市民科学研究室のインタビュー文字起こしから生成した音声概要
サマリー
調布市の市民科学研究室は、住民が主体となり、専門家が見落としがちな地域の問題をデータで調査する活動について語っています。特に、2020年の道路崩壊事故を契機に、住民たちが真実を自ら明らかにする重要性が強調されています。また、活動の持続可能性や、市民がコミュニティで果たす役割の意義についても論じられています。調布の住民は、市民科学研究室を通じて、専門家が見落としがちな問題をデータで解決しようとする取り組みについて語っています。市民の当事者意識や技術との関わり方は、地域社会にとって重要な要素となっています。
市民科学の重要性
もし、あなたの身の回りで起きている、ちょっと専門的で複雑な問題、例えば、そうですね、近所で持ち上がった再開発計画とか、新しいテクノロジーの導入とか、そういったことについて、専門家とか行政に任せっきりにするんじゃなくて、自分たちの手で調べて、解決に導く力があったとしたらどうでしょう。
今回は、まさにそれを地道に実践している人たちの話なんです。手元にある資料は、NPO法人、市民科学研究室の代表、植田政文さんへのインタビュー記録ですね。
この市民科学という言葉をキーワードに、普通の市民が科学技術とどう向き合って社会をより良く変えていけるのか、その可能性と、あとかなりリアルな課題についても深く掘り下げていきたいと思います。
これ情報があふれる中で、あなた自身が社会とどう関わっていくか、そのヒントが見つかるかもしれないです。
ここで言う市民科学っていう言葉、ちょっとだけ補足しておくと、単に大学の研究者が行う調査を手伝うみたいな、そういうボランティア活動だけを指すわけではないんですよね。
違うんですね。
むしろ市民自らが、これっておかしいんじゃないかっていう問題意識を起点にして、主体的に調査とか研究を行う活動、それが今回の話の核心になります。
なので、この対話を通してあなたと一緒に考えたいのは、なぜ今この市民科学が重要なのかっていうその問いなんです。
調査と地域の問題
では早速ですが、このユニークなNPO、そもそもどうやって始まったんでしょうか。
資料を読むと、代表の上田さんの個人的な経験がかなり大きいみたいですね。
そうなんです。この市民科学研究室の原点っていうのは、上田さん個人の問題意識に深く根差してるんですね。
彼はもともと大学で生物学を専攻していた、まあ研究者の卵だったわけです。
で、その彼の人生を大きく変えたのが、学生時代に経験したチェルノブイリの原発事故。
ああ、チェルノブイリ。
科学っていうものが、ひとたび社会に大きな影響を及ぼすと、どれだけ途方もないことになるか。
それを目の当たりにして、自分は大学の研究室という、いわば造芸の塔に閉じこもっていいのかと、
強烈に思ったそうなんですよ。
なるほど、そのアカデミックな世界と現実社会との間に、こう巨大な壁を感じたということですかね。
おそらくそうだと思います。
研究者になる人って、多かれ少なかれそういうジレンマを抱えそうですが、
上田さんはそこで、まあ行動を起こしたと。
ええ。
まさに。で、最初は本当に個人的な勉強会からスタートしたそうなんです。
仲間うちで論文を読んだり、議論したりとか。
うんうん。
でもそのうちに参加者の中から、ただ専門家の話を聞いてるだけじゃ物足りないなーとか、
自分たちで実際に調べてみようじゃないか、っていう声がこう自然と上がってきた。
へー。
この自発的な盛り上がりがすごく面白い点ですよね。
受け身の学習から、能動的な探求へ、と。
ええ。そこから具体的なテーマを持った研究グループがいくつも生まれて、組織としての形が徐々にできていった。
そして2005年、国の研究助成金に応募するために、NPO法人化に踏み切ります。
はい。
で、驚くのは、この時点で特に大々的な宣伝もしていないのに、参加者がすでに100名を超えていたっていう事実なんです。
えっと、それはすごいですね。
ええ。
一人の研究者の危機感が、それだけ多くの人の共感を呼んで、大きなうねりになっていったと。
自分たちの生活に関わる問題を誰かに委ねるんじゃなくて、自分たちの手に取り戻したいっていう欲求が静かに社会に存在していた証拠かもしれないですね。
その成り立ちはよく分かりました。
で、やっぱり気になるのは、じゃあ具体的に彼らは何をやっているの?っていうところですよね。
資料にあった東京調布市の道路本末事故の話、あれはかなり衝撃的でした。
2020年に起きたあの事故ですね。地下深くで進められていた外環道のトンネル工事が原因で、突然地上の道路が崩壊したという。
この事例は、市民価格の役割を非常に分かりやすく示しています。
問題の本質っていうのは、事故の後、事業者とか行政が住民たちが受けた被害の全体像を必ずしも積極的に調査しようとしなかった点にあるんです。
ああ、よく聞く話ですね。原因は調査中とか因果関係は不明みたいな言葉で、個々の住民が感じている不安とか被害がなかなか公的に認められなかったと。
まさにその通りです。家が傾いたり、壁にひびが入ったり、夜も眠れないほどの振動があったり。
住民にとっては切実な生活の問題なのに、それが大きな枠組みの中では些細なこととして扱われかねない状況でした。
そこで、市民科学研究室が住民たちと一緒に調査研究グループを結成したんです。
住民が主体になるというのがポイントですよね。でも正直なところ、そういう時って専門家から見たら、素人がデータを集めても信頼性がないなんて反発はなかったんでしょうか。
ああ、非常に良い指摘ですね。もちろんそういう見方もあったでしょう。だからこそ彼らがやったのは、ただ不安だって声を上げるだけじゃなかったんです。
住民自身の視点、つまり生活者としての知を武器にしたんですね。
生活者としての知。
ええ。例えば家々の壁にできたひび割れの写真を日付入りで時系列に記録していくとか、あとはスマートフォンのアプリを使って日々の振動レベルを緻密に計測し続けるとか、そういった客観的なデータを住民一人一人が協力して集めて可視化した。
これってたまに調査に来る専門家には到底できない継続的な観測なんです。
なるほど。それは生活者の視点っていうより、もはや生活者だからこそ集められるデータですね。専門家の行う点での調査に対して住民による線での調査というか。
まさにその地道なデータが事業者との交渉の場で強力な武器になったわけです。専門家や行政が見落としがちな、あるいは意図的に無視しようとしたかもしれない名もなき被害を当事者である市民が主体となって明らかにした。
活動の持続可能性
これはあなたの地域で何か問題が起きたとき、誰かがやってくれると待つんじゃなくて、自分たちで動くことの価値を示した非常に重要なケースだと思います。
調布の例は市民が主役になることで行政や事業者を動かせるんだっていう希望を感じますね。でも一方でこれだけの活動を続けるのって相当大変そうですよね。
上列だけでは続かないというか、その資金面とか人の問題とかそのあたりはどうなってるんでしょう。
そこがこの活動の理想と現実がぶつかる最も誠実な部分ですね。
上田さんはインタビューで2つの大きな課題を挙げています。
1つ目は担い手の高齢化とそれに伴う若者不足です。
これは多くの市民活動に共通する悩みですよね。やっぱり。
活動の中心メンバーの多くが時間的に余裕のある高齢者の方々。
もちろんその方々の知識とか経験は非常に貴重なんですけど、社会の中核を担うべき40代50代といった現役世代やさらに若い世代の参加がなかなか増えない。
事務所には科学とか社会問題に関する専門層が5000冊もあって、週末には一般に開放したり学生向けの調査技術ワークショップを開いたりといろいろな工夫はしているそうですが、それでも若者が定着するのは難しいと。
なぜなんでしょうね。若い世代の方が社会問題への関心は高いイメージもありますけど。
おそらく日々の仕事とか子育てに追われてそこまで手が回らないっていうのが現実なのでしょう。
そしてそれが2つ目の課題、つまり持続可能性の問題に直結します。
持続可能性。
はい。会員は200名以上いるそうですが、実際に活動の核となっているのはそのうちの数十名。
そして衝撃的なのは、このNPOの活動を先住の仕事として、つまりお給料をもらって生計を立てているスタッフが、代表の上田さんただ一人だという事実です。
えー、たった一人ですか。あれだけの活動を回していて。
そうなんです。上田さんが試算したところ、自分以外に複数人の専門スタッフを雇用して、組織として安定的に活動を継続していくためには、最低でも千人規模の会員が必要だと。
千人。
ええ。回避収入が活動の基盤ですからね。現在の200人から千人へ、これはとてつもなく高いハードルです。
うわー、それは厳しい数字ですね。この課題の根っこには、もっと大きな社会構造の問題があると上田さんは指摘していますよね。第三の場所の話です。
ええ。多くの現代人にとって、生活が家庭、つまり第一の場所と、学校、職場、第二の場所、この二つの往復だけでほぼ完結してしまっていると。
かつては地域のお祭りとか、行きつけの喫茶店、趣味のサークルみたいな利害関係のない人々と交流できる第三の場所、サードプレースがもっと豊かに存在した。でも今はそうした場所がどんどん失われていると。
市民科学研究室は、まさにその失われた第三の場所になろうとしているわけですね。社会的な課題について学び、議論し、行動する。それは日々の生活に応殺されている人にとって、新しい視点とか人間関係をもたらしてくれる、すごく価値のある場所のはずなのに。
そう。価値はあるはずなのに、そこに時間とかお金を投資する余裕が社会全体から失われている。このジレンマは非常に大きいと思います。
さて、そうした市民活動の在り方も、テクノロジーの進化で少しずつ変わってきているようです。AIとかインターネットみたいな新しい技術は、彼らにとって追い風なんでしょうか?それとも。
まさに、初来の件だと資料から読み取れますね。まずポジティブな側面から見ると、Zoomのようなオンライン会議ツールは活動の幅を劇的に広げました。
ああ、なるほど。
これまでは物理的に集まるのが難しかった遠方の人が気軽に参加できるようになった。今では定例の会合のほとんどがオンライン化されているそうです。
それをオンラインの掲示板システムに変えたそうなんです。すると、参加者同士であなたの意見面白いですね、とか、講師も後からあの質問ですが、みたいに対話を続けられるようになった。
学びが一方通行で終わらず、双方向のコミュニケーションに発展したわけです。
特に川崎市民アカデミーという講座では、知的好奇心の旺盛な高齢者の方々が驚くほど活発にこの掲示板を利用したというんですね。
面白い。デジタルツールって若者のものっていうイメージがありましたけど、そうとは限らないんですね。むしろ時間があって探求心の強い高齢者層と相性がいいのかもしれない。
一方で当然メガティブな側面、つまりテクノロジーがもたらす新たな課題にも彼らは目を向けています。
例えば子供のスマートフォンへの依存の問題。これはもう世界的な課題ですよね。
市民科学の重要性
あるいは普段は蛇口をひねれば水が出るのが当たり前すぎて意識しませんが、その裏にある下水道の老朽化といった見えないインフラ技術に私たちの生活がいかに無力依存しているかといった問題提起もしています。
テクノロジーとの向き合い方という点ではどうでしょう。ただ便利だから使うというだけではダメだと。
そこが確信です。AIとの向き合い方について非常に示唆に富むワークショップの話が紹介されていました。ある時、図書館の司書さんたちを集めて開催したそうです。
図書館の司書さん?
ええ。彼らの間にはこれだけAIが発達すればレファレンス業務なんて全部AIに奪われて自分たちの仕事はなくなるんじゃないかっていう強い不安があった。
ああ、それは多くの専門職が感じている不安ですよね。
ところがワークショップで対話を重ねる中で彼らはある価値を再発見した。それは単に情報を検索して提供するだけじゃない、利用者の漠然とした悩みとかうまく言葉にできない問いに寄り添って一緒に答えを探していく、人間だからこそできる相談業務の価値です。
なるほど。でもそれって一種の精神論で終わってしまいませんかね。人間にしかできない仕事があるって自分たちに言い聞かせるだけで具体的なスキルの再定義とか新しい役割の模索がなければ、結局はAIに代替されてしまう不安は残る気がするんですが。
おっしゃる通りです。だからこのワークショップの重要な点は、人間は素晴らしいで終わったわけではないことなんです。
むしろ、AIが得意なことは何か、人間がやるべきことは何かを冷静に切り分けて、じゃあ自分たちはこれからどんなスキルを磨き、どんなサービスを提供すべきかを具体的に考える出発点になった。
あーなるほど。
技術に怯えるんじゃなくて、技術との新しい役割分担を主体的にデザインしていく。その重要性を示した恒例だと思います。
技術は使い方次第で私たちを孤立させる狂気にもなれば、逆につながりを深めるための強力な道具にもなる。
ただ受け身で使うんじゃなくて、自分たちの生活や社会を豊かにするためにどう賢く使いこなすかっていう視点を持つことが本当に重要なんですね。
さて、ここまで市民科学研究室の活動を深く見てきましたが、この探求から私たちが持ち帰るべきエッセンスは何でしょうか。
そうですね。いくつか見えてきたことがあると思います。
一つは、市民科学の本質とは、突き詰めれば当事者意識だということ。
当事者意識。
ええ。
調布の例が示すように、どんなに専門的で巨大に見える問題でも、そこに住み生活する当事者が主体的に関わることで、専門家だけでは見つけられなかった解決の糸口が見つかる可能性があるということです。
そして、その当事者意識を育む土壌として、第三の場所がやっぱり重要になってくるわけですね。
家庭と職場だけの往復では、どうしても視野が狭くなってしまう。
それ以外の社会との接点が、個人の世界を広げ、ひいては地域社会を豊かにしていく。
この市民科学研究室のような場所が、もっと身近にたくさんあれば、社会は少し変わるのかもしれない。
そして三つ目は、今しがた話したテクノロジーとの主体的な関わり方です。
テクノロジーとの関わり
技術の進化にただ振り回されるのではなく、それを自分たちの目的を達成するための道具として、批判的な視点を持ちながら使いこなしていく。
この姿勢が、これからの時代を生きる私たちには不可欠だということですね。
当事者意識、第三の場所、そして技術との主体的な関わり、どれも現代社会で私たちが少しずつ失いかけているもののような気がしますね。
インタビューの一番最後に、上田さんは、子ども料理科学教室っていう、一見すると少し毛色の違う活動について触れているんです。これが非常に興味深い。
料理教室ですか?
はい。彼は言うんです。自分の手で料理をすることは、食材がどこから来たのか、どう調理すれば美味しくなるのか、栄養のバランスはどうなっているのかを知ること。
それは、自分の生活の成り立ちを理解する、最も身近で基本的な市民科学なんだ。
なるほど。ブラックボックスになっているものを自分の手に取り戻す第一歩が料理だと。それは面白い視点ですね。
これを踏まえて、最後にあなたに一つ考えてみてほしいことがあるんです。あなたの生活を支えている様々なテクノロジーとか社会システムの中で、この自分で料理をすることに当たるものは一体何でしょうか。
例えば、毎日使っているスマートフォンのアプリがどんな仕組みで動いているのか少しだけ調べてみるとか。
それもいいですね。あるいは、いつもは誰かに任せっきりの何か小さなことを一つ自分の手に取り戻してみる。
例えば、いつもは業者に頼む簡単な修繕を自分でやってみるとか、地域のゴミの分裂ルールがなぜそうなっているのか、その背景を調べてみるとか。
そんなささやな一歩が、あなたを単なる消費者から、社会を主体的に構成する自立した市民へと変えていくのかもしれない。
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