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2026-01-24 20:20

挑戦と成長を選び続けた人生|Sou|海外×サッカー Interview

新シーズンスタート!「海外&サッカー」をキーワードに、様々なバックグラウンドの人たちをゲストに呼んで紹介していきます。ぜひ、フォローして次のエピソードをお待ちください!


今回のゲスト:Sou

オーストラリア在住。小学生からサッカーを始め、ニュージーランドとアメリカでもプレー。引退後はピラティストレーナーとして独立し、現在もオーストラリアで活動中。

Instagram: @sou__ntl


STEPOUTについて:

“Step out for a new challenge” 新しい挑戦へ向けて、新たな一歩を踏み出そう。 「海外×サッカー」をキーワードに、皆さんの新たな挑戦を応援します⚽️🔥

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Miki's Profile:

兵庫県出身。9歳からサッカーをはじめ、16歳でニュージーランドへ留学&全国準優勝。米国ノーステキサス大学卒業(運動生理学・心理学専攻)。英国リバプール大学院卒業(サッカー産業MBA経営学修士取得)。愛知県社会人サッカーチーム「Nagoya International FC」代表。TOEIC955点、IELTS 7.5点 (TOEFL換算105点)。

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サマリー

Souさんは、サッカーを通じてニュージーランドやアメリカに留学した経験を語っています。現在、オーストラリアでの生活やピラティストレーナーとしての活動を紹介しています。彼は自身の挑戦や成長の過程を振り返りながら、サッカーが人生に与えた影響について考えています。Souさんはオーストラリアでの挑戦を通じて、自身の成長やサッカーを通じた人とのつながりを模索しています。彼のピラティスや海外経験を通じて、人生の幅を広げている様子が描かれています。

Souの紹介とオーストラリア生活
はい、みなさんこんにちは、みきです。
前回からSTEPOUTのメンバーをちょっと紹介していこうっていうことで、シリーズをスタートしたので、
今日はその最初のゲストとして、Souさんを呼んでます。
はい、こんにちは、Souです。
お願いします。
お願いします。
えっと、もう私にとったら地元一緒で、サッカー一緒にしてたっていうことで、昨日知れた仲なんですけど、
STEPOUTをスタートする時からサポートしてくれて、それぞれの場所変わりながらもこうやってつながっているみたいな感じなので、
今日はSouのサッカー経験と海外経験みたいなところを聞いていけたらなと思います。
じゃあまず、ちょっと簡単な自己紹介お願いします。
はい、名前はSouです。
現在は30歳になりました。
で、ずっとサッカーしてきて、みきさんとも子供の頃から一緒にサッカーして、
で、24までサッカーして引退して、いろいろあって、ちょっと省くんですけど、今はオーストラリアにいます。
たぶん後で海外経験とか言えたらいいと思うので、簡単に。
そうですよね。
今オーストラリアにいて、いつぐらいからかな?数年前ですかね。
はい、こっち来て1年半ぐらいになるので、ワホリで今います。
オーストラリアのどの辺ですか?
フィンズランド州のサンシャインコーストっていう海のきれいな町に住んでます。
オーストラリアで何をしてますか?
オーストラリアでは、まずカフェでちょっとバリスタをやってたりとか、
あとはピラティスを自分でもやったり、ちょっと会社でも働いてたりしたりとか、
サッカーもちょっと最近始めたりとか、いろいろ楽しみながらやってます。
海外でのサッカー経験
でもそう、ピラティストレーナーとして活動してるし、
これからもそこを軸に頑張っていこうみたいな感じかなと思いますね。
私も最近日々のトレーニングを総トレーナーに相談して、
アドバイスもらったりして、かなりレベルアップしたなという体感があるので、すごく助かってます。
素晴らしいです。
じゃあちょっとサッカー経験、海外でもサッカーをしてきたと思うので、
どんな国でこれまでサッカーしたことがあるかっていうのを教えてもらっていいですか?
海外でサッカーした経験としては、まず16歳の時にニュージーランドで1年間サッカーをしました。
それは普通の留学だったんですけど、そこに女子サッカー部、
すいません、女子だったんですけど、性別転換して今男性としては生きてるんですけど、
その頃は女子だったので、そこに女子サッカー部があって、1年間ニュージーランドでサッカーしました。
その学校を割と力入れてて、全国大会とかプレーできたっていう感じですね。
2回目の留学というか、行ったのはアメリカの大学へ。
20歳の時にもともと日本の大学に行ってたんですけど、
そこでちょっと中退して編入っていう形でアメリカの大学に行きました。
それはサッカー留学というか、サッカーの推薦をもらって助学いただいて、
編入して2年間そこでプレーして卒業っていう形でアメリカでも大学でサッカーしました。
その2つかな?
サッカーと自己成長の影響
そうですね。
アメリカの大学でプレーするっていうのは、1つの選択肢。
奨学金もらって勉強もできるし、サッカーもすごいいい環境でできるっていうので、増えてるのかな?
最近もね、ちょくちょくいますよね。
そうですね。
これまでのサッカー経験を振り返って楽しかったなって思うことと、大変だったなって思うこと、どっちが多いですか?
その時々によりますけど、子供の頃はサッカー楽しかったし、みんなで勝ち目指してやるっていうのはすごい楽しかったんですけど、
大人になるにつれて結果を求められたりとか、エントラーなかったらとか、
そういうプレッシャーの中でやることはやっぱりしんどかったし、もちろんその中にも楽しいことはいっぱいありましたけど、
大人になるにつれてどんどんしんどかったっていう感覚はあります。
アメリカに行って最初の方すごい大変だったっていう話を覚えてるんですか?
思い出しました、今。
練習、1日目か2日目、ちょっと忘れたんですけど、大きいアメリカ人に小指踏まれて足の空きみたいな。
でもサッカー選手の人たちはちょっと前乗りするんですよ、楽器の前に。
スポーツ選手しか最初学校にいない状態で、せっかく早く行ったのにその期間サッカーできずに。
骨折したんよね?
トレーナーにはたぶん折れてるね、ホビひびってるねみたいに言われて、2、3週間休んで復帰したっていう感じなんですけど、
それでもうホームシックになって帰りたいみたいな。
みんなに電話してついて3日目ぐらいで泣きながら。
でもそういうのも乗り越えて。
はい、なんとかとどまって2年間。
今オーストラリアに行って3回ぐらい今まで海外に行くっていう経験をしたと思うんですけど、
どうやって海外に行こうってなりましたか?
それぞれあるんですけど、ニュージーランドの時は、今喋ってるミキさんの影響ですね。
ミキさんがまずニュージーランドに行ったっていうのを聞いて、こんな世界だったよとか、
1年ニュージーランドに行って帰ってきたミキさんがすっごい輝いてて、
英語喋れるし、雰囲気も海外チックで、そんな変わる世界ってどんな世界やろうみたいな。
一緒にカラオケ行った時も英語の曲ペラペラ歌ってて、かっこいいみたいな。
本当、記憶がないですけど、経験を引っ下げて後輩なんでそうは、こんなことがあって、みたいな。
それに感化されて、ニュージーランドはそれで決めたっていう感じですね。
でも、行った人の話聞いてスイッチ入っていいなとは思うけど、それで本当に行っちゃうっていうのはすごいなって思うけど、
私はどっちかっていうと受け身タイプで、母の方針、ちょっと行ってきてみたいに、逆にお願いされるみたいな感じだったけど、
そうは反対に、そういう話聞いたり、何かスイッチは入るタイミングはありと思うけど、そこから自分でどんどん行動していくみたいな感じで、割と切り開いていったんじゃないかなって。
そこまで親のサポートっていうか、お父さんお母さんが情報を見つけてきてくれるみたいなことはなかったよね。
そうですね。自分で調べて、お母さんには金だけ出してあげるから、全部自分でしろって言われた記憶があります。
私としてもすごいなって思うんで。
しかもニュージーランド行った時も、スマホ?
みきさん何か覚えてる?その話。
もう何かその時はクレイジーだったのかわかんないですけど、英語喋りたいが強すぎたり成長したいみたいなのがあって、携帯解約して携帯持たずに行きました。
日本人がもう縁切ったというか、向こうにも日本人結構何かいるじゃないですか。
友達辞めたいみたいな、喋りたくないって言って。
その点と向かって。
もうあんまり喋りたくないみたいな。
っていう感じで、ずっとニュージーランド人とつるんでて。
なんかすごいそれを自分に貸したというか、日本語に触れない。
日本人と関わらずに、とにかく期間も決まってるしね。
その時は1年だった。
その期間、できるだけ吸収して持って帰るぞみたいな。
意志の強さというか覚悟みたいなのも、すっごい強いなって。
アメリカとか今のオーストラリアではそこまでそんなこと思ってないと思うけど。
全然ですね。
16歳の時の若かりしい時は、思ってましたね。
でも、そういう気持ちで海外に行くと、やっぱり全然得られるものっていうか、違うだろうなって思いますし。
留学として行ったけど、やっぱりその先でサッカーの環境に入ったことで、私自身もすごく感じたんですけど。
サッカーがなかったら、そこまで経験とか、英語とかもそうですけど、得られなかったものあるなって思うけど、そうはどうですか?
サッカーですね。サッカー部に入って、みんなすごい仲良くなって。
向こう行ったら、自分がサッカー上手い方だったので、みんなに教えてとか言われたりとか、
またそのサッカー部の周りのいっぱい友達がいるから、どんどんつながって、サッカー中心で1年間は作られたんだと思いますね。
アメリカは編入やったよね?
はい。
アメリカでの環境は、ニュージーランドとかと比べてどうでした?
大きくはめちゃめちゃ違うんですけど、人も違うし、人というか、人柄、国柄、全然違うんですけど、
まずサッカーで行ったので、奨学金もらってたし、サッカーの環境で言えば、自分らのグランドがある。
服とか、靴までは支給されなかった気もするんですけど、全身のユニフォーム、練習着とか全部支給されたし、
サッカーするっていう環境をめっちゃ整えてくれたなっていう、
多分アメリカ大学そういうところが多いと思うんですけど、環境がとにかく整ってたなっていう印象です。
アメリカはやっぱり、もっと結果とか勝負みたいな感じで、カレッジスポーツもそういう仕組みになってるし、
その中でやったから、ちょっとプロみたいな、そういう要素もすごく入ってくる。
で、奨学金もらってってなるから、そこのプレッシャーとかもあったのかな?
そうですね。その年に点とかスコア、アシストだったら1ポイントみたいなのあるじゃないですか。
で、点と対2ポイントみたいな。それで評価されて、奨学金出るあれとかも変わったりとか、
めっちゃシビアに次の年の奨学金が決まるとかっていう形でしたね。
なるほど。そんなもう分かりやすい数字で。
本当に。だからこそみんな最後パスしないですよね。自分で決めるみたいな。
絶対点が決まる状況でも自分がチャレンジするみたいな感じなんで。
確かに。
まあでもそういう中でやったっていうのも、きっといい経験というか全てが良かったって思ってるわけじゃないかもしれないけど、
今の層につながってるんじゃないかなと思います。
はい。
で、日本帰ってきて、で次またオーストラリア行くっていうことだったと思うんですけど、
それはなんかどういう思い出っていうか、やっぱ海外また出たいみたいな気持ちが出てきたっていう感じですかね。
そうですね。日本にずっといてもあんま刺激がないというか、
海外での挑戦と成長
淡々とした日々で、なんだろう、やっぱり自分の人生の中で割と変化が好きだったり、新しいことを知るっていうことが好きだったので、
またオーストラリア行って、国も違うし、なんか新しいチャレンジしたいなと思って決めました。
うんうん。やっぱ成長とかチャレンジ、挑戦みたいなのがすごくあるよね。
はい。それがサッカーでなくても何でもいいんですよね、自分は。
うんうん。
自分がやったことないこととか、新しいことはでも興味がある。
だから海外に出るっていうこともそうだけど、やっぱ独立したとか、自分でそういう何かをやっていくみたいなのにも至ったっていうのは、そういう思いですよね。
今一番はやっぱピラティストレーナー、ピラティスを頑張っていきたいっていうのがあるかなと思うんですけど、
なんかその辺の経緯というか、なんでそれをしたいと思ったのかっていうのはありますか?
はい。まず筋トレのパーソナルトレーナーをしていたんですけど、
まあそこで筋トレを教えて、なんか相手の体あんま変わらんなとか、いろいろ感じたりとかしてたんですけど、
まあそこでピラティスに出会って、で、もともと女性だって今男性として生きてるので、
体を変えるっていうこと、自分がどうあるかみたいなところにすごいコンプレックスもあったし、変えたいっていう思いがすごいあったので、
まあ筋トレとピラティスといろいろ経験して、なんかこれは変わるかもとか、相棒学的にもすごい理論の通った、
ピラティスはそういうものっていうのを知って、まあ自分の経験、思いとかとも合うし、
これを広めていけたら、自分としてもやりがいあるなーって思ったし、はい、それでピラティスにつながったっていう感じです。
サッカーを通じたつながり
はい、じゃあまさに実体験っていうか。
はい、そうですね。
なんかオーストラリアでもちょっとずつ広がってますか?
あ、そうですね。ここピラティス大国と呼ばれているらしくて、ピラティスしてる人口めちゃめちゃ多いんですよ。
なので、まあそれも刺激になるし、ここにいる日本人とかも自分のこと知ってくれて、
パークでもピラティスとか開催してるんですけど、そういうところにもどんどん集まってきてくれて、はい、今めちゃめちゃいい感じです。
おー、活動の幅広がってる。
ピラティス通じてやっぱいろんな人来てくれるんで、そこでもなんか出会いがあったりとか、いろんな人のこと知れたり、めっちゃいいハブになってるかな。
素晴らしい。
なんかソウにとって、日本で生まれ育ったけど、海外に出たことでこう変わったとか、日本にいるだけじゃこうならなかったみたいなところってありますか?
なんか何でも受け入れられるようになったみたいな。
日本にいたときは割と自分と違う人の意見があんまり理解できなかったし、
そんな考えある?みたいな。ちょっと出さないですけど、何?みたいな。それはたぶん知らないからそうなっちゃってた。
けど、アメリカに行ってこっちもニュージーランド、オーストラリアに来て、どんな人でもいるじゃないですか。
自分の想像を超えた人がいっぱいいて、報道とかも学校とかもすべて日本ではありえないような、自分が主役みたいな。
アメリカに行った人は。
受け入れざるを得ないっていう感じよね。
自然とそうなるしかないっていう感じ。
かといって、自分が正解って思えるっていうのもできないし、自分もその中の一人だから、自分もめっちゃ違うしっていう。根本が変わりますよね。
そうですね。破壊されたっていう感じはあるので。
それは一番海外いろんなとこ行ってよかったなというか、自分の人生の幅も広がったなっていう思いですね。
そんな中でサッカーっていうのはどうですか?そうにとって人生にどういう影響っていうか、変化があったと思います?
サッカーしちゃったら早いですよね。人を知れるというか。競技としてやってたときは、それこそ結果出すものとか、頑張るものみたいな、成長するものみたいな意識は強かったんですけど、ちょっと一歩離れたら、やっぱサッカーするだけで相手の性格まではわかんないですけど。
でも、なんとなくわかるよね。
はい。パスの質とかでも、この人こんな人なんかなとか。
わかる。パス1個で、繊細さとかパーソナリティ出るよね。
シュートのタイミングとかもそうですね。思いっきり打っちゃう人か、絶対いけめれるとこでシュッて打つかとか。
そういうのでもすごい感じるので、今はサッカーは自分の中で人とつながるツールというか、分かり合うものっていうふうな立ち位置で。
素晴らしい。
ということで、私もそうと同じぐらいのタイミングで日本を出て、今アメリカに滞在していて、私もずっとサッカーしてきて、改めてサッカーを通じて子どもたちに教える場所とか、
大人向けの週1でボール楽しく蹴ろうみたいなコミュニティみたいなのをやって、もう1年ぐらい続けてっていう感じなんですけど、
それをソウに話したら、オーストラリアでもできるかもみたいな。
そうですね、みきさんがもう走り出してたんで、同じことオーストラリアでもできるんじゃね?と思って始めました。
それがすごい最近のトピックですけど、ステップアウトオーストラリアっていうのを発足してくれて、
はい、立ち上がりました。
だからステップアウト、アメリカ、私でオーストラリアはソウが担当で、どうですか?やれそう?
そうですね、いけると思います。結構集まってきてくれそうな感覚はあるので。
学生の時とかはサッカーでたくさん自分が学んで成長してっていうフェーズでしたけど、
次はその経験とかスキルを生かして、どういうことができるかっていうフェーズに入っていってるかなと思いますし、
ソウがさっき言ってくれたみたいに、サッカーを通じて新しい人とのつながりとか、その人をより知るとか、そういうツール。
で、またサッカーがあるだけですごいみんな集まってくるし、勝手に。
そういう不思議な力っていうか、素晴らしいエネルギーみたいなのがサッカーにはあるなって思うし、
特に言語が違う中でやるとすごくそれを感じるからいいなと思ってるので、そんなイメージでオーストラリアでもやってもらえそうでしょうか?
はい、もういろんな国籍の人でやるイメージで頑張ります。
楽しくできると思うので、自分たちもその範囲で協力してやっていけたらと思います。
はい、じゃあ今回はこんなところで、最初のゲストとしてソウさんに来てもらって、いろいろと海外の話やサッカーの話をしてもらいました。
ありがとうございました。
ありがとうございました。
はい、こんな感じで今後もステップアウトに関わってくれている人たちのインタビューして、
どんな人たちがいるのかっていうのを知ってもらえたらなと思っているので、今後もぜひ聞いてもらえたらと思います。
じゃあ今日はこれで終わりたいと思います。ありがとうございました。
ありがとうございました。
20:20

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