00:08
ストーリーとしての思想哲学
思想染色がお送りします
今回は文学というものが何のために存在しているのかという話をしたいと思います
皆さんは文学って好きですか?
まあ好きっていう人もいるでしょうし、別にあんまりそんなに興味がないという方も聞いてらっしゃると思うんですけど
じゃあ文学って何でしょうか?
そう言われると多分ちょっと困りますよね
そもそも文学っていうのは芸術の一形態の一つです
これは辞書的には言語によって表現される芸術っていうことになってます
つまり芸術の一部であるわけですから
まあこれは人によって感じ方は様々ということにはなるんですけど
ただもうちょっとこれを定義しているような哲学者がいますので
その話をちょっと紹介していきたいと思います
フランスの哲学者にジョルジュ・バタイユっていう人がいましてですね
今の文学と悪っていう本があって、これ手元に見ながら喋ってるんですけど
その本の中では文学とは霊的交通であるっていうふうに言ってます
霊的って言っても別になんかスピリチュアルなこと言ってるわけじゃなくて
これはいわゆるイデアとかクオリアって呼ばれるようなもののことを言っているんだと思います
ちょっとわかりにくいと思いますので別の言い方をしていきますと
文学というのは言語で記述されているわけですけど
日常会話的な言語とは違うんですよ
日常会話っていうのは情報の交通が言語の中でなされるわけですけど
でも日常会話ではなかなか
こう霊的っていうのはつまり心になんかジーンとくるような
心に染み入るような
そんな言語情報の交通やり取りですね
っていうのは発生しません
このね心にジーンときて痺れるような感覚
これが霊的感覚というわけですけど
だからこれを逆説的に言うのであれば
何かしらの言語を介したやり取りで
それを受け取った人の何か心とか魂が震えたのであれば
03:04
それは文学といって差し支えないと思います
例えば自分の友達とか恋人とかとの会話で
何かすっごい感動するようなことがあったら
それはもうその人にとって詩
詩的なものであったわけだよね
詩的というのはポエトリーであったわけだから
これは逆説的に広い意味での文学に含まれるっていう風に
こういう風に言っちゃってもよろしいかと思います
ただ話を元に戻して
いわゆる文学っていうと
普通これは小説を連想するのではないかと思います
じゃあ小説を通じた霊的な交通とは何かっていうイシューで
これを次回話したいと思います