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#54 AIで辿り着けないnonnative裏歴史|誰もいなかった2005年の中目黒。時代の先を走るGORE-TEXとのコラボ
2026-05-28 31:02

#54 AIで辿り着けないnonnative裏歴史|誰もいなかった2005年の中目黒。時代の先を走るGORE-TEXとのコラボ

「藤井さんが来るから、気合い入れてAIで調べるんですよ。でも全然出てこなくて。雑誌時代のアーカイブはAIが取り込んでないんですよね」

nonnativeディレクター藤井隆行さんゲスト回の2回目は、SNSもAIもなかった時代の、ネットには残らない、ブランドの初期フェーズを3人で振り返ります。

「商業エリアとして誰も来ない」と言われた2005年の中目黒で立ち上げたセレクトショップ ”vendor(ベンダー)”。世界に名を広めるきっかけとなったトレント・レズナーのCDジャケット起用秘話。ドメスティックブランドが使えるはずがなかった2008年のGORE-TEX採用と、3年計画を組んでプレゼンしたという執念。そして、実は今のスタンダードの先駆けだった2004年のニューバランス別注(1700の形に1300の素材)まで。

「かっこよすぎるのって、すごいかっこ悪い」という藤井さんの哲学や、震災後の福島で給付金を手にした人々が実用的なnonnativeを選んだエピソードまで、雑誌時代の濃密な熱量を、当時BEAMSで横目に見ていた種市さんと、ファンとして憧れてきた小畑がじっくり掘り下げます。

SNSもAIもなかった時代に、本物のカルチャーはどう作られたのか。あなたが今こだわっている「本物」、どれくらい時間をかけて辿り着きましたか?

▼藤井 隆行

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サマリー

このエピソードでは、nonnativeディレクターの藤井隆行氏をゲストに迎え、SNSやAIが登場する以前のブランドの黎明期について語られています。AIでは検索できない雑誌アーカイブ時代の貴重な情報が語られ、2005年の中目黒にセレクトショップ「vendor」を立ち上げた経緯や、世界的な知名度を得るきっかけとなったトレント・レズナーのCDジャケット起用秘話が明かされます。さらに、2008年のGORE-TEX採用における3年計画での粘り強いプレゼンや、2004年のニューバランス別注(1700の形に1300の素材)が現代のスタンダードの先駆けであったことなど、ブランドの歴史における重要な転換点が詳細に語られました。 藤井氏の「かっこよすぎるのは、すごいかっこ悪い」という哲学や、震災後の福島で実用的なnonnativeが選ばれたエピソードも紹介され、当時の雑誌文化が生み出した熱量が伝わってきます。SNSもAIもなかった時代に、どのようにして本物のカルチャーが作られていったのか、そして現代の「本物」へのこだわりがいかに時間をかけて築かれるのかについて深く掘り下げています。

AIでは辿り着けないブランドの歴史
こんにちは、小畑翔吾です。 こんにちは、種市明です。
この番組、テクノロジーとカルチャーの種あかしでは、ファッション、ウェルネス、食、スポーツ、テクノロジーなど感度の高い大人が気になるこれからの話題を日常目線で緩く語っています。
お届けするのは、Decentierでブロックチェーン、クリプト、AIのコンサルティングやデジタル関係サービススラップスを提供する小畑と、
Beams出身で今フリープランナーとして活躍する種市明さん。それぞれの視点でちょっと先のライフスタイルを考えていきます。
富士山回2回目。よろしくお願いします。
ちょっと知らない情報というか、オフな時に話したんだけど、結構富士市とノンネイティブの話って、23年あるわけじゃん。
で、AIでめっちゃ調べたって話してる。
25周年?
僕が入って、ブランド自体はもう27年くらい。
そうか。
99年にできてるんで。
それもすごいな。
最初の頃のちょっと面白い情報とかって、意外とAIで調べても雑誌だから取り込まれてないっていう話。
それが前回できたのがちょっと面白かった。
俺も知らなかった話が。
谷さんが富士市って言ってるじゃないですか。新宿に富士市っていう定食屋があったんですよ。
それ?
アルタの裏に。それから富士市。
そうなんですね。普通に流してましたけど。
そういうこと。
新宿行くたびにちょっと探そうと思うんだけど、もうないよね。
富士市って言ってるのは谷さんだけなんで。
前回いた富士山。
結構有名な人飛びに来たよね。
アルタの裏。
僕、富士山来るから気合い入れて調べるわけですよ。
だけど、この間の話みたいなのはなくて、それは雑誌に結構アーカイブがあって。
でも雑誌はAIが取り込んでないからって確かになと思って。
面白いな。AIが全てを取り込めるわけじゃない。
わけじゃないですね。
確かにAIってインターネットの情報は全て食わされてるんですよ。
あといろんな書籍も食わされてるんですけど、たぶんそこにそういう雑誌とか入ってないんでしょうね。
でも裏原カルチャーとかは分析してる人もいるから。
そこでそう出すとそういうところはあるかもしれないね。
レジェンドの誰々さんとか。
すっごい細かく出てくるんですけど。
僕らみたいな。
全然出てこない。
いやいやいや。
でもめちゃくちゃ価値ある。
雑誌にもそのとき出てないでしょ。その細かいところ。
雑誌には出てないですよ。
ビームスタテンに電話してスニーカー取りに来たって話とか。
それ出てないですよ。
順次から買いに来てたとき。
それはたぶん知らないと思う。
それはもうサーチ不能。
だからすごい面白いなと思って。
ちょっとそこもこの間20年前ぐらいのとこまでしか行けなかったんですけど。
いやでもそうだよね。
ブランドが27年。
99年だから27年目ですよね。
マジすごい。
vendorの設立と中目黒への移転
ちょっとあんまりあれかもしれないけど
同じぐらいのブランドって何になる?
あんまりないかもしれないし。
もうちょっと上になっちゃうかもしれない。
もう少し世代上のは少し。
先輩型のは結構。
長いブランド多いので。
35年とか。
この間富士山入られて。
雑誌等々で取り上げられて。
展示会もできるようになって。
いろんなところでいろんな人が来てっていうのが
第1フェーズだとすると
その後の20数年ぐらいで
区切ったりできるんですか?
自分の中でそうね。
25年ぐらいを区切ったときに。
初期の。
時知らずのあれのときの
ニットキャップだったりとかさ。
タグついてグイッと着てたときの
フェーズがあったの。雑誌時代ね。
だから時知らずがオープンしたのは
多分2001年、2002年だと思うんですけど。
1回亡くなったんですよね。
2004年ぐらいに。
そうだっけ。あれ大きくなったんじゃない?
大きくなって。
大きくなって亡くなったのが
多分2004年ぐらいだったかな。
そのときに。
ちょっと待って。時知らずって3年?
復活したのかな。
分かんないですけど。
僕もちょっとそこ曖昧なんだけど。
とにかく2005年に
ベンダーを出したんですよ。
時知らず頼みだったのが
ちょっと崩れてったときが。
ベンダーって2005年からあるんですか?
やばっ。
覚えてない。だって俺の
吉田カバーのプロジェクトのとこで
スタッフルームで借りようとしてたときに
借りようとしたくなくて。
怒られましたね。
2つ借りて。
タイさんすいませんって。
うちがもう借りちゃったんでみたいな。
いやいやいや。
うちのスタッフルームでさ。
お店できてて。
そっかあれがベンダーのそうだよね。
2005年?
2つ部屋のね。アパートのね。
5年か6年かみたいな。
可愛いお店作ってセレクトショップ。
この子いいじゃんって言って。
あれが精一杯だったっすね。
お店出せる。
2005年じゃないですか。
で僕ちょっと今パッと聞いてわかんなかったのが
ノンネイティブの路面店を出すんじゃなくて
ベンダーを出したらなんだろう。
だからそこが僕らの
いいところというか
やっぱベンダーって
商人とか
そういうみたいな。
旅が好きだったんで
世界中から良いもの集めようみたいな。
その中にノンネイティブがある。
オンリーショップじゃなくてっていうことを
やろうっていう
みんなで。
でもあれ早かったよね。
今考えると。
そういう意味でのね。
ブランドはブランドさんのお店だけっていうことが
割と多い時代の中だったのかもしれないけど。
オンリーでやるほどの
僕当時自信はなかったっすね。
副的に。
でも周りの
熱狂のバランスで言ったら
今考えると
結構恥ずかしい
ものづくりだなって思う。
誰もする
時はあるけど
まあまあまあ
そんなことは誰も思ってない。
自分はね
自分の中でのね
到達の点というか。
満足もしてなかった。
第2フェーズがベンダーを作って
そうですね。ベンダーを作って
2005年
だから何歳?
30歳くらいですか?
29とか。
あそこ何年やった?
何年やったんだろう?
やってないと思うけど
なんでかっていうと
さんざっぱ
横っ面から撮ったくせに
中目黒に移転します
いやいやいや
ちなみにそれどこにやったんですか?
今のね
ハイスタンダードとか
奥良とか。
ナナミカの裏です。
2階しかも。
ナナミカのところで
これが吉田河間さんのビームスのプロジェクトやって
スタッフルも本当に目の前のところで
って言ってたところを掠め取られて
さらに俺実は
俺は代替えの家賃がすごい上がってた
会社に
中目黒に結構好きだって言ったの
言ってましたね。
プレゼンしたらあんなとこ来ないって言われたの
その当時
20年くらい前
何年前だってわからないけど
今の話は20年前くらいで
2005年くらいですね。
あの時に中目黒なんて
誰も来ないよって
昼も
人も来ないから
ダメだって会社で言われて
えーって思って言ってた時に
パッと僕ら中目黒
今のカバーコードが
で、えーって言って
あれだよね
セカンドハンドの店だったよね
リサイクルショップ
だから
元々
店の倉庫だったのが
トラックが入るくらいの
天台があったんですよ。それもよくて
なるほど
でもあの当時
ジェネラルリサーチさんと
RPSAの
アウトレットが
あっただけですからね
本当に何もなかった。もちろん
桜のあれも何もなかったし
何にもなかったですね
本当になかったよね
なんでそこにしか
LDHもなかった時だもんね
LDHは多分駅の方に
小さいオフィスだった
色あずし
高架下の
時じゃない
バンブー
バンブーシュート
逆の方に
あったか
逆の向こう側だもんね
全然なかった
あの店じゃなかった時か
とにかくね、中目黒が
今だと全く信じられないけど
ここね
全然あれよね
商業の場所としては
だから僕らも
青山とか原宿ではないよね
っていうところもあったんで
家賃とかもいますけど
その当時はそこまで中目黒も
高くなかったから
自分らっぽい
ここじゃねえかっていうことで
それがそうだよね
20年くらい前にその絵で
映って
それが第二フェーズ
そうですね
トレント・レズナーとの出会いと世界展開
それで今置ける面積が
広くなっていくんで
服の量も作れるようになってきて
型数も増えていって
みたいな
いっぱい作っても置けないと
最初のお店だと
全然置けなかったんで
それはサイズに合わせて
その時くらいだったかな
トレントレズナー着てたよね
それは2003年くらいですかね
俺あれが結構衝撃っていうか
俺あれ結構嫉妬したんだよね
CDジャケットの写真で
使われたんですよ
M6号
9インチネイルズのね
バンドやってたんじゃないの
やってたけどわかんない
9インチネイルズのトレントレズナーですよ
まあまあ
あの時ちょうど
俺なんかちょっと嫉妬したんだよね
でも僕があんまり9インチネイルズって興味なかったから
特になんか
それすごい
知られたんですけど
聞いた時に
マジかよって思って
どういうことって思ってたの
たまたまロスに
ネイキッドっていうセレブショップがあって
マックスフィールド出身の方たちが
その人たちがすごい気に入ってくれて
でLAに降ろしたの?
めっちゃ売れてたんですよ
そうだったんだ
そんなこともあったの?
それ知らなかった
松戸山高さんと知り合った時も
そこで買ってくれてたんですよ
レコーディング
そういうストーリーなのか
ずっと展示が来ていただいてるんですけど
俺なんか中目に買いに来たのか
知ったのは中目だと思うんですけど
トレントレズナーだよ
LAです
トレントレズナーが
中目に来たの?
それ見て
LAに世界展開してたんだね
そういう
ドメスティックブランドが
話題になり始めた時だったんですかね
でもあれなんですね
お店もそうですけど
いろんなところを降ろしてるわけじゃないですか
数も出てたら作れればするんじゃないですか
そんなことないですか
数とかさっきおっしゃってた
店が広がったから
作れるようになったみたいな
そういう話ね
セレクトショップ依存からの脱却と直販ルート
でもやっぱり
室崎さんって全部取ってくれるわけでもないし
自分たちのお店の
さっきも言ったんですけど
サイズに合わせて
でもあの時ね
なかなか自分もセレクト出身で
心苦しいところもあるんだけど
それこそ藤井さんと
なんとなく話した時に
自分たちの場所をちょっと作らないと
このセレクトだよりだと
セレクトってやっぱり
売れてる時は
わーってなるとこあるけど
さーっと
塩が低い方に
引いてきて
ブランドさんがそこですごく大変だったり
ってところも俺もぼんやり
外側から見て知ってるところもあるし
セレクトショップはセレクトショップなんで
セレクトし続けなきゃいけないので
その時その時に
良いブランドを買っていくのは
コネだけで買ってるわけではないので
やっぱり
それをフィットする時としない時というのも
やっぱり
こうなっちゃうんで
それをなくすためには自分でやるしかない
っていうのはあった
あとは売れてるからずっと続くか
っていうとバイヤーが変わって
バイヤーが自分の
前の専任じゃないところの新しい
風を吹かせようっていうパターンもあったり
ちょっといろんな裏事情もあるから
やっぱり直販のルートというか
場所を作るっていうのはものすごい大変
いやその年齢で
それで
これ多分だって上すっごい人気ある時だよ
分かりますさすがに僕も
全然左ウチュアの時に
これこのままじゃ多分
あれだな
ちょっと先まずいかも
って思って自分たちで動いていって
やっていくところの
速さというか
それはアローズさんに
たくさん買ってもらって
その後
ちょっと落ち込んでみたいなことは
教えてもらったんで
でもやっぱりそれはしょうがないことなんで
その辺のビジネスの
ところも
藤井さんがいろいろ考えられてやるんですか
GORE-TEX採用への挑戦とニューバランス別注
僕はその
MDというか
こういうのとああいうのがあったら
いいなっていうのはなんとなくあるんで
お店を
面で捉えた時に
上代もこれぐらいがいいかなって
いい機に使うともちろん
いいものはできるんですけど
とにかく洗えないと嫌なんですね
それはね前から
全部洗ってるじゃないですか
縮むのが嫌なんですよ
これだって積極されて
洗ったらワンサイズ縮む
僕Gパンのそれが一番嫌いなんですけど
とにかく
そうなると
あんまりいい生地使えないっていうか
いい生地の良さが
なくしちゃうのもあるし
それの上代感とかがこれぐらいが
いいよなっていうのはなんとなく
イメージであるんですけど
でもやっぱりお金のハンドリングは
僕はやってないので
そこからやってもらってきたのがすごく
助かってるというか
社長兼デザイナーの方ももちろん
多いと思うんですけど
それで結構大変なのかな
っていう風に思ったりもして
でもだってそれであれ
ゴアテックス
あれいつから?
2008年ですね
すごい何年前だ?
18年前
18年前に
ドメスティックでやってるブランドで
ゴアテックスを使えるって
だってゴアテックスって
表のアウトドアの
ブランドしか使えないものよ
だってセレクトショップだって
できないでしょ
あの時めちゃくちゃ
あれも結構衝撃だったね
あれが第3波ぐらいか
2008年だから
ゲームチェンジというか
また違う
ゴアとの
似たようなの使ってたよその前までは
3レイヤー
でゴアテックスにたどり着いて
でもすごいプレゼンしましたよ
あれはどういうきっかけ
自分でゴアテックス使いたいと思ったの?
伊藤中経営だったんですけど
もちろん使いたいとはずっと思ってたんで
どうやったら使えるのかな
たまたま知り合いがいて紹介して
その時共同に会ったんですよ
オフィスの
でやりたい
めっちゃ厳しいんですけど
3年計画出してください
どういうことをやっていくのか
ファッションブランドとして
で僕が
まだ買ってないんですけど
ウールの見た目なのにゴアテックス入ってるとか
コーディロイン
ジャケットなのにゴアテックスだとか
あとは
革靴やりたい
オールデンみたいな形だけどゴアテックスとか
コンバースの形だけど
ゴアテックスっていうのを全部
シートに作って
3年後にここまで行きますって
ネニューバランスとかもやりたいよっていう
おお〜
靴とか
全部契約違うんですよね
フットウェアとファブリックスも違う
そうなのゴアテックスで
だからウチだけじゃないですかね
どっちも取れてる
だから服で使えたからといって靴で使えるわけじゃない
別なんですね
割と世界的に見ても
あんまりない
今特に
その当時実は結構あったんですよ
ドメスティックブランド広げてるときで
一回全部シャットアウトして
今ウチと
ナナミカ
ナナミカさんは何店?
ゴールドウィンさん
よく比較されるので
靴を
やってるのはウチだけ
すごいな
ということで
買ったばっかりの自慢の
本当に買って
まだ履いてない
ウジイチといえば
靴って最初の一回目の
話であったと思うけど
上でめっちゃ見ましたよ
VDのブーツめっちゃ持って
休憩時間に
また夕方買い替えるみたいな
とにかく
スポーツシューズとか
革靴って作れないんですよ
自分らの土俵だと
一番最初って何?
別チュースか
ニューバランス
それ何年?
それこそトキシラと一緒にやったんで
そんな昔に
ニューバランスやったの?
めっちゃ早かったですよ
どんなモデル?
1700の形で
1300の素材
今普通ですから
グレーと水色とあれと
あの形で
クラシックっていうのを僕は始めた
今普通じゃないですか?
普通じゃないっていうか
そこまで詳しくないけど
すごいね
そうだったんだ
もちろんロットも少なかったですけど
それやっぱりゴアテックスもだけど
ニューバランスも担当の方が
ノンネイティブが好きだとか
でも俺それをなんとなく
分かったの
好きだから
本当に詳しいから
スニーカーも大好きで
相手も分かった
担当の人もブランドが好きだから
だから多分話くるんだ
そこの
本当に走りというか
それでだってもうとうとう
肩からというか
これは
まさに担当のデザイナーの方が
すごく
うちを好きでいてくれて
こういう企画って
どっちからどういう風に始まるんですか
もちろん水野さんから
お話をいただいて
何かやりませんか
じゃあ何でいきますか
とにかく
ブーツみたいなスニーカー
これね表してるよ
本当に
両方好きだね
ブーツも好きでスニーカーも好きで
向こうもインナイン
究極の形というか
出せない
だけど
うちとコラボだったらいいんじゃないみたいな
スポーツメーカーなんで
出せないというか
ちょっとハードな
トレランダーとちょっとブレちゃうんで
すごいよね
履いてないんですよ僕まだ
怪我しちゃって
リハビリには最適じゃない
ただ踏み込めないかもしれない
しばらく
グッと入れないといけない
すごいねそっか
ビームス時代とトラベルライン
じゃあそうだね
第3フェーズそれがゴアテックスだったり
スニーカーが
でもこうやって振り返ると
全部早いね仕掛けがやっぱり
ラッキーでしたよね
ゴアテックスだって革靴のもさ
それこそリーガルでやったと思い出した
俺も横目で見てて
成功してるので
中はいいんだけど
適度な距離感で
横目で見ててすげえ伸びてるなみたいな感じ
でもあとね昔から
大人っぽいしあんま褒めない
後輩っぽくしないんだよ
こんなに褒めてくれない
違う違う
ビーム戦やめた時からそうだった
2-1
俺出ますわ
下の方がかわいそうじゃないですか
サッと行ったところから
サイラス行って
たまに遊びに行くと
おじゃーすみたいな感じで
変わんないよ本当に変わんない
ひょうひょうとしてて
先輩から可愛がられ
後輩から
憧れられるっていう
謎のポジションだよね
でも空港で
ビーム戦プロジェクトで
空港にかっこいいものがない
かっこいいお店作りたい
って思った時に
カバンだけじゃなくてトラベルの服が
めちゃくちゃかっこいいのあったらいいじゃん
って思って
うーんここは
後輩にくださるしかない
ねえか
思って
ちょっと久しぶりって言って
おだれさん直すか
みたいなところから話したら
コンセプトそれこそその時も
めちゃくちゃ人気あるところ
みんながオファーしてる時でもあった
でもすごいコンセプトが
新しいというか明確で
トランジットも売ってましたよね
うちトランジットで雑誌も
売ってるので
旅っていう
トランジットってうちの会
そう
もうずっと
全部やってるんだ
いけてますね
旅のこと全部やってるよ
うちトランジットで
特集とかやらないですけど
でもそういうのもやって
くれてて
僕はあの時は
これはビームシェアできないな
と思ったし
一番嬉しかったのは親と空港行った時に
見せれたっていうのが良かったですね
おお
自然と
何他に売ってんのみたいな
靴もねその時企画させてもらって結構売れたの
ゴアテックスの
ちょっとスリッパ
リーガルとね
やって
こんなの良いなって言ったらさっと作ってくれて
ヒットしてあれは
愛用してたな
まあそんなこんなで
25年
27年
だからあれいつでしたっけ
震災後の福島と実用性の価値
ダリタができたの
2011年じゃないですか
インクセレクトビームシェア
すごい記憶力ね
そんな感じの時だった
7月ってことは
震災開けて
新しいことやろうみたいな時
そういうことか
そういうことだ
6月にプレスリリース出てますよ
そうだそうだ
思い出してないけど思い出した
大変でしたねあの時は
そこがじゃあ
第3なのかな
もう何ペースあるか分からないけど
今2011年でいいですね
2011年
ぐらいも結構あれですね
大変な時でしたね
やっぱり
震災とか起きちゃうと
ファッションって一番最初
ダメージが
ただ
あの時嬉しかったのは
福島におろし先があったんですけど
そこで
おろし先から聞いたんですけど
結構終わりではないですけど
一旦ファッションは
ちょっと置いときましょうみたいな
感じかなと思ってたら
給付金みたいなのが出た時に
みんな服を買いに来てくれたらしくて
その時に
結構みんなモード系買ってた人が
どんどん自分を買ってますっていう実用性
あーいいね
それを聞いた時に
それは嬉しいな
世の中に必要とされてるというかね
そこそこワテックスのものとか
で汚れても大丈夫らしい
そうそう
それはちょっと
まだやれるなっていう
なるほど
絶妙な立ち位置にいるもんね
そうですよね
そのアウトドアと
そういう意味での
シティのバランスというか
極めて
それこそ誰かが言ってたらね
やっぱりすごい東京っぽい服というか
そんなに主張しないで
だから
僕だからタネさんに
東京ハラースツリーだと思うし
タネさんって結構
昔から
結構背も高くて
服も似合うし
かっこいいじゃないですか
言うたら
わざと古いミニとか乗るんですよ
かっこいいのが
嫌なんですよ多分
それをバランス取るのは
すごい丸だからっていうのがあって
僕はいつも言うんですけど
かっこよすぎるのってすごいかっこ悪い
うんうんうん
バランスを取らないといけない
っていうか
そこは根本的にはある
変わらないものと変わり続けるバランス
なんとなくでいいんじゃない
ただ
最初のビームスの頃の
お話に戻るんだけど
こなしが
繊細なのよさらっと見せるから
裾幅何センチにするとか
どのぐらいのサイジングの
また下どうしてとか
あの辺が逆に
でも上手すぎるから
これ
表現は難しいけど
誰が着てもかっこよくなるんだよ
俺それがたまに来るときあるから
バレちゃうんだよ
意外とサラッとしてて東京っぽいんだけど
みんな着ると東京っぽくなっちゃうから
逆の意味で
ちょっとつまんなくなっちゃう
着てればもうそれで成立しちゃうから
着こなしでどうの
っていう服であれかもしれない
誰が着てもあるとその服になる
余白があるんだけど
余白がないの
説明難しいんだけど
着ちゃうと俺の周りにもいるんだけど
ずっと乗んねえってなるの
いいから馴染むし
年代も関係ないし
タネさんが
スーツにBさんとかじゃないですか
あれはタネさんの
ブランディングじゃなくてスタイリングじゃないですか
僕はその空気感を
ブランドで出したいっていうのはあって
Bさん履く履かないは置いといても
だからうちのパンツに
Bさん履いても普通なんですよね
決まっちゃうんだよね
そこがある
僕とか
そうかもしれないです
何買っても
例えば僕服好きなんですけど
別に皆さんみたいに詳しくないし
そこを
ものすごい時間かけて調べてるわけでも
やっぱないんですよ
だけどさらっと店行って
手に取ってこれいいじゃんって買って
長く着れたり
まさに洗濯もそうだし
いろいろアクティブに動く
っていう時にものすごい使いやすくて
去年買った服も
来年着ても3年後着ても
全然別に着れるわけです
そういうブランドってあんまり
最近もしかしたら増えてるかもしれないですけど
あんまりなくて
変わらないんだけど変わり続ける
というかその
ビッサというかそこのね
だってさ
何年かやるぐらいだったらできるじゃん
ぶっちゃけ
25年に
だから僕個人的には結構
こう書いてたんですけど
いわゆるトレンドっていっぱいあるじゃないですか
そういう
もちろんトレンドもありつつ
アップデートしないといけないのもありつつ
ただ変わんないみたいなところもあって
結局それが評価されてるからずっと続いてんだ
と思ってるんですけど
僕はそういうイメージで着てるんですけど
なんかどういう風にバランス取ってんのかな
とか何考えて作ってるのかなみたいな
僕自体はトレンドとかめっちゃ好きなんですよ
見るのも好き
そうだよねバランス面白いもの取り入れるの早い
セレクトショップのものあるもんね
見てるんで
海外行ったりしても
ハイブランドとかもめっちゃ見るし
だけど自分がやる
べきことみたいな
会社単位に戻った時に
トレンド優先ではない会社
っていうのもあるし
それに僕の
そういうのを入れると
新しく見える
アウトダブランドじゃないんで
不動の
何も変えないブランドとかではないので
なんかね既存のものを
最初の頃の
竹爪の話のところから
それプラスあの時代
それこそカリスマ定員の話だけど
雑誌も出てて
富士市の特殊があるような雑誌も
たぶんなんかね
みんな見に来るの
こいつが
買ったものを
あの靴あれなんだみたいな
なぜかあの時分かんないけど
アルバイトなのにアメリカ行ったりしてたよね
そうですね
見たことない
スニーカー買ってくるんだよ
それが流行るわけ
すごい
その時から
見えないフォロワーっていうのもインスタじゃないけど
なんかね
電線網みたいな形で
雑誌で見て本物見に来るんですね
参考にしてそれ買う
でも売ってない
売ってないよ
そういうセレクトガンみたいな
今もにゃくにゃくと
物作りながら
エッセンスを
眩し方が多分微妙
絶妙というか
だからその美人
でもさやっぱり変わらない怖さもあるじゃん
かっこいいな
変わんなすぎると売れなかったら困ると思うかもしれないけど
そのクリエーションでも仕掛けるとまた
それはそれで
やりすぎるとか
そこがいつも不安ですけどね
やっぱり
バランス感取りすぎても
ダメだし
でもやっぱ長いと
ネガティブな部分が
出てきますよね
変わってないっちゃ変わってない
見え方もするし
変わらないのがいいっていう人もいれば
若者からしたら
もうおじさんのブランドじゃんっていう
そこらへんが最近の悩み
だいぶ飛んじゃいましたけど
番組情報と次回予告
これちょっと話がつけないけど
ちょっと一回切りますかね
いや面白いなと思って
閉めます
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31:02

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