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2025-03-23 21:00

左翼女子ふたりが極右施設を見学してきました #340

stand.fmパーソナリティのSunnyさんと、韓国焼酎飲みながら対談しましたので、よろしければご一緒に一献🍶

※サムネイルは、戦争記念館広場に展示されている、実際の朝鮮戦争で使用された戦闘機の数々。

▽Sunnyさんのstand.fm配信
https://stand.fm/episodes/67e0fcc7674782d4ff201410

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サマリー

このエピソードでは、ソウルにある戦争博物館を訪れ、韓国と北朝鮮の歴史や朝鮮戦争に関連する展示を体験します。特に、戦争の悲惨さや日本の影響についての認識が深まる様子が紹介されています。左翼女子は韓国の極右施設を訪れ、国の軍事力維持の重要性やナショナリズムが漂う博物館の意図を実感します。特に、韓国と北朝鮮の敵対的な歴史を背景にした教育施設の役割について考察されています。

ソウルでの初対面
お聞きの皆様、アンニョンハセヨ。 ソウルにいる寸尺かんなでございます。
えっとですね、あのちょっとね、偶然お会いして、あのちょっと今お話ししてるんですけれども、アンニョンハセヨ。
アンニョンハセヨ。 なんかね、初めて会った気がしない人なんですよ。
もうなんか、どっかで会ったことないですか? そうですね、あの2回目じゃないですか?
日本語で普通に喋ってる。 だってね。
ちなみに、会ったこと、え、なんて言ったらいいのかな。
あの韓国語は話せるんですよね? 話せます。話せますよね。ちょっとじゃあ話してみてください。
自己紹介して下さい。あなたが誰なのか。 アンニョンハセヨ、チョイイルム、サニーラゴハヨ。
はい、というわけですね。もうサニーさんにね、あの今ソウルでね、ご一緒させていただいてるんですよ。
こんな機会はね、なかなかないと思うので、一緒に配信をしようと思うんですけれども、
ね、あのサニーさん、じゃあよろしくお願い致します。 はい、こちらこそよろしくお願いします。
今日はね、だからちょっと実はね、一緒にいろいろ見てもらったりとかしたんですけれども、どうでしたか今日は。
あのね、昨日はね、38度線に行って、今回のテーマはその戦争っていうことで、ちょっとチキリンさんもそういう話をしてたんで、
ちょっとやってみようかなということで行きましたと。 私の中での戦争というのは、
要はなんだろう、第二次大戦のつもりでいて、そういうことを見るつもりでいたのが、今日行った、ちょっとごめんなさい長くなっちゃったんだけど、
戦争博物館は、私のちょっと想像していた戦争とは全く違うところに焦点を当てていて、すごいそれが強烈に、ちょっとびっくりしました。
私も今回はどちらかというと、いかに日本が、韓国及びその朝鮮に、いろいろひどいことをしてきたかっていうね、そういった戦歴を見て回るところもあるかなと。
別に具体的に本当に戦争だけをテーマにして、今回来たわけじゃなかったんですけれど、今まであまりちゃんと認識できていなかった部分を埋めるための旅というところもあってきたんですが、
これ本当に偶然というか、ちょっと思ってた戦争じゃなかったんですよね。
戦争、日本と朝鮮との歴史というよりは、結局この南北を分断されて、韓国と北朝鮮がずっと、実は1945年に第二次世界大戦は終わって、日本は敗戦した後も、戦争はそこで終わって、敗戦処理をして、そこから高度経済成長に向かっていくっていう流れだったところが、
ずっとその後もですね、朝鮮半島ではずっと戦争状態が続き続けているということを、今回本当に目で確認した旅でしたよね。
今回本当に今日、とりあえず戦争博物館ですよね。戦争博物館という場所に行ってきたんですよね。ミュージアムオブウォーになるんですかね。
行って、当然いろんな、またそこでも日本のいろいろ出てるのかなと思ったら、全然多少出てるんですよね。多少出てたんですけども、ほとんどは、実はね、まずここびっくりでしたよね。
そうですね。最初は大きなモニュメントがあって、戦争の悲惨さみたいなものを伝えてるんだなっていうのが分かったんだけれども、その奥に行ってね、もう飛行機と戦車と。
ただね、まずね、死ぬほど大きいんですよね。もう建物が。あんなに大きい建物はアメリカでもヨーロッパでもほとんど見たことがなくて、それこそメトロポリタンミュージアムより大きいんじゃないかっていうぐらい大きくて。
私が唯一軍事の博物館で行ったのっていうのは、フランスのパリのナポレオンが作ったのあるんだよね。そこがすごかったんですけども、それのたぶん全然、火じゃないぐらい大きかったんですよね。
入り口のところにすごいモノリスみたいなすごい高い塔が建っていて、さらに民衆ですよね。だから朝鮮人の兵士、そして市民、女、子供もみんな銅像が建ってるんですね。
ただその銅像が、普通の人間のサイズの2倍近い大きさのすごい、すごい迫力の銅像がドゥワーって建ってて、あともう一個は丘の上に兵士の男と幼い弟が抱き合っている銅像もあったよね。兄弟の銅像。
あれもやっぱり朝鮮の文壇を兄弟に見立てて、象徴的に作られたモニュメントなんですよね。だからね、ちょっとあまりのスケールの大きさにまず呆然としていて、そこずっと入っていったら広場があって、そこがもうちょっとまずびっくりだったんだよね。
もうそこにとにかく、何だろう、だからまずヘリコプターとか、戦闘機ですよね。戦闘機が山ほど置いてあって、うわーと思って実物なんだよね。それがね、全部実物で、だからかつてあったB29のこれは再現ですみたいなのじゃなくて、本物を集めてあったんですよね。それをずっと見ていくと、今度奥にいくと戦車があって。
しかも全部触れる。
そう。物によって中に乗ることもできて。
戦車の操縦台に乗れるんですよね。
そうそうそう。で、さらにそこからもう圧巻の状態で、今度は本物のヘリコプターとかがドゥワーって置いてあって、何これと思ってパッと左見ると戦隊もあったんだよね。船もあって。
銃弾の。
そう。最初ね、あっちこっちに穴が開いてるんですよ。穴に赤いマジックっていうか、ペンキみたいなのでぐるぐる全部赤く塗ってあったんですよ。
これリアリティー出すために穴開けてるのかなと思ったら、よくよく見たらこの場所で誰誰兵が巡視してますみたいなのが書いてあったんで、リアルに撃たれた後の戦隊だったんですよね。あれね。あれ北朝鮮の…じゃなかったっけ。あれは違ったかな。
それはまた別だ。
別だ。それは別だ。
あれはボートでしたね。
あれは韓国軍が北朝鮮から攻められて弾丸めちゃくちゃ打ち込まれた後の船だったんですよね。
展示内容の深掘り
それも朝鮮戦争の船ではなく、その後80年代とか何だったら2000年ぐらいのあたりに結構こぜり合いが起こっていて、その時に海の上でその対戦で銃撃戦が起こったと。
えーって。朝鮮戦争終わった後にまだそんなことあったのっていうのがすごいびっくり。
ですよね。
何も知らなかった。
とにかく入る前から圧巻な上に平和のベルみたいなのがあって、それもすごい大きいのが天井からぶら下がってて、そこを入っていくと、
1945年以降の今回の朝鮮戦争で亡くなられた人の兵士たちの名前がバーッと書いてあるね。
日がバーッと並んでて、あれもちょっとすごくて。
そこだけでも多分相当な時間を費やして。
しかも子供が。
そうそうそうそう。ここからゆっくり話そうと思うんだけども。
まずね、圧巻の戦争ミュージアムなんだけども、そこかしこにゆるキャラがいるんですよ。かわいいね。
なんかすごいかわいいゆるキャラがいて、ちょっと子供が遊べるような広場もあって、すごいたくさん家族連れが来てるんですよ。
で、意外に今回日本人はそこでは見なかったんですよね。
で、なんかすごく家族で来てるなと思いながら、でもちょっとまあ外だけでだいぶ時間使っちゃったんで、とにかく中入ろうって言って、中入ったら中は中でめちゃくちゃ広くて。
で、とりあえず見ていったら、国名にこの朝鮮戦争っていうのはわずか。
1950年の6月25日から始まったかな。
で、1953年、3年後、すぐ日付が出てくると思うんだけども、だいたい3年ぐらいで終わった戦争、内戦。
だからいろいろ今もずっとこのね、南北の問題っていうのは続いてはいるんですけど、実質ここの展示として出しているのは、このわずか3年間の、なぜこういうふうにここまで、この関係がこういうふうになったかっていうことを書いてる展示だったんですよね。
すごいスペース使ってね、国名に。でもマネキンとかが、広島の原爆ドーム行ったことがある人は、原爆記念館行ったことある人だとわかると思うんですけど、その戦争の風景を本当にリアルに人形とか使ってディスプレイしてるっていうブースがいっぱいあって、映像もいっぱいあって、すごいスケールで展示してあるんですよね。
でももう私すごい疲れちゃって正直言って、もうすっごい情報量が多すぎて、疲れて、あとだからサニーさん一人で見てて、私はもうざっと一通り見て、ちょっと休んでたんですよね。
そしたらサニーさんが、この美術館はちょっと普通じゃないって言ったのね。
要はどこにフォーカスを置いてるかというと、基本は朝鮮戦争。私の頭では日定時代の苦しかった植民地時代のことを、いろいろと恨み辛みが展示されると、出ると勝手に思い込んで何の下調べもせずに行ったら、主役は全部朝鮮戦争の3年間。
それ以外は朝鮮の5000年の歴史みたいな。それが一回にざっとあっという間に展示されて終わってて、日本のことなんかは本当に最後のほんの少しだけ。
伊藤博文がチラッとモニターに一瞬映ってただけでしたね。
伊藤博文を暗殺したアンジュン軍はこっちでは英雄なのですね。
だからそこがもっと逆にフューチャーされてる博物館と思ったら、それはもう本当にちょっとだけしかなくて、それよりは本当に今のこの南北の戦争っていうのが。
何をきっかけで起こったかっていうね。
実は私は北朝鮮系の学校で小学校中学校で朝鮮の歴史みたいなことを習っているから基本的に北寄りの教育を受けたんだけれども、その朝鮮戦争をひっかけたのは元々は韓国だというふうに北朝鮮は言っていると。
でも韓国は全部証拠があると。スターリン、要はキムルソンがソ連に行ってスターリンに会って何度も何度も説得して、自分がこの朝鮮半島を3日間、本当に短期間で制圧できる自信があるから頼むから兵力を貸してくれって言って、
で、大量の兵力とか武器を調達して帰ってきて、それを元に一気に始めたっていう。スターリンがそれについてサインをしたみたいな、そういういろんな証拠がブワーッと、もう虚空に美に最後入りみたいな感じでね、あってびっくりしたんですよ。
結局、私はもうちょっとかなり疲れてたんで、どこ行っても韓国は、ソウルはね、どこ行ってもちゃんと日本語がそこら中に書いてくれてる国なんですよね。
極右施設の訪問
そこにはちょっといろいろ、本当は良くない、日本がそういうふうにそれを強制したっていう悪い歴史とかもあるんですけど、それを横に置いて、今は観光客のためにそこら中に日本人が行っても、ちゃんとわかるようにね、ちゃんと案内板は必ず英語と日本語と中国語とっていうふうにあるのに、ここに入った瞬間から日本語がどこにも見当たらなくなったんですよね。
だから最初私はすごいシンプルに半日だからだと思ったの。でもよく見たら、サニーさんが中国語もないでしょって、これそういう意図じゃないんだよねって。ここはそもそも外国人に来てもらうために建てたんじゃないよって言ってくれたんだよね。
全然相手にされてないなっていうか、日本人は全然眼中にない博物館なんだってことを悟った。
でじゃあ何かっていうと、結局来てる人たちにヒントがありましたよね。いっぱい若い軍人さんが来てるんだよね。もうちゃんともうだから軍服着た若い兵隊の男性たちがいっぱい来てたのと、あと子どもたちですよね。
家外学習で子どもがいっぱい来てるのと、プラス親子連れでまだちっちゃいお子さんを連れて、韓国の家族連れが来てるんですよね。
ここはつまり、韓国と北朝鮮がずっと今は休戦状態ではあるものの、相変わらずずっと戦争っていうか敵対的関係がずっと続いてるっていうことに対して、軍事っていうものがとても大事なんだよということを啓蒙するための施設なんだっていうことがわかったんですよね。
だから昨日言ったDMZツアーの方っていうのはもっとフラットに、これが今の韓国と北朝鮮の関係なんだっていうことは別にイデオロギーとかなしに、あったことをそのまま今ある現象と実際に起こってることだけで、今こういう状態なんですっていうことを見るだけのツアーだったんだけれども、
今日のこの博物館の方は明らかに我々がやっぱり軍事力をちゃんと維持し、今国家を軍事で支えるっていうことがいかに有意義なことなのかということを、やっぱりこれはガチのキラポエだったんだよね。
キラポエという表現が適切かどうかわからないけれども、外で戦車とか飛行機を見てる時に子どもたちがわーって楽しそうにそれにキャッキャキャッキャフフってやってる。
だけどこれあなたたち人を殺す道具なんだよって、私はやっぱりそれに関してすごい強烈な違和感を覚えたけれども、
普段からこういうことに接しすることで、それをまたなぜこうなったかということをビニーディサインに話すこととか全部説明をすることで、正当化、正当化は別に、でもそうせざるを得ない状況なのかもしれないけれど、
そうやって納得か、当たり前のようにしていく、そういう教育施設なのかなって、キラポエなのか、ちょっと驚愕でした。
だからやはり引き続き軍事力というのを維持していかなきゃいけないし、兵役は有意義な、というかもうこの国家を、韓国というものを維持していくために絶対必要なことだし、だから皆さんこれがアーミーですよみたいなね、そういう施設だったんですよね。
だから本当に偶然、もうちょっと韓国のいろいろ今までの背景を知るために来た結果が、思ってた美術館というか博物館じゃなかったということが分かって、面白かったですよね。
施設の意図と感想
だいぶ疲れましたけどね。
めちゃくちゃ疲れて、その後食べたご飯がめちゃくちゃ美味しかったからそれで良かったんですけども。
というわけでね、そんな今日はあれでしたね。
だからこういう施設を立てる意図とか、意志とかすごいなって思いましたよね。
何かね、執念なのか。
でもやっぱりみんな、みんなというか兵器は嫌だって思うわけじゃないですか。
自分の子供は兵器に生かせたくないという声も絶対強いはずだけれども、それはこれだから必要なんだよってことをちゃんと意味付けるためにこういう施設が必要なんだなって。
それはもう、キラっぽいと言えばキラっぽいかもしれないけど、本当にないと、だってトンネル掘られて突然ソウル陥落みたいなこととか、船で突然襲ってきて銃撃戦が始まるみたいなことがリアルに今でも起こっている。
それ全然日本では報道されないけれども、そういうことがリアルにあるから常に緊張感が必要だっていうことを常に忘れないようにするための、
意味が必要なことなんだなって思ったんですよね。
とは言っても私はね、博物館は全然フラット、フラットっていうのはだから要するにすごくどちらでもないってことですね。
戦争を、戦争っていうのかな、軍隊を要するに雷散する施設でもなければ批判する施設でもないっていうのではなくて、
本来博物館とかってなるべくフラットでイデオロギーをないようにするじゃないですか。
平等というか視点を平等にしなきゃいけないんだけど、ここはものすごく意図的にナショナリズム満載の場所だったっていうので、
こんなとこなかなか行く機会がないんで、ある意味すごく面白かったし勉強になったなっていうのがありましたね。
これがだから国家の本音なんだっていうふうに思ったんでね。
ここにやっぱりのめり込んでもらいたいっていう意図を感じたんで、すごく面白かったなと思って。
ちょっと硬すぎる対談ですけども、そんな話をさせていただきました。どうですかサニーさん。
いやーこういう2日間でしたね。
機体をいい形で裏切ってくれたなと思って、何にも意図してなかったけど、
こういう形ですごいなんかいいテーマになったというか、2日間なんかねきちっと筋が通ったなって思いましたね。
硬いね。硬いね。ちょっと硬いね。
はい、というわけでじゃあこんな感じで、今日はね最後の夜をちょっと最後ね、ちょっと飲みながらゆっくり過ごそうと思います。
はい、もうねソウルの夜、もうちょっといてもよかったなと思ったりしますね。
そうね、あと1日2日ぐらいでね。
いてもね、全然ね、もっともっと見足りないなっていうのありますよね。
はい、というわけでね、じゃあこれで終わろうと思います。
はい、じゃあ最後の挨拶お願いします。
はい、おやすみなさい。
はい、失礼します。
21:00

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