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2025-05-10 14:24

カルピス劇場と宮崎駿の陰謀 #375

ダメな女の時代がきたのかも?という考察をしてみました。

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#リノベーション
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#ジェンダー

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サマリー

このエピソードでは、伊藤さんの回復の様子や陽介さんの無事な生還が語られています。また、恋愛や不倫に関する複雑な感情が掘り下げられています。永野芽衣さんと田中圭さんの不倫騒動が引き起こした影響や、現在の女性キャラクターの変化についても考察されています。宮崎駿さんの作品に登場する女性キャラクターは正義感が強く、他者を思いやる姿勢が求められるとされています。社会の風潮が変わり、厳しい面を持つ女性も受け入れられるようになったことについて考察が行われています。

伊藤さんの回復と恋愛の複雑さ
お聴きの皆様、おはこんばんちは。 現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。
腹鼻空炎が本当に悪いというか、普通に仕事をしたりして、全然元気は元気なんですけれど、
話し出すと、むせるような咳が出るという状態がまだ続いていて、話しづらいんです。
今日あたりからややマシになってきたかなという感じです。
昨日は嬉しいことに、人尾陽介さんが無事に生還されて、久しぶりに病室陽介をされて登壇させていただいたんです。
プレミアムの内容なので、詳しくは言わないんですけれど、本当に良かったなと思って、
一時は覚悟しなきゃいけないのかなと正直思っていたので、本当に良かったです。
そんな伊藤さんなんですけれど、至ってまだまだこれから治療中ですし、まだまだ心配なことはいろいろあるんですけれど、
本当に元気そうで、これから回復していくと思うので、すごくほっとしたんですよね。
ただ、この3月26日の配信を最後に、1ヶ月近く生存確認すらできない状態だったんですよね。
どんだけ心配したか、本当に本当に心配したんですけれど、
こういう時に家族とか、本当に近い友人とかじゃない人との距離感って、本当に難しいなということを改めて思ったんですよね。
これって不倫の恋愛とかにも近いような、すごく自分たちとしては近しい間柄だと思ってても、
自分が一緒にいない時に、それこそ出張先のどこかのホテルで倒れたりとかしてて、
そこから病院に運ばれるなり、助からなくて亡くなった場合とかも、
こういう道ならぬ関係とかだと、相手の消息が突然途絶えて、
連絡毎日お互いやり取りしてたのに、なんか来ないみたいなね。
陽祐どうしたのかしらみたいな、勝手に名前をちょっと今あえて使わせていただきますけれど、
あれって思っていつもこの時間になったら電話くれるはずの、陽祐から電話がないわみたいなこととかになったりとかして、
だから不倫って辛いよなっていう、その時は盛り上がって楽しいかもしれませんけど、
こういう事態になった時にどうしてるかわからないっていう、生きてるのか死んでるのかも、
自分には何も知らせられる手立てがないみたいなことになったりとかして、いろいろ思ったんですよね。
永野芽衣の騒動と女性キャラクターの時代
不倫の話のついでに、長野メイと田中圭衣の件なんですけれども、大変なことになってますね。
やっぱりね、迂闊にも根も葉もありませんみたいなね、全然そんな関係じゃありませんみたいな嘘をついたらですね、やはり誤報というかね、第2弾が出て、
いやいやいや、あなたたちほーらごらんみたいなね、LINEで口裏合わせをしているやりとりとかね、そういったこととかも出てきたりとかして、
これはもしかしてゲスの極みの人とベッキーの時の二の舞になるんじゃないかと思って、
思い切って白状してしまった方がいいのにって思ったりしたんですけれど、
ただね、今回ちょっとふと思ったのが、この今回はもしかしたらね、ちょっと仕様目が変わってきてるかもしれないなってちょっと思ったんですよね。
これは永野芽衣から見てということです。田中系はね、なんだかんだ言ってもこういうどうしようもない、ダメな男の人っていうね、期待値が花から低いんで、
石田純一枠っていうか、またね、そういう感じだと思うんですけれど、永野芽衣がね、今まで青春派として人気があったにもかかわらず、
こういう不倫の上に、なんかどうやら二股までかけていたっていうことで、ものすごくイメージダウンになるのではないかということが今予測できるんですけれど、
でもね、あのベッキーの時とちょっと違うのは、あのベッキーと永野芽衣はもちろんまたキャラも違うんでね、一概に比較できないんですけれど、
まあでも不倫してたのに、カップルの間でね、口裏合わせてごまかそうとして逃げ切ろうとしたところとか、よく似てるじゃないですか。
でもね、今回はね、永野芽衣の場合は、これね、もしかしたら、なんかダメな女だなっていうことで、ダメな女枠で、なんかもしかしたら多めに見てもらえるっていうね、
時代がもしかして来てて、そこにうまく乗っかれば、彼女ね、もしかしたら助かるかもしれないなって思ったんですよね。
私はちなみに、別に永野芽衣のことは、好きでも嫌いでもなんでもなくて、別に応援もしてなくて、ただフラットに見てるんですけれど、
というのがですね、今の私がね、NHKですごく楽しみにしているドラマがあると、以前ちょっとお話しした、私ってサバサバしてるからっていうね、ワタサバっていうドラマがあってですね、これが楽しみにしていたのが始まったんですよね。
今週の月曜日からか、始まって、期待通りめちゃくちゃ面白いんですけれど、
なんかね、このドラマ見てると、こういう女の時代がついに来たなっていう感じがするんですよ。
だから自分ではすごいイケてて、モテてて、仕事もできて、すっごいオシャレでね、個性的でスター性があって、
もう私絶対インフルエンサーになれるぜぐらいの気持ちでいるけれども、周りから見たら、ただのちょっと頭のおかしい人っていうかね、ちょっとダメな人だっていうね。
こういう人がいよいよね、大手を振って歩ける時代が来たんじゃないかなっていうふうにちょっと思うんですよね。
ダメな人なんだけど愛されキャラみたいなのはね、男の人にはすごく多いんですよ。これは。
むしろただカッコいいだけの人よりずっとモテるし、愛すべき存在ですよね。それこそ伊藤さんもそうですし、あの伊藤さんというか失礼ですけど。
ですけどね、女はね、こういう好きは今まで許されなかったんですよ。だから今回永野芽衣で言うと、あくまでも低粛で清純で清廉潔白な女性じゃなきゃいけないし、
あと低粛だったりね、あの良妻賢母型とか、女である程度こう、なんていうのかな、悪女タイプと良妻賢母タイプっていうね、だから性女と悪女ですね。
この2つのカテゴリーしかなくて、悪女は愛人にしたいようなね、色っぽくてちょっと影があって、でなんかちょっと淫乱なね、エロい感じがあって。
でもこの要素っていうのは、この性女の側、だから良い側、だから妻にしたいっていうね、理想の妻像とか理想の彼女像になるようなタイプの女性には、これらの要素ってあっちゃダメなんですよ。
色っぽかったらダメだし、ちょっと影があってもダメだし、とにかく太陽のように明るく、そして屈託がなく無邪気で、そしてどこまでもへこたれないっていうね、前向きでくじけない、朝ドラの主人公みたいな、ああいうキャラクターじゃなきゃダメなんですよ。
私これね、だから日本が、これ大昔からだと思うんですけれど、私が小さい時からだけで考えただけでもですね、もう国家的なね、陰謀なんじゃないかというふうに思うぐらいね、女性とは格あるべきだっていうね、そういうなんかね、教育をね、延々とやってきてる気がするんですよ。
宮崎駿の女性キャラクター
例えばわかりやすく言うと、私は宮崎駿の女性主人公ね、だからナウシカとか、ああいう人ですよ、もののけ姫とか、千と千尋のキャラクターとかね、ああいうふうにみんなとてもまっすぐで、非常に自立はしてるんですけれど、でも他者に対する思いやりとか共感性とかすごく高くてですね、
そして自分個人の幸せよりも集団の幸せを取る。とても強くて、外見もですね、なんかこうニュートラルなね、すごい綺麗ですけれど色っぽくもなく、可愛らしすぎず、凛とした感じっていうんですかね。
こういう女性像が何かあるしね、清く正しい女性たちは目指すのが望ましいみたいなね、なんかね、そういうものは感じて育ってきたんですよ。
宮崎駿のキャラクターというとですね、だからカルピス劇場の主人公たちとかもそうですよね。だからアルプスの少女ハイジグライマーって子供だからまだいいんですけれど、赤毛のアンとかね、小工女セイラとかね、本当に嫌いだったんですよ。
とにかく真面目で、正義感があって、でも曲がったことが大嫌いで、とにかく勤勉実直で、嘘が大嫌いで、個人の願望とかね、欲望よりも集団の利を取るというようなね、優等生的な女性像がすごく宮崎駿のアニメにはよく出てくるんですよね。
家族のために自分が身を挺して犠牲になるみたいなね、こういう尊い女性、女性とはだから尊くなければいけないと、さもなくばあくまでも男性の性的願望を満たすためだけに存在しているようなね、色っぽく生めかしい女性、この2つしかなくて、どちらも共通していることが1つあるとすると、
だから人間味があっちゃダメなんですよね。だから両妻犬母型もこの悪女愛人型もどちらも生々しい素の人間としての姿っていうのは望まれてないわけなんですよ。どちらも女である前に人間だっていう部分ね。
普通に排泄したり汚かったり、ガサツだったりする面があるっていうことは全く土返しされてるんですよね。これはすごく嫌で、ところがですね、なんかだんだん今世の中の風潮が変わってきていて、女が実はガサツでひどいっていうことをね、出してもいい時代になってきたのかなっていう、
象徴として渡さばがあるのかなっていうふうにも思うんですよね。とするならば、だから女は女でだらしなかったり、男好きで、もうちゃんと彼氏がいるのに他の人と浮気したりとかね、もう何人も二股も三股も三股も四股もかけてたりとか、
あともう全然風呂に入るのがめんどくさくて入らないような人がいたりとかね、もうファッションとかに何の興味もないし、もう人からどう思われても構わないみたいな人もいたりとか、
こういう人たちが別に褒められるわけじゃないけれども、でも同じ人間としてこういうダメな人も当然男女の分け隔てなくいるよねっていうね。
そういう点でいくと、永野芽衛はですね、これで男好きだっていうことがもう周知の事実になったので、なんだ、永野芽衛男好きなんじゃんっていうことで、似たような人たちから共感の嵐が起こるみたいなこともあり得なくはないのかなと思ったり、
いずれにしてもですね、やはりちょっと宮崎駿的なものっていうのは非常に苦手で、どんなものにせよね、別に特に永野芽衛のファンなわけでもなんでもないんですけれども、でもいろんな人がいて、
少なくとも女の人に対する変な幻想みたいなっていうのは、もうなくなった方がいいよねということだけは確かで、これは裏を返せば男性に対しても同じですよね。男の人っていうのはどこまでも男らしくて、女の人を守る、導くような強い存在でなければいけないっていうね、こういうロールモデルっていうのはお互いを苦しめるだけなんでね。
社会の風潮の変化
こういうのはなくてもいいのかなと思ったりしたっていうね、そんなお話だったんです。みんなから憧れられる優等生タイプ、誰が見ても貧困法制で正しい人だっていうね、これだけじゃなくてですね、こんな人いるっていうね、せこい人とか、ずるい人とか、ズボラな人とかだらしな人とか、いろんな人がいて、
それが本来の多様性なのかなと思ったりしたというお話でした。はい、それではごきげんよう。
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