情報が完全に遮断された中での彼らの孤独とそれでも生きようとする生命力の描写は、沖縄という実話の舞台が持つ重みも相まって単なる戦争映画に留まらない普遍的なメッセージを投げかけています。
沖縄の人にとってアメリカという国がどれだけ憎いかっていうのがちょっと見えるシーンもあったりして、アゲナが沖縄出身でどれだけアメリカに怯えてきたかとか、話がそこじゃないかな。
思いとかあったり。今も沖縄県には31の米軍専用施設が総面積18484ヘクタールと沖縄県に米軍基地が集中しているわけなので、それによって諸問題がいくつかあって、
西方向の問題とか、飛行機バンバン飛んで墜落事故とか起きたりしてますし、汚染とかそういう問題もあるみたいで、本当に沖縄の人にとってはアメリカの軍の基地があることが邪魔でしょうがないっていうのを考えさせられる。
それは作品には出てこないんですけども、山戸雄貴はアゲナが戦争の中で初めてご飯が食べられない、家がなくなってしまう、友達と離れ離れになるといった体験をする純粋な感情を意識して演じたと語っています。
あれができていたのにこれができない、これができていたのにあれができないとか、それが表現されているシーンがよく出てきて、極限状況の中で精神的な揺れとか選択の困難さを含む喪失な葛藤や一貫性を保てない個体の苦しみや矛盾を抱えながら生きる姿の人間の複雑さ、
理屈では割り切れない状況に置かれた人間の姿から極限の中の不条理っていうのが感じられる作品でした。
山田雄貴の頼りないみたいな感じもアゲナの地元に、地元で育ってきた人間がリンクして、神兵な感じもよく出ていた作品だなと思います。
沖縄出身のタイラー和弘監督自身も、家島が沖縄戦でいかに過酷な状況にあったか、そして戦争を知らない人がいたという事実をこの作品を作るまで知らなかったと語っています。
情報格差と認識の断絶から現代的に置き換えると、例えば、紛争地域やインターネットの制限がある国では世界の動きが正しく伝わらないことがある。
災害やパンデミック時の情報の偏りというところがあるんじゃないですかね。このコロナとか、ウクライナ、ロシアの戦争であったりとかっていうのをめちゃくちゃ感じる部分があって。
本当にこんな状況なの?だったら一刻でも戦争をやめた方がいいじゃん。パンデミック、感染拡大っていうのをやめた方がいいじゃん。何をやってんの政府は?っていう怒りに繋がってきてたのもすごく紐づいたなっていうのは思います。
都市部や上京がすぐに共有されるが、離島や山間部では遅れることもあります。SNSによる情報の孤独化、孤島化というのがある。SNSを使ってない人たちにとっては何のこっちゃかわからないですよね。
北陸とか東北で地震があったときに、九州の人間はニュースでしか得られない情報があるので、もしニュースとか見てなかったら、急につけた画面に建物が倒壊している映像とか津波の映像を見るとすごくトラウマになって、ショッキングな情報を
伝授されることがあるんですけど。情報がないと現実全体像が見えないんで、情報の届き方が遠かったりしますもんね。
2011年の東北東日本大震災のときは、九州の方はあんまり揺れてなかったかな。関西までは揺れてたっていうのは、後で聞いたニュースとかで聞いてて、
パッとテレビつけたら津波が、情報の伝達のっていうのがあったんで、知らないことで、知らないとこのまま生き続けていいのかっていうのも、普通の生活しているのと変わらないんですもんね。
だから外で起こっている状況と内で起こっている状況が、よく読み取れないというのもありますんで。
3時過ぎとかのニュースで気づいてたんじゃないかな、当時の。3.11のときはですね。ちょっとあんまりこの話はこの辺にしておきますが。
木の上の軍隊の映画の話としては、沖縄の植物や危険な生き物、地盤、そして一人一人の性格や表情など、悲壮感だけじゃない優しさと温かさもありました。
ネタバレにはならないと思いますけども、その生きていくために、知恵をあげなと上官が振り絞って木の上で暮らしていくっていうシーンも描かれていて、そこは平和な場面もあったんですけども。
そこは平和な場面だったんですけども。それも見れてほっこりするっていうね。ちょっとコメディアスな部分もあったりとか、映画フィクション、事実を元にしたフィクションということで描かれている部分もあったんですけども。
その悲しいだけの話ではなかったよということですね。
井上久志は戦争で日常を奪われた一人一人の物語を書きたいと言っていたそうで、それらの人のかけがえのない人生を書くことが自分が作家になった意味だと60歳にして初めてわかったと井上久志さんは言ったと。
よりたくさんの人たちのかけがえない人生の物語を紡ぎたかったのだろうと言ってましたが、戦争になって窮地に立たされて木の上で逃げるというか、木の上で身を潜めるということになって、
その中でも轟く軍用機、オスプレイか何なのかわからないですけども爆音が流れて、それに恐怖シーンさえ覚えるようなシーンがあったりして、
それは映画を見てても、あ、来たよって言うような、今の沖縄人を脅かすその凄まじい音も、本州に住んでいる私たちも現実へと引き戻し、これはいかんなというふうに。