ただいまご紹介いただきました、美想空間、鯛島と申します。
本題の方に入る前にですね、なんとなく、ちょっと今日までのあらましと言いますか、これ実は前段とか、いろいろこうありましての今日になりますので、
多分初めましての方もたくさんいらっしゃるかなと思いますので、簡単な僕の自己紹介、3分、4分くらいお時間いただけたらなというふうに思います。
私は美想空間という会社を経営しておりまして、本拠地は大阪の方にございます。40名くらいでやっている会社でして、ちょうど今年今の20期目をやっているような会社です。
僕自身のプロフィールとしては、30年前に宮崎の方にサーフィンでシンプルに遊びに来まして、その時に触れた人がとにかくウェルカムだなとか、波いいよねとか、ご飯おいしいよねとか、
ええことづくめだったもんで、それが30年前で、今年50になるんですが、20歳から30年間宮崎にどんどん通い詰めまして、10年前に渡航日数が100日を超えだしたので、
本業はリノベーション、古い建物をいじることをやっているので、空き家買って宿やってみようかな、ぐらいから10年前からこちらの方に来まして、6年前に青島漁港の中で空き家を買いまして、自分自身がDIYで、今拠点として構えています。
なので月の半分は宮崎にいまして、月の残りの半分はどこか違うところにいるような感じの人間でございます。
今日皆さんお集まりいただいています、ここのボリュームっていう、入港民間ボリュームという場所を運営しているのも私たち美想空間でございまして、これが出来上がっていく過程と、今日の加藤さんの話っていうのがすごくリンクしてくるかなと思うので、
簡単にここが何なのかっていうところと、どうやって生まれてみたいなところを話しさせてもらおうかなと思います。
ここは原則シェアオフィス、ワーキングみたいなスペースになってまして、上にワークスペースがございます。
会員さんが利用できる場所っていうのがここの3階のスペースになってまして、例えばここイベントを今日行ってますが、会員になっていただいたら皆さんがいろんな交流イベントだったりっていうのがすぐできるような場所になってます。
だから場所を借りてなんかするって結構大変なので、ここはメンバーが使うような場所になってまして、後後ろのあそこのバーカウンターみたいなカウンターがありますが、
あそこも会員さんがちょっとスナックのイベントをやったりだとか、飲み会のイベントをやったりだとか、みたいな飲食店の許可を取っているチャレンジキッチン的な場所になっていたりだとか、
今日これ放映させてもらうポッドキャストを撮る場所があったりだとか、っていうようなここを借りれる、なんとなくそういった場所になってまして、この辺がありますね。
上がこんな感じでワークスペースになっていると。
上の個室がまんぱんになったので、2階にも今拡張するというような形でやっているような施設です。
特徴としては僕自身がサウナが好きなもので、上にサウナがあるので、会員さんは皆さんサウナ使い放題っていうところと、
あとは飲んだときに帰れないみたいなのがあるので、上旅館業の許可を取っているので、会員さんはホテル的に使うこともできるような施設になっています。
これ、僕らこういったまちづくりとか、何かしたいとか、クリエイターさんとか、いろんな方とつながりたいなと思ってこの拠点を作ったんですが、実はこのアイディア、今いろいろしゃべったやつは、実は僕が考えただけのものではないっていうところから始まってまして、
2024年の4月ですね、ちょうどもう2年前ですね。
こういった形で、これは宮崎市さん主催で、僕がシンプルに講師として空き家を活用した事例っていうものをいろいろやっているので、それを話し気にしに来させてもらったのがちょうど2年前でして、結構な方いろいろ来ていただきました。
この時にオーナーさんとか空き家活用したいよっていう方が100名くらい集まられて、その中に実はここの物件のオーナーさんもいらっしゃいました。
この場所を提供するからできひんかなっていうことで、いろいろ活用を考えたいっていう方と集まって、その次によく年明けたとき1月ですね、このビルの空中を使って何しましょうかっていうのを考えるワークショップを行いました。
それがこんな感じで3つの班に分かれてやりました。
これ工事前のこの物件で、実際宮崎市のこの街中で何が足らないのかなと。
例えばここは学生さんにも開放しているので、学生さんが勉強する場所がないよねっていうのもここは反映する場所になっていたりだとか、いろんな方と考えてこんな感じのワークショップを行って、
それぞれ3つの班からアイデアを出してもらったやつを発表いただいて、僕たちが出資をしましてここの場所っていうのを作って、
僕たちの美想空間っていう会社の宮崎の支店統計も行ってやっているような場所がこのボリュームとなっております。
実はこのワークショップの一番左のテーブルに、ちょっと分かりにくいんですけど一番陰になっているところの方が、
今回今日加藤さんに朝見に行ってもらったこれから改装していきたいなと思っている明治地区の古民家で場所が池内にある物件を触っていくプロジェクトを今立ち上げようとしているような感じです。
なので僕からするとストーリーがずっと繋がってまして、セミナーをするオーナーさんと出会う、何かこれ活用できるのかなっていうのをお話をいただいて、それを一つ一つやっていっているような感じでございます。
今回の物件でいきますと、オーナーさんが地区150年越えの物件を持っているが、なかなか回収して、状態もめちゃくちゃいいんですが、
ただすごく大きいので、なかなか難しいなというようなところがありますが、ただ思いはすごい持ってらっしゃるので、
物件こんな感じの建物なんですけど、右側が一番古くて明治地区の建物で、それぞれ大正昭和の初期に建ったみたいな建物です。
これも僕自身も見に行きまして、事業とするってなると数千万かかるなと。
それを回収してやっていくビジネスに乗っけるのってすごく難しいんじゃないのかな。
ただでもオーナーさんの思いを何とかしてあげたいし、やりたいなっていう、何となく使命感も含めて行き着いたのが、
DIYっていうものをキーワードに、自分たちで直して最低限使えるようにして、それを運営していくことっていうのが一つの道じゃないのかなっていう風に考えて、
プロジェクトをどんどん考えていく中で、加藤さんをご紹介いただいて、今日来ていただいたような流れになっています。
加藤さんは全国でいろんなこのいわゆる空き家を回収して、プロジェクトに関わられながらやられています。
僕自身も自分の家を青島に住んでる空き家なんですけれども、そこをフルでDIYをしまして住む家を作っております。
すごく楽しいですし、いろんな方、移住者さんとか手伝っていただいて、そこでできたコミュニティとか、その中で今僕も楽しく生活をしているので、
そういった感じのものができたらなというふうに思っておりますので、ぜひコミュニティライクという考え方、それからDIYの未来みたいなところの話を加藤さんのほうからいただけたらなというふうに思いますので、
じゃあここからは加藤さんにパトンを渡したいなと思います。
すみません、皆さまこんばんは。
今日は立派な会場だし、こんな人集まっていらっしゃいますしね。
あと大島さんもすごいいろんなことをさせていただいて、たぶんもう今から1,2時間喋りたかったんじゃないかと思いますけど、すみません。
今日はコミュニティ大工ということで時間をいただきましてありがとうございます。
私、コミュニティ大工とかって言いましたけど、たぶん知らないと思います。
ほとんどですね、皆さま。
ちょっと何かみたいなことを軽くかいつまんでから話し入っていこうと思います。
一応書いた通り、栄一町って僕鹿児島田舎町から来たんですが、
空き家の再生をしているうちに気づいたらたどり着いたのがこのコミュニティ大工というふうに思ってもらえばと思ってまして、
DIYなんですけど、そこに地域の力みたいなものと、あと不動産も建築も待ち続けてつなごうみたいな、そんなことでやっている形になります。
これが大工さんですね、普通の。
男まさにバリバリみたいな感じがあると思います。
僕の現場はこんな雰囲気で、なんか違いはわちゃわちゃしている。
年配な方がいたり、子供がいたり、女子もいたり、そんな形でやったりしているところが特徴です。
こんなふうにして、いろんな人の力を借りて、これほとんど無償の方々なんですけども、床とか張れちゃったりするんですよね。
こんなことをしていったり、そんなことをやってます。
コミュニティ大工になるものが本当に市民権がなくて、昔新聞記者が来たときに一生懸命喋って、1時間喋っても僕の家でコミュニティ大工って帰ってくれないんですよ。
自営業の加藤さんが見られたのが、なんかだんだんやっと乗るようになって、鹿児島の新聞1個乗ったらなんかだんだん乗るようになってきましたけども、今こんなふうに紹介されるようになってきたりもしました。
最近は論文って言うんですけども、大学の方々とか結構研究大賞とかで取り上げてくれて、いろいろやったりとかで、中には東京大学ってあるんだけど、一応東京大学の学生が2回くらいかな、書いてくれたり、そんなことになってきたりとか。
今日もう多分皆さん知らないからちょっと自慢話ばっかりいっぱいしますけど、これ1回だけやれば自慢になるっていう例え話で、韓国にちょっと呼んでもらったことがあって、そこで話ししろということで、
わかりますか?よく見えないね。一応ほら僕のスライドがハングルに訳されてるんですね。一応1回だけかもしれませんが、一応行くと言えるので、こんなことをしたりとかしてます。
これ長崎の津島とかに現場に実際大工するんですけども、本当にボロい車に、わかります?下の後ろまで荷物積んで、振りながら行ってたりしたんですけども、
ここがたまたま韓国と近かったので、冗談半分で韓国の方に参加しませんかっていうワークショップ、国際ワークショップとか言ったら、一応来てくれることになりまして、本当これ見えないね。
あの奥の2人が、これ映ってないか。ちょっと待ってくださいね。ポインターが。映るか。映ったね。
これ2人韓国人だけど顔が一緒だから全然わかんないんですけど、一応来てくれてやったりとかですね。そんなことをいろいろやったりとかしてるところです。
それで、これが僕が鹿児島で持ってる家なんですけども、ほとんど鹿児島のやり方は賃貸でやったんだけど、買ってくれたら40万円で買っちゃった家ですね。
そこなんかはこんな感じでボロボロの家だったんですけども、なんかしようかなと思ったら、大学の建築家の方々って結構学生さんやる場がないってことで、場所欲しいって言われたので、そっかってことで。
大学からお金もらいながら皆さん参加してくれて、人気に立てて働いてくれて、部代大僕出せば済むみたいなこういうことをしたりとかですね。
そんなことでいろんな形で、これ市から頼まれた研修会を備えてやっちゃったりとかですね。そういうことをいろいろさせてもらったりしてるところです。
今コミュニティ大工ということで、大工じゃなかった人間が大工になってしまったんですけども、僕は大工の仕事はあんまり経験したことない。
プロの職人収益を受けたことがないままやっちゃったので、得意なのは鎌島大島に行けるんだけど、行政と連携したりとか、街中でいろんな地域活動やってましたので、そういうことがやれるので、
大工の腕は悪いけど許してねっていう大工をやってるところ、結果的にこんな感じなんですけども、鹿児島の鋭町ってところで始まったものが県内各地に広がって、
今県外って書きましたけども、いろんなところだとか、離島とかですね、やっぱり過疎地なのでうちの街が相性がいいみたいで、そういうふうに売り化してもらってると、そういうことをやらせてもらってます。
何言ったかわかんないけど、ちょっと具体的な話をしていきたいと思うんですけども、これが一応僕の住んでる鋭町という町の写真です。
すごく田舎ですね。
人口的には鋭町が合併前の人口で1万人のちっちゃな町になります。
本当に人口減少はなだしいところで、日本中今減ってて人口問題言われてますけども、うちの街はもう人口半分まで減ってる、そういう過疎地ということになります。
ちょっとそこのベースでやってる活動を紹介していこうと思うんですけども、
自己紹介で、名刺に変な顔が入ってますね。
これ出雲のネタなんですけども、これ僕の似顔絵ですね。
何が言いたいかというと、顔がね、目が棒なんですよ。
バッテリーじゃなくて。
みんなに結構いじられることが多かったので、ネタにしようと思って自分のイラストを名刺に入れました。
するとね、結構いろんなところで僕の顔を使ってくれるんですね。
こんな感じでね、結構いろいろ使ってくれまして、親しんでいただいてありがたいなと思ってます。
こういうバージョンもありますね。
結構楽しくやったりしております。
で、もともとはですね、最初は僕は、さっきモービル石油って言ってくれましたけども、外資系の石油会社に一応入りまして、ソラリーマンから始めました。
でもなんか気づいたら、今モービルって日本からなくなっちゃったんですけども、
なんか世界4位の石油会社なのにガッペガッペ繰り返したりとか、また見売りされて日本の会社になったりとか、いろんなことを経てるんですけども、
なんか会社って人をシェアするためのやつなのに、なんか資本の論理とか振り回されて、ちょっとシェアしてないなーみたいな思いがあって、やめる決断をして、
で行った先というのが、2社目の会社がこれなんですね。市場の楽園に出張を命ずって書いてます。
行った会社は、カリブ海のほうに行かせて出張ができる会社で行くんですが、
僕行ったのは、この下にあるみたいな車の解体現場みたいなところに行ってまして、
これ写真見せると、これ僕売った商品です。
日本で農家さんが使わなくなった軽トラとかをちょん切ってるんですよ。
なんでちょん切ってるかというと、コンテナにこれ詰めてるんですけど、そのまま屋根付いてるとあんまり入んないです、数が。
ちょん切るといっぱい入るんですよ。倍ぐらい入るんですよ。でちょん切ってる、写真。
これが現地行くとこんな形で、地元のおじさんたちがこれ屋根をつないでね、溶接ってやつして、
日本の農家が農業の中でボロボロの軽トラを直して、でこれがこうなってカリブ海の富井川に売られてるみたいな、
こういう底辺の仕事みたいなことをいろいろやってきました。
楽しかったけどストレスも多かったので、この頃趣味で家を中古の家を買ったんですけども、
これ家ただなんですね、土地代だけで、むしろ解体費引いてくれたので、
せっかくだから日常大学やろうかなってことになって、趣味で始めたのがこの日常大学で、30代の頃こういうことをしてました。
素人ながら悪くないくらいの腕かなみたいな感じなんですけども、こんなことをしてました。
そしたら気づいたら住友林業という会社が募集してて、ちょっと転職しようかなってことで、木材大好きだったのでその会社に移りました。
僕の仕事は住宅とか大工とか関係なくて、木材の流通みたいな仕事で、
写真あるようにフィンランドとかスウェーデンとか行って木材の改築みたいな仕事をしたりとか、
下はアイスホテルって言って、スウェーデンにある氷のホテルなんですよね。
お客さんに案内してもらったりとか。
でもこれ雪道ってマイナス4度の部屋の中に現地の駐在員のおっさんとダブルベッドで2人寝転がってレブゴール入って、
基本マイナス4度みたいな、もういいかなみたいな感じなんですが、
そういう貴重な経験をさせてもらったりもしてまして、それがちょっと今につながってるかなみたいな、そんな形になってます。
その後は鹿児島に41歳の時から移住しまして、ここが僕の今の拠点の写真なんですけども、
ここに海がない埼玉市の僕がちょっと海に憧れてしまって、
これ最後の会社ですね、東京の駅前大手町のところにありますけども、
ここからここに勝手に転勤しちゃったみたいな形で、
写真見せるとこんな景色なんですよ。
いいですよね、東京借りたくないですよね。
その思いで一生頑張ってやってるみたいな形です。
その後、鹿児島にいた弟が辰野としごの養殖を仕事にしてたので、
そこに合流して観光施設を作るみたいなことをさせてもらって、
今おかげさまでこんな形でなんとか回ってて、16年かな、一応数列に回ってます。
僕はこれはほったらかして、奥さんと弟に任せきれて、今あちこちで稼ぎ歩いてるようなそんな人生を歩んでおります。
それでちょっと栄町移住したときから話に戻るんですけども、
田舎町すぎて、分かりますかね、普通移住とかすると家必要ですよね。
普通は不動産屋さん行くんですよ。田舎って不動産屋さんないんですよ、そもそも。
あとないし、賃貸住宅がないものは人の移動がないからないんですよ。
でもやっぱり田舎は人呼びたいみたいなジレンマがあります。
だけど今度は賃貸住宅がないけど空き家はいくらでもあったりするんですね。
それでどうしようかなと思ったところ、僕は一応こういう経験をしてたので、
そっかと、もう直せばいいのかということで、いろいろ聞いたところ、不動産屋さんはいないんだけども、
地元の自治会長とかNPOの代表の方が案内してくれて、このうちどうだいって言われました。
住めそうなんだけど見てみたら、中がお風呂が分かりますかね、あんな感じで介護用の風呂になってて、
給湯器壊れてお湯が出ないし、床抜けそうだったり、大変だったんですけども、
僕それを自分で直したいってことを話したら、この自治会長さんが親さんと一緒に行ってくれて、
交渉してくれて、家賃下げて、僕が勝手に直すから好きにさせてっていう契約で安く借りるという、
そういうことができたりしました。
これで住み始めたら、さっきの辰野都市の養殖場なんですが、最初こんなボロボロ状態で本当に大変だったんですけども、
これも2丁台ができたので自分で直して、2週間くらいで下の状態まで改装をかけて、
オープンしたりというそういうことをしてきたりもしました。
何が言いたいかというと、中古の家を買ったおかげでハウスメーカーを転職しちゃったりもきっかけになったし、
移住先の家もDIYで直したし、職場も作っちゃったりしたんですね。
だから何か2丁台ができて、秋葉原再生を見たことができたことによって、
結構人生も変わってきたし、これから話しますが街も結構色々変化もしてきたりもしてて、
そういうスキルは意外とバカにしたもんじゃないぞみたいなことを分かってくれたら嬉しく思います。
秋葉原問題って書いてあるんですけども、こういう秋葉原どうしようかねみたいな社会課題になっていて、
これ新聞記事なんですけども今900万個ってすごい数の秋葉原があるんですね。
実は鹿児島はここに書いてますがワースト1ということで、放棄された秋葉原が日本で一番多いところになります。
この問題にこういう目線で目を向けると本当に全国的な課題だし、
いろいろと問題も多くて解決困難なところになるんですけど、
でも考えてみたら日本中人口減っているし秋葉原は国中の問題なわけで、
その中で鹿児島ナンバーワンの中でもうちの街が過疎地だから、先進地と言えるんですよね。
これ経験積んだことは結構希少かなみたいなことって思ったりもしてるし、
考えてみるよりは、これ大島さんも全く一緒なんですけども、本当に使えばいろんなことができるわけですね。
コストもかからずにできることがいっぱいあるし、移住者が来たり仕事が生まれたり、そういうことになったりもします。
だからネガティブな目線よりは、むしろポジティブに捉えたら、いろんなことがあるのが秋葉原かなと思っていて、
ぜひ今日はそういう目線で秋葉原問題を捉えてもらえたら嬉しいかなと思ったりしています。
それでちょっとはっきり話の続きに戻りますと、鹿児島にやってきまして、観光業だったから観光のことを始めることになったんですね。
この辺は今日の本題から外れるからさらっといきますけども、地元にNPO法人というのがあって、そこがいろんな町のことを頑張ろうとやったりもしてました。
そこの方々がこの田舎町に来て、観光を始めていた僕のことを憐れてくれたのもあったんですけども、応援しようということになりまして、
そんなことで観光室だったのは公園の中だったんですけども、公園の中に金を立てるためのお金を25万円組んでくれて立てることになりました。
僕からしたら25万円大金でありがたいんだけど、25万円じゃ普通に金立たないんですよね。
それを地元の方が結構手伝ってくれて、まさに手弁当でやってくれて、この石碑とかはNPOの理事のおじさんが無償提供だったりするんですよ。
これ一応25万円で立てちゃったりしたんですね。
その結果、ちょっと公園に花が、さっき彩りが出てきて、気づいたら、今日も行政の方がいらっしゃるんですけども、
この公園、民間の連中が頑張っている面白い公園になることで、手小売りしようとなりまして、
うちの市もお金がないのに県の予算を引っ張ってきて、すごいでしょ。
これババババッと整備をしてくれて、この状態からこんなことになりまして広場ができるみたいな、2500万円の工事でした。
25万円で2500万円、むっちゃ効率いいですよね。
100倍の投資効率だったんですけども、こういう広場ができるみたいなことが起こりました。
僕ら嬉しかったので、ここでイベントをやって、行政の恩返しもあるけどやったりとかですね。
あとは観光地じゃない町で観光施設作っちゃったので、なんかもう自分たちでやるしかないということで、観光マップを作ろうぜみたいなことで、
上場マップ作りを、でも観光業者がいないので、普通の主婦とか商店主とか、いろんな農家とかが巻き込んで一緒に施設作ったりとか、
あとはこれ公園の中の森が荒れ果ててたので、ここをなんとか取って、頼まぬように森の整備を毎年やっていって、
そういうことをやってきたりしました。
おかげさまで、今日はこの話は深くしないんですけども、人が来なかった町が今、年間15万人くらいかな、来てくれて、
うちの施設も写真の通り結構人が来てくれて、なんとか飯に行けるようになったみたいなことがベースになります。
その活動が、この公園から隣の神社とか農村地帯とかも広がっていったりもしまして、
そんな形で今申したように、一応15万人くらい来るようになってきました。
今日は誰も言ってこないから、勝手に自分で自慢、自慢ばっかりしてますからね。
一応なんとか大臣賞とかいただいたりとかしまして、そういう町づくりが一応ベースにあったということで、
ちょっとこれが秋葉原再生の前端になるので、なんとなく頭入れてもらえたら嬉しいなって思います。
ちょっとそこまでを整理する、観光町づくりって言ってるんですけども、
やったこととかできたことっていうのは、観光を全然素人もいいところなんですよね。
だからやったのはまずDIY精神というのかな。
できることからやろうということ、金を立ててみたということから始まったりしてます。
あと観光業わかんないので、観光の業種がわかんないからマップを勝手に作ったりしたんですけども、
そういったことでやってきたことと、もう一個は僕は移住者だし、地元の方の中に結構関わりたい方もいたりしたんですね。
そういった方々にマップを作ってもらったりとかイベントしたりとかをやってきたりもしまして、
オープンに地域でやってきたりもしました。
これは言ってみたら、普通の観光業で言ったら邪道もいいところなんですよ。
だけど邪道のおかげで、さっきの賞もいただいたりあったのかなという、そういうことが行われてきました。
そんなことをしているうちに、この公園の動きがじわりじわりと商店街に移ってきまして、
そこでの活動につながっていくということになってきました。
最初はですね、商店街の中にあった空き店舗の改修工事ということになって、
LPOのメンバーで観光やった方がいっぱいいたので、皆さんに協力をもらって、
このようにして勢いで改修工事をしていったんですね。
これも話せば思い出話がいっぱいあるけど、
今日思いっきり場所にいましてしゃべると、これがbeforeですね。
こんな状態のところを改修工事していくんですけども、これがafterか。
結構変わりましたね。すごいですね。一気に変わっちゃいましたね。
なんかすごいですよ、beforeが。一気に立派になりましたね。
これは大学の先生がデザインしてくれたりとかで一緒にやったりもしたんですけども、
写真が綺麗です、やっぱりね。写真、プロが撮るとやっぱりかっこよくて綺麗で、
僕たちの写真こんな感じなんですよ。全然違うんですけどね。
まあまあやっぱり写真大事だと思います。
でもそこで今これ懇親会やってる写真で、嬉しかったんだけど、
当時もう本当はケア再生に慣れてなくて、補助金ってものを行政からいただいてやったんだけど、
結局お金足りなくなっちゃって、電気も水道もキッチンもトイレもなしです。
ここに見えます?これコールマンのランタンみたいなのつけてて、
明るいのは隣から消防団からライト借りて、便所と水道は隣の家行けみたいなそんな感じだったけど、
まあ楽しかったなあなんて思い出です。
これよく見たら壁もドアもないですよね。
もう本当によかったなと思いますけども、こんなことでスタートしました。
ただこれなんていうかな、商店街の中のお店をこういう風な空間にしたんですけども、
商店街の中でやったことで公民感ほど固くないし、個人の家ほど閉鎖されてないみたいな空間ができたことで、
やりたいことある人いっぱいいたんですよね。
そんな方々と一緒になってこういうイベントをしたりとかで、ちょっと商店街の雰囲気が変わっていきました。
そんなことで何か一件やったことで地元の方が集まってきてくれたりとか、
そんなことが始まってきて、やっとよかったなあと思ったりしたのがこの経験でした。
こういうことをしているといい街に見えてくるんですよ。
それでちょっと若者がね、騙されてては怒られちゃうけど、何か移住したいなあという人が来てくれまして、
うちの街に住むことになりました。
一人は最初県と組んだ行政の事業で対応した人で、
残りは地域広報士協力隊といって市町村と組んで、総務省のお金を使って対応できる制度があるんですけど、それで来てもらうことになりまして、
3人若者が移住してきたんですね。
むっちゃいいことなんですけど、覚えてますか、最初に話したの。
家がない問題。
過疎地だから呼びたいんですよ、人。
頑張ったら来てくれたのに、気づいたら家がない問題ぶつかるんですよ。
本当に皆さん来るのにもう言えなくてヒヤヒヤしてですね。
一生懸命動き回って、あるのは空き家だらけなんですね。
しょうがないから空き家を探して借りて、そこを直すみたいなことを綱渡りみたいにやってきてですね、その後の人たちに受け入れてきました。
ちょっと写真見てもらうと、これボロいでしょ結構ね。
これが借りた家です。
さっきの家の向かいにあって、この親さんも向かい側の家の動き見てたから、使っていいよということで貸していただいて、
2軒合わせて年間3万で借りてます。
すごい安く借りてます。
左側のうち見るとですね、ボロボロで結構床とか鎖かけてたんですよ。
だけど年間2軒で3万とかタダみたいなもんですよね。
実験しようということで、うちの従事者の若者と買いたい人にしていったら、まあ使えるんじゃねえかなって気がしてきて、
これは予算限られて50万円だけでやったんですけども、公務店に払ったお金と僕らのDIYを合わせて50万プラス10万かな、60万でやったんですけども、
こんな形でみんなで楽しくDIYしながらやっていきました。
これ落書き、どうせ壁塗るから落書きできるので、やってるうちにうちの若者が僕の苦い顔をごめんに書くんですよね。
こんなノリで楽しくやってきました。
これ悔しいから壁は塗りつぶして今真っ白になってますけども、こういうことをしながらやっていったりとか、
あと棚がありますけど棚とかは結構みんなでDIYできるから作ってもらったりとか、
そんなことでうちできた移住者たちの事務所がなかったので事務所にしちゃったりしました。
事務所ってなんかいいんですよね。
夜とか済まないから結構そこそこでも許されるし、水回りとかもなくても済むから結構1号の物件の改修にお勧めかなと思ったりもしますけども、作ったりしました。
あと隣の方は中はもうちょっとまともな状態だったんですけども、ちょっと使い勝手がどうかなってことだったので、
軽く直して移住者の一人住ませてたんですけども、住んでるうちにだんだん溜まり場になってきたので、
じゃあもう溜まり場機能を強化しようということで、
当時学生さんがいっぱい出入りしてたのでみんなでワークショップですね、
あんな形で改修工事してたりとかしていて、
気づいたら壁塗ったりなんかしてるうちに予算もちょっとついたので、
ちょっと補助金も使いましたけども、こんな形の宿になっちゃって、
宿になると人たちが来てくれて泊まってくれてですね、また交流促進みたいな、
そういうことをいろいろやってきたりもしました。
気づいたら2年間で5件くらいかな、改修工事をしたりもしてて、
ただ考えてみたときに、何でできたのかなと思ったり見たんですけども、
なんかさっき言った観光地区と同じことやってただけなのかなと思ったりしました。
やっぱり分からなかったので、まずDIY精神で動き回って、
借りるところもそうだし、なおそくやってみようということが一つです。
あとは本当に建築業界知らないので、
もう素人の体当たりなんですけども、
意外とそこが効いて貸してくれたりとか直せたりとかできたなということがありました。
あとはさっきとこれも一緒で、地域の方にこういうことやってみたいって結構いたんですよね。
誘ってみんなでやろうぜと来てくれて、
本当に邪道の観光のやり方そのままなんですけども、
業界常識でやらなかったこと、DIY精神でやったこと、
地域と一緒にやったこととか書いてよかったかなみたいな、
そういう経験をさせてもらいました。
ちょっとこの時に改修したうちの動画があるので、
ちょっと軽く見てもらって雰囲気を感じてもらえればと思います。
見ての通りコロナ禍満点の写真動画ですけどもね。
いつやるかによって結構件数が変わってくるので、
5件が今9件になって、結果に12件ぐらいやってるので、
その後数は変わってくると思いますが、そんなことをしていきました。
それで、僕らさっきも言ったように観光地づくりはやってきてたけど、
秋葉原再生はこの時初めてやったんですね。
街づくり的なものをやってたものが秋葉原再生やって感じたことを書いてみたんですけど、
やっぱりわかりやすいんですよ。
なんとなく観光地づくりと比べると、
商店街の中にちゃんとした場が変化してできてくるみたいなことがすごいわかりやすいし、
それが地域の方に見てわかるし、参加できたりするわけですね。
そこが大きかったなと思いました。
下に成果が求められて書いたのは、結果が出ればすごい評価されるし、
逆に言うと失敗も諸見えだったりするんですよ。
だから、ちょっと今日偉そうに成功事例というかいっぱい喋ってますけど、
実は暗い過去もあって、これ1件目をやる前に商店になった家で、
これ零号物件と呼んでるんですけども、
地区140年の込みにかかって、
ここを僕ら最初、わけわかんないままいじろうとしたんですね。
保存活動をして使おうと思ったんだけども、
これ残念ながら解体されてます。
これ都会にいる親さんに、当時僕ら観光がうまくいってて、
イケイケで貸してくださいとか言ったんだけど、
結局家のことをやったことで何ができるんだみたいなことになって、
親は責任があるんだぞってことで、責任の後に壊しちゃうみたいな、
起こったりしました。
本当こんな形で、結構いろんな失敗もしてきてます。
これ写真も、アキアの2件目やろうとしたときかな、
説明会をやろうとしたときに、結構当時2015年、
8年、10年以上前か、
アキア再生で街を元気にしたのが通じなかったので、
質問でみんなうっと詰まったときの、
胸が痛い写真だったりするんだけど、
いろんな経験もしてるし、
解体結果トラブルもあったりもしてます。
もし後で時間があったら、
こういうことを全然掘り起こしてくれても結構なんで、
そういうのも重ねた上での今だと思ってもらえればと思います。
実面の話をいくつか入れていこうかと思うんですけども、
どうやっていったかの話ですね。
これ多分、大島さんもこういうの得意だと思うんだけども、
普通は家って不動産屋さんに行って探すものなんですね。
だけど僕らの町はたまたま不動産屋さんがいなかったから、
地域で探したんだけど、
多分宮崎市にあったって空き家は不動産屋さん扱わなかったりするから、
同じだと思うんですけど、
そこを耐えらずに自分の足で当たることで物件が出てきたりもする。
というのが一つです。
あとは普通の不動産的に行くと、
家をちゃんと親さんが直して、きれいにして、
かすれて貸しますよね。
親さんがそこまでできないこと結構あるんですね。
費用もかかっちゃったりとかで。
その時に僕らもやったのは、
家賃安くしてくれればと勝手にやるからってことでやって、
そういう形でDIY型の空き家再生をやっていったりもしました。
ちょっと具体的に書いてみたんですけども、
家賃はさっき年間3万って言ったんですけど、
たまたま親さんと話したら向こうが3万でいいと言ってきて、
僕最初月3万かと思ったら、
向こうが年間3万でいいですと。
うちは払ってるのは固定資産でも安いし、
保険料も安いし、
3万でカバーできればいいですって言われて、
ありがとうございますって言って借りちゃったんですよ。
それから年間3万でいいって言うんだって気づいて、
みんなに言ったら意外と通るんですね。
だから僕らそれから12件全部年間3万か、
時2万かなんですけども、
宮崎とか街中は固定資産税高いところはもっと払ってもいいと思いますけど、
固定資産でプラスアルファぐらいで借りるみたいなことにしてます。
だけど家賃安い代わりにやることは全部僕らがやりますよってことを言い切って、
そういったことを結局契約書に入れ込まないといけないし、
あとここに現状回復なしって書いてますが、
いろんなこと工夫をしてます。
これが契約書ですね。
一応これプロのアドバイスも受けて、
転借っていうのは借りたものをまたがして若者に貸したりもするし、
家賃年間3万ですよね。
ほぼ勝手に直しますってことを書いて、
これに現状回復しないって書いてます。
これ普通の家ってみなさん借りたら直して返さないといけないですよね。
だけど僕らの回収ってこれ分かるかな。
ボットンベンジョーとかの家借りて、
これ勝手に直すんですよ推薦に。
簡易推薦ってやつ。
10万ぐらいで直したりするんですけど、
これを元に戻しますかって絶対大江さん嫌だって決まってますよね。
こういう話をすると現状回復いらないってことになって、
こういうことをしたりもしてます。
だからこんな感じで図解すると、
田舎で不動産がないし、機能してないって言ったんですけど、
田舎でも貸してもいい人もいるし、借りたい人もいるんですよね。
つなぐ不動産がいないのが田舎の状況です。
これを直せばいいんだけど、
やっぱり大江さんには直すなかなかお金とか力がないんですね。
だからこれを僕らがやるってことで、
NPO法人の立場でバルッとやってしまって、
それを借りたい人に貸したりつないだりするみたいなことをやってきたりもしました。
あとはちょっと複雑な図ですけども、
僕らが間に入れば家も貸せるってこと分かったので、
地域おこし協力隊って市が採用して、
普通は市が家用意するんですよ。
だけどうちの町とか用意市もできないんですね。
だから僕ら団体が家を用意して、市町村に貸す形をとったりしました。
そこに協力隊として来た移住者に住んでもらった形にして、
これお金もちょっと入れてますけど、
さらっと聞いてください。
一応年間3万だから払うお金3年間の協力隊任期で9万円だけなんですね。
家賃は市に話して、
普通の家賃相場3万とか言って頑張って4万円にしました。
3年間で144万円入ってくるんですよ。
差額135万円くらいあるから、
お金かけられないけど100万円くらいの会社だったらお金合うかなみたいな、
そういうことをやってきたりもしました。
あとはこれもさらりとしゃべると、
よくあるんですけども、
陶器ってあって田舎の家ってすごい問題なんですよね。
これはあるうちのケースで、
これわかりますか。
ここに松山犯罪門って書いてあるんですよ。
当然犯罪門って今いないわけで、
これ聞いたら、
一郎さんとしましょうか。
一郎さんのものなんだけど、
じいちゃんのその前の誰か知らないおっさんの名前が載ってて、
俺も知らんって言うんです。
その時から土地はちゃんと陶器してるんだけど、
建物がもういろいろぐちゃぐちゃしてるから、
しないまま来てて困ってないからいいわって言うんですね。
だけどこのうちを売却しようと思ったら、
やっぱ買う人はちゃんとしたいって言われて、
売る人もうーっとなって、
これ相談したらぐちゃぐちゃになって壊れたこと何回もありました。
だからそこはこれ見てるとおり、
市町村っていうのは、
もし犯罪門からしか税金取らないと困るのは市町村なので、
実は納税義務者とか管理者っていう名前で、
借り主を市町村に規定して、
法務省と違うルールを回す仕組み作ってるんですね。
だから僕らはこの納税義務者の名前を見て、
いいんじゃないかと借りちゃったりとかですね。
さっき話した、
僕が買ったうちはこれで僕同期しないで買ってもいい、
実験したんだけど、
まあ問題ないかなみたいな、
そういうことをしたりもしてます。
だからちょっとこれこんな風にしてみたんだけど、
家を扱うときにやっぱりちゃんとしなきゃいけない、
世の中のルールだと思っている、
普通そうだと思います。
でも考えたらスーパーで売ってる野菜が、
これ三着野菜って今企画が野菜とかも結構売ってますよね。
最初は多分これ問題になったかもしれないけども、
買う側が分かってるし売る側が分かってるし、
店もいってもいいわけなんですよ。
だからこんな感じで、
ゆるさをうまく許容することで使えるものがある場合に、
それでもいいんじゃないかなみたいなことを思ってて、
空き家にそういう仕組みを入れてると思ってもらえればと思います。
で、ちょっとさっきしゃべった空き家の貸しっかりのやり方を、
後ろのカウンターに座っている、
ちょっと、
和地さん、
手を挙げてもらっていいですか。
和地さんが、
長野県から移住してきて、
で、
僕たちが運営している、
仮移住施設っていうの、
サウナーフというものを、
木花で運営してまして、
そこに去年、
来てくださって、
で、
めちゃくちゃ宮崎気に入って、
で、
じゃあ、
今年も来て、
で、
もともと長野で農業されてたんですけど、
あの、
まあ、
じゃあ、
宮崎に移住して、
じゃあ一緒に、
で、
さっき、
あの、
あったんですけど、
えっと、
住むところと、
コミュニティと仕事をですかね、
多分、
それを作っていくみたいなことが、
空き家を使ってできたらいいなと思っているので、
ぜひとも、
一緒にこう、
できたらなというふうに思っています。
で、
なんか、
これに当たって、
今回のプロジェクトもしっかりですし、
えっと、
それ以外の、
あの、
加藤さんの、
今日やってこられた活動とかで、
あの、
何でもいいので、
なんか聞きたいなという、
もしあれば、
ぜひ、
なんか聞いてもらえても、
いいかなと思うんですけれども、
何か、
あの、
質問等ございますかね、
今回のプロジェクトのことでも、
大丈夫です。
あとあの、
えっと、
和地さんへの、
あの、
質問でも大丈夫です。
お、
すごい。
じゃあ、
どうぞどうぞ。
ありがとうございます。
あの、
すごい、
あの、
参考になるお話たくさんありがとうございました。
えっと、
私も、
あの、
埼玉出身の、
あの、
移住者なんですけれど、
やっぱり、
移住の家のこととか、
もともとちょっと不動産業もやってたんですけど、
やっぱりその、
空き家とかってなると、
その、
物件がどうこうももちろん大事なんですけれど、
やっぱり近隣の方たちのその理解とか、
それの、
まあ、
いろんな方にそういう参加していただく形で、
っていうので、
すごい連携されていたっていう話があったんですけど、
一番最初のきっかけって、
結構、
なんだろ、
不安になったりとかね、
なかなかその、
なんだろ、
新しいことをやるわけなので、
いや、
今までそんなことなかったし、
みたいな見られ方だったり、
やっぱり、
近所の方たちと、
やっぱ物件でその日だけじゃなくって、
その、
ね、
その後もずっと使っていく、
10年、
20年も地域の方たちと、
まあ、
仲良くしていくことがすごい大事なのかなって思って、
そういったところって、
やっぱ外から来た人として、
なんか、
どういうふうに、
仲良くされていったのかとか、
その時に心がけていたこととかあったら教えていただきたいです。
胸の痛いところがつかれましたね。
さっきこの話しましたね、
失敗の話。
まあ、
なんていうかな、
田舎なので、
うちの町も、
商店街とかいっても、
本当もう昔から住んでる人だらけなので、
僕はその時、
町に移住しても5年経ってたから、
中は地元の人になってる人いるけど、
やっぱりよそ者に見えると思います。
さらにその商店街の中の人からすると、
同じ栄町で他のとこから来るのも、
やっぱりよそ者に感じるから、
最初の時にそこで片付けから始めたんですよ。
いつも集まって、
トラック舞い付けて、
ブワーッと荷物出したりしてると、
やっぱりこう、
気になって、
いろいろ言われたりしました。
この会合をやったのは、
その声がだんだん高くなってきて、
これ説明したらいかんわと思ってやったんだけど、
全然財源もないまま補助金多分使えますとか言って、
元養成マンの方に、
補助金はそんなにいかんじゃいけないんだって怒られたりね、
途中で終わったら返還義務があるの知ってんのかとか、
すいませんみたいなね、
そういうこともあったりしたので、
大変なことはいっぱいありました。
僕ね、
1件目から全部うまくいくと思っちゃいけないか、
いかんなってことも思いました。
だから、
こんなこともしなくてよかったかもしれない、
本当は。
もっと小さく、
スルスルっと始めて、
だけど来る方は小まわず見てもらったりしながら、
ちょっとずつ動いていくのを見てくれると、
若干心ほぐれてきますよね。
僕らの街も結局1件出来上がると、
なんかあいつらやったんだなってことで、
反対の声がちょっと減ってきて、
でも反対派の親父がいて、
商店街で頑張ったおじいさんが、
なんか自分のポジション奪われると思ったのかな、
結構クレームしてくる人もいたりとかで、
使った注射用が使えないように動かれてやったりとか、
いろいろありました。
でもなんか2件、3件、4件進むと、
だんだんそこも薄れてきたりとかもしてったので、
まあその辺が大事かなと思ったりしています。
あと、
よそ者が急に行って不動産のこととかいっぱい話すのも、
やっぱりちょっとよくなかったので、
NPOがあったから、
ちゃんと親さんとつながってる人、
地元の人たち辿って、
その人から連絡してもらって、
で、説明できる奴が行くから行くよって、
僕が行って契約談集するとか、
そういう連携もしたりもしたので、
まあいろんなことありました。
今でもありますけど、
何とか回っているのかな、
そのようには思っています。
ちなみに、
会合やるビリットがすごい。
あの、
うちが物件、
まるで英霊の服ですね。
でもあの、
提供するってやつ。
ですね。
どうぞどうぞ。
声届けますね、
僕が。
田塚さんじゃないですか、
なんだ、
びっくりした。
おお、大物が来てる。
いや、全然そんなことない。
あの、
ありがとうございます。
あの、
その、
固定費を安く抑えるために、
無料とかかなり安く購入するとか、
あとは、
ボランティアで来てもらうっていうのは、
非常に理解できたんですけど、
どうしても材料費とか、
トイレの水回りとかは、
どうしてもお金がかかって、
どうしてもプロにお願いしなきゃいけないところもあるんじゃないかなと思うんですけど、
その辺のコストを抑えるコツみたいなのがあれば、
ぜひお願いします。
まあでも材料はかかりますよね。
ただ、
僕は、
なんていうかな、
プロならすごくこだわって、
いろんな材料を使い、
なんていうかな、
こだわりすぎて使うところを、
相当標準化してます。
だからもう、
浴缶の材料もほぼ決めてるし、
下地材もほぼ決めてるし、
それだったらその現場待ったら次に行けたりもするし、
買うときに全部ピッチに計算して買うと結構大変なんですよね。
緩くやってこう行くみたいなことで、
結構部材の共通がかかってるところとか、
あと再び排水は出てくるのじ板っていうんだけど、
そういうのを現場にいる人にカンダ掛け直してもらえば、
壁に使えたりとかもあるので、
そういうことも、
これもやっぱり大工さんがやったら人気が合わないんだけど、
無償の方が喜んでカンダ掛けてくれていいみたいな、
そういうことはしたりもしてます。
あと設備はおっしゃる通りで、
一応プロがやらないといけないですね。
で、
金かかるので、
さっきの電気工事のおっちゃんはほんまにありがたいんだけども、
ああいう方を迎えて、
僕彼から修行を受けて電気工事を取りました。
だからこれはちょっとコミュニティーの話なんだけど、
電気の工事を小民家でちょこちょこやるために、
1回1回電気工事をやっぱりリットル買っちゃうんですよね。
でも今日は20、30分でいいみたいなときに大工ができたらやっぱり早かったりすると、
安くなると思うんですよ。
今僕はコミュニティー大工、
やっと受かったから、
1回落ちたからそのときは言えなかったんだけど、
これから電気工事士みんなトローゼ運動をやっていこうと思ってるんだけど、
やれたらいいかと思うので、
そんな難しい試験じゃない、
落ちたから言えないんですけども、
でも辞めた電気工事者は結構いたりもするから、
そういう方の力を持っていくかと思います。
水道はやり方次第で、
本当に今のプロのやり方をすると結構大変なんだけども、
あるものを露出って言うんですけども、
鹿児島とか宮崎そこまで寒くないのでね、
壁の外に這わせちゃうのでいいじゃんとかですね、
床の下をうまく這わせてやる方法結構あったりするので、
これをプロがちゃんとやるとむちゃくちゃ問題になるところが、
こっちの部屋あるうちキッチンをこっちに移すための配管移設とかって結構できたりする。
今日大島さんもあれですよ、
プロの現場多分そうじゃないけど、
露出してましたよね。
キッチンの横に丸見えだったですよね。
あれ安いですよね。
だからそういうのを許容してくれることをやれば結構下げ方はあると思うので、
そういうのもいろいろ組み合わせてやり方はあるかと思います。
ちょっとずれるかもなんですけど、
例えばやる方がお金を出すが、
なんとなく今の議論のところだったかなと思うんですけど、
お金はオーナーさんが例えば持ってるけど、
使う用途もない。
例えば池内のこのうちだと、
本当に僕一番最初シンプルに、
これ大島くんが宿をやって再生させるんだったらいくらかかるって聞かれて、
単純に1.5億くらいじゃないですか。
っていう本当に大きいサイズ感なので、
でも事業に絶対乗らないんですよね。
ただオーナーさんは思いを持ってらっしゃるっていう。
こういうケースだったら、
ちゃんと僕たちがスキームを描いて、
オーナーさんがある程度ちょっとだけ材料代くらいを出していただいて、
我々がちゃんと家賃で返すっていうスキームをきっちり描ける場合っていうのが結構あるかなと。
例えばここもそうですし、
宮崎では何個かやっている事例でいくと、
オーナーさんとお金を出してもらうケースだったり、
僕たちが出すケースだったり、
いろんなパターンを組んでやっているに、
多分さっきの加藤さんのコスト削減みたいなやつをやれば、
一番いいんじゃないのかなというふうに僕も思いました。
ありがとうございます。
逆に質問なんですけど、
宮崎CDCはどういう活動をどういう感じでやるグループで、
どなたたちなのかっていうのがすごく気になったので、
要はさっきの加藤さんがセミナーで出していただいたような活動を、
宮崎県市どういう感じで、
もちろん絶賛組みながら今回のプロジェクトもできたら嬉しいなと思いながら聞いてたんですが、
ちょっと簡単にいいですか?
すみません、お邪魔してます。高辺町から来ました。
高辺薬場です。今、教育委員会というところにいるんですけど、
前はこういった町づくり担当の部署にいたりして、
そのときのご縁で加藤さんと、もう8年前ぐらいですかね、
たまたま代理で行った研修の講師で来られていて、
面白いことをしている人だなと思って、そのままその足で鹿児島に行って、
それからいろいろ取り組まれていることを自分の町でできないかな、
みたいなことでずっとやっていたところです。
今は全然別の部署に動いたので、仕事じゃないところで始めているところで、
今、こっちが新富町の協力隊なんですよ。
バランバランで申し訳ないですけど、新富町の協力隊の方が空き家買われて、
そういったコミュニティの場として再生したいというので、
加藤さん紹介してくださいと連れて行って、そこからの始まりなんですけど、
今、新富町の方で空き家再生されているところ、また私の方も手伝っているうちに、
コミュニティ大クラブというのが鹿児島にできたと。
これ県庁の中の職員の皆さんがされているんですよという話を聞いて、
加藤さんが大分にお話ししに行くときに高鍋に寄られて、
何かを集めてお話しさせてもらったんですけど、
熊本でもやります、大分でもそういった話があるんです。
宮崎どうですかと言われて、この巻き込み力じゃないですか。
私は巻き込み力はすごいんで、じゃあやりましょうかねみたいな感じで、
去年の12月ぐらいにその話になって、具体的に動き始めたのはないですけど、
ちなみちゃん家の空き家の再生をみんなスキルアップするような形でしていて、
今はこっちは旦那さん、お隣は埼玉市なんですけど、
どっちかというと、一個の組織の中でクラブ化するんじゃなくて、
リージョナルというか地域に落としていければいいなという思想で始めた感じです。
なので今回のプロジェクトにもできればCDCのメンバーで参加して、
皆さんと一緒にCDCにも参加していただいたりすると面白くなるかなとは思って、
今日もたまたま加藤さんが来るって言うから来いって言われてきました。
そんな感じです。
ありがとうございます。
絶賛池内の物件をやっていく。
キックオフの一番最初に、5月の9、10、11、12。
6月の1、2、3。
6月の14、15、16、17。
これまたLINEで共有させていただきます。
ご興味あればぜひ池内のプロジェクトで、前回ヨガのスタジオを作るというワークショップも同時に進行しているんですけど、
明治の建物の方はヨガのスタジオを作りながら、和地さんが住む家と民泊を作る。
民泊を作るときの法的な手続きだったりとかは、その辺も多分いろいろ知識となるんじゃないのかなと思うので、
技術、それからその辺のテクニックみたいな、いわゆる調整区域を使ってそういうのも実はできるんですっていうのがあったりするので、
それを一緒に作っていけたらなと思いますので、ぜひLINE登録いただいて、
あとでまた流します。
5月の9、10、11、12、6月の1、2、3、6月の14、15、16、17。
5月の9、10、11、12と6月の14、15、16、17は加藤さんが絶対に来てくださると。
6月の1、2、3も皆さんでぜひ現場飯を食べながら、おいしいやつが食べれるということなので、
僕もできる限り参加したいなというふうに思っていますので、
ぜひ一緒にわちていを作れたらなというふうに思います。
班までなので、もうぼちぼち終わろうかなと思うんですけれども、
もし何か最後あればお伺いもしますし。
はい、どうぞどうぞ。
マイク通してください。
先ほどご紹介いただきました、新富町の双川と申します。
下の名前がちなみなので、今ちなみちゃんという家を作っているんですけれども、
5月の9日より前に、うちでゴールデンウィーク中に床畳をフローリングに変える予定なので、
もしちょっと先んじて作業してみたいよみたいな方がいたら、ぜひ来ていただけたら嬉しいなと思っています。
さっきのあれですね、インスタの。
私のインスタなんですけど、開いていただくと、
作業をこんな天井の下地作りましたとか、天井を張っちゃいましたとか、
この間は子どもたちと一緒にペンキ塗りましたとか、そんなことを日々発信しています。
5月の31日にオープニングイベントをして、
その後は子どもたち、特に学校に行っていない子の居場所を作りたいなと思っているんですけど、
子どもたちとか地域の居場所を作りたいなと思っていろいろ活動しているので、
ちょっとすみません、便乗しちゃって申し訳ないんですけど、
宮脇コミュニティ大学クラブ、北京にその2候補担当として、
ぜひよければ、このメンバーもよく現場におりますので、
ちょっと気になるよって方は、ぜひぜひいらっしゃっていただければなと思っております。よろしくお願いします。
はい、ありがとうございます。
この後、今日、
僕たち加藤さんと晩飯を食いに行くお店が9時に予約をしていますので、
そこに間に合う時間まではここ、場所を開放していますので、
ぜひ、今の話だったり、加藤さんの話だったり、
聞く時間、若干交流まではちょっと難しいと思うんですけど、
名刺交換して連絡先交換するぐらいはやっていただけたらなというふうに思います。
で、最後ですけれども、
僕自身活動として、日々居住をしながら、
行政さんとも連携しながら、
ちゃんとしたいわゆる建築の仕事、
一級建築士としての仕事っていうのもやりながら、
DIYを活用したコミュニティづくりだったり、
そういったものをずっと活動としてやってますので、
居住者さんが増えることは宮崎にとって僕はすごくプラスになるんじゃないのかなと思っています。
で、マイナスと言われている空き家を活用して、
それこそCDC宮崎みたいなものが本当に機能してワークしだしたら、
この空き家を使って居住者さんがどんどん進んでいくということが行われるような、
近未来ぐらいでできたらなと思っていますので、
ぜひ今回の加藤さんのワークショップ、5月の9日から始まりますので、
ご参加いただきながらスキルアップして、
皆さんに宮崎をよくできたらなというふうに思っております。
というところで、本日のセミナーは終わりたいなというふうに思います。
ご清聴ありがとうございました。
加藤さんありがとうございました。