1. 現役リフォームプランナーの業界裏話
  2. 好きなことを仕事にしたは良い..
2024-06-02 20:22

好きなことを仕事にしたは良いけれど‥という話⑭ #90

【私の履歴書シリーズ Part14】
M社が、インテリア事業部から撤退することを発表。アンディ・ガルシア似の店長からのイジメもあり、そろそろ辞めたいと思っていた私に、転機が訪れようとしていた頃のお話です。

※シリーズは、(テーマから脱線しつつも)当分続きますので、お付き合いください。

キラポエ企業M社シリーズの過去配信も、ぜひ⇩
『リボ払い地獄で儲けているキラポエ企業に転職しちまった‥という話 #46
https://stand.fm/episodes/6622245b97524fb75984cad6

『インテリアコーディネーターのキャリアに暗雲が‥という話 #59
https://stand.fm/episodes/6633917fd4bda12ee5cb7624

『社内評価と社外評価が正反対だったキャリア低迷期の話 #77
https://stand.fm/episodes/664ae62afe7d655ceb18e633

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お聞きの皆様、おはこんばんちは、現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。
今日は、私の履歴書シリーズの続きになります。
M社のインテリアショップで、アンディ・ガルシアに似てるけれども、別にイケメンではない。
でも、3回結婚しているいじめっ子店長の下で、結構辛い思いをしていて。
なんですけれど、徐々に会社の風向きが変わってきたぞ、というところまでお話していたかと思います。
どう風向きが変わってきたかというと、私は、要するに店舗には配属されているんだけれども、
やっている仕事が、あくまでも本社直轄の舞台だったんですよね。
本社から、いろいろ事業部的な指令とかは出ていたので、
いかにインテリアというか、M社の中でのインテリアの会社の業績が悪化しているかということは、
なんとなく本社から、いろんな噂が入ってくる位置にいたんですよね。
店舗で店頭接客だけやっている子たちは、なんだかんだ言って日々お客さんが来るし、
ちょうど新しく新店ができたタイミングで出店したショップだったので、
その周りにタワーマンションがいっぱい建っていた頃だったんですよね。
新しく建った新築文書マンションのお客さんが、ここの店に流れ込んでくるので、一見日々忙しいんですよ。
なので、アンディー・ガルシアもホクホクとしているというか、結構数字は取れている状況だったので、
店長クラスの人は、月1とか会議で東京とか行っていますし、ある程度厳しい内情を聞いていたのかもしれませんけど、
実際、自分の店舗自体の数字は業績を上げているという状態だったので、
下っ端で働いている人たちからすれば、そんなに危機感がなかったんだと思うんですよね。
なんですけれど、M社の中では正直インテリア部門のグループ会社を切ろうとしているという動きは早々にキャッチしていたんだと思うんですよね。
私なんかはね、それでもね、やっぱりこのM社の初めてこの会社が立ち上がった時からやっている家具の事業なので、
そんな安々と切り離すことはないだろうっていうね、どこか希望的な観測も働いていたっていうのがあります。
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つまりもう私としては、このアンディ・ガルシアもそうですし、どんどんモデルの仕事とかがやりにくくなっている状況で、
そろそろもうここを旅立つタイミングだなっていうのと、会社自体の雲行きが怪しくなってきてるなっていう、
どっちが先だろうっていうことをね、もう考えている時期だったんですよね。
そしたらね、やっぱりある日、本当にね、その日は突然やってきたんですよね。
ちょうどね、このアンディがいない時に、このね、副店長のポジションの女性の上司がいたんですよね。
この人が、今日出勤している人ちょっとみんな一人ずつ集まってっていうことで、一人ずつね、面談みたいな形で呼び出されたんですよ。
ああ、いよいよ来たなって、私はもうピンと来たら、もう面談が終わった順に泣きながら売り場に帰ってくるんですよね。
ああ、いよいよ発表があったんだなと思って、思ってたより早かったんですね、私がね。
で、私の番が来ていきました。
で、そうすると、ちょっともう噂は聞いてるかもしれないけれども、何月何日で事業部が撤退することになりました。
ついては、このね、今勤務しているこの店舗も閉店制度を行って、もうこの3ヶ月中にはもう撤退する。
で、事業部自体もなくなると。
なので、皆さんはこれから身体をね、どうしていくかっていうことを考えなければいけなくなりましたと。
で、もちろんあのね、このM社は、もう一旦雇ったらね、ずっと就寝雇用ということをちゃんと謳っている会社なので、
もちろん皆さんの受け入れ先はあるし、こういう要するに会社のね、あの事情で事業部がなくなるということなので、
皆さんにはなるべく、あの期待に沿う形で、あの移動先をね、優先するようにはするんだけれども、
全員が全員望んだ部署に行けるかどうかは保証できませんと。
なんだけれども、ちょっとしばらくね、ここ数日の間に自分がどうしたいかっていうことを考えてくださいっていうね、話だったんですよね。
で、まあここでね、私はもう、あ、私はもう退職しますって、もうその場で言っちゃったんですよね。やったー!みたいな。
もうこれで、もう、もう、正々堂々と辞めるチャンスができたっていう感じでね。
それはさすがにね、ちょっとね、ムッとしてましたね。
で、まあでもね、私としたら、まあもう本当に、もういつ辞めようかなっていうカウントダウンに入ってたので、
もうこれは本当にラッキーだという感じだったんですよね。
で、まあまあとにかくまあそれはいいから、まあとりあえず今このアンディ店長がいない状態なんで、
まあちょっと、あのよく考えてからまたもう一回、あの後日話をしましょうということで、その場は終わったんですよね。
で、翌日、まあこのアンディ・ガルシアがね、まああのまた会社に来て、
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で、まあそのね、しばらくはね、まあいろいろザワザワとね、社内的な調整とかもあったので、
直接社員とね、店長が話し合ったりっていう機会は数日なかったと思うんですけれど、
まあしばらくしてから今呼び出されて、で、まあなんかお前は退職しようっていう、まあ意思を見せてるみたいだけど、その後どうなんだっていうことで、
うん、あの言われて、まあもう私はもうこの仕事が続けられないんであればね、別にもうM社で特に痛い部署もないし、もう辞めますっていうこと言ったんですよね。
そしたらまあもうそれは分かったっていう感じで、まあ向こうも私のこと全然好きじゃないわけなので、
特にあの別に私が辞めるっていうことに対しては、特にその場で何かこう、あの嫌な感じの態度は取られなかったんですけれど、
結局ね、その後なんかね、裏ですごいね、なんかこう他のだから社員たちに私の悪口とか、
要するにまあこれがね、事業部がなくなるってことが決まって、辞めていくあいつは裏切り者だっていうね、
まあそういうことでなんかいろいろ、あの部下たちにね、わーわー私の悪口を吹き込んだりして、
でまあ私のね、送別会とかを一応企画してくれたりしている人たちがいたんですけれど、
まああんな奴のためにその送別会とかしなくていいとかね、
俺は少なくともその送別会するんだったら絶対俺は出ないとか、
すごい大人気ないこといろいろなんか裏でガタガタやってるのをちょっと耳に挟んだのでね、
もういい加減にしろと思って、で私別に送別会なんかしてもらいたくなかったですしね、
ただまあそうやってね、いろいろ言って、せっかくなんかあの気を使ってくれてる人に迷惑かけてるんでね、
もういい加減にしてくれと思って、もうちょっとあのどうせ私やめるんだし、
もう二度と会うことないんだから、まあもう大人気ないことすんのやめてくれって言ったんですよね私ね直接ね、
そしたらね、何は根拠にそんなくだらないこと言って言いがかりつけてるんだとかってめちゃくちゃキレてたんですけれど、
まあでもとにかくいろいろ私の耳にも私もバカじゃないんでね、
全部話伝わってるからもういい加減にしてくれって言って、
とにかくまあもう泣いても笑ってもね、もうお互いにもう本当に会うことないし、
まあちょっとあとだからもうこの1ヶ月ぐらい辛抱してくれたら私はとっととやめるんで、
とにかくその周りの人たちにいろいろもうなんか私の悪口言ったりとかしてみんなを困らせるのだけやめてくれって言ったら、
分かったと、お互いじゃあそこはもう割り切ってね、
俺もまあお前が辞めるまでの間我慢してやるわみたいな感じのこと言って、
とりあえずね、それでも辞めていったっていうかね、感じでした。
まあだからね、たぶんね、内心私が辞めたことはね、このアンディ・ガルシア含め、
他の人たちもね心よく思ってなかったと思うんですけれど、
まあちょっとね、ある種異様な雰囲気でね、もうなんていうかもう閉店っていうかね、
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この事業部がなくなるって決まった瞬間に変な団結心っていうかね、
もう最後をね、みんな気持ちよく悔いがないように頑張って、
あのね、あのこのね、大好きだったこの職場がね、最後閉めるのもみんなでね、
一致団結して頑張ろうみたいな、またキラキラやってるんですよね。
決勝と思って、もう愛写真ゼロだったんでね、私はね。
まあでも仲良かったね、OLピロコとかはね、最後まで全部閉店セールもやって、
最後店舗の片付けとかね、全部やったみたいなんで、
それなりにね、最後まで残って、この事業部がね、なくなるところを見届けたメンバーたちはね、
それなりにいろいろ辛い思いっていうかね、この複雑な気持ちを持って
仕事してたと思うんですよね。で、その後日談なんですけれどね、
仲良かったこのOLピロコなんかは、結局本社のちょっとね、変わった部署があってね、
今もね、その部署はあるんですけれど、M社はね、やっぱりいろいろ、
竹中公務店っていうね、大手ゼネコンとすごい元々親しいんですよね。
で、いろんな持ちビルを持っている関係もあって、
自分たちが持っているビルの、なんて言うんでしょうね、そこにテナントが入りますよね。
それこそスタバが入ったりね、他何だろう、いろいろ、レストランでもね、
何でもいろいろ貸して、そこにテナントが入ってきたりする時に、
そこの内装をやったりするデザイン部隊があるんですよ。
でね、そこにね、このピロコは行けたんですよね。
なので彼は、店頭でずっとファブリック担当で、店頭の販売員だったんですけれど、
今はそっちのね、デザインチームの方で、いろいろ企画提案とかやってるんで、
とってもやりがいのある仕事をできている、数少ない人ですね。
でもね、このピロコですらもね、ここの部署に決意ができるまでのね、
1年ぐらいは紳士雑貨行ってましたね。
だからインテリアやりたくて入社したんだけれども、
1年間はね、どこぞの店舗で、紳士雑貨ってだからね、ネクタイとか、
こういう男性用の小物とか財布とか、ネクタイピンとか、
そういうのを販売する部署にずっといましたね。
で、他の子たちもね、みんなチリッチリバラバラですね。
ちょっとね、やっぱり35以上の男性社員たちは、
みんなこのM社のカード部隊の方に行って、
それこそね、九州、熊本とかね、もうなんかバラバラでしたね。
関西とかね、もうバラバラにいろんなところに行かされてました。
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女の子たちは、やっぱりまずはね、婦人シューズ、
当時はね、今も全部なくなったんですけどね、
自社ブランドで靴を出してたんですよ。
靴ブランドの方に結構行ったり、
あとはもちろん婦人服にも行ったり、
あと食品とかね、もうバラバラですね。
本当にいろんなところに行ってます。
なんですけれどね、これがちょうどコロナの前ぐらいに、
全部ね、自社のブランドは全部なくしたんですよね。
しょぼい自社ブランドやってたんですよね、当時ね。
婦人服、紳士服、あとメガネとかね、靴とかね、
いろんなジャンル全部自社ブランド手掛けてたので、
全部なくしましたね。
この中でね、唯一ね、結構うまくいってたのが、
プラスサイズ、つまりちょっと体が大きい人、
あとちっちゃい人、こういうちょっとなかなか、
既成服の中でね、サイズがない人たちの
プラスサイズとプチサイズっていうんですかね、
そこを手掛けているブランドなんか結構ね、
人気があったっぽいんですけれど、
こんなのも全部もう潔く全部やめちゃいましたね。
今ね、このOLピロコとか、
本当にこのM社あんまり好きじゃなかったんで、
あんまり今でも仲良くしてる人って本当少ないんですけれど、
当時のね、仲良くしてる人からポツポツと
漏れ伝わる話だと、本当変わった事業をやってて、
メルカリあるじゃないですか、
このメルカリを上手くできない、
ちょっとシニア層の人たちとかってこれ、
結構このスマホでね、
メルカリでいろんな操作するのがちょっと面倒くさかったり、
あとこの梱包したりとかね、
どういうサイズで送ったら一番安くて送れるかとかね、
そういった事をね、教えるね、
なんかスクールみたいなのを運営したりね、
こんなのメルカリと提携して、
そのM社のね、テナントの一部でこんなのやったりとかね、
そういうところに今私のかつての同僚たちはそこに行ってる人もいますね。
でもこれもね、3月でメルカリとの業務提携が終わったらしいので、
とにかくね、何か始めてはすぐ辞めるっていう感じで、
もう今ね、かつてのああいうファッションビルみたいな要素は全くないそうですね。
もう大きいテナントをどんと誘致して、
もうただ貸してるだけの事業で、
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だから小売が好きで入った人が圧倒的に多いのでね、
そういう意味じゃね、みんな社員のモチベーションとかってどうなのかなと思うんですけれど、
やっぱりね、不思議なもんで、
この会社しか知らないと他に転職する勇気がないのか、
そしてそこまで別に雇用条件っていうんですかね、
その給料も含めて働きやすさとかっていう点でもね、
特に不満がない人とかもやっぱりいるのでね、
相変わらずずっと辞めずにいる人も多くて驚きましたね。
だってね、やっぱり初めインテリアが好きで入ったのに、
今だってもうそのM社カードのね、
回収の電話かけたりする業務やってたり、
あとは何とかこのM社のカードを扱いませんかっていうね、
いろんなこのお店とか会社とかに電話してセールスする業務とかね、
そういうのをやってる人たちもすごいたくさんいるんですよ。
こういう仕事やってて果たしてやりがいとかあるのかなと思うんですけれど、
まあでもM社が好きみたいなんですよね、みんなね。
まあそんな感じでみんな残ってるらしいですね。
辞めた人っていうのはね、だいたい結婚してね、
子供ができて辞めたっていう人がほとんどですね。
だからそういうのがない人はだいたい続いてたので、
へーと思って、まあ面白いなと思いました。
そしていよいよ私自身はどうしていこうかなっていうことでね、
すごい悩んだんですよね。
というのもデベロッパーとはね、結構いろいろ人脈ができてたので、
カンナさんだったら独立してね、
もうフリーランスのコーディネーターとしてやっていけるんじゃないかっていうね、
お声も結構かけていただいて、
独立するんだったら是非ね、
相変わらず仕事依頼するよって言ってくれる方たちも結構いたので、
どうしようっていうふうにちょっと思って悩んだんですけれど、
一つね私がすごい不安だったのは、
このモデルの仕事ってね、
一旦全部自分が持ち出ししなきゃいけなくなっちゃうんですよね。
で例えばですね、私がフリーランスでも、
それこそM社とかY社とかそういう家具とかね、
雑貨とかを扱っている会社から声をかけてもらって、
外注スタッフとして動くんであればね、
そこが家具とか大物の値段がするものを手配してくれたりするんですけれど、
私が完全にフリーランスになっちゃった場合は、
一旦私がそれ全部買い付けして、
実際にこのモデル作って、
支払いってねだいたい2、3ヶ月後とかになるわけですね。
それまで結構な金額なんですよ、モデルってね。
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小ぶりなモデルでも200万くらい。
フルモデルルームとかになると3LDKのマンション全部飾り付けしてね、
やったりすると3、400万くらいとか、
それぐらいを自分で一旦負担しなきゃいけない。
それを2、3ヶ月後まで支払いが待たなきゃいけないっていうのは、
かなりの負担になるなと思って、リスクもありますしね。
これはちょっといきなりね、こんなことを自分一人でやるのはちょっと難しいかなと思ってね。
なのでやっぱりもしフリーランスになるにしても、
どこかの下請けの外中スタッフみたいな形になるのがいいのかなとかね、
いろいろ悩んでたんですよね。
とりあえずね、某、大手デベロッパーがね、
そこはちゃんとだからインテリアコーディネーター部隊がちゃんとあるんですけれども、
もう2人しかコーディネーターさんがいらっしゃらないと。
なので自分たちのヘルプ的に仕事してくれるコーディネーター探してるっていうことだったので、
ぜひね、その1人としてどうですかって言ってくれたんですよね。
で、じゃあそういう形でまずは、それであればね、私は一応コーディネーターさんの料金ですよね、
コーディネーターフィーをもらうという形で仕事する。
なのでそこのデベロッパーさんが全部家具とかね、雑貨とかを買うと。
私はあくまでも提案と、モデルのその雑貨の飾り付けとかをするっていうことで、
何十万かのフィーをもらうみたいなね、そういう仕事ができるので、
これをね月々何件かやっていけば、それなりに仕事としては成り立つのかなと思って、
まあこれをねちょっとやってみようかなとか思ったりしてました。
はい、というわけでね、今日はここまでにして、
次回は私がどういう風にね、その後どういう道をたどっていくかっていう話はまた次回にさせていただきます。
はい、それではごきげんよう。
20:22

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