おはようございます。りこです。
このラジオでは、AIとSNSで働き方を変えた、私たちクワママが、AI時代をしなやかに生き抜くためのマインドや、AI活用法についてお届けしております。
はい、ということで、皆さんおはようございます。本日、9月の19日土曜日ですね。
はい、今日はですね、私が駆け出し、駆け出し、今でも、今でも駆け出しなんだけどさ、フリーランスになった頃にですね、すごくお世話になっていただいて、
ニンジャダオってですね、駅早屋さんが運営されている、NFTでいいんだよね、でもIPビジネスなのかな、今。
クリプトニンジャっていうキャラクターを使って、クリエイターさんたちは活動されているニンジャダオっていうプロジェクトがあるんですけど、
それが5周年なんですよね。本当におめでとうございます。
いやもうさ、本当にさ、5年間何かを続けるって本当にすごいですよね。本当にすごい。
私、AIラボが今度1月で3年ですね。
で、黒赤がね、1年経ちましたけど、やっぱね、大変よ何かを何年も続けるって本当に。
AIラボはね、本当に今入ってくれているメンバーの皆さんのおかげですし、黒赤も今本当にみんなのおかげで支えられているし、
フリーランスっていうか、自分でやり始めて今4年目になりますけど、本当に皆さんに支えられて生きているなと思います。
なんで本当にニンジャダオの5周年本当におめでとうございます。
今日ニンセルにね、それをお祝いするニンセルっていうのがあるんですけど、今回それのね、スポンサーをさせていただいているので、
それのお祝いにね、駆けつけて皆さんに会いに行こうと思っております。
会うことができるのを楽しみにしています。
はいということで、土曜日なんでね、毎日活動ゴリゴリの話というよりは、
まぁちょっとこう、マインドっていうか、ちょっとそっちのお話をお届けしようかなと思います。
はいということでね、夢は、夢について今日話しましょう。
夢は職業名ではなくて、やりたいことでもってはいかがでしょうかっていうですね、お話ですね。
はい、でこれですね、昨日あの夕方ご飯、夕方とか夜ね、晩ご飯作りながらサブスタの方でライブ配信してたんですけど、
それを配信している時にね、娘たちに夢の話を聞いたんですよ。
してたんですよ、娘たちに。
で、ママとか言って。
今ね、サーちゃんね、サーちゃんとヒーちゃんって言うんですけどね、うち姉妹が。
サーちゃんね、ここになりたいとか言って、ヒーちゃんもここになりたいとか言って。
言っててね。で、ママはさ、将来の夢叶ったの?って聞かれたんですよね、昨日娘たちに。
で、あーそうねーっつって、話が長くなるからじゃあご飯の時にね、お話するねーって言って、
今思い出したら、そういえば、あのそれ話すの忘れてるんですけど。
後で話すわけね。
ママ、将来の夢、子供の時の将来の夢叶ったの?って子供に聞かれたわけですね。
そこから考えたことを今日は皆さんにここでお話しします。
で、私ね、ずっと教師になりたかったんですよ。
小学校の時から。
小学校3年生の時かな。
小学校3年生の時の単人の先生が本当に素敵な先生で、女性の先生だったんですけど。
こんな先生になりたいと思って、小学校3年生から6年生までですね、ずっともう教師になると決めてたんですね。
で、小学校の先生になりたいっていう風に、もう決めてました。
それ以外になんか、あんまりケーキ屋さんやりたいとかさ、よくある。子供あるあるの。
なんていうんですかね、あとなんだろう、多いのだったかな。ケーキ屋さんのパティシエ?
なんですかね。美容師か。美容師になりたいとかって、
まあよくね、子供たちも持つと思うんですけど、お医者様になりたいとかさ。
そういうのほとんど思ったことなくて、教師になりたいってずっと思ってたんですよね、小学校3年生から。
で、どうやったら先生になれるのかっていうのとか、結構ちゃんと調べてたんですよ、5年生、6年生ぐらいになったらね。
で、ただ、私、小学校の先生になりたかったんだけど、同時に早稲田大学に行きたかったんですよ、当時もそこから。
小学校5年生、6年生ぐらいから、大学は早稲田に行きたくて。
で、それは父が、父は東大の出身なんですけど、東大の人全然友達いなくて、父がお世話になった人たちが早稲田の人たちばっかりで、
その人たちが本当に素晴らしいんですよね。
本当にすごい素敵な方たちで、公認会計士の方と弁護士の方と、公認会計士、税理士弁護士の先生方に父はすごくお世話になっていて、
子供ながらお呼ばれとかしてね、お話しするのもさ、本当に教養が高いから、すごい面白くて、子供ながらに話し聞いて楽しかったんですよ。
それもあったから、早稲田ってすごく素敵な場所なんだろうなと思って、早稲田にずっと行きたかったんですよね。
だから早稲田に行きたいっていう夢と、教師になりたいっていう夢があったわけなんですけど、
早稲田って、ちょっと今わかんないんですけど、当時教育学部に行くと、教師になれる資格が、中高の先生の教師になる資格しか取れなかったんですよ。
当時ね。今はどうなんでしょうね。わかんないんですけど。
あれ、小学校の先生と中高の先生って違うんですね。教員免許取れる方法がね。
調べたらそうだと、えーみたいな。
じゃあ早稲田に行ったら、小学校の先生になれないじゃんと思うわけですね。
小学校5、6年生ぐらいの私。
で、何かね、じゃあどうやって、早稲田に行きながらどうやったら取れるのかみたいなのを確かに調べてた気がするんですけど。
インターネット、当時パソコンがね、デスクトップあった気がするんですよね。
で、何か調べたりとかしたんですけど。
結局でも、中学校入ってからだったかな。また小学校5、6年生がたぶん中1ぐらいの過程で、
早稲田に行くんだったら、小学校の先生になれないっていう結論を下すわけですよ、当時。
だから、小学校の先生になりたいという夢よりも、早稲田に行くことの方が私にとって優位性が高かったんですよね。
いけるかわかんないのにね。そうですよね。いけなくわかんないんだけど。
早稲田に行きたかったから、早稲田に行った上で教師になるんだったら、中高の先生にしかなれないんだなっていうことを知って、
じゃあ中学校と高校の先生になろうって決めるわけですよ。
で、中学校を過ごすわけなんですけど、これは中学校の今お勤めの先生たちを否定するのではなく、
今考えたら、私に教えてくださってた当時の中学校の先生たちが、個人レベルで悪かったわけではないと思います。
だともうやっぱり、中高っていう教師の組織だったりとか、しがらみだったりとか、そういうこと大人になった今だったらわかるっていう前提で聞いてください。
もう中学校の先生が大嫌いだった。もう本当に大嫌いだった。
もう小学校の先生たちと、それはわかるよ、違うんですよ。
私も超思春期だしさ、なんかめちゃめちゃ嫌ですよね、中高生相手にするって。
すっごい難しかったと思う。私自分の娘でさえ、何かを導くって、すごい難しいと思うのに、他人の子を勉強を教えながら、
人格っていうか、人としての大事なことも伝えつつ、こんな高校受験っていうさ、中学受験まではするしないとか、これは親がやるじゃないですか。
高校受験は親と子と教師で、私はあんまり教師にもあれでしたけど、だから超難しいと思う。
難易度、もうやばいですよね。SS?ウルトラ?ゲームやらなすぎて難易度がわかんないんですけど。
ウルトラシーですよね。やばいと思うんですよ。今思ったらね。正直もう自分絶対向いてなかったなと思うんですけど。
でも当時、子供ながらに見た中学校の先生が大嫌いだったんですよね。私。
塾の先生は大好きだったんですよ。でもあれもさ、今思えば塾の先生の方が楽ですよね。
だってお金、そこそこもらってさ、レベルの高いお金が払える子たちにさ、レベルの高い勉強をしてるんだもん。
そっちの方が楽ですよ。だって中学校ってさ、マジで勉強できないことできないしさ、やんないことやらないし。
うち埼玉の田舎の中学校だったから、本当に給食だけ食べに来るようなさ、いわゆるちょっとミニヤンキーみたいなさ、子たちもいたしさ。
本当に大変だったと思うんですよね。でも本当に大嫌いで、中学校が大嫌いだったんですよ私。
友達がいないとかじゃなかったけど、それなりに楽しくは過ごしてたけど、中学校という学校に対しては本当に嫌いで、
もうずっと塾の勉強してましたね、授業中で。本当に最低なんだけどさ。
中学校1年生の頃には、中学校3年生までの勉強はもうすべて終わらせてしまっていたから、暇で暇でしょうがないんですよね。
だからもう普通に塾の勉強してて、で、まあ嫌じゃないですか教師的に。
だけど私だいたいテストで90点か100点が、90点か100点の間を取るんですよ。
この点数で4つけられるならつけてみたらみたいな感じだったわけ、姿勢として。
本当最低だよね。本当に最低です。もう今もう絶対娘たちにそんなことさせちゃいけない。
とかさ、これAIラボでもよく言うんですけど、敬語って敬う人に使うんでしょとか言って。最低ですよね。本当にひどい。
そんな中学校時代を過ごしたものですから、私中学校高校の教師には絶対にならないって決めたわけですね。
夢は諦めたわけですよ。でも小学校3年生からずっとマスナーに行きたいという気持ちとともに教師になるっていうふうに思ってたから、
それ以外の夢がもう見つけられなかったんですよね、私。何たりになりたいっていう。
美容師、お医者さん、それ以外の夢が見つけられなかったの。だからマスナーに行くことがまずゴールだったんですね、私の中の人生でね。
で、高校受験を迎えるんですよ。で、小学校6年生の春休みにマスナーに行きたいんですっていうふうに体験で行った塾の先生に、
じゃあ高校から早稲田に入れるよっていうふうに勧められた高校が早稲田実業学校という高校があるんですけど、
そこに行きますって中学校入る前に決めた。それに向けて勉強したんで。
私の中学校3年間は教師になることを諦め、代わりに早稲田実業学校に行くっていうのがゴールだったわけですね。
そのためだけにずっと勉強してました。ずっとしてた。
当時偏差値たぶん75ぐらい。今ちょっとわかんないですけどね。
まあいわゆる女子、女子が行く高校私立の中では最難関に近い私立だったね。最難関に近いところだったんで。
もう死ぬほど勉強しましたよ。人生並びに勉強したことない。
一応合格してやった。これで早稲田にも行けると。一個夢が叶うわけですね。
高校入ってからは和佐の中でも整形に行きたかったんで。
整形に行こうと思うと和佐実学校の中でも割とAからABCDEFGHI、理系まで含めてIクラスまであったんですよね。
30人で9クラス。270人くらいいるのかな。正直全然あんまり覚えてないんですけど。
その中から各学部に5人から10人ぐらいしか行けないんですよね。
学科で5人から10人ぐらいしか行けなくて。私は和佐大学、政治経済学部、経済学科に行きたかったんですよ。
やっぱり割と上位なんですよね。行きたい人が多いから。
だから法学部、整形あたりがやっぱり人気だからトップにいないと入れなくて推薦で。
だからトップ20ぐらいにいましたねずっと。
法学部の人が結構多かったから。1位の子とか2位の子だいたいみんな法学部行ったんで。
法学部に行って政治行って経済でギリギリ、15番ぐらいギリギリ入ったんじゃないかなっていうので、
和佐大学政治経済学部経済学科に晴れて合格、合格で入学が決まったわけですね。
小学校6年生の時からずっと描いていた和佐大学に入るという夢はかなわけですよ。
思ってた和佐大はめちゃめちゃ楽しい場所で本当にすごいたくさんの友人に囲まれて本当に楽しかったですね。
めちゃめちゃ楽しかったんだが、死にて言うなら本当にちゃんと勉強しとけって思いました。
マジで勉強しとけばよかったの時。
働くとか仕事ということとかビジネスみたいなことについてもっと触れとけばよかったなっていうのは本当に後悔してますね。
あんなに時間があったのにね、本当に恋愛と誰かと一緒に遊ぶこととバイトしかしてない。
恋愛史上主義だったんでずっと恋愛してましたね。
それで春って週末入るときに私はどうやって仕事をしたらいいんだって悩むわけですよ。
何々になりたいがなかったから企業に勤めるという選択肢になるんですけどね。
ちょっとごめんなさい、話長くなった。
いよいよ曲折経て普通のワコールという会社に入社して十数年勤めさせていただいて、脱サラしてという形になっていくわけなんですけど。
もう一個同時に母親になりたいという夢があったんですよね。
私はお母さんみたいになりたいと言われる母親になるというのがもう一個夢であって。
私が母みたいな母になりたいと思ってたから、私もお母さんみたいなお母さんになりたいって言ってもらえるお母さんになるということが。
私の中で結婚と出産っていうのはやっぱりもう人生の中でのマストだったんですよね。
22歳の時に新宿の母に世相を見てもらった後、生命判断してもらった時に
あなた25歳で結婚しなかったら、今期遅れるから、次31になるって言われたんですよね。
やっぱり妊娠出産って女性の体の年齢にすごく依存するから、
早く生まなきゃ、20代で生まないと、一人生まないと、二人欲しかったから、ダメだよなって。
31からで結婚したら30代で二人になっちゃうと結構大変になるよなっていうのは、保健の授業受けてたんで分かってたので。
25歳で結婚しようって決めるわけです。
われながらすごいな、今話してると。
22歳の時に25歳で結婚しようって決めてるわけですよね。
就職するわけですよ。
1年目に出会った、見つけた夫をそのまま結婚相手に選び、先方も選んでいただいて、25歳で結婚するんですよ。
22歳の時に25歳で結婚して、2、3年は二人の時間を楽しんで、28歳で一人産んで、31歳で三歳歳で産むって決めてたから。
えっ天才じゃない?みたいな いいやんめっちゃいいやんってそのソロバンを見てる時にたぶん口寂しくなるからクレープ買ってくれるかもしれないよって言って
その身内割りじゃないけどあのとあのソロバン教室割りでお父さんとお母さんも300円くらいで買えるようになったらさ
めっちゃいいんじゃない?みたいな もちろん原価とか家賃とかの話があるから300円提供できるからさておきなんですけど
えっ天才じゃん?みたいな なんかそういう話をしてあげるのが
まあやっぱすごくいいんじゃないかなって言って ただね事情がですね
パティシエとお医者さんと美容師って言ったんですよ これはねちょっと難しいね
あのこれはねパティシエはお菓子が作れればいいと思うからお菓子作りはできると思うんですよ
でそれをね誰かに食べてもらったりとかっていうのができると思うんだけど
やっぱねお医者様と美容師はちょっと職業として並行できるかっていうとちょっと難しいんじゃないかなみたいな
主軸にするんだったらやっぱお医者様がいいと思うんだよねってやっぱ勉強する時間も
その労働する時間、拘束される時間も多いからまあまあなるなるお医者様かなみたいな
で美容師さんはなんでなりたいのかっていうと考えてその要素を抑えられたらいいんじゃないみたいな
美容劇化そうするとわかんないけどみたいなね
直美とかになっちゃうかもわからないですけどね
っていう話とかをして
その上でそのママは空に夢叶ったのっていうお話だったんですね
っていう話をしてました
やばい今日25分も喋っちゃった
楽しくてすごい喋っちゃったんですけど
伝えたかったのは子供たちも別に夢を1個に限定する必要はないし
今みたいな話だとなんでそれになりたいのかっていうともっと大きくなったらね
抽象度を高めてそしたらもっと違う選択肢があるんじゃないっていう話とかもできるし
皆さんも子供の時に諦めた夢みたいなのがあるんだったら
実は叶えられるかもしれないんですよ
今そうだから職業名っていうので固定するんではなくて
そこからグッと本質的なところを抜いてきて
じゃあこれで形でできるんじゃない
今だったらっていうのを
しかもAI使ったらもっと叶えやすくなってるんじゃないっていうのを
よかったらね皆さん考えてみていただくのはいいんじゃないかなというふうに思っております
はいということで今日はですね
自分のほぼ反省喋ってますけどね
夢はね職業名じゃなくてやりたいことで決めるといいんじゃないかという話をさせていただきました
何かね皆さんの何かヒントになったら嬉しいです
はい最後まで聞いてくれてありがとうございました
じゃあまたねさよなら