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サマリー
岩手eスポーツ協会は、「草eスポーツ」という独自の概念を通じて、ゲームが単なる娯楽ではなく、地域社会の課題を解決する強力な社会インフラとなり得ることを示しています。彼らは、引きこもりの少年が外の世界へ踏み出すきっかけを作ったり、マインクラフト教室で世代間の交流を促したりするなど、具体的な活動を展開。勝敗や賞金を排除した「遊び」の空間を提供することで、人々が自然に繋がり、孤立を防ぐ接着剤の役割を果たしています。また、ゲームに没頭するプロセス自体が、現代社会で求められるITスキルや変化への適応力を育むトレーニングにもなると提唱。親がゲームを理解するためのアプローチも提示し、ゲームが家族や地域を繋ぐハブとなる可能性を提示しています。
ゲームが社会を変える可能性:引きこもり少年の事例
あの、リスナーのあなたにちょっと想像してみてほしいことがあるんです。
はい、なんでしょうか。
何年も自分の部屋から一歩も出られなかった一人の少年がいまして。
えー、いわゆる引きこもりの状態ですね。
そうなんです。学校の先生が優しく声をかけても、両親がどれだけ説得しても、あるいは専門のカウンセラーが介入しても、彼は外の世界へ踏み出すことができなかったんですよ。
まあ、そこから抜け出すのは本当に難しいことですからね。
ですよね。でもある日突然、彼が自分からここに行きたいって言って、何年かぶりに家族と一緒に家の外へ出たんですよ。
それはすごい変化ですね。何が彼を動かしたんですか?
それが魔法の治療法とか、画期的な教育プログラムとかじゃなくて、近所で開催されたビデオゲームのイベントだったんです。
ああ、なるほど。いや、このエピソードこそが、私たちが普段ゲームという言葉に対して抱いている固定観念を根本から覆す鍵になりますよね。
そうなんですよ。Eスポーツで聞くと、あなたはどんな光景を思い浮かべますか?
まあ、巨大なアリーナとか、眩しいネオンサインとかですかね。
はいはい。あとは高価なヘッドセットをつけたプロゲーマーたちが何億円という賞金をかけてバチバチに戦うみたいな、そういう選ばれた人たちのデジタルな格闘技っていうイメージが強いはずなんです。
確かにメディアで取り上げられるのはそういう部分が多いですよね。
ええ。でも、今回私たちが紐解いていく岩手Eスポーツ協会の代表理事である遠藤哲也氏のインタビュー記録には、全く違う景色が広がっていました。
ええ、全然違う景色でしたね。
今回の深掘りのミッションは、ゲームという一見ただの生産性のない娯楽に過ぎないツールが、いかにして地域の活性化や人々のつながりを生む強力な社会インフラになり得るのか、これを解き明かすことです。
はい。
さあ、紐解いていきましょうか。早速この全く新しい景色の中に入っていきたいんですが。
岩手eスポーツ協会の壮大なビジョンと泥臭い実践
えっと、まずこの岩手Eスポーツ協会の活動を俯瞰してみると、彼らが2018年の発足当初から掲げている、Eスポーツが岩手を変えるという壮大なテーマの真意が見えてくるんですよね。
岩手を変えるですか?
そうです。彼らは決して岩手から世界チャンピオンのプロゲーマーを輩出するためだけに活動しているわけではないんですよ。
なるほど。じゃあ何が目的なんでしょうか?
仮想化とか、世代間の断絶、そして地域社会の孤立といった、そういう複雑な課題を解決するための手段としてゲームを据えているんです。その全体構想が非常に戦略的なんですよ。
いや、岩手を変えるって言葉だけ聞くと、すごく壮大で、ちょっと現実離れしているようにも聞こえますよね。
そう聞こえちゃいますよね、最初は。
でも実際に彼らが現場でやっていることの記録を見ると、すごく泥臭くて、かつユニークなんですよ。例えば、マインクラフトを使ったプログラミング教室を開いているという記録がありました。
はいはい、マインクラフトですね。
ただ私が一番驚いたのは、その参加者の層なんですよ。
お、と言いますと?
小学生の隣におじいちゃんやおばあちゃんが座って、一緒になって画面の中でブロックを積んだり壊したりしているんです。
なかなか見ない光景ですよね。
そうなんですよ。これ普通のパソコン教室では絶対に見られない光景じゃないですか。
まさにそこがポイントなんですよね。マインクラフトというゲームを開催させることで、教える側と教えられる側のヒエラルキーが逆転したり、あるいは完全にフラットになったりするんですよ。
ヒエラルキーがなくなると?
ええ。お年寄りがマウスの操作に手間取っていれば、隣の小学生がここはこうやってクリックするんだよって自然に教える。
はいはい。
そこには高齢者支援というおもむるしい空気は一切なくて、ただ一緒に遊んでいる共通の仲間としてのフラットな関係性が生まれているんです。
「草eスポーツ」が創る多様な交流空間
なるほどな。さらに不思議なのが彼らの開催するイベントの空間なんですよ。
空間ですか?
はい。eスポーツのイベントなのに同じ会場でコスプレイヤーが写真を撮り合っていたり、別のテーブルでは大人たちがアナログなボードゲームとかカードゲームに熱中していたりするそうなんです。
えーカオスな空間ですよね。
最新のデジタルゲームとカードをめくるようなアナログな遊びって普通に考えたら水と油じゃないですか。どうしてこれが同じ空間で混ざり合うんでしょうか。
なぜ混ざり合うのか。それは一見違うように見えるこれらの活動の根底に共通して遊びという絶対的な引力が働いているからなんですよ。
遊びという引力。
デジタルとアナログをあえて同じ空間に配置することでコミュニティの交差点が生まれるんです。
交差点?
最初はボードゲームを目当てに来た人がふと隣の熱気に惹かれてeスポーツの画面を覗き込む。
あーなるほど。
逆にゲームをしに来た若者が待ち時間に大人たちのボードゲームの輪に巻き込まれていく。
勝敗や賞金というプレッシャーを完全に排除したこの状態を彼らは草eスポーツという言葉で表現しているんですよね。
ちょっと待って。これって野球で例えるとプロ野球じゃなくて草野球みたいなものですよね。
あーまさにその通りです。草野球的な感覚ですね。
グローブさえ持っていけば誰でも仲間に入れるような。
あーあとすごく居心地の良い地元のダイナーみたいなものかなって思いました。
ダイナーですか。面白いですね。
美味しいコーヒー、つまりeスポーツですね。それを目当てにお店に入ったんだけど、カウンターの隣でチェリーパイ、これはボードゲームですけど、それを食べてるおじさんとたまたま目があってそこから世間話が始まるみたいな。
はいはい、情景が浮かびますね。
つまりゲームは単なるその場に座るための言い訳に過ぎなくて、本当の目的はそこで起きる雑談や交流の方にあるわけですよね。
そのダイナーの例え本質をついていますね。まさに言い訳なんですよ。
言い訳。
遊びがもたらす心理的メカニズム:安全な社会復帰の言い訳
そしてその言い訳が最も強力に作用したのが冒頭であなたが紹介してくれたあの引きこもりの少年のエピソードなんです。
ここ本当に心を動かされましたよ。長年学校にも行けず家族での外出もできなかった小学生の男の子が家でたまたまeスポーツをやっていて、そのイベントの存在を知ってここに行ってみたいと自分から言い出し、久しぶりに家族全員で外出できたんですよね。
大きな一歩ですよね。
その時、子供が前向きにゲームを楽しむ姿を見たお父さんがイベントの主催者である遠藤代表に深くお礼を引いたそうなんです。
ここからがオッと思うところなんですけど、学校に行きなさいとか社会に出なさいって大人がいくら正論を並べて説得しても動かなかった子が、なぜゲームのイベントになる足を運べたのか、この心理的なメカニズムって一体どうなってるんでしょうか。
これをより大きな視点で捉えるとですね、大義名分と純粋な欲求の質的な違いが見えてくるんですよ。
大義名分と純粋な欲求。
人間は何々すべきだとか、学ぶためだ、将来のためだっていう大義名分を突きつけられると、どうしてもそこにプレッシャーを感じてしまいますよね。
特に長期間孤立している人にとってそのプレッシャーは巨大な壁になりますもんね。
そうなんです。でも、ただゲームをしに行く、楽しいから行くっていう純粋な遊びの欲求はそのプレッシャーの壁の下をすり抜けるんですよ。
プレッシャーの壁の下をすり抜ける、なるほど。
彼にとって、イベントに行くことは社会復帰への第一歩っていうような重い決断ではなくて、ただ家でやっているゲームの続きを別の場所でやるだけだったんです。
ああ、そうか。
つまり、遊びが最前列にあるからこそ、それが外の世界へ足を踏み出すための極めて安全な言い訳として機能したんですね。
遊びだからこそ安全だと。
真面目な目的を正面から掲げるよりも、ただ遊び場があるよと空間を提示することの方が、結果的に孤立した人々を社会につなぎ止める強力なアクローチになる。
これは現代の支援とか教育において非常にパラダイムシフト的な視点だと思いますね。
すごい話ですよね、本当に。正論で引っ張り上げるんじゃなくて、遊びという言い訳を用意してあげるだけで、人は自らドアを開けて出てくるっていう。
そういうことなんです。
地理的孤立を乗り越えるデジタルの力
さて、一人の少年を孤立から救い出したこの遊びの魔法ですが、岩手県という場所を考えると、もっと巨大な孤立の壁があることに気づきますよね。
地理的な壁ですね。
何と言っても、あの広大な面積じゃないですか。
おっしゃる通りです。岩手県は四国四県がすっぽり入るほどの面積を持っていますからね。
盛岡市のような内陸の中心地もあれば、宮古市や二重村のような沿岸部もある。物理的な距離が極めて遠いんです。
地元のダイナーに集まるような間隔と言っても、車で2時間も3時間もかかってしまっては、気軽にフラッと立ち寄ることはできませんよね。
できませんね。
ここで、eスポーツというデジタルの強みが一気に発揮されるわけですか。
そうですね。物理的な距離があると、リアルのイベントで月に1回集まることすら難しいかもしれない。
でも、その間にオンラインゲームを通じて一緒に遊べれば、関係性は途切れないんですよ。
なるほど。
ディスコードなどでボイスチャットをつなぎながら、今のプレイ危なかったねって笑い合う。
そういう日常的な共通体験の積み重なりがあるからこそ、次に直接会った時も、まるで毎日学校で顔を合わせている親友のようにスムーズに打ち解けられるんです。
デジタルが物理的な距離をゼロにして、リアルなコミュニティを維持するための接着剤になっているんですね。
ええ。オフラインのイベントとオンラインの日常プレイの両輪でコミュニティを回しているんです。
ゲームはIT社会を生き抜く強力なスキルトレーニング
でも、ここで少し意地悪な質問というか、リスナーである親御さんたちの代弁者として切り込ませてください。
はい、どうぞ。
こういったコミュニティの素晴らしさは分かったと。でも、うちの子放っておいたら永遠にゲームしちゃうんじゃないの?って不安になりますよね。
なりますね。
視力も悪くなるんじゃないか。勉強しなくなるんじゃないか。それに、ゲームばかりしていて将来社会でやっていけるの?っていう根本的な不安。
知識がない親はどうやって子供のゲームと関わればいいんですか?
当然の不安ですよね。ただ、協会側はそこに対して非常に明確なロジックを持っています。
実は、ゲームという遊びにのめり込むプロセスそのものが、現代のIT社会を生き抜くための強力なスキルトレーニングになっているんですよ。
えっ、単にゲームをしているからITに強くなるという単純な話ではないですよね。どういうメカニズムなんですか?
例えばですね、ある子が自分のゲームのスーパープレイを友達に見せたい、あるいはYouTubeに投稿したいという欲求を持ったとします。
はいはい、よくあることですよね。
するとどうなるか。親や先生にやりなさいと言われなくても、自分で勝手に動画編集ソフトをダウンロードして、タイムラインの切り張りを覚え、テロップの入れ方を学び、クリックされやすいサムネイルのデザインまで研究し始めるんです。
おお、すごい行動力ですね。
遊びたい、見てもらいたいという原動力があるからこそ、動画編集やデザイン、さらにはタイピングや複雑なマウス操作といった実践的なスキルが驚くべきスピードで自然と身についていくんですよ。
なるほど。勉強としてパソコン教室で教わるよりも、自分のゲーム実況を作りたいという目的がある方が圧倒的に吸収が早いわけですね。
ええ。さらに私が最も重要だと考えるのが、頻繁に変わる画面UI、つまりユーザーインターフェースに適応する力なんです。
画面UIに適応する力ですか?
現代のオンラインゲームって、数ヶ月に一度の大型アップデートで、メニュー画面の配置や武器の使用、ボタンの役割がガラッと変わってしまうことがよくあるんですよ。
ああ、ありますね。
ゲーマーたちは文句を言いながらも、それを瞬時に把握して新しいシステムにすぐ適応するんです。
これって変化の激しい現代のIT社会において最も求められる能力の一つなんですよ。
なるほど、確かに。
新しいソフトウェアや無知のシステムを前にしたとき、マニュアルがないから使えないってフリーズするんじゃなくて、
お、ここが変わったのか、じゃあこう押せばいいなって感覚でアジャストしていく力。
ゲームはこの柔軟性を徹底的に鍛え上げてくれるんです。
それはどんな仕事にも直結するものすごいサバイバルスキルですね。
そうなんですよ。
親がゲームと向き合うためのアプローチと理解
でもそれでもやっぱり、ゲームの知識が全くない親からすると、子供が部屋でヘッドホンをして画面に向かって叫んでいる姿を見ると、何をしているかわからないという恐怖感がさけ立つと思うんです。
ええ、よくわかります。そういう親御さんはどうやってアプローチしていけばいいんでしょうか。
教会が提案するアプローチは非常に現実的です。
彼らはイオンなどの大型モールや行政と組んでイベントを開き、メリットだけでもデメリットも直接伝えているんですが、
はい。
その上で推奨しているのが、まずは親自身が見て、触れて、考えることなんです。
見て、触れて、考える。いきなり一緒に遊べというわけではないんですね。
ええ、それはハードルが高すぎますからね。そこでお勧めされているのが、ゲーム散歩というコンテンツを見ることなんです。
ゲーム散歩、何ですかそれ。
これはゲームを攻略するのではなく、専門家の視点からゲームの世界をただ散歩するという動画コンテンツなんですよ。
散歩する?
例えば、グランドセフトオートのようなリアルな街を再現したアクションゲームの世界で、
本物の植物学者が、このヤシの木の生え方は植生として非常に正確だって真面目に解説しながら歩き回ったり。
へえ、面白いですねそれ。
あるいは、本物の建築家がマインクラフトで作られた建物の構造を、この針の使い方は素晴らしいって分析したりするんです。
それはすごい。銃を撃ち合うだけのゲームだと思っていたら、実はとんでもなく緻密に計算された仮想現実のシミュレーターだと気づくわけですね。
その通りです。これを見ると、親御さんのゲームに対する解像度が劇的に上がるんですよ。
なるほど。
子供が単に敵を倒す快感だけでなく、その世界の美しさや複雑なシステムをハックする楽しさに引き付けられているのかもしれない、と理解できるようになる。
未知の者への抵抗感をなくすこと自体が、IT社会を生き抜く強力な訓練になっているんです。
つまり、親が歩み寄るための翻訳機として、そういう動画を使えばいいんですね。
ただの遊びが、夕食の時の共通の話題に変わっていく。
ええ、まさに。
ゲームは子供を部屋に閉じ込めるツールではなくて、親と子、そして地域と人をつなぐハブになり得るということですね。
ええ、それが岩手eスポーツ協会が体現している社会インフラとしてのゲームの真の姿です。
岩手eスポーツ協会のイベントと未来への問い
さて、ここまでこの資料を読み解いてきて、リスナーのあなたもきっと、
臭いeスポーツの熱量やこの新しいコミュニティの空気に触れてみたくなったんじゃないでしょうか。
ここで一つ最高にワクワクする情報をお伝えしますね。
はい。
今年の6月5日から7日までの3日間、岩手県のアッピゴーゲンというスキー場のリゾートホテルで開催されるイベントがあるんです。
第13回となる東北最大のオフ会だそうです。
リゾートホテルでオフ会ですか?
そうなんです。
eスポーツのプレイヤー面持ちろん、コスプレイヤー、ボードゲーム愛好家などあらゆるサブカルチャーのジャンルが集う、いい意味でカオスな空間になるそうです。
広大なスキーリゾートを丸ごと遊び場にしてしまうすごい規模感ですね。
もしあなたがこの時期岩手や東北エリアに行く機会があるなら絶対に覗いてみるべきですね。
実際に現地に行くのが難しいという方でも彼らの熱気を感じることはできますよ。
どうすればいいですか?
ぜひ一度お手元のスマートフォンやパソコンでGoogleなどで岩手eスポーツと検索してみてください。
ホームページやX、インスタグラム、YouTubeをチェックしてみるといいですよ。
いいですね。
非常にオープンなコミュニティなので気軽にダイレクトメッセージなんかで問い合わせてみるのも素晴らしい第一歩になるはずです。
ありがとうございます。
さて、そろそろお時間ですね。
今回私たちが読み解いてきた資料から見えてきたのは、ゲームがもはや単なるモニターの中の個人的な出来事ではないという事実でした。
つまりこれらは何を意味しているのか。
それは岩手県という広大な土地の物理的な距離をゼロにし、小学生とお年寄りをつなぎ、部屋に引きこもっていた少年を外の世界へと導き、さらには未知のシステムに適応するITサバイバルスキルまで育んでしまうという事。
私たちが今まで時間の無駄だとみなしていた臭いスポーツの空間こそが、実は社会の形を少しずつでも確実に良くしていく立派なインフラとして機能していたんですよね。
本当にそう思います。そして今回の話は私たちに非常に重要な問いを投げかけています。
重要な問いですか?
もし一見生産性がないと思われがちなゲームという遊びが、広大な地域での孤立を防ぎ、引きこもりの子供を家の外へ連れ出す力を持っているのだとしたら、私たちが無駄だと切り捨てている他の趣味や娯楽の中にも、現代社会の複雑な課題を解決する未発見の特効薬がまだまだ眠っているのではないでしょうか。
なるほど。未発見の特効薬ですね。
あなたの周りにある単なる遊びは本当に何を変える力を持っていると思いますか?
リスナーのあなたもぜひ少し考えてみてください。
この問いはあなたへの手土産にして今回の深掘りはここまでとさせていただきます。
明日からあなたの目に映る遊びの風景が少し違って見えるかもしれませんね。
お聞きいただきありがとうございました。
17:32
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