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たまたまね、大学生の男の子4人とね、話したわけですよ。高校卒業して、まあそんなに経ってなくて、大学生になったとはいえ、まだ数日しか経ってない彼らにね、いろいろ質問していく中で、まず今時の子は料理できるんだなっていうのはね、僕の中では意外でしたね。
ご飯とか大丈夫?って話をした時には、あ、料理できるんで大丈夫ですってね。家でも家族の作ってましたとかね。4人いて4人がそれを言うから、まあ僕が聞いた中では4分の4だから100%みんなできるってことですよ。
で、僕さらに聞いたんですよ。それってカップラーメンにお湯入れるとかそういうんじゃないの?って言ったら、いやいやそれは違いますよって言っててね、まあ偉いなと思ってね。僕が高校生の時なんてできることはもう本当にレンジとカップラーメンぐらいでしたよ。
大学生になっても本当に豚肉を茹でてね、それと野菜を敷いて冷シャブーみたいな感じで食べてたりとか、あとは救援物資って呼んでたんだけど、うちのばあちゃんがレトルトのものとか味噌汁のもととかフリーズドライのね、あんなのを送ってくれて、そうやって生き延びてましたから、自分で何か料理をしようっていう感覚があまりなかった。
今考えてみればちゃんとやれようと思うんですけども、そんな感じから言うと今時の子はね、いつも言われるじゃない、今時の子はねって言われるけど、いい意味で今時の子はちゃんとしてるじゃんってね、思いました。
大学で伸びるためには何が必要ですかって聞かれたんですけど、僕が一番最初に言ったのは食事と睡眠時間の確保。
乱れた食生活っていうのは体づくりに大きく影響するし、睡眠時間の確保は大学生って意外と難しいんだよっていう。
いろんな誘惑は多いし、アルバイトも含めてやらなきゃいけないことが多いから、意外と自分で自分の時間をコントロールできない子は崩れていってしまう傾向にあるよと。
それを半年ぐらいでベースを作れた子はそこから先崩れることはないけど、大学生になって自分で暮らし始めたら自由な時間がすごく増えるから、そこで崩れてしまった子はなかなかそこから戻すことが難しくなっちゃうねと。
で、君らの状況はどうなんだいって聞くと、一人は奨学金をもらってますと。さらにアルバイトをしないといけませんって。最初からもそれが決まってますという子がいたんですね。
その子はアルバイトを早速探してると。もう一人の子は片屋、朝晩ご飯がついてるところに住んでますと。
さらに奨学金をもらっているので、それと親の仕送りを合わせるので、アルバイトはしなくても大丈夫ですという子もいるし、親の仕送りだけでとか奨学金だけでという子もいたので、いろんなパターンがあるんだよね。
ここが不平等っていうか、結局食事のクオリティと睡眠時間の確保っていう点において、同じ努力値でできることじゃなくなってるなっていうのは最初からわかるんですよね。
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頑張らないと食事と睡眠時間確保できないことを頑張らなくてもそれができる子。どっちがいいかというと、それはでも本人の環境だから、どっちでもやればできるけど、そこに対して努力値がある。
ただその努力をすることは損なのかっていうと、その努力をしていく中で自分で自分のリズムをちゃんと作れた子はまた社会人になったら少し楽になると思うんですね。
だから今厳しいことをしてたとしても、それが当たり前なことになってくれば大人になってどうせしなきゃいけないことになるから、その点が今はしんどいけども、今やってることで後で自分がもうちょっと余裕ができてくると、さらに新しいことを人よりも早くできるチャンスもあるからっていう話をしてみました。
でも平等公平っていう理論になると、そこからちょっと逸脱してしまうところはあると思うんですけども、だからどんな環境でも結局はでも食事と睡眠時間というのを確保しましょうねっていうところは、彼らにとっては僕は競技者、アスリートとして捉えるならば大事なことなのかなというふうに感じています。
大学生思い返してみたらね、僕の大学生活はひどいもんでしたよ。本当に。寮に入ったんですよね。寮に入ってその寮はね月1万円。激安でしょ。激安なんだけどご飯はついてないんですよ。でもご飯はね、バーチャルの救援物資で生き延びてたからそんな食費はかからなかったんだけど、まあ乱れに乱れましたね。寮なので同会生と四六時中一緒にいるからね。
夜遊んで朝起きれなくて、そのまま朝寝に行って学校行かずに寝ちゃったりとか。まあ親が聞いたらねびっくりしますよ。本当に。だからそういう乱れた生活をして思ったのが、まあそういうことはしちゃダメだということ。
前期の単位が確か全部で24から26単位ぐらい取れるようなところだったんだけど、僕がね取ったのがね、2年生の前期が2単位だったんですよ。2単位ですよ。それは頑張ってないのは分かってたけど、友達と忘れもしないですよ。大学のね噴水のあるところベンチに座ってお互いに成績をせーので開けたら僕が2、彼が4だったんですね。
4の彼が僕に言ったんですけど、お前俺の半分じゃんって。僕も言い返したんですよ。おめえも俺もあんま変わんねえよって言ってね。で、その2人同時に学校に親が呼ばれまして、成績悪いですよという話で。そこで親同士がこんにちはって初めましてっていう挨拶をしたっていうね。もうなんかもう本当くだらないエピソードをね、今思い出しましたけども。
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だから、ちゃんと取れるやつはね、大学で単位も取ってるし、やりたいこともそこで見つけていく。でも、大学生になるっていうのも、なんかそのなりたいことがあってそうなってるのか、なんとなく流れてきたのかっていうのももちろんあるんで、ここから先自分がどうするかっていうのがとっても大事だと思います。
僕の教え子も高校卒業して全国大会行った子ですけども、就職して今立派に頑張ってます。兄貴が先に就職して、その後ね、弟がそこと同じ会社、兄貴の頑張りが認められて弟をそのまま取ってくれたみたいな感じで、一生懸命頑張ってる兄弟がいますけども。
だから、いつ働き始めるかとか、そういうのって、選ぶ選ばないももちろん自由だし、もしかしたら選ばざるを得ないところもあるかもしれないけど、でもね、競技者として一生懸命頑張った子って結局ね、自分なしでまた新たな何かを見つけて、そこに向かって一生懸命やっていくので、僕はね、最後までやりきった子ってやっぱ強いな、特別だなと思ってます。
今回、うちに入りたいよって言ってくれた子もそうだし、入ることを決めてる子もそうだけど、高3まで頑張ったんですよ。頑張って頑張って頑張り抜いて、何なら3月31日まで泳いでました、みたいな感じの子が、多分クラブにね、丁寧に送別会をしてもらってね、送り出されて、そしてまた新たな1年生としてここに来てるので、なんか僕はそういう思いをね、ちょっと汲みたいなと思ってるんですね。
すごく大切に大切に育てられて、チームに欠かせない存在で卒業した子が僕の元に来たわけですから、そこをちゃんと組んで、そこから僕もなんかその思いは分かりますから、コーチとしてね、高3まで頑張るということがどれだけ辛くてしんどいことかと、どれだけすごいことかっていうのが分かるので、そこから初めて会う子も含めてね、自分の頑張ってきた道を、
まあ、その、より高みに登れるように僕がサポートしていくっていうのはね、すごく感じてますね。なんか会ったことはないですよ、その子たちのコーチであったりとか、知らないクラブチームだったりするので、全然想像もつかないけど、まあでもね、あの頑張ってやってきたんだろうなっていうのはすごく分かるし、
あの県外のね、来て大学生になって、よくわかんないけど、とりあえずあのプールに来たら落ち着くと言ってましたね、みんなね、だからあのここは来たことないところだけども、岡山の子なんか言ってましたら全然来たことないけど、まあでもプールに入ったらなんか落ち着くし、いいなって思いますって言いながらちょっと嬉しそうに泳いでたんですよ。
こういう姿ってね、僕見てていいなと思ったんですね。不安だらけですよ、大学1年生なんてね、もう本当に来たばっかりだから、右も左も分かんないし、ただ分かんないけども、今までやってきたこの水泳というものがあるからこそ、ちょっと水に浸かってサッと泳いだら、プールではやっぱ普通の人がどう見たってあの子すごいなっていうような一目置かれるような存在にはなるわけですよ。
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これが継続してきている強さであるし、プールに入ったら落ち着きの差っていうのは消えて、やっぱね雰囲気出てましたからね。落ち着いてプール見ながら、こんなのあるんだって見てるね彼らを見ると、あーなんかちゃんとやってきた子達なんだろうなっていうのをね、あのすごく感じましたね。
まあ全員が入るかどうかは分かんないし、別にそれがいいとか悪いとかではなくて、そんな彼らが新しい道を踏み出していくんだから、僕はね、大学のOBとしてもそうですけども、コーチとしてもそういう頑張ってきた子が途中でまたなんか嫌なことあって投げ出したりすることなくね、自分の納得いくまで競技と向き合ってくれたらいいなというふうに感じたという次第でございます。
はい、まあ年を取るとね、なんか人生もいろいろ経験してきましたのでね、いろんな思いに共感してきます。今だかもう本当に大学1年生をパッと見ただけで、その子はどんだけ頑張ってきたんだろうって想像するし、じゃあその子の親御さんはどんな気持ちで今いるんだろう?
例えばね、息子がいなくなった、あんなに手間かかってとか何も喋らなかった息子だけど、おらんなったらちょっと寂しいなって思いながら1週間ぐらい過ごしてるかもしれんし、コーチもね、コーチの気持ちは想像するね、やっぱパッと今までいた子がいなくなってしまうと、なんか人数が減って寂しくなったなっていう感じがしたりするから、そういうのも含めて、ちょっとね、いろいろな人の思いがまだ見えるような4月の初旬ということでね。
あの、若者たちよと愛媛の地で輝いてほしいなと。僕がもしそこに関わるんであればね、何らかの形でいい景色を見せてあげたいなと思ってます。
個人的にはね、岡山の子は入ったことあるし、広島の子も入ったことあるんで、島根、山口、鳥取はちょっとないかな、今のところ。でも僕は中四国の県外からの大学生の受け入れはしようと当初から考えているので、県内ではなくて県外の子の拠り所になるようなチームになりたいというふうに思ってます。
チーム名がね、僕のチームがAPSって言うんですけど、これはね、ピースフルスポットって言って、こもれ日とか安らげる場所とか、また帰ってこれるような場所みたいな感覚で作ってるんですね。
だから、ちょっと知らない土地に来て、ちょっと疲れたなって思いながら、一休みしながらまた頑張るかって思える場所、もしくは社会に出て、なんか疲れたなって言ったときに、ちょっと高知の川でも見とくかって言って元気になったら、また頑張ろうって思えるような場所でありたいというふうな考えから、APSというチームを作ったんですよ。
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これはまあ、選手がね、これからもね、どんどん卒業していくと思うし、また新たな出会いもあると思いますので、僕自身がね、この場所っていうのを、プールがね、何十年もあるかどうかってわかんないけど、結局僕がいる場所がそうであったりとか、チームが動いている場所がそこを帰ってくる場所であるみたいな感覚を持ってますので、
その思いというかね、形だけにこだわらない、建物だけにこだわらずに、自分たちが活動する場所っていうのをより大切にして、どこで活動してても、教え子たちはそこに戻ってくるみたいな、そのためには僕は続けていかないといけないので、そこはね、頑張ってやろうかなと思ってます。ということで長くなりましたが、これで終わります。それではまた。