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2026-10-30 24:58

星月夜は,いつの空か【第307号音声版】

ゴッホの「星月夜」は,空想の夜空か,見たままの空か.2026年10月,韓国の研究チームが,絵の星の並びを天文計算で測り直し,1889年7月22日未明のサン=レミの空と一致すると報告しました.想像と観測の境目を,科学が測り直した話です.  

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サマリー

フィンセント・ファン・ゴッホの《星月夜》について、空想だけでなく実際の夜空の観測が土台になった可能性を、天文学と美術史の両面から検討します。韓国の研究チームは、月や金星、ヒアデス星団の配置、画家の視野、天候記録などを照合し、1889年7月22日未明のサン=レミの空との一致を示しました。ゴッホは観測した景色をそのまま写したのではなく、地上の景色や空を編集して一枚の画面に構成したと説明されます。話者は《星月夜》にヒアデス星団が描かれた理由や、隣に見えたはずのプレアデス星団が描かれなかった点にも関心を示します。

《星月夜》は空想か観測か
いちです。おはようございます。今回のエピソードでは、 星月夜はいつの空かという話題をお届けします。
このポッドキャストは、僕が毎週メールでお送りしているニュースレター スティームニュースの音声版です。
スティームニュースでは、 科学、技術、工学、アート、数学に関する話題をお届けしています。
スティームニュースは、スティームボート乗組員のご協力でお送りしています。
というわけでですね、今回のテーマ、星月夜なのですが、 これはフィンセント・ファン・ゴッホの作品、名作と呼んでいいと思うんですが、
このゴッホの作品にまつわるものです。 アートとそして天文学がどんな風に交差するのか、
じっくりお話をしていきたいと思います。 今回も25分間お付き合いいただければと思います。
このゴッホの星月夜、空想の星空なのか、見たままなのか、 最近新しい見解が提示されたんです。
改めまして1です。 このエピソード、2026年10月29日に収録しています。
このエピソードはスティームニュース第307号から、 星月夜はいつの空かという話題でお届けをしていきます。
この星月夜というのは、画家フィンセント・ファン・ゴッホの絵ですね。 星月夜という絵ですね。
この絵なのですが、気になる方はですね、 wikipedia とかにも絵そのものが載っていますので、検索していただくといいかなと思いますし、
ポッドキャストアプリでね、聞いてくださっている方は、 カバーアートを見ていただくと、この絵ねっていう風にね、思われるかもしれません。
検索していただくのがね、一番いいかもです。 星月夜、ロマンティックな名前ですね。
英語ではね、確かステアリーナイト、あれ? 月どこ行ったんでしょうね。ちょっとごめんなさい。
あの星月夜で出てくるので、見てください。 この描かれた、すごくね幻想的な絵で、
月と星があの青い夜空にね、渦巻きを描くように描かれているんですが、 この夜空、空想なのか、はたまた現実の夜空なのか、
長く論争の対象になっていました。そして、 2026年10月、韓国の研究チームが、
絵の星の並びを天文計算で測り直し、
1889年7月22日未明のサンレミ、これは地名ですね。サンレミの空と一致すると報告しました。
想像と観測の境目を、 科学が測り直したお話という風になります。
このゴホの星月夜ですが、
渦巻く青と黄色い星の絵です。 現在ですね、ニューヨーク近代美術館、
モーマーが所蔵し、 今も世界で一番見られている絵画の一つです。
この絵の空は、ゴホの頭の中の空想なのか、 それとも実際に見た空なのか、
美術史では長い間、観察もあるが、想像が大きいという読みが主流だったんです。
ところが2026年10月22日、 科学史サイエンティフィックリポートに、
絵の星の配置を天文計算で測り直した論文が公開されたんです。 結論はこうです。
絵の空は、1889年7月22日未明、
南フランスのサンレミで見えた県型の空と、 よく一致するそうなんです。
このエピソードでは渦巻の向こうにあったかもしれない、 本物の星の話をしていきたいと思います。
サン=レミでの制作と金星
1889年5月、ゴホは南フランスのサンレミードフロバンスにある サンポールドモーゾール療養院に入ります。
精神の不調から逃れつつ、絵を描き続けるための場所でした。
星月夜はその部屋の窓から見た、夜明け前の景色をきっかけに生まれたとされています。
弟テオへの手紙にはこんな一文があります。
けさ、日の出のかなり前から窓から田園を眺めていた。
朝の星だけがとても大きく見えた。
朝の星というのは金星です。
ニューヨーク近代美術館モマの解説でも、 絵の左側に輝く明るい点が金星だと認めています。
ただし、村の境界や糸杉、渦巻く雲のような線は窓からそのまま映したものではありません。
夜に見たものを昼のアトリエで描き上げた絵でもあります。
観察と想像が一枚のカンパスの上で混ざっているんです。
制作時期は長い間1889年6月とされてきました。
モマのキャプションも3レミ、ジューン1889、1889年6月3レミというふうに書かれています。
手紙や作風の比較から6月完成説が定説となっていたんです。
過去の天文解読と検証方法
ゴホが描いた空を本気で読み取ろうとした研究者も以前からいました。
1980年代アメリカの美術師家アルバートボイムとハーバード大学の天文学者チャールズホイットニーがそれぞれ独立に星月夜の天文解読を試みました。
金星の存在には合意しつつ中央の星の並びについては意見がわれました。
ボイムはヤギ座だというふうに読み、日付は6月19日頃を提案しました。
ホイットニーは別の読みを出し、空は朝の空を組み立てた合成だとみなしたんです。
2人の結論が噛み合わないのを見た別の研究者は、こうした現実主義的な読みは危ういと表しました。
その後、観測説は少数派のまま長く残りました。
問題は創造か観測かという問いそのものより、検証のやり方にありました。
画家が実際に見ていた視野の広さ、中央の星の形、手紙、天気、これらをひとまとめの物理的な条件にして測るという作業がまだなかったんです。
2026年の論文の筆頭著者は、韓国の望遠境外者を率いるイライジャ・ジョンヒョン・キムです。
彼は韓国の京肥大学校で宇宙研究を学ぶ博士課程の学生でもあります。
チームには同じ大学の法人たちも加わりました。
キムたちはいきなり星づき用に飛びつかず、まず方法を試して、そして鍛えていったんです。
17世紀の画家エルスハイマーの「エジプトへの逃避」という絵では、北都七星と天の川の位置関係が現実ではありえないことを示し、観測そのままではないと判定しました。
一方、未来の星の夜では、オリオン座とシリウスの並びをプロクラステス分析という形の合わせ方で測り、位置はよく再現されていると確認しました。
僕自身が天体観測大好きで、元天文部部長でもあるので、星が描かれた絵画を見ると位置関係というのを結構ビンビンに見るんですね。
星の写真とかを見ると、これはどこどこの星だなというのを当てられたら嬉しいし、当てられなかったら悔しい思いをすることがよくあります。
僕たちはエジプトの砂漠で遺跡調査をすることが多くて、夜間は宿舎に戻っていないといけないんですが、たまに砂漠の中で車が立ち往生したりとかして帰れないときは星座を見て方角を読むということをやるので、趣味
だけじゃなくて視覚問題でもあるんです。
エジプトは曇り空というのがほとんどないので、夜必ず北都七星を見つけて、北都七星がすぐ見つからないときは時間によってはカシオペア座を見つけたりとかオオグマ座を見つけて、そうすると星座の形から北都七星の方
向、つまり北の方向がわかりますから、それで正しい方角を見つけて、
宿舎に戻るなんてことをしています。話がそれちゃいました。ゴッホの話題に戻りたいと思います。
ゴッホ作品に描かれた星空と現地体験
どこまで話しましたっけね。エルスハイマーのエジプトへの逃避、これは星の位置が正しくないということ。一方、ミレーの星の夜の方なのですが、
これはオリオン座とシリウスの並びが正しい。オリオン座、シリウス、冬の星座ですが、真正面にオリオン座を見ると左手の少し高い位置にオイヌ座、シリウスが見えていますので、これは見間違えないと思います。
この分析によっても位置はよく再現されているとのことです。
で、次にゴッホ自身の1888年の夜景2枚、ローヌ川の星月夜と、こちら有名ですね、夜のカフェテラスで同じ方法を検証しました。
どちらも描いた場所が今も残っています。ローヌ川の星月夜では北都七星の形が実際の空とよく合い、夜のカフェテラスでは夏の大三角などが読み取られました。
ただし、これらの絵では地上の景色と空が別の時刻、別の方角の景色を一枚に組み合わせている可能性も見えてきました。
ゴッホは見たものを材料にしつつ、カンバスの上では編集する画家だったんです。
ここでまたちょっと脱線をします。一つは夜のカフェテラス、これは全然知らずに予備知識なしで偶然そのカフェテラスの前にたどり着いたことがあって、
これはマルセイユに仕事で行ったとき、バスに乗ったら勝手にバスに乗り込んだんですよ。遠足用のバスに全然予約とか何もしてないし、名簿に名前も載ってなかったんですけど勝手に乗り込んで行ったら、
なぜかそのカフェテラスの前に着いて、これが有名なカフェテラスかと、観光客がザワザワしていたので気づいたんですが、ここ来たなと思って。
でもそれは確かで2回目で、1度目はフランス人の友達が案内してくれて、ただその時もフランス人の友達はあまり絵に詳しくなくてそこをよこす通りしてるんですよ。
ずっと記憶には残ってたんですよ。なんか見た景色だなと思ってね。記憶には残ってたんですが、偶然2回通りかかったというところです。
夏の大三角、これね天の川にかかる夏の夜そうですね日が沈んで1時間2時間ぐらいですかね夜の9時ぐらいにはちょうどいい高さに登ってくる3つの明るい星で条件が良ければ天の川を渡ってね
織姫星と彦星星か、織姫彦星あってます。アルタイルとベガですよね。ごめんなさい日本の和名をよく分かってなかったんですけれども、それが天の川を挟んでそれぞれあって白鳥座のデネブとですね、ここ3つの夏の大三
角。
これが描かれているようだということなんですね。なのでゴッホは星空を観測していて自分の絵にそれをその場所だけ変えて描いたんじゃないかという風なね結論がされていました。
1889年7月22日の空の再構成
でその上で星月夜に入ります。アギになったのは同じ地形を描いた線香スケッチF-1541Vでした。現地調査でスケッチの地形と一致するオネを特定しそこから画家の狭い視野を逆算しました。
人間の目って広い範囲見てるんですがこの場合ね星どの範囲見ていたかというとなんとですねカメラ詳しい方やピンとくると思うんですが35ミリ換算で134ミリ相当。134っていうレンズはないですが135ミリを想
像してもらったらいいかなと思います。
望遠レンズですね。かなりクローズアップする望遠レンズで星空を見たような感じになっていたそうです。
この枠、この画角を1889年6月と7月の夜明けの空に当てはめると月と金星がこの画角の中に同時に収まる日が限られてくるそうなんです。
絵の中では月が金星の上にあります。月の方が先に上っている配置です。
この条件を満たししかも狭い画角の中に月と金星が収まる夜明けというと候補はわずかに絞られました。
その中で7月22日午前3時のサンレミの東の空では欠けた月、金星、そしてオウシザの三階星団ヒアデスが同じ画角の中に集まります。
ヒアデス星団というのはオウシザの中に星の集まりがあるんですがV型、アルファベットのVの形をした星団があるんですね。
これを描いたんじゃないか。同じオウシザだとプレアデス星団、日本語でスバルですね。
オウシザの中で一番明るい星アルデバランを含む星団、ヒアデスの方を描いたんじゃないかというふうにこの論文は結論付けています。
6月説との比較と観測・想像の関係
従来威力だった6月19日節には別の難点もあります。
その日の月は欠けた細い月ではなく半分を大きく超える明るい月でした。
ゴッホは別の素描で半月の形をきちんと描き分けているので、細い欠けた月と半分を過ぎた月を取り違えたとは考えにくいというふうに論文は指摘をしています。
天気についても金棒の観測記録を点検しています。
アビニョンなど近い地点での記録では7月22日未明の観測を完全に否定するほどの曇りや強い雨は読み取れませんでした。
つまりは晴れていたかもしれないということですね。
手紙の記述、月の形、星の配置、天気、別々の手がかりが同じ日付に寄っていくというのがチームの主張です。
なんかね、推理小説を読んでいるような感じですね。
では定説の6月制作説は間違いかどうか、論文はそこを慎重に扱っています。
著者のキムはスペースドットコムの取材に対してこう述べています。
絵の空は7月22日前後の明け方と形も観測条件も合う。
したがって提案したいのは6月に構想し7月22日以降に完成したという可能性だと。
美術師の側でも星月夜は6月の他の作品と作風が違うという指摘は以前からありました。
宇宙の激しさ、構図、これが周囲の6月作品から少し浮いて見えるそうなんですね。
空の日付が7月にずれるならその違和感についても説明がつくかもしれません。
一方で村の景色は窓から見えない剛性です。
糸杉は実際より大きく近くに描かれています。
渦巻く線は望遠鏡写真の渦上星雲を連想したという読みもあるのですが、これはちょっとわかんないです。
キムの論文は空の配置は観測に根差すと言っているだけで、
一筆一筆が写真のような再現だと言っているわけではないんですね。
この想像、イマジネーションがなくなったわけではなくて、
イマジネーションの土台に特定の明け方の星空があったかもしれない、そう読み換える提案でした。
ヒアデス星団を選んだ理由
僕個人としてはですね、もしご本が大石沢を観測して絵に描いたとしたならば、
大石沢ヒアデス星団のすぐそばに別の星団プレアデス星団が見えたはずなんですね。
2本目スバルですね。非常に美しい星団です。
そちらを描かずにヒアデス星団を描いた理由を知りたいなと思いました。
ヒアデス星団には大石沢の一番明るい星アルファ星アルデバランがあるので、
明るさを優先したのかもしれないですし、プレアデス星団よりは画角が広いというか大きく見えるので、
それでヒアデスを選んだのかもしれないです。そんなこともちょっと興味が出てきました。
というわけで今回も最後まで聞いてくださってありがとうございました。
SteamFMのいちでした。
24:58

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