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#431 人間が人間である理由とは?ベルクソン哲学の本丸「エラン・ヴィタール」
2026-06-14 58:20

#431 人間が人間である理由とは?ベルクソン哲学の本丸「エラン・ヴィタール」

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00:11
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今回でベルクソン第5回ということでやっていきたいと思います。
はい、前回はですね、物質と記憶みたいな本がベルクソンにあるよっていうちょっと紹介もしながらですね、
ある種僕らって普段、この現在っていうものをある種大事にするっていう考え方と、あとは過去ですよね。
未来っていうものがあったときに、ベルクソンはむしろ過去とかこれまで積み重ねてきた記憶っていうものがある種大きくって、
その先っちょに、前回のサーフィンとかいろんな例を出して、何とか伝えようってちょっとしたと思うんですけれども、
その先端に生きている僕らっていうものは、その膨大な過去の記憶とか、あるいは精神みたいなものとか、
そういうものに突き動かされて、今この現実、現在の物質的な世界で生きてるんだ、みたいな。
そういうふうな世界観っていうものが、ベルクソンの持続、時間捉え方を持続っていう話をしたと思うんですけれども、
そういう考え方だとできるんだよっていう話をしたかなと思うんですよね。
はいはいはい。あれだもんね、ゼドンのパラドックス、矢の話みたいな感じで、
一瞬一瞬止まった矢を繋げると、動いてる矢になるんですかと。
はいはい、そうだね、分割してね。
人間でいうと、この一瞬一瞬の現在、現在を切り取ったもの、もしくは積み重ねたものが、その人の人生になるんですかっていうところに対して、
結構直感だったりとか、うちらの感覚だと、人生を積み上げてる感じってあるんだけれども、
実はそのベルクソンの持続っていう観点からすると、そういう記憶っていうものがバーッとあって、
それが全体としてある中で、現在っていうものがその全体にちょちょちょちょってあるよっていう順番だから、
現在の積み上げっていう風にやっちゃうと、ゼノンのパラドックスみたいな感じで、ちょっと意味わかんないことになっちゃうよねっていうのがベルクソンの話っていう理解で大丈夫?
大丈夫です、今のとこは早くとけです。
あとの話をもう一回言い直すなんて、ちょっとこっちの理解度チェックっていうことでちょっと。
そうだね、そうだね。もちろんベルクソン本人の言葉を本当に理解しようと思ったなっていう話はあると思うんだけれども、
一旦イメージとか記憶として理解するっていう意味では、今の話は全然オッケーかなと思って。
03:00
面白いね。だからこの、うちらが現実、現在か、現在っていうものを聞いとって考えちゃうっていうのが、
ベルクソン的に言うと空間化しちゃってるね、君たちっていう風になっちゃうっていう、この空間化っていうキーワードが今回大事な気がするね。
まさにそうだね。やっぱりその空間化とか切り分けちゃうとかね、言葉として出ると思うんですけれども。
これってやっぱり頭ではね、今あんたが何気に説明してくれて伝わってるかなと思うんだけれども、
やっぱりこの感覚的に、じゃあ持続を生きてくださいって書いてもさ、多分かなり難しいと思うんだよね。
やっぱりその腹落ち感がやっぱり難しいとか、分かろうとすればするほど分からないみたいなもどかしさみたいなものが、
まさにこのベルクソン哲学のある種の特徴があるよなって思うんだよね。
っていうのが、ある種は分かる、よく日本語だと分かるは分けるだみたいな話でさ、
分割して細かくすることが理解の一歩だよみたいな話。よくロジカルシンキング界隈とかであるんだよね。
それはそうなんだけれども、ある種ベルクソンが言ってた正反対というか、分けちゃダメとか空間化するなっていう、
やっぱりこの直感、ある種僕らが普段やってる思考とか、もっと言うと知性の働かせ方と逆のことを言ってるっていうのがめっちゃむずいんですよね。
うーん、そうはね。
で、そのとおり難しさを今感じてくださってる皆さんであればもう一歩先に行けるんじゃないかと思って、
今日はお伝えをしていくんですけれども。
まだ先があるんだね。
先がね、あと今日と次回とも何かあるんですけど。
何かっていうと、前々回くらいかな、空間と時間とかっていうことをやって、時間というものを踏み込んでみました。
前回は時間、持続の中で生きる個人というか個体で、どんなふうに生きるんですかっていうところで、
アミノ兄貴が言ってくれた現在を積み重ねていくんじゃなくて、過去というか記憶、世の中がちょっと続いている中だよっていう話があったときに、
これからある種ベルクソンが発想を広げて、ある種生命みたいな生命ね、生き物全体。
はいはいはい。
もっと言うと宇宙の歴史とか流れみたいな。
おおー、だいぶいったね。
そういうところがね、発想を広げていくんですよ。
わー、そうなんだ。なんか久々はね、こういう宇宙みたいなさ、哲学の流れから宇宙みたいな話に。
そうね。マルクスとかミルとかはどっちかというと社会だったんだけれども、
06:05
あれですよ、すごい哲学者っぽいなと思うのは、持続っていうものを仮に生きようとしたときに、
それで人をミルトとか社会をミルトとか世界とか宇宙をミルトっていう風に、やっぱりそういうところまでどんどん広がっていくわけなんだよね。
そうか、確かに前回の最後の方で結局イレコになってるよねみたいなね、話したもんな。
これ何て言ったっけ、イレコ。
イレコというか、例えばさ、前回こういう話したか、あれだけれども、
例えば人間そのものも、例えばその人類っていう持続の一空間化かもしれないみたいなさ、そういう風にしていくと、
じゃあその人類はさらに何かの持続の空間化でしかないかもしれないみたいなさ、
そうやっていくと、何かその、まあイデアじゃないけどね、何か到達点みたいな、何かもしくは空みたいなものにたどり着きそうじゃん、何か。
でも本当にね、実はそういう風な話があって、
今日ね、まさにティーワードとして出てくるのが、このエランビタールっていう、これ言葉だけ伝えたかもしれないけれども。
なんかかっこいいねって言ってたよね、紹介で。
そうそうかっこいい、必殺技っぽいねみたいなやつ。
日本語で言うと生命の躍動とか出たりするんだけれども、
そういったものが実はこの宇宙の根底というか、根源的なものとしてあるんじゃないかみたいな、
そういうことはベルクさんは考えるんですよ。
でもこのじゃあね、生命の飛躍とか言っても全然わかんないじゃん、躍動かな?
うん、わかんない。
っていうのがあるので、じゃあそれって何なの?みたいな話とか、
なんでそんなことを言わなきゃいけないの?っていう話を今日はお伝えしていこうと思っているんですよ。
というとこなんですよね。
なるほど。
なんかね、だってさ、エランビタールが大事なのだとかさ、生命の躍動が大事なんですってさ、
そういうセミナーあったらちょっと行かないもんだって。
哲学だと思わないもんね。
いや、まあそうだよね。
いきなりそこから入られちゃったらね。
そうそうそう。
っていうのがあるんで、
ただ皆さんね、一応これまでの持続っていうものを何となくね、掴んでいただいたとすると、
今日の話も、何だろうな、すんなりとはいかないまでも、
本当にこういうことかなっていうふうなことまではいけるかなと思うので、
お話ししていこうと思っているんですよ。
はい。
というとこなんですけれども、
まずベルクさんが意見なんだけれども、
人間というものをどう捉えてますか?というとこはちょっと話を始めたいんですよね。
人間。
で、もちろんいろんな人間には特徴がありますよって話があるんだけれども、
ベルクさんがやっぱり一番注目するのが、
さっきから話した知性みたいな話なんですよ。
やっぱり動物と人間を分けるものはっていったときに、
09:01
過去で言うと理性と知性って何が違うのかってあるんだけれども、
ベルクさんは生きている現実とか物質的なところから話を始めたりもするので、
わかりやすい例で言うと、やっぱり人間って道具を扱うじゃないですか。
道具ね。
これって動物も道具を使うじゃんとかって話もあるんだけれども、
ベルクさんが面白いのは、やっぱり道具を作って、
さらにその道具で別のものを作るみたいな、
そういう繋がりっていうものがある種、人間は無限にとは言わないまでも、
どんどんどんどん作り出せるよねっていうふうな話をするんだよね。
例えば、よくビーバーとかが川を敷き抜いてダムを作りますみたいな話があったりするじゃない?
木とかを集めてきて。
それもある種、ビーバーなりの知性、力だし、
そういう木とかを道具としてダムを作るっていう意味では、
まさに何かを作ってるって話でもあるんだけれども、
それが知性ですかって言うと、このベルクさんの文脈で言うと、
それはある種、特定のものを特定の目的で繋げて作っているだけで、
ある種、それをさらに間接的に繋げて、
ハンマーを作って、釘を作って、それで板を打ち立ててダムを作りますみたいな、
そういうものとは根本的に違いを見ていることを考えるんだよね。
なるほど、なるほど。確かに。
それをね、そのダムを作って、それで発電してるわけでもないしね、ビーバーのね。
そうそうそうそう。
そういう意味で言うと、人間はその先の先の先を考えられるみたいなことも含めて、
やっぱり知性として、他の動物とは違うよねっていうことを考えたりします。
そういうところなんだけれども、これ面白いのが要は、
じゃあその道具を作るって何ですかって言うと、
イコール、それって世の中にある素材、石とか木とかでもいいんだけど、
いわゆる非生物だよね。
っていうものを、ある種自分たちにこれは役立つとか、これは役立たないとか、
あるいはこの木の一部、枝をこれに使って、幹はこれに使って、
ある種分解して切り分けて、それを組み合わせるんだって話じゃないですか。
つまりここにすでに人間の切り分けて便利なものを作るとか、
あるいは空間化して同じ木からハンマーを10本作るみたいな。
その木っていう、木は一応生き物として捉えるんだけれども、
12:00
その生き物っていう本来なら1本1本違いがあるものを、
ただの素材として扱って、
ハンマーっていう、ある種別に違いがないような、
どのハンマー使っても別に釘の打ち方は仮に一緒だとした時に、
そういうものを作るんだっていう、この力っていうものを、
ベルクスは地生だっていうふうに捉えるんだよね。
うーん、そうなんだ。ほうほうほうほう。
なので、聞いたことあるかな。ホモファーベルみたいな言葉って聞いたことある?
うーん、ないかな。
ない?ホモサピエンスは聞くじゃない?
ホモサピエンス、うーん。
これは人を知恵のある人みたいな話をした時に、
同じような意味合いでホモ〜っていう、結構そういう界隈があるんですよね。
はいはい、なんかホモなんとかは聞いたことはあるけど、ホモファーベル。
そうそう、ホモファーベル。
これは実はベルクソンの言葉だって言われていて、
で、ファーベルっていうのは、いわゆる作る人。
だから職人というよりは工作人?っていうふうな話だよね。
要は、人間の本性としてそういうものを、道具とかを作るっていうことが、
人間の根源にあるんだっていうようなことを言ったりするんだよね。
うーん、そうなんだ。ほうほうほう。
今言った通り、これ面白いのが、
動物と人間を切り分けているのは知性じゃないですか。
うんうんうん。
知性っていうのは、世の中にあるものを分割して、
道具として使いにすることなんだけれども、
あれよ、待てよと。
前回はさ、そういった切り分ける力って、ちょっと悪役っぽく言ってなかった?僕。
うん、そうはね。
なんかやっちゃってる感ね。
もう考えずにやっちゃってる感があったよね。
そうなんだよね。
これとか面白いのが、要は、人間は知性によって動物と分かれている。
ある種、当時の感覚で言うと進化していて、
他の動物よりも先にいっているんだけれども、
逆にこの知性によって、人間は持続っていうものを捉えられないとか。
はいはいはい。
ある種、時間すらも分割して、切り刻んで時計の時間にしちゃってるっていう話なんだよね。
まあ確かに同じだね。さっきの木を空間化してハンマーを作るのと似てるよね。
その時間を空間化して、道具化してるもんね。
そうそうそう。
その時に、知性って果たして良いものなんでしたっけ?悪いものなんでしたっけ?みたいな、
そういうことが要は出てくるわけなんだよね。
確かに確かに。
っていうのを、ある種、人間だけ見てても分かんないんで、
分かんないんで、宇宙とか歴史から見てみましょうっていうことをベルクさんも考えるんですよ。
15:04
うーん、そうなるんだ。
そうなるんだね。
つまり、なんでそもそも人間はそういうふうに動物から分かれたのかとか、
なんでそもそも知性という働きがあるのかとか、人間が持っているのかとか、
そういうことってある種、歴史を考えないと分かんないんだよね。
そうなんだ。
歴史っていうものもある種、普通に考えちゃうと、
カンブリア紀があって、なんとか紀があってみたいな、分割されちゃってるじゃん、それも。
へー、そう捉えるか。なるほど。
だって、そもそも1000年前から、
何億年前から何億年前までという時に、
それを区切って、億年という単位で空間化しちゃってるじゃん、それを。
まあまあまあ、そうね。
分割しちゃってるから、その歴史観も使えないんですよ。
へー、徹底してるね。はいはいはい。
会った時に、どう考えるんでしょうかっていうことを、
今日でも話していくんですけれども、
ここで、常にぜひ皆さん、頭の中に置いておいてほしいのは、
やっぱり持続だし、分割できない流れみたいなもの。
うんうんうん。
っていうのを常に頭に置いていただきたいんですよ。
はいはいはい。
はい。
というところでね、長かったけど前段が終わったので、
ここから本題に入っていくんですけど、
ある種知性っていうものは、結論から言うと別に悪いものではないんですよ。
うんうんうん。
いいようなんだけれども、これをどうやって、
この宇宙というものとか、あるいは生命というものが育んできたんですかっていう話なんだけども、
これはですね、要はベルクソンに言わせると、
この地球上の全生命、絶滅したものとかも含めて、
そういうものを考えられるとしたときに、
これっていうのは、実は一本の木から伸びた枝みたいなものなんだって話をするんですよ。
うんうん。
つまり、ある生命が別々に分かれているんじゃなくって、
これ教科書とかでもあると思うんですけど、
ある種アメーバみたいな原生生物。
うんうんうん。
これから分かれていって、魚類とか鳥類とか金類とかいろんなものが分かれていって、
その先にチンパンジーと人間みたいな分岐がありますみたいなさ。
はいはいはい。
そういうようなイメージってあると思うんですよね。
うんうん。進化論的な話だよね。
もっとたどっていくと、ある程度一つのものに収束していくよねみたいなね。
うんうん。そういうような流れがあると思うんですけれども、
これが、ベルクさんからすると単純に種を配置したらそうなったっていうことじゃなくて、
18:01
そもそも生命っていうのは一本の木とか、もっと言うと流れみたいなものがあって、
そのエネルギーからある種分かれていったとか分離していったものが、
それぞれの種族だし個体なんですよっていうような考え方をするんですよ。
ちょっとまだ分かんないと思うんで、もうちょっと話すんですけど、分かんないよね。
その流れって今言ったものがあるんだけれども、
これはさっき言ったエランビタール、生命の躍動ですと。
どういうことかっていうと、要はこの、じゃあ仮にエランビタールというものが、
なんか分かんないけどエネルギーみたいにバーって流れてる。
それこそ川でもダメでもいいんだけど、そういうふうにバーって流れてると、
ちょっと想像してくださいと。
で、これが実は2つの力がそこに関わるっていう話をベルクさんは考えていて、
1つは、この流れがある種弱まっていくとか、止まる働き。
これ止まると要は物質になるんですよ。
そうなんだ、ほうほうほう。
ちょっとこれはイメージでわかりやすくされてるところがあるんだけれども、
生命、さっきエランビタールは生命の躍動ですと言ったと思うんだけれども、
やっぱり生命とは何かって言ったときに、何かが分からんけれども、
石と人が違うことはなんとなく分かるじゃないですか。
っていうときに、ある種の動きとか、やっぱりその、何だろうな、
止まっているか動いているかってところって結構根本的な違いかなって思うんだよね。
おお、なるほどね。はいはい。
ここは大丈夫かな?なんか立派論として。
石は、生き物じゃないものは、自ら動かないイメージがあるよね。
あ、そうそうそう。
逆に生き物は、そもそも植物でもね、ちゃんと成長してるから動いてる。
大きくなってるし、みたいな。
動物だったら言わずもがな、みたいなね。動いてるし。
そうね、動物動くものってまさにね、みたいな話があるときに、
そういうふうに、エネルギー、さっきのエランビタールっていうものか、
ある種弱まるというか、何ていうのかな、
止まって物質に変わろうとする動きっていうものと、
物質にならないぞって言って、
俺は生命なんだ、みたいな感じで、
動き続けるみたいな、そういうふうな働きの2つの力があるんだよっていうふうに言うんだよね。
今の物質になろうとする、みたいなのは、石とかの話?
石とかの話。生き物じゃない。
そうなんだ、へー。
ある種ほっとくと、生命の躍動が仮にないとか弱まると、
21:05
宇宙とか地球っていうものが物質だらけになります。
でもそれをあえて動こうとするとか、
坂みたいな例えもしてるんだけれども、
物質になるというのはある種、下り坂で水が低いところに流れるように、
何もしないとそっちに行っちゃうらしいんですよね、ベルフソンに言わせると。
でもそれをあえて逆らって、上り坂を登るとか、
上向きにある種、自分を押し上げていくみたいな感覚。
それが実は生命の動きなんだよっていうことを考えるんですよね。
へー、そうなんだ。
さっき言ったのはまさにそうで、重力があるからさ、
普通にすると、下に下にって木も行っちゃうと思うんだよね。
それを幹を作って、太陽とか光の方に伸ばすために上に上に伸ばすっていう時に、
そういう力に逆らうような働きって呼ぶのがあるから、
あえてベルフソンはこれを生命の躍動とか、
そういう激しい動きっていうふうに捉えるんですよね。
そうなんだね。
これをある種考えたときに、この生命の躍動が、
それぞれの種族とか個体になっていきます。
これ面白いのが、
生命っていう大きなものを考えたときに、
これ要は物質を超えていくとか、
物質から生命に変わっていくっていう働きがあるんだってことを言うんですよね。
そこに大きな3つのルートがあるって考えていて、
その3つのルートが植物と動物と人間なんですよね。
へー、そうなの。
これは正しい間違ってるっていうのは多分いろいろ突っ込みがあると思うんで、
一旦ベルフソンの話を浴びるみたいな感じで聞いてほしいんだけれども、
生命の躍動っていうものがあったときに、
逆に言うと、当然地球はそうだけれども、
もともとは生命がいなかったと言われてますと。
で、なんでそこから生命が生まれたんだっていうのは今でもわかってない、
なかなか大きな謎ではあるんだけれども、
ある種その生命が生まれたとしたときに、
植物、動物、人間っていう3つのカテゴリーがあるよっていうふうにベルフソン捉えるんですよね。
で、もちろん一番物質に使えるのは植物だよね。
で、ベルフソンから言わせると植物っていうのは物質とある種の妥協をして、
その交互性っていうものを使って、自らの生命を維持します。
なので、ある種効率的というか、光があれ、光と水があれば生きていけるんだけれども、
あと酸素とか、酸素あれば生きていけるんだけれども、
24:01
その分、自分から動くとか、
あるいは何か外界に対して機敏に反応するみたいなこと。
もちろん植物も周囲の環境に合わせて自分の生き方を変えてるとかっていうのはあると思うので、
そういったまさに動物としての生き物としての動きってあるんだけれども、
やっぱり普通に考えると物に近いですね。
っていう意味で、物質、物ではないんだけれどもまだ物に近い生き物みたいな、
そういうふうなものとして植物を捉えるんだよね。
さらにそれを突破しました。
要は今、物っていう壁を突破して、その生命の躍動がね、
ドゾドゾってその翻りが立ったとしたときに、
物っていう壁を越えて今植物まで来ました。
まだ植物って、これも本当イメージだからあくまでもそういう捉えてほしいんだけど、
植物って壁がまだあって、そこで咳き止まられたんだけど、
今度はそれを突破して動物に行きます。
動物に行くと今度は、やっぱり魚であれ、鳥であれ、
自分で動き始めて、虫でもいいんだけど、自分の栄養源を探しに行くじゃないですか。
そうするとやっぱりまさに動くっていうことが基本になってくるし、
獲物とかでは自分の生存しやすい環境を探すための感覚とか、
そういったものを発達させていくんだよね。
ってなるとやっぱり植物よりはより生命感が増してきましたね。
はいはい、動き感がね。
動き感がそうで生命の躍動が実現されてきましたね、という感じなんだよね。
ただ、これもよくあると思うんですけれども、
動物といえども、もちろん単純な動物からは複雑なものがいろいろあるんだけれども、
基本的には本能と呼ばれるような、刺激と反応みたいなところを閉じ込まれちゃってますよね。
ベルクソンってね、第一回とかもそう思うんですけど、
やっぱり自由とは何かっていう話は考えてるんですよ。
逆に言うと動物に自由がまだ足りてなくて、
いろんなことをやるように見えるんだけれども、
さっきのビーバーみたいにダムを作って、すげーとかってなるんだけれども、
それもたぶん、分かんないけど、別に作りたくて作ってるわけじゃないし、
別にダムっていうものをめちゃめちゃオシャレにして、
私好みのダムにしようとも思ってないとすると、
それは自由の行為っていうよりは、ある種本能にやらされていることとか、
27:02
したがっていることみたいな、そういう捉え方をするんですよね。
そこにいくと、動物は植物よりは物質から遠ざかっているんだけれども、
まだ自由じゃないですね。
なるほど、ほうほうほう。
そういうところに進むんだよね。
最後はそこから人間に、まさに動物の壁を越えて人間にいくんだけれども、
ここで初めて、ある種自由っていうものがテーマになってきます。
つまり人間っていうものが、動物以上に本能っていうところからさらに知性を発展させて、
そこで物質としてのとどまるっていうことから、自ら動くとか、
あるいは周囲の環境を利用して自分のために作り上げるとか、
そういうことができるようになりますね。
なので、これ自体は動物よりも進化している、発展しているっていう意味で、
いいことだというふうにベルフィスも捉えるんですよね。
おー、そうだね、はいはい。
うん、というところがあるので、こういうふうに生命の躍動っていうものが繋がっていって、
壁を越えていくと、物っていう動かないものから植物、物質に近いけれども、
でも生命であるもの、動物で最後人間にっていうふうな、そういうふうな流れになっていきます。
そんな感じなんだね。
はいはいはい、そこはなんか段階あるんだ。
そうそうそう、段階があって。
でこれ、なんで人間だけが自由かって話は、細かく言うとめんどくさくなるんだけれども、
ちょっとだけ伝えると、当時の進化みたいな捉え方でいくと、
進化といえばダーウィンみたいな話ってあると思うんですけど、
ダーウィンの主の起源っていう有名な本が1859年に出てるんですよ。
で、ベルクソンが生まれたのがまさに1859年なので、
世の中的には、いわゆるダーウィンの進化論とか、
それに刺激を受けたような、進化とはとか、生命の流れとはみたいな、
そういうものが一定あるような時代なんですよね。
なるほどなるほど、じゃあその辺の感覚はもうベルクソンはあった上で、
この生命の躍動の話をしてるわけなんだね。
そうですそうです。
ただ大きな二つの流れというか思想があって、
例えば機械論みたいな話でいくと、
生命っていうのはどういう風に進化するかっていうのは一定決まっているとか、
あるいは機械論的って言うとそう思うんだけど、
要は初期条件が与えられてれば、
それによっても後のことは全部確定してるんだみたいな。
30:01
そういう風な形で、
アメーバみたいなものがあったとして、
そこから人間になるっていうのもある種決まってたんだみたいな話。
そういう決定論的な進化論もあれば、
あとは目的論っていうものもあって、
例えば、生命っていうものは人間なのか神なのかわかんないけれども、
そういうより優れたものになるために、
進化を繰り返してきたんだみたいな。
ある種、どういう風な存在か決まっていて、
過程っていうのは本当に途中でしかないみたいな話。
っていう大きな二つの発想があったんですよね。
ペルクさんは実はこの両方を、
いや実は違うんじゃないかっていう風に言うんですよ。
わー、だいぶオリジナルなんだね、この人はね。
そうそう、根本的に考える。
もちろん前提を踏まえてではあるし、
どっちかって言えば目的論に近いなみたいな話はあるんだけれども、
時間とかの話の時を思い出していただきたいと思うんだけれども、
過去とか現在とか未来っていった時に、
僕らって一本の直線みたいなものとか、
あとは自由っていった時に、
どっちかの道を選べるみたいなさ、
そういう風なことを想像しがちだって話をしたのを覚えてる?
はいはいはい。
ペルクさんに合わせるとどっちかを選ぶっていうことは、
そもそもAかBかしかないっていう意味で、
それも不自由だっていう発想をする人なんだよね。
いやー、なるほどね。
空間化されたものの中から選ぶしかないのかいっていうね、
ちょっと持続の感覚あるかいって話になっちゃうってことはね。
まさにそういうこと。
はいはい。
なので、機械論はわかるじゃん。
あらかじめ常に決まっているとかって言われると、
全然不自由じゃんみたいな。
それとも人間はそれに従うしかないのかいっていう風になるし。
目的論だとしても、
より良い方向に行けるとしても、
より良いとかより優れてるっていうものが仮にもう決まっている、
それは神だって言われた瞬間に、
その神になるしかないっていうと、
それは選べる自由とも言えるけれども、
それしか選べないという不自由とも言えるじゃない。
そうね。
そう。
っていう意味でさっき兄が言ってくれた、
空間化された選択肢の中から選ぶしかないっていうことは、
ベルフさんの会話すると不自由なんですよ。
なので、さらに自由な生命の在り方とか、
より、まさに自分たちが未来を切り開くというか、
33:04
それしかできない感覚っていうものの、
その生命の在り方が何かっていうときに、
まさにこういう性の躍動っていうものに突き動かされる存在とか、
それによって未来がどうなるかっていうのはもちろんわからない。
そもそもそんなことは考えることに意味はないんだけれども、
常に最先端に生きる存在として、
今を作り続けるというか、
過去のそういった、前回で言ったら記憶だし、
これ面白いのが、ベルフさんがまさに同じ発想で、
進化っていうものについても、
過去の生命の在り方が全部その生命に入り込んでるんだってこと言うんですよ。
はいはいはい。
これ、現実的にも人間がお母さんのお腹の中で大きくなるときに、
最初は魚の姿をして、そこからちょっと変わっていて、
人間になるみたいな話ってあると思うんだけれども、
そういう風な物質的なことってよりも、
もっと大きな意味合いとして、
僕らが人間として生きるには、
当然その前の猿の時代とか、
もしくは鳥とか魚とか、いろんな時代があって、
その過去の膨大な蓄積を、
全部僕らは背負っているんだっていう風な発想を持つんだよね。
これって前回の、今生きている現在に、
過去の記憶全てが乗っかっていった話と全く同じ構造なんだけどね。
そうね。うん、わかるわかる。
そうそうそう。
それをある種、ベルフさんは、生命全体とかを適用するんですよ。
なので、この、さっき言ったエランビタールという流れ、
この流れを、全存在、全生命は生きていて、
その流れ全体を背負っている人間とか、
その人間の中の私とかあなたとか、
そういう存在がその生命というエランビタール流れの最先端で生きているっていう、
そういう風な生命感というものを打ち当てるんだよね。
なるほどね。
じゃあ、例えばそこら辺飛んでいる鳥も、
その最先端の鳥なわけ?
そうそうそう。
要は、人間というルートにはいかなかったので、
人生はもっと大事なんだけれども、
その動物としては最先端を生きている鳥なんだよね。
うーん、なるほど。
だから、全てが人間になるべしとか、
そういう話でもなく、
あくまでどう出てきたかみたいなの違いぐらいの感じなのかな。
36:00
そうそうそう。さっき木の話としては思うんだけれども、
枝は別れちゃってるんだよね、やっぱり。
ごめん、木は例えの話だよね。
木は例えの話、例えの話。
例えとして、木って枝がたくさん伸びていくじゃん。
分かれてる時に、植物のルート、枝もあれば、
動物の枝もあって、その動物の中に魚類とか鳥類とかっていう枝が細く分かれてるんだよね。
なので、植物の枝と動物の枝はやっぱり違うし、
動物の枝と人間の枝も違うから、
鳥と人間はやっぱり違うルートで進化してきたものですっていうのはあります。
でも今この瞬間生きてるってことにおいては、
その動物の枝の中において一番最前線で生きている鳥らしい。
人間っていう枝の中で最前線で生きている僕ららしい。
でもその根っこをたどると同じ太い幹というか、
その成長してきた木の歴史というか積み重ねっていうものが、
それぞれがちゃんと持ってるっていうような話なんだよね。
はいはいはいはい。ああ、なんとくイメージ湧いてきた。
そうそうそう。なので、全部が全部人間なるべきとか、
やっぱりちょっと人間中心すぎというか、やっぱり人間が一番進歩してるとか、
人間が生み出されるために他の植物とか動物というルートを通ってきたみたいな発想はあるから。
ああ、そうなんだ。
そういう意味ではやっぱり人間中心的な発想はあるんだけれども、
それは別に他の動物と違って人間だけが偉いっていうことじゃなくて、
同じ生命の約度、エランビタールの中で、
ただ別れてきた生命の姿形なんだよっていう風な発想なんだよね。
なるほどなるほど。おっけおっけ。
そういうところがあるので、ある種その人間っていうものも、
種族の単位で見たとしても、
前回個人が過去の膨大な記憶によって現在があるって言ったのと同じように、
人類も過去の膨大な生命の流れとか蓄積の中に生きてますっていう風な、
そういうパラレル構造ができます。
はいはいはい。
これが持続っていうものを通してみた生命感だったり、
あるいは人間感っていう感じなんだよね。
うん、なるほど。はいはいはいはい。
どう?ちょっとその持続っていうものにスイッチを入れた瞬間に、
いろんなものがなんか違って見えるというか、
全部を流れで捉えるってこういうことかってちょっと見えてきたかな。
そうだね。前回そのちょっと一元論っぽいよねっていう。
あーはいはい。
39:02
話したと思うけど、
なんかそうね、それをどう捉えていくかっていう意味で、
うん。
あのー、まず一個だよね。
例えば人間っていうものと、
うんうん。
えっとー、さらにそのある意味は上位概念になるけれども、
人間と、例えば生命とか、人間と人類みたいな、
そこも二元論になっちゃってるから、
そこを一元論だったり持続として捉えると、
今日話してくれたような話になるかっていうね。
はいはいはい。
うんうんうん。そこをなんかこう分けるんじゃなくて、
うん。
あのー、繋いでいく感じの感覚っていうのが今日の話でなんか、
なんだろう、感じた気がするよね。
あ、よかったよかった。
それはね、あのー、これも比喩でね、よく出てくる光の比喩でもあるんだけれども、
うん。
まさに今兄貴言った通りで、やっぱ生命っていうものもグラデーションなんだよね。
ほうほうほう。
だからそのー、魚がいて鳥がいて人間がいるっていうふうに分かれてるんじゃなくて、
うん。
生命という大きなグラデーション、光で言うとね、光で青からね、赤まである中で、
そのグラデーションの中で鳥という、例えば青い光があり、動物というオレンジの光があり、
人間という赤い光がありみたいな感じで、
あれですよ、やっぱ質の違いでしかないっていうふうに、べるくさんこれも捉えるんだよね。
うんうんうんうん。
量と質っていうのはね、結構もともとあるテーマだと思うんだけれども、
だからそのー、間違いなく人間と例えば鳥はやっぱ違うんだけれども、
その違いはさっき言った赤い光と青い光の違いぐらいでしかないっていう。
うんうんうん。
だからやっぱり厳密に言うと繋がってるし、
同じ生命という括りであるっていうことには違いないよねっていう、
そういう捉え方をするんだよね。
わー、はいはいはい。
うん。
なるほど。
ある種その兄貴が言う一元論みたいなことは間違ってないというか、
捉え方としては正しいかなっていう感じかな。
うんうんうんうん。
だから人と魚は違うよとか、
人とそこら辺の草は違うよっていうのは、
もうあの空間化の産物でしかなくて、
うんうんうん。
本来はそういうグラデーション、生命の躍動っていうもの、持続っていうものがまずありきで、
それを一瞬一瞬、例えば現在を切り分けるみたいにすると、
人とか魚とかみたいになっちゃうけれども、
それは空間化してるだけだから、
本来は持続っていう生命の躍動っていうような感覚で、
捉えられるんだよ、本来はねっていう話ね。
そうそうそう、そういうこと?
はいはいはい。
よく人類みんな兄弟とかって言うけど、
42:02
人類どころか、生命みんな兄弟みたいな。
あれだね、だいぶ前に話したかもしれないけど、
シャーマンキングのグレートスピリッツだね。
そうねって伝わんない方も結構古い漫画だから言うと思うけど、
本当に生まれたものから死んだものまで全部が一体になってるみたいな、そういう感じだね。
そんな感じだったよね、グレートスピリッツ全部入ってたよね。
全部入ってる。
物質は多分入ってこないんだよね、ただやっぱりベルクソン的にはね。
そういうふうな話がありますよと。
というのがベルクソンの歴史観というか生命観なんだけど、
ここで冒頭最初やっと知性の話をもう一回しますと。
はいはい。
実は知性っていうのは、人間というか生命のグラデーションを考えたときに、
知性があるかないかによってやっぱり自分が物質から、物質に近いか遠いかっていうことが一定決まってくるんですよね。
でも自由、物質は不自由だからさ。
そうか、ベルクソン的に言うとね。
ベルクソン的に言うとね、別に自分なんか考えたりとか動いたりとかもできない。
囚われてるだけじゃない。
いかに囚われから離れていくかってことが自由だとすると、
知性っていうのは言って自由を増やすものとか自由になるための条件なんだよね。
はいはい。
人間は言って知性によって自由を手に入れましたね。
他のものを使って自分の環境を作るとかも含めてそれができるようになりました。
人間にとって知性っていうのはもちろん大事なんだけれども、
冒頭から言った通りとか前回まで言った通り、
知性はやっぱりいろんなものを切り刻むので、
持続っていうものも切り刻んで捉えられなくなってしまいます。
そういうときにどうするかっていうと、
人間は知性っていうものだけじゃなくて、
当然、動物の本能とか他の生命の属性も全部持ってるわけなんですよね。
そういうときに人間は知性100%じゃなくて、
知性と本能と物質的なものとかも全部含めて使えるような存在なんです。
何が起きるかっていうと、
この知性っていうものをさらに磨くことによって、
その次の段階の認識能力が取れるんじゃないかってことをベルクさんは考えるんだよね。
これをベルクさんは直感っていうふうに言うんですけど、
これも日本語に訳した直感というしかいないんだけれども、
これもいわゆる直感が優れてるとか、
ちょっと第六感っぽいものって言うと間違っちゃうからすごく気をつけてほしいなと。
45:01
ダメなんだね。
ダメ。
これは要は、物質から離れるために知性を持った人間が、
その反作用として世界を切り分けて、
道具とかを作っていく中で、
バラバラにしちゃいますと。
それだと世界の本当の姿がわからないので、
バラバラにせずに、
ちゃんと実在を実在のまま捉える。
これ冒頭言った、実在を媒介なしで捉えるって話をベルクさんの、
スタークの目的でやってきたと思うんだけれども、
それをやる能力っていうのは必要で、
それを実は直感と呼ぶんですって話をしたんだよ。
なるほどね。
シックスセンスじゃなくて、
直接ダイレクトにそのものを捉える能力ってことね。
分けずに。
かつ、それは知性にプラス本能の力。
つまり本能っていうのは、
その環境の中で自分を生かす、環境の中を生きる力なんだよね。
ベルクさんに言わせると。
それだけだと動物みたいに環境の中に縛られちゃうから不自由なんだけど、
でも知性の外側からものを切り分けて、
客観的に対象化する力もダメなんだよね。
つまりこの外に出て対象を切り分ける力と、
その環境の中で自分を生かす力。
この知性と本能ってものをある種、
アフヘイブルーですよ、平言的に言うとね。
統合して、そっから練り上げた、
知性でもあり本能でもあるみたいな。
外から切り刻むこともできるんだが、内側からも生きているっていう。
このバランスというか、
レベルアップした、グレードアップした能力のことを直感と言いますって感じなんだよね。
なるほどなるほど。
ベルクさんすごいな。
どうかなこれ。
直感と何かって、僕も今こういうのが限界なんだけれども、
こういう知性だけじゃなくて、切り刻むだけじゃなくて、内側から生きる。
持続もさ、外からじゃなくてその時間を中から生きるものが持続だとかって言ったと思うんだけど、
それができる能力が人間にはあって、
その能力を発揮しましょうね、みたいな話なんだよね。
なるほどね。これはどう言えばいいかな。
ベルクさんは間違いなく、生まれ持って、
48:04
ここで言う意味の直感の能力を持っちゃった人だと思うんだよね。
それをどうみんなに伝えようかっていうので、
多分こういう難しい話をしなきゃいけなかったんだと思うんだけども、
どうだ、これ人間に備わってるかな。
ベルクさん、例えば月の話もしたじゃん。月を見るときにさ、
綺麗だなっていうふうに時間を忘れてみるのか、
1時間見ましょって見るのかな、そうだし、
あと例えば感情とかはさ、感情って質の領域だよとかって言ったと思うんだけども、
例えばあの人、怒ってるっていうときにさ、
なんかすげえプンスカプンスカして、表情がとか体の動きがっていうふうに外から見る話と、
その人の共感みたいな話。
っていうだけれども内側に入り込んで、
こんなにこの人は怒ってるなっていうふうに理解するあたり。
両方あると思うんだよね。
そういうときの後半がより直感に近いというか。
後半はどっちもだよね、多分。
両方あるっていう感じはあるかな。
でもやっぱりその、なんていうかな、
直接その怒りをつかみに行く、要は媒介を挟まずにっていう意味では、
あくまでもさ、その表情とか、
リブリティブリっていうのは、その怒りが表現された身体とか物質の動きでしかないわけじゃん。
それはなんか解散なんだよね。
はいはいはいはい。
なので、その奥にある怒りそのものとか、
その感情をつかみに行こうとする働きが、
やっぱり、なんだろうな、その内側にとか、
その奥にみたいな話、やっぱりどうしてもなっちゃうんだよね。
はいはいはいはい。
そういうのが直感を、ベルクソンのような直感の働きっていう感じかな。
なるほどね。
これ、さっき人類が持ってるかなって言ったんだけど、
正しく言うと人類全員が本当に持ってるのかな、みたいなところで。
まあわかんない、その肯定的に獲得できる能力だと信じたいけれども、
どうだろうな、ちょっとパッと思うのが、
ほら、最近メタ認知とか言うじゃん。
ああ、はいはいはい。
ああいうのにちょっと近い感覚、ある意味、直でもないし、
内側からでも外側でもない、もうちょっと全体から俯瞰しながら、
ちゃんと捉えましょうみたいな、近いのかな、どうなんだろうね。
ああ、面白いね。
おそらく結論としては、全然違いますって感覚ではあるんだけれども、
なぜかってやっぱメタって、要はより外に出るとか、
51:03
より全体を一段俯瞰してみるみたいな、そういう働きだと思うんだよね。
ああ、やっぱ俯瞰っていう感じになっちゃうのか。
そうそうそう。やっぱその発想じゃなくて、より空間化されてるもの。
やっぱり今は狭いからもっと広く見ましょう。
もっと広げれば広げるほど、より全体が見えますわよっていう発想だと思うんだよね。
ちょっと僕のメタ認知の理解が合ってるかもしれないけど。
確かに定義もちょっとあやふやしてると思う。
でもそういうふうに理解したとした時に、
メタって多分外に出るみたいな話だったと思う。
そうだね。客観とか俯瞰とか。
そうそうそう。で行くと、やっぱりベルフィさんの直感的な内側に入っていくとか、
中を生きるみたいな話は、ちょっとずれちゃうかなって思うんだよね。
面白いね。そっか。だから今回で直感っていうところと、
営みとしては違う方向性?ベクトルの可能性があるのか。
そうそうそう。やっぱりどうしても人って客観的に物事をさらえようとかさ、
自分と外部ってよく認識しようとすると思うんだけど、
それは知性だし、分割した働きだっていうか、やっぱりベルフィさんだと思う。
なので、やっぱりその中に入り込むとか、自分と他人が外部を分けないっていう働き。
これがまさに持続の発想だから。
わー面白いね。確かに確かに。持続と全く逆だね。
そうだね。もし仮にメタ認知するなら、メタ認知中に自分も生きているっていう、
両方を同時に生きるっていうことになると思うんだよね。
確かにそうだ。メタ認知だとより分けてる気がするもんね。空間が増えてるもんね。
そうなんだよね。回想っぽくなっちゃうじゃん、やっぱり。
確かに。逆にこれが、もう1個中を増やしましょうって言っても、中に潜りましょうって言っても多分空間が増えちゃってるから、
そうでもないって話ね。
そう、区切っちゃうからね。
区切らないようにしましょうっていう。あくまでも媒介を覗いて覗いてっていう直感っていう話っていう。
これは確かにわかりづらいわ。
だからさっきの本能っていう言葉で言えば、その環境の中を生きるしかないって。
動物は別に自分の生きる環境を区切ってないって思うんだよね。
縄張りとかを区切るってことはあると思うんだけれども、
それがあくまでもスペースの話で、別に今みたいな回想的にとか概念的に分けてるわけじゃないじゃん。
54:03
だからその環境の中である種しか生きられないって不自由さみたいなものと、
その環境操作できるっていう人間が得た自由。
この両方を共に生きるみたいな、なんか僕も何言ってるかわからなくなってきたんだけれども、
やっぱそうとしか言えない働き。
やっぱこの直感だし、その持続っていう捉え方なんだって話なんだろうと思うんだよね。
なるほどね。雰囲気はわかった気がする。
言いたいことは。
なので、ちょっと結論めいたところでいくと、やっぱり構造は前回と一緒です。
要は現在だけがあるんじゃなくて、過去の膨大な記憶がありますっていう話と、
人間とか猿とか魚っていうそれぞれの生命があるだけじゃなくて、
それを紡いできた進化の流れとか、まずエランビタールっていう大きな流れがあって、
それがそれぞれの個体にもちゃんと過去に蓄積されて膨大なものがむしろ今でも働いてます。
そういうふうな話し方をする中で、
デルクさんが今言ったようなその流れの中を生きるとか、
切り離された個人、個個人っていう存在じゃなくて、
ちゃんと生命全体と繋がった自分というものとか、
そういうものをある種生きるっていう、やっぱりそういうふうな生命感というものを、
ある種打ち立てていくというか、伝えていくっていう話なんだよね。
そうだね。さっきパッと聞いたときにメタ認知みたいな能力、スキル。
そのスキルって言っていいかわからないけど、自分はなんとなくスキルと捉えてるんだけど、
よりも、やっぱり悟りに近いかな。
まあ生き方とかっていう意味ではそうかもね。
悟った人の視点な気がする雰囲気。悟った視点が知らないからはあれやけども。
はいはい。まあでもそうね、哲学のことを悟りとはあんまり言いたくないけれども、
でもその実感がないと腹落ちしないとかわからないという意味では、
そういう知識で得られるものではないかなっていうところは確かに近いよね。
そうなんだね。またその哲学を悟りで例えるのもちょっと雑というか、違うんだね。
そうだね。その辺とかでまた雑談でも言ってもいいかなと。
聞いてみたい。
そんな感じでね、今回エランビとある生命の躍動みたいな話も含めて、
知性と直感が違うとか、本能と読みの合図とか、いろんな話だと思うんですよと。
今回だけもうなんかいっぱいになってきたかと思うんだけれども、
次回は総集編的な形で、次回最終回なんだけれども、
次はね、もうちょっとちっちゃく、人間の生きる社会。
57:04
今は人というか個人との存在あって、宇宙というより広く見たところの間ぐらいに社会というものがあると思うんだけど、
その社会というものをベルクソンはどう捉えるのかとか、
この持続的な発想がどういう社会が良いのかみたいな。
話はちょっとして、最終回というかベルクソン回の最後としてなと思ってます。
あー良かった良かった。ここから宇宙からさらに根源みたいな話にどんどん行ったらどうしようみたいな。
そうだね。
思ったけれども、いったんちょっと近づくんだね。
そうですね。
はいはい、良かった良かった。
でもね、言った通り、やっぱりこれも階層で、個人の階層と社会の階層と宇宙の階層があるってことじゃなくて、
それとも全部繋がってるから、ベルクソン的に。
はいはいはい。
そういった流れの中で、社会というものがどう営まれるのかっていう、
そんなふうに聞いていただけると面白いんじゃないかなと思うんですね。
はいはい、分かりました。
次回ですね、ベルクソンの社会の話を見ていくというところで楽しんでいきたいと思います。
では引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。
58:20

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