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ジェンダー問題の鍵は男尊女尊なのかもとか #586
2026-04-25 22:23

ジェンダー問題の鍵は男尊女尊なのかもとか #586

電車で出くわした若い女性を見ながら、女と男がより互いを敬える社会になるにはどうしたら良いかと考えてみました。

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#リノベーション
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#男尊女卑
#ジェンダー
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お聞きの皆様、おはこんばんちは、現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。
今日なんですけれども、通勤の朝、電車に乗っていて、真向かいに座っている若い女性がいたんですけれども、
その人が、多分年の頃は20代半ばぐらいだと思うんですけれど、デニムのパンツを履いているんですけれど、
バーッと股を開いて、ドベーッと座っているんですよね。
ずっとスマホを見て、スマホの画面をじっと見ながら、ボヘーッと。
自宅にいるかのように、なんかくつろいで座っているのを真向かいで見てたんですよね。
最近こういう人をよく見るなぁと思って、つまり若い女性が、わりと股をおっぴろげて座っているっていうんですかね。
すごいよく見るんですよね。
今日はたまたまデニムのパンツを履いていましたけれども、スカートの時とかでも、
わりとベロッと足を開いて座ってたりとかっていうのをよく見るんですけれども、どう言ったらいいんですかね。
今日土曜日なので、土日・週末でそんなに平日の激込みの通勤ラッシュとか通学ラッシュとかの時間帯のような込み具合ではないんですが、
それなりに人は乗っていて、もうちょっと行儀よくきちっと座ってね、股をちゃんと閉じてですね、きゅっと座ればもう一人ぐらい座れるぐらい座席も空いてるんですけども、どべーっと座ってるんですよね。
行儀があまり良くないっていうことももちろんなんですけども、私が今日、今日というかここのとこ、わりとずっと気になっているのが、この女性がね、股を開いてる人増えたなっていうこの問題なんですよ。
問題というか、気づきなんですけども、若い女性がね、足広げてる人すごい増えてる気がするんですけれど、気のせいでしょうか。
もちろんね、相変わらずきちっと膝をね、両膝をちゃんと揃えて、ちゃんと足を閉じて座ってる人ももちろんいるんですけども、
と同時にね、このようなわりと、こういう人、とにかく目につくんですよ。
しかも若い人です。私みたいなね、おばちゃんでもうどうでもよくなって、どへーって座ってるとかじゃなくて、若い女性がこんな感じなんですよね。
もう一人は二人じゃなくて、わりと頻繁に見るんですよね。で、ふと思うわけですよ。
これってね、どうなんだろうと。どう言ったらいいんですかね。
つまり、女性はある程度見出し並みによくきちっとしましょうみたいな、男性と女性、男もわりと私はまたバッと広げて座ってる人ってあんまり、特に公共の場ではですよ。
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別に自宅でゆっくりしてる時とか、車に乗ってる時とかね、そういう時は別にどうでもいいんですけど、
混んでる電車の中とかでバーッと足広げて座ってる人とかいるじゃないですか。これは年齢関係なくこういう人ってよくいますよね。
あんまりいい感じしませんよね。うん。ですけども、わりと男の人がこういう感じでまた広げて座ってるのっていうのは見慣れてるところがあって、
一方でね、女性で、しかもそれなりに若い女性がこれやってるのを見た時にすごい違和感を感じる自分がいて、
そこでふと自分のジェンダーに対するいろんな固定観念みたいなものを試されてるっていうかあって、
今の昨今の価値観で言うと、多様性であったり、ジェンダーのね、男とか女とかじゃないとか、
あと異性愛者、同性愛者、バースバーサー、なんでも関係ないんだっていう、いい意味でいろいろ多様性が許容されるダイバーシティみたいなものが
共有されている社会の中ではこういうふうに股を広げて座ってるね、公共の電車とかそういった場所でドヘッと足を広げて座ってる女性は
別に、マナーは置いといてです。これがもう今日ガラガラの電車だったとしましょう。
マナーは置いといて、別に女が足を広げて座ってても、男もやってるんだから女もやっていいんじゃないかって
これについてどう思われますか?
私はね、それをね、なかなかこう、とにかく試されてるなっていう感じがするんですよね。
試されてるっていうか、自分の中での、いやこれは私はどう受け止めるべきなんだろうみたいな感じですね。
女の人が足を広げるっていうことはちょっと置いといて、全体的にですね、自宅にいるかのように振る舞う人がね、全体的に増えてるっていうことはね、あるなって思うんですよね。
公共の場で、電車とか、いろんな人が行き交う場所とかね、そういった場所でまるで自宅で、自分の部屋でくつろいでるかのように
マイペースに振る舞う人がすごい増えてるなっていうのは、この若い人に限らずですよ。
これは高齢者とかでもすごいマナーの悪い高齢者とかもいっぱい見ますんで、年齢以外に関係ないんですよ。
段階の世代の人とかね、うちの母親ぐらいの70代後半とかね、ぐらいの人とかも結構マナー悪い人とかすごく多いんで、
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ただ、私は結構おじいちゃんおばあちゃんに、明治生まれ、大正生まれのめちゃめちゃ厳しい祖父母に育てられたりもしてるんで、ものすごくその辺のしつけとか厳しかったんですよね。
ちゃんときちっとしなさいとかね、電車に乗るときはちゃんと並んで、人の順番をちゃんと守りなさいとかね。
そういうのも今ってもうめちゃくちゃじゃないですか、もう平気で横入りしたりとか、
あと電車の中もですね、特にマナーが悪いなって、実感させられる場として、電車って結構すごいあるんだと思って、
全然席譲らないとか、少しスペース空いてても全然寄せて、もう一人人が座れるようにしてあげようとかっていう気がない人とか、
全体的にずっとスマホをヘッと見て、全然もう周りに対する気遣いがないとかね、そういうマナーがどんどん抜け落ちてってる感じはすごいするんですけども、それはそれで。
で、と同時に女性が、なんか若い女性ね、あと制服着てる女子高生とかでもそうですね、女子高生とかでも部活とかやってるような子とかね、もうベーって足開いて、
制服のスカートなんで、昔みたいにギャルみたいに短くしたりしてなくて、膝よりも丈が長いスカートなんで、別に中の下着が見えたりとかはしてませんけども、
明らかにあんまり見てて気持ちいいものではないんですよね。でもそういう子すごい増えてて、めちゃくちゃ昔厳しく育てられてるから、
エチケットとかマナーとしても気になるだけじゃなくてですね、若い女性っていうかね、女性がこういうふうにね、男性はしていてもあまりちょっと心地が良くない仕草みたいなものを
女の人がしてることに対して、どうしてもちょっと抵抗感が出てくるんですよね。でもこれもね、今の価値観でいけば、女と男っていうのは別に差別しちゃいけないし、
同じだから、男がやってることは女もやっていいんじゃないかみたいになるのでしょうか。なんかね、すごい複雑で、
男もあんまりやってて気持ちよくないってことは置いといても、でも男の人はある程度許容されることをね、ある程度足を開いて座ってても別にそれは、
美容によっては男らしい座り方にもね、なるのかもしれない。いろんな銅像とか見ても男の人は結構足をちゃんと、膝と膝をちゃんと揃えて座ってる人ほとんどいなくて、
やっぱりちょっと足を少し肩幅ぐらいには開けて座ってることが多いですよね。内閣の政治家がザーッと並んでる時なんかも、男の人の政治家はみんなちょっと足を少し開いて、手はグーにしてね、膝に乗せて座ってるっていうポーズが多いと思うんですよね。
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でもあれ、じゃあ女もあれをやっても、男と女は平等だからいいんだっていう風になるんでしょうかね。なんかね、なんか本当にいろいろ複雑な気持ちになるんですよね。これはスカート履いてるか履いてないかとかでもなくて、
女性の仕草として、これが男がやってるから女もこれはOKでなるべきだみたいな、なんかね、いろいろ考えさせられるんですよね。
私はやっぱりそれはどうかなっていう、ちょっと割と否定派かもしれません。なんか自分の中の、これをそういう論点じゃないだろうと思われるかもしれませんよね。男女の格差とかジェンダーの問題を解くのに、股を広げて座ってる若い女性を例に出してね、言うのは変じゃないのかと言われるかもしれませんけど、
でもこれに近い違和感は大体いろんなことに感じるんですよね。男と女っていうのは同じ機会を与えられるべきだし、同じように性別の前に一人の人間だっていうことで見られるべきだと、心から男女の平等を願ってますし私も。
で、私はそういう意味では、やはり私はフェミニストだと思うんですけども、ただ今日本で言われているフェミニストっていうのはだいぶ違う感じはするんですよね。
で、先日、京都のね、南端市の事件のことはしつこいくらい言ってて、その話をしたいわけじゃないんですけども、ああいう事件が起こった時に、シングルマザーがね、変な男を家庭に入れて子供が犠牲になったっていうそこの部分だけ切り取られてですね、女性がわりとターゲットにされるというかね。
だからこれ、母親がバカだからこういうことになるんだって言って、この事件の女性だけじゃなくてですね、全体、全般、女性全般に対する批判に発展していったりっていうのがあったりね。
で、それは私も通列に批判したんですよね。この間、こういうふうに一つ見て、全部言うみたいな主語を大きくするのは気をつけなきゃいけないっていうコメントもいただきましたし、本当その通りで、一つの事例を見て、全ての女がとか、全ての男がとか、全てのシングルマザーがとか、そういうふうに主語が大きくなるのって本当に嫌だなっていう話はしてたんですけれども。
でもこういう、なんて言うんでしょうね、こういう微妙な問題、ジェンダーとかの問題を議論するときに、なんかこういう水かけ論みたいなね、ああ言えばこういうみたいな議論になりがちだなっていうのが、すごい悲しく感じたりもするんですよね。
なんとなくこういうことが起こったときに、シングルマザーを攻撃するっていうところに、男性サイドにどうしても女性嫌悪みたいなものが見え隠れする。で、それに対してこちらも女性側も反論するっていう。
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これってでも全然、どこにも若いというか歩み寄りみたいなものが見出せないっていうか、すごいこの男女の溝みたいなものを強烈に感じるんですよね。で、これ全然こういうことでギャーギャー議論したとしても、埋まらない感じがして、すごく難しい問題だなと改めて思うわけですよね。
よくよくね、ものすごく冷静に客観的に考えて、そもそもこの男尊女卑っていう問題なんですけれども、これある種、人間が社会を形成していく中でね、濃厚民族というか、百姓をみんなでやって協力関係でやっていたときはね、それほど男女差っていうのはなかったと思うんです。
みんなが労働者として協力関係にあると、もちろん役割分担はあったと思いますけども、それほどね、男女の格差というかなかったと思うんですけれども、男と女が明確に役割がね、変わっていったのって、やっぱり武家社会というか、そういうものになったときに、
男の人は命かけて戦っていくっていうことになったときに、男の人は死ぬリスクがあるわけなんで、大切に育てなきゃいけない。いずれ死んでしまうかもしれない。
その代わり、命を差し出してでも、自分たちの藩とかね、町とか国とかを守る存在だっていうことになって、男は外に出ていく、命をかけて外に戦いに行く種族で、一方女性は男が留守の間は家内を守ると、家を守る役割っていうふうに、明確に役割分担が変わったっていうことも一つありますし、
あと、身分が高くなってくると、一つの自分たちの家計を守っていくと、家計の繁栄っていうものを保たなければいけないので、そこで一人の男性がたくさんの奥さんに子供を産ませて、自分たちの子孫を増やしていくっていうね、そういう役割もあったりして、明確に男の役割と女の役割っていうのが分かれていったっていう背景もあったりすると思うんですよね。
だから、男尊女卑って一言に言っても、男が尊ばれて女が癒しまれるっていうのが、言葉通りかっていうと微妙に違う気もするんですよね。
あの時代の戦争をしながら自分たちの領土を広げたり守ったりとかっていう中で社会を営んでいる時には、やむを得ずそういうふうに男と女の役割を変えざるを得なかったっていう背景があって、そこからその時の価値観がね、ずっと今も残ってて、明らかに今の社会ではそういう社会じゃないじゃないですか。
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これからまた戦争になったりとかする可能性ありますけども、昔のような戦い方じゃ多分なくなると思うんでね。だから明確に男と女が役割を変える必要がない社会に今なってるんで、ですけど相変わらずそういった昔からの価値観がなんだかんだずっと残ってるっていうことのギャップみたいなものが、今の男尊女卑っていうものなのかなと思ったりするんですよね。
だから、闇雲に間違ってる、男には与えられているのに女には与えられてない、ひどいじゃないかっていう、そういう議論ってね、その通りなんですけども、もうちょっと冷静に見る必要があるのかなと個人的には思ったりしてね。
で、電車で見た足をおっぴろげて座ってる若い女性の話とどう関係があるんだって感じなんですけれど、私はいつも男と女は全然同じ人間で、変わりはないって言ってるのは、これはあくまでも概念としての話であって、でも明確に性別も違う。
そして男と女では特性みたいなものも当然違うし、生理も違うし、いろいろ違うじゃないですか、当然ね。そういう時にですよ、男がやることは全部女がやってもいい。逆もそうですよね。女がやってることは全部男がやってもいいんですよ。
例えば今、若い男の人も化粧するようになってきましたよね。女も化粧するんで、男の人も化粧していいじゃないかって、それも当然で、化粧はいいんですよ、別に。実は化粧って大昔の日本人は化粧してますからね、平安時代の貴族とかもそうですし、ヨーロッパの貴族の男性たちもみんなおしろい塗ってめっちゃメイクしてるじゃないですか。だから化粧は別にいいんですよ、髪の毛持ったりね。
でもこの足をおっぴろげ問題っていうのはね、女としてのうまく言えないですね。誰の目を見て、誰の目を意識してっていうふうにね、思われるかもしれません。これは男性から見て女がつつましやかじゃないからダメって意味じゃないんですよね。
単純に女の人が足を広げて座っているのは美しくないですし、たしなみもどうかと思いますし、うまくまとめられないんですけど、私はもうちょっと男はある程度男らしく、そして女は女らしくという部分もあると同時に、
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でも今の社会で、男女差が全く関係ない部分においては、どちらの性別にも同じだけの機会が均等に与えられるべきだとも思ってますし、
でも一方でね、もうちょっとお互いの性別に対するリスペクトとか、遠飛ぶ気持ちみたいなのもね、あえて大事なんじゃないかなと思ったりね。だから足をおっぴろげて座っている女の人よりね、ちゃんと膝を揃えてお行儀よく座っている女性の方が男を受けするよっていう、そういう単純な意味じゃ全然ないんですよ。
そういう意味じゃないんですけれども、やはり最低限ね、本当にこれ言葉でまとめるのすごい難しいですよね。でも最低限女性が女性らしく、麗しくいるということですよね。これ年齢関係なく、若かろうが、おばさんだろうが、おばあさんだろうが、やはり女性が麗しくしていると、
男性は女性をね、やっぱり敬い、丁寧に、リスペクトを持ってね、扱ってくれると思うんですよね。で、男性も一緒じゃないですか。男性がいい身で、大らかで、なんていうかな、ちゃんと威厳を持って、とても丁寧に振る舞っている男性に対しては、女性はすごいリスペクトを払うと思うんですね。この人はちゃんとした人だなと、立派な人だなと思って、敬うと。
だからそういうね、今あえてね、お互いの性別をもうちょっと慈しむというか、それは恋愛じゃなくてです。全然恋愛じゃなくて、もうちょっとお互いに、お互いの性別を慈しみ合うためには、最低限、何かそれぞれの性別なりのね、マナーとか、
何だろう、つつましやかさみたいなものって、最低限必要なんじゃないかなっていうことを思ったりしたんですよね。あえて今の時代の価値観の逆の発想で、なんかちょっとね、考えたんですよね。
あえて保守的にやってみるのもありなのかもと、ここまでなんか男と女の溝が広がって、もうお互いに女性嫌悪、男性嫌悪みたいなものが色濃くなっている社会の中では、いや男の人って男らしくて素敵とかね、あの女性はとても女性らしくてね、つつましやかで素敵な女性だなみたいな。
あえてね、その真摯淑女みたいな、そういう価値観っていうのもね、実はもしかして大事なのかもと思ったり、そんなことを今日足をおっぴろげてボヘーって座っている若い女性を見て思ってました。
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これちなみにね、どうでもいい情報なんです、追加情報なんですけど、彼女ちゃんとメイクもして、髪の毛もきちんとしてるんで、別にね、いわゆる難しいですね、言葉の選び方がね。
だけどちょっと自分のことを、政治人が男性だっていう、割とマッチョな女性とかじゃないんです。普通の女性だと思うんです、どう見てもファッションの傾向から見てね。ただボヘーと座ってるんですよ。
あれは、やっぱりこれはちょっといかがなものかと、ああいう女性を見て、別に男だけじゃなくて女が見てもね、いやーこんな女は嫌だなって、なんか久しぶりにね、雑なことを思い出しましたね。
雑な女だなっていう感じ。すごい雑な人が増えてて、男女ともに。これは良くないっていうことをね、ちょっと狼狽しながら思ったりしたというお話でした。ちょっと難しいテーマですけど、ジェンダーは時々切り込んでいきたいなと思います。はい、それではごきげんよう。
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