かっこいい、ほんとに。
私は結婚とか、子供を作るとかっていうのがなかなかね、あまりすんなり入らなかったんですよ、自分の人生の中に。結果的に結婚して子供も産まれて、育てて楽しかったから、なんでも全部体験してよかったんだけど、
でもあの当時の私は、すごくそれが理不尽だと思った時があったのね、最初の時。でも、子供を育てる楽しさとかね。
出てありますよね。
そう感じたし、男の人はずっと働かなきゃいけないけど、女の人は子育てもできるんだとかさ、思ってた。
休めるんだ、みたいな。楽しもうとかさ。ずっとお腹に子供がいるって、1人じゃなくて2人だよ、ずっと。ずっと歌歌ってたもん、私。歩きながら。
素敵。
寂しかったの、ほんとに。子供が出た時には。うわ、1人になっちゃった。
生まれてからのが大変なのよ。ずっとくっついてくると思ったら、またそれでガビーとかなっちゃったんだけど。でもほんと、子供がお腹にいるのは楽しいと思ったよ。
だからそれぞれ、時々で楽しいことはあったなとは思うけど、でもほら、みんな心と体がさ、いつもうまく調整取れる時ばっかりじゃないからさ。
私は30だっけ、結婚してすぐの時、やっぱり自立神経失調症みたいになっちゃってさ。
当時、そんなにまだメンタルのところがわかっているような時じゃないから、上司は休んでもいいって言ってくれないわけよ、当時は。
1週間ぐらい休んでもいいよって言うんだけど、出てこいとすぐ。
私もそんなに自分はこんなに体弱いはずじゃないと思っているからね、出てくるんだけど、やっぱり変なのよ。
なんか気がついたら寝てないかもとかさ、食べてないなぁとか思うの。ある時、靴下も履けなくてさ、うわ、これはちょっとまずいっていうかさ、生きていきたくないっていう気持ちになっちゃって。
それで大学病院か何か紹介してもらって行ったら、すぐお休みなさいみたいな感じで。
それでね、ちょっと長期に休むことができて、自分の考え方ね、やっぱり追い詰めてしまうっていうかさ、頑張っちゃうっていうかさ。
そうね、具合が悪くなる前って、やってもやってもできてないような気がしてね。
自分の行動をちゃんと把握しなさいみたいな感じでね、カウンセリングを受けて、それで抜けることができたけど、何年もかかったよ。
だから私もね、ちょっと夏頃体調を崩した時に、アンジュラさんにすごく言ってもらって、私はね、元軽度だったのですごくありがたかったですし、すぐね、今のご時世すぐお休みを取らせてもらえるいい時代になったので、すごくありがたいなと思ったんですけど、
アンジュラさんが私お休みしてる時に、でも、あとちょっとのところだったんですよね、自分としても。仕事をしたいような気もするんだけど、まだ不安定な時に言っていただいたのが、
お仕事はいつまでも休んでても、会社にも何も言わないしいいんだけど、あなたの踊りの代わりはいないんですよって。
そんなこと言った。
言ってくださったんですよ。
覚えてないけど。
それはでも、すごく言っていただいてよかったなというか、それで、ちょっとビシッとして過ごしてみようというリハビリの中で、これだったら仕事できそうかもみたいな自信になったので。
それよかった。仕事は個人事業じゃないし、どの人がその代わりになっても、移動しても、回らなきゃいけないと思ってるんだよね。
だから俗人的であってはよくないっていうか、もちろん仕事の仕方に個性は必要だし、なんかあるじゃない。
この人がいたからこの商品ができたとか、この人がいたからこのシステムが回ったっていうのはもちろんあるんだけど、その人がいなきゃ回らないっていう組織はダメじゃん。
だから仕事の代わりはいると私は思ってるんですよ。やっぱり今でも。だけど、家族の中の絵馬ちゃんとかさ、私の家族の中の私とか、踊りの、この間藤娘踊ってくれた絵馬さんの代わりはいないっていうのはもう本当まさに真実だと思ってますよ。
ありがとうございます。いい言葉といいご経験の中でなんか救っていただいたなっていう感じがあって、ただなんかそういう経験をすると、なんか怠ける癖がついてしまうんじゃないかなって自分も不安だったんですけど、
なんかそれをすごくいい形で先輩方、安寺さんを始め、いや頑張るときは頑張る、休むときは休むっていう、メリハリをいろんな先輩が見せてくださったりとか、会社に戻ってくるときにやっぱり自分もそういういろんな経験をした先輩方とかもいて、
でも、今は頑張って仕事できる期間だから、やりたい期間だから頑張るっていう、なんだろう、メリハリ?
そうね、緩急というかね。そうそう、自分が怠けてるんじゃないかなって思う人がさ、やっぱり自分に厳しいんだと思うんだよね。そういう人がちょっとメンタルに病気になりやすいっていうのかな。
周りの人もさ、昔はね、なんか怠け病みたいなの言ってたときもあったのよ。自律神経系のものとかさ、鬱とか、そういうことに対して、まだそのメカニズムがね、はっきり分かってないときは、なんとなく朝起きられませんとかさ、なんか症状的に午前中が具合悪くてさ、夜ちょっと元気になっちゃったりするんだよね。
そうですね。
夜になると、もう私仕事できます、とかさ、明日から仕事できます、みたいなこと言ってたのがさ、なんか朝になるとさ、もう全然起きられません、みたいなことになるとさ、怠けてるのかって、ほら、分かんない人はさ、思っちゃうわけじゃん。
自分もさ、もしかして昨日の夜あんなに元気だったのに、なんでこんな風になるの、私やっぱり弱いのかしら、とかさ、弱いんじゃなくて、いわゆる普通は、もうそれ以上落ち込まなかったり、悩まなかったりする脳の中に蓋みたいなキャップみたいなものが、正常だったら出るんだけど、それが出ないから、常に悩んで、
同じループ、ああでもない、こうでもない、答えなんか出ないのに、正常だったら、悩んだらしょうがない、寝ちゃえって思うんだけど、それがならなくて、ずっと起きてて考えるみたいなことがさ、もう人間、何日か続くと、もうそれだけでしんどいじゃない、そういうのがちゃんとメカニズムが分かってきたから、
最近は薬がね、そのキャップの代わりをしてくれる薬ができたんだよね、私もその薬ができた頃に治療が、ちゃんとこう大学病院とか行けたから、やっぱりそれで楽になったの、そういうのをちゃんと教えてくれる人がいてね、ちゃんと正しく先生が言ってくれて、
だから、私はそうそう怠けてるんじゃないんだとかね、だって他の人はならないのに、私だけなってるのから、私はおかしいって話になるんじゃない、でも私はたまたまそういうところが少しこう、自分の中ではどうでもいいやって思えなかったっていうかさ、
っていうふうに思ったな、当時は。
で、本当にこう繰り返しちゃう、繰り返しやすい、やっぱりその考え方がそうなってるから繰り返しやすい、その考え方をどう変えていくかっていうのとかね、それは何年かこう自分の中で、自分はこういうふうに考えちゃうんだなとかさ、思ったりして、
冬になると何かまた繰り返しじゃないかなって思ってた何年間があって、風邪ひいちゃうと何か急にかくんときちゃったりしてたんだけど、ある時、なってもいいやと思えたの。
なるほど。
なってもいいや、別にって思った時に、もうならないなと思ったの。
だから怖がってるうちはダメかもね、どっかで。
なるほど。
だから、たっかんしなきゃダメかもね。
たっかん。
ダメっていう言い方はあれだけども。
あーね。もう奇想天外なのよ。面白いんだよ。いや、女の子でもきっとそうで。でもそうか、お兄ちゃんがそうだったのか。
そう。でも、母はなんか気を使ってるわけじゃなくて、山ちゃんを産んどいてよかった。私はパパとお兄ちゃんだったら、どこかで死んでたかもしれない。
なになに、死んでたっていうのは。
いや、なんか思考が理解できなすぎて、自分とは違う人間すぎて、死んでたかもしれないから、生きてくれてよかったって。
あんなに包容力のありそうなお母様が。
いや、なんか大変って。皆さんいろいろありますよね。
そうだね。だけど、男女で、わけじゃないけど、子供が男の子も女の子もいるっていうことは、それはそれで比較できて楽しいだろうね。
そうですね。兄は結構なんだろうな、意思があるというか、私は完全に最近右脳派だなっていうことに気づいたんですけど、兄は本当に左脳派っていうか、どうなんだろう、なんかすごい賢いと私は思っていて、
なんかテストの点数ができる兄ではないんですけど、小学校のときに、母と兄で改札の絵を描いてこいっていう課題があったらしいんです。
改札?
改札、駅の改札の絵を描いてくるっていう課題があって、兄ちゃん行くよって言って、母が駅に行ったんですね。
母はまだ小さい子だから、2次元の絵が描ければ十分だと思ってるから、兄がいきなり斜めの線を描き出したときに、
え、何をそんな、なんか描いてるの?みたいな。どうするつもりなの?その構図は?みたいな指摘をしたんですけど、兄はすごい小さいときから立体の改札を描ける、
遠近法みたいな。
そう、地頭のいい人なんですよ。
そうなんだ。
私はあんまり、そう、読書とか、大人になってから、読書とか頑張って、それでも難しいなって思いながら、読書してるんですけど、兄は小さいときから本の虫っていうか、なんか何でも読んでいて、
私が人と何か衝突をしたとかっていうと、お前は本を読んでないから、人の気持ちがわからないんだってお叱りを受けて、もっと自分だけの視点じゃなくて、いろんなことを学べっていう助言を受けたりとかすることもあって、
だからなんか、本当はその、左脳派の、男性的なって言ったらまたなんかね、違うんでしょうけど、そういう能力が、なんか羨ましいなって思ってたんですけど、母は多分その違いを楽しんでくれたんじゃないかなっていう、論理的な兄と感覚派の、イェーイとかワーイとかっていう私の、
なんか、結託したり喧嘩したり、なんかお互いに関心があるとことないとことあったりっていう、わちゃわちゃが、なんか良かったよって言ってくれるんで、男兄弟って良かったなっていう感じは、今思えばありますけどね。
いや、ほんと男の兄弟がいるんだろうなって感じはしたよ。私がほら女兄弟ばっかりだったからね。余計そういう風なのが敏感なのかもしれないんだけど、きっと男の子の兄弟っていうかお兄ちゃんとかなのかなと思ってた。
いとこから数えると、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、私なんですよ。
もうめっちゃ可愛がられた感じだね。
そうなんです。なんか、だから多分その、無駄に自己肯定感が高くてとか、なんか小さい時ほど、自分を中心に世界が回っているっていう本気で思ってるタイプの人間だったんで、だからこそなんか大変?っていうか、うん、なんか人と会わないなって、そこまでポジティブな人ってあんまりいないじゃないですか。
そう?いるでしょ。
いるんですかね。
いると思うけどな。
そっか。
今、自己肯定感って話したけど、承認欲求?
はいはいはいはい。
あれって自己肯定感とはまた違うのか?
どうなんですかね。承認欲求もありますけどね、私も。
うん。自己肯定感が高い、すごく高い人が悩んで落ち込むのかな、とかな、その辺が。
なんか共感を得られないみたいなことです、この現代で言うと。
周りはあんまり、結構ね、丁寧な方が多いんで、謙遜したりとか、なんか、自分なんか、いいんですいいんです、どうぞどうぞ、みたいな感じとか。
って言うと、私は、え、いいんですか?みたいな感じで、なんかそこに乗っかってってしまうのも、なんか、いいねいいねって言ってもらえるときもあれば、こう、あいつやたら目立つな、みたいなときもあるし。
日本人のなんかね、あるの?
でもそれによってその、ね、さっきアンジュラさんおっしゃってくださいましたけど、両者いるから、こう、あ、また調子乗りすぎた、とか。
そうそうそう。
思うこともあるし、なんかね、そうやって見られること、すべてがすべて悪いわけではないと、思うんですけどね。
思い通りにいつも行ってるっていうか、思い通りに行くとこしか行かないようにする生き方もちょっとね、すごく自己肯定感が強くて、こう、自己アピールする人って日本じゃなくて海外の方がいいんじゃない?みたいな、なんかそういう話もあるけど。
でも単純にそういう話でもないしね、生き方としてさ。