00:01
はい、どうもこんにちは、たからんです。 今日はですね、ちょっと世代間ギャップというか、世代の差の感じ方の違いっていうのを、ちょっといろいろ話題にしていきたいなというお話をしたいと思っています。
特にですね、今日はゼニアル世代っていう言葉の、ちょっと紹介というか、話そうかなと思ってるんですね。
ゼニアル世代って何ですかっていうのがですね、ちょうど私世代のことを指すんですよ。
私って何かっていうと、私1980年の、昭和55年生まれで、2026年の今年で46歳になる年なんですね。
このゼニアル世代っていうのが、80年生まれの前後5年ぐらい、大体1977年から1985年生まれぐらいの世代のことをゼニアル世代って言うんだらしいんですって。
ゼニアルって変な言葉なんですけど、その前ですね、この1980年のこのゼニアルがちょうどそれこそ狭間の世代を表していって、何の狭間かっていうと、その前の世代のX世代とその後の世代のY世代とはあまり言われてないんだけどミレニアム世代って言われてるのがあって、
そのXとミレニアルの真ん中でゼニアルっていうふうに呼ばれてるらしいです。
X世代は1965年から1980年ぐらいの世代で、ミレニアル世代が1981年から1996年世代って言われてるんですね。
その後がZ世代ですよね。XYのZでZ世代って言われてる97年から2012年とかって書いてありますけど、それ以降、2013年以降の今の若い世代、10代ぐらいになるのかな、はアルファ世代って言われてるって感じです。
私、この世代の話ししようと思って、ちょうどZ世代って言葉がよく出てくるじゃないですか。
なんかZ世代は何々だっていう、ちょっとこういう決めつけみたいなラベリングみたいなのは、私はもともとあんまり好きじゃない方なんですけど、そこだからって全員がそうなわけじゃないじゃんっていうのは当然あって、個人差の方が大きいんですけど。
でもやっぱりこの世代ごとにね、自分が生きてきた、特に幼少期からこの青年期っていうのかな、自分の人間形成じゃないですけど、その辺がなってくるあたりで感じてたことって、結構世代ごとに感じることって、やっぱりその時の常識とかその時の監修とかできることとかっていうのはやっぱり大きく影響されるところがあると思ってて。
03:07
一つの指標としてその世代を分けて考えるかなって思ったんですね。
調べてたらZ世代、XY世代っていう話も聞いたことなかったから、Zって言うんだったらその前に言われてたのかなって見たら確かに言われてたらしい。
しかも私がX世代が1980年までで、ミレニアルが1980年、81年からって書いてあって、ちょうど境目で私どっちなみたいな感じになってたら、ちょうどゼニアル、もう憎悪なんかもしれないですけどね、ゼニアル世代って感じで言われてるところがあるようです。
このシブラビティを見たゼニアル世代の特徴っていうのが自分が感じてたことと本当にまさにマッチしてて、アナログ時代の記憶とデジタル時代の記憶のちょうど境目がちょうど学生時代なんですよね。
高校から大学に、中学高校大学に入るあたり、15歳ぐらいのときにインターネットが始まった、一般化したっていうところがあって、Windows95ってのが出たってやつですね、95年。
で、そっから先携帯電話が出てきましたとか言って、携帯電話持って高校生から大学生ぐらいになって、友達とのやりとりが携帯でメールをするっていう、モバイルでどこにいても言葉、話ができるし、文字でちょっとした連絡をポンポンするっていう激変が起こったわけですよ。
小学校のときは、電話、家の黒電話があったんですよ。家の黒電話、固定電話でクルクルって回しながらナリタリちゃんに電話して、ナリタリちゃんいますかって言って電話するとか、そういう感じですよね。
っていう通話手段というか連絡手段しかなかったのに、どこ歩いててもメールが届く、言葉を交わせるっていう、その変化をですね、友達同士のやりとりっていうのが変わったっていうのを感じてるんですよね。
そこが結構大きいかなと思ったりしてて、そういう感覚があったり、結構古いものも知ってるし、新しいところに変化するっていうのも結構感じ取れてる、その世代だって言うんですよね。
あと、全世界ほぼほぼインターネットの普及が同じくらいだったかなと思うんですけど、日本の場合だとちょうどバブルが弾けて不景気になった世代っていう感じです。
小学校11歳くらいかな、にバブル崩壊とかって言われて、9歳か11歳、そのくらいなんですよね、確かね。
で、最初はまだね、子供っていうか自分が小さい時、小学校中学年くらいまではなんかバブリーで、世の中本当に。
例えばガソリンスタンドとかほとんどセルフじゃないですか。私の周りのセルフのガソリンスタンドは当たり前にありますけど、自分でやりますけど。
06:08
昔はそんなことありえなかったですよね。
車に乗って到着すると、スタンドインの人が2人とか出てきて窓とか全部拭いてくれて、その間ね、お父さんと子供で中でただ待ってるとか喋ってるとか中食べてるとか、
そんなんで全部やってくれてありがとうっていう感じになってたっていう。
今はそれやれるところとあると、ああ拭いてくれるんだみたいになりますけど。
それ当たり前だったんですよね。本当にセルフになった頃って、自分でやるの?うわーみたいな感じの感覚を持った記憶がありますよね。
昔のバブリーな頃の記憶がありつつ、一気に不景気不景気としか言わなくなって、どんどん値段が下がっていって、今は上がってますけどね。
安くしないと誰も手を出さないみたいな、そんな感じのも受けてて。
今もそうなんだけど給与。まだ働いてないから給与っていう感じじゃないけど景気の悪さみたいな、そういう空気しか感じなくなったみたいな。
そこまでガクーンと変わった変化感をすごく感じるんですよ。
このよく失われた30年って言われるんですけど平成の頃のね、その大きく変化したところで日本にとってはインターネットとバブル崩壊と、
あとはちょっと医療が急激に発達して、平均寿命が伸びたっていうこととか、その辺と教育の断常さがなくなって仕事の断常さが変わって、昔ながらの差がありまくるっていうアンバランスさとか、
そういうのがね、その変化についてきてないっていうか、なんかこの変化に対してなんで何も対応できてなかったり変わってないんだろうっていう感がものすごく私あるんですね。
ゼニアルって同じ世代の人たちが同じ風に思ってるかどうかわかんないけど、でもその変化感を感じてるっていうところは割と大きいかなと思うんですよ。
それを青年期の時に感じてるっていうのが。
その辺のことから自分の目線こういう感じがあるんですよねっていうのをちょっといろいろ出してみたくて。
しかも違う世代の人、上の世代も下の世代の人の感覚からしたらどう見えてるんだろうなっていうのを自分なりにもちょっと見てみたくて。
で、その感覚の違いみたいなのを知ると、なんかもっと理解が進んで、今前もちょっと言ったんですけど、日本の超寿命曲、超十国になってるために何世代もすごいたくさんの世代が一緒にいる社会っていうことになってるから、
09:17
その考え方の違いっていうのを理解し合えるっていうのかな、感じ取れるようなことがあるんじゃないかなっていうのをちょっとそういうのを考えてみたいんですよね。
で、考えた上で、失われた30年じゃなくて、失ってない日本ってこうじゃんみたいなやつを、なんかこの変化あってるからこうじゃんっていうのをちょっと考えたくて。
ここに行けばいいんじゃんっていうのを考えたくて。で、それは結果の今だからわかるみたいな話もあるけど、でも今からでもわかればそこに向かえばいいっていうのがあると思うんですよ。
なんか停滞しきっちゃって一体何したらいいのかわからないみたいな、それからもう手遅れみたいなのを感じることが多い気がするんですけど、たぶんね、こうじゃんみたいなのが見えてくると手遅れじゃないと思ってるんですよね。
だからガーっていけると思う。日本人ってガーっていけると思うんですよ。行くとここうだよねみたいなのが定まると、なんか変な底力で文明改革じゃないけども、だって変われるっていう習性っていうか、そういう力あると思うんですよね。
なんかね、あんまり悲観せずに、こうだと良かったんじゃないかなって、こうするのが良かったと思うんですよみたいなのを、ちょっと自分の世代、自分個人なんですけど、最終的には。
世代の狭間じゃないけど、そういうところで感じてることっていうのを分析してみたいな、そんなことをやっていきたいなと思っています。
それをね、文字にも残したいし、なんか図を作りたいんだよな、どうなるか分からない、なんかを作りたいんですよ。視覚的になんか出したいなみたいなことをちょっと考えてまして、そんなことできたら面白いかななんてことをちょっと思ったりしてます。
はい、ということで、同じジェニアルな人たち、ジェニアルじゃない人たち、あそうだよね、そうなんだ、みたいなのがあったら、いろいろコメントとかいただけると嬉しいです。
はい、ということで今日も最後まで聞いていただいてありがとうございました。私の知らない新しい世界を教えてくれるあなたの存在に感謝します。皆さんにも素敵な気づきのある毎日になりますように。
タカランでした。それではまた会いましょう。