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Ep71 ていねいていねいに描くよ!漫画「チ」と「ひゃくえむ」
2026-06-27 27:17

Ep71 ていねいていねいに描くよ!漫画「チ」と「ひゃくえむ」

今回は魚豊(うおと)さんの「チ」「ひゃくえむ」について話したよ!


「チ」

https://shogakukan-comic.jp/book?isbn=9784098608782


「ひゃくえむ」

https://ddnavi.com/article/d976640/a/


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サマリー

今回のエピソードでは、魚豊先生の漫画「チ」と「ひゃくえむ」について熱く語り合いました。「チ」は地動説をテーマに、知ることの喜びや人間の知性への抗いがたい魅力を、数十年の壮大なスケールで描いています。一方、「ひゃくえむ」は100m走という限られた時間の中に凝縮された感動や、打算ではなく「ガチ」で生きることの価値を深く掘り下げています。どちらの作品も、持たざる者や努力する人々に焦点を当て、人間の本質や生き様を丁寧に描き出しており、リスナーは作家性の強さに感銘を受けていました。

魚豊作品との出会いと第一印象
こんばんは、みずのです。おはようございます、あさかわです。 スーパーナチュラルハイテンションズ
いや、はい、面白い。何がですか? うおとさん。おー、はいはいはい。読みました。うん。
「チ」と「ひゃくえむ」。ひゃくえむね。はいはいはい。 両方
「チ」は去年アニメになりましたね。やったのかな? NHK で。ね。はい。ていねい、ていねい、ていねい。
違います。それは違います。何が? 同じアーティストの曲です。違っ。曲です。違ったっけ?
かいじゅうか。かいじゅう。はい。 僕、あのPVは、かいじゅうのPV。あれ、僕
たぶん5、600回見てるんじゃないかなっていうくらい見てみましたね。 で、今、しんたからじま出てくるんですよ。
マジで。あっ、不完成だ。こううつごうに不完成だ。未完成ね。 未完成。僕何て言った?
マジで。かいじゅう。もうPV一生見ない。
で、「ひゃくえむ」は最後の6分か7分。はいはい。 あの最後の100m走のシーンがあるんですけど、あれ16回くらい見てますね。
そこばかり。結果まで10秒っていうね。その10秒に濃縮された。そこに全文が詰まってるということで。
僕、地に関しては漫画見ました。で、ひゃくえむに関しては漫画かなり昔に見たんですけど、ちょっと全然覚えてないですよね。
だいたいの流れはわかりますし、雰囲気はわかるんですけども。 僕逆にどっちもアニメ見てなくて、漫画で全部読みました。
最近それ? 最近ですね。ひゃくえむとかも、地もそうなんですけど、毎日一巻ずつ買ってたんですよ。
もう夜中読み終わってから、頭が面白すぎて頭抱えてました。
面白いって。Kindleで買おうかなって思って。ひゃくえむ今上下巻で出てるんですけど。
月刊はKindleで買っちゃいましたね。待ちきれなくて。
漫画「チ」の壮大さとテーマ
地もそうなんですけど、永遠に主人公が変わっていくっていうかね。すごい時間の長いスパンで物語が完結するっていうことに、すごい壮大さを隠せなかった。
地は?テーマは? 地動説。地動説についてですね。
地動説っていうものを扱って、知性っていうものに人間が惹かれることはどういうことなのかっていうことですよね。
抗えないんじゃないかっていう知ることの喜びとか。
大きな題材に負けないくらいね。大きいスケールで書かれる漫画ですよね。
そうですね。本当に長いスパン。数十年のスパンですよね。最初の主人公から何十年も経って。
最後、地動説を誰が証明したのかっていうのはコペルニクスっていう人だと思うんですけど、コペルニクスに行かないですからね。
コペルニクスが通ってた大学の先生に最後の章の主人公がなるみたいなところで終わりました。
終わり方も素晴らしいよね。
大きくは3章ぐらいあって、最初の主人公がラファウっていういけつかない優秀なやつですよね。
飛び急いで大学に行って進学を学ぼうとしている学生で、第2章はオクジっていう大闘士ですね。
人の代わりに決闘を行って、仕事として人を殺している人と司教様ですよね。
眼帯している人ですね。
名前忘れちゃいましたけど。
第3章が褐色の肌の女の子、ルラカ。
この3、4名が物語を繋いでいくっていう役割ですけど。
そこに一本柱として出てくるのが取り締まる人。
はい、ノバク。
僕はやっぱりノバク一番好きな人って結構多いと思うんですけど、
多いだろうね。
僕もノバク好きで、オクジが一番好きなんですけど、ノバク2番目に好きです。
オクジは第2章の主人公ですね。
めっちゃネガティブ思考の大闘士。
結局この地っていう話って、地動説っていう一つのテーマを持っているわけですけど、
1章2章3章って進むごとに、地動説に対してその章の主人公たちがどういう接し稼働をするかってやっぱ違うんですね。
そうですね。
地動説がその主人公たちにとってどんな意味を持っているかってどんどん変わっていってて。
立場も違うしね。
そうなんですよ。
例えば最初のラハウは、さっき言った通りすごい優秀な、
もう順当に進学を学んでいればスターになれた人なんですよね。
もう人生安泰。
もう多分モテただろうし、お金もたくさん稼げただろうし、快適に人生を終えることができたであろう人なんですけど、
その地動説っていうものに出会って感動してしまう。
要はその養父、自分を育ててくれた義理のお父さんの元教え子の人に感染したわけですよね。
その人が地動説を研究していて、その人に託されるわけです。地動説。
自分も地動説っていうものを知ってから、これまでおかしいと思ってきた天体の動きっていうのが初めて美しいって思えた。
それを感動したから、その感動を守るために絶対にその研究資料の場所を最後まで言わないし、自殺を選ぶっていう存在だったんですよね。
要はその感動を守るために道を踏み外した主人公がラファオ。
オクジーは、オクジーとシッキョウさんは希望なんですよね。希望として地動説と向き合って。
オクジーってもうめっちゃネガティブ思考で、アッシュすごい現代的な人でもあるんですよね。
最初から持たざる者として自分を捉えていて、死んで天国に行くことでしか救われないから、生きてる間はもう地獄のようなもんだって。
もうただ働いて、少ないお金で暮らして死んでいくだけって思ってたところに、やっぱりその地動説っていうのを持ってやって、
初めて世界を好きになれる。世界を美しいものって捉えられるようになる。
彼は希望として地動説を守ろうとしたっていう存在ですね。
ドゥラカは手段として地動説を捉えていて、どちらかといえば、自分が生き延びていくための手段として地動説と接するんですけど、
ある人と出会うわけですよね。イタン開放戦線っていう。
その時もちょうどシーキョーの政党派みたいなのが、権力が増落していってて、それに対してカウンターが出てきた。
それがイタン開放戦線なんですけど、そのイタン開放戦線のリーダーが実はあの人みたいな展開があるわけですよね。
その人と出会って初めて思いを継いでいくっていう思考になっていく存在で。
時代が変わるにあたってどんどん地動説っていうのが最初ロマンみたいな感じで扱われていたのが、
実社会に影響を与えるための手段として現実化していくっていう流れ。
この歴史の流れを描いているっていうのがすごい面白いなって思いました。
面白いよね。
「チ」と「ひゃくえむ」の共通点と対比
でもやっぱり地と100Mってやっぱり共通してないですか?
そう?
僕すごいなんか、この人やっぱり人生のテーマっていうか、もう共通したテーマで物語を描いているなと思ったのが、
やっぱりその打算で生きることと、要は頭で考えて能力的に動いていく。
勝つとか感動するとかじゃなくて、負けない、振り落とされないために諸星術として思考するっていう人間と、
100Mだったらその100メートル、10秒の中に凝縮された感動とか、地動説っていうものに込められたロマンとか感動っていう、
ある種非常に主観的で、しかも理性とはかけ離れた、嫌が往にも魅せられてしまう、
身に入ってしまうようなものとを対立させて描いているっていうのがすごい面白いですけどね。
今の話聞くと確かにそうだよね。
そういう面では共通点はあるよね。
そうですね。
僕はでもやっぱり100Mの方が好きなんですよね。
地も最高に面白かったですけど、100Mはやっぱり現代をテーマにしているからか、
本当にこう、セリフもいちいちグッときましたし、すごい震えましたね。
地に関してはさっきも齋藤さんが言うように、やっぱり非常に世界観が大きい。
大きいですね。
扱っているテーマに関しても大きい。
100Mに関しても100メートル、しかも10秒っていうね、短いちっちゃい中にすごく壮大な、
やっぱりドラマが描かれているなっていうのが大きいかな。
最終的には最後の100メートル層、主人公とライバル、誰でした?ライバルは。
東ヶ谷君と小宮君ですね。
この二人のやっぱり壮大なドラマがその10秒の中に詰め込まれているっていうのは。
そうですね。しかも大体小学生から大人になるまでの、やっぱりここも長い時間軸で100Mっていうのを描いている。
そうだよね。
だから僕はなんとなくなんだけど、非常にダイナミックな作品。
人に圧倒させるようなダイナミックさを表現することが上手な人なんだなっていうのは僕は思ってます。
なので見たり読んだり、見たり聞いたり、そういった時に圧倒される。物語にただただ圧倒されるっていう。
その物語の構成が好きかな。
「ひゃくえむ」における「持たざる者」の描写
うおとさんの目線としてすごいいいなと思うのが、持たざるものについてもすごい焦点を当てて描いているっていうのが面白いなと思ったんですよね。
例えば100Mだったら、これアニメに出てくるかわからないんですけど、漫画の方だと東ヶ谷君が高校に入った時に陸上部で葵先輩っていうのが出てくるんですよ。
女の子?
陸上部って、その高校で陸上部はある事件があって、もう配部寸前まで追い込まれていて練習する場所もない。
でもその葵先輩は毎日休むことなく一人で自主練習してるわけですよね。
で東ヶ谷君が高校に入学したのを聞きつけて、一回走ってみてくれって言うんですよ。
そこからまた陸上部の逆転劇みたいなのが始まるんですけど、最終的にその葵先輩が、じゃあ何か才能ある人に勝つのかっていうと、そうではなくて負けるとこまでちゃんと描いてるんですよ。
めちゃくちゃ努力して毎日走って、陸上部を信じ続けて、最終的に学校の中ではアメフト部っていうある種的キャラみたいなのがいて、
そこに勝ったのに大会に出てちゃんと負けるとこまで描くんですよね。
その負け方もカッコ悪く描いてるかっていうとそうでもなくて、本当に納得のいく負け方、やりきった負け方みたいなのをちゃんと最後まで描いているっていうのがすごい目線として愛があると思ったし、
そこに着目して描いてる漫画ってあんまりいないと思うんですよ。
多分そこを丁寧に紡ぐことによってやっぱり物語っていうのはより昇華していくんじゃないかなと思うんだよね。
最後の100メートルにかける男たち、そこは男女関係ないと思いますけど、100メートルっていうものに命をかける人たちの物語の壮大さっていうのを作る装置になっていると思うんだよね。
持たざるものが出てくるっていうのは。そういったのも上手なんだろうなと思うね。
だから人物構成っていうのはどれも精密に描かれてるし、ちゃんと丁寧に紡がれてるからこそ物語って大きくなる。すごく遂行のものになるんじゃないかなって。
そうですね。面白いですよね。その10秒っていう凝縮された時間を描く一方で知っている歴史も何十年も紡がれていく。
下手すれば何百年も受け継がれていく時間流れを描いている。
でもテーマ的には通じている部分があるっていうのがめちゃくちゃ作家性が強い人だなって思いましたね。
「ガチ」で生きることの価値と時間の感覚
やっぱその、ガチになるっていう百音の言葉がすごい好きで。
なんていうのかな。ぐっと来たセリフで言うと、やっぱり最後小宮君と戸橋君が対話する時の戸橋君が言ったセリフがめっちゃ好きなんですけど。
ぐっと来た人多いかなと思うんですけど。
戸橋君が自分を振り返るとなんだかテンパってる人生だった。
孤立や敗北を恐れたり、逆に負けねえって開き直ったり、そのせいで現実を直視しなかったり、
現実、まあ敗北って書いてますけど、現実を直視しなかったり、誰かが見てくれてるとか妙な信仰したり、
まあそんなこんなあってようやく真理にたどり着いたよと。
人間は最後まで自分の心しか理解できないし、誰にもどこにも居場所なんてない。連帯も共感も愛情も全てこっちの思い込みだ。
そして極めつきにみんな絶対死ぬ。冷静に考えたらこんなヤバい話ってないよ。
そんな真理が俺らを絶えず不安にさせる。
が、そんな真理は俺らが根気でいる時の幸福感を一ミリも奪えない。
このセリフめちゃ好きですね。
ガチになってる一瞬の喜び。そこに全部かける価値あるんじゃないのかっていうのを言ってるんですけど、
結局トガシ君も最後まで走る、自分がなんで走るのかっていう理由に悩んでるんですよね。
社会人になったけど、一応食いつないでるけど、もう自分の走る理由を見失っちゃってるっていう。
そこでもう絶望的な敗北を経験して、結局その外に自分が走る理由なんてないんだっていうことを感じるわけですよね。
分かる。初めて。自分が走りたいから走るんだっていうことを最後掴むんですよね。
そこからトガシ君ってめっちゃ強くなるんですけど、
なんかこれって時間軸とか価値とかそういったものは全部客観的じゃないですか。
時間軸って何年って言ったら、誰か見ても5年は5年だし、長い時間なんですけど、
そうじゃなくて、ある一人の人が情熱を持ってる時間っていうのは、
その5年っていう客観化された時間よりも遥かに凝縮されてて、
かつ凝縮されてるが故に一生にまたがってるっていうか、
その一瞬を掴み取るために一生をかける必要があったりするんじゃないかっていう。
この客観じゃなくて主観的な感覚の方に物語の価値軸をここでずらしているっていうのが、
すごい良い成果だと思うんですよ。
確かに。でも実際にガチでいる時って何でも100m走じゃなくて、
何でも趣味とかそういうのでもいいですけど、やっぱり人間が本気でいる時って時間の経つの早かったり、
あとはすごい緊張と緩和がすごい語りするじゃないですか。
例えば僕釣り好きなんですけど、魚がかかる一瞬までめちゃくちゃ長い時間がかかるんですよ。
一日やって、夕方最後一回あたりが来るかみたいな。
その瞬間、時間が永遠に感じる時があるっていうか、
魚かかった瞬間、時間間隔が一瞬で消えて、
魚とファイトしてる時は一瞬のつもりだったのに実は30分ファイトしてましたとかあるんですよ。
ここまで交通費とか道具代とか餌代とか何万円もかけて現場に来て釣れないって日を何日かもかけて釣り足して、
最後その一匹が釣れるだけで全部肯定されたみたいな瞬間ってあるんですよね。
100m走に限らず人間が何かにガチになっている時っていうのはあるし、
その一瞬の幸福感、いいようのない快楽のために全てを投げ出すっていう価値があるんだなっていうふうに思いました。
そうだね。なかなか無くなってくるんですよ、そういう思いっていうのは。
そうですよね。
だからこそ、こういう物語とかアニメもそうですけど、心打たれるんだと思う。
魚豊先生の初期作品と作家性の考察
これはすごいですよね、100m。
100mの真相版の下巻ですね、物語が終わった後に家作っていう、多分宇本先生が初期に書いてた漫画があるんですよ。
これもちょっと面白くて。
それは全然知らないですね。
これテニスの話なんですよ。
主人公がいるんですよ。最初、主人公は友達がいない高校生、帰宅部の高校生なんですけど、ある女の子からテニス部に誘われて、
テニスを打ってみたらめっちゃ才能あるってことがわかるんですよ。すげえみたいな。
普通のスポーツ漫画だったらここで主人公って変わんないじゃないですか。このままサクセスストーリー。
たまに負けたり挫折したりしてでも勝ち上がっていくみたいなストーリーが描かれるじゃないですか。
ここで宇本先生すごいのが、主人公が初めてテニスを打って、最初その主人公のことを舐めてた対戦相手の方にその瞬間語り手っていうか主人公が映るんですよ。
実は才能あったっていうことがわかった瞬間、対戦相手が最初テニスの体験入部だろうと思って舐めてたらめちゃくちゃ強かったから、
もうその瞬間びっくりしてるんですよ。どうしようって思って。こんなテニス始めたてのやつに俺負けたらもう居場所なくなっちゃうみたいな。
やつが今度1ヶ月後また勝負しましょうってなるんですけど、その1ヶ月の間自分の居場所を失守するために、めっちゃ才能ある主人公に勝つために一人でめちゃくちゃ練習するっていうストーリーを描いてるんですよ。
これ面白くないですか。
それは100Mでも見られたシーンあるよね結構ね。本当に一人一人関わる人間人間を細かくちゃんと丁寧に描いてるし、非常に人間臭いやっぱりみんなが見た。
誰しもはその感覚は知ってる感覚。ガチっていうか主人公なりにやっぱり何か努力したりとか、自分ももしかして何かできるんじゃないかなっていうその万能感みたいなのにも、
何かに一生懸命になることにも共感できるところ部分あるし、やっぱり才能には勝てないんだなとかね。どんなに頑張っても報われないんだなっていうものにも共感ができるし。
主人公になれない、主人公っていう器じゃない人たちがそれが分かった瞬間、じゃあそこからどうやって生きていくのっていうことをすごい描いてるんですよね。
それって僕らじゃないですか。多数派なんですね。
そのキャラクターたちに視点を当ててるっていうのがすごい斬新なところです。
魚豊先生への期待と今後の作品
意外とでも僕、実は魚太先生、スーパーナチュラルハイテンションズ聞いてるんじゃないかなって。
なんで?
っていうのも魚太先生、まずパンチラインっていう漫画を書いてます、過去に。
これラップバトルの漫画。スーパーナチュラルハイテンションズ、ラップ扱いましたね。
どっちが先?
魚太先生です。
この人は。
次、次。
魚太先生、初期はギャグ漫画が書かれてました。
これもやっぱり100Mの緩末にあるロングインタビューに書かれてるんですけど。
ギャグ漫画、最初書いた漫画ですね。
主人公がお隣さんにどう挨拶するかを真剣にないギャグ漫画。
定食屋で料理を頼むことがなんか恥ずかしいという漫画。
その次は満員電車をどう攻略するかという漫画。
これはもう僕、自分のことかと思いました。
テーマめっちゃ似てるなって。
そうだね、テーマ水野さんにめっちゃ似てる。
だから100M読んで僕たちが面白いって思ったのは偶然じゃないですね、これは。
でもそれが面白いと思った人たちは大多数だから。
いや違うな、刺さり方がやっぱり違うんですね、これ。
もう消費してないですから、僕は。
流行りとして消費してない。
もう僕の人生のバイブルだと思って。
絶対ウォート先生はスーパーナチュラルハイテンションって聞いてると思う。
聞きながら書いてると思う。
もし聞いてたらお便りください。
お便り欲しいですね。
今やヨーロッパでもすごいヒットしたらしいですし。
しかも恐ろしいのはこの方、僕よりも年下です。
今はいくつですか?
97年生まれなので29歳ですかね。
マジで30歳前なんだ。
そうですね、まだ30歳にも行ってないです。
嬉しいですね、この人は。
すごいね。物語の構図どうやって組み立てるんだろうね。
やっぱり大学中大されてるんですけど、大学では哲学を学ばれてたそうです。
本当?
やっぱり主人公たちのセリフの中にある言葉の妙みたいなものって、
やっぱりその哲学を学んでいたバックボーンが生きてるような気もしますけどね。
何を専攻されてたんだろうね。
西洋哲学なのか、哲学史なのか。
気になりますけど。
これからもっともっと活躍される作家さんでしょうね。
僕はこれずっと追っていきます、ウォートさん。
非常に面白いです。
地はネットフリックス、アマゾンも見れる?
アマゾンも無料で見れますね。
100円はネットフリックス?
アマゾンは500円です。
レンタルできるということで。
非常に。
地は何話あるのかな?
地は20話くらいあった気がしますけどね。
100円も映画化されたじゃないですか。
映画監督が偶然なんですけど、
音楽。
大橋ひろりさんの音楽を監督された方と同じですね。
名前が岩井沢賢治さん。
この監督はすごく独特な絵作りをされる方なんですけど。
今回はモーションキャプチャーを使って。
実際の人物が動いているのをなぞるみたいな。
その名手ですね。
僕の好きな価値観の周りにいる人だなと思います。
岩井沢賢治さん。
両方とも素晴らしい作品なんで。
皆さんもね、知ってる人は多いと思います。
見た方も多いとは思いますけども。
また見てみていただいて。
そうですね。
最新作のようこそファクトへも。
これは読んでまた喋れればなと。
労働者の話だっけ?
そうですね。
陰謀論に取り憑かれた非正規労働の話ですね。
僕全然見てないんですけど。
漫画で出てるのかな?
漫画で今出てますね。
もう完結したかなと思うんですけど。
結構内容はエグいじゃないけど。
現代をすごく反映してる感じの話なんですね。
また100Mとは全然違う手触りかなと思うんですけど。
その中にもうごと印があるのかもしれない。
また追ってこの番組でもお話できればいいかなと。
久しぶりにずっと追っていきたい作家さんがまた来ましたね。
というわけで今回は地と100Mの話でしたね。
皆さんもまた見てみてください。
またお便りも送っていただければ。
あとウォートさんお待ちしてます。
それでは皆さんバイバーイ。
27:17

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