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はい、ということで、友人の松崎さんとお送りしてます。ポッドキャストの2回目ですね。次は、
読書と旅というテーマで話していきたいなと思います。もともとね、僕と松崎さん、本を読むっていう繋がりが結構大きいかなと思ってて、
読書会みたいなこともやってるし、一つの本を取り上げて一緒に文章を書くっていうこともやってるし、
合図にね、奥合図書房とか合図学研究会っていうような、合図の民族学とかを中心にね、文章を書いてる方達もいて、そういった繋がりで、もともと松崎さんと出会ってるんで、
読書っていうのはすごく大きなポイントかなと思っていて、 読書と旅っていうところで話したいなと思います。
さっき、第1回目の時に沢木孝太郎の深夜特急、松崎さんから話題に出してくれたと思うんですけど、これ結構影響を受けたんですね。
最初の旅に出たのって東南アジアなんですね。で、一番最初ってバンコクからシンガポールまで、あのマレー鉄道とか使いながら下るんですよ。
マレーシアを下って、下るっていうのをやってるんですけど、僕が最初に沢木孝太郎の深夜特急読んだのって、マレーシアのマラッカにあるゲストハウスで、
それまで全然沢木孝太郎知らなかったんですけど、たまたまそのバンコクから下ってて、マレーシアに寄った時に、そこのゲストハウスに深夜特急の文庫版の第2巻、マレーシア編が置いてあって、
そこでたまたま読んだら、めちゃめちゃその時の自分とシンクロして、
何これめっちゃ面白いみたいな思って、もうそこから全部読んで、深夜特急ってもう香港から始まって、東南アジア、タイからシンガポールまで下って、
インドに行って、それから乗り合いバス使いながらヨーロッパとか中東を横断しながら、
ロンドンに行くわけですけど、僕はルートとかも気にしながら渡ったりしてるんですけど、
松崎さんがね、その旅をしながら、その読書というか本とかね、気になるものというか繋がるものとかあれば聞きたいなって。
そうですね、まず外国に行くっていうことで、たぶん一番影響を受けた書籍は、
村上春樹の遠い太鼓の音?太鼓の声だったっけ?っていうやつで、
村上春樹が30代の中盤くらいの時に、ギリシャとかイタリアとか、そのあたりを滞在している時の旅行記なんですね。
これが僕はスコブル面白かったんですよ。
で、僕それまで村上春樹っていくつか読んでたんですけど、なんかちょっといけつかねえなみたいなところがあったんですね。
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小説?
小説として、たぶん出会いが悪かったんですね。
僕、最初に読んだのがスプートニクの恋人で、全然共感できなかったんですよ。
まあまあ面白いけどね。
まあ面白いっていうのは後から思ったんですけど、最初読んだ時に全然わかんねえなっていうか共感しづらいなって思ってて。
で、その後も村上春樹の作品をいくつか読んだんですけど、なんかこうあんましっくりこなかったんですよ。
エッセイから入った人?
そうそう、そっちなんですよ。
村上春樹のエッセイと小説全然違うからな。
そうなんですよ。
で、僕そのエッセイで遠い太鼓の音かな、大江口だったかな、読んだ時に初めの、あ、村上春樹って面白いって思ったんですよ。
そうなんだよね。全然違うからね。旅のエッセイはマジで面白いからね。
だから今の読書と旅で言うと、村上春樹のその作品で、すごい外国生活面白いかもしれないみたいな。
実際その中でイギリスでの生活のことも書かれてあって、彼はそこでノルウェーの森を結構描いてるんですね。
で、それも影響してるっていうのもあるんですけど、かといってイギリスに行って、いろいろやってたわけなんですけれども、でもすごく単純にですよ。
外国のことをそもそも知る一時情報って、絶対何かの日本的な知識ですよね。
それはね、すごく重い。
そういった中での、いろいろ得た知識の中でどこに行くのかって選ぶのって、
なおすら何かしら知識の濃厚さというか、自分がどこに魅力を感じたかっていうところに左右されると思うんです。
だから読書と旅って言った時に、旅が先になるのは結構珍しいんじゃないかなって思うんです。
先に来るのが?
なんか、だってすごくルーレット回してここに行けますみたいな、ダーツの旅的なことでやらないとその国に行かなくないですか。
だから逆に、まず知識を得てからじゃないと、その国にまず行きますかっていうところありますよね。
なるほど。先立つものとしてね。
それで言うとね、原体験ってゲームなの。
ごめん、ちょっと読書っていうテーマを振りつつ、申し訳ないんだけど、原体験で言うとゲームなの。
旅への興味みたいなのを原体験で、たぶんゲームだなと思ってて。
っていうのも、昔ね、ドリームキャストっていうセガが作ってるゲームで、シェンムーっていうのがあったの。
シェンムーって、もともと横須賀から第一作が始まるんだけど、第二作で香港に行って、香港の空論城とかがある時代の香港をテーマにストーリーが進んで、その後ケイリンに行くみたいなゲームなのね。
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そこが一人称のゲームみたいなところでストーリー進んでいくんだけど、めちゃめちゃそこで影響を受けて、
でもそこの原点みたいな、外国に行きたいみたいな原点って、たぶんそっちが先立ってるところがあるかもしれない。
まあでも、こんな話をしながら、僕はたぶん外国に行くことの一つの、なんて言うんだろうな、
外国に向かっていく神聖みたいなものが培われたのは、全然知識じゃなかったりするんですね。
いや、そこが聞きたいのよ。そうそう、なんか原体験あるじゃん。絶対。
まあそれは、僕が大学生の時に、学部のプログラムみたいなので、グローバルスタディーツアーというものがあって、
まあそれはすごくいいプログラムで、例えば大学生の長期休暇、夏休みとか冬休みって1ヶ月2ヶ月単位であるんですけど、
まあ春休みか。で、その時に自分のっていうか、各国国際共生社会課程っていうちょっといかめしい国際学科だったので、
各国のエキスパートがいるわけですよ。指導教授っていうかその教授の中に。
で、その教授たちが学生たちを何かその自分のつてのあるね、国の大学と連携させてスタディーツアーっていう勉強の旅をね、開催してくれますよみたいなすごくいいプログラムだったんですね。
で、僕それで最初にアメリカに行ったんですよ。
アメリカなんだ。
で、それは指導教授に連れられて行ったわけなんですけど、大学2年生の時に。
この時にアメリカに行って、で、なんというかある意味感動したんですね。
感動したっていうのは、全然アメリカって行けるんだなみたいな。
ああ、そういう国だと思ってたみたいな。
そうそうそう。ですし、外国ってやっぱなんかこう、なんか遠いなっていうのがあったんですけど、
で、もうしかるべき手続きを踏んで、チケット手配して、で、飛行機乗れば全然行けるじゃんみたいなっていうのがあって、
アメリカに行った時に、なんかすごい自由だなって思ったんですよね。
それ自分自身が自由になった?
そうなんですよ。アメリカが自由ってわけじゃなくて、自分自身が日本っていうね、めちゃめちゃ強いパスポートを持ってたっていうのもあるんですけど、
その中で少なくともある程度の手続きを踏まえれば、大抵の国は行けるって。
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なんかこれを知識じゃなくて実感としてあった時に、すごく世界が広がった感じがしたんですよ。
なんか自分が努力さえすれば、なんか行きたいところにある程度行けるっていうのは、僕にとってはすごく大きい経験で、
僕自分の中で旅っていうのをするようになったのは、多分その経験がきっかけですね。
そこでさ、実際に外国に行けるんだみたいな感覚とさ、でも実際にさ、自分がさ、自分の経験とさ、何かが伴ってさ、外国に行くっていうところとさ、
例えばさ、村上春樹のエッセイとか読んでるとさ、もうトルコとかギリシャとかいろんなとこ行ってさ、カロエイカじゃん。
まあ結構ハードボールだな、雰囲気もある。文体でもあるんだけど、結構軽やかにいろんな国に行っててさ、
でもさ、その具体的なさ、手続きってないじゃん。そういうエッセイってさ、外国に行くエッセイってさ、
どこのホテル取ってとかさ、どこのホテルの、まあまあどこの航空券を取ってとかさ、っていうところよりもさ、その実際行ってからのさ、
物語が多かったりして、でもするしさ、そういうところのさ、実際自分がさ、外国に行くっていうところにさ、
自分の経験が伴って行く経験、それがさ、何か自分が読んだ、まあ読書とかさ、本とかの経験と結びつくみたいな、
何だろうな、なんかそういうロマンを感じる瞬間が来てるけど。
そうですね。確かに小田上さんがおっしゃる通り、実際に外国に行こうとしたらね、ビザの確認をするとか、
チケットの手配をするだとか、あるいは国によってはもっともっと事前審査みたいなね、こともしなきゃいけないっていうのもあるかもしれないので、
まあなかなか思い立ったらすぐ、羽田とか成田とかに行って、もう飛び立ってましたっていうのは、
国によってはいけるかもしれないけど、国によってはいけないかもしれないっていうハードルも確かにありますよね。
で、確かにこの読書経験で言うと、そのあたり綿密に書いてる人なんてそんなにいないと思うんですよ。
たぶん村上春樹だったら産業くらいで、羽田から飛び立ってハワイに立ちましたみたいな。
そう、もうついちゃうからね。
ハワイでもうめちゃめちゃバカンスしてますみたいな感じのことになってるのかもしれないんですけど。
意外と外国行くときってその産業くらいが長いよね。
そうそう、それはある。
でも、なんていうのかな?僕は逆にそれは、当然必要なものっていうことの認識が強かったですし、
そこをスキップする手段もあるじゃないですか。
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例えば、もともとのツアーの旅行会社が出配するものに申し込めば、そのあたりたぶんスキップできるんですよね。
例えば、イギリスのワーキングホリデーとかに関しても、エージェントを頼めばそんなに難しくないみたいなのもあるんですけど。
でも、たぶん僕が根っこのところで持ちたかったのは、外国に行けるくらいの行って生活できる何かを持ちたかったっていうことだと思うんですよ。
だから、それは旅っていう意味で言うと、トリップがしたいわけではなかった。
観光で終わるつもりはなかったというか、ある種のそれはジャーニーというか。
だから、一から全部自分でやるっていうのは、ある種の必要な経験?事務的な手続きも含めて。
たぶん根本が、ある種の自己像の理想形として、どこでも生きていける人間になりたいなっていうのはちょっとあったかもしれないですね。
外国に行くっていう行為と、どこでも生きていける人間になるっていうのって基本的には別々じゃないですか。
で、俺は共感するんですよ。外国に行って、どこにでも生きていける人間になる、自分に近づいていくイメージって、めっちゃ共感するんですけど、基本的にイコールじゃないじゃないですか。
そういうふうに感じるのって何かの影響だと僕は思うんですね。
外国に行くことで、たくましい自分になれるとか、どこにでも生きれる自分になれるみたいなのって。
で、僕はそこに現体験というか、旅そのものとは別のところから何か受けた影響があるのかなと思うんですけど。
そうですね。ちょっと前回の話と被ってしまうかもしれないんですけど、旅に出るっていうのはもうちょっと人生的な意味での、たぶん捉え方として見ていて、
僕ちょっと家庭環境の問題で、親が離婚することがわかった上で、大学の方に上京したっていうところがあるんですね。
で、その時に、その当時はですよ。全然、これでも僕は実家と縁が切れるのかもしれないなって思ったところがあったんですよ。
その当時、自分が持ってたものって全部パッキングして、実家に戻らなくてもいいくらいの感覚で、すべて引っ越し先に持って行ったみたいなところがあって。
だから、僕にとって個別のところで生きていくっていうね、ところっていうのが仲良くある人の旅なんですよね。
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そうなってくると、その場その場で生きていくっていう。
で、それはどこで生きていくことになるのかっていうのは予測がつかないじゃないですか。
っていうことは、逆説的にどこにでも生きていけるような自分を目指すっていうのはちょっとあったんですよ。
で、それは前回の話と全く反対のようなんですけど、僕が少なくても大学に上京するっていう風になった時には、全く故郷のことなんて考えなかったんですね。
もうなんかちょっと家庭環境のことで、いろいろあって、いやもう絶対こんなところ戻ってこないみたいなところもあって。
だから生活の場を別の場所に移すっていうことが前提としてあったので、
それがもし現体験っていう風に言えるとすると、福島から横浜だとか東京に行くのと、そこから別の国に行くのってそんなに大きな違いはないんじゃないかなみたいなところはありましたね。
なるほど。僕がね今回、旅と読書みたいなところでテーマを出したんだけど、それはさ、シミュレーションみたいなところもあるじゃん。
その読書をして旅に出る、その逆かもしれないけど、旅に出た結果として土地に関する読書をするとかもあると思うんだけど、
ある種のシミュレーションにもなっているなと思ってて、自分の生活感覚とかと結びついたものでもあるなと思っていて。
それとは別にさ、もっと読書と文学みたいな、自分の生活感覚と離れてるんだけど、旅をすることでより面白く感じられる文学の世界観みたいな。
それは具体的に言うと僕の場合で言うとポール・ボールズの小説世界、シェルタリング世界とかのモロッコとかね、サハラ砂漠の世界観みたいなのってまた別のものとしてあるんだけど、
今回その旅と読書みたいなところで、読書っていう表現をしたのは自分の生活感覚と結びついたところで話したらいいなと思っていたので、
今回こういうふうにお話しさせてもらったというところで。
もうちょっとね、また会話を改めて言うか、もうちょっとね準備が必要かなと思ってたから、文学ってなっちゃったね。
また別の機会に話せたらいいなと思うんですけど、津崎さんとはね、本をね、読書とかを通じて懲りを深めていった部分もあるからね、
もうちょっとそういうところも深めてお話できて良かったかなって思います。
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ちょっと一旦ここら辺で第2回目を区切りたいなと思います。ありがとうございます。
ありがとうございます。