アートテラー・とにスのそろそろ美術の話を。この番組は、私アートテラー・とにスが、アートに関わる方をゲストにお迎えして、トークを繰り広げるポッドキャスト番組です。
本日は、日本民芸館学芸員古屋真弓さんをゲストにトークをしていきたいと思います。
ご視聴ありがとうございます。
よろしくお願いします。
古屋さんとは結構付き合いが長いというか、だいぶ長いと思うんですけど。
そうなんですね。その全体像がわからないんで。
たぶんこの数ヶ月でぐっと距離が近づいたという。
というのも、僕が前に出演していた玉結びという番組があるんですけど。
もう熱狂的なファン。
本当にね。そもそもラジオが大好きなんですけど、玉結びは毎朝通勤時に必ず聞いていました。
どっちが先?僕が言いましたけど、玉結びはレリアが決まりましたって言ったんですか?
そうですね。そうですそうです。それは素晴らしいもの。
そうなんですよ。
で、最後の番組が終わる最終回が決まって、
それで出番があと3回しかないっていう時に、大吉さんに飲みに連れてってくださいみたいな話をしたみたいな。
そういう話とかも、ここに取材に来るために大吉さんと最後の玉結び情報を。
本当になんか良かったですね。
ぜひ日本民芸館に赤江さんは多分民芸好きだから絶対来てほしいって言って、
取材の帰り際にチケットをいただいて、これをぜひお渡ししてほしいって言われたんで。
最終回でしたね。
最終回が1個前ですね。
番組でじゃあ言っちゃおうみたいな。
本当は番組の収録終わってからにしようかなと思ったけど、
いやこれきっと古谷さん聞いてるから、番組中で言った方が面白いなと思ってお渡ししたんです。
ちょっとリアクションが来なかったんですよ、古谷さん。
今日来るかなと思って。
出張出てたんですよね。
韓国?
韓国からだとラジコが聞けなくて、空港着いて気になってたんで、
空港から家に帰るバスの中ですぐラジコを聞いて。
リスナーさんがツイッターかなんかでつぶやいたんですか?
私の知り合いがフェイスブックで、これは古谷さんに違いないって言うので、
名前は出してないですからね。
そうなんですよ、この学芸員さんって古谷さんでしょっていうのをあげていて、
それでもう放送中やってくる?私本当にそんなつもりじゃなくて、
渡していただければ十分だったので、
そう、まさか放送中でその大事な尺が決まっている、大事な時間を割いてくださっていると思ってなくて、
韓国で言ってることあったんですかね?
そう、ここをすぐに聞きました。
もう感動でした、本当に。
ありがとうございました、その説を。
いやいや、お役に立ててよかったなと。
そもそも博多花丸大吉さんがすごく好きなので、
お二人にも花丸さんの分までお渡ししてしまって、
そのくだりもやって。
そのこともちゃんとお話ししてくださって、ありがとうございました。
そんな縁もあって、
もう番組はいつか出て欲しいなと、こちらの番組にもと思っていたので、
古谷さんには出ていただきます。
よろしくお願いいたします。
同じものに美しいって感動し合える仲間だったっていうのも大きいと思います。
それでちょっと気になっていたんですけど、
民芸の展覧会をやると、濵田翔治作とか河合勘次郎の作品も紹介されるじゃないですか。
でも、もともとスタート時点で民芸というのは名もなき作家が作ったってなって、
ここにたまに矛盾を感じるというか。
濵田とか河合とかは作家ですよね。
それは別に、濵田とか河合が作ったものを民芸とは誰も言ってないと思うんですよね。
でも、よく紹介されるのは、濵田も河合も民芸の考えを持った人が作ってる作品だから。
そうですね。
あと、民芸を手本にしてるっていうんですかね。
そこを目指して自分たちが作党をしているっていう。
もう作家ではあるけれども、作風が変わっていくので生涯とは言わないですけど、
例えば自分の名前を売るためにとか、有名になりたいから作品を作っているわけではないっていうところが、
言うなれば民芸作家という感じなんですかね。
先ほど出た専職家の芹澤圭介も、やっぱりそういうタイプらしくて。
この柳さんとの直接繋がりがあった人もいますけど、
柳さんが今亡くなったこの後も、結構日本民芸館でも作家の作品を紹介したりするじゃないですか。
その線引きはどうして、今のこの人たちは民芸の人として扱おうじゃないけど。
あ、作家をってことですか。
それはなかなか難しいですよね。
でも一つには、日本民芸館展というのがあって、それは公募展になるんですけど。
ここは年に一回やってるやつですね。
はい。それは全国どなたでも、民芸という思想に共感をして、
そこを自分の制作の基盤としてやっているっていうことを、一応趣旨として公募しているので、
そこで審査をして、入選と純入選と落選等に分けて、
入選と純入選の作品は展示をしているんですね。
その時の、これは古屋さん的に答えづらかったなと言っていいですけど、
この人はちょっと民芸じゃねえなとか、この人はちゃんと民芸をリスペクトしてるなっていうのは、見てパッとわかるもんね。
明らかに違う方もいらっしゃるので。
それはどういう感じなんですか。作家性が強すぎるみたいなもんですか。
そういう方も装飾性が強い方もいらっしゃいますし、
あとはそれこそ土産物のイメージで作られたんだなっていうとか、
あと生活の中で使われるためだったらいいんでしょうみたいな。
そう思っていらっしゃらないかもしれないですけど。
受け取れちゃうっていう。
不安いなものとかもあるので、その辺はわかりますけど。
結構章としては難しいですよね。
難しいと思います。
他の公募店ももちろん難しいと思うけど、自分がいいと思うものとか美しいと思うものを作ればいいっていうのが大体公募店の勝負だとしたら、
民芸かどうかの審査っていうのって。
民芸かどうかで審査をしているっていうよりも、
そこに人の心を用としてもちゃんと成り立っていて、
人の心を何かしら引き付けるものがあるっていうところで審査の先生は判断してるんだと思いますけど、
そこが民芸か民芸じゃないかって言っちゃうと、
すごく民芸が条件として、これとこれとこれをクリアすれば民芸ねみたいなそういうものになってしまうので、
決してそういうものではないっていうのが大事なところじゃないかなと思いますけど。
それはだから柳さんが民芸の収集するときもそこで見てたってことですね。
条件とかで見てるわけでもないし、
こことこことここクリアしてるから、はいこれ民芸って言ったわけでは決してなくて、
いろいろ集めて、美しいなと思うものを集めて、
なんでこれらがこんなに美しいんだろうっていうことを考えて、
これは生活の中で使われるために作られてるんだとか、
自然の素材を生かしきっているんだとか、
それから誰かの生活が良くなるように祈りが込められていたりとか、
そういうことが見えてきたっていうので、
民芸っていうのはこういうものであるっていうふうに発表したわけですね。
それが逆になっちゃうと、またちょっと違うかなっていう。
なるほどなるほど。
結構そこは難しいですけど、何回も見ていかないとわからないというか。
だから民芸館も僕もだからそれこそ何度も来るようになって、
だんだんわかってきました。
やっぱり最初いろんな美術、それこそアートテラーとしていろんな美術館見に行って、
何も知らないといいですよっていろんな美術館に行って、
あ、民芸館ってのもあるんだと思って行った時には、
やっぱり最初は正直戸惑ったというか、あれ絵画もないし、
あったとしてもなんか昔のペタズマみたいな絵らしい。
何を良しとする?
例えばお皿とかも作家さんのものじゃないわけじゃん。
お婆ちゃん家にあるのと何が違うんだろうとか、
戸惑ったけど何度も来るうちに、
日本民芸館のみんなが選んでるセレクションの良し悪しというのがわかってきて、
だんだんなじんでいった感じはあるので。
だからいかにこれは誰々が作ったものだからっていうので、
ものを見てるかっていうことなんだと思う私たちが普段。
だからそういう、誰が作ったんだろうっていうのに頼ってたりとか、
あとこんな、例えば殿様が使っていましたみたいな、
これだけの材料をふんだんに使ってますみたいな説明書きで、
なるほどすごいんだって理解してるとか、
そういう目でしかいられてないんだなっていうことが、
だから民芸館みたいなところに来ると説明書きもないし、
じゃあ自分の目で見ろって言われて、
そういうのに慣れてない人にとってみたら、
すごくハードルが高くて不安じゃないですか。
何を良いと思っていいんだろうみたいな。
でもそこを乗り越えてほしいっていうか、
それでまずその不安を知るっていうのもまず第一歩で、
自分の中にその主軸がないっていうか、
でも例えば外国の方なんかにとってみたら、
もっとキャプションがないわけですよ。
残念ながら日本語でしかキャプションを出していないので。
でもそんなことは本当は問題じゃないっていうか、
そういうのじゃなくパッと見て、
今すごく外国のお客様多いんですけど、
それですごく満足して書いてくださっているのを見ると、
偏見なくものを見て、
その美しさを感じ取ってくださっているのかなっていうふうに思います。
そうですよね、キャプションがなくて、
一回キャプションの取材をしたことがあるんですよね。
そうですよね、そうでしたね。
変わってて黒い板に種で書いてあるんですけど、
元々はそれすらも置かない予定だったって言ってましたね。
一番大事なのが柳さんの考えで。
そうですね、そうですね。
親切だってその当時にも言われてたみたいで、
それで悩んで柳は。
他の美術館なんかにも行って、見てる人を観察して、
そうするとやっぱりあまりにも説明が多いと、
みんな物は見てないと。
じゃあ物も見てほしいし、
その美しさ展示っていうのも創作だから、
その美しさを損なわないのにどうすればいいかっていうのを考えに考えて、
黒に種で書く、最低限の情報っていうのが一番いいだろうということでそうなって、
それをずっと踏襲しているって感じです。
すごいですね、今まで手書きですもんね。
そうですね。
でもそれを聞いて思ったんですけど、
確かに美術館最初に来た時にほんと戸惑って説明もないですし、
と思ったんですけど、
ちょっと語弊があったんですけど、
好きなセレクトショップあるじゃん、僕の中で。
そこ行った時はもう別に説明ないじゃないですか、セレクトショップ。
でもこのお店が選んでる物だから、
ここにある物は全部好きだなって思うんですよ。
だからセレクトショップと一緒にしてるわけではないけども、
日本美術館はそこに近くて、
柳さんっていう選手がいて、
この人が選んでる物を目で見くるみたいな感覚。
そうですよね、それってすごくいいと思います。
身を委ねちゃうっていうか、
そこもすごく自分も素直になって、
しゃに構えて何かこう言ってやろうじゃないけど、
そういうのとか何も考えずに、
ただ委ねて見るっていう、
それも直感の一つだと思うので、
本当に偏見のない人だったと思うんですよね、
委ねをして。
だから見る人もそうあると、
すごくいいと思います、セレクトショップっていう。
本当ですか、ありがたい。
でも柳由美さん、偏見ないって聞いたことがあるんですけど、
これも聞いたんですけど、
コケシだけは集めなかったみたいな。
別にそこにこだわって、
コケシだから集めないっていうわけではなかったと思いますけど、
実際に黒コケシっていう何も模様が書いてないのは1個あるんですよね、
集蔵品に。
だからそこに、何て言うんだろう、
本当こだわった。
でもその一万何千ってあるとかで、
その中でも柳由美が特別これは好きだったとか、
心にその美術館のマスターピース的なのって言われたら何になるんですか?
ちょっと1点っていうのは難しいと思いますけど、
柳由美が特に大切にしていたものは、
収納する箱に力が入っているので、
そこに仏言って言って、
短い言葉を書いていたりするんですよ、
そのものについての褒める言葉であったりとか、
特徴を言うような言葉を寄せているものがあって、
そういうものは特に大切にしていたんだなというのが分かりますね。
僕、いくつか挙げられたりしますよね。
えーとね、真っ直ぐには出てこないかな。
でも民芸館のパンフレットだと、
この表紙はあれですよね、
木軸の。
これは毎年、
そうですね、年間予定で書いていて、
木軸物もとても大切な作品なので、
大切にしていたと思いますけど、
これは次の展覧会に向けて選んでいます。
でも、500点くらいいつも見れるわけですから、
名品も出ていると思うんですけども、
聞いた話だと、
このオンエアが7月8日、
そして7月8日からですか、
でかい民芸展がちょうど始まっているという、
民芸館にももちろん皆さん来ていただきたいですけど。
大阪中野島美術館で、
民芸展という、
美は暮らしの中にあるという展覧会が、
ちょうど始まっていまして、
これは民芸館の作品が中心になって、
あとは静岡の清沢圭介美術館とか、
いくつか貸し出しありますけど、
これは外の企画なんですけど、
大阪から始まって、
いわき、世田谷、富山、名古屋、福岡、広島って、
結構全国ツアーですね。
そうなんですよ。巡回するんです。
それずっと、日本民芸館の名品が回るってことですか。
そうですね。1年半、2年近くかけて、
全国を巡回しますね。
普通に考えたら、
そういうのって、
海外の組織の、
その本館が、
改修工事するんで、
名品貸し出して、
なんとかみたいになるけど、
その期間も日本民芸館は空いてるってことですか。
もちろんです。
それだけ出しても、
全然遺作も書いてないというのは失礼ですけど、
去年のそれこそ、
東京国立近代美術館でやったやつも、
ほとんど日本民芸館の名品になってます。
その時も聞かれました。
日本民芸館はお休みするんですか、
という問い合わせは結構ありました。
でも関係ないってことですね。
関係ないですね。
東京国立近代美術館でやった民芸館も、
だいぶでかい民芸属じゃないですか。
今回はまた違うんですか、
その民芸展とは。
そうですね。
どっちからかというと、
現代につなげるとか、
生活のライフスタイルみたいなところに、
フューチャーした展覧会かなと思います。
参照立てになっていて、
最後の部分はビームスさんがちょっと関わって、
今の現代の人たちのものがセレクトされて、
一緒に並んだりとかするみたいですね。
主催は民芸館じゃないので、
詳細はお問い合わせくださいという感じですけど。
でも日本民芸館の名品も見れるというか、
ほとんど見れるということですね。
はいはい、いろいろ出ますね。
面白いと思います。
そしてさらにですよね、
今手元にいる。
それこそ日本民芸館と現代の作家の関わりというと、
湯之久三郎さん、大吉さんと赤江さんにも渡したのも、
湯之久三郎展のチケットでしたからね。
すごいいい展覧会でしたけど、それも。
そうですね。
8月の23日から、
こちらは高島屋さん、大阪の高島屋さんが先になるんですけど、
湯之久三郎と仲間たちという展覧会が始まります。
百貨店さんでの展覧会なので、
ちょっとそれぞれ会期が短いんですけど、
大阪が8月23日から9月3日までで、
その後東京の日本橋に移って、
9月6日から9月25日まで開催します。
これは製飾家の湯之久三郎さんと、
湯之久先生は今100歳を迎えられていて、
今なお現役で、
ちょっとポッドキャストって見ていただけないですけど、
この大字は湯之久先生が今回この展覧会のために彫ってくださったんですよ。
書いたのに彫ったんですか。
肩彫りしてくださって、染めてくださったんですけど、
現役でそういう活動もされていて、
でもその湯之久先生が、
自分はラッキーなことにこの年まで生きてるけれども、
自分は一緒に歩んできた仲間たちっていうのがいたんだっていう、
そういう人たちもきちんと紹介されるべきだっていう風に、
すごい強い思っていらして、
今回湯之久三郎と仲間たちっていう風にして、
同時代を一緒に歩まれた陶芸家の竹内誠二郎さんとか、
船木賢治さんとか、
それから猪木先生が、
芹澤圭介さんに支持してずっといらしたんですけど、
芹澤圭介さんを中心に作られていた、
萌木会っていう染色家の集団があって、
その萌木会に名前をつらねていた、
作家さんたちの作品も、
そんなにたくさんではないですけど、
展示をします。
湯之久さんと日本民芸館のつながりはいつぐらいから?
湯之久先生はそもそものスタートとして、
民芸に関わっていらして、
もともと大原美術館で、
戦後働いていて、
そこで雑誌工芸に出会って、
その当時大原美術館ってお客さん少なかったんですって。
それで仕事が暇だったから、
工芸を読む時間があって、
その考え方にすごく惹かれて、
大原美術館の売店で、
芹澤圭介さんが作った型染めのカレンダーも見て、
すごい心を動かされて、
その時の大原美術館の館長さんが、
竹内清美さんという方で、
その方は柳先生とも交流もあった方で、
柳先生の信仰者だったんですよ。
だから大原美術館に民芸館みたいなのもあるんですか?
そうですね。
芹澤先生がデザインして。
そもそも民芸館ができたのは、
話に戻りますけど、
大原孫桜さんという立派な方の寄付があっての、
そうなんですか。
ちょうどここじゃなくて、
違う部屋ですけど、
西館に大原孫桜さんが、
大原美術館を作った人ですよね。
そうです。
長屋門という民芸館の西館の方も見にいらして、
その時に民芸館の設立の話があって、
自分が資金提供しようと言って、
当時のお金10万円をポンと出してくださったんです。
当時のお金10万円、今にすると10万円なんですか?
調べたんですけど、
いろいろ説があって、
何を基準にするかで違うみたいなんですけど、
企業物価指数で考えると、
636倍なので、
商売2年なんですけど、
もうちょっと上かもしれないけど、
6千万くらい?
でもお米の値段で換算すると、
818倍だったので、
1万くらいのお金を出してくださって、
他にも賛同者がいっぱいいて、
小原さんが一番多額なお金を出してくださいましたけど、
その資金があったからこそ。
すごく失礼な言い方をするんですけど、
民芸館ってすごくいい感じの建物で、
そんなにお金がかかっているとは思ってなかったんですけど、
今できるととんでもない、
1千万ものができたくらいの金額ですよね、6千万。
そうですね、お金かかってる。
かかって作ってるんですね。
それかもしかしたらかかってない方なのかもしれないですよね。
それでもですか。
やっぱりあれだけのものを建てるって、
結構なお金かかると思うので、
そんなにすごく立派な素材を使ってるわけではなさそうなので、
かかってない方かもしれないです。
もしかしたらそのお金で新しく収集してたかもしれないですよね。
いただいたお金の中で。
いやいや、それはさすがに。
それで青原で働いてた柳さんが、
柳さんが、
そうですね、それで紹介してもらって、民芸館を訪ねて、
柳先生の紹介で星座先生とも会って、
そうなんですか。
それで星座圭介に、こういうふうに修行するといいよってアドバイスをもらって、
静岡の方の講演講座さんに弟子入りするっていうのが、
そもそもの柳先生のスタートで、
民芸館にもししげく通われていて、