断を自分の感覚を信じずにナビに任せたからこうなったんやーって後悔してると
その過去の出来事は後悔とかできなかったっていうラベルの貼られた記憶かもしれないですけど
いやいやギリギリになったのは事実かもしれんけど
それがあったからこうやってこう後悔する自分の癖に気づけたみたいな気づかせてくれてありがとうって思うと
あの時ギリギリで嫌な思いして良かったなって思えるかもしれないですし
とかね、どうしたいかは後から決めれる。後から良かったことにできますよ。
それもねそれができるのが自由の一つだっていう先の話ともつながるんですけどね
っていうことを大事にしておりますし
僕も改めて大事にしていければいいなーっていうのをももさんのレターを読ませてもらって感じました
はいって感じかな
ちなみに正直不動産はやっぱり面白いですね
今シーズン2をね見てるんですけど
ヤマピーってなんかもう永遠に年取らないですね
なんか一生かっこいいというか
なんかねあのちょうどいいんですよドラマとして
でなんでこんなちょうどよく面白いかなと思ったんですけど
監督が野田目カンターヴィレの監督みたいですね
なんか野田目っぽさも確かに感じる
野田目っぽさ?
まあそうそうそれぐらいのなんかその適度なコメディー感と
なんか恋愛ラブコメ感となんかこの作品のテーマ
今回不動産も扱ってるしみたいな
なんかええ感じええ塩梅です
はいなんでちょっと楽しんでねあの引き続き見ております
はいももさんレターありがとうございます
では続いてです
寿司食い定産
渡辺夫婦のお二人こんにちは
こんにちは
久しぶりにレターを書かせていただきます
はい久しぶりですね寿司食い定産
684回の自由とはについて
最近読んだ本で面白いなと思ったので紹介させてください
おおちょうどいいですね自由について
カミュという方が書いた本に
シーシュポスの神話という本があります
その中に自由と幸せを一つのお話で書かれていました
神々から山頂へ岩を運ぶが後一歩で岩はそこへ転がり落ちるという
永遠の罰を与えられたシーシュポスがいて
彼は自分の運命に意味がない不条理であると完全に理解しています
不条理
自分
罰ですもんね
シーシュポスは山頂へ岩を運ぶが後一歩で転がり落ちるという罰を受けてるから
まあ岩を運んでも意味がないってことですよね
不条理
しかしシーシュポスは何度も続けます
神は意味がないと知りながらも自分の運命を自ら引き受けて行動する姿にこそ人間の究極の自由と尊厳があると
そしてそれを楽しいと思っているのであれば私たちはシーシュポスを幸福なものと想像しなければならないと神は言っているんです
内容が難しいなと思いながら無意味さを見つめてもそれでも自分で生きることを選べる状態が自由という解釈に少しの衝撃を受けました
多くの人は意味がないならやる価値ないじゃんってなるけど神は逆でした
シーシュポスはこれは無意味だって理解して神々の作った罰にも気づいている
それでも岩を押す
彼は騙されていない
いつか報われるとか神に評価されるとかこの苦労には隠れた意味があるみたいな幻想を持っていなくて
全部わかった上で自ら岩を押す
すると罰だったはずのものが少しずつ自分の行為に変わっていき
神に支配された存在から自分で選んで動く存在になる
神はそれを自由と見たんだそうです
これは現代社会も同じで
仕事や学校人間関係が生きること自体に対して
結局また明日も同じじゃんって人もいると思いますが
その中に客観的な意味がなくても自分で引き受ける
自分で選ぶ自分の態度を決める
シーシュポスを幸福なものと想像しなければならないという言葉は
楽しいから幸福ではなく
無意味さを見つめてもなお
自分で生きる形や物事の向き合い方を選べる状態を
自由であり幸福と呼んでいるんだと
少し自分の考えがまとまりきらなかったので
チャッピーに助け立ちしてもらいながらの文になりましたが
最近の気づきでした
長くなり申し訳ないですが
面白い考え方だと思うので
皆さんにも共有していただければ嬉しいです
はいというね
レターを送っていただきました
さすがすし食い亭さん
いろいろ向き合って
なんていうの
人生を考えていらっしゃいますね
楽しいですね
僕はこういうの好きですよ
哲学的な問いとかね
本間の哲学の
なんていうの
本間のって言ったら言い過ぎか
本当にはまっているというか
好きで勉強している友達を知っているので
そいつと比べたら全然もうなんか
入り口で喜んでいるだけ
に思っちゃって
すいませんという気持ちにもなるんですけど
でも好きです
こういうことを考えるのはね
どうですか皆さんも伝わりましたか
分からなかったら
もう一度繰り返して聞いていただければと思うんですけど
物語ね
僕が前ね
そのお話しした自由についての
僕はフランクルっていう人を引用したんですけど
そのフランクルが言ってる自由と
結構近そうには感じましたよね
向き合い方の方向性が
逆な気がしたんですけど
大事にしている根幹はすごく似てそうに思いました
結局自分の意思なんですよね
自分がどうするか
全てを引き受けて
それでもわしは岩を押すんじゃ
岩を上に上げるんじゃ
っていうこの
シーシュポスの
意思というか
決めて引き受けて行動する姿
に
自由や幸福を
があるっていうことですよね
ちょっと思ったんですけど
思ったんでそのまま言うと
僕らも言うて
シーシュポスじゃねって思ったんですけど
いいか
別にそんな過激な話ではないと思う
つながっちゃった思っちゃったんで言うと
シーシュポスって
永遠の罰与えられて
山頂へ岩を運ぶがあと一歩で
岩そこへ転がり落ちるっていう
罰ですよね
せっかく運んだのに
絶対岩は落ちるんかいみたいな
なんのために上あげてんねんって感じですけど
人間もね
人間も必ずいます
どんな人間でも平等に訪れることってあるじゃないですか
ね
それが
死ですよね
必ず人は死ぬ
いつか
これがね山頂へ岩を運ぶが転がり落ちると
一緒じゃねって思っちゃった
必ず人は死ぬ
必ず人は死ぬ自分は死ぬのが分かってるけど
こうやって今日も生きてるんですよ
何か
幸せとか楽しさとか喜びとか成功とか
いろんなものを求めて生きて
そして悔しい涙を流すこともあれば悲しんだり
絶望感を味わったり
人と比べたりねいろんなことしながら
今日も生きてるわけなんですけど
どうせ死ぬんですよ
いつか
なのに今日も生きてるって
めちゃくちゃシーシュポスじゃね
って思っちゃった
これはすごいね
確かに
どうですか
生きることに客観的な意味がなくても
自分で引き受ける
自分で選ぶ
自分の態度を自分で決める
そして自分で生きる形や物事の向き合い方を選べる状態である
それが自由であり幸福だと
えーどうです
どうですって投げかけばっかり
僕は
あーなんか要するに人生なんかってちょっと思っちゃいましたね
このいずれ死ぬ定めのある
永遠の罰を神々から与えられてるのかもしれないです
罰というにはどうなんだって感じなんですけど
でも一言じゃないかもしれないですよね
これはね
自分らしさってなんなんでしょうね
自由ってなんなんでしょうね
幸福って何なのだろうかって
答えは
わかんないですけど
でもこれはなんやろうなーって興味持って生きるのがもうなんか
僕としては楽しいし
なんかなんだろうなーって言いながら
自分らしさとか幸せを追い
追い求めるというか
大事にして生きていく生き方をなんかみんなとできたらなーって
そしてみんなとできてるなーっていうのも感じて
嬉しいというかまあ幸せなね
気持ちを感じています
はい
ちょっとどう締めようってなって難しいんですけど
いやーでもあのありがとうございます
涼井亭さん
哲学的なね大事な問いかけをねこうやってレターで投げかけていただきました
おかげでなんかいろいろ
こうなんやろ
考えが深まって広がって
うん
まあなんか素敵やなーって思いました
こうやって生きてることがね
はいありがとうございました
ほい
妻の個人チャンネル開設と今後の展望
えーというわけでですね
あ一つねちょっとお知らせというかありまして
あの妻のユミがですね個人チャンネルをね立ち上げております
ユミのひとりごとというねチャンネルなんですけど
スタンドFMで
立ち上げて
あのスタンドFMのコミュニティの方でちょっとこの前告知させてもらった
ですけどあの放送の方でもね
あの一言をご紹介したいと思います
まああの
これまた来週ねちょっと
もう来週はそれやろうと思ってるんですけど
うーん
なんやろな
この二人ごと
別に変わらないですけど
変わらないですけど変わるというか
あのなんていうのちょっとチャンネルのジャケット写真とかね
あのリニューアルしたいなーとかいろいろ思っているので
それはまた来週お話しするんですけど
そもそもねこの渡辺夫婦の二人ごとってもう6年前ぐらいに始めてるんですけど
6年前?6年前ぐらいか
そう僕がね始めたんですよ一人で最初ね
僕が渡辺大輝が一人で始めたけど
その時から名前は渡辺夫婦の二人ごとってしてて
思いとして渡辺夫婦としての活動だったり活動を大事にしてたりとか
あとは由美も来てね喋ってくれたら嬉しいなみたいな思いもあって
僕が一人で立ち上げた割に二人ごとっていう名前になって始まったんですけど
まあその中でもあの由美に来てもらったりして
夫婦の対談形式っていう形で放送したりもしつつやってて
だから
なんやろなその立ち上がった経緯知らない人からしたら
二人のチャンネル見たく思うと思うし
別にそれは間違ってないんですけど
実は僕が一人で勝手に言ったら言い過ぎですけど
僕がやりたくて始めたのが実は二人ごとなんですよね
っていうのもあり
最近はね対談形式での収録っていうのをしばらくできていないんですけど
由美も由美で伝えたいことというか話したいこともある中で
その自分の個人のねチャンネルスピンオフ
スピンオフって言ったら怒られるか
あの由美は由美の一人のチャンネルとして独立して
なんていうの
表現するっていうので一回ね立ち上げてねやってみてますので
よかったらねぜひそっちも聞いていただければと思います
でこの渡辺夫婦の二人ごともちょっとカバー写真とかねリニューアルして
中身というか別にそんなに変わらないとは思うんですけど
なんていうかなちょっとマイナーチェンジっていうの
なんかリニューアルできたらいいなっていうのも考えながらちょっと
割とここまで来てるので
今週ね割と相談所の方だったり動画制作の方だったり落ち着いたので
ちょっとねそれに取り組む1週間にできたらなと思っているので
またねそれも来週お話しできればと思います
ほいって感じかな
なので放送の説明欄からねあの由美の一人ごとチャンネルもね
ぜひチェックしていただければ嬉しいです
というわけで今回の放送以上で最後までお聞きいただきありがとうございました
引き続きねチャンネルへのレター募集しております
あのメッセージとかねこんな気づきましたとかも
大歓迎です寿司食いてーさんみたいにね
こんなこと気づきましたとか投げかけてもらえると
僕もええのにそれってね色々学びになるので嬉しいですし
あとはご相談とかねご質問なんかも募集しておりますので
どうぞお気軽にお寄せください
それではまた次回の放送でお会いしましょう
ほな