リノーベーションですもんね。リがREで農が農業の農でリノーベーション。
誰がお付けなられたんですか?
僕が考えたんですけども、リノベーションというと、例えば小民館なんかをリフォームして別の新しい価値を与える。
例えばカフェにしたりとか、民泊みたいにしたりですとか、いろんな使い方ありますけども。
リノベーションという言葉がありますけども、農業とか農地とか農村とかですね。
農というもののあり方を新たな価値をつけて、それによって地域を未来につなげていくということを目的にしてリノーベーションという言葉をつけました。
すごい素敵なプロジェクト名だなって毎回思って、ちょっと洒落っ気のあるというか。
今回ですね、本題に入る前に、何でこのテーマを番組で取り上げようと思ったかということを簡単にお話ししていければと思います。
塚本郷のことを知れば知るほど、例えばお米を食べる時にただおいしいだけじゃなくて、この一粒の背景には何があるんだろうって想像が広がる。
それだけで同じご飯が少し違って感じるんですよね。
今日は塚本郷という場所で、今何が起きているのかっていうこととか、なぜここが人が集まって関わり続ける場所になっていっているのかっていうのが、
安倍さんの今やってらっしゃることをちょっと一緒に掘り下げていきたいなと思っています。
塚本郷リノーベーションっていうものの言葉のところを少しお話しいただいたと思うんですけど、もう少し深掘りしてお話を聞いていきたいと思います。
まずリスナーの方の中には塚本郷、埼玉市にある塚本郷ってどんな場所っていう方が多いと思いますので、安倍さんにその塚本郷ってどんな地域なのかお聞かせいただいてもよろしいですか。
埼玉市の一番西の端っこにあります。埼玉市は西の端に荒川が流れています。
塚本郷と呼んでいる場所は、そこの荒川の堤防の川寄りの方、堤防の向こう側ですね、松からすると。
これを堤害地というふうに言うんですけども、そこのエリアにあります。
堤防の川寄りの方、堤害地はいろんな建物を建てたりとか、開発することは一切できないんですね。
そういうこともあって、広い田んぼですとか里山ですとか、そういったところが今も残っている、というか残されてしまった。
残されてしまったエリア。
荒川の河川地域のところには、他のエリアでもたくさん水田はあるんですけども、ここはですね、ここにしかない特徴がありまして、それはですね、昔ながらの田んぼが残っているんですね。
昔ながらの田んぼ。
はい、昔というとですね、この地域は実は1200年以上田んぼが続いてきているエリアなんですね。
1200年前というと。
奈良時代です。
奈良時代ですね。すごい。
奈良時代の上里以降というのが、博物調査で確認されてまして、少なくともその時代。
状況、証拠としては本当は古墳時代とか、もっと前からおそらく稲作はしてたと思うんですけども、博物館の友達とですね、相談して、何年前から言おうかなって思ったんですが、確実な証拠があるところを来た方がいいだろうということで、1200年田んぼというふうに。
それも記述として残っているっていうことなんですか?
いや、上里以降というのは、反伝収集法って歴史で。
その頃に明らかにあった田んぼの区割りですとか、そういったものが博物調査で見つかってまして、なのでこの地域の田んぼは1200年、少なくともやってきて、そこからずっと続いているっていうのが特徴ですね。
田んぼだけじゃなくて、元々は人が住んでたエリアになります。
家はですね、20年くらい前まで建ってたそうで。
今はじゃあ、家自体は建ってないエリアってことですね。
そうですね。町を守るために、堤防の川寄りの方は水が貯める場所になってますので、家があった頃もたびたび、何年かにいっぺん、家は水に浸かっちゃうというふうな。
浸水してしまって。
そうですね。
被害もすごくたくさんあったエリアなんですよね。
そうですね。そういうふうになったのは、大正から昭和にかけて堤防が作られて、そういうエリアになってしまったんですけども、それ以来、東京・埼玉エリアを守るために水に浸かる場所というふうになっています。
守ってるんですね。
そうですね。同時に河川区域内なので、いろんな建物を建てたりですとか、いろんな開発ができないんですね。
今あるものを守り続ける、もしくは何もしなければ腐敗していくというか、荒れ果てて広範囲地になっていくというエリアであるということですね。
そうですね。現状でも結構荒れてしまっている部分があって、里山というのはもともと人が手入れをすることで維持されてきた環境なんですけども、人が住まわなくなってしまったということ。
ありがとうございます。
私たちも塚本豪リノベーション、ノープロジェクトに法人の水田オーナーというか田んぼオーナーとして参加させていただいてますけれども、
元々安倍さんはこのエリアで活動しようと思ったっていうところ、さっきのお話と重なるところもあるかもしれないんですけど。
そうですね。僕自身が里山の保全再生をしたいって思ったのは高校生の頃で。
高校生から思ってらっしゃったんですか。
高校が埼玉県の反応市というところにあって、山の中にあったんですけれども、ちょうど当時バブルの真っ最中ですね。
バブルの頃はですね、埼玉県でいうと八甲線という超ローカルなJRの線があるんですが、そこの沿線がものすごくいろんな開発してたんですね。
山を削って谷を埋めて平らなところを作って、そこに住宅作ったりゴルフ場を作ったりというふうな大規模な開発があって、それは目の前で行われてたんですね。
学校をぐるっと囲んでゴルフ場を作られてまして、本当にこれでいいのかなと思ったのが、この道に入ったきっかけだったんですけども。
それは高校生の時に本当にこれでいいのかなって思われたってことですよね。
高校生の時に一つはゴルフ場の反対運動みたいなのをやって、反対しててもしょうがないなと思って町づくり。
そもそもそれを許容している町づくりってなんだろうって思って、じゃあ町づくりやらなくちゃと思って町づくり始めたりですとか。
あと当時ちょうど日本に話が入ってきたばかりだったんですけども、ビオトープって、あの言葉が載っている本は当時は一冊しかなかったんですけども。
学校を卒業する時に学校にビオトープを作ったりですとか。
そういう高校だったんですか、農業に関連する高校とかではなくて。
ではないです。
学校にビオトープ作られたんですか。
はい、今もう木が大きくなっちゃって、すごい草とした林のようになっちゃってますけど。
その頃から環境の保全というか、そういったところに興味を持っていたということですよね。
そうですね。
そこで塚本郷にまたつながっていくというか。
私も住んでいるのが塚本郷は埼玉市の桜区というところですけども、私はすぐ隣の西区というところにもともと住んでいたんですね。
塚本郷の存在自体は2008年か9年かそれぐらいに知ったんですけども、人が入っていいところと思わなかったんですね。
当時。
はい。道路の入り口が破るみたいになってて、ここ入っていいのかなと思って入ってなかったんですけど、入ってみたらすごい素敵な場所で。
その後に地域の農家さんに関わる機会があって、それ以来ちょっとチャンスをかかっていたというかですね。
いつか何かできればいいなと思ってたんですけども、地域の農家の方がすごい高齢化して、かなりやばいような話を知り合いの農家さんからも伺って、
じゃあちょっと推し入れて始めようと思って。
ただの保全活動とかだとやる側も疲れちゃうと思うんですね。
確かに。
僕もずっといろんな市民活動とかで環境保全の活動もやってきてるんですけども、
例えばNPOっていうのができても、法律はできて20数年経ちますけども、その頃初期の頃に立ち上げたNPOどこもですね、やっぱり世代交代とかに苦労してるところが多いんですね。
やっぱり思いだけで続けるとかっていうのだと、誰かに負担が偏ってしまったりとかしてしまう。
なので今回ここで始めるにあたっては、それを仕組み化しないといけないというふうに思ったんですね。
未来に続ける仕組みを作るまでを、そんなことも僕は動けなくなるまでにやりたい。
そういう土壌をですね、作りたいと思って始めたというところになります。
いやでもそうですよね。あそこのなんか本当私もお伺いして、すごいあそこに入った瞬間気持ちいい空気が流れているというか。
そうですね。
息吸えるみたいな、なんでしょう別に息は吸えてるんですけど、そういうなんかちょっと神聖な場というか、すごく気持ちいい場所に入ってきたっていうのはすごい感じていたので。
多分あのインスタの写真とかだけを見ると埼玉市内とはとても思えないようなですね。
本当に。
風景が広がっているので。
だって1時間弱でおそらくバスで行けたのかなと思うんですね。
そうですね。お台場からあとそれぐらいだと思います。新宿とかからだったら30分ぐらいで来れちゃうので。
そうですよね。そんな近くに里山っていうのがまず存在しているんだっていうのもびっくりしましたし、
ちょっとあの私たちがなんでこの塚本郷と関わり始めたのかと、本当は安倍さんがきっかけではあるんですけど、スパイスファクトリーの、当時私もスパイスファクトリーにいましたけれども、
その当時に埼玉市の産業創造財団さんの企画のプロジェクトでお会いして、こういうプロジェクトを運営されるんだったら私たちも何かやりたいなっていうふうに、もともと田んぼのオーナーになりたいなっていう思いがあって、
田んぼと関わる機会というか、自然と関わる機会というのを作りたいなっていうのと、作ったものをおいしくみんなで食べれたら、
本当に幸せだろうなっていうところからちょっといろんな田んぼの、それこそ安倍さんにお話し聞いてからもいろんな田んぼオーナーになりたいなっていうふうに思いました。
田んぼのオーナーになりたいなっていうところからちょっといろんな田んぼの、それこそ安倍さんにお話し聞いてからもいろんな田んぼのオーナーになりたいなというふうに思いました。
じゃあぜひやらせてくださいっていうところでやらせていただいたんですけど、やっぱりDXを支援している会社なので、なんで田んぼなのっていうところもそうだと思うんですけど、私たちがいろいろCSR活動とかその他のこともやっていく中で、どうしても手が回らないというか、事業としてもなかなか手がつけられないのが生物多様性を保全するところっていうのが、
なんとも私たちの力では、DX化することとかで別にご支援することもできなかったりするので、何かCSR活動等々でできることないかなっていうふうには探していたのと、やっぱり普通の水田だと逆に環境に悪くなったりだとかっていうこともあったりするので、しっかり里山とかそういったところで作れたらいいなっていうのがちょうどもう相性がバチッとあって、じゃあやらせてくださいってなって、去年ですね。
地域支援とかそういった枠組みの中でさせていただいて、田植えとか稲刈りとか脱穀とか、本当に人数足らないとかってご迷惑をおかけしたなと思ってるんですけど、ああいう体験が小学生ぶりだっていう人もいたり、初めてだっていう方もいたり。
皆さん本当に動心に帰ってというか、別に上下とか横とかの関係なく、触手全然関係なく楽しんでいただけたので、自然の力ってすごいなって改めて思っていたんですけど、なんか我々以外の法人のオーナーさんとかってどういうふうにこの塚本郷のエリアを楽しんでいらっしゃるというか、捕まっていらっしゃるというか。
そうですね。会社としては今のところもう1社がっつり関わっている会社さんがいまして、そちらの会社は消防設備の会社さんなんですけども、なので皆さん現場作業が多かったりする方は、ビル建てるときの消防設備とかがメインの会社さんです。
じゃあ、もともとちゃんと屈強なというか、我々みたいに貧弱な人たちがいたので。
でもそういう中でも、やっぱり現場対応力とかおそらく必要だと思うんですね。
田んぼに来られて稲作っていうのをやる中で、周りを見て必要なことは何だろうとか、あるいはいろんな足りない道具ですとか、こうこうしたいというときにどう動くのかとか、そういったところをですね、若い世代につないでいくところのいろんなトライノバのような、そこまで明確にストーリー立ててはいないかもしれないですけども、
そういうような位置づけで、社長さんとお話しする中でも期待されている部分のようで、なので初年度は新入社員さんが中心ではあったんですけども、去年は関係している他の会社さん、取引先ですとか、そういった方もたくさん来られて、
皆さんと一緒に横のつながりを作る機会にもなりますし、やられているというところですね。
なんかすごい勉強になります。うちもやっぱりチームアップとかで、こういう自然と関わることというか田植えをするもそうですし、稲刈りをするって工程作業がたくさんあるじゃないですか。
作業外の小さな作業というか、こともやっぱりたくさんあって、それってなんか名もなき家事じゃないですけど、そういうことって私たちもDX支援の中でものづくりをしていたりするので、
その中で私たちもいろんな工程を経てものがインターネット上で作られていくわけですけど、全く同じようなことというか、こう誰かがサポートしてくれてたからスムーズに進んだみたいなのとか、
それってなんか体感で感じられるっていうのが、去年実際に体験してみて一番そこをすごく実感したところなので、他の会社さんもそういうふうに活用されてるんだっていうのはちょっと、なるほどなって思います。
はい。梨央さんに改めてお声掛けするまでの間ですね、なんで時間かかっちゃったかというと。
まだかなと思ってました。
そこはですね、まず地域の農家さんとの関係性ですとか、信頼ですとか、そういったのをまず作るっていうこと。
あと僕自身田んぼをやったことはあったんですけども、それはすごい小さい探検用の田んぼみたいなところの上ばかりだったんですね。
なのでリアルな田んぼっていうのは初めてだったっていうこともあって。
このリノーベーションプロジェクトで塚本湖全体を全部僕らだけでやるつもりは全くなくて、例えばキャンプ場やりたいとか、いろんな取り組みがし得ると思うんですね。
いろんな魅力がありますので。
そうですよね、景色から含めてね。
なのでそういうその会計というか土台というかを地域の中で作っていくというところに付信していたというところもあって、それでちょっと時間がかかったというところになります。
素晴らしいなと思います。
一番そこが大変なんだろうなっていうのを最初にお伺いしてても、やっぱり今既存にいらっしゃる方とどういうふうにその関係性を構築して、これを目指している方向性とかは一緒だと思うけれども、それを伝えるまでって途中から来た人みたいな感じになるわけじゃないですか。
そうですね。
多分農業を新規収納した方なんかはまずそれをおっしゃる方はほとんどだと思いますので。
よく聞いたりもしますもんね。
でもですね、ちょこっと必殺技は若干その前に見つけたっていうのもありまして。
必殺技。
農家さんの中にスッと入る必殺技が見つけたんですよ。
つかまとうごの。
どこでも多分共通して。
面白い。
そのキーワードはですね、草刈りなんです。
草刈りをやってもらって何しやがんだとかいう人っていうのは農家の中には多分ほぼほぼいないんですね。
確かに。大変な作業ですもんね。
草刈りはやっぱりやらないとですね、すぐに田んぼも畑も荒れてしまうので。
特に田んぼの場合は共有の場所として、あぜですとか水路ですとかあるので、そういったところは共同作業できれいにしなくちゃいけないんですね。
そこどこも人手が足りないわけですね。
例えば銃作業をやらなくちゃいけない場所があったとしても、みなさん恒例で集まってやったとしても、3とか4しかできないわけですね。
もう暑くなってきたしやめよう。
ってなっちゃうわけですけども、そこにですね、私たちとか若い人が入ってきてやると銃終わっちゃうわけですね。
そうですよね。
そうすると入りやすいっていうのはありますね。
徐々に心を開いてくるというか。
今までも塚本湖は実はですね、野鳥観察のすごい有名な場所で、その界隈ではですね、大久保農耕地。
大久保農耕地。
って呼ばれていて、すごい珍しい鳥が時々来るとかいうので有名な場所だったんですけども、ただその人たちを批判するわけじゃないんですけども。
やっぱりその農家の人が外野からそこ大事だから守れとか、農薬使うなとか言ってもしょうがないわけです。
そうですよね。
多分ちょっと気を利かせてかかわる人でもお米買うぐらいで止まっちゃうわけですね。
根本的な解決には何もつながらないというところでいたところが多かったので、
そこをもうちょっと一歩踏み込んで、実際に自分たちの手をかけて、責任を持って取り組むっていうところを、姿勢を見ていただく。
生き物なんかどうでもいいよっていうふうに言ってる農家さんもいますけども、でもそういうふうにして取り組む中で、
田んぼを残したいというところでは共通の思い。
僕らとしては生物多様性ですとか、そういったのを大事にしたいという思いがあるけども、
農家さん側はもともとあそこまではそれは、会った方がいいかもしれないけどもちょっと邪魔だからそれは置いといてみたいな感じだったのを、
やっぱり何年か続ける中で少しずつ理解は広がりつつあるのかなというふうには感じているところですね。
すごい私のバックグラウンドというかパブリックリレーションズになるんですけど、結局困っているところとかが一番手を差し伸べてほしいところだと思うので、
結局パブリックリレーションズっていうのも関係性の構築だったりするので、
誰と関係性を構築していきたいかで、その人たちが何を考えてどういうことを考えて日々過ごしているのかに対して、
課題があればそれの解決策というか、一緒に何かするということもそうですけど、それが何か一番大切なことなんだなっていうのをちょっと全然違う文脈でパブリックリレーションズを感じてしまいました。
ちょっと最後に、これからの塚本豪というか、それこそ私たちみたいな法人のオーナーみたいなのがこれから参画する予知とかっていうのがあるのかどうかとか、
これからどんなふうに塚本豪を作っていくというか、次世代に引き継いでいくというふうに考えているのかっていう、ちょっと未来のお話をさせていただければと思うんですけど、
今、塚本豪をこれからどうしていこうかっていうふうに思っていらっしゃいますか。
そうですね。先ほどお話ししたように、仕組みを作っていかなくちゃいけないと思っています。
現状において、とても貴重な環境が残されていて、ただそれは地域の農家さんにある意味追わせてしまっていたっていう部分があると思います。
その部分をもうちょっとみんなで担うことができるんじゃないかなっていうのが大きいイメージになります。
みんなっていうのはどの?
例えば、ここの場所の強みっていうのを考えたときに、やっぱり埼玉市にあるっていうこと、あと都心からも近いっていうことが強みだと思うんですね。
そうすると埼玉市でも130万人いますし、都心からも近いですので、人がたくさんいるっていうのは大きな強みで、そういったたくさんの人が関わり得るっていうこと。
じゃあどういうふうに関わるかっていうところだと思うんですね。
まず田んぼ、現状においては経済的にはペイしてない状態なんです。
で、それは従前型のいわゆる皆さんイメージされるようなお米作って、税に出して販売するっていうのが地域の唯一の収入源だったわけですね。
なのでこれをまず変えるのの一つとして、一般向けの体験、田んぼ里山体験っていうのをやっています。
これはずっと続けていく予定なんですけども。
でも誰でも参加できる?
はい、誰でも参加できます。
ちょっと毎年ですね、募集の方法とかやり方はちょっと手探りでですね、いろいろ変えながらやっているので、今年もちょっと去年とは違う形にする可能性があるんですけども。
でもスポット参加もできるし、年間続いても参加ができるし、という形にはしようと思っています。
その工程としては田植えをする、稲刈りもする?
そうですね。できれば種巻きから。稲刈りしてもまだご飯はそれでは食べれない。餃子もね。去年作業を一緒にしていただきました。
稲刈りした後に干して、それをちゃんと適切なタイミングで脱穀して、もみすりしてようやく玄米ができますので。
大変でした。
そういった、ちゃんと全部をですね、おいしいとこどりじゃなくて、体験できるようなこと。
というので、初めてお米育てるということ、引いた農業自体の本質に少しでも触れられるような機会を増やしていければと思っています。
それはある意味、ものづくりからことづくりに転換するということなんですけれども、ことづくりだけで80ヘクタール全部を叶うのは難しいと思うんですね。
なので、ある程度の面積を担ってやるにはどうしたらいいだろうというふうに考えたときに、一昨年思いついたのが、今はですね、
例えば田んぼをやる人どんどん亡霊化して、一抜け二抜けという感じになっています。
例えば誰かが倒れちゃったとなると、俺じゃあここの田んぼをやっとくから、お前そっちやって。みたいな感じで、結果的に集約されて現状なんですね。
昔はもっとたくさんいたわけです。
たくさんの農家さんが。
農家さんがいらしたわけですね。
その集約はもう限界に来ているので、どうしようと思ったときに、逆だと思ったんですね。
逆に集約するんじゃなくて、みんなで寄ってたかってやる。
担い手を増やすのが一番。
都市なので、今うちのメンバーでも、埼玉新都市とか武蔵浦とかいう超高層マンションが建っているところから住んでて通っているメンバーもいるんですね。
そういうような田んぼのやり方もあるんじゃないか。
逆にちっちゃく田んぼを分けて、みんなで寄ってたかって田んぼをやっていく、令和の古作田んぼにしちゃおうと。
令和の古作田んぼ。
昔の地主がいて古作じゃなくて、単純にちっちゃい田んぼを寄ってたかってみんなでやっていくっていう意味なんですけど。
だからうちの家族分のお米はうちで自分で作りたいっていうふうな思いでもいいし。
新規収納した方もですね、皆さん畑ばっかりなんですね。
確かに畑しか聞かないですよね。
それはですね、田んぼをやりたくないんじゃなくて、田んぼはできないんです。
それはですね、畑と違って田んぼは水の問題と、あと味を経てて隣の田んぼもあるので、隣とか周りの関係性っていうのがある。
あと水の問題もありますし。
あと機械もたくさん買わなくちゃいけない。
確かに。工程がやっぱり多いですもんね。
取って終わりっていうか取っても出荷できますじゃないですかね。
なので皆さん諦めてるんですけども、そういった方も戸作田んぼ構想の中で担い手になり得ると思います。
いろんなタイプの担い手があると思うんですね。
そういう中で会社さんにも企業さんにもCSRとか社員教育とか、あるいは社員さん向けの福利構成とかですね。
いろんな扱い方が多分あると思うんですが。
それが消費型のただやっておしまいじゃなくて、ちゃんと地域残すことにつながっていくっていうところで、
価値を共感していただければいいなというふうに思っているところです。