00:00
♪~
はい、アートテラートニーのそろそろビュースの話を
この番組は私アートテラートニーがアートに関わる方をゲストにお迎えして
トークを繰り広げるポッドキャスト番組です
今回は前回に引き続き
万事彫刻庭園美術館副館長岡野孝子さんをゲストにトークをしていきたいと思います
♪~
はい、ということでよろしくお願いします
前半の時に元カノと行った展覧会が何かって話しちゃったんで
調べました、休憩中に
開館10周年記念庭を巡ればという展覧会に行っておりまして
今ブログを読み返してるんですけども
当時の草間弥生さんとか
奈良吉園さんとか
この時も結構いろんな現代
19組の現代アーティストと万事彫刻庭園美術館がコラボした美術展と書いてあります
僕が言うのもなんですけど
文句なしの三つ星ですと言って
めちゃくちゃ褒めております
よかったです
これで一つ星とかついてたら
もうお母ちゃん見えなかったですけど
ちゃんと三つ星を
10年前に出していただいたんですね
そうですね
ありがとうございます
いやーあの頃から付き合ってたのはなんて
いろんなことも思い返しながら
やっぱ美術館ではそういう思い出が
そうですね
大事ですね
そういう美術館に行く思い出
はいということで
後半もいろいろとお話していきたいなと思うんですが
いろんなゲストの方に
いつも聞いてる質問なんですけども
いつから美術に興味を持っていましたか?
ただでもおじいさまは美術館を開いてるわけですからね
そうですね
美肥美術館には子供の時から連れてかれていて
でもなんでそこに行ってるかっていうのは
あまりうちの両親がそういうことを説明しなかったので
でもただ怖い絵があるところに
毎年夏に行かなきゃいけないっていうのが
嫌ですね
すごい気が重くて
確かに
どちらかと言えばちょっと怖い絵が多いですね
子供ってやっぱりピエロの絵とか怖いじゃないですか
あのピエロも可愛らしいピエロというよりも
ジョーカーみたいなピエロですからね
美肥が描くと
美肥はもうカクカクしてるというか
もう鋭利な感じで描くじゃないですか
ベルナール美肥っていうサインも
めちゃくちゃなんかカクカクしてて
怖いですよね確かに
子供ながらに見たら
じゃあ嫌いになっちゃった
いや特に美術が好きというより
どっちかというと運動とかの方が好きだったので
外でいつも遊んでるような
でも家にはなかったんですか?
家にも少しあって
まあ怖いなっていう
家にもプライベート美肥があったんですか?
美肥だけじゃないんですけど
後から考えたらあれはあの作家だったんだな
というのはありますけれども
03:02
あんまりそういうのは思わなかった
大学で興味を持ち始めたんですね
それは友人が仲のいい友達が美術を勉強していて
一緒に美術館に行ったりしていたので
何学部だったんですか?
アメリカの大学だった
フランスにあるアメリカの大学です
どういうことですか?
フランスの大学ではないんじゃないですか?
フランスにあるアメリカンスクール?
そうですね
パリにあるアメリカンユニバーシティオブカリス
っていう大学に
美術士の学部があって
そこはアメリカからいい先生が来ていて
実物の前でルーブルとかオルセイとか行って
授業を受けられるっていうのがあったんですよ
最初は別のことを専攻しようかなと思ったんですけど
やっぱりそれに勝るものはないと思って
美術をそこから
どうしてその学校を選んだんですか?
高校の半ばから
小学校から大学まで一貫の
カソリックの女子校に行ってたんですよ
東京って
そこはすごい
今思えばいい学校だったなと思うんですけど
やばいすごい厳しかったのと
自分が割と活発な学校だったんで
高校1年に上がった時に
もう進路を決めなきゃいけなかったんですよね
でも大学に行くのは嫌だなって思った
本体につかれても行けるけど
そうですね
その夏にサマースクールみたいな感じで
海外に行かせてもらったんですよね
その時にいろんな国の人たち
一人の人が何カ国語も
ヨーロッパだったんですけど
喋っていて
こういう環境で勉強したいなと思って
行かせてもらったんです
高校1年の半ばで日本の学校を辞めて
もう留学?
フランスですか?
スイスだったんですけど
ワールドファイドですね
でもフランス語を学びたいっていうのがあったので
ただいきなりフランス語で授業をするっていうのは
もうちょっと現実的ではなかったので
イギリスの寮なんですよ
シズニアの女子校だったんですけど
それでそこに入って
大学も英語の方が早く卒業できるっていうのもあったので
行くんだったらアメリカの大学に行きたいなと思って
そういう流れなんですね
美術に目覚めて
そのまま美術の仕事をつこうみたいな感じになったんですか?
いや、日本に帰ってきて
06:00
中途半端な時期に帰ってくるって日本じゃない
日本の大学じゃないので
秋に帰ってきて
97年だったと思うんですけど
95年に祖父が亡くなってるんですね
誰もそこにいないので
入んなさいみたいな感じになって
入って
祖父は本当にビュフェが好きで
ずっとビュフェのコレクションをして
展示も自分が関わっていたというような
変わった人だったので
ビュフェが好きな人だけが来ればいいと
なるほど
企画展はやってはいけない
広報はやってはいけないっていう美術館だったんですよ
だから私が行っても
事務所とかシーンとしてるんですよ
この人たちで見る
何人くらいいたんですか?職員さん
学芸員さんはその時2名
企画展をやらなくていいってことは何をしてるんですか?
もちろん作品の常設展示とか
管理とか保存
研究はもちろんしていましたので
俺でも多分当時10周年でバンジーさん行ったんですけど
僕は多分メインはビュフェで行った気がする
そうですか?
その時ビュフェがすごい好きで
旅行行ったけど
その時も確かにそんなにお客さんいなかった気はする
そう言われれば
でもここ最近リニューアルされて
40周年の時に大規模なリニューアルをしまして
なんか活気が戻った感じがする
そうですね
本当にバンジーができて
両方でお客さんが増えたっていう
記憶にあるのは昔
旧ビュフェ美術館時代最後の展示室かな?
異常に長いスロープなかったですか?
ありました
なんでこんなにスロープ
なくなりました
あれはいらないなと思ったら
やっぱりリニューアルされてなくなってたんですけど
あれがあると企画展ができないんですね
もちろん祖父の代では
企画展もやらなくていいという方針だったので
でも入った時は
そういうことだって
おじいさんも館長になったわけですよね
館長のお孫さんとして入った時には
もう館長で入ったんですか?
いいえ
そういうことではなく
普通に入ったんですけど
でもみんなあまり関わりたくない
それはそうです
孫ですもんね
でもすごく美術には興味があったし
ビュフェも興味があったので
こう過ごしていく中で
わりと子供がたくさん来てるなという印象はあったんですよ
自分は子供の時は怖がってたけど
09:01
美術館の外に彫刻とかありますけど
今は幼稚園の団体が見に来てたりとか
虫の彫刻とか
ありますね
長泉町という町が子供が多い町なんですね
今も首相率が上がってて
日本初の女性の教育長さんという方がいらして
その方が中学生まで医療費無料というのを
一番最初に取り組んだ方で
県外からも視察が来るぐらい
今も学校が増えている
長泉町という町にある唯一の美術館だったんですよ
うちが
でも何もそういう教育活動とかもしていなかったので
ちょっと色々調べていったら
そういうことを学べる場所が日本にはないと
(笑)
なので子供の城とか
区立の美術館は割と教育普及をやり始めていた時期だったので
そういうところに話を聞きに行ったりして
博物館教育という分野を学びたいと思って
アメリカに私は行って
ちなみに日本の美術館の大学だったら
日本で学園資格を取るじゃないですか
海外で取る?
海外はないです
日本に来てまた学園資格を取らなければいけない
学園と言うためには
そうですね
そういうものなんですね
ちなみにフランスのアメリカ大学時代は
何を専門で卒業したんですか?
美術士になる
卒業はクールベイの画家のアトリエという
あれを選んですごい後悔したんです
複雑すぎて
巨大な絵ですよね
あれを選んだんですか?
そうなんです
でも実はビュフェもクールベイに影響を受けていて
後から知ったんですけど
役には立ったんですか?
そうですね
アメリカの大学に行って
それは何を学ぶために?
美術教育ですか?
博物館教育という分野で
ミュージアムエデュケーションというんですけれども
それを学べる大学というのが
ニューヨークのバンクストリートカレッジオブエデュケーションというところか
ワシントンDCのスミソニアの博物館がたくさんある場所にある大学か
もしくはレスター大学というイギリスの大学というのを
アメリカはイギリスしかない
聞いていたので
知り合いが何人かの方から
バンクストリートがいいよというふうに
勧められていたんですね
当時日本ではそういうのを教えてくれるところはなかった?
なかったです
だから学芸員をしていた方とか
その分野に興味がある方が
本を書かれたりとか
海外に視察に行って
私が読んだ本では
12:01
大月博子さんというね
最初は板橋区立美術館で学芸をやっていた方だと思うんですけども
世界中の子ども博物館とか
美術館で教育をやっているところを取材に行って
一冊の本にまとめたものとか
今は結構増えてきたじゃないですか
子どもに教えるというのは
この流れっていつぐらいから日本にも導入された感じになるんですか?
でももう割と80年代ぐらいからやっていたところはあると思うんですけど
それを専門的に科目として学べるっていうのはなかったんですよね
実はここ最近の話なんですね
そうですね
私のニューヨークで行っていた大学院の同級生だった方が
放送大学で博物館教育論という教科書を出しているんですけども
うちも載せていただいているんですけど
それを読めば留学しなくていいです
今は?
はい
いい時代ですよ
素晴らしい教科書を大高美由紀さんという方が出しているんです
ちなみに副官者その時はどれくらいの期間学ばれていたんですか?
私は3年間行って2つ大学院に行ったんですよ
最初は博物館教育を学んで
次は美術教育をやりたいと思ったので
その後コロンビア大学のティーチャスカレッジというところに
本当に近いところにある大学院なんですけど
その2つの大学院に行きました
そこの2つ目の大学院に入ってすぐ911があったんですよ
その年なの?
1年間休学して万寿の立ち上げに帰ったので
また戻って卒業した
忙しいですね
でも今は放送大学でそれができちゃう
そうですね
今はやっぱり行かなくてもいい時代になりました
興味がある方はぜひ放送大学の博物館教育論を読んでいただきたいなと思います
これざっくり博物館教育論は子供への教育という原点ではないんですか?
じゃないんですね
博物館での学びと学校の学びってどこが違うと思いますか?
おー
博物館の学びって基本的には自発的に
学校の場合は先生が授業のカリグラムがあるから
それを聞くしかないじゃないですか
何を使ってます?
え?博物館?
学校で
教科書ですよね?
そうなんです
博物館は教科書は当然ないんですもんね
やっぱり博物館には作品とか資料がありますよね
学校は教科書で
教科書というのは誰か第三者の視点
15:00
第三者が書いた歴史だったり編集している
誰かの視点から編集されたものじゃないですか
私もアメリカに行って初めてわかったのが
なぜそんなに博物館教育というのがアメリカで重要視されているかというと
本当にいろんな文化背景を持った人たちが一緒に学び
暮らしていかなきゃいけない社会なんですよね
だから歴史は一つじゃないので
教科書だけで教えるわけにはいかず
それぞれの経験を持って作品と対話することで
意味を見出していく
だからうまくいけばより深い学びができるけども
うまく誘導されなかったら
何もしないままになってしまうということもあるかもしれないですけど
そういう博物館での学び
これはちなみに博物館教育を学んだ方が
日本だとボランティアガイドさん的な人がギャラリートークをやっているんですか
アメリカだと博物館教育を学んだプロフェッショナルになる人が教えてあげるんですか
博物館に来たお客さんに対してガイドしてあげる
そうですね
でもボランティアの方ももちろんアメリカも
ボランティアをトレーニングするっていうような
東京都美術館の扉みたいな
そうですね
日本もそういうシステムをすごくトレーニングして
すごく丁寧にやってらっしゃると思います
でも向こうのガイド的なのは盛んなんですか日本より
そうですね
学校と美術館とか博物館の連携っていうのがより多く
そうか
だから一般の人がパッと行って
2時からやりますよとかじゃなくて
どっちかというと
スクールを受け入れて
博物館教育の学んだプロフェッショナルが
子供たちに教えてあげるみたいな感じが多いってことですか
そうですね あとは学校の先生になる人も
その博物館教育を学んでいるっていう
博物館で子供たちに気づきを与える
なので私は美術館でも
自習をするんですよね大学院で
でも学校でも自習しないといけないんですよ
そうなんですね
だから博物館を利用するような学校に行って
学校ではどういう視点で博物館美術館を利用しているかっていうのを
経験するっていう
へー
これはちなみに
今その博物館教育を学んだことによって
そのフィードバックはどういう感じで
ちなみに今バンジーさんとされているんですか
うちはそうですね
最初ビュフェで子供美術館を作ったんですよね
それはどういうものですか
それは行かれてないですか
子供美術館
18:00
ビュフェの中にあるんですか
今度行ってみてください
そういうコーナーがある
99年ワンフロアを
見てると思うんですけど
ビュフェ美術館まで行ってるから絶対見てはいると思うけど
そういうワンフロアがあるんだ
そうなんです
やっぱり長泉町という街が子供が多い街で
子供美術館っていうのは
幼児から小学校低学年を対象にしている
ちょっと奥張った部屋みたいなのがあって
企画展示室はまた別で
子供向けに展覧会みたいなのをやってるところですよね
作品もちょっと低めに展示してあるスペース
白い壁だったような印象
そうですね
割とカラフルな部屋だと思うんですけど
楽しめる場所だった
帰って来られてからそういう場所を作ったんですか?
行く前に作ったんです
それはなぜ作ったかというと
99年に子供美術館を作ったんですけど
2002年に教育改革があったんですよね
日本で
いわゆるゆとり教育
そうです
体験型学習をもっと
地域の博物館美術館を利用して
やってくださいという動きが出てきたので
当時の文部科学省が
移植事業として
そういう施設に行きましょう
申し込めば
移植事業をさせてもらえるというのがあって
その事業の一環として
子供美術館を作ったんです
その子供美術館というのは
アメリカにあるシェルドレンズミュージアムを
参考にして作ったんですね
アメリカのシェルドレンズミュージアムは
いろんな美術館にあるものなんですけど
シェルドレンズミュージアムというものがあるんですか?
シェルドレンズミュージアムというものがあって
子供が楽しみに行くのですか?
子供たちが
自分の身の回りの世界を理解するのを
体験を通して
だから展示物に触れて学べる
どういうものが展示されているんですか?
シェルドレンズミュージアム
日本でいうアンパンマンミュージアムみたいなことじゃないですよ
子供が行く美術館といえば日本ではそうですけど
その地域の文化とか
課題をわりと扱っていて
一箇所じゃないですか?
いろんな地域にあるんですか?
ニューヨークだと
ニューヨークのブルックリン・シェルドレンズミュージアムというのが
100年以上の歴史があって
やっぱりニューヨークなんで
本当にいろんな文化背景
人種の人たちがいる中で
いろんな宗教とか文化を学べるような
展示が体験できるっていうような
それはちなみに大人も行っていいんですか?
大人も行けますね
21:01
ただ男性一人とかで行くと
ちょっと怪しいと思われるかも
そうですね
このご時世もあるし
でもあれですよね
日本でいうと子供の時に公害学習とか行って
自分の地元の市のものって言っても
結局やっぱり大人向けに作られた
資料館みたいなところに
連れて行かれる感じじゃないですか?
アメリカだとそうじゃなくて
もう住み分けができてるんですね
子供用は子供用の
そうですね
子供博物館も昔は
触ることはできなかったみたいなんです
展示物に
でもボストンの子供博物館の総本山と言われている
ボストンチルドレンズミュージアムというのがあるんですね
そこの当時の館長さんで
マイケル・スポックさんという方が
ご時世が難読症という
ちょっと本読めない
文字が入って
そういう問題を抱えていた時期に
特別な学校に
特別支援学校みたいなところに行っていて
そこでやっぱり例えば川に行って
自然の中のリバーに行って
リバーを体験を通してもらうということを
そういう手法で教育を受けてきた方だったんですね
文字じゃなくて実体験として
その方が館長になった時に
展示物に触れないのはおかしいじゃないかと思って
触れるようにしたんですよね
それが始まりだと私は聞いているんですけれども
でもそういうものがアメリカにあるとなって
子供美術館を作ろうとなった時に
どういうものが子供向けと思って作ったのか
その展示物を低くするとか
さすがに美術館だから触っていいですよ
というわけにはいかないと思うんですけど
そうですね
意識というか心掛けの部分って
例えばどういうところにあるんですか
ギャラリートーク
例えば通常作品が展示したギャラリーだと
ギャラリートークとかを通して
でも必ずしも子供が言語を通して
自分の考えを述べるということが
得意じゃない子も多いわけじゃないですか
あまり発言したくないとか
美術館に来て怖いと思う子もいるだろうし
で、子供たちが楽しみと感じられるような
空間を作って
例えばビュフェのピエロの衣装を着て
そのピエロになりきることができる
実際にその額縁は
ビュフェの本物の絵が入っていた額縁で
使っていないものを展示して
その中に
もちろんちゃんとガイドしてあげないと
ただ子供の衣装を着て遊んでいるんですけど
とにかく美術館が楽しいっていう
自分たちの居場所があるということを
まず幼少期から感じてもらって
24:01
いずれはギャラリーで
きちっとギャラリー
作品と向き合うということをしてもらえれば
というのもあって
最初は本当に試行錯誤で
これはあまり必要なければ
途中で辞めるということもできたと思うんですけど
やっぱりすごいニーズがあったんですよね
で、ワークショップのエリアも作って
毎週末そこでワークショップをやるとか
やっぱりそのワークショップの教室とかを作っちゃうと
学校と変わらないじゃないですか
家庭や学校ではない空間で
そのビュフェの作品だけじゃなくて
現代作家の作品も展示してるんですね
ちょっと小さな映像作品だったりとか
杉戸さんの絵画とか
そういうものを自然と目にして
自分の中に取り込んでほしいなっていうのがあって
やっぱり日本ってどうしても
ただ遊んでるだけじゃないですかとか言われたんですよ
遊びが悪いというような
でも実は遊んでる時が一番子供って集中力をしていて
いろんなものを取り込んでるんですね
自分の中に
そういう学びの方法
でもわかります
チリの時間に日本の剣を覚えるよりも
桃太郎伝説やってる方の方がより覚えますね
だから遊んでる時の方が多分入ってくるんだと思うんですよね
そうか
でも子供たちは
副官庁が小さい時は
バンジーが怖かったわけじゃないですか
その時はバンジーのビュフェでした
ビュフェは怖かったわけじゃないですか
今子供たちがビュフェの絵を見て
怖いってなっちゃう子もいるんですか
いますね
進撃の巨人だとか
そうかそうか
それでもその子の経験を通して
意味を見出しているので
今も20年以上子供美術館やってるんですけど
お母さんになった人が子供を連れてきてくれてるんですね
やっぱり子供美術館があることで
普段は美術館に行かないような方が来てくださって
お母さんもあんまり美術館とか行かないのよ
でも子供美術館があるから来たっていう
一時期子供美術館だけ入れるようにしてくださいとか
そういうこともあるんですか
本物の作品を見てもらうために
場所があるので
宅地上ではないので
子供を置いていっちゃう人とか最初の頃いたんですけど
それをお母さんに呼び戻して
一緒に美術館での時間を楽しんでもらいたいということで
そういう方は最近はいらっしゃらないですけど
一つのきっかけというか
美術館の間口を広げるためのツールなんですよね
ワークシートを作ったりするのと一緒で
27:03
ちなみに万寿直天美術館でも子供に対して何かもしてるんですか
やってますね
渡川が中心になって
彼女も教育を専門的に勉強してきたので
自然と触れ合うということが一つの大事なテーマになっているので
センス・オブ・ワンダーとかをテーマにやってますね
子供とかで行った方がいいですよね
そうですね
自然にあまり構えず
当たり前でご用意して来ていただきたいなって
万寿の場合はすごく開放的になれるので
子供美術館のような場所がなくても
そうですよね確かに
子供だとやっぱり触っちゃうから
生かせないみたいな親も多いじゃないですか
万寿の場合は前半でも言ったけど
外の作品を触ってもいいし
走り回っても大丈夫って言うと
結構お子さんが来られてるなって思います?
多いですね
子供無料ですし
本当に来てもらいたいなっていうのもありますね
話が戻るかもしれないですが
万寿彫刻亭美術館で働くようになった時の関係は?
今のところビューフェで終わっちゃってる
2001年にはもうだから万寿と
2003年に帰ってきて
ニューヨークで卒業して帰ってきて
万寿が2002年に開館してたので
その時から副館長として
そうなんですね
長いですねって言ったらあれですけど
もう25年近く
そういうことなんですね
色んなことをやりすぎて
自分は何をやる人なのかわからなくなってるんですけど
副館長自らっていうのがやっぱすごいですよね
いやいや
でも比較的若い
今はそんなことないですけど
やりにくいなっていうのがありましたけどね
今もイベントも考えたりとかもしてるってことですよね
そうです
でも今は本当に学芸員さんたちが主体になって
やっていただいているので
私は影から見てますから
今は収録5月ですけども
副館長は6月からイタリアに行かれるっていう
イタリアは何しに行かれるんですか?
そうなんです
今はドキュメンタリー映画を撮っていて
イタリアにある国立オメロ触覚美術館という美術館があるんです
触るのですか?
触る
先ほどお話しした触察を行っている美術館なんですけれども
30:04
私がそこを知ったきっかけというのが
そこの美術館というのは
1993年にアルド・グラシーニさんという方と
奥様のダニエラさんが立ち上げた美術館なんですね
それはなぜかというと
お二人とも視覚障害があって
でも80カ国以上旅をしてきたんですよ
はいはいはい
日本も何回もいらしているんですけれども
本当に世界を旅して世界を知る方法というのは
やっぱり手で触れて
いろんな自然だったり生き物だったり
もちろん芸術にもすごく造形が深くて
お詳しい方たちなんで
美術館ももちろん触りたかったんだけど
多くの美術館が触らせてもらえなかった
触らせてもらえたとしても少しだけとか
ちょっと馬鹿にされているんじゃないかと思うくらい
そういうこともあって
自分たちでそういう美術館を作ってしまおうということで
最初は修立の美術館を作られるんですね
全ての作品はレプリカなんですけれども
古代、ギリシャ、ローマ、そしてミケランジェロマでは
レプリカの作品で
本当に精巧に作られているレプリカ作品を
全て触ることができる
イタリアの彫刻師をたどることができる展示室があって
現代作家に関しては
彼らの活動に賛同した作家たちが
本物の作品を寄贈しているんですね
バンジーさんもその美術館があるアンコーナーという街なんですけど
その隣町のペイザロというところにお住いで
親しくされているんですね
そのご夫妻と
2点作品を寄贈されて
私はそこに連れて行ってもらったんですよ
バンジーさんに
当館でもそういうことできないかという
お電話をいただいて
その触察の仕方とか
美術館の空間がどうなっているかというのは
やっぱり写真とか言葉では伝えられない部分があって
最初は学芸員の当館の働き方たちに
伝えたいというのもあって
撮り始めたんです
その様子を
4Kの
今は誰でも撮れるんですよ
たまたまドキュメンタリー映画とかを撮っている
作家さんとかが近くにいらっしゃるので
いろいろアドバイスをいただいたり
編集もその方たちにお願いして
今最後の撮影に
この映像はどこから流していくんですか?
当館の20周年記念展のチラシには
33:00
10月に上映予定と書いてあるんですけど
ちょっと11月になるかもしれない
11月にして
あともしかしたら東京都でも
もしかしたら美術館で上映してもらえる
そういうことに興味がある方たちを集めて
DVDとかで作るとかでは今とかまだなく
そんなところまでは考えてなくて
やっぱりその本当に興味がある人に見てもらって
考えてもらいたいっていう
でも確かに前半でも
触殺って言葉が聞き慣れない言葉が出てきて
とはいえ触るだけなのかなって
何回も思ったんですけど
作法は全然違うんです
やっぱりその触殺をするのに
触殺して理解できるようになるのに
10年かかるっていうことを私は聞いたんですね
それは目が見える人でもってことですか
そう
関係なく
目が見えない方がそういうふうにおっしゃっていて
ただ触ればいいかっていうと
そういうことではなくて
やはり触って話をして
聞くことっていうかね
一緒に対話をしながら
その先に本当に見るっていうことがあるっていうことを
半田小勢さんとかもおっしゃっていて
なのでまだまだ課題はあるし
私たちはもう十分に理解できていない部分もあると思いますし
実際に地元でこの視覚障害がある方で
いろいろな当官に何度もお越しいただいて
アドバイスをしてくださっている方もいらっしゃるんですけど
これをやるのが偉いって言ったら失礼ですけど
別にその専門家がやればいいじゃないかって思うところも
ちょっと言い方が変かもしれないですけど
大学の教育機関とかがやればいい話のような気がするけど
それをわざわざ他の官にされる理由
でも私たちはそれを始めたのは
もっと私たちより前にそれをやっている
博物館関係者というのがいて
特にこの世界で知られている方で
国立民族学博物館の広瀬光次郎さんという
全毛の文化人類学者の方がいらして
その方は去年ユニバーサルミュージアム展という
民博の展覧会で全て触れるという展開をしたんですね
でもそれを開催するまで10年間
日本全国の博物館美術館の関係者
またその分野に興味がある人たちが集まって
研究会というのをずっとやってきたんですよ
大学の先生たちも含めて
その分野ではやっぱり広瀬さんの功績がすごく大きくて
36:02
うちのクラウドファンディングを公開したのにも
応援メッセージを寄せていただいて
素晴らしいメッセージを書いてくださったんですけれども
やはりその方のこれまで積み重ねてきた研究というのは大きいと思いますね
だから触る展覧会なのにコロナになってしまったんですよ
そうか、そのタイミングで
まず触っちゃいけないようになっちゃったんですね
でもだからこそ広瀬さんは
触るということについて改めてより意識的になって
それをいい形で活かされて
もう本当に最終日近くはものすごい混雑していたそうです
見える人も見えない人もたくさんお客さんは来館されていました
触りたいという欲求もあるんでしょうね、見えるか
そうですね、あとやっぱり今スマホの時代になっていて
私たちは昭和の人たちは結構外で遊んだりとか
ものにリアルに触れる機会が多いと思うんですけど
今の子供たちって絵本も何もスマホじゃないですか
今の大学生でも調べるの全部スマホで調べてたりして
何かものにリアルに触れるとか
そういう手の感覚が弱くなってきてると思うので
見える人もそれをやらない
その触察ってやっぱりすごく意味があるんじゃないかなと
なるほど、視力、目でいう視力じゃないみたいな言葉が
もしこの触覚にあるとしたら
2.0ないのか、今そこの場合は食力0.1みたいな感じかもしれないんだ
今言われて確かに僕だってスマホでものを調べるけど
子供の時は辞書で調べてるから
辞書の紙の薄さとかって記憶してますもんね
ぺらぺらめくる感じとか
それがそうか
でもそう考えるとだからやっぱ大事なことなんですね
目だけじゃなくて
だから視覚に障害がある方を対象としているだけを
大切にしているわけではなくて
私たちも学ぶことがあるので
やっぱり双方向というか
その後映画が見たいですね
じゃあ10月か11月
完成すると美術館で上映会をするってことですか
そうですね
でもそのメロン触覚美術館というのは
日本の美術界では知られている
知っている人はよくご存知というか
館長さんは何度も日本に来て講演会をしたり
39:00
山梨県立美術館でも講演会されて
その帰りにうちにも来てくださって
ワンズの作品一つ一つ全て直撮してくださったんですけど
今でもあれですよね
そういうしらとりさんですか
県と一緒にアート見に行く本が売れてたりとか
僕たまたまあの本出る前にしらとりさんとお会いしてるんですよ
あそうなんですか
福島の始まりの美術館で滞在制作みたいなのをされていて
普通にいたおじさんだったんですよ
しらとりさんの撮った写真を見せるみたいで
しらとりさんの部屋みたいになってたから
そこで一緒にのんびりしていたら
今すごい本も売れてて
そういう目の見えない方とアートを見に行くみたいなのが
少しずつ広まっている気がしますよね
今度鎌倉近代美術館の別館でも
彫刻に触る展覧会が6月11日からかな
今展覧会松本駿介展終わったら過ぎそうでしょうね
それに全ての人に詩が必要と出ていた北川太郎さんって
手で考える世界
ありました
詩の作品
あれを出されるそうで
そうなんですね
なのでぜひ
足を運びたいと思って
僕も鎌倉もよく行くので
せっかくなので今何回か話していましたけど
この全ての人に詩が必要
目と手で触れる世界
この番組でも取り上げましたけれども
すごい良い展覧会でしたし
ありがとうございます
その時に
詩が好きな人
全ての人に詩が必要って言って
それこそこの番組月一レギュラーの新井丸さん
詩好きで
正直僕はそんなに詩に興味ないから
世の中にそんなに詩好きがいるのかなと思ったら
詩好きのアーティストがたくさんいましたし
しかもなおかつあれですよ
月一レギュラーで僕も玉結びという番組を
出させていただいてるんですけど
ある回に行ったら
たまたまその日のトークテーマが
詩だったんです
そうなんですね
赤江さんが詩が好きだったんで
入っていきなり
「石の展覧会もあります?」
みたいな謎のフリが来て
「ああ、そう、いっぱいバンジーで
全ての人に詩が必要ってやってるんです」
と言ったらめちゃめちゃ興味も
ありました
ありがとうございます
だから、詩好きって結構多いですね
だから、あの展覧会を開催するきっかけというのが
真鶴町で
「石の彫刻祭」というのがあったんですよ
それに私ももう足掛け4年ぐらい
3年か4年ぐらい関わってて
コロナでどんどん伸びてしまって
で、それは神奈川県立銀座美術館の
美沙館長が芸術館区というか
務められていて
私は作家の選定に
関わらせていただいたんですけど
真鶴半島って行かれたことあります?
いや、行ってないですけど
あれだとなんか常設されてるんですよ
42:01
そうなんですよ
見に行きたいんですよ
いつでも行けるし
わりと東京からも近いので
11の同層人がいるそうなんですよ
それは元々?
元々
で、じゃあ11名の作家を選ぼうということになって
で、なぜその彫刻祭やることになったかというと
1963年に
世界彫刻近代シンポジウムという
そもそももっと大掛かりな朝日新聞社さんとかが関わって
世界から彫刻石鳥を作る作家を呼んで
オリンピックですね
最初の東京オリンピックの機会に
真鶴で取れる小松石を使って
彫刻を作るというイベントというか
本当に芸術祭の走りみたいな
その歴史を次のオリンピックの時に
その歴史がもう忘れ去られてしまっているので
それを振り起こしましょうという
その時は1963年の時には世界中の人が来て
真鶴の石を使ってそこで展示したんですか?
真鶴町に
展示したんです
でもそれはちょっと今もう真鶴にはなくて
石碑しか残ってないんですけども
それをじゃあ復活
2020年に合わせてみたいな
そうです
でもコロナでちょっと歴になってしまって
私はそこで初めて
一堂に日本で石鳥を作っている作家たちと出会ったんです
こんなにいろんな素材がある中で
ずっと石と向き合っている作家
富永敦也さんと
アネシミガキの
富永さんも参加された作家さんとか
そういう方たちと出会って
うちも万事がもう半分近い作品は石鳥なんですよね
でも今まで一度も石鳥をテーマとした展覧会をしていなくて
でもその作家さんたちに聞いてみると
これまで石鳥のグループ展は
美術館では行われてないんじゃないかって言われて
そうなんですね
ただ石鳥展というと
絶対来ないなと思ってしまった
地味な印象と言ったらあれかもしれない
やっぱり石鳥展というとどうしてもモニュメンタルな記念碑とか
人を寄せつけないようなイメージなのかなと思って
元々全ての人に石が必要というのは絵本から取られた
アメリカの絵本か何かですか?
そうなんですアメリカの
Everybody Needs a Rockというタイトルの絵本が
1974年に刊行されたものを
北山光平さんというネイティブアメリカンと
交流しながら割と多くの著作を出してきた方が
その絵本とアメリカの砂漠のビジターセンターみたいなところで出会って
日本に持ち帰って刊行してるんですけど
そのタイトルがやっぱりすごく詩的でいいんですよね
45:02
もうパンチラインですよね
すごい覚えやすいですよね
北山さんにこのタイトルを使いたいんですけどって
交渉をさせていただいて
許可をいただいて
で開催
ちなみに他の副官庁は石は大好きなの?
そうですね
石は好きですね
でもそんなに私石好きなんです
というほどではないですけど
結局天皇会には大分石好きの人が集まったと
渡り川さんからは報告を受けました
よかったのは子供が頼んでもないのに
石を持ってきてくれて
知り合いの友達とか
友達の子供とかが
これ私の石って言って見せてくれて
やっぱり子供っていいなって思いましたね
大人は多分なかなか恥ずかしくて
私の石って
確かに確かに
いいですね
これがちなみに今ここに
過去に関わった企画展が
いくつかリストに出てるんですけども
ちょっと意外だなと思ったのが
黒田太宗さんの白磁の展覧会は?
そうですよ
それ私が担当した展覧会ではないんですけれども
黒田さんはもう昨年をなく
南国で御清去されたんですけれども
割と交流があって
ウッカレ松のほかにも
割と頻繁にいらしてくださっていた作家さんで
スタイリッシュな陶芸を作る作家さんですよね
そうですね
でもご自宅に行くと
本当に古いものとか
インドの木でとか
いろんな作家の作品があったりして
あの城にはいろんなものが
詰まっているんだなっていう
白磁の中に
多分そういう本が
黒田さんのアトリエの写真とかが
入った本があると思うんですけれども
なんかあれですね
しかも館長なんか
ここにもあるけど
小さなデザイン
細形勝美展もそうですけど
細形さんとの繋がりが
深刻かりですもんね
でも小さなデザイン展は
板橋区立美術館の松岡館長の
キュレーションした展覧会を
当館に巡回させていただいて
細形さんは沼津出身
静岡県沼津市出身というのは
私は板橋の展覧会で
初めて知ったんですけど
静岡県出身というのは
知っていたんですけど
もちろんその
本当学生の頃から
細形さんの作品は知っていて
今回20周年記念展でも
展示をさせていただいて
しかも娘さんの作品も
そうですね
細形愛さんにも
今回の展覧会に
参加していただいて
48:00
親子共演中ですもんね
そうですね
娘さんの作品には
娘さんの娘さんですよね
そうですね
お孫さん
だから親子三代が
展覧が揃っているという
細形さんには
今回20周年記念展に際して
絵本を
丘の絵本というのを
作っていただいて
呉松の丘の成り立ちを
絵本で表現してくださって
僕もこの前深夜にいただきまして
オフジェにもなる
素敵な絵本です
後ほどお渡しします
写真にこれは上げましょう
ホームページに
行ったら買えるわけですもんね
そうですね
展示もされているんですけども
ご購入もできるということでございます
ちょっといろいろとお話ししてきたんですけども
せっかくですのでね
美術以外の話も
ちょっとだけ聞けたらなと思うけど
趣味とか
趣味は?
趣味はないですね
美術の境目がないんですよね
いくら時間があっても足りないぐらいなんで
でもピラティスに行ってますとか
そういう感じですか?
その他お話ししたいことがあれば
ということですけども
いや特に
もう何を
いろんなこと
めちゃくちゃ話してしまって
よかったんでしょうか
いやいや全然全然
でもどうですか?
話は楽しんでいただけましたか?
ありがとうございます
さすが聞き上手だ
本当です
よくわかんないトニーってのが
急に来てる
でもトニーさんのお仕事も
間口を広げるっていう意味で
多分数年前はそういう方
あまりいらっしゃらなかったかもしれないので
ちょっとずつ増えてる気はしますけどね
アートテラーの弟子もできました
そうなんですか?
弟子と後輩もできました
今3人いますから
素晴らしい
アートテラー
またアートテラーでも
本当にいろんな作家さんも
知り合いが多いということですので
もしよかったらこの番組に
告知も兼ねて
作家を送り込んでいただければ
ぜひ
ということで
あっという間にお時間でございますけれども
改めて20周年典が
12月25日までやっておりますし
順調にいけば10月にドキュメントが
もしかしたら11月になっちゃうかもしれませんが
ということですが
それも合わせて
皆さん注目していただけたらと思います
ありがとうございます
もう話残しはないです
ありがとうございました
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