京都での生活と観光客
お聞きの皆様、おはこんばんちは、現役リフォームプランナーの寸尺かんなです。
京都に滞在するようになって、はや1ヶ月近くなってきましたね。
もう早いもんですね、始まってみるとね。
でもだいぶね、私も京都の街に慣れてきて、実際こうやって暮らしてみると、非常によくできているというか便利ですね、京都はね。
もう東西南北で、五番の目に全部通りが分かれていて、
もうある程度ね、たまにしか来ないとね、今自分がどっち向いているのか、私も結構方向音痴なんで分からなかったんですが、今ね、ある程度分かっているんで、
すごいね、行きやすいんですよ。
でもバスと地下鉄を乗りこなせる、もう全く乗りこなせます。
もう何て言うかな、うっかり間違ったとしてもね、京都はすごいね、バスと地下鉄が発達しているんで、
もうすぐバンバンバンバン来るんですよね。
必ず目的地になんなりとつけてしまうというね、とてもコンパクトで、よくできているというかね、すごく住みやすい都市なんですが、
9月までは良かったんですよ。
10月に入ったあたりからどんどん、もともとね、観光客が8月9月もそこそこ多かったのが、
でもね、今年は特に暑かったので、若干ね、例年に比べたら、コロナの時は別にしてね、
ちょっと例年に比べると人の通りがマシなのかなと思ってね、
私もその時はまだ滞在まで行ってないですけど、
しょっちゅう打ち合わせで来たりとかっていう時はね、それほど気にならなかったんですが、
もうね、10月に入った瞬間から、すごい人なんですよね。
一番辛いのが、私はだからこの今滞在させてもらっている友達の家から、
この現場とかね、そういったとこほとんどバスで行き来してるんですけれど、
このシバスがね、もう観光客でギューギュー詰めなんですよ。朝から晩まで。
で、みんなの大型のスーツケースをね、持ってそのままね、この混雑しているバスに乗り込んでくるんで、
まあね、ちょっと言いにくいですけれど、すごいね、やはりちょっといかがなものかと思うわけなんですよね。
これね、事情をね、聞いてみると、今この観光客に対して1100円ぐらいでね、
シバスと地下鉄乗り放題のなんかね、券を売ってるらしいんですよ。
この券を買えば1ヶ月間とかね、決まった期間、
いくらでもバスと地下鉄乗り放題みたいなことをやっちゃってるらしいんですよ。
これはダメよねっていうね。
しかもこのチケットとかは京都市民の税金で作ってると思うんでね。
だから市民にとってあまりメリットのないことをどうして観光客に還元するようなことをやってるのかなと。
新風館の訪問
これもし間違ってたらごめんなさい。
分かんないんでね。でも多分そうだと思うんですよ。
なおかつね、タクシーとかもね、いっぱい今は結構来てるんですよね。
やっぱ観光シーズンだっていうこともあって。
ですけどね、なんかケチ臭い観光客が増えてる感じがして、
タクシーの利用よりも結局だから安いんでね。
地下鉄とバスを利用してるという状態で。
これであればね、同じようになんかお金使うんだったら、
このビジター用のシャトルバスみたいなものを出せばいいのになと思ってね。
こういうかき入れ時の時だけでいいんでね。
それであればもう大体ね、バス乗ってたら分かるんですけれど、
もう全員ね、降りるとこがほとんど一緒なんですよ。
清水道と、あと祇園塔とかね、二条城のところとかってもう絶対4カ所ぐらいに決まってるんで、
そこをぐるぐるぐるぐるね、4カ所5カ所だけ泊まる観光客用のバスをぐるぐる回しとけばいいんじゃないのと思って。
それ以外で動きたい人はタクシーを使ったりするようにね、誘導したらいいのになとちょっと思いましたね。
別に私は京都市民じゃないんですけれど、
ちょっとね、やり方がイマイチなんじゃないのかなって思ったりして過ごしてるんですよね。
ところで、新風館っていうね、商業施設がありますね。
これはからすま大池のあたりにあって、昔からある大正時代に建てられた、
もともとは京都の中央電話局の素敵なレトロ建築なんですよね。
これがそのままね、ずっと長らく商業施設として長年活用されてたんですよね、20年ぐらいね。
それが2016年に一旦閉館してリニューアル工事していたんですよ。
そのあたり私は全然来てなかったんですね。
2020年かなんかにリニューアルオープンしてずっと営業してるんですけれど、
私は今日、今回初めて行きました。
でね、ここ熊賢吾がプロデュースっていうかね、建築してるんで、
あんまり熊賢吾っていうね、建築家がうーんっていうね、うーんっていう感じで、
でもね、今熊賢吾を抜きにしては、もう日本の歩けないっていうぐらいそこをかしこ全部熊賢吾ですよね。
例えばもう東京のオリンピックの競技場も熊賢吾でしたし、
今大阪でやってるあの万博のね、このなんだこの丸いやつとかも熊賢吾ですしね。
なのでどこもかしこも熊賢吾で、実際今日行ってみたら、いかにも熊賢吾らしい建物でした。
建築家への感情
あのね、木のバーっていうね、この何て言うんでしょうね、針がバーっと通ってるような建物で、
熊賢吾っぽい建築物で、別に不運という感じだったんですが、
えーとね、でも私なんかすごくビジネスマンが嫌いだとかって言われがちなんですけれど、
実際ね、若い時はそうでした。
で、熊賢吾とか安藤忠雄とかってね、
ちなみに前回は不動産屋さんのね、ディスリみたいな配信をしたんですけど、
あれディスリじゃないです。愛のあるいじりっていうね、
不動産屋って面白い人種だよねっていうこと、愛を持って語ったんですけれど、
今日はね、ちょっと建築家っていうかね、建築家なんですけれど、
建築家っていう人種は、私実はね、建築に近いところで仕事をしてる身なんですけれど、
実は大嫌いなんですよ。大、大嫌いなんですよ。
自分に建築家の才能がないとか、そういうことはもう置いといて、
建築家っていう人種が私好きそうに思いますでしょう?
こんな、こういう仕事してるんですしね、インテリアの仕事もしてるんで、
でもね、実は建築家っていう人種はね、大嫌いなんですよ。
なんでかっていうと、私にも建築家に対する憧れがすごくあった若い時代があるんですよ、もちろんね。
わー素敵だなーとかね、村野東吾すげーなーとかね、誰誰すげーなーとか思ってたんですよ。
でも、私はね、最初に働き出したのがY社という会社だったので、
このY社はね、私自身が所属している部署はもうヘッポコのね、もうどうでもいいような部署にいたんで、
そんなね、かっこいい建築家が絡むようなビッグプロジェクトとかに関わるようなポジションには全くいなかったんですが、
私のね、先輩方というか、外省というね、大口の案件を手掛ける営業部署の人たちは、
ここと町長発指でね、仕事してたんで、それをね、全く遠いところからね、見て憧れて、熱い視線を送ってたんですよね。
で、あと、私自身はね、だからそういう偉い人たちと絡むことはないにしても、毎年ね、もう年に2,3回ぐらいはね、
もうその頃はっきり言って、なんていうかな、もう経営なんで、もう大若児だったはずなんですけれど、すごい見栄を張ってね。
で、年に3回ぐらいもね、このショールームでレセプションパーティーみたいなことやってたんですよ。
新しい家具の新作発表とか、なんか新しくこのルイスポール線の新作が出たんで、それの展示会とかね、なんかそういうこといろいろやってて、
で、そういう度にね、この偉い有名建築家とかね、あとデザイナーとかね、そういう人がね、みんな退居してね、招かれてきたりしてて、
結構ね、プレスっていうか、なんかメディアに乗ったりとかして、花々しくやってる時期があったんですよね。
なので、おーすげーっていうね、中には海外のね、有名デザイナーとかも来てました。
フィリップ・シタルクとかね、誰だろう、あと私が見たのはジャスパー・モリソンとかね、そういったもう世界的なデザイナーとかね、あと建築家もよく来てました。
なんですけれども、建築家って人によるんです。人によるんであまり大きく言っちゃダメなんですけど、大抵の人はね、ドスケベなんですよ。
本当にね、女、癖が悪い人とかね、女をね、人間と思ってないような人がすごく多くて、
ダメですね、こんなこと言っちゃ。でもね、もうロクでもないわーと思ってね。でもすっかり嫌になっちゃって。
やってる仕事はすごかったとしても、この人たち嫌だなと思ってたんですね。
非常にとにかく印象が悪かったんです。その当時、私は若い女性社員としてね、Y社にいたんで、
彼らが女の社員なんていうのは全然人間と思ってないってことがよくわかったんでね、もうやだやだと思ってたんです。
何年も経って、今度ブラックリフォーム企業で働くようになって、もう一級建築士と一緒に仕事することとかないと思いきや、
一度ね、あったんですよ。結構有名な建築家がリフォームのプランを作って、
施工を私が勤めているブラックリフォーム企業がやるっていう珍しいコラボがあったんですよね。
これは施衆の希望で、そういうようなことになったんですよね。
ぜひとも憧れの何々先生に家のプランは作ってもらって、でも施工はよく今までお世話になっているブラック企業にということでね。
だからお互いにとってね、これはあまり嬉しくないマッチメイクだったと思うんですよね。
建築家にしてみたら、自分がいつも悲喜にしてしょっちゅう一緒に仕事している公務店が絶対あったはずなんですよ。
うちはうちで偉い建築家の先生に指示をされながら施工管理だけやるっていうのはやはりやりにくいものなんですけど、
でも面白い機会なので、そういう仕事があって、この時はすごい大きなプロジェクトだったので、
私は先輩というか上司の愛さんという非常に有能な女性の人のサブで、アシスタント的なプランナーとして関わったんですよね。
建築家の特徴
だからまだ私は気が楽だったんですけれど、普段とても温厚で有能な愛さんが毎日ぶち切れてて、
ムカつく殺すとか言いながら仕事してて、この建築家っていうのが結構有名な人なんですけど、女性の建築家だったんですね。
なので、私がY社の時にいろいろ見てきたような、すごい有名な、もう絶対名前は言いませんが、角が立つんで、いろんな建築家をチラチラ見ましたけどね、
中にはいい人いましたよ。でもね、大抵ドスケベで、でも今回は女性なんでね、
そういう嫌な思いは同じ女性として仕事するのに、そんな嫌な思いはしないかなと思ったら、
この女性の建築家は、めちゃめちゃガメつい人だったんですよ。
もうとにかく金に汚いし、もうすぐ金の話なんですよ。
あ、これ、私がこれあれですから、この分ちゃんとちょうだいな、みたいな。
もう本当にね、嫌な人で、さらにね、あと自己顕示欲の塊、もうすごいんですよ。
もう、われがわれが、われわれ、みたいなね、もうわれわれ、もうなんでも私として名前入れといてやー、みたいな。
もう、例えば仕事して、最後ね、施工終わって、写真撮るときも全部自分の名前を、すべての写真のカットに名前入れさせられて、そんな普通ですかね。
あれもこれもわしわしわしわしで、大変だったんですよ、この人のいろんな。
なんでも私の言う通りしーやー、みたいな。もうひっかき回されて、職人たちもみんなブチ切れて、こんなんやってられるかー、みたいになってね。
もう、あわや現場がね、もうなんか空中分解するんじゃないかっていうぐらいね、大変な案件だったんですが、最後ね、なんとかまとまって、
終わってみればね、私は本当にピンではなかったものの、非常に勉強になりました。
やはりね、建築家がこだわる部分っていうのがね、ものすごく細かいところで、正直ね、仕上がってみるまでは、そんなとこどうでもいいじゃんっていうふうに思うんですよ。
こっちはやはりね、どっちかっていうとやっぱり職人寄りなんですよね、あのリフォームの、この私たちプランナーとかっていうのは。
だからなるべく職人たちが作業しやすいように、施工しやすいようにってことをね、
特に私なんかはやはり職人ファーストなんですよね、どうしてもね。
だからそんなややこしいこととか面倒なこととかっていうのはなるべくしないで、一番やりやすい方法を取るっていうふうにするんですが、
もうね、建築家っていうのは妥協がないんですよね。
この細かい、人がね、ほとんど注意しないような、角入隅とかね、出隅の仕上げ方とかっていうの、ものすごく細かくこだわるんですよ。
最初ね、それがすごい嫌だなと思ったんですが、いざね、やはり建物全体が完成した時にはね、
こういうね、普通の人が見てないようなところが、実は非常に大事なんだなっていうことが、とてもよく分かってね、すごい勉強になったんです。
だからすげーなと思ったものの、まあでもね、人柄がどうかって言うとね、男はドスケベだし、女もガメツイっていうね、
どっちもね、だから結局すごく欲望の器がでかい人たちだなっていうのが、全体的なね、全員じゃないんですけれど、
全体的な建築家に感じる特徴だなっていうのはあるんですよ。
田中角栄と建築士制度
ただこの欲望の深さみたいなものとか、この自己堅持欲の強さとかね、
こういうのはあまりね、そばにいるとすごくね、やられちゃうっていうか、あまり付き合いやすい人たちじゃないようにも思う一方で、
非常にね、人たらしで魅力的な部分も多いんですよね。
こういう欲望のエネルギーが強い人が建築家に向いてるし、
またこのパワーがあればあるほど、熊賢吾や安藤忠雄のように大きな国家的なプロジェクトとかっていうものもね、
これぐらいのパワーがある人じゃないとなかなか原動力になれないんだろうなって思ったりしてね、
つくづくね、建築家っていう職業は、やはりね、ビジネスマン的な要素が強い人じゃないとなれない職業だと思いますね。
割とね、ビジョンがないとダメですしね、短期的なビジョンじゃなくてもっと長期的な、こういう国になった方がいいとかね、
こういう都市が近未来の都市なんだとかね、何かそういう大きな視点を持っていて、
なおかつ非常に欲が深い、しつこいですけども、とにかく欲深い人じゃないとなかなかね、建築家にはなれないんじゃないかなと思ったりしました。
あと建築家でもう一つ思い出したのが、これ前も私話したかもしれないんですけれど、
日本で一番最初に一級建築士になった人は誰かご存知でしょうか。
これはね、実は田中角栄なんですよね。
これね、田中角栄が一級建築士というかね、建築士の資格を持ってないと建築家にはなれないっていう風に変えちゃったんですよね。
これはおそらく田中角栄のことなので、金儲けの天才じゃないですか、この人ね。
あと利権を生み出してね、どうやって金を巻き上げるかとか、あとそこで利権を作り出すっていうことのね、天才なので、
そういった制度にして、今までは別に建築家になるために国家資格は必要なかったのが、田中角栄のためにね、こういった建築士制度ができたっていうのがあるんですよ。
これ当時だから国土交通大臣だった時代にやったんですよね、田中角栄は。
当然これを作った人なので、一人目の一級建築士は田中角栄だっていうのがあって、これはね、非常にね、建築家の人たちで一部は非常に批判的なんですよね、田中角栄に対してね。
はい、というわけで今日は建築家のお話をしました。
でもとても素晴らしい人たちだなと思って、常々尊敬しております。
はい、それではごきげんよう。