サマルカンドの紹介
耳で旅する週末-ミミタビ-のお時間です。 この番組は、働くあなたの週末に、耳で楽しむ非日常のひと時をお届けします。
音で、声で、耳で、次の休みに行きたくなる、そんなエピソードをお楽しみください。 リョウタです。
今日は、耳で旅するウズベキスタン🇺🇿サマルカンドでお送りしていきます。
はい、ということでね、あのウズベキスタン編も
4本目、3本目?あれ、冬のひとり旅も4本目ですね。
ソウルから始まり、ウズベキスタン、テルメズ、ブハラと来て、サマルカンドです。
で、このごめんなさい、サマルカンドに関しては、日本に帰ってきてから収録をしています。現地収録ではないです。
ただ、定点映像は撮ってきたので、ビデオポッドキャストとして、サマルカンドにあるレギスタン広場のですね、夜の
ライトアップされたですね、とても美しい光景が、映像があるので、スポティファイでお聞きの方は是非ね、ビデオポッドキャストで聞いていただければなと思います。
本当はね、現地収録もしたんですけど、ちょっとね、あのサマルカンドがすごく良かったんですね。とても
本当に過去一番と言って言えるぐらい、とても素晴らしい、いい街だったんですけど、ちょっとね、そこの魅力をね、伝えきれてない、喋りきれてないなと思ったので、
今回はですね、日本に帰ってからの収録でサマルカンドに関してはお届けします。
はい、ということで、ウズベキスタンサマルカンド、
歴史的背景とティムール王朝
本当に素晴らしい街でした。
で、ちょっと振り返ると、ウズベキスタンって中央アジアにある国ですね。
中央アジアって言うとね、やっぱりいろんな文明の交差点にあたるところですね、東アジアとかインドとかね、ヨーロッパ文明とか
中東のイスラム文明とかね、あとユーボク国家ですよね。モンゴルとかのユーボク国家もそうだし、そのさらに上、ロシアですね。
ロシアとも近い国。それらのエリアもほぼユーラシアの中心ってことですよね。
中華文明、インド文明、ユーボク民族、
ロシア、あとイスラム、あと西洋というところで、それにシルクロードの行き交うエリアだったのが、
中央アジアのウズベキスタン。その古代、中心だったのがどこかというとこのサマルカンドなんですね。
本当にシルクロードの最も重要な都市サマルカンド。
これからその魅力をどうお伝えできるのかっていうぐらい伝えたいっていうぐらい、この魅力をうまく伝えたいという思いがすごくあるので、今改めて家で撮ってます。
サマルカンドは歴史的にはそういう文明の交差点として非常に重要な場所にあったんですけど、
サマルカンド自体が前世を誇るのがいつなのかというと、ティムール王朝の時代なんですね。
大体14世紀から15世紀にかけての時代、ティムール王朝の使徒だった時代というのが、
今のサマルカンドの景観につながる最も偉大な時代。
ティムール王朝というのはアミールティムールという人がいたんですけど、そのアミールティムールが作った王朝です。
その首都ですね、サマルカンドは町全体が世界遺産になっていて、アミールティムール以降も歴代の君主が発展させていった町となっております。
サマルカンドは本当今まで行った中でもトップクラスに良かったところで、
一応観光した場所とか並べますね。観光地の名前を挙げていきます。
レギスタン広場、グーリアミール廟、ビュビハニムモスク、シャヒズインダ、ウルグベクテモンダイとかですね、
こんな言葉だけだと何言ってるんだって感じなんですけど、
ティムール町の本当に素晴らしい数々の遺跡がありました。
サマルカンドの観光資源と課題
これから伝えなきゃいけないことなんですね。
なぜこれほど素晴らしいサマルカンドが知られていないのかということ、
これがなぜなのかということを伝えなきゃいけないなと思っています。
本当にサマルカンドは世界トップクラスの観光資源を持っていると思うし、
イスラム美術の本当に全盛期の一つに数えられる場所なんだなと思っています。
じゃあなぜそんなサマルカンドが知られていなくて、
実際に12月で冬の始めだったとはいえ、ほぼ観光客もいなかったです。
世界遺産のレギスタン広場もほぼほぼいなかったです。
夜なんか行くと貸切みたいな状態ですね。
驚くほど人がいない。
藍津若松より人がいない。
南藍津ぐらいしか観光客いないみたいな、
分かる人にしか分からない例えで恐縮なんですけど、
そんぐらい本当に人がいなかったです。
まずなぜ知られていないのか、
これはいろいろ調べたんですね。
なぜこんなにも来る人を驚かせる、
なぜこのサマルカンドが知られていないのか。
やっぱり訪れた人っていうのは大きな衝撃を受けるそうです。
サマルカンドはもちろん期待していくんですけど、
その期待を遥かに超えて素晴らしい
街と建築物が広がっているということで、
衝撃を受ける方が多いそうです。
そしてみんな思うのが、どうしてこれほどの街が
なぜほとんど知られていないのかと。
これ僕の中で一つ仮説を立ててます。
なぜサマルカンドは知られていないか。
理由は世界史から抜け落ちているからですね。
これは世界史の文脈から抜けやすいですね。
ティムル王朝って。
そもそも中央アジアの歴史を習いますかっていうところなんですよね。
その日本の世界史、あと西洋とかね。
欧米の世界史もそうみたいなんですけど、
基本的に遊牧国家の歴史は世界史の中心に出てこないんですよね。
一応僕も高校時代世界史を取ってたんですけど、
もちろん少なからずページは裂かれていたんだろうと思うんですけど、
やっぱり歴史っていうと中国史とかヨーロッパの歴史、
少なくとも近代まではほぼほぼその辺りですよね。
教育にあるのって。
でも近現代に関しては考え方は変わってくるけど、
その中世なんかは特にね、
中央アジア遊牧国家の歴史を中心にクローズアップして習うということがない。
だからまず世界史から抜け落ちた都市であると。
ただこのティムル王朝がどういった王朝だったかっていうと、
モングル帝国の一つの継承国家になるんですね。
チンギス藩モングル帝国、これは言わずもがな、
世界史のど真ん中に出てくる帝国ではあるんですけど、
モングル帝国が中国元からこの中央アジアからね、
中東方面まで、あとロシア方面まで征服してね、
世界最大帝国を築いた後に、
その後チンギス藩の死後ちょっとずつ分割していって、
いろんな遊牧国家が出来上がっていくわけですけど、
我々って基本的に濃厚社会のね、定住社会の歴史から世界史を見ることが多いんですけど、
定住社会の世界史をA面としたら、
遊牧民族の歴史はB面であったり、裏面みたいなニュアンスがあるかと思うんですけど、
そういうね、先入観があるんだなと思うんですね。
まずそういった世界史の文明から抜け落ちやすいっていうのが、
サマルカンドがね、一般的に知られていない大きな理由なのかなとまずあります。
次に、ウズベキスタンがソ連に属していて、自由旅行ができなかったんですよね、1990年代ぐらいまで。
もうか当時のことは知らないけど、おそらくソ連に旅行するってことは一般的ではなかった時代、
っていうことなんだと思うんですね、当時海外旅行というのも。
だから海外旅行ブーム、そのバブルの時代とかにハワイ行ったりヨーロッパ行ったりアメリカ行ったりとか、
あと東南アジア行ったりとかね、してた時代があったと思うんですね、日本に。
そういった時にサマルカンドというかウズベキスタンはソ連に属していたから、
気軽に行ける場所ではなかったから、自由に行ける場所、自由旅行ができる場所ではなかったから、
日本含め西洋社会でもね、ほとんど知られることがなかった。
その他のウズベキスタンが独立して、ソ連から独立した後も観光を完全に解禁してなかったんですね。
この解禁されたのが2018年なんですね、ウズベキスタンの観光が解禁された。
この解禁されたってどういうことかって言ったら、まずビザの免除国が増えたそうです。
この世界最強のパスポートをね、日本の世界最強だって言われてるパスポートを持ってしても、
2018年まではビザが必要だったと。
今はもうノンビザで、少なくとも日本のパスポートだと入ることができます。
かつね、滞在情報を帰国か入国かする時にウズベキスタンに報告する義務があったみたいなんですね。
滞在登録義務みたいなのがあったみたいで、ビザだけじゃなくてそういった滞在登録をする必要とかがあって、それもね、やっぱまあめんどくさいですよね。
あとね、国自体が2018年に観光を国家戦略へということで方針転換したっていうのがあるそうです。
なんかそれまではね、地下鉄とか多種県都にある地下鉄ってソ連時代にできたもので、
非常にその時代の雰囲気を残している美術的価値というかね、歴史的価値を残している地下鉄があるんですけど、
例えばね、そこなんかでは写真撮影が禁止とかね、決して観光客フレンドリーではない国だった。
そうで、それを2018年に観光国家戦略へとして変更したことがね、まずここが一つの大きな転機になったんだろうなと思います。
ただやっぱその後、もう2020年からはコロナ禍に入るわけですから、
もちろんそこから数年間はね、他の諸都市同様、海外からの観光客っていうのは、外国からの観光客っていうのはだいぶ減って途絶えていたかと思うので、
そういった歴史的な背景とか時代背景が重なって、今ね、サマルカンドがガラガラです。
少なくともこの12月の初頭に関してはガラガラでした。
でもね、日本からの団体ツアーは3組ぐらい見かけましたね。
20名ぐらいの国内からのツアー団体の方、サマルカンドでは見かけたので、じわじわと広がっているんじゃないかなと思います。
じわじわと広がっている。特にね、僕去年発売された地球の歩き方を持って行ったんですけど、
観光費用とかね、レギスタン広場に入るための観光費用とかも、地球の歩き方に乗っている金額よりもだいたい1.2倍から1.5倍ぐらいにどこ行っても値上がってました。
だからじわじわと人が増えているんだろうし、それに伴いね、観光費用とかも入場料とかも値上がりが始まっているのかなというような雰囲気だけは感じています。
ということでね、サマルカンドでまだ、ごめんなさい、ちょっと解説的な話が続くんですけど、
どうしてサマルカンドはすごいのか、来るものを圧倒する遺跡群があるのかっていうことですね。これも僕の中で仮説があるんですけど、
短期間に富を集中させることによって建造された都市、それがサマルカンド。
これどういうことかというと、モンゴル帝国の一つの継承国家としてアミール・ティムールが作った
ティムール王朝。瞬間風俗だと世界帝国と呼ばれるくらい、中央アジア一帯に領土を拡大した王朝なんですね。
特にアミール・ティムールって軍事の天才って言われていて、ネットとかで歴史上最も強かった軍人、才能のあった軍人は誰かランキングみたいなのを見ると、
だいたいアミール・ティムール、アレクサンダー、チンギスハン、ナポレオンとかね、そういう世界史上の早々たるメンバーと並んでアミール・ティムールって軍事の天才として語られてるんですね。
アミール・ティムール、中央アジアのアレクサンダーみたいな感じだと思うんですけど、一世代で世界帝国のように領土を拡大していって富を集達していくんですよね。
その富を全てサマールカンドに集中投下していくんですよね。
この帝国自体も1世紀程度しか存続してないんですけど、短期間による富の集中投下によって壮大な都市を築くっていうことをこのアミール・ティムールやっています。
だから、君主として素晴らしいのかって言ったら、おそらく素晴らしくはないんだと思うんですね。
サマルカンドの魅力
当時、もしその時代に自分が生きてたとして、アミール・ティムールの時代、結局自分のための霊廟とか、そういうモスクとか、そういうものを作ってるんですよね。
神学校とかも作ってはいるので、国民に還元している部分もあるのかもしれないけど、自分のためのモスクとか霊廟とか、そういったものを一気に集中投下して作ってるような印象です。
やっぱり、富を短期間に集中させることによって築かれたものって、多分ルイ・ジン・ヨンセイのベルサイユ宮殿とか、そういう場所もそうだと思うんですよね。
国民還元しないで、自分のために使う。それって今の観光地として莫大な人気を誇っているので、意外とそういう場所あるんじゃないかなって思います。
みんなのために使うというよりかは、自分たちのためだけに作って豪華なものを作る。
これは研究所でどう言われているのかわからないけど、ピラミッドとかだってそうでしょ、きっと。エジプトのピラミッドだってファラオンの王様のお墓をたくさんの人を動員してあんな無茶苦茶なものを作るけど、それが世界史上の遺跡として今も観光資源になっているというようなものが結構あると思うんですね。
至高定量とかもそうだろうし、そういう世界史上に起こった富を集中投下させることによって建造された街、遺跡ですね。その一つが僕はさまる感度なんじゃないかなというふうに思っています。
だからね、すごいです。すごいっていうのは美がすごいし、規模がすごいし、いって驚くものがあります。
ただ、ティメル王朝、ボロクソに似たようにも思うかもしれないけど、4代目の君主にウルグベクっていう人がおりまして、ウルグベクはウルグベク天文台っていうのが残っているんですね。
天文学者としてイスラム世界ですごく名前が通った君主みたいなんですけど、そういう軍事だけじゃなくて学問にも力を入れた王様なんかもいたりもしています。
だからさっき言ったように、ルイ14世の時のパリに似ているのではっていうのは、王とか一族のために金力とか富を集中させて使用していくっていう部分でですね、歴史の皮肉ですよね。そういったところほど観光資源が豊かになっているっていうのは、まあまあなんか暗い話にはなってしまったけど、でも本当に今ね、当時住んでたらどう思ったかわかんないけど、
今私たちが観光客としていくサマルカンドは素晴らしいです。美しいです。ぜひね、行ってみてほしい。
これはあとちょっとね、歴史の余談になるんですけど、ティムール王朝ってモンゴル帝国の影響が、さっき言ったようにモンゴル帝国がね、分割して起こったものなんですけど、なぜアミールなのかですよね。ティムール、アミール、ティムールなのか。
アミールって司令官って意味なんですね。軍の司令官。これどういうことかというと、当時のモンゴル帝国の分割してできた、分裂してできた後の王朝って、その統治の正当性をどう主張するかって言ったら、チンギス藩の秩序を正当性としてみんな認めていたんですね。
だからチンギス藩の秩序を藩として擁立していたそうです。だから藩が王様であったり皇帝であって、アミールっていうのは軍の司令官ですね。ただ実質ティムール朝にもそういった藩をね、チンギス藩の秩序の人を藩として擁立していたそうなんですけど、実際の国家のね、主導権というか政治っていうのはティムール一族が担っていたそうです。
藩が皇帝、アミールが軍の司令官。これって要するに江戸幕府の将軍と天皇の関係に近いのかなと。将軍が実際のね、実務というか政治を日本全体を動かしながら、でその将軍の正当性って誰が認めてるんだっけっていうと、京都にいた天皇であったっていうようなね、まあそういったところが歴史の余談ではあるけど、日本以外にもねこういう場所って結構あんだなぁみたいな。
意外とそしてそれがね、遊牧国家でもねこういうことがあるんだなっていうのが面白かったなっていうところです。
このサマルカンド、お酒が飲める町でもあります。国民のほとんどイスラム教ムスリムなんですけど、珍しくね、お酒にすごく寛容な国です。ウズビキス山自体が寛容で、ウズビキス山でもね、結構何種類かビールを作っているみたいです。
特にこのサマルカンドだと、サマルカンドだと地ワインですね、とかクラフトビールの製造っていうのも行っていて、サマルカンドの本当にリギスタンヒロバーの近くでワインとかねビールとか飲むことができました。
普通にすごい美味しかったです。そのビールもワインも。かつ安いっていうね。だから結構いろいろ飲んだりもしたんですけど。
あとね、シャシリクっていうバーベキュー文化ですね。お肉を串に刺してただ焼き上げる、あと香辛料とかね、たぶん漬け手だとは思うんですけど、焼き上げるシャシリクっていうバーベキュー文化のお肉なんかもあるので、お酒好きはすごく楽しめる町だと思います。
だからそういう歴史文化もあるし、食とかお酒も楽しめるし、あと目抜き通りがあるんですね。歩行者天国というかその遺跡街のところ大きな目抜き通りというか、観光用の通りっていうのがきちんと整備されているので、観光もしやすい町になっています。
はい、ということで、サマルカンドでした。ぜひね、行ってほしいですね。ここから5年10年が、これはサマルカンド、これからすごく人気が出る町だと思います。それは世界的に人気が出る町になるんじゃないかなと思っています。
観光の未来
それだけの観光資源がサマルカンドにはありました。だから、ここから5年ぐらいがサマルカンド行くのにいい時代なんじゃないかなと。オーバーツーリズムとは程遠い環境なので、本当にガラガラです、諸島に行ったら。
春秋はね、ある程度人はいるんだろうと思うんですけど、ピーク時外せば今はきっとガラガラなんだと思います。それっていうのはもうこの5年ぐらいで変わっていくんじゃないかなと。もしかしたら10年後20年後はね、誰もが憧れる誰もが行きたいと思う世界的な観光地になっていても全然おかしくない場所だと思います。
だからね、どうせ行くなら早いうちがいいと思います。それは込み合う前にということです。
まあ今は結構ね、いろんなユーチューバーとかもサマルカンドいいよって、ウズベキスタンいいよっていう情報発信がされているから、コロナもね、2023年ぐらいから大体開けて海外旅行みんな自由に勝手なようにできるようになって、やっぱねじわじわとサマルカンドいいぞって、ウズベキスタンいいぞっていうのが広まってきているなと思うので、どうせ行くなら早めがいいと思います。
あとさっき言ったようにね、観光費用、入場料とかがじわじわと地球の歩き方記載のものからもね、上がっていたので、今後ね、どんどんどんどん観光費用が上がっていくことを考えると、ちょっとでもね早く行くといいんじゃないかなと思っています。
はい、まあそんな感じで、サマルカンドめちゃめちゃよかったっていう話ですね。
ぜひね、気になる方いたら行ってみてください。おすすめです。
それでは今週はこんな感じです。
よければチャンネルのフォローと高評価お願いします。
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来週金曜日の18時にまたお会いしましょう。
それでは耳たびで良い旅を。