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#429 ゼノンのパラドックスを論破せよ!ベルクソンの「空間化」と「持続」
2026-06-07 48:46

#429 ゼノンのパラドックスを論破せよ!ベルクソンの「空間化」と「持続」

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00:11
はい、それ哲ラジオ。今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今回でベルクソン第3回ということでやっていきたいと思います。
はい、前回はですね、量から質みたいな、結構そんな割と抽象的な話をしたの覚えてますかね?
ただ結構あれだよね、終盤まで量と質の数をどう認識するか、数字でしかできないとか空間的な感じでしか理解できないみたいなものが、
混同してたというか、それが全く違うものだみたいな風に思っちゃってたんだけど、実はどっちもだよね。
なんか羊の数にしろ、なんかその愛とかさ、なんかそういう感情的な楽しいとか、そうそうそう、そういうやつがめっちゃ楽しいとか愛が深いとかさ、
それと羊が1匹2匹は実は同じような認識の仕方?人間にとって。同じその引き出しが入ってるんだよっていう話だったよね。
なんか違う引き出しが入ってるみたいな感じで、最後まで理解してたような気がしたみたいな。
ただね、同じ箱に入ってはいますよねと。ただそれを本当に同じように扱ってしまうと、結局前回も言ったけどさ、
あなたの愛が果たしてあの人の愛とどっちが大きいんですか?みたいなときに、それって本当に比べるものじゃないよみたいな話なんだけれども、
僕らってそれを量として比べられるように思ってしまうよねとか、空間的に愛が深いとかって言葉も入れたと思うけれども、
本来はそういう広さとか大きさって数で表せないようなものを、なんかそうやって扱ってしまいがちである。
本来愛っていうのは質のカテゴリーだったりするので、その質っていうものとかそのグラデーションだよね。
愛っていうものが今日はすごくいい愛だけど、明日は悪いとかってこともあり得るわけじゃない?っていうふうに、
量と質っていうものを本来区別しなきゃいけないんだけれども、そこを僕らは割と量で捉えがちだよねとか。
あー、そういう話か。
その量っていうものと空間っていうものがすごく密接に結びついてるんですよっていう話を連下したかなと思うんですよね。
あー、そうなんだ。
それもちょっと違った?
なんか一回挟んどいて、なんかあれだけど、量が質の方で、質が愛の方みたいな感じで思ってたんだけど、
03:13
今のハヤトのお話を聞くと、うちらは質だろうが愛だろうが、量的に認識してるよっていう話で、
これからベルクソンの質の話もしていくよみたいな、そういうふうに認識変えていこうねぐらいの感じってことなのかな。
うちらは普通に生きてるとその質の方は認識できてないんじゃないみたいな。
そもそもそういう観点ないよねみたいな話ってことかな。
そうだね。もうちょっと厳密に言うと、当時のベルクソンの時代でいうと、より科学的な観点とか、
全ては計算でやり尽くせるみたいな。
この世界っていうのは人間が全部分析しつくして理解しきれるんだみたいな、そういうふうな前提は今よりも強かったはずなんだよね。
確かに前回もあったね。体の解剖じゃなくて、心とかそういう方の解剖だねみたいな例えしたよね、前回ね。
部分と全体で、全体や部分の相話を超えるとかって話もちょっとしたと思うんだけれども、
僕らはどうしても普段生きてると、そういう数とか量とか、目で見える視覚的な空間情報ってものにやっぱりめちゃめちゃ比重を置いてしまっているから、
さっき兄貴が言った通り、羊を数えるのも愛を数える。まさに愛を数えるとかって言えちゃうと思うんだよね、イメージとして。
っていうふうに言えちゃうんだけれども、本来その羊みたいなものであったとしてもだよ、本来その羊も一匹二匹って数えた瞬間にその羊一匹一匹の個性とかさ、違いっていうものが切り捨られちゃうわけじゃない?
なので羊は量で、愛は質とかっていうことでもなく、僕らは世の中を見るときに量とか数で見がちなんだけども、そうすると質っていうものがやっぱ失われちゃうよねとか、
そういうものに目が向かなくなっちゃうよねみたいな、そういうふうなこととして捉えるとイメージ分けやすいかなと思うんだよね。
あーなるほどなるほど、なんか1週間経ってこの話を聞いて少し整理された気がするね。
よかったよかった、やっぱそのぐらい難しいというか、なんていうのかな、そんな区別して普段考えないと思うんだよね。
06:00
そうだね、だし、あと区別はそもそもしてないし、あと量っていう言葉も質っていう言葉もなんとなく使っちゃってるから、
前回さ、今回ベルクソンに関してはゼロベースで裸になって住み合いと言い換えしていくのもちょっと難しいかもみたいな話を早いと思いましたけれども、またそれに近いのかもしれないね。
そうだね、普段僕らが思っている量とか質っていうような言葉のイメージとか、そもそも僕らが量的に物事を捉えているのだ、みたいなことって普段やっぱ自覚しないんだよね。
だって当たり前にそうしちゃってるまさに常識的な発想だから。それを乗り越えるというか、切り分けていって、実はそうじゃないんだよっていう話をしているのがベルクソンなんですけれども、
ここから今日の本題に行くんだけれども、ある種その常識とか、僕らが当たり前と思って疑わない考え方がいろいろあると思うんですけれども、
その中の大きな一つとして、ベルクソンは時間っていうものを取り上げるんですよね。
時間ね。
時間ね。いわゆるタイムだよね。
うん。
これ前回もちょっと言ったかもしれないですけど、やっぱ空間って言ったらなんとなく僕ら時間ってやっぱりセットじゃないけど、そんなふうに思わないですか?
いや、思わない。
思わないのか。
思わないというか、考えたことないな。
そうなんだ。
時空間とかって言わない?
時空間はもうあれだよ。ドラえもんのタイムマシン乗ってるときのフワフワフワって。
クニョーンってなってるとかね。
クニョーンってしたとき、ダリみたいな、絵みたいな感じの空間を時空間だと思うね。
確かにね。それ多分ね、日本人のベースにある時空間のイメージだと思うけど。
なんか、なんて言おうかな。逆に言うと、時間って量ですか質ですかって言ったらそういう話なんだよね。
普通に考えたらさ、時間って数えてるじゃん、僕ら。1秒、2秒とかさ。
1時間後に集合ねとか言ってさ。全然数で表せちゃうじゃん。
どっちかって言うと、何だっけ、量と質だよね。
量と質。
量だなと思う。
そうだよね。それが皆さんわかると思うんですけれども、ベルクソンはやっぱり時間こそが質なんですよって話をするんですよね。
そうなんだ。だからベルクソンのいう質ってものが、時間を通して我々にアンラーニングさせてくれると。
もっと言うと、時間こそが質の根源であるみたいな。そのぐらいのことを話してくるんですよね。
09:04
そうなんだ。
本人の議論はめちゃめちゃ難しいので、ちょっと今日は触りというかね、雰囲気をつかめればぐらいな感じではあるんですけれども、
この時間っていうものをテーマにして、この量と質とか、もっと質の話っていうのをより深めていきたいと思っておりますよという感じなんですよね。
はいはい。なるほど。わかったわかった。よかったよかった。
今日この最初の話しなかったらね、今何の話をしてるかわからずに迷子のまま聞くとこだったかもしれない。危ない危ない。
合図中はしてるけど全然伝わってないみたいなね。
今日は合図中しかしないからね。
確かに。今日静かだな。
なるほどですね、しか言わない。
ちゃんと仕事をしてもらってね、それはね。
でも本当に、前回も兄貴も言ってくれたけれども、やっぱり難しいと思うんですよね。マルクスとか見るとまた違う難しさがあると思うので、
そこは本当にどんどん言ってもらって立ち止まって話せばと思うんですけど、
とはいえね、ちょっといろいろお伝えしていこうと思っておりますよとかなんですけれども、
最初ちょっとイメージみたいな例から話したいんですけど、
例えばさ、ちょっと情緒的な例で言うと、月が昇りますよと。
お月見でもなんでもいいんだけれども、ちょっと余裕があるから夜空でも眺めるかって言ってた。
月を見てたりするじゃないですか。
そうすると雲が来て、雲をちょっと隠れちゃったなとか、また出てきたなとか、
ちょっと時間経ったら月の位置変わったなとか、そういうことが起きるわけですよね。
っていうときにある月を見ているという体験とか時間っていうものって、
例えば同じ月を見ていたとしても、
その人一人一人で絶対違う体験だったりとか、違う密度を持ってるはずなんですよね。
なので月を見るという行為と、そこで人々が何を感じるかとか、
ある種の時間がどういう時間だったのかっていうことは、
本来違いますよねっていうことが言えます。
なるほど、そうだね。
一方で、これを物理学とか天文学っていうちょっと学問的な話に置き換えたいんだけれども、
例えば月の位置とか今の時間、時間って言うとわかりにくいから時刻って言うんだけど、
例えば今は夜の19時ぴったりですって時刻としたときに、
じゃあ20時に月がどこにありますかとか、
12:00
例えば24時ならとか、
あるいは明日の19時ならっていうのって、
計算すれば出てくるじゃないですか。
つまりこの物理学とか天文学で言われるその時刻を動かすということっていうのって、
別にそこで月を誰が見ているかとか、
その月の位置を計算しているときに何が起きているのかとか、
そういうことは一切関係ないわけですよね。
はいはいはい。
つまり、1時間過ぎるとか24時間過ぎるということを、
僕ら、あるいは物理学者が天文学者が操作をして、
完璧にその月の位置を特定することができます。
っていうふうに、
僕ら今、時間とか時刻って言葉を使い分けながら、
月っていうものに対して2つのことを言ったっていうのって伝わりますかね。
多分伝わってると思う。
伝ってる?
うん。
これはある種すごく分かりやすい例なんだけれども、
前者の月を見て、いい月だなとか、
そういうふうにある種やっているほうが、
ちょっと質っぽい時間の話で、
後者の1時間後はここにあるとかっていう計算とか、
そういうふうにある種自由に動かしているものっていうものは、
量としての時間だみたいな感じなんだよね。
うんうんうんうん。
で、ところが面白いんだけれども、
この量としての時間のほうがたぶん馴染みがあるから先に言うと、
こっちって何が起きているかっていうと、
その1時間であろうが24時間であろうが、
その時間の、なんていうのかな、
在り方というか、
この捉え方っていうのって変わんないんですよね。
変わんないっていうのは、ちょっと待ってね。
ここ難しいんだけど、
要は、
今僕がこの瞬間に、
今ある天文学者がこの瞬間に1時間後の月の位置を出そうが、
24時間後の月の位置を出そうが、
それってなんていうのかな、
ある種、いくらでもまさに切り刻めるじゃないですか。
うーん、切り刻む、ほうほう。
要は1時間、2時間、3時間っていうふうに細かくすることもできるし、
24時間じゃなくて240時間とか、あるいはもう10年、100年っていうふうに、
いくらでもその、今さりーの言葉で言うけど時刻みたいなもので動かせるじゃないですか。
はいはいはい。
っていうふうに、ここでは時間っていうものの、
1時間なら1時間とか、10年なら10年っていうものの内実っていうものが無視されて、
15:00
ただただ計算するときの単なる数字として扱えてるんだよね。
あー、はいはい、なるほど、そうね。
でも例えば、月を見ましょうっていうときに、
今から1時間見ましょうって言っても結構長いけど、
今から24時間月を見ましょうって言われたら、
なんかちょっとよくわかんないじゃん。
うん。
なんで?みたいなさ。
そうだね、なんかの訓練かなみたいな。
そうそうそうそう。
だったときに、1時間月を見るという行為とか行動と、
24時間月を見続けるという行為とか行動って絶対に違うはずなんだよね。
あー、はいはいはい。
うん。これはちょっとすごくわかりやすいというか、
あえてちょっと暴論みたいな感じの例にしちゃってるんだけど、
ベルキさんはこのまま言ってるわけじゃないからね。
なのですごくわかりやすく言うと、その月の位置を定めましょうとか、
それに対して1時間後、24時間後っていうものは、
その時間っていうもののまさに質っていうものを問わずに、
ただ、数とか量っていうものだけで動かしていますっていうふうな話なんだよね。
はいはいはい、なるほどなるほど。
あれだね、その羊を1匹2匹って数えるのと、
この羊はどれだけうまいんだろうか、おいしいんだろうかとか、
この羊の毛並みはどれだけいいんだろうかって、
1匹1匹吟味していくみたいな、その違いみたいな感じがするよね、まさに。
そうだねそうだね、最初の羊は例で言うとそうだね。
なのでその量っていうものと質っていうものどっちに着目しますかっていう話ではあるんだけれども、
それがね、面白いのが、さっきの羊の例もそうだし、時間は特にそうなんだけれども、
ベルキさんは時間というものは、数としても扱え、
時間というものは量としても質としても扱えますって言いたいわけじゃないんだよ。
今の僕の話で言うと、どっちもありっていうふうに伝わっちゃうかもしれないんだけれども、
それは実は違くって、
ベルキさんに言わせると、本来時間っていうものは質的なものとか、
1時間なら1時間で、24時間で全く異なる、
仮にこれも数言っちゃってるからちょっとわかりにくいかもなんだけれども、
全く異なる質を持っているはずのものなんです。
でも僕らは、こういうふうに時間を1時間とか24時間とか数えることで、
無意識的に時間を量みたいにしたって、
これをある種、まさに時間を切り分けていく。
そうすると時間が空間化していくんだっていうふうにして、
18:00
こういった扱いというものをすごく非難してるんですよ。
非難してる。しかも、時間が空間化する?
そう。
どういうことなの?
時間が、よく僕らは過去から未来に流れて、
1本の線とか矢みたいに想像することってないですか?
あるよね。
これをある種区切って、ここからここまでで1時間とか、
ここからここまでで24時間とかって仮に考えるとしたときに、
これってまさに空間として切り分けるとか、
その1本の線の上に時間というものを何故か知らないけれども当てはめるとか、
そういう操作なんですよね。
つまり、本来時間というのは別に流れるものでもないし、
切り分けられるものでもないのに、
僕らは勝手にそれをやっているって話なんですよ。
そうなんだね。
これが実はすごく難しいというか、
何でかって言うと当たり前のように僕らって時間を切り分けてるじゃない?
そうだね。その中で生きてるから。
でしょ?
だから逆に時間というものを切り分けることができませんって言われても、
ちょっとピンとこなくない?
そうだね。そっちがいまいちピンときてないというか、
さっきの月を見るみたいな例で、そういうもんかなっていう感じしかないね。
ここまで一旦来たとしたときに、
さっき僕が1時間月を見ましょうとかって言ったじゃない?
で、この時点でもせんに時間を数にしちゃってるんだけれども、
もうちょっと入り込んでいくと、
例えば会社からでもいいんだけど、学校からの会社から歩いてて、
月がポッと浮かんでますと。
で、「今日満月だったのか?すごい綺麗だな。」って言って、
ぼーっと立ち止まるみたいなことがあったとしましょうと。
いうときに、たぶんこういうとき人って表現として、
例えば時間を忘れてとか、
あるいはまだ3分しか経ってなかったのかみたいな。
もっと長くいたいな気がするとかさ。
そういうことってないですか?
それはあると思うね。
あるよね。
っていうふうに、いわゆる時間というものを数とか量で数えるんじゃなくて、
ただそこに浸っているとか、ただそこにあり続けている状態で想像できるじゃないですか。
21:00
ベルクさんに言わせると、実はこっちのほうが本来的な時間なんだよって話なんですよね。
さっき1時間月を見るって言っちゃったのはもうすでに区切られているから、
どうすると1時間見なきゃいけないとか、
例えば7時から8時のこの間だけ見ましょうってなると、
これってまさに時間が空間化されちゃってる話なんだよね。
うーん、やっぱり時間が空間化するっていうのが全くイメージが湧いてないね。
オッケー。
もっかい空間化に戻ろうかな。
あれだね、多分空間っていう言葉がやっぱり馴染みすぎてて逆に。
わかりにくいなって思ったので、ちょっとごめん、いろいろ説明をさせて欲しいんだけど。
今後にあるのは、さっきも言った数みたいなものですと、記号ね。
わかりやすく言うと、前回羊、今日も羊の例で言ったと思うんだけれども、
羊がいる状況でここに10匹っていう数を当てはめたときに、
だいたい1匹1匹の羊っていうものを一旦10っていう数に置き換えましたよとか、
そういう記号で表しましたよって話じゃないですか。
なので、これがある種数値化とか、ある種量にするって話です。
で、ここからちょっと難しいんだけれども、
ベルフソンに言わせると、数で数えるっていうことと、空間的に捉える。
もっと言うと、目に見えるものとして捉えるって言ったらいいのかな。
っていうことは、ほぼイコールではないって話をするんですよ。
なるほど。
どういうことかっていうと、数字だったらもうなので、
ある種1、2って数えるのが当たり前な気がするんだけれども、
例えばそうだな、水ってあるじゃないですか、液体。
で、例えば池とか海でもいいや、海の水って土砲もなくあるから、
なんかこう、海だっていうしかないんだけれども、
それを例えばコップですくうと、これはコップに入った水っていうふうに区切って分かれちゃうわけじゃないですか。
で、その海にあった水から、まさに空間的に切り離されて、
コップ1杯の水とか、コップ2杯目の水とかっていうふうに分割されちゃうんですよね。
はいはいはいはい。
これってつまり本来は海の水でしかなかったものを、僕らが勝手に切り分けて、
24:05
これはコップの水だとか、これはバケツの水だとかっていうふうに、
どんどんどんどん新しいものを作り出しちゃってるんだよね。
これがある種、空間的な分割というか、
ある種、切り分けることで数を生み出してますって話なんだよね。
ほー、なるほど。
ちょっとイメージ分かるかな。
分かりたきた分かりたきた。
そう、言った時に、例えば仮にこれを時間で考えると、
ベルクソンが言いたいのは、本来時間っていうのは海みたいなもので、
ある種、時間としか言いようがありませんみたいなものなんだけれども、
それを僕らが、こっからここまでは1秒とか、
こっからここまでは1時間とかっていうふうに切り分けちゃって、
それをあたかも数えられるもののように扱っちゃってるんだよね。
そうすると切り分けられたものっていうのは、本来の時間っていうものじゃなくて、
まさに1秒とか、1時間っていう、
1時間の間ってさ、まさに物理的だっていうか、空間の中の言葉じゃない?
空間の中のね?
そう、まさに空間、時間もカンって入っちゃってるから、
これ多分日本語が良くないんだけど、
つまり間を考えるっていうことは、もう切り分けちゃってるって話なんだよね。
あー、そもそもね?
そもそも、うん。
あー、多分ね、空間っていうものと海っていうものが、
多分ホモイコールのイメージで存在してるんだと思った、自分の中で。
あー、そっかそっかそっか、まあそうだよね。
うん、だからどっちも、時間の空間かって言われても、
多分海の海かみたいな感じで、
はいはいはい。
ハヤトとかベルクソンは、時間の空間かって言った時に、
海のコップの一杯かみたいなさ、話で考えてるんだけど、
うん、と思った。そこの違いがありそう。
だから時間が空間かって言われても、全くピンとこなかった。
いや、同じようなこと言ってんじゃない?みたいな。
だから本来は、その海みたいな、バーっていうものの一部を聞い取るとか、
一部に客観しちゃうことを空間かって呼ぶのであれば、
やっとイメージが追いつきましたって感じ。
はいはいはいはいはい。
確かにね、いや、思った。
27:01
これあの、ごめん、僕も久々でさ、ちょっと今改めて捉え直したんだけど、
うん。
だから台本つけたって先を読んどりしてるから、
うん。
最終的に、じゃあこの時間というものがどうなって、
その生き方をすると人間はどうなるのかっていうことを言って、
インプットしたわけよ、僕は。
はいはいはいはい。
だからそっちから考えると、ほら時間ってね、その海みたいに、
本来海というか、もっと虚空に広がるなんだ。
再現のないものです、例えばね。
うんうんうん。
で、そこから切り分けるっていうことが、
その時間を1時間、2時間ってカウントすることだとかっていう風なイメージがあるんだけど、
うん。
それがないというか、むしろ皆さんのイメージとしては、
時間ってそもそも時計で測るものじゃんとかさ、
うん。
そもそも別に区切られて1日は24時間だからさ、みたいな。
24時間の中で何をするかが僕らの時間使い方じゃんとかって言ったときに、
いやそもそもそれってもう、時間が数えられないとかって言っても分かんないよみたいな。
うんうんうんうん。
多分ところが普通というか、僕らの時間捉え方だと思うんだよね、やっぱり。
そうね、うん。
うん、でもね、なので、
確かえんきんが言ってくれた通り空間化とか言われても、
いやそもそも時間って何が違うんだみたいな。
うん、だしなんならその、
メルクソンだったりハヤトが言うところの時間の空間化っていうものを、
うん。
真逆のイメージで捉えてるかもしれないよね。
あーなるほどね。
だって時間は切り分けられるものとして捉えてるよ自分は。
そうだよねそうだよね。
空間は海のように無限に広がってるものと考えてるんだよ。
あーなるほどね。
だから時間の空間化、
はいはいはい。
なんかそういう1分1時間みたいなものは無限に広がっていくみたいな、
多分そこで混乱が生じて全く意味、
はいはい。
イメージが多分合わないっていうことが起こってるんじゃないかな。
オッケー、ありがとう。
あのね、それが言ってくれれば面白いね。
面白いっていうか、
だから難しいんだなって改めて再認識をしまして、
すいませんちょっと聞いてる方もちょっと混乱させてしまったら申し訳ないなと思うんですけれども。
いやーすいませんでしたね。
あのね、やっぱ時間と空間っていう、
本来際には使っておけない言葉を、
当たり前のように使ってるのが問題だなってことが分かりました。
ふんふんふんふん。
あれ言ってくれた通り、
空間はむしろ無限に広がるみたいなさ。
そういうイメージって、
なんだろうやっぱり、
分かんないみんなが空間というものを、
どういうイメージで語ってるかなんて普通に話さないじゃん。
そうだね、うん。
でもそれが今できてめちゃめちゃ良かったなと思ってるんだけど、
30:00
うんうんうん。
ここね、やっぱベルフソンが言う空間化とか、
空間っていうものは、やっぱり切り分けるとか、
うん。
バラバラにしちゃうってこととほぼイコールなんだよね。
はいはいはい。
で、なんでかっていうと、
空間って確かに無限に広がっていくって感じもあるんだけれども、
無限とはいつどっかに仕切りがないとさ、
空間っていうものを定義できないじゃん。
うんうんうん。
だからどんどん広いように見えても、
絶対に区切る枠というのかさ、
なんかはあるはずなんだよね。
はいはい、それこそ数字だよね。
1とか2とか1秒とか、
まあ1秒とどっち、なんだ、
1と秒で単位でどっちもなっちゃうけど、
数字と単位どっちもそれぞれが空間化、
何かを空間化してるものだってことはね。
そう、イコール切り分けてるものだっていう話なんだよね。
うんうんうん。
ああ、やっとなんか良かった、
イメージがやっと少し共有できた感じがするね。
いやあ、大変失礼しました。
そうね。
で、空間化イコール切り分けることだとしたら、
デリックさんが言いたいのは、
時間というものは、
本来は切り分けちゃいけないものですってことが言いたいんだよね。
うんうんうん。
それがさっきちょっと伝えにくかったかもしれないんだけれども、
例として出した、
帰り道にぼんやり月を見上げましょうっていう時に、
その時にやっぱりふと目に入った月って、
よしじゃあ1分見ようとか、
これから3分は見るぞとかってならないはずで、
なんかふと見て、
時計を見たら、
なんかもう3分経ってたみたいな、
後から気づくものだとした時に、
そこで僕らはその時間をまさに空間化するとか、
切り分けて理解しちゃうんだけれども、
それが起こる前の自分の在り方って、
そのいわゆる切り分けられてない時間の中にあったはずなんだよね。
うんうんうん。
切り分けられてない時間を過ごしていたはずなんだよね。
うん。
これをあるシベルクさんは大事にします。
なるほど、これっていいのかわかんないけども、
なんだろう、なんなら、
なんならそういう、例えば月に見入っちゃうみたいな時って、
その見入っちゃった時って、
月を見ようとも思ってないよねみたいな。
あーはいはいはい。
だから、あのー、ある意味月、
あの丸い光るものを月って呼ぶことも、
同じように空間化してるとも言える。
おー、面白いね。
33:00
かな?
実はね、これはね、次回ちょっと扱うんですけれども、
今言った兄貴が、これは月であるみたいな話で、
過去のまさに、記憶とか知識とか取り出してるってことじゃないですか。
ほうほうほう。
そうだよね、この瞬間にあれはなんだとか言って、
これは月であるとかって、
そもそも月という概念をどっかから取り出してきてるわけじゃない?
まあまあそうだね、知ってるもんね。
そうそう、という意味で言うと、
そのまさに過去とか、記憶っていうものと、
現在っていうものの関係性っていうものも、
実はめちゃめちゃ大事なんですよ。
へー、そうなんだ。
ちょっとそれはね、ごめん、次回に話そうと思ってて。
あー、そうなのね、あるんだ。
うん、ある。
あるっていうか、あのね、
これはちょっと先読みなんだけれども、
ベルフソンの《首都》って書いてあるものに、物質と記憶っていう本があるんですよ、まさに。
へー、ほうほうほう。
そこはやっぱり記憶っていうものがすごく大事で、
っていう話は、今回の時間の話がわかると、
すごく入ってくるんですよね。
なるほど、ほうほうほう。
じゃあ楽しみにしとこう。
その問いは、問いというかね、
作案ってめちゃめちゃいいなと思ったんだけれども、
もうちょっとだけごめんね、今回時間の話をするんだけれども、
まあ、えっと、さっき言ったときはわかんなかったかもしれないんだけれども、
僕がさ、時間っていうものを線、過去から未来に繋がる線だと捉えて、
それを切り分けますねっていうふうな話をしたじゃないですか。
うん、切り分けてると言えますよねってことね。
そうそうそう。で、さっきまでの兄貴だと、
え、当たり前じゃん、時間ってそういうもんでしょ?ってなってたかもしれないんだけれども、
今は僕がその、空間が切り分けることで、
時間ってものは本来それができないものですっていう話をした後だと、
この時間を線で捉えるっていうイメージ自体が、
実はおかしいんだっていうことってわかるかな。
あ、そうね、うん、それは大丈夫だし、
さっきもそれはわかってたんだけど、
はいはい。
その、時間って大きなものがあって、
切り分けるみたいなのはわかったんだけど、
時間が空間化するっていうところがもう、
しょうがなかった。
はいはいはい、オッケーオッケー。
そのイメージは大丈夫、時間を切り分けるってイメージは、
時間が海のようなものってイメージ自体は、
見えてるから大丈夫って感じかな。
オッケーオッケーオッケー、了解。
ここまで来ると、実は次の話ができるんですけど、
前回も言ったジノンのパラドクスってあるじゃないですか、
アキレスとカメとかさ、
あと、飛んでいる矢っていうものは、
実は止まっているものみたいな話。
へー、あ、そんなのもあるんだ。
36:02
何を言ってるかっていうと、
移動しているもの、今飛んでいる矢があったときに、
ある瞬間を切り取りましょうと。
そうすると、その瞬間矢は特定の場所で止まっているはずなんだよね。
まあそりゃそうだ、一時停止したみたいなもんでしょ。
そうそう、写真撮ったらさ、止まってる。
ということが、この矢というものは瞬間で止まっていますと。
そうすると、その瞬間をつなぎ合わせたときに、
この矢っていうものは止まり続けているはずだから、
矢というものは飛んでいませんね、
っていうふうな話が言えるんじゃないか。
あー、なるほど、なるほど。
まあまあまあ、理論的にはというか、話としてはわかるね。
そうそう、だからこれがパラドクス。
要は、絶対に飛んでるんだけど、
でも、さっき言った話をやると、確かに止まっている。
なんで止まっている矢をつなげたら動くんだ、みたいな。
そんなふうになっちゃうわけではね。
確かに、そういう特殊能力ある人もいそうだね。
なんかの達人で、矢が止まっているように見えるみたいなさ。
鉄砲の弾、指で止めちゃうような人は、そう見えているのかもしれないね、みたいな。
漫画とかで言えるからね。
で、これも言われてたら、確かにってなっちゃうんだけれども、
このベルカさんの今日の話を踏まえると、
これめっちゃ簡単に論破できるんですよ。
ちょっと論破できそう、これまでの話で。
えー、これまでの話で。
あー、わかったわかった。
そもそも順番逆ですよねっていう話で、
この矢が指から離れて飛んでいるっていう全体がまずあるのであって、
そこからどれだけ切り出して止まっていると言ったとしても、
それはその矢が飛んでいるっていう本質そのものを空間化したにすぎないぞっていう風にベルカさんは言うであろうっていう。
おー、素晴らしい。
オッケー、オッケー。
オッケーオッケーオッケー。
あー、めっちゃいい。そうそうそう、そうなんすよって話があって。
たぶんね、兄貴が今すごい頑張って理解しようとしてくれたからいけたと思うんだけど、
聞いてる方はね、たぶんわかんないよってなってると思うんで。
ダメだよ、聞いてる人はあなどりすぎだよそれは。あなどっちゃいけない。
これはだって、このポッドキャストを真剣にそんなに聞くものじゃないから。
本当はね、ポッドキャストって長らぎきしてほしいぐらいなんだけど。
そうなんだよ。
例えば今回みたいなベルクソンはそうはいかないっていう。
そうはいかない。
そうはいかないというかね、そうやってもらってもいいんだけど。
39:01
確かにね、確かに確かに。
まあ、料理しながら聞いてわかるけど、じゃないのをわかってるのよ僕も。
なるほど、ありがとうございます。
ポッドキャスト界の常識に反してるのよ、このコンサルテッドラジオはね。
なのでちゃんとお話をしたいんですけれども、
本当に兄貴は空間化っていうものを理解してくれたなっていうのが嬉しいんだけれども、
ベルクソンに言わせるとね、それはその矢がまさに通りすぎるっていう、
ある種の現象があるわけじゃないですか。
この現象に対して、後からその凍りすぎた軌跡、
要はその矢の軌道っていうものを取り上げて、
これを分割してるに過ぎないんだっていうふうに言うんですよ。
はいはい、いやー面白いね、順番の話だね。
そうそうそう、だから兄貴は全体が避けないって言ってくれたら本当その通りで、
まあその、まさに瞬間とかって言ったけど、
これもまさに時間を切り分けているとか、
そういう捉え方じゃないですか。
全体あっての瞬間だからね、瞬間あっての全体みたいな話をパラドクスでしちゃうと、
そういうのはおかしいよねっていう形で論破できるよね、
それはありえないというか。
そうなんだよね、だから矢が飛ぶっていうものは、
まさにこれは一つの運動というか流れであって、
これって分割するとか切り分けて、
その一個一個捉えるものでは本来ないんですよ。
だから羊だったらね、すごく一匹一匹、
一応それは存在として分かれているように見えるから、
本当は分かんないよ、羊100匹で一つの存在という考え方もあるかもしれないけど、
それを置いといたときに切り分けてもよかろうと、
これを矢の運動とか、矢が飛ぶというものに当てはめるのは、
前回も言ったカテゴリーエラーというか、
本来適応しちゃいけないものに適応してますよねって話なんだよね。
なるほど、なるほど。
なので、ベルフさんに言わせると、
まさに運動しているものを切り分けて、
例えばこの矢が今はここにあるけど、
1秒前はここを飛んでいたっていうことはできますよ、
別にしてもいいですと。
それは観測の結果だからね。
でもそれに基づいて矢というものは溜まっているとか、
時間というものは切り分けて、
好き勝手できるようなものだというふうに捉えるのは大間違いなんだっていう。
そういうことを言ってるんだよね。
なるほどね。
ちょっと見えてきた?
42:00
だいぶイメージが伝わってきたかなって思うね。
人間で言ったらあれだよね。
めっちゃ怒ってる人を見て、
あいつめっちゃ怒るやつだって決めつけるようなものなんだよね。
そうね、そうそうそう。
いろんな蓄積とか要因はあるはずなのに、
この瞬間怒ってるっていうのだけを切り出して、
あいつは怒りっぽいとか、
あいつは幼稚だとか、
判断するのってどうなんですか?
ほんとそういうことだよね。
もっと言うとね、
人間ってまさに切り分けられるんですか?空間化できるんですか?って話もなるわけだよね。
さっきの羊みたいな話?100匹いけるって。
例えば人間が10人います。羊って一緒だよね。
でも1人1人の人間っていうものをまさに見たときに、
例えばこの人は1年でこんだけ成長したとかって言うことはできます。
でもその1年っていう区切りって本当にできるんですか?とか、
そこって何の意味があるんでしたっけってことは問えるわけよ。
そういうふうに人の存在って思うと捉え方が変わるんだけれども、
そういうふうにそういった時間っていうものを切り分けられないものとか、
あるいは全体捉えるっていう考え方っていうものを、
ベルキソンの言葉を翻訳して持続とかって言うんですよね。
持ち続けるだよね。
つまり、これ次回またちゃんと言うんだけれども、
時間っていうものとか人っていうものもそうなんだけれども、
1個1個を切り出して、何か起こっているから起こりっぽいとか、
今この瞬間矢はここにあるとかっていうふうにできるもんじゃないんですよ。
それはもう続いているものだから、矢が運動として飛んでいるし、
人間は運動として生きているっていう、そういうふうにしか言えないもんだって話なんだよね。
なるほど。そっちが持続ね。
持続。
よく解説書とか簡易的なやつを読むと、
ベルキソンは時間っていうものを持続というふうに読み換えましたみたいな、
そういうふうな話をされるんだけども、わからないじゃん、何言ってるのか全然。
いや、勘弁してほしいね。
無理なんだけれども、今日お話ししたかったのはまさにそれで、
僕らは時間っていうものを時計の針とか、
まさに1時間とか24時間とか365日とかっていうふうに区切って、
ある種都合のいいように扱ってます。
それはそれでいい、そういうふうに役立つからいいんだけれども、
それが時間の本質だと思うと間違えますよ。
45:05
なので、時間っていう言葉と分かりにくいんで、
持続っていう別の言葉を使いましょうねっていうふうにベルキソンは言ったみたいな感じなんだよね。
はいはいはい、なるほどね。
今日で言うと海も持続でって感じだね、例えば。
そうだね。海、今日の途絶えで言うと海のほうが持続。
そこからコップに切り出した水のほうが時間というか空間化された時間。
空間化ね。
なるほど、わー面白いね。
だから、うちらが普段見てる時計は時間の空間化装置、空間化マシーンみたいな感じなんだね。
本来は切り分けられない時間をずたずたに切り刻む罪のアイテムです。
スライサーね。
本当に。切り刻んじゃうからね。
なるほど、はいはい。
でも良かった、このイメージが前半後半でだいぶ違うね。
兄貴の顔が、皆さんわかんないと思うんですけど、前半本当に狂いそうな顔してて。
明らかに伝わってません、何も入ってきませんって顔してたんだよね。
そうそうね、最初、今回はいだけで、相撃ちだけで終わるかもっていうのが、このままだと実現しそうだぞって思いながら。
おかげさまで、いろいろ兄貴のわかんないことを幻化してくれたので、ここまで来れたなって感じ。
これを考えると、途中で出た現在とか過去とか、まさに人間を持続として捉えるって話が次できるようになるんですよね。
いやー、面白そうだね。確かに確かに。あらゆるものを一旦持続として捉えるみたいな、その解像度というかね。
その言い分けがすごい面白そうだね。
そうですね。でもこれはごめん、ちょっと先に謝っとくけど、ベルクソンはそれをやってるわけですよ。
やっぱり、あらゆるものを持続というものとか、そういう世界観で捉えるとしたら、こうなるんだっていうので、まさにさっき言った物質性記憶みたいな本も書いてるんだけれども。
これを全部説明するのはちょっと無理だと思いました、僕は。
まあ、たぶんベルクソンがそういうふうに見えちゃう方の人だったってことだね。見えちゃう人だったんだね、たぶんね。
そう。もちろんそういう世界を作り上げた人、だから哲学者なんだよね、それは。
うん。それをね、たぶん説明してくれようとしてたんだねっていうね。
そうそうそう。それはやっぱり、こんな限られた時間と僕の能力では無理なので。
次回もですね、今日みたいな感じで、どういう風にこの持続というようなものとか、時間を切り分けられませんっていうふうに発想を持った時に、
48:07
そのいろんな物事が見えてくるのか。
うんうんうん。
で、中でも特に現在と過去っていうふうな時間と関連するものを取り上げたいと思っているので、
ぜひ今回の続きという形で次回も聞いていただければ嬉しいなと思っていますという感じで。
うん。わかりました。では次回ですね、引き続きこの持続のところですね、より楽しんでいきたいと思います。では、引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。
48:46

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