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さあ、始まりました。タダの箱庭ラジヲ。前回はウェブ製作会社、瀬戸原ひろゆきさんのお話について紹介しましたが、今回は聖戦術師山内智洋さんのお話を紹介したいと思います。
聖戦術師ですね、次は。いろんな方が登場するので、楽しみにしていただきたいんですが、今日は聖戦術師山内智洋さんのお話を紹介したいと思います。
そしてその前にですね、このお話が載っている章が第一章ということで、「お金が絡んでモヤモヤしたことは何でしたか?」というお話を聞いていっている章になります。
なぜお金が絡んだ途端に私たちはモヤモヤを感じるのでしょう。これまでお金のやり取りが生まれることで腑に落ちないシーンはないでしょうか。
あなたの身近にあるお金をもらって割り切れない気持ちになった体験、あるいは逆にお金をもらわない方が気持ちいい体験について教えてください。というところでお話を聞いております。
こちらですね、僕がインタビューさせてもらったパートなんですが、この山内さんですね、聖戦術師ということで占いをお仕事にしておられます。
これ、僕最初に聞いたんですが、占いって値段つけるの難しくないですか?というふうに聞いたんですね。
確かに例えば魚屋さんとかお肉屋さん、車屋さんとか、物事にある程度価値の市場みたいなものがある仕事ってお金が値段がつきやすい?
ただ占いってなかなかこれ当たるも発揮当たらぬも発揮という、いわゆるちょっとあやふやな仕事というかジャンルになるので、これお金の値段ってすごい難しいですよねというところで聞いたときに、
山内さんも最初のうちはやっぱすごい値段をつけるのが難しくて、最初のうちは占い放題3000円みたいな形でやっていたんですけど、それは単純に始めたばかりで、値段をつけるのもそもそも考えるのがめんどくさかったということで、最低限食べていけるような値段で占いをしていたと。
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ただそれをしていく中で自分のやれることが増えたりとか、何回も占い放題ということで時間をとっていても家事や育児なんかもあったようで、それも物理的に大変ということで今は基本的に1時間12000円というふうに設定して占いをされているようです。
そして、その中でどんなお金が絡んでモヤモヤしたことはありませんでしたかというお話の中で、友達ならただで占ってあげるものみたいなところでお話をいただいたので紹介させていただきたいと思います。
これは普段お世話になっている方にお返しとして占ってあげるみたいなことがあったそうです。
山内さんとしてもあんなにお世話になってお返しがこのセッションでいいんですかという感じで提供することもあったみたいなんですが、あるときに友人の方から山内さん友達なんだからただで占ってよと軽い形で言われたことがあったそうです。
そのとき彼女も特にお金をもらうつもりはなかったと、でもそれは言ったら向こうからただにしてと、その一言を向けられたときにモヤモヤを感じたというふうにおっしゃっていました。
それはちょっと違うんじゃないかみたいなことが最初に思った感情というか、怒りというところまではいかないにしろ行き通りというかモヤモヤというものを感じたと。
実際彼女は無料で占いをやってあげようという気持ちがあったのにもかかわらず、もちろんそれをただでやるよということも言ってはいなかったんですが、気持ちとしてはもちろんした後もお金を取る気はなかったと。
なのにそれを自分ではない、提供する側ではないというか、受ける側の人からただにしてよというその一言があった瞬間に市場規範のスイッチが入ってしまったのか。
普段仕事としてやっているのに、例えばあなたが普段お金をもらってやっていることに対して私はじゃあただにしてって言ってもいいってことなのっていうような感覚を覚えてしまったというふうに言っていて、
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それに対して言ったら善意が他の何かに変わってしまったみたいな体験だったぞと。
これまでにたくさんの時間とお金を費やして聖戦術を学んできたわけで、それを経費がその瞬間かからないからといって、ただにしてよね、ただにしてもいいよねみたいな、お金かからないでしょみたいな形で言われたときに、
ひたしき中にも礼儀ありと言いますか、なんだかとにかくもやっとしたというふうにお話ししてくれました。
これを、例えば友達からカメラを仕事にしている方が、ただで写真撮ってよみたいな話も近いのかなというふうに思っていて、
そこにかかる、それまでにかかったというか、もちろんカメラという機材を用意するのにもお金がかかりますし、そういった技術を学び提供するのにもやっぱり莫大な時間や労力を費やしてきたという背景が、
それがあるせいなのか、ただにしてよという言葉の中で、市場規範的なスイッチが切り替わるというか、その中で彼女はもやもやを感じた。
これをお聞きになっている方ももしかしたら、そういった似たような体験があったことが一度や二度あるんじゃないのかなというふうに思うんですが、皆さんだったらどんなふうに感じるでしょう。
自分がお金をもらってしている仕事を、ただでやる、まあいったら善意でね、やろうと思っていたときに、向こうからただでしてよと言われたときにどのように感じるか、なんかこう考えて感じて見ていただけるといいのかなというふうに思うんですが、
なんかちょっともやもやを感じませんか。僕もちょっとそれに対してね、自分だったらもやもやを感じるなというふうに思うんですが、そんな一つの気づきというか問いかけを与えてくれるようなエピソードを聞かせていただきました。
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そしてちょっとこぼれ話にはなるんですが、占いで絶対にしないこと、NGみたいなことってあるんですかみたいなことを聞いたときに、占い業界には暗黙のルールみたいなものとして、
人の生死とか命に関わるようなことはなるべく言わないようにしているというふうに教えてくれました。
それはなぜか、占いっていうのは、いわゆる自分だったり人生や未来が良くなっていくために占ってもらうわけで、
それが、いつ死ぬよとか、うまくいかないよみたいなことを言われてしまうと、良くしたいという思いもなくなって、占いが逆に作用してしまうということも中にはあるそうです。
なので、いわゆる当て物と呼ばれるものについて占うことはしないというふうに山内さんもおっしゃっていました。
例えば、当て物っていうのは、いわゆる宝くじを当てるとか、競馬の順位を当てるみたいな、そういったことを当て物というふうに占い業界のほうでは言うらしいんですが、
例えば、いろんな占いの先生たちが集まって競馬場で競馬の予想を占うみたいなことを、実際にテレビだったりとかで見たことがあることもあるかと言うんですが、
それって彼女からすると占いの本質から外れている気がして、どういうことかといったときに、占いって普段自分では考えないような視点を与えてくれるものだというふうに彼女は思っていて、
そういう捉え方もあるのかとか、こういう状況になっているのは自分のこういった思いとか、そういったものが影響しているのかみたいなことを他の視点からアドバイスを授かるっていうのが占いの魅力というか、
まるで神様にアドバイスをしてもらえたみたいなことで、占いを通していわゆる合理的なデータとか判断によってアドバイスをするコンサルの人に対して、
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なるほどと思うように、まるでこの不確定な状況というか、たろうとだったりとかわからないですけど、たまたま引いたカードのメッセージって何か目に見えない世界からの何かアドバイスのような感じがして、
そのアドバイスを真摯に受け止めるみたいなことが占いの世界にあるようで、当たるもはっきり当たらぬもはっきりではないですが、そういったところが本質であると。
なので、いかに当てるか、確率をみたいなところの、いったら世界ではないですみたいなことをおっしゃっていて、確かに彼女もそうやって当て物ができるぐらい、私に能力があったら占い師ではなく投資家になっているというふうにおっしゃっていたので、
なるほどなというお話を聞かせていただきました。
皆さんも占いとか、こういった目に見えない世界からの何かアドバイスってどこか信じてしまったりとか、それはもしかしたら、いわゆる市場規範と社会規範との違いの中にそういった世界があるのかもしれないなというふうに思ったお話でした。
ということで、今回は千千術師の山内智予さんのエピソード、占いの対価につきまとう違和感についてご紹介させていただきました。
次は誰のお話が紹介されるのか、また次回もお楽しみに。
今日はありがとうございました。