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2026-10-02 35:24

「流れのままに生きてて、でもそれが幸せだなと思います」|ひなの|一行日記 #011|沖縄・喜如嘉

千葉県出身で、現在やんばるで宿泊者と地域の人をつなぐ仕事をしているひなのさん。

今日の一行日記は「流れのままに生きてて、でもそれが幸せだなと思います。」

アメリカへの留学、家族との仕事、そして母がつないだ沖縄でのインターン。周りから生まれたきっかけに乗りながら人生を歩んできたひなのさんですが、やんばるに残ることは「ここだな」と、自分の意思で決めました。

流れに身を任せながら、自分の選択に変えていく。ひなのさんの今の「22.5ページ目」を聞きます。

▼ STORYS 人生物語さまざまな拠点から届く、一人ひとりの日常と人生の物語。一行の日記や、心に残る一冊を入り口に、その人の言葉に耳を傾けます。

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ストーリーズ人生物語
ここは沖縄、ヤンバルの小さな集落喜如嘉。
120年以上の歴史を重ねた小学校跡地にあるストーリースタンド喜如嘉から、
この場所に関わる人の人生の物語をつないでいきます。
誰かの物語に耳をすますことで、人と人、この場所と誰かをつなぐきっかけになるかもしれません。
ストーリースタンド喜如嘉のゆかです。
今日お話をお伺いするのはひなのさんです。ひなのさんよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
では早速ですが、ひなのの今を表す一行日記を教えてください。
そうですね、これすごい悩んだんですけど、
どこを切り取っても忙しいので、忙しいという言葉は使わずに、
流れのままに生きてて、でもそれが幸せだなと思います。
長いね。
長かった。
もっと短く言ってみて。忙しい。
流れの流れに生きてそれが幸せ。
流れに生きてそれが幸せ。その心は。
その心は何を目指してるだけでもなく、この人生の流れに流されてるなぁと思いながら、別に悪くも思わなく幸せだなと思います。
なるほど。その流れの中で幸せに生きているひなのが、ひなののことについて聞いてもいいですか。
自己紹介をお願いします。
自己紹介ですね。出身は千葉県泉市という坊村半島の海側ですね。生まれと育ちもそこです。
今今年で23歳になります。
高校大学でアメリカに行ったり来たり、日本の公立高校は卒業したんですけど、大学はアメリカにそのまま行きました。
2年で三大の学位だけ取って、母と旅行会社をするために日本に帰ってきたんですけど。
そうだったんだ。
そうです。それはするためにっていうか、お母さんが一緒に働かないぐらいのことを持ちかけてきて、私勉強そこまで好きじゃないので、なんかいいかもなーって思って、もうそれこそ流れに任して帰ってきてしまいました。
すごい。高校に行く前に、それの話はいつ出てたの?
03:04
大学の時です。
大学であっちに行ってる時に、お母さんから、母からなんかこう、一緒にやらないって言われて。
そうです。
一応卒業して。
卒業はしました。
帰ってきて。
帰ってきて。で、働いてて。
お母さんの会社で。
そうです。働いてて。ただなんか、地元も好きなんですけど、やっぱりまだまだ外に行きたい欲というか、つまらないではないけど、何か物足りなくなってきてしまって。
弟たちもちっちゃいので、面倒も見たりとか、いろいろお家のこともやったりとか、いろいろしてたんですけど、何か物足りないなと思ってて、で、ちょっと病んでしまって。
物足りなさに。
何にしようみたいな。なんかこれでいいのかという気分になってしまって。
でもその、やってみようよって言われて、いいよって帰ってきて。ギャップが多分あったと思うんですね。当時。今思えばって感じですけど。
その時は、どんなことしてたの?お母さんの会社で。
そうですね。でも働いたって言っても、こっちに来るまでの半年くらいだったんですけど、工程表作ったりとか、手配をしたりとか、店長院の研修受けたりとかもしてましたね。
その他、いろいろ、母の仕事の手伝いをしてました。
ということは、お母さんは旅行業の仕事をしていて、っていう感じ。
そうですね。
そんな日なのが、千葉に行って、アメリカ行って、千葉に帰ってきて、お母さんの仕事を手伝いながら、どうした経緯で沖縄に来たの?
悩んでたんですけど、母が沖縄に知り合いがいて、その人と一緒に視察として、難民寝室に宿泊したんですね。
お母さんが。
母が宿泊したんです。それで宿泊した時に、会社の代表のいつみさんと、少し喋ってる中で、うちの娘、自然が大好きで、英語も喋れるんですけど、どうですかみたいなことを勝手に。
どうですかって。
私は何も知らないですよ、に言われて。で、トントン拍子に。なぜか本当にトントン拍子に、そのなんて言うんですかね、口約束みたいなことだったのになぜかトントン拍子に話が進み、母が沖縄から帰ってきて、いきなり資料を机の上にバーンって置かれて。
06:05
難民寝室。
こっち沖縄インターン行けば。
うん。
なんかもう話したから、みたいな。
LINEグループ作ったから、なんか面談できる日調整してみたいな。
すごいね。ひなののいない間に、ひなのの仕事先というかインターン先が見つかって、見つけられてしまって、そこに行くことに。
病んでたので、なんか一回、沖縄2ヶ月間インターン行ってリフレッシュしてきなよって言われたんですね。
お母さんがね。
そうです。だから確かになぁと思って、一旦ちょっと離れてから帰ってきて頑張ろうって思って。
で、沖縄ヤンバルにインターンとして難民寝室に来ました。
でも沖縄自体、小学校6年生の家族旅行以来で、なんかほど遠いというか、すごい。
今私沖縄住んでる実感全然ないんですけど。
そうなの?
全然ないでしょ。
今どこに住んでる実感があるの?
どっかに住んでるっていう感じ。
っていう感じで、沖縄なんかその、食堂とか定食屋、なんかお店で沖縄の音楽流れると、めっちゃ沖縄いるみたいな。
なんかあの居酒屋とかの。
そうですそうです。めっちゃ沖縄やんみたいな。
とかスナックで、おじい、おばあが沖縄の歌歌ってる。
めっちゃ沖縄だなーみたいな。
その時に、沖縄らしさに触れた時に、あ、沖縄にいるんだなっては思うけど、日々日々の生活の中で、じゃああんまり沖縄って思う?
してないですね。
でもさ、ひなのの仕事って、シェルパーの仕事、ちょっとシェルパーの仕事をどんなことを教えてもらってもいいですか?
シェルパーはお客さんの滞在、チェックインからチェックアウトまで、ずっとその月切りでサポートをするお仕事で、
私は英語対応がメインなので、通訳だったりとか地域の人とのコミュニケーションの足渡しをお手伝いしてます。
だから地域の歴史とか文化とか暮らしみたいなことをめちゃめちゃお客さんが喋ってるから、
けっこう沖縄の中のどこそこみたいな、貴女かとか、そういう日々感じているのかなと思いきや。
09:08
居酒屋に行くと気づく。なんかその自分の中でのきっと沖縄のイメージが、もう観光地の沖縄なんですよ。
なるほどね。
自分がこの観光地じゃないすぎる沖縄にいて、この知り得なかった文化、知り得なかったことを触れてて説明をしてるっていうのは、
だいぶこのイメージと違うから、沖縄だなっていうふうに多分思わないと思うんですよね。
ひなの小学生とか、今までのこのメディアを通してとかの、ザ・沖縄の中にいることを忘れてしまう。
だいぶ忘れてますね。
アメリカに行ったのはなんで行こうってなった?
アメリカは、ちっちゃい頃から英語はやってたんですね。
で、姉妹都市交流っていうのが市にあって、それは母の留学先がミネソタ州ダルースってところなんですけど、
母が留学してた家族と、私も含め、うちの家族、今もずっと仲が良くて、
今年の夏も遊びに来てくれたりとか、私大学生の時とか、違う地域にいた時に夏だけ遊びに行ったりとか、何回も一緒にダルースに行ってて、
そういう、たくさん英語に触れたりとか、コミュニケーションして育って、
やってた英語のプログラムに、1ヶ月ホームステイっていう、サマーホームステイがあるんですよ。
中学校1年生から対象なんですけど、で、おじいちゃんおばあちゃんが積み立てをしてくれてたんですよ。
私の意思依然に。
買いまみれるね、この流れの中で生きていくのを。
母 英語あんま好きじゃなかったんですよ、最初。
あ、そうなんだ。
母 そのコミュニケーションがあったとしても、私なんで英語やってんだろうみたいな、別に面白いけどっていう中で、
なんかもう母からは、あなたは中学校1年生の夏休みに1ヶ月間アメリカに行くんだよと、
ずっと言われてて、え、本当に行くの?みたいな。でも、やっぱ本当に言ってるから本人は現実になるじゃないですか。びっくりしちゃって。
で、まぁちょっと渋々行ったんですね。
母 アメリカに。
母 あ、そうです。コロラド州なんですけど、私がホームステイしたのは。
12:02
で、コロラド州のホストファミリーと1ヶ月間、携帯も持って行っちゃいけないんですよ。
あ、そうなんだ。
母 シャットダウン。
日本語とか。
母 日本語シャットダウンっていう環境で1ヶ月過ごして、もうめちゃめちゃ楽しくて。
あ、そういうことなんだ。え、何が楽しかった?
母 やっぱその、調べたりとか翻訳機使えないから、自分がその英語を聞いて、それを落とし込んで自分が応用するんですよ。
会話をする時に。あ、さっきこうやって言っててこういう意味だったから、こうやって言ったら伝わるかなみたいな。
母 っていうのを考えずに、中学校1年生なのでまだ吸収がすごいできるっていうか。
っていうのを、今思えばそうだったなとは思うんですけど、それを考えずにできて、それがすごい達成感だったというか。
で、コロラドの家族ともすごく仲良しで、私の成人式にも家族で来てくれたりとか、日本に。
すごいね。
母 で、大学もそのコロラドの家族のお家にホームステイをずっとしながら、通える大学に通ってました。
すごいすごい仲良しって。
母 だいぶ仲良しです。今も1ヶ月2回ぐらい電話します。
結構な頻度だね。
母 結構。
ちなみにこの大学は何を専門で学んでたの?
母 そうですね。自分の中で大学生になるって時に進路を決める時に、あまりやりたいことがなかったんですね。まだ全然。
いや何しようかな、でもなんかやりたくないものを選んで、その時間を過ごすのはもったいないかなって思っちゃって。
っていうよりかは自分は英語をもうちょっと頑張りたい。もうちょっとしゃべれるくらいの流暢にしゃべれるまでにしたいっていう気持ちがあって。
で、アメリカの家族に相談したら、じゃあもううちに来なよってなって。
なので大学に行くからアメリカに行ったっていうよりかは、もう英語を学んだりとかアメリカの家族と過ごすためにアメリカに行って、そこのお家から近い良さそうな大学、通える大学を選んで卒業したっていう感じなので。
専攻とかもあまりなく、アソシエイトディクリっていう学位だけもらって、授業とかは自分の好きなのをやってました。
なんか総合的な学科みたいな感じ。
そうですそうです、総合的な学科ですね。
自分で興味のあるものを拾って受けれるみたいな。
絵ばっか描いてましたけどね。
15:00
絵描く、絵上手だよね。
好きですね。なので、アートのクラス3つぐらいやってました。
勉強したくなさすぎて。
でも今、ひなの21歳?
22です。
あ、22か。
次さんですね。
だよね。さっきさ、いつみんさん、ひなの23かなって言ったら21って言ってたよね。めっちゃ若いじゃん。
まあ、23ね。123ってそんな変わらないかもしれないけど。
5からですよね、きっと。
5からかな。
え、違うんですか?
わかんない。
そうなんだ。じゃあ、今日みんなゲストの方に、人生に影響を与えた本ってありますか?とかっていうのを聞いてるんだけど、どうですか?
そうですね。なんか自分、本とかを集中して読みきれないタイプなので、映画は好きだけどそこまでって感じで、やっぱり経験の方が、その体験だったり経験の方が自分に影響を与えたなって思ってて。
高校生の時に1年留学したんですね。そこは、コロナに本当は行きたかったけど、山岳地帯っていうか、結構環境が山に囲まれてる地帯なので、都会ではないんですけど田舎なので、選択肢があまりなくて、インターナショナル受け入れてるところがあまりなかったんですね。
なので、母が通ってた、その姉妹都市の留学先に行ったんですね。その峰沙田州ダルス。で、なんか私高校留学行く前は、中学校の時も英語結構喋れる方だったし、勉強もできたから、いやもう余裕っしょみたいな思ってたんですよ。
結構、結構本当に。なんか全然、もうめっちゃ楽しむ、なんか楽しむ、楽しむ気持ちしかない。
ヤッタセみたいな。で、いざ行ったんですよ。もうなんかやっぱり、可視しすぎてましたね。
自分も。
もう本当に、なんか自分ってこんなに英語できなかったんだって、その時にもう大挫折しました。
えー。
やばいと思って。
通じないってこと?コミュニケーションが。
通じない以前に、なんかその、自分がダメなんだ自分はって気づいてしまって、相手にジャッジされたくないから、喋ることをやめてしまうんですよ。
あー、そうなんだ。
恥ずかしくて、自分が喋れないのが。他のインターナショナルの子たちは、もうめっちゃ喋ってて、でもそこで結構比べてしまって、あ、もうやばいなって思ったんですよ。
18:02
で、まあでも最初の3、4ヶ月はずっと結構うわーってやってて、半年過ぎてからは結構友達もできて、仲のいい友達なら結構喋れるみたいなとこまでは来たんですね。
ただまあ、あの時の自分はそれがね、やっぱベストだったとは思うんですけど、ただ今思って、まあタラレバーですけど、今思うのは、あの時もうちょっと、なんかもう英語を喋るの恥ずかしいっていうのを捨てて、もうプライドを捨てて、たくさん喋ってたら、もっと英語できるようになってたな、もっと友達できたなとか、もっと楽しめたなって。
思うんですね。で、まあそれがあったから、コロラドの大学に日本卒業して行った時は、もうだいぶ捨てて、もう私日本語第一言語だけど、日本語読めないことあるし、日本語間違えることあるし、私の第一言語日本語で第二言語が英語なんだから、間違えるの当たり前じゃない。
楊 開き直ったんだ。 南 もうだいぶ開き直りましたね。超聞いてました。え、これどういう意味?とか、これ意味わかんないんだけど、みたいな。
なんかもうわかんないことがあるたびに、大学の先生の部屋行ったりとか、もうめっちゃちゃんと、で、その時に、やっぱりこうやってやるべきだったんだなって、改めて。でも高校生と大学生ってだいぶまたちょっと精神的に違うと思うんですよ。
まあ、ここ1年生だったから余計に思ってて。でもやっぱその、自分が失敗したことを大学になって克服できたことで、理解をできたことで、すごくそれが自分の中で大きな経験になりましたね。成功体験として。
楊 すごいね。なんかそれこそさ、その失敗体験引きずっちゃう人って結構多いと思うよね。それをさ、いやもうわかんないしって開き直って、またアメリカに行くって、なんかかっこいいですね。
楊 ありがとうございます。ちょっと恥ずかしいです。 楊 帰ってきて、今その、まあお母さんが南西室行っといてって言って、そこでやっぱりお客さんを案内するときとかにすごく英語が役立っているというか、情報されてメンバーにも。今につながってるっていう感じだね。
楊 やっぱ舌かぶったりとかするのは良くないなっていうふうにだいぶ学びましたね。 楊 私もちょっと気持ち悪い。 楊 いやいやいやいや、全然、なんかもう、そうですね、それが大きな体験でした。
21:00
楊 すごい、じゃあその、そういう本とか映画とかじゃなくて、自分の経験、まあそれもすごい良いよね。自分の経験を通して自分の人生を変えていったみたいなところは、めちゃめちゃ良いね。娘にも是非。
楊 中学、高校、大学ってアメリカ? 楊 中学は短期ホームステイの姉妹都市のやつでやったりとかしてましたね。高校1年行ってコロナになっちゃったんで、帰ってきて。
楊 高1だったんだ、コロナ。 楊 高2、高3、コロナです。 楊 今すごいジェネレーションギャップ感じてる。 楊 私マスクつけて自撮りしてました、その時代です。
楊 私めちゃめちゃ普通に働いてたな。働いてたってもう中堅ぐらいで働いてた。親子、まあそれこそいつめがよく言うけど、親子ぐらい離れてるもんね。お母さんとの方が年近いもんね、私たち。衝撃だ。
楊 始めの採地業日記に流れてきて、ひろみさんっていうパートナーがここでできて、今までは親とかね、おばあちゃんおじいちゃんとかがこうやったらいいよっていうところに流されるっていうのが流れに乗ってきたみたいな。
楊 なんかその流れに乗って自分のものにしていくっていうのもすごくやっぱいいな。でもひなのはさ、なんかさ、それでそうやられたちくしょうめんみたいなのがないのがあるのかな。あんまり感じないのは。
楊 ありますよ。母に対して。 楊 ありますか。あるんだ。私はね、ちょっとあった。そこまでではないけど、30になって自分の人生歩み出したなっていう感覚があったんだけど、なんかこれからパートナーと結婚してっていう中で、そういえばお引越しもされるんですか。
楊 いつされるんですか。 母 来年の3月中には。 楊 寂しいね。 母 寂しいです。 楊 うちの娘がすごく寂しがると思う。 母 いやでもいいですよ。ホームステイ送ってください。 楊 ああいいな。
母 東北ホームステイ。 楊 東北ホームステイにじゃあ送って。 母 送ってもらえれば。 楊 なんかさ、実はひなのとうちの娘が交換日記やってて。 母 そうなんだ。今そっちのターンですよね。
楊 よかったよかった。もうちょっと持ってないよなって今考えちゃった。 母 今ね、書いてないんだけど。楊 よかった。
母 そう、でもさ、それすごい、めっちゃさ、そのうちの娘とひなの関係が、私はすごく嬉しくて、話めっちゃ飛んでんだけど。 楊 全然。
24:06
母 そうそう、娘がちょっと文字を書けるようになってきたかなっていう時に、ひなのが交換日記やってくれたから、本人もなんか書くぞ、読むぞっていうモチベーションがあってさ、すごい刺激になったし、ひなのがご飯とかお菓子とか作るの上手だから、
母 ちょっとそっちのお家に、ご近所さん? 楊 そうそう、遠距離。 母 そう、そっちのお家で、なんか一緒に美味しいおやつとか買って、あ、作ってきてくれた。
母 たぶんひなののお家で食べたんだろうなって思うのに、めっちゃちゃっかり食べて、あのお土産分をちゃっかり娘も食べて、そんで、いつみの分がないみたいな。
母 え?あれだよね、みたいな。なんか毎回そうですよね。
母 ね、なんかいつみがいつも悪くっていうか、いいよもうみたいな感じになってるなと思うんだけど。
母 そう。
母 なんかじゃあ寂しがる、それぐらいなんかこう結構仲良くさせてもらってるから、東北に送りますね。
母 はい、ぜひ娘を。
母 よろしくね。
母 そっか、なんかその仕事をさ、今斜面施設でやってる中で、なんか気づきとかありますか?今までの、それこそ気づきっていうか、それこそ千葉との違いとかって感じることある?
母 そうですね、千葉との違い。やっぱ母のとこで働いてるときは、地元もちっちゃいので、みんな知り合いというか、どこにいてもどこの誰かバレるとかが結構あって。
母 こっちもちょっと似たようなとこはあるとは思うんですけど、ファミリービジネスだったので、言いたいことをお互いに言えてしまう、会社の関係を超えて、みたいなとこが結構自分の中でなんかもやもやもやとしてて、
母 そういった意味では、こっちに来て、やっぱ外に出て、外で会社に働いて。で、この沖縄の南米新室に入社したっていうのは、母とかの流れではなく、きっかけは母だけど、私の意思だったので。
母 そうです。2ヶ月で帰ってくるよね、あなたって言われてて、全部アパートとかいろいろ一段落終わったときに、なんか多分ひな入社するから、帰らないから、みたいな。
母 これは何?なんかちゃんと自分でここにいておきたいな、みたいなとこだったの?
母 いやなんか、これだなって思ったんですよね。なんかすごい本当に直感です。考えてなくて。本当にこれは自分の流れです。自分の流れで。あ、ここだなーって。
27:09
母 思ったんだ。
母 そうですね。環境だったりとか、やっぱり雰囲気だったりとか、すごい暮らしてて、すごい楽しい、楽しい、心地がいい、みたいなところがあって。
母 いいね。なんか自然も好きなんだっけ?
母 大好きですね。ヤモリ見たら捕まえる。
母 本当ですよ。
母 なんで?
母 可愛いから。
母 どうすんの?捕まえた後。
母 撫でて、ごめんねって返す。
母 あ、優しい。
母 いやそんな。そんな。取って食べたりしないですよ。
母 取って食べたりはしないと思うけど、うちの娘もヤモリと捕まえてる家で。
母 同じですね。
母 同じだね。
母 同じ。
母 仲良しだね。
母 ヒロミさんにはやめてくれって怒られますけどね。
母 やめて欲しい私も部屋。
母 アパートの階段登ってるあそこの中でヤモリいっぱいいるんですよ。
母 あ、そうなんだ。
母 捕まえてると思う。ヒロミさん無視してそのまま一人で帰ります。
母 面白いね。
母 新しい形です。
母 二人めっちゃ仲良しだもんな。
母 仲いいですね。
母 うん。
母 掛け合いもね、なんとないみたいで。
母 そうですね。私も付き合ったことないタイプの人間と付き合ってここまで。
母 誰だっけ?リサだったかな。
母 誰かがすごい陽キャって言った。
母 だいぶ陽キャ。なんか私陽キャの男の子嫌いなんですよ。
母 嫌い?嫌いとかちょっと言ったらいけないか。嫌いっていうか苦手。
母 なんかすごいバカにしてきたりとか、なんかからかってくるからすごく好きじゃなかったんです。
母 社会人だったらそういうのはないですけど、でも中高とかあんま好きじゃなくて。
母 で、なんか陽キャだから。
母 やっぱりなんか思っても見ないことがある。こういうタイプ苦手だったなって思いながら。
母 イジるタイプの陽キャじゃなくない?
母 いや。最初の方はイジってきてました。
母 あ、そうなんだ。
母 その度にブチギレるみたいな。
母 喧嘩。うちもそうだな。
母 イジるタイプの陽キャじゃ。
母 めっちゃブチギレてたな。
母 今でもブチギレてた。
母 そうです。
母 えー、でも楽しみだね。仙台?
母 仙台です。
母 だらしちゃってよかった?
母 いいですよ。もうそのうち知れ渡ることではあるので。
母 そう、仙台に遊びに行きます。私といつみの新婚旅行は仙台だった。
母 なんか聞いた気がする。
母 うん。石巻とかね。
母 いいですよね。
30:00
母 ちょっとお勉強も兼ねてみたいな感じだったんだけど。
母 そうそう行ってきました。
母 コアもおいしいし。自然もあって都会もあって。
母 で、なんかね、石巻の方じゃなかったけど、ひじおりっていうところ、ひじおり温泉ってどこだったのかな?めちゃめちゃよかった。
母 うーん。
母 行きたいね。旅行なんてなかなか。いや今ね、一緒にいろいろ回るといいと思う。
母 今のうちに。
母 今のうちに。
母 子供をね、まあいても全然愛さんみたいに行こうって。
母 愛さん、馬力があるから。
母 いけるとは思うんだけど。
母 二人なら二人での楽しさが旅行あると思うから。
母 そうですね。
母 うん。
母 ぜひぜひ。
母 たくさん回ります。
母 なんかめっちゃ話それちゃった。なんか、働いてる中でなんか違うことありますかみたいな話が。
母 仙台、二人で回りますで終わっちゃった。
母 いいと思います。全然。
母 はい。
母 そんなコーナーで。
母 はい。
母 ちょっと。
母 どれぐらい?
母 あ、いい時間。
母 あ、ほんとですか。
母 うん。ちょっとおしゃべりになっちゃったけど。なんかまたさ、えっと来てね。
母 え、こっちでたくさん作業してますので。
母 はい。
母 たくさん来ます。
母 あのその仙台行った後も。
母 あ、そういうことですか。
母 うん。
母 いやいやもう、もちろんです。
母 あ、びっくりした。
母 いやいやもう、もちろんです。もう、集落の仲良しのおばあちゃん家も泊まっていいからって言われてて。
母 信子さん。
母 いや、なんか。
母 そうそうそう。なんかさ、梨沙とか何名寝室の若者たちすごいなと思ったのが、地域のおばあちゃんとかおじちゃんとめちゃめちゃ溶け込むよね。
母 ひなののコミュニケーションのなんか、コミ、コミ力?本当にすごいなと思って。
母 私5年こっちに住んでるけど、私とも顔見知りはだけど、しゃべ、そんなにはしゃべってない方とかと、もう全然超おしゃべりみたいなしてて、すごいなこの溶け込み力って思った。
母 なんか、好きなんですよね。おじいちゃんおばあちゃん。
母 いやいやいやいや。
母 おじいちゃんおばあちゃんに限らず、やっぱなんか地域が。
母 うん、なんかすごい好きですね。
母 ひなの妖怪苦手って言ってたけど。
母 妖怪苦手?
母 妖怪苦手っていうか、彼氏にするにはみたいな話しかんじだけど。
母 あ、そうです。
母 私すごいひなのに会った時さ、めちゃめちゃ妖怪で。
母 あ、ほんとですか。
母 すごい。こんにちは。酔ってたのかな?
母 酔っ払ってました。あれお祭りの日で、人生で一番酔っ払った日です。
母 日で、めちゃ距離感近くて、ちょっとビビってたのよ。
33:00
母 あ、ほんとですか。
母 すっごい妖怪の子だと思って。
母 失礼なことは思わなかったですか?大丈夫ですか?
母 うん、失礼とは思わなかった。
母 よかった。
母 びっくりしたね。
母 よかった。
母 そうそう、あ、めちゃめちゃいい子だな。死後敵だなというね。
母 いやいやいや。
母 思ってます。みんなね。言ってますよ。ひなのすごいって。
母 ありがとうございます。頑張らせていただいてます。
母 じゃあまた仙台行ってもこっちに戻ってきてくれたら。
母 はい。たくさん。
母 戻ってきてくれたらというか、遊びに来てくれたら。
母 いやもうたくさん遊びに来ます。これからもずっと。
母 はい。ありがとうございます。
母 ありがとうございます。
母 そんなこんなで、最後にあのゲストの方に、今ひなのの人生が一冊の本だったら何ページ目かなっていう話をみんなに聞いてるんだけど。
母 そうですね。130ページ中の22.5ページ目って言いたいけど。
母 刻むね。
母 刻みます。
母 けど。
母 うん。
母 130まで行きたいからなんですよ。130歳まで行きたい。
母 あ、年齢だ。
母 年齢。
母 あ、そういうことか。
母 22歳半ぐらいだから。
母 半だから。
母 130まで行きたいの?
母 って思ってたけど、さすがに無理だなと思い始めたので100ページ目にしときます。
母 100ページ中の?
母 22.5ページ。
母 22.5ページ。
母 刻むね。
母 刻みます。
母 22.5ページ。
母 まだちょっと半年残ってるんで。
母 あ、なんかすごい。
母 濃い。まだ濃くなるんで。
母 分かりました。ありがとうございます。
母 じゃあ、今日はひなのの人生の22.5ページにお邪魔させていただきました。
母 はい。
母 ありがとうございます。
母 ありがとうございます。
母 はい。
母 ストーリースタンド記叙家では、沖縄ヤンバルに暮らす人、働く人、通う人、関わる人の人生の物語を紡いでいます。
母 今日の物語が小さな出会いのつながりのきっかけになりますように、あなたのなぜここにいるのかという物語もぜひ聞かせてください。
母 感想やメッセージ、公開収録への参加は概要欄のURLからお送りください。
母 それではまたお会いしましょう。
母 ばいばーい。
母 ばいばーい。
母 ばいばーい。
35:24

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