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[音楽]
はい、アートテラートニーのそろそろ美術の話を。
この番組は私、アートテラートニーがアートに関わる方をゲストにお迎えしてトークを繰り広げるポッドキャスト番組です。
本日は、練馬区立美術館主任学芸員の小野博子さんをお迎えしてトークをしていきたいと思います。
[音楽]
はい、ということでゲスト出演ありがとうございます。
こんにちは。
あれ、キャラがいつもと違うよ。
ちゃんとさっき喋っちゃったから一しきり。
いや、さっきってのはわかんないですから。このポッドキャストの皆さんには。
確かに僕も一本取ったのかなぐらい。
ぐらいのエネルギーを使っちゃったから、元気がなくなりました。
やめてくださいよ。ここから本番なんですけど。
小野さんはなんと出演3回目ということで。
出過ぎですね。すいません。
でも、最多出演です。これで。
本当ですか。
はい。浜野さんも、元野館美術館の浜野さんも出てくれてるんですけど、回数で言うとこれで小野さんが抜きます。
そうですか。光栄で。
というのもなんと小野さんに出演いただいた回がですね、なんと反響がすごく大きくてですね。
皆さんどうかしてますね。
いやいや。
もっとためになる話がたくさんあるだろう。
そうですね。って言いのもあれですけど。
いや、ちょっと今手元に用意したんですよ。
とある、ポッドキャストを紹介するウェブサイトっていうのかな。そこで僕らの番組を紹介してくださったんですけど、その中のおすすめエピソードとして選ばれているのが小野さんの。
おーありがたい。
初回かな、17回目のやつですね。
ソニーさんのトーク回しの巧さとゲストの小野ひろ子さんのユーモアセンスが光る回。
あら、褒められた。
画家の失礼を食べ物に例えたり、国内の絵画を集めたエピソードは爆笑してしまったと。
頭を下げに下げ、ハンザーの日か私ぐらいどけざした練馬のくせにと足下にされるかと思ったっていう発言をこの方は絶賛。
そうですか。どうしたんだろう。練馬出身なのかな。同じ気持ちを抱いたことがある方なのかしら。
練馬に対して。
練馬に対して。ちょっとひけ目みたいな。23区だけどみたいな。
それからもう一つ、ニューラジオ9というサイトでもやはり小野さんの回。
この方は第1回目に登場したときの後半の回の小野さんが学費になったきっかけを知るのが楽しかったって話で、
圧倒的にこの小野さんとのトークが面白い。脱線して本筋とはそれることが他の配信と比べると多く。
良くないゲストじゃないですか。
最初にこの回を聞いてみると良いかもしれないと思って書いてるんですよ。
素晴らしい。金一分が出そうですね。
そのうちこの番組から。
ありがとうございます。
ですので今回もその脱線トークを期待しています。
いやもう真面目に。
本当ですか。
真面目に頑張ります。
今回も1年ぶりと1年ぶりのツエーラーなんですけれども、小野さんがやってる展覧会。
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今日もこの話をたっぷりしていただこうかな。だから金一分というわけではないですけど、
告知を前後編にわたってたっぷり。
ちょっと人の入りが伸び悩んでおります。
本当ですか。
そうなんですよ。もうちょっと前半来てくれるかなと思ってたんですけど、
やっぱり今回回帰もいつもより長いこともあるんですけど、1週間ぐらいかな。平均的なものよりも長いんですけど、
前半みんな来ないね。何してるんだろうってぐらい来ないな。
今ちょうどこの収録が折り返しぐらいになった。
そうですね。収録折り返しして2、3日過ぎましたぐらいです。
はい。じゃあちょっとここから盛り返していけるようにこの番組で何とかバックアップしていきたいなと思います。
ということで一体どんな展覧会なのかというのはまずは基本的なところをよろしくお願いします。
日本の中のマネ展という展覧会で、エドワール・マネという画家が日本の中でどういうふうに受容されていたか、受け入れられていたかということを紐解いていこうという展覧会です。
なんかひどきそうな気がしますけどね。
そうでしょ。悪い感じしないでしょ。
だって前の第1回目に出演していただいたときに、小野さんがおっしゃってたのは、シスレイは特別だったけど、この美術館ではあまりメジャーどころはやらない、そんな練りまくりつ美術館みたいなお話だったり。
うんうん。
マネなんてもう、土著急というか。
土著急のように思えて、やっぱりモネに比べると存在感が薄いんですよ。
一般的に。
モネって言われると、みなさんスウィーデンだとか、具体的な作品を思い浮かべるんです。美術が好きじゃない人。
でもマネって言われると、美術の好きじゃない人は絵ってなる。
美術の好きな人はだいたいみんな。
美術が好きじゃなくても、なんとなく知ってて笛を吹く少年が出てくるかなぐらいだと思うんですよね。
そういう場合は、総合の中食党ランピアの方が出にくいかなって。絵を見ればわかるけど、タイトルとマネが結びつかないとか、そういうこと多いじゃないかなと思うんですけど、やっぱり華やかさに欠けるのかな。
でもあれですよね、小野さんはたぶんマネの研究というか一番推しなわけですよね。
はい。
だから前に出ていただいたときも、僕の本の中でマネのページだけ大幅に書き換えさせられた。
させられたと言えないんですけど。
もうちょっと気合を入れようか、トニーさんみたいな。そんな感じですよね。
だから今回はそういう意味では晴れてマネってことですね。
その時もトニーさんの本を手に取られる方って、おそらく美術についてちょっと興味あるけど、とっかかりを探したいなっていう方が多いんじゃないかなと思ったんですよ。
あとはトニーさんのファンの方っていうのは、すでに美術館とか行ってらっしゃるでしょうけども、そういう方に、ゴホとかモネとかルノアールは知ってても、さあマネって言ったときもね。
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トニーさんの本を通じてマネをしっかり知ってもらうっていうのは、入門編としては素晴らしいなと思って画作したわけです。
そうするとあんな文章じゃない。
文章じゃない。ちょっとダメダメ。もっと気合いを。
そうなんです。
まあでも結果いいものになりましたからね。
ありがとうございます。よかったです。
今回この前半では、じゃあこのマネって、要するにどこらへんが小野さんはどの辺に惹かれたのかとか、マネの魅力みたいなところを今日もいろいろと好きなだけ語っていただけたらと思っているんですけども。
わかりました。
でももともと美術史というか学んだときに、出会いというかマネで行こうって思ったのはいつぐらいなんですか?
実を言うとイタリアルネサンスと迷ったんですよ。迷ったんですけど、指導教授に、ルネサンス超大変だよって言われたんだよね。
そんなノリで言われるもん。ニュアンスとしては。
ラテン語もやらなきゃいけないし、イタリア語もやらなきゃいけないし、3つはやらなきゃいけないし。ちょっとだるいな。
そういうのもあるんですけど、オランピアについての女性のヌードガに対しての、でもオランピアそれまでのヌードガとは違いますよって、女の人が送る視線とかの自立性とかそういう話を高校生の時に聞いて、ハッとなってた。
高校生?大学生?大学生の時に聞いて、ハッとなってたところがあったもので、フランスの美術をやるのであればマネだなというのがあった。
もともと個人的に好きなのはイタリアルネサンスだった。でも、ルネサンスとかベラスケスが好きだったんですけど、ベラスケスとマネのつながりも勉強していけばいくほどあるし、マネがベラスケス参考にした。
ここで私が好きだなと思うものがつながるなみたいなのがあったんですよ。ルネサンスでもティチアーノとか結構好きだったので、マネ参考にしてたティチアーノだなみたいな。
そういうのも大学生の時に3年生ぐらいですよ。つながるなと思ったんです。好み的に。
他のモネとかルネサンスではつながらないけど。
そういうオランピアの話とか、リンダ・ノックリンの話とかを聞いて、ああそうか、じゃあマネかなみたいな。
ちょっとイタリアルネサンスのハードルの高さというのを先生に植え付けられたのでちょっとビビっちゃったっていうのがあるんですけど、
あともう一つは、すごく絵的にだけ好きなものばっかりをしない方がいいと言われたんですよ。
そうすると研究がつらいことの方が多いから嫌いになっちゃうよっていうのも言われてるんです。
好きな絵がってことですか。
ただ好きだけではいいなとか好きだけではやらない方がいいのって。
そしたらマネの絵は好きだけれども、その好きって思うまでの理由に知識的な部分で紐付けされるところもあるから、じゃあマネしようかなって。
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それ以来ずっとマネ一つ、飽きることなくですか。
そうですね。だから飽きるほど勉強してないのかもしれない。
ですので今日は聞いてる人もマネ好きになるような感じになるといいですね。
そうですね。
具体的にというか、マネどの作家ですかって言われたら、まずは基本的な。
難しい作家だと思いますね。
難しい。
やっぱり描く作品が、描く作品が晩年のものになると、フォリベルジェールとか以外であれば、生物画とか肖像画とかが多いので、難しさっていうのはあまり感じないかもしれませんけど、やっぱり60年代の作品がすごく簡単に理解できない。
60年代っていうのはマネが何歳ぐらい?
32年生まれだから。
30代ぐらいか。20後半からのっていう。
20後半から30後半ぐらいまでかな。
1832年生まれて、亡くなるのが1883年。51歳、結構若くしてるんですよね。
そうなんですよ。
そうなんですよ。なので、その頃の、それこそオランピアとか早朝の昼食とか、皆さんがよく知ってるようなものもそうですけど、その時の作品ってすごく意味合いが重層的というか、伏線があるというか、その難しさのイメージが一番強いかなと思うんですよね。
当然、小野さんと比べたら全然勉強もしてない僕ですけど、なんとなくマネっていう、説明しろとかマネってこんな人っていう話をしなきゃいけないとなったら、やっぱりその早朝の昼食とかオランピアでスキャンダラスというか、
そっちが先に立ちますよね。
そういうイメージがあるじゃないですか。お騒がせ、元祖炎上法とかみたいな。
そうそうそう。
ここが気になるんですけど、なんで彼はこんなにお騒がせしたか?
彼の場合は多分、しようと思ってしてないと思うんですよね。別になんかこうでやって、自分では普通のことというか、やりたかったことをやったら、自分が思っていた以上に騒がれたみたいな。
クール部が元祖を騒がす男だと思うんですよ。
写実主義でっていう。
やったるでかんがすごいから、あやつは。
はいはいはいはい。
もう騒がせちゃうよ、炎上させるよみたいな。
なるほど。最初から花から、ひろゆきみたいな。
喧嘩越しみたいな。
いいんですか、五人目。大丈夫。
大丈夫ですか。
まあ、それを意図的にというか。
そうですそうです。意図的に、なんていうんだろう。こう、やった感じがあるけど、
でももちろんね、こう、
次の世代に。
次の世代に。
クール部。
クール部の方が先輩なので、クール部に比べたら、喧嘩越しでやろうとしている人ではないから、平たく言ってしまうと。
12:02
だから、炎上して、え、何?みたいな感じだったんじゃないかな、少しはと思うんですよ。
自分は、誰のがれ明け身の炎上パターンみたいな感じですね。
え、なんで騒ぐの?みたいな。
そうそうそう。
それもえらい古いわ。まだ炎上してる?
たまに炎上してるんじゃない?
たまに炎上してます?
そういうタイプなんですね。
炎上事件は、改めてなんですけど、まず、クール部も出てるんですよね。
はいはい。
クール部の炎上は、どういうところがまず炎上でした?
クール部は、ご存知オルナンの埋葬みたいに、葬式を描いて、自分のふるさとの葬式。あれ、おじさんだったと思うんですよね。
おじさんのお葬式を、大きな歴史画みたいな、3メートルとかであったでしょ。頭おかしいでしょね。
大層な歴史家のように、だから、大河ドラマ的な発想で、自分のおじさんの。
自分のおじさんのお葬式を、片田家のですよ。
そう、双本に書いてしまったから、え、何?ってなったんですよね。
もう、策略をめぐらしてる感じしません?その、失礼から言って。
なるほど、こうしたらええ。
2メートル、3メートルで、おじさんのお葬式を描いちゃって、なんか、歴史が、そうそうたる歴史画とか、神話画と並べちゃうよみたいな、もうやったる感がすごい。
なるほど、なるほど。これは、いわゆるサロンっていう。
そうですね、その時のヒエラルヒーで、神話画とか歴史画だけが、大きい画面で描いて、しかもヒエラルヒーの中で、そういう神話画、歴史画が、やっぱりポジションが高かったってことですよね。
だから、それを価値観を逆転させてやろうと。
その時に炎上したの、サロンってのは、要するに、公募展なわけじゃないですか。
はい、はい。
送りますよ、3メートル。それは、最初にやっぱり見るのは、審査員側、美術家側の人間が炎上したというか、なんだこいつは変なの出てきたぞって言ったのか、それとも、それも一般の人も見れて、ユーザーというか。
入選すると、一般の人も見れるんです。入選して、ザワザワが大きくなるんじゃないかな、新聞記事とかにも。
審査員は、きっと、分かれるんですよ、大概。だから、そこが面白くて、マネも、早上の昼食は落ちて、落選者店に出たから、みんなが知ってるわけで、
オランピアは、早上の昼食が落ちてるのに、オランピア入選するんですよ、意味不明じゃないですよ。
それは、どっちが先とかってあるんですか。
先の昼食は先で。先で、まず落選して。
落選して、落選者店に出して、そこでもうザワザワして、人盲着起きてるのに、はい、次オランピア出しました。2年後の65年のサロンに出しました。でも、入選するんですよ。
普通、審査員だったら、やばいの来ちゃったから、落としとこみたいになるんじゃないかなって思うんですけど。
お騒がせだし。
だから、そこの審査員の判断基準っていうのも、一緒の審査員じゃないわけだから、一緒だった人もいるでしょうけど、あいまいですよね。
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このザワザワって、どういうザワザワ具合なんですかって思うのは、例えば今だったらネットがあるじゃないですか。
ある程度民衆の声というか、ネット上に、例えばM1で言うと、地下ラブリーさんの「漫才か漫才じゃないかロンソウ」みたいなことをみんな言ってるじゃないですか。
この当時って別に、新聞記事とかはあるかもしれないですけど、任意というか。
新聞記事に出ている、新聞とか雑誌の発行部数が今より多いんですよ。
要するに、主要メディアというか、今ネットがありとあらゆるものよりも主要になってますけど、
その当時は新聞とか雑誌とかの発行部数がめちゃめちゃ増えて、みんなが新聞読んで、雑誌の美術批評とかを読んで、ワワ言ってるときだから、そこがやっぱり主要メディアで、要するに展覧会表みたいなのもポンポン出るわけですよね。
そこに、例えば「どう見え」だったら、サロンで見て、そっとしている民衆の絵とかを描いてるから、そういうのがやっぱりあれだったんじゃないかなと思いますけどね。
この、燃えるじゃん、炎上したじゃないですか。
これ、今更ですごい疑問に思っちゃったことが1個あるんですけど、早朝の昼食が、要するにピクニックしてる中に裸の女性の人がいるって、サロンで落ちました、落戦しました。
これって今は美術館に所蔵されてますけど、当時は誰か買い上げたりするんですか?
しないです。
それどうするんですか?持って帰るんですか?
うん、終わったら持って帰るんです。
そういうもの?
だいたい買い上げになるのは偉い人たち。
アカデミー派の立派な先生方。先生になってなくても、先生にはなってないから先生になってなくても、アカデミーのエースみたいな。そういう人たちの絵は買い上げに。
買い上げは政府が買い上げる。
政府です。
オランピアとか、話題になって作品って誰かの所有にはすぐはならないんですか?
だってマイナスの感じだから。
ってことは気づいて、でもこれを言ったら今フランスにとってはすごい名品になったじゃないですか。
オランピアだって、当初だって、カバネル、同じ年に63年にカバネルが出してますけど、カバネルは…
あの、ヴィーナスのタンジ。サイゼリアにかかってあるやつ。
サイゼリアにかかってます?
たまにありますよ。
ほんとですか?サイゼリアに?イタリアじゃないのに?
そうなんです。
ちょっとお客様相談室かなんかに電話を…
いいですよ。何で余計な平田を作ろうとしたんですか。
だって、イタリア…
ブフロウもあります。
それ大問題じゃないですか。だって、フランスのアカデミー派をなぜイタリアの食卓にかけるんですか?問題ですよ。
でも、僕はその後調べたんですよ。個人的にですよ。サイゼリアにはエスカルゴが売ってるんですけど、あれはフランス料理なんです。
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そうですよ。
そんなことありなんですか?
サイゼリアはイタリアンがメインですけど、ブレンチもちょっとあるから…
ブレブレじゃないですか。
いいんですよ。サイゼリアとかこういうことです。
ブレブレじゃないですか。
こういうところなんで脱線トークって言われちゃう。
やばいやばい。
サイゼリアで無理やらなくていいんです。
だから戻してカバネルが同時代に脱してた。
そう。カバネルはナコレオン3世の買い上げになってますよ。
だからその時に政府が「ああ、これはいいね」と思うものは買い上げてて、多分一般の人が買い上げるっていうのは後から作家に言うんじゃないかしら?
じゃあどういう来歴になるんですかね?
何が?
モチベーションがよくわかんないですけど、マネは早朝の昼食とかオランピアをいいものだと思って出して炎上ざわざわします。どうやって食べてるんですか?
お金持ちだから。
5本分じゃん。別にそれで画家として食べていきたいとかではない?
ないない。画家として食べていければそれは御の字でしょうけど、彼の場合はボッチャンなんで、食うには困らんわけでしょ。
なので、モネさんは結構困ってお金借りたりしてますけど、マネの場合はそうですね。
すごい率直な疑問なんですけど、炎上起こす気なかったって話じゃないですか、マネが。
でも早朝の昼食って、当然ピクニックしてる男性がいる中に女性が裸でいる、炎上しそうな気がするんですけど、これは何の意図があってこんな絵を描いたんですか?
でも最初は「水浴」っていうタイトルで出してるんですよ。でも考えたら水浴っていうタイトルだったら、伝統的にたくさんあるじゃないですか。
「水浴図」って、神話で女神が水浴してるっていうのもあるし、だからピクニックの状態にしては出してないんですよね。
水浴してる人も描かれてはいなくはないですけど、奥の方にいますよね。それで「水浴図」って嫌嫌嫌と絶対になりますよね。
目の前にこんなのあるやんってなるから。
お気づき。よくお気づき。そうなんでしょう。
やっぱりその頃流行ってたのは、風紀的には厳しい時代だったらしいんですけど、いわゆる若い学生の男の人が、丈夫を連れて森に遊びに行くっていうのが流行ったんですって。どういう流行だと思いますけど。
それは健全な流行なん?
そんなわけないですよね。
それは最近の若者はって言われてたの?当時も?
そうそうそう。
乱れてるの?最近の若者は?
いや、ほやですよ。
どっちかというと、社会問題じゃないけども。
良くない流行ってあるじゃないですか。どの時代でもこういう。だから感覚的にそこはわかんないんだと思うんですよ。
でも、江戸時代でいうと、このオイランみたいなニュアンスなんでしょうね。
そういう人たちと一緒にピクニックに行くっていうのは、良い流行か悪い流行かって言うのは悪い流行ってことですよね。
21:09
だからみんなそういうのが流行ってるなっていうのをわかってても、表に出して言うことじゃないよねみたいな。
それを現代をそのまま書いちゃったから、そういうことなんですよ。
それはじゃあマネはドキュメンタリーじゃないけど、社会派として、俺はこの世の中に対して言ったるわみたいな。
俺が代表してこういうことが今起こってる。
そう思うじゃないですか。そういうことでもないんですよね。本当にやってること書いてるだけだしってことだと思います。どっちかっていうと。
でも実際マネは、勝負連れてピクニックしてたんです。そっち側の人間ではないですよね。
どうなんでしょうね。お友達多いんですよ。モテるから。
そうなんですか。
彼ジェントルマンなので、お洒落だしお金持ちだし。女性の知り合いはたくさんいるんですけど、マネはしないでしょうね。そういう安っぽい遊びは。
この当時の学生たちは、だからちょっとまあ、なかなか言葉を選びますけど、女性が今裸になってるってことは、そういう方向に進もうとしてるのかなと思うんですよ。行為として。
ああ、なるほど。
そしたら男性も裸になってる気がするけど、男性は裸じゃないじゃないですか。どういう状況なのかな。
それはさすがに。
それはわかんないよね。だから女性を抜かさなかったら問題なかった。
そうそう、お洋服着てたら問題じゃないんでしょ。
だから。
だって、ただもしかしたら兄弟かもしれないじゃないですか。洋服着てたら。
だからピクニックしに行くだって、当然、ショークの方だって、裸のまんまピクニックに行くわけないじゃないですか。
だから、やっぱりこの中で、俺はわかんないですよ。マネをまだそんなに好きになれないのかわかんないですけど、やっぱり狙って、あなたは核心というか、それはしかも、
水浴って名付けるなんて、もう核心範囲外の何者でもない気がする。
まあね、でもなんかその、それを不道徳って取るのは、日頃それを目をつぶってる人達なんじゃないのかな。
ああ。
それはいけないと思ってもやってる人達なんじゃないかな。
ああ、痛いとこ疲れた的な。
そうそう、あいたたたみたいな。やばい、うちの息子も俺もやってるわみたいな。
なるほど、なるほど。それで、じゃあ、そうなるって、じゃあ、自分は、マネはそんなに、どうしようと思ってやってなかったとして書いた結果。
まあ、企みとしては、トニーさんおっしゃったみたいに、ガッツリ企んでると思うんですよ。
いろんな重曹的な意味合いを含めて出そうっていうのは、もう、くわだててると思うんですけど、そんなみんな怒るぐらいな感じだと思う。
なるほど、マネとしてはちょっと。
怒り方がえぐくないみたいな。それはあったと思うんですよね。
なるほど。
避難されたりとか、そういうのあっても、いや、このぐらいのことで、そんな言うみたいな。
24:03
ああ、古典的な水曜くずっていう話があったけど、元ネタになるような絵面とかもあったりするの?
さすがですね。父アーヌの霊縁の草額がそうなんですけど、あれはお洋服着た男の人と、すっぽんぽんの女の人2人なんですよ。
あ、もうそこにあるんですよね、そういう元ネタ。
でも、霊縁の草額の男の人たちは、すっぽんぽんの女の人に気づいてない雰囲気になってる。
なるほど、なるほど。
っていうのは彼女たちが女神だったり妊婦だったりするから、妖精だったりすると目に見えなくていいじゃないですか。
妖精目に見えたら病院じゃないですか。
まあまあ、そういうことですね。
そういうことですね。
だから、当然その時は必要なのは批判もされていない。そういうもんです。
そういうもんで、しかも意味も非常に高尚なわけですよね。霊縁の草額ですよ。
ですよって言われてる。
これ、複雑な意味合いがあって、死の女神がどうなってるのとかあるわけなんですけど、要はそういうちゃんとしたテーマで、女神とか妖精とかが妊婦とかなわけだから彼らが認知してないので、
そういう現実の女の人じゃないものが、人間ではないわけじゃないんですけど、人間じゃない人が裸でいるっていうことに対してはOKなわけ。
そういうもんだよねってことですよね。でも、真音の場合は生身の女の人だったから。
生身の女の人だし、海外の人でもないし、え、何みたいな。
でも真音としては、捉える側の人間が生身の人間じゃないかって怒ったのかもしれないけど、真音としてはこれまでも裸の人の絵はあるわけだし、そんなに怒ることじゃないみたいなスタンスだったのかもしれない。
そう思うんですよね。その意味合いとしては区わだてたけど、そういう強力な狭い叱られ方をするとは思ってなかったんじゃないかなと思うんですよ。
そこでか不思議なんですけど、じゃあ怒られました。もう旬となったとしますよね。
2年後はちゃんとサロンにそれっぽい絵描きは済む話なのに、また2年後に勝負でオランピアと作品描いて、また怒られるわけじゃないですか。ここはどうなっているのか。メンタルどうなっているんですか。この人がと思っちゃう。
おかしいですよね。でもやっぱりサロンに通ることだけが目標じゃなかったからじゃないですか。
自分の考えたことでやっぱり現実を描くって、なんだろう、エピソードがあって、よくクールベは天使がいないから描けない。見たことあるなら描けるって話がありましたけど、
前もモデルさんに買い物する時にそんなポーズで買い物するのかみたいなことをモデルさんに言ったみたいなエピソードがあるんですよ。
つまりモデルさんは行らしいポーズを撮るわけなんですよ。すみません、ガチャガチャ。今営業妨害しました。
27:00
ブレスレットがガチャガチャ鳴っているなと思って外していただきました。すみません、ガチャガチャ鳴っていてガチャガチャ鳴っていて、もういいです。
進まないんですよ。やんやで、やっぱりそうしたんですよ。
なんかすごいポーズするんですよ。
写真撮られる時のモデルさんが決めポーズを撮るようにするけど、
決めポーズみたいに神話的なポーズとか歴史的ポーズを撮るわけですよ。それに合わせてモデルさんは。
モデルさんだし、汚れと思ってやってるんでしょうね。
そうですそうです。そういうものしか求められてないから。いやでも君買い物する時にそういうポーズするのって言ってた人だから、やっぱり不自然さをとっていきたいんですよね。
今を描きたい。ボードリールから言われた現代の現代にある美しさみたいなものを、現代生活の画家になろうとしているわけだから。
自然な姿をスナップショット的なのが撮りたいってことなの?
自然なものをとどめたいと思った。できる限りって思ったんだろうと思うんですよ。
ちなみにオランピアは、それもやっぱり勝負が描かれてて裸じゃないですか。
2年前の総女の昼食と比べたら、裸の女性と男性がいて不労徳だ、そういうブームというか、そういうことがありました。
オランピアは、なんかそのブームなの?
でもそうですよ。高級勝負っていうのが19世紀のフランスだと一定の地位があって、お金持ちのおじさまとかたちはそういう人と遊んでたから、それがいわゆる。
また描かれちゃうと。
しかもああいう女の人たちって、ミモンドとか言って、ウラシャ公会の花形だったりしたわけだから、反公でも活躍してるから、本当にいわゆる卑貧な霊とも言えないんですよ。
でも、大焼けの場で勝負すっぱだかにして描くみたいなことは、サロンの伝統には反するし。
あの勝負は、モデル誰だかわかってるんですか?
はい。
じゃあ、あの人だってわかっちゃってるんですか?
モデルわかってるんですけど、モデルがその高級勝負ってわけではないんですよね。モデルをモデルにモデルを取らせてるんですけど。
高級勝負そのものを描いたわけではなくて、モデルを取らせて、高級勝負風に仕立てて描いてるってことですよね。
で、まあ騒ぎになって。
騒ぎになる。
この後2年後とかってどうなってくるんですか?もう騒ぎも起こさずですか?
えーどうだろう。そう言われるとちょいちょい起こしてますけど。
他にはどういう作品で話題になったとかはあるんですか?
やっぱりオランピアとか早朝の昼食ほどの大炎上はないんですけど、それこそ皆さんが知ってるご存知、笛を吹く少年なんかも落ちてるんですよ。落戦してるの。
30:03
へー。
だから落戦とサロンへの入戦っていうのを繰り返してるんですね。こうことまではいかないんですけど、ずっと落戦のわけでもないし。
あーなるほど。受かってるわけでもないし。
ただやっぱりスキャンダラスでわーってなったのはその2点が最初かなーっていうところですよね。そこまで。
笛を吹く少年なんてあんまり落ちる要素がない気がするんですけど。
しますよね。
単純にもう下手ってことですか?その場合。
いいことおっしゃったと思うんですけど、要は今まで内容の話してたじゃないですか。
早朝の昼食とオランピアも。でも内容だけじゃないんですよ。落ちたり。要は平面的だっていうこと。2次元性を否定してるとか技術の面で。
季節とみられちゃうってことですか?
そう、未完成だとされるみたいな。結局カバネルの陶器のような肌の女性像に比べるとフィニー仕上げって言われるようなそういう綺麗な滑らかな肌みたいなのが、オランピアにも早朝の昼食のラフにもそれがないと。
つまりありのままの女性を描いてるから、そんな陶器のような肌の人なんているわけないじゃないですか。
たまにはいるかもしれないですけど。
いないよ。
いやいやいや、いるかも。
陶器ですよ。つるっとして、なんかアザひとつない人なんていないでしょ。でもね、それには理由があって、超人間なんです。
人間を超えているわけ。人間じゃない。人間じゃない人の裸だから、陶器のような肌で筋性のとれた美しいバランスをしていて、とにかく人間ではありえないラフであるわけ。
ラブドールみたいなことですね。
ちょっと何言ってるかよくわからない。
なんでなんでなんで。
あんまりそういうお下品な例えはどうしたんですか。
いや、お下品じゃないですよ。この回で出てくれた、神美香さんってラブドール作品にしてる人が。
そうですか。
そうですよ。その話もしたから。
ちょっと失言です。申し訳ございません。
そうそう。でもその理想の肉体と、でも現実の人間は違うってことなんですね。話を戻すと。
なので、ビーナスなんですよ。タイトル。
だから女神しか描かないでしょ。
カバネルとかそっちの。
裸の女の人は女神であるとか、前提の偶秘であるとか、そういうことが前提であるわけだから、逆に人間っぽかったらダメなんですよ。超人間じゃない。
でもマネーはそこをあえて人間っぽく描きたかった。
人間を描きたかった。でもそれを意味ならクールベもそうですけどね。
コルセットでぎゅっと締められて、あまり美しいとは言えないようなラフ像を描いてる。ありのままのラフ、その時代の女の人の裸を描くってことですね。
じゃあマネーの作品が少し知説に見えたって、審査員はそう言ったけど、マネーはあえてそうやってたってことが意図的に?
そうですね。知説っていうかどっちかというと未完成に見えるってことだと思います。
33:02
なので、その部分と、やっぱり平面的だととられた。
日本人ってここ難しくて、日本人が見るとそんなに平面的に感じないんですよ。私たち平面体勢がすごいから。
浮世絵とか漫画とか見てる?
そう。私は常々思うんですけど、フランス人の目に見えるものと、日本人の目に見えるものと同じものを見たって必ずしも一致なわけないと思いません?
だって歴史的な文化的背景が違うんだから。
それ言われて思いました。確かに。テルマエロマエとかで、よく日本人平体族って言われるじゃないですか。でも、鼻とか結構出てるぜって思うけど、日本人は平面になれてるから。
これぐらいで海外から見たら、これも平面なの?
そう。平面な顔、平体族で、頭でかいって言われても、え?みたいになるじゃないですか。
なりますね。
確かに。
そうか。そういうこと。
平体族があれば、西洋人の頭で奥行きがあれば幅狭だけど、日本人はE.T.的にぽこっと、アジア人はこういう膨らみだっていう。
比べればそう思うけど。
だからヨーロッパ人と僕らで見てる感覚が違うんだ。
絶対違うし、浮世絵とか林破の屏風だって金箔貼ってるじゃないですか。後ろ平面じゃないですか。でも、あれに違和感なんて感じないじゃないですか。
平面だな。消し辛なんて思わないでしょ。あれが、伝統的なものなわけじゃないですか。私たちにとっては。
そうすると、万年の絵は平面的で、非反二次元的だと言って、どこが二次元なの?十分三次元じゃないって。
三次元じゃないってか、十分立体的じゃないって。奥行きあるじゃんって。
それは本当だ。
思うんですけど、確かに言われて、もちろん比べてみると、そういうことかと思うんですけど。
私たちからとったらそう。
いまだにそうだったらすごいですね。アバターとか見ても、日本人よりも彼らの方がめっちゃ3Dに見えてるのかもしれないです。
知れないですよね。
もしかしたら。
だから、見え方って変なものだなと思うんですよ。
鳥の目で見た姿、こうですよみたいなのたまにあるじゃないですか。
そうなんだっていうような感じで、もしかしたらヨーロッパ人の見え方こうなんですよっていう映像があったら驚くかもしれない。
え、みたいな。しかも平面もスーパーフラットかもしれない。私たちが見てるより。
なるほどね。そういうところもあって。
ただ人間は目で映ってるものを認識してるだけじゃないから、自分たちの今までの育った環境とか、歴史的背景とかがやっぱりすり込まれてるわけだから、そういう目で見ると果たして二次元って言われてピンとこないところあるけれども。
でも、確かに当時のアカデミーでルネサンスからの伝統を脈々と受け継いでラファエロであるとかそういうものを原点にお手本にして目指していくべきだとされてる絵画のジャンルからすると二次元的である。
なるほど。
平面性がひどいと。
36:01
でもこんだけ言われてたマネがどこかで変わるんですか?扱いというか。
世間からですか。
だから本当の晩年ではサロンでもあれになるんですよ。審査いらないよっていう。
無審査ですね。
無審査になるんです。でも本当の晩年。
その分岐点というか分推量とか。
やっぱり描き続けて追いついたってことじゃないですか。周りも。
なるほど。
で、彼のやってることが。で、やっぱり色が明るいし、色の明るさっていうのも彼の特徴なんですよ。
当時のものはやっぱり暗い。カバネルさんとか明るいの多いけど、暗いものが多いって言われてたところにやっぱり彼は彩度、明度の高い。
あまりごちゃごちゃ混ぜない感じで持っていったっていうのは、それは印象派の人たちも繋がっていくから。
そうかそうか。
ちょっとアレなんですけど、印象派って言葉が出てきたからあれですけど、よくマネって印象派の父と言われるじゃないですか。
はい。
でも印象派の父ではないみたいな。
父感なくないですよね。
たぶん今回展覧会でもそういう話が出てたじゃないですか。
まず一般的には、僕もだから美術の勉強とかするとマネ=印象派の父って出てくるんですけど、これはヨーロッパでもそういう扱いでは一応あるんですよね。
そうです。そうでした。そうでした。で、位置付けしにくいんですよ。
小野さん的な見解をぜひ今回。どういう関係だと思いますか。
三浦敦先生はそれこそマネ研究の第一人者ですけど、マネ研究の第一人者ですけど。
2回言いましたね。
一応2回言おうかな。
大事なことだから。
大事なことだから。
三浦先生とかはポストレアリスムという言葉をご自身で作られて。
つまり、サクールベ、社実主義の次の世代。
次の世代という感じで、マネのそういうポジションなんだよってことをお示しされましたけど。
インション派とは関係ないよって。
関係ないというのまではいかないけど、インション派に含むのはどうかなって。
確かにインション派展にも出してないでしょ、マネは。
だからインション派展に出してない。
インション派展に出してる人がみんなインション派ってわけではないけど、
インション派展に出してないのにインション派っていうことにもちょっと違うかなって。
じゃあなんでインション派っぽく思われちゃうんですか。
一番の理由は、だって出てもない。
彼ら、ご存知カフェゲルボアですよ、それ。
カフェゲルボアにマネをしたって、モネであるとかルノワールであるとかね、
文学者のゾラとかその辺もそうですけど、みんなが集まってきてワイワイやってたから、
リーダーって見なされたんですよ。
当時からリーダーとして見なされてたから、そういう若い画家たちを引き連れてるリーダー、
そうするとインション派がそれがほとんどだったか、インション派のリーダーになっていったんだと思うんです。
イメージでオラカって思ってるのは、手塚治虫がいて、そこに藤子藤代とか、
そうですね、そうですね。
藤子さんとかいるようなインション、そういう感じなんですか。
そういう感じなんだろうと思うんです。
39:00
でも、手塚さん以外でみんなでなんかこう、漫画雑誌やってて、
手塚さんそっちには俺は参加しないよって言ってる感じ。
しないよっていう感じだと思いますね。
なんで参加しなかったんですか?
やっぱりサロンで戦って意味があると思ったんじゃないですか。
あれがやっぱり唯一の人目に触れる公の場で、
インション派っていうのはあくまでも自分たちでやってるだけだから。
じゃあ、漫画手塚治虫に例えると、ジャンプとかチャンピオンとかでは連載するけど、
俺たち若手たちが同時に作るんで、兄貴出してくださいよって言っても、別にそっちには…
ふざけんなよじゃないですか。
なんでそっちに出すんだよ。ふざけんなよだったと思いますよ。
そういうことですよね。俺はこっちで勝負するんだよみたいな。なるほどなるほど。
でも結果としてインション派の父みたいに言われちゃってるってことですね。
そうですね。やっぱりリーダーの兄さんだったんで。
でもインション派っていわゆる明るい筆色とかがあるんですけど、
そこらへんはマネが教えた部分もあるんですか?
教えたっていうか、明るい筆色で描いたのを見て、ハッとはなったんじゃないですかね。
インション派のメンバー達が。
結局インション派って、インション派グループ作りますってなったわけじゃないから、
後からインション派展を見たルイルロアっていう記者にインションを書いてるって言われたシャリバリ氏に乗ったっていうのがきっかけになって、インション派ってつけられて。
当時はあんまりいい意味じゃなかったんですよね。
当時はそうですね。
自分たちもそれ気に入って言うようになったっていうだけの話なので、
マネを見て色が明るいとか、そういう意味での技術的なとかやったことに対してのインスピレーションあったと思うんですよね。
おー、こんな画期的なことやってくれた革新的なことをサロンでぶつけてくれたっていう喜びは彼らにはあったでしょうけど、
だからってマネのように同じようなことをやっていこうというわけじゃなくても、
それをきっかけにみんなそれぞれの開拓していったというか、自分で見つけていったと思うので。
これは最後にこういうことも聞きたいなと思うんですけど、
いろいろと今話をいろいろとしてきて、小野さんが考える一番マネの魅力ってどこなの?
いろいろとずっと長いことマネをやってきて、姿勢の部分、作品の部分。
作品だと本当に私結構本気で好きなんですよ。
かっこいいなと思うことが多くて、通好みだと思うんですけど、
華やかパッと見たね、モネみたいに、キラキラみたいなのないし、ルノアルみたいに、女の子可愛いでしょみたいなのはないんですけど、
おしゃれなんですよ。
具体的に、今回出てる作品だとどれが推しなんですか?
例えば、『キク』、『しらんじく』の絵とかあるんですけど、
マネの絵って、ガンビー夫人もすごくおしゃれなんだけども、伝わりにくいかなと思ったんです。
女の人の肖像画かかってみちゃおうかなと思ったんですけど、
42:02
『しらきく』の扇形の絵があるんですけど、あれなんて、構図見てくださいよ。
端っこに花が描かれてて。
図録見ていいですか?
『しらきく』はどこの肖像作品?
茨城さんです。
県尾さん?
はい。
大半空白なんですよ。
扇形のところに白いキクと、赤いキクも少し描かれてるんですか?
そう、赤いキクとあって、大半緑色で筆の流れだけなんですけど、
寂しい感じとか違和感とかないんですよね。
この構成力ですよ。これはすごいと思う。
なるほど、なるほど。
そう、おしゃれな構成だなって。
明らかにジャポニスムっぽくキクをバンバンバンって描くんじゃなくて、
この構図、空白の見せ方なんておしゃれだし、
やっぱり早書きとか、
『がんびふじん』もね、
東京藤美術館さんが書いた。
これは名作ですよ。
熱くか。ぜひ、奇跡を教えてください。
これは借りるのも、本当に、
ありがとうございます、貸して下さってって感じですよ。
日本にあるのが奇跡的なぐらい?
日本にある中でも、完成度、マネの作品の中では、
のぞく完成度の高い作品の一つだと思うんですよ。
これ、どっか公園ですかね?公園みたいなところで散歩してるんですか?
お庭を散歩してるんですけど、マネが晩年療養しているところに、
彼女が訪ねてくるんですよね。
『がんびふじん』の方が。
そうなんです。
散歩っていうタイトルなので、『がんびふじん』の肖像画のようでありながらも、
年風俗を描いたというようなジャンル的にはそういう扱いになるんですが、
構図とかが。
背景がグリーンで、お洋服が黒でしょ?
黒の、都会的な予想ですよ。
このオシャレさ、真っ黒じゃないですか。
なるほど。
お花だけが紫で。
帽子についてる花。
手袋もして。
背景がほとんどグリーンで、
だけどここにポイントに赤がポポポって入ってるんですよ。
花の、はいはいはい。
これはすっごいオシャレだもん。
オシャレって感じ。
真根のポイントはそこなんです。
オシャレさ。
なんか口で言うって、オシャレしか言えない。
それ私がボケア品ながらって話もあるんですけど。
オシャレな、なるほど。
今回の展覧会の話は後半でもたっぷりするとして、
真根の前作品の中でも、小野さんの日本にないものも含めて、
一番オシャレはなんなんですか。
はぁ~。
どういうリアクション?
一番オシャレですか?
2、3点あけてもいいですね。
でも私、生物画が結構好きなんですよ。
アスパラとか意外なところで、
お花もすごいけど、
花とか生物にものすごい、
私は宿ってる感がすごいなと思って。
45:01
宿ってる感、新しい言葉は何がやるんですか?
何だろうなぁ。
命宿ってる感ですね。
存在感があるんですか?
そうですそうです。
でもそれで言ったらセザンヌだって、
宿ってる感あるじゃないですか。
えぇ~って言いますか。
僕はそうはうまいけど、
よくセザンヌって、存在感とか実在感を描きたかったって言うじゃないですか。
セザンヌには感じないんですか?
セザンヌってなんか、カチって感じ。
カチ。カチコロって感じ。
カチコロ。
学芸人と喋ってると思えないぐらいのボキャブル。
いいですよ。
カチコロですよ。
マネはどうなんですか?
もうなんか、シューって感じ。
長島感覚と喋ってるのがぐらいの。
議論だけでやると。
天才と呼んでください。
天才ですよ。確かに確かに。
シュシュシュシュって言うとあれですけど、
何だろうなぁ。
まぁ、要するに何だろうね。
それは他の画家にはないですか?
そこまで感じる人っていうのは。
筆の動きの滑らかさと、
写真で見てるみたいにきっちり写実的に描こうとしてるわけじゃないんだけれども、
独特の生命感というべきなのかな。
なるほどなるほど。
生物とかお花の生き生きとした感じとか、
そういうのがすごいなと思うんです。
言われてちょっと思ったのは、
セザンヌと自分の中で比べた時に、
セザンヌって、僕は嫌いじゃないんですけど、
めっちゃ必死に描いてる感じです。
軽さがない。
全身全装。
抜けたんってやつですよ。
今流行りの。
そこら辺は確かに、
今では別に売れなくてもいいから、
なんかこう、ちょっとこう、
スススッとやってる感じがしますよね。
それが洒落てるんですよね。
なんかお洒落感がある。
汗かいてない感じがある。
スタイリッシュな感じ。
パパって描いたものの中に、
ものすごく凝縮されたものがあるぞっていう感じがするんですよ。
だから、めっちゃスマートな料理人が作ってる感じはしますよね。
こんな帽子被ってないのに、
こんな帽子被ってないのに、
超すごいの出てくる。
コックスとか。
しかも、隠し味とかすごい。
実はすごいのが。
でも、そんなこと全然見せませんよ。
セザンヌは確かに、
料理をめっちゃ煮込んで、
ずーっと月切りで煮込んで作りました。
なんかもう、必死で出してきそうじゃん。
もうこれまずいって言ったら、お前おかしいぞぐらいな。
食べてる方に強制させられそう。
なるほど、なるほど。
美味しいって言わないと返してもらえないそうな感じ。
でも、だからモテるってのもわかりますね。
マネの方がもしデートしたとしたら、
マネの方がオシャレにエスコートしてくれる。
ありとあらゆるものが仕組まれてるのに、
それを感じさせないっていう感じ。
なるほど。
そういうのは逆にもう、
すごい仕込みましたよっていうのがわかっちゃう。
すごい、すごい必死だけどみたいな。
でもこれセザンヌ好きな人、叱られるね。
そっちがいいって人もいるんじゃない?でも逆に。
48:00
セザンヌの方が日本では確実に重要されてますからね。
だからどっちが良しとするかは別ですけどね。
でもこういう話を聞いてると、
俺の中で今日ずっと話を聞いてきて、
マネがビジュアルがディーン・フジオカになりました。
あんなハンサムじゃない?
違いますか?
違いましたか?僕の。
でもわかります?
なんかシュッとした感じのイメージってことですね。
何をやっても得意だし。
でもちょっと容量が悪いところも好きなんですよね。
そういうところもあるんですか?
あるんです。
例えば?
だってさっきトニーさんが言ってたサロンでの下りもそうですけど、
容量が良かったら、あれ出して避難されると落ち込まなくないですよ。
もっとシュッとしてますよね。
なるほどなるほど。
だから純朴さというか純粋さと、
気払わなくても出してるオシャレ感みたいな。
じゃあ、小野さんがマネ物語映画をやるとして、
キャスティングするとしたら誰になる?
僕はディーン・フジオカになる。
そこですかね。
そこ?難しい。
誰だと思います?今の日本人でやる。
俳優さん、もう全然思い込まないわ今。
すごいフラットになっちゃった。
誰だろう。
プロデューサーさんの意見を聞きたいですけど。
そう、ブリシュール。
あー!
シュッとしてるけど、
ちょっと泥臭いところもある。
ちょっと炎上するっていうのもちょっとある。
なるほど。ありましたね。
山田隆行はどっちかと言うとセザンのタイプなんでしょうね。
そうでしょうね。クールめもできそうですよね。
そう、そう、そう。なるほど。
最後に話があるんですけど、
シスレは酢うどんだったじゃないですか。
マネは食べ物で言うと何なんですか?
うどんがいいですか?
うどん系にしましょうか。
麺類、麺類。
でも、印象派のうどんの中の酢うどんだから。
えー!
わかった。サラシナのそばって感じ。
あー!なるほど。
やっぱり作ってはいますもんね。
作り込んだ上で自然な。
しかも有緒正しいでしょ。
なるほど。
有緒正しいかありません?
はい、はい、はい。
高坂サラシナの天命言っていいのかな?
そういう、ほら、
老舗のおそば屋さんのそば。
なるほど、なるほど。
麺ならね。
これでちょっと皆さんにマネのイメージ伝わったかもしれない。
みんなにそばイメージ?
そばイメージ。
最終的にこんなんでいいのかな?
もっと真面目に鶴区が描いてるんですよ。
小野さんのイメージグズグズだな。もうこれ。
じゃあ今回後半もありますのでね。
後半で天然界の話もしていきたいなというふうに思います。
ちなみに天然界はいつまで開いているんですか?
11月3日までです。
文化の日まで行われていますので、
51:01
ぜひ今の話を聞いた上で話を終わっていただきたいなと思いますが、
さらに後半でももっと深盛にしていきたいと思います。
じゃあ後半もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
では次回はですね、このマネをテーマにどのように小野さんが美術展を作っていったのか、
さらに深掘りしていきたいと思います。
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ご視聴ありがとうございました!