1. たべものラジオ〜地域編〜
  2. #3 神田の鎌倉河岸と豊島屋本店
2024-04-08 27:57

#3 神田の鎌倉河岸と豊島屋本店

おすすめの聴く場所「東京都の神田橋周辺」。

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00:07
たべものラジオ
たべものの世界を探求する、たべものラジオの掛茶料理むとう、むとうたくろうです。
むとうたろうです。
このラジオは、少し変わった経歴の料理人兄弟が、食べ物の知られざる世界を、ちょっと変わった視点から学んでいくラジオ番組です。
はい、ということで、今回は何で行くんでしょうか?
神田ですね。
神田?
はい。
神田?
もう、大都会ですね、神田。
大都会?
神田どこかわかってます?今、これ聞いてる人は神田にいるんでしょうけど、あなたわかってますか?
どういうところって?
大手町とかね、のすぐ北側と言いますか。
はいはい、あの、こち亀?
それは亀張りだからだいぶ遠いな。
神田寿司じゃないの?
あ、神田寿司、あれはヤゴウかな?
あれヤゴウなの?
たぶん知らない、俺こち亀詳しくないからわかんないですけど。
もうあれですよ、東京ど真ん中、皇居のすぐ近くですよね。
もうちょっと見れば皇居が見えるぐらいの距離ですよね。
まあ皇居の公園かな?
あ、皇居のところね。
いわゆる外堀近辺っていうところになりますかね。
こんな今ビジネス街になっておりますが、ここはもともと市場でした。
神田の市場?
ここには市場がありまして、江戸で一番最初にできた繁華街。
そうなんですよ。今繁華街って言ったらどこなんでしょうね。
新宿とか銀座とか六本木とか、ああいう華やかさの街がここ神田だったんですよね。
そうだね、すごい高層ビルとかだよね、神田ってビジネス街の。
そうですね。
神田神田といっても鎌倉という地区がありますね。
今地名では残ってないのかな。一部鎌倉って呼ばれてるビルがあったりしますけどね。
名前関してるところが。
この鎌倉という名前で呼ばれていたのが鎌倉菓子。
鎌倉菓子、川に岸?
そう川に岸ですね。菓子っていうのは荷物の荷上げをするところですね。
すぐ目の前に日本橋川っていうのが流れてまして、
あと神田川っていうのがあるんですよね。
ここの水運を利用して墨田川から船でこうスーッと入ってきてですね。
途中の日本橋の上ヶ島を通過してですよ。
そのまま外堀までグーッと入ってくると、ここ鎌倉菓子がついてくる。
ここで荷上げがされるというような昔の港ですね。
港なんだ。
で、ここは日本橋の上ヶ島が成立するよりももっともっと前から港なんですよ。
03:05
日本橋の話もしたのにまだ古いところあったんだ。
もっと古いところがあるんです。
なんなら徳川家が江戸に来る前からここは港なんです。
そうなの?
そうなんです。
もう小田原北条家が支配してたとかね。
1500年代初頭とかね。
その時代にすでにこの神田橋の田元辺りっていうのは水揚げ、荷上げがされる港だったと。
そうなんだね。
ということなんですね。
この頃その時代っていうのは江戸の初期もそうなんですけど、まだ神田川とか日本橋川がないんですよ。
平川っていう一つの川だったんですね。
一つの川だったんだ。
なんなら今皇居と言われてる当時江戸城ですね。
ここ海にかなり近いところだったので。
海からちょっと入る。
いいですか?
平川という川の河口部分がちょうどこの神田のあたりなんです。
そうなの?
だから神田よりも海側は全部海、当時。
海から入ってきて平川に入り口のところの川岸に水揚げをするというのがこの鎌倉橋の一番最初のところですね。
ごく当たり前だね。
当たり前のことですね。
たとえば海沿いの方が都合がいいわけですよ。
今のイメージだとだいぶ違うけどっていう話だよね。
内際よりはちょっと川に入ったところの方が揺れなくて、荷上が楽なんですねきっとね。
まあまあそりゃそうだもんね。
そういう感じですね。
このちょうどいい港があるので、しかも大地の端っこでもあり海際でもある場所が非常に土地として良いということで、
徳川家康率いる徳川勢はここにお城を作ろうということにしたわけですね。
もともとそういう鳥ではあったんですけど、場所がいいんですよ。
で、お城を作るときにですね、その港から木材だろう石材だろう、いろんな建築材料を陸上げしなきゃいけないじゃないですか。
で、この時、江戸城を作るときのこの建築材料を鎌倉から持ってきましたと。
鎌倉から持ってきた、結構あるね。
はい、鎌倉から持ってきました。
すごい、この当時したら結構な距離、どこじゃないよね。
結構な距離ですよ。と言われています。ちょっとわかんないですけど、そうらしいですよね。
で、鎌倉の職人さんも連れてきたらしいと。
ということからこの港は、名もなき港は鎌倉がしと言われるようになったそうです。
だから鎌倉なのね。
本丸にも近くてさ、外堀が沿岸ですごく都合がいいわけですよ。
ずっと江戸時代を通じて、江戸城近辺の人たちにとって煮上げ場としてすごく都合がいいと。
これが江戸の終わりまでずっと続くんですよ。
06:01
で、立地的に考えると、そのすぐ下流に日本橋の大橋があるわけですよ。
にもかかわらず鎌倉がしが大橋として機能してるって、なんじゃこりゃって話になるじゃないですか。
ちょっと謎だね。
でかいのあるんだったらそっちだけでいいじゃん。
なんでわざわざ新しく鎌倉がしなんか作ったんだろうじゃないんですね。
鎌倉がしがすごく古くて老舗で、その後に新規の港として日本橋の橋ができたという感じなんで、鎌倉がしはずっと残ってます。
まあまあまあ古いやつはそんなに簡単にはなくならないもんね。
そういうことですね。
で、吉原とかができるよりもずっとずっと前なんです。この鎌倉がしがにぎわい始めるのが。
あの吉原の誘惑。
誘惑みたいなのができるのは元と。
はあそうなんだ。
まだ豊臣秀吉が生きている頃に徳川家康さんあんたちょっと三河とか駿が手放して江戸に行かんかねと言われてお引越しをするのが1590年頃なんですね。
幕府ができるよりももっと10年以上前の話ね。
その頃に江戸城の築城とか始めるんで、その頃からこの鎌倉がしっていうのは人が集まり始める。
人足だの職人だのがわちゃわちゃ入ってきて、でまだ半農半分の物資たちもわちゃわちゃいると。
そうするとですねそこに物資も来るから食べ物が必要になって、食べ物が必要ってことはそれを運ぶ人も必要になれば調理する人も必要になると。
で、泊まるところが欲しくなる。そうするとなんか誘惑みたいなところもこうだんだんできてきちゃう。
商売としてね。
集まってくる。で、吉原ができる前ぐらいの段階でもう鎌倉がしの近辺にまた友情屋が15軒ぐらいできてるという、そういう状態にはなるんですよね。
で、一大物資の集約地点、ターミナルとして機能していく。
で、この鎌倉がしで取り扱われてたって言われてるのが魚魚介類はもちろん青物ですね。酒醤油味噌木材石材などなどと。
結構ほぼ全部だね。
もう江戸の外掘り界隈の物資はだいたいここに1回来ますからね。
そうなんだね。
日本橋で下ろす意味ないですから。より近くの停留所に行きたいじゃないですか。
確かに。
そんな感じでどんどん行くんですよね。
でですよ。こんな感じで流通してたよっていうだけの話なんですけど、この鎌倉がしの近辺、鎌倉がしとか鎌倉町と呼ばれてる地域から今でも残る有名なお店がありまして、ちょっとそこのお店を簡単に紹介しようかなと思います。
今でも残ってんだ。
今でもありますね。利島屋本店さん。
利島屋。
本店。
本店。
はい。酒屋さんですね。
酒屋?
はい。
で今は作ってもいますかね。
作ってるの?
うん。手造も行ってらっしゃいます。
へえ。
逆に僕ね、現代の方が詳しくないんですよ。
言ってた。
加工のことは知ってんだけど。
言ってた。うちに兄ちゃんあるんだね。
09:00
うん。急に現代になるとふわっとしてくるんで。
ねえ。
はい。
昨日もその話したもんね。現代は知らんって言ったから。
よくわかんない。
多いみたいな。
今でもちろんちゃんと経営されてる会社さんで、
江戸で起業した、東京で起業した会社の中で一番歴史の長い会社じゃないですか。
え?東京で一番長い?
そう。
そんな長いの?
うん。三越も長いんですけど、
それはもともと京都にあった五福屋さんが出店してきたっていう意味で長いわけじゃないですか。
はいはい。
江戸という中で起業した企業としては多分最高じゃないかな。
はあ、そうなんだ。
もちろん江戸の酒屋さんとしては一番古い。
まあまあそういうことだよね。
創業が慶長元年。
慶長元年。
1596年。
1596年。
まだ関ヶ原も起こってなければ、大阪冬の陣も夏の陣もない。もっと前。戦国時代。
400年か。
はい。もう430年、20何年とかになるんじゃない?
400年以上だね。すごいな。
そうやってらっしゃるんですよ。
もともと鎌倉菓子でいろんな物品を扱う商売をやってたんですよね。
卸どん屋とか小売とかを飽きなってたらしいんですよ。
これ一族みんなで手分けしてやっていて、今残ってるのはその中のお酒の販売をやっていたところね。
そこの一点張りで伸びて残ってきたって感じなんですよ。
この城武神をする職人さん相手、お城を作る時の人足とか職人を相手にお酒を売るっていう商売を始めます。
こんな時代に江戸会話に酒作ってるところはほとんどないわけです。
まあまあ農村地域でしょ。もともと。
農村だったらマシな方で半分くらい湿地かなみたいなところなんで。
まあまあ確かにあんまり人いなかったって言ったよね。
あんまり人いないです。
超田舎なんでしょ。
超田舎だったです。ところでブロック作ってる人はいたかもしれないですけど、
大量に急にやってきた人足だとか武士相手に酒を売るほどの酒があるわけじゃないんですよ。
だから下り物を釣って髪型の名だとか痛みの酒を運んできて売るわけです。
この豊島屋さんっていうのはより良いものをより安くっていうね。
お客様第一主義っていうのをもう400年前から貫いてる企業さんなんですよ。
ずいぶん長いね。
この当時から、創業時点からそれ。
創業時点から。
だから城武神をして江戸の街を造成してくれる職人さんたちに気持ちでも返したいっていうことで、
いい酒を劣化させないようにして安く。
もう究極の薄利多倍を400年間やる。
すごいな。400年間か。
スケールが商売として400年はすごいな。
12:00
これあれだよね。薄利多倍を頑張るっていうのはその方針かと思うけど、
400年以上って言われた瞬間にうわってなるよね。
なるなる。よく貫けてるな。本当にすごいね。
なるほどね。やっぱ職人さんとか、いわゆる庶民相手にやってるから安売りが心情なんですよ。
薄利多倍でやっていくと。
また出てきますけど、共法の改革とか、八代将軍吉宗の時代とかに贅沢禁止令が出たとか、
不況になったとか、庶民の暮らしが苦しい時があるじゃないですか。
そんな時でも安売りは絶対譲らないと。
それすごいね。
これすごいでしょ。
めっちゃ苦しいはずだよ、自分も。
これね、本編の方で日本酒のシリーズの中でちょっとこの話してるんですけど、実は。
そうだっけ。
ちょっと出てくるんですけど、実はこの共法の改革の時に取った戦略がもうすごくてですね、
お酒めちゃくちゃ売るんですけど、酒は原価のまま売るんですよ。
原価のまま売る。
例えば、一杯八門ですわって仕入れてくるじゃないですか。
お客様に一本八門ですって言って売るんだよ。
商売か?
一門も儲かんないじゃない。
儲かんないね。
でもむちゃくちゃ安いわけだ。他では十何門とか二十門とかで売ってるわけだから。
まあそれはそうだね。
ああすごい、一気に八門で酒が飲めるってね。
俺も行くかって。お前知ってるかって言うと、俺も行くかって。
お前知ってるか行くか行くかって言って、わーっと来るわけだよ。
そうするとあっという間に樽が空っぽになるでしょ。
空になるね。
この樽売るんだよね。
ああ、その話聞いたわ。
聞いたことあるでしょ。
とにかく酒を空にして樽を売るっていう商売にする。
いやでもよく思いつくよね。普通取るからね。
この酒樽っていうのはさ、当時は循環型なので、
酒樽に使ったら次は大体醤油樽になってさ、
醤油樽の後は今度味噌樽になってさ、最後漬物樽になって、
まあそんな循環していくわけですよね。
需要が高いんだよね。
需要が高い。
もうあちこちで欲しいから樽は。樽売りは売れるんで。
まあこの時は特にそうだよね。
で、那田の酒を買うときには樽込みで酒を買うわけでね、
当たり前だけど船で運んでくるわけだから。
まあそうだね。
だから容器は勝手についてきちゃうから。
酒ただで売ったってさ、マイナスさえ出なきゃ樽の分だけ儲かんねえね。
そうか。器を輸送するついでにね、中酒入ってるくらいのもの。
の勢いですね。
しかも樽の値段もね、でかいからね。
でかいから。結構いい年なんじゃないですか。
まあそうだろうね。
で、とにかく酒を吐かせたいわけですよ。とにかく空にしたいわけね。
まあね、空にしたいだろうね。樽売りたいからね。
商売的には。でも庶民からすると、安く酒を飲ませてくれるって嬉しいわけじゃん。
ありがたいってことになるよね。で、とにかく吐けさせたい。
美味しく安く酒飲みたいの、このお互いのベネフィットがガチャンとガッチャンとしたときに、
この豊島屋さんね、電楽売り出すんだよね。
電楽を売り出す。
15:00
電楽って言ったら当然ですけど豆腐ですからね。
この時代他の電楽ってないんで。
豆腐だから電楽っていう名前なんだけど、その話は本編のほうでどっかで話すんで、いずれ聞いてください。
その話ちょっともう一回聞こうかと思ったけど、ちょっとためらったけど。
じゃあちょっとだけしましょうか。
電楽っていうのは、白い豆腐に茶色い味噌を塗ってる状態のことを言うんですね。
これ何でかっていうと、元の原型は例えば焼き鳥みたいなものをイメージしてもらうといいんですけど、
豆腐が肉の代替品だったので、焼き鳥の代わりに味噌焼きで串焼きにしたわけですよ。
まあまあ確かに豆腐自体がお肉の代わりという選定だもんね。
大豆ミートだと思ってくださいね。
そしたら見た目が白と茶色なんですよ。
昔、今でもあるけど電楽踊りっていう神様に奉納する踊りがあるわけです。
それは白小族で田んぼの中に入って舞を舞って神様に奉納するっていう踊りなんですよ。
だから白に茶色い泥が付くわけじゃないですか。
豆腐に茶色い味噌が乗ってるじゃないですか。
ああこれは電楽だって言って名前が電楽になったんですね。
こんにゃくの電楽は豆腐電楽っていう名前じゃなくて、電楽の前にわざわざこんにゃくを付けてこんにゃく電楽って言わないとおかしいんです。
ああはいはいはい。
本家が白と茶色じゃなくて成立しないのにこんにゃくは白じゃないので、みたいな感じです。
こんにゃく電楽じゃないと、こんにゃくは茶色っていうか灰色だもんね。
この成り立ちを知らない方の方が8割9割占めてる世の中なので、豆腐でも電楽できるんだみたいな話が出てきますけれども。
豆腐、こんにゃく電楽はどこから出てきたんだ?一番メインなのは何なんだ?
その話をすると長くなるので、本編でやりますから。こんにゃくのシリーズ。
ああこんにゃくのシリーズね。
そこでお話しますね。
話をぐるぐるぐるっと戻して、電楽を販売し出すんですけど、これまた特大の電楽なんですよ。
特大?
でっかい。
でっかい。
結構でかい豆腐の電楽を出すわけですね。
しかも味の濃い赤味噌で濃くなるやつを塗ってさ、これまた格安で1本2問。
1本2問?
蕎麦1杯16問って言ってる時代に特大の電楽が2問で言ってる。
で、赤味噌のしょっからいコクのある味ですよ。うまいんだこれが。
これをパクリとやると酒くれ。酒がすんじゃねえ。
まあまあ確かにね。豆腐に味噌に酒だもんね。
で安い。もう1本くれ。もう1杯酒飲ましてくれ。どんどん酒が消費する。
あっという間に空になって樽がまた売れるっていうね。
結局酒を売るために電楽すら安売りするんだ。
こういうのがビジネスモデルでなってこういうことをやり始めたもんだから
諸説ありますけれども、後につながる居酒屋の原型はここから始まったんじゃないかって話もあるぐらいですね。
18:01
居酒屋の原型。他の話もあったけどこっちもあるんだ。
料理屋で酒を出すっていうのは料理屋から発祥した乳売り者屋としての酒を販売するスタイルじゃないですか。
ここはもともとお酒屋さんですから。街行くと酒屋さんありますね。
ボトルで、瓶で焼酎だの日本酒だのビールだの売ってるじゃないですか。
あそこで飲んでるだけですから。
料理ね。
酒屋に居ると書いて居酒屋ですからね。
そこでつまみ出し始めちゃったのが発展して今は料理屋みたいになってるっていうのが居酒屋の原型。
それがそのモデルを作り出したのが異説にはとしま屋本店さんという話もあるぐらい。
そういうことね。確かに古いしこんなに安売りして人集めてたら今も残ってるしね。
可能性は高いよね。
そしてねこれまたすげえのがさ、こんだけ安売りしといてさ、付けきくんだよ。
付けがきく。
付けがきく。石器払いって言って季節の変わり目ぐらいに回収してくるんだよね。
はいはいはい。
そうするとさ、体力があるからできるんだろうけど日々の支払いはそんな大きくしないけど、
あるタイミングでドカーンって入金があるわけじゃない。いわゆるまとまった金ができますよね。
できるね。
でこのまとまった金が消えるまでにはまた何ヶ月かかかるわけですよ。使うにしてもね。
だから使い切っちゃう前にこのお金を人に貸すんだね。金融業を始めるんだよ。
ああ金融か。
金貸しを。
金貸しねはい。
これでゼニをぐるぐるぐるぐる回しながら剥離多売をして一般庶民たちにバンバンバンバン酒を売り安く提供していく。
へえ。
大人気になる。
そりゃそうだよね。
そしてこの大人気の利前さんが新しい酒を発明する。
まだやりますか。
まだやるんですよ。これ白酒ですね。
白酒。
知ってます?白酒。
白酒って何?
あのひな祭りの時に飲むやつね。
はいはいはい。
甘いお酒ですよ。アルコール度数どのくらいあるんだろうね。9度とかあるのかな。結構高いんだけど。7度とか9度とかあるね。
うーん。
これを開発するんだよね。
そうなの?あれそんな後なの?開発されてるの。
うん。江戸時代入ってからの話ですかね。
そうなんだ。
何代目だったかな。4代目か5代目か。ちょっとその辺明確な記述なかったからわかんないんだけど。
白酒ってのはね、いわゆる日本酒に蒸したご飯。蒸し米ですよね。
はい。
蒸し米じゃなくて普通のウルチ米。これと麹を入れます。
はお。
蓋して7日間ほど1週間くらいやると麹とお米が入ってますね。また麹のパワーで甘くなりますよね。
それをこすんじゃなくてそのまんますりつぶして真っ白い液体にして飲むっていうのが白酒ですよね。
そうなんだ。
甘酒とは違うんですよ。
違うんだねあれね。
やっぱり白酒。甘酒は麹から作った甘酒はアルコールないんで基本的に。
こっちはアルコールちゃんと入ってますから。
21:00
最初から入ってるもんね。
そうそうそう。
作る段階でも入っちゃってるね。そこに甘みを出すために紅酒と白米で甘みを足すみたいな。
それももったいないからこすんじゃなくてちゃんとすりつぶして全部飲むと。
それが白く見える原因なんだ。
そう。これが白酒ですね。
へえ。
今は日本酒じゃなくて焼酎ベースとかみりんベースとされてることも結構多いですけど。
そうなんだ。
でこれが面白いのが白酒、伝承ですけどね。言われてるのが当時の当主がね、寝てる時に夢枕に神様が降りてきた。神様じゃないな。神美奈。
神美奈。
お雛様の神のやつあるじゃん。
はいはいはい。
お雛様ってあんなに豪華になる前って流してさ、薬病とか疫病とか薬を雛の人形に乗っけてさ、流すとかなんかして払うみたいな意味があるわけだよね。
そうなんだ。
元は神だったりするんだよ。
川に流すんだ。
うん。灯篭流しみたいなもんでさ。意味一緒なんだけど。神美奈ってのがあってさ。この神美奈がね、夢枕に立ったと。
どんなことやねんってなんだけど。寝てたら夢に出てきたんだと。そしたらその夢の中で神美奈がこの白酒の作り方を教えてくれたと。
早速作ってみたと。これはうまい。甘いと。江戸時代の酒ってのは基本的には辛口ですから。
そうなの。
日本酒道15度とかさ。だいぶ辛口なんで。その時代に甘い白酒ってのを出したんだよね。
で、この神美奈だから。桃の節句じゃないですか。桃の節句のちょっと前に売り出しって見たところ、これがまた大ヒット。
でね、職人さんたちもこれはうめえってなるんだけど、何がすげえって甘いから。しかも桃の節句でひな祭りの時だから新しい顧客ができるんだよね。女性。
この当時っていうのは今と価値観が違いますからね。女性がお酒をバンバン飲むっていうのがなんとなくはしたないっていう文化があった時代なんですよ。江戸のこの辺りっていうのはね。
ああ、そうなんだ。 前後違いますよ。ですけどこの当時そんなのがあって。
で、飲んでもいいんだけど大ピラにね、人前でわーって宴会やるのはまあまあしなくてちょっとおしとやかにちょっと飲むみたいな感じだったんですけど、
このひな祭りと白酒のコンビだと人目をはばからずに普通に楽しめるんだよ。で、甘いし。スイーツだから。
スイーツだね。 今でも好きでしょ。甘いお酒好きな人いますよね。
で、としま屋さん本店ってのはもともと職人さん相手だったじゃないですか。だから女性ターゲットじゃないんですよ。
ところが白酒を出したことでこの客層がバーンと広がるんだよね。
そうか。甘いリキュールって結構売れるもんね、女性はね。
そして場所が鎌倉橋ですからね。外堀のすぐ外側ですから。ちょっと振り向きゃ江戸城が見えるわけですよ。
その周りには旗元だとなんだろうとかそういう武家階級もたくさんいるわけですね。大名屋敷もあると。
24:03
そこにも顧客が徐々に増えていく。 まあ人数いますからね。
そうそう。教養階級である大名とかね。ちょっと偉い方々の男性の方も何を飲んでるんだ。
これが美味しいございます。そうか。ようもいただこうかなとか言って今度は大名まで顧客化していくんだよね。
まあね、麹で米入ってたら美味しいよねそれね。
でこれが高齢化していて毎年2月の25日になるとね、白酒の大売りだ知ってるよね。
はあ、この間だね。
この日は白酒以外売りません。酒も醤油も一切売りませんってお断りをしてですね。
で朝からこういうたくさんの人が並ぶわけですよ。俺も俺もわーっと来るわけです。
そしたら事前に交換する切手みたいなのを発行して、今で言う商品交換券みたいなのをね渡して、これこの券の段階で販売しちゃうんですねもう。
そうなんだ。
あとはこの券を持ってあっち行ってください受け取るだけですっていうもうなんていうの食券みたいなスタイルですね。
はいはいはいはい。
でどっちからか分からないけど、右からか左からか分からないけど、どっちかから入ってどっちかから出るっていう効率のいい一方通行をやるわけですよ。
へえ。
でこうだーっとこう捌いていく。押すとですね昼頃にはもう完全に完売してしまうという。
はは。
とんでもない売れ行きですよ。
へえそうなんだ。
記録によるとですね1400タル。
1400タル。
560コク。
560コク。
コク。リットルに直すと1万800リットルが午前中で売り切れる。
1万800リットル日本酒が恐ろしい量だけど。
白酒だけでね。
白酒だけでしょ。
でこれだけで数千両の売り上げになるみたいな。
はあすごいね。
でこの白酒を発明したのが豊島屋さんでこの上美名の由来があるので
今現代お雛様の雛祭りの時に白酒がセットになってるっていうのはここが原因ですね。
はあ。
ルーツ。
白酒も作られたんだ。
で場所が場所でそのほんと下町じゃなくて山手のほんと中心部でいたからこそ
比較的社会の中流から上流の方々に届くようになるわけじゃないですか。
上美名の話もありましたけど裕福な人からだんだん上美名から立派な雛人形になって
壇飾りになって調度品が増えてて豪華になっていくんですね。
そこにこの白酒がポンとはまるんだよね。
ああそういうことか。
でだんだん庶民の方もリッチになってきて豊高になってくると
あの人たちを真似をしたいってことになってそれが明治大正昭和平成と来る間に
もう完全なるセットということになっていくわけですね。
へえその間に変わっていったんだね。
戸島屋さんも400年以上の歴史もありますし
鎌倉賀氏はもっと長いしね。
長いね。
そういった歴史の積み上げの上にこの神田の町というのはできてるわけですね。
これが神田の町なんだ。
すごい総裁な物語だったね。
27:01
面白いでしょ。
まあ戸島屋さん本店の明治以降の話はホームページでもね
企業ページでも解説されてますし
wikipediaにも載ってるんで興味ある方は
現代の方はそちらで読んでください。
僕の知識はここで止まりますんで。
ここで止まるんだ。
150年前で止まりました。
いつも通りですね。
はいいつも通りです。
ということで今回はこんな感じですか。
ということで食べ物ラジオの本編では
今お聞きいただいたような内容を
シリーズで配信しております。
ご興味おきましたら
ぜひお聞きいただければと思います。
では今回はこの辺で終わります。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
27:57

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